ようやく家にたどりついた。既に昼ごはんの準備ができつつある。
ケン兄ちゃんはバケツを祖母に渡し、「ミニタブとってきたけん、やいてやー」と言う。
祖母も笑顔で「おうおう、よう獲ってきたのう。すぐ焼くけんねえ」と受け取った。
祖母に掴み出されると、ミニママンネは我に返ったように「チュイイ!チュピピィ!」と騒ぎ出すが、
頭から竹串を突き刺されると「ピュヒィィィ!」と痙攣する。
コンロには、焼き物を料理したばかりでまだ熱い金網が置いてあり、
祖母は串刺しにしたミニママンネを、その上で丹念に炙り始める。
「ヂァァァァ!!ヂヒィィィィィィ!!」と短い手足をばたばたして暴れるミニママンネだが、
ものの3分ほどでその声は途絶え、代わりに香ばしい香りが漂ってきた。
焼きあがると、祖母はミニママンネの頭と四肢を包丁でストンと落とし、皿に盛り付ける。
ミニママンネの炙り焼きのできあがりだ。
それを持って茶の間に行くと、既に祖父、伯父さん、私の父がビールで乾杯を始めていた。
「ほれほれ、早う席に着いて」と伯母さんと私の母が急かす。
そして私とケン兄ちゃんは「いただきまーす!」と、ミニママンネの炙り焼きを二つに裂いてかぶりついた。
香ばしい肉汁が溢れ出て、正に野趣に満ちた味わいだった。今でも忘れられない。
昼食が終わって一服すると、父は小学校の頃の友人のところに挨拶に行くといって出かけた。
祖母ら女性陣は
後片付けで、祖父と伯父さんが「ちょっくら
タブンネ狩り行ってくるでな」と支度している。
本来なら私とケン兄ちゃんは昼寝の時間である。だが気分が高揚している私達はちっとも眠くならなかった。
「じいちゃん、とうちゃん、ぼくらもタブンネがりいきたい。いいやろ?」
ケン兄ちゃんがせがみ、私も一緒に頼み込む。
「しょうがないのう、ちゃんと着いて来て危ないことしたらいけんぞ、ええな」
祖父と伯父さんに釘を刺されつつも、私達は喜んでうなずいた。
タブンネ狩りには徒歩で出かける。収穫して持ち帰ることを考えると軽トラックで行った方が楽なのだが、
車の音が聞こえるとタブンネが逃げてしまうからだ。
1キロばかり歩いて雑木林に着く。野性のタブンネが多数巣を作っているところだ。
ミニタブンネで遊ぶくらいなら平気だが、先述した通り、成獣で1メートルを越すタブンネが棲む様な場所には、
子供だけで行くのは危険なので禁じられている。今日は大人同伴だから問題ない。
祖父と伯父さんが足音を立てないように歩くのを真似して、私達も慎重に後を着いてゆく。
しばらく進むと「チィチィ」という鳴き声が聞こえてきた。ベビンネの声だ。巣が近くにある証拠だ。
背の高い草むらの一角をかき分けてみると、案の定タブンネの巣があった。
餌でも採りに行っているのか、親の姿は見当たらない。
巣の中ではベビンネが3匹、チィチィピィピィと甲高い声を上げている。人間を見て驚いているようだ。卵も2個あった。
持ってきた鉄製の鳥籠の蓋を開け、祖父はひょいひょいとベビンネと卵を放り入れていく。
伯父さんは1匹だけ残したベビンネの尻尾を掴んで振り回した。親をおびき寄せるためだ。
「チヒィーッ!!ピュィィーー!!」と悲鳴を上げるベビンネの声が聞こえたのか、ガサガサと草むらをかきわけてママンネが現れる。
愕然とした表情で、手に抱えていた木の実を取り落とすが、「ミーッ!ミフーッ!」と威嚇しながらこちらを睨む。
そして助走をつけて、「ミギーッ!!」と叫びながらママンネはタックルを見舞ってきた。
しかし祖父も伯父さんも手馴れたもので、ひょいとかわしながら、後頭部を天秤棒で殴りつける。
そして「ミビャァァァ!!」と叫びながら倒れたママンネを、二人がかりでぶちのめし、縛り上げた。
「ミィ、ミィィ…」
さっきの威勢も消え失せ、弱々しく「子供と卵を返して」と言いたげに鳴くママンネを、
祖父と伯父さんは天秤棒にくくりつけて、二人でかついだ。
「籠はおまえらが持ちな。卵壊さんようにな」
ベビンネと卵の入った鳥籠を託された私とケン兄ちゃんは、中を覗き込む。
「チィィィィ!!チィチィチィチィ!!」
籠の柵に取りすがって鳴き声を上げるベビンネが1匹、残りの2匹は卵を抱えてプルプル震えている。
気の毒だという感もなくはなかったが、それよりワクワクする気持ちの方が大きかった。
今夜はタブンネの丸焼きが食べられるのだ。それが楽しみで仕方なかったのだ。
ママンネをかついで帰る祖父と伯父さんの後をついて行きながら、私とケン兄ちゃんは
「♪タブンネタブンネおいしいな」と自作の歌を歌いながら家路に着いた。
家に帰ると、祖母、伯母さん、母が笑顔で出迎えてくれた。
「ほう、大漁やねえ。今夜はご近所さんも呼ぼうかえ」
「そうせいそうせい、わしらだけじゃ食いきれんけえのう」
祖父と伯父さんは天秤棒に縛りつけたままのママンネを庭に転がし、逃げられないよう縄を締め直す。
「卵もあるから天ぷらもよかろうの」
「1匹元気なのがおるけん、こいつは刺身がええな」
私とケン兄ちゃんから鳥籠を受け取った祖父は、籠にしがみついてチィチィ鳴き続けていたベビンネを取り出した。
「チィーッ!チィーッ!」
ベビンネは「母さんと僕達を放せ」とでも言っているのか、噛み付こうとしたり引っ掻こうとしたりジタバタ暴れる。
祖父は縄をその尻尾にくくりつけ、物干し竿にもう一端を結び付けた。
「チヒィィー!ピィィー!」
逆さ吊りにされ、振り子のように揺れながら脱出しようとするベビンネだったが、
ふかふかの尻尾がここでは災いし、きっちり食い込んだ縄から逃れることができない。
「かき氷できたでねえ、食べえや」
家の中から祖母の声がして、私とケン兄ちゃんは「わーい!」と靴を脱ぎ捨てて駆け込む。
背後からは、吊るされた我が子に何もできないママンネの「ミイ……ミイ……」という悲しげな声と、
卵を必死で抱えるベビンネの「チィチィ…」という震え声が聞こえていた。
夏の日は長く、夕方6時半になってようやく太陽は山の陰に姿を消そうとしている。
家の庭では
焚き火が焚かれ、テーブルや椅子が並べられて夕食の準備ができつつある。
呼ばれた近所の人も手に手に酒やら料理やらを持ち寄り、ちょっとした宴会だ。
「さて、まずは親タブからしめるかの」
祖父と伯父さんと父がママンネの縄をほどく。「ミイッ!ミイッ!」と暴れるママンネだが多勢に無勢だ。
そして父がママンネの右手と右足を、伯父さんが左手と左足を掴んで、腹這いにして押さえつける。
その正面でしゃがみこんだ祖父の手には、使い込まれた鉄製の銛が握られていた。
「ミィーッ!!ミィーッ!!ミィィーーーーッ!!」
何をされるかわかったらしいママンネが涙を滝のように流して首を振るが、
その叫び声を上げる口に、祖父は銛を突き入れる。
「ミグギャァァァァァァァァァァァァァ!!」
ズブズブと銛は突き刺さってゆき、その切っ先はママンネの尻の辺りから飛び出した。
「せいの、よっこらしょ!」
父と伯父さんはママンネの刺さった銛を担ぎ、鉄製の支柱にその両端を乗せた。
真下には薪や炭が置かれており、火をつけるとたちまちメラメラと燃え上がって、ママンネの全身を包む。
「グゴォォォ!!……ガァァァァァ!!……」
もがくママンネだが、その苦痛に歪む表情がさらにひきつった。
「次は子タブだな、親に見えるようにやれや」という祖父の声が聞こえたからだ。
逆さ吊りにされたベビンネは、炎天下に5時間近く吊るされたおかげで頭部に血が上って毛細血管が切れ、
鼻や耳から大量の血をボタボタと垂れ流していた。血で足元の土が黒く濡れている。
タブンネの場合、喉などを切り裂いて一気に放血するより、こうして時間をかけて血を抜く方が、
より肉が熟成されて良い味になるのである。
「チィ………チィ………」
万歳の格好で両手がだらんと垂れ、顔面を血で染めたベビンネはもはや瀕死の状態であった。
「いい具合に血抜きできたのう。すぐさばくけんねえ」
祖母は縄をほどいて、ベビンネを庭に設置したテーブルの上のまな板に置くと、包丁で四肢を切断した。
「ピビャ!……ァァァ!……」
ベビンネは悲鳴を上げるが、弱々しい声だった。既に大量に失血している為、血はほとんど出ない。
続いて祖母は、剃刀で腹部の毛を剃り落とす。そして露出した腹の肉を包丁で削ぎ落としていく。
「チヒィ……チィ…フィィィ……」
かすかな悲鳴を上げ続けるベビンネの腹肉を、刺身状にあらかた削り終わると、今度は腹部に一直線に切れ目を入れる。
そして腹を切り開くと、内臓を包丁で細かく切りながら、叩いてすり身のように潰し始めた。
「内臓のたたき」を作っているのだ。あの頃はホルモンはまだあまりポピュラーではなく、
内臓はこのように細かく潰して、たたきにして食べるのが一般的だった。
「チギャァァァーーーーーーァァァッーーーーァァァァーーーーッッッッ!!」
ベビンネの甲高い断末魔の声が上がった。内蔵をぐちゃぐちゃに潰されているのにこれだけ叫べるとは大した生命力だ。
そしてたたきがあらかた出来上がると、祖母はスプーンで掬い取ってゆく。
内臓部分が完全に空っぽになったベビンネは、もう口をかすかにパクパクさせるだけになっている。
その空っぽの腹部に、さっき削ぎ取った刺身とたたきを盛り付けて、「ベビンネ船盛り」の完成だ。
この一連の作業は、串刺しにされて焼かれているママンネに見えるようにおこなっているので、
ママンネは「ゴギャァァァーー!!」と濁った叫び声を上げる。
こうして自分自身と、残り2匹のベビンネの旨みがまた一層味わい深くなるという訳である。
今度は伯母さんが、ベビンネ達の入った鳥籠の蓋を開けた。
さっきまでは必死に卵を抱えて守ろうとしていたベビンネ2匹も、立て続けに聞こえる母親と兄弟の絶叫で
すっかり縮み上がってしまい、卵を手放してペタンと床に伏せ、目を瞑り耳を押さえてプルプル震えていた。
失禁したらしく、小さな水溜りが籠の床にできている。
伯母さんが2個の卵を掴み出すと、ベビンネ達はしまったとばかりに卵を取り返そうとするが、
その前で籠の蓋はぴしゃりと閉められた。
「チィチィ!」「チィチィ!」卵を返してとでも言っているのか、精一杯に籠の柵の隙間から短い手を伸ばしている。
だが伯母さんは、手際よく2個の卵をコンコンと割って、ボウルの中に入れた。
白身と黄身が流れ落ちてゆくと、ママンネは「グガァァァ……!」と呻き、身悶えしている。
そしてベビンネ2匹は、弟か妹になったはずの卵がかき混ぜられ、ただの食材と化してゆく様を、
鳥籠の柵にしがみついて、「チィィ…」と涙を流しながら見つめていた。
だがそのベビンネ2匹にも順番が回ってきた。
伯母さんは鳥籠からベビンネ1匹を取り出して祖母に手渡し、自分ももう1匹を取り出す。
「チチーィ!!」暴れるベビンネ達だが、祖母と伯母さんが手にした剃刀で、あっという間に全身の毛を剃られた。
そして尻尾を切り落とされると、「ピビャァァーー!!」と泣き喚いている。
「チヒィ!!」「チッチュィィ!!」
さらに、肉を柔らかくする為に、祖母と伯母さんはまな板の上でベビンネをよく揉み込む。
悲鳴を上げるも、押され、引っ張られ、揉まれて、抵抗もままならず2匹のベビンネはクタクタになっていった。
そして小麦粉をまぶされて「ミホッ…ケホケホ」と咳き込んだところで、ボウルに入れられて溶き卵の衣まみれになると、
息ができなくなり弱々しく手足を動かしながら「チュイイ…」「フィィ…」ともがいている。
すぐ側では、薪を燃やした灯油缶の上に天ぷら油を満たした鍋が煮えたぎっていた。
ベビンネ2匹は祖母と伯母さんによって、立て続けにその油の中に放り込まれる。
「チギャァーーーーーー!!!」「ヂビィィィーーーーー!!!」
絶叫を上げ、高熱の油地獄から逃げ出そうとするベビンネ達だが、少しでも鍋の縁の方に近づくと、
菜箸で鍋の中央に押し戻される。
「ヂィ!!ヂィ!!ヂ………チ…チヒィーーーー……」
まず1匹が息絶え、仰向けでぷかりと油の中に浮かび上がった。衣の上からでも目と口をかっと開いた表情がわかる。
必死に抵抗するもう1匹のほうも、菜箸でつかまれて油の中に沈められると、もはや耐えられず動かなくなる。
こんがりと揚げられた2匹は皿に盛り付けられる。「親子丼」ならぬ「ベビンネ兄弟天ぷら」ができあがった。
残るはママンネだが、子供3匹と卵が料理される様を見せ付けられては、もう限界だったようで、
「グガァ……ァァ~~ァァァ~~………」と最後の呻き声を上げて、ジタバタしていた手がガクリと落ちた。
体が大きくビクンと痙攣して、白く濁った目から涙が零れ落ち、焚き火に落ちてジュッと水蒸気になった。
「よっしゃ、そろそろええかな」
焚き火が消され、祖父が肉切り包丁で香ばしく焼き上がったママンネの腹の周辺の肉を切り取った。
ジュージューと音を立てて、肉汁が溢れ出てくる。
「冷めんうちに食べてなあ」
祖母と伯母さんが切り取られた肉を大皿に盛って、近所の人達に配って回ると、
あちらこちらで乾杯の声が上がり、宴会が始まった。
「いただきまーす!」
私とケン兄ちゃんも早速ママンネの丸焼き肉にかぶりつく。まさに頬が落ちそうなくらいに美味かった。
生肉や刺身は子供には早いということで、「ベビンネ船盛り」は食べさせてもらえなかったが、
その代わりに天ぷらを1匹分もらった。耳と触角の辺りの味が、私は好きだった。
「♪タブンネタブンネおいしいな」と、また自作の歌を歌いながらはしゃぐ私達に、祖父が昔の話をしてくれた。
食糧難の時代、タブンネはもちろんミニタブンネも貴重なタンパク源であり、
当時子供だった祖父も、よくミニタブンネを捕まえて食べたそうだ。
空腹のあまり焼くのを待ちきれなくて、生のまま頭から丸齧りしたこともあったが、
さすがに生臭かったので、焼いたり煮たり、いろいろ工夫するようになったのだという。
「それに比べればお前らの時代は幸せじゃけん、タブンネ食う時も粗末にせんでちゃんと感謝して食わなぁいけんぞ」
神妙な顔でその話に聞き入る私とケン兄ちゃんだったが、ちょうどその時、
庭の片隅をチョロチョロ動く白っぽい塊が目に入った。ミニタブンネの親子だった。
「あっ、ミニタブみっけ!」「まてー!」「チ、チィチィーーー!!」
「ほれほれ、粗末にしたらいけんと言うた矢先から」と祖父が苦笑し、周囲のみんなもどっと笑った。
満天の星空の下、夏の夜は楽しく更けていった………
「部長、会議室準備できました」「あ、ああ」
またも部下の声で私は我に返った。つい昔のことを思い出したら懐かしくて、しばらくぼうっとしていたようだ。
祖父と祖母は亡くなり、伯父さんはまだ現役だが、今やあのケン兄ちゃん、いやケン兄さんが当主になっている。
そういえばしばらく行っていないな。考えると無性にあの光景が懐かしく思えてきた。
よし、今度息子を誘って田舎に行こう。ミニタブンネを手掴みする感覚を体験させてあげたいし、
タブ肉の美味さも味わわせてやりたい。ケン兄さんに頼んでタブンネ狩りも行こう。
無性にうきうきしてきた私は、心も軽く会議室に向かうのだった。
(終わり)
最終更新:2015年02月20日 01:03