すれ違う師弟 ◆cNVX6DYRQU


激戦の末に座波間左衛門を斃した千葉さな子は、仲間の元へ向かう為に歩きながらそっと腕をさすった。
物干し竿を使っての長時間の戦いは、彼女の腕に思った以上の負担をかけていたようだ。
もっとも、仲間を助けに行くという観点で見ると、腕の疲労は大きな問題にはならない。
志々雄なる怪人と戦う千石とトウカが二対一にもかかわらず苦戦しているとすれば、その最大の要因は武器の差であろう。
ならば、さな子が満足に戦えなくとも、持っている日本の名刀を二人に手渡すだけでも十分な助けになる筈。
一方、片目の妖怪を追い掛けた剣心は、薫を人質に取られて手を出せずに居る可能性がある。
この場合も、さな子がただ駆け付けて妖怪の気を逸らすだけで起死回生のきっかけになるかもしれない。
故に、腕の疲労が癒えるのを待つ必要はなく、ただ駆ければ良い……だが、どちらへ?
北の千石達か、南の剣心達か。どちらを優先すべきという根拠もない為にさな子は決断できない。
一方向に行きかけてはまた戻る、という事を繰り返していたさな子は、己に向けて駆け寄って来る足音に気付いて身構えた。

「これは、千葉のさな子様ではございませぬか」
「あなたは……仏生寺さん!?」
千葉さな子と仏生寺弥助。同時代に、共に江戸の道場を中心に活躍した二人であるが、特に親交がある訳ではない。
師匠同士には親交があった為、その関係で幾度か顔を合わせた程度である。
よって、さな子は弥助の人格については殆ど知らない。行状に問題があると風の噂で聞いた事はあるが。
にもかかわらず、さな子は弥助が殺し合いに加わっているとは全く考えなかった。
その根拠は、人別帖にあった斎藤弥九郎の名。
さな子が弥助と会ったのは数回に過ぎないが、それだけの付き合いでも彼が師の弥九郎を敬愛している事はよくわかる。
剣士としての聡さと武家の娘としての細やかさを併せ持つさな子でなくては気付かぬ仕草や言葉の端々に到るまで、
弥助の態度には弥九郎に対する感謝と尊敬の念が溢れていた。
真っ当な礼法からは外れているが、それだけに弥助の態度からは素朴な誠意が直截に感じ取れたものだ。
その弥助が、弥九郎と闘ってまで天下無双の称号を求める事など考えられない。
弥九郎だって、こんな故なき殺し合いなど絶対に認めはしないであろうし。
以上の理由から、さな子は弥助が自分と同様の志を持つと判断し、彼との出会いを幸運と考えて喜んだ。
彼と手分けすれば、千石達と剣心達の両方を助けられると。

「では、よろしくお願いしますね」
「は、わかりました」
さな子は弥助に手短に事情を話し、北の千石とトウカの援護に向かってもらう事にした。
剣心と薫の方は、何処まで行っているのか不鮮明な上に、あの妖怪の特徴を言葉で説明するのは困難だと判断したからだ。
顔に傷がある美青年という言い方だと剣心にも当てはまり、それで人違いをされては洒落にならない。
その点、北にいる志々雄は全身包帯という、間違えようのない特徴を備えていることだし。
という訳で、さな子は弥助に北を任せて、自分は南に居る剣心と薫の援護に向かう事にした。

弥助に背を向けて駆け出そうとしたさな子だが、背後の様子に違和感を感じて動きを止める。
特に不審な気配や物音を感じた訳ではない。それどころか、如何なる気配も音も、さな子は感じなかった。
しかし、それはおかしいではないか。さな子は弥助に、急いで北上し、千石とトウカを救うよう頼んだのだ。
ならば背後からは弥助が駆け出すか歩き出す気配が感じられて然るべき。なのに背後からは何の気配も音も感じられない。
つまり、弥助はわざわざこの場で気配を消し足音を忍ばせているという事か。その意味する所は……


咄嗟に前方へ身を投げ出したさな子の頭上を孫六兼元の凶刃が掠めて行く。
「仏生寺さん、どうして!?」「ちいっ!」
奇襲を外された弥助だが怯む事なくさな子を攻め立てる。
さな子も童子切安綱を抜いて防ぐが、力の斎藤の弟子に羞じぬ猛撃に、受け止める腕が悲鳴を上げる。
だが、仏生寺弥助が力の斎藤の秘蔵弟子ならば、千葉さな子も技の千葉を受け継ぐ剣士。
左上段に構えた弥助の動きに毛一筋の隙を見出すと、一気に飛び込み峰打ちで胴を抜こうとする。その瞬間……
弥助の微妙な重心の変化から危険を感じ取って剣を引くさな子。その手首に、さな子の顔を狙った弥助の足が命中した。
さな子は刀を取り落としそうになるのを辛うじてこらえ、蹴りの勢いを利用して後ろに跳び、弥助の追い討ちをかわす。
身の軽さが幸いして、剣の振り下ろしは袂を浅く斬られただけで避けられたが、深刻なのは蹴られた手首だ。
先刻まで物干し竿を振り回していた疲労に加え、弥助の剛剣による衝撃、更に蹴りの打撃。
何ともないように見せてはいるが、実際には指先の感覚が完全ではなくなってしまっている。
この状態では、北辰一刀流の持ち味である精妙な技を十全に遣う事は難しいだろう。
まともに戦えば勝つのは難しい。そう考えたさな子は、いちかばちかの賭けに出る事を決意した。

下段に構え、蹴りを警戒した様子を見せるさな子に対し、弥助は大きく踏み込んで左上段からの振り下ろしを見舞う。
それを読んでいたさな子は、弥助と拍子を合わせて剣を振り上げ、弥助の剣に正面からぶつけた。
単純な腕力ならば弥助が勝っている上に、斬り下ろしと斬り上げだ。
通常ならば弥助の剣が振り勝ち、そのままさな子を切り捨てていただろう。だが、実際にはそうならなかった。
「!?」
孫六兼元の刀身が甲高い音と共に砕け、弥助は慌てて飛び退る。
武器破壊技……などという高等なものではない。単に力任せに己の剣を弥助の刀に叩き付けただけ。
互いの武器の質が同等ならば、さな子の方が刀を砕かれるか勢いの差で押し斬られたであろう。
しかし、さな子の手にあるのは鬼をも切り裂いた神刀、天下五剣の筆頭に挙げられる童子切。
弥助が持つ孫六兼元とて大業物ではあるが、さすがに童子切安綱と真っ向からぶつかり合うのは荷が重かったようだ。
ただ剣術のみを学んだ弥助と、刀の見立てなど武術家に求められる教養をも併習したさな子の差が出たと言うべきか。

とはいえ、まだ決着がついた訳ではない。
弥助の渾身の一撃と真っ向から打ち合った衝撃は凄まじく、支えきれないと見たさな子は童子切を手放し、物干し竿を掴む。
そして、弥助が下がりながら投げ付けて来た孫六兼元の柄を、居合いで両断する。
この光景を見た弥助は迷わず踵を返し、一目散に逃げ去って行った。
「あっ」
さな子は逃げる弥助をすぐには追えない。腕がもう限界に達しようとしていたのだ。
この状態で物干し竿を抜けたのは奇跡。弥助が逃げずにもう一本の刀で向かって来ていたら危うかったかもしれない。
しかし、このまま弥助を放置してはおけない。さな子は弥助に仲間達、特に千石とトウカの情報を漏らしてしまった。
悪いことに、弥助が逃げて行った方向は北。千石達に行き会う可能性は十分にある。
彼等が首尾良く志々雄を倒していたとしても、弥助がさな子に頼まれたと行って近付き、不意打ちしたらどうなるか。
とにかく、これで北か南か迷う必要はなくなった。まずは北へ向かおう。
そして、弥助を捕らえるか、千石達に合流して共に志々雄を倒し、弥助の事を警告する。剣心達はその後に探すしかあるまい。
しなくてはならない事は幾つもあるのに、随分と時間を消費してしまった。急がなくては。
刀を納めたさな子は、必死で腕をさすりながら北へと向かう。


全速で走っていた弥助だが、さな子がすぐに追って来る様子がないと知ると足を止めて一息つく。
千葉さな子……鬼小町などと持て囃されるのは小千葉道場の娘に対する追従だと侮っていたが、眼鏡違いだったようだ。
とはいえ、剣の腕自体は自分が劣っていたとは思わない。後れを取った原因はあくまでも得物の差。
弥助の剣もかなりの業物だったが、さな子の剣は破格だ。まさかあの剣が真っ向からの打ち合いで砕かれるとは。
もう一本の長刀も、弥助が投げた柄を切断したあの斬れ味から見て相当の業物。
さすがに居合いの直後には隙が見られたが、あの長大な刃渡りがもたらす間合いの優位はそれを補って余りある。
特に見るべき点もない軍刀で渡り合うのは困難だし、まして蹴りは足が届く距離にすら近付けまい。
だが、弥助には成算がある。
さな子の話によれば、ここから北に向かえばそこでは彼女の仲間二人が包帯の怪人と戦っているそうだ。
しかも、包帯の男はさな子の仲間から奪ったという名刀を所持しているというし、他の二人も無手ではない。
三人が戦い始めてかなり経つというから、戦いが続いているなら全員かなり消耗している筈。
決着がついていたとしても、さな子の仲間が勝ったならば、その名を上手く使えば不意を打てる。
怪人が勝った場合でも、達人二人を相手にして無傷という事は考えられない。
何にしろ、上手くやれば、最小の危険で三本の武器を手に入れることが出来るだろう。
戦国の名将朝倉宗滴曰く「一本の名刀は百本の槍に如かず」。
学のない弥助はそんな言葉は知らないが、実戦において武器が消耗品であることはよく理解していた。
仮に、包帯男の刀が質においてさな子の剣に及ばなくとも、武器の数で勝れば、今度は有利に闘える筈。
そう考えて弥助が北に急ごうとした時、彼が弥助の前に現れた。

北へと急いでいたさな子は、行く先で叫び声と水音を聞いて走る。まさか、弥助が千石かトウカと接触したのか……
足を早めたさな子の目に飛び込んで来たのは、剣を抜いた弥助の後ろ姿。他の者の姿は見えない。
まさかさっきのは弥助が誰かを川に切り落とした音なのか。さな子は何時でも居合いを放てる体勢を取りつつ声を掛ける。
「仏生寺さん!今のは一体……」「せ……んせい……」
と、いきなり弥助の首から血が噴き出し、その身体が横倒しになった。
「え?」
突然の事に対応できず戸惑うさな子を現実に引き戻したのは、聞き覚えのある声だった。
「吉村!」
川の向こう岸にいたのは、弥助の師であり、さな子にとっても尊敬すべき剣の道の先達……斎藤弥九郎であった。

【仏生寺弥助@史実 死亡】
【残り六十三名】

【はノ伍 川沿い/一日目/早朝】

【千葉さな子@史実】
【状態】健康 疲労中程度
【装備】物干し竿@Fate/stay night 、童子切安綱
【所持品】なし
【思考】
基本:殺し合いはしない。話の通じない相手を説き伏せるためには自分も強くなるしかない。
一:斎藤弥九郎に事情を説明する。
二:久慈慎之介とトウカは無事だろうか?
三:緋村剣心を追う。
四:龍馬さんや敬助さんや甲子太郎さんを見つける。
五:間左衛門の最期の言葉が何故か心に残っている。
【備考】
※二十歳手前頃からの参加です。
※実戦における抜刀術を身につけましたが、林崎甚助、河上彦斎、緋村剣心といった達人にはまだまだ及びません。

【斎藤弥九郎】
【状態】:右手に打ち身。思案。
【装備】:木刀
【所持品】:地図
【思考】ひとまず殺し合いには乗らない。が…。
一:吉村豊次郎(仏生寺弥助)の死の真相を究明する。
二:名の知っているもの、柳生十兵衛らしい若者と会う。
三:兵法者として死ぬべきか…?
【備考】
※1855年、朋輩、江川英龍死去の後より参戦。


斎藤弥九郎と千葉さな子が状況を掴めぬまま睨み合っている地点からしばし下流へ下った地点……
川面がいきなり弾けると、そこから人影が飛び出して岸に降り立つ。
ずぶ濡れの姿で咳き込むその人物は、将軍家剣術指南役にして一刀流継承者、小野次郎右衛門忠明だ。
彼がどうして川の中などにいたのか……忠明は先程の出来事を回想する。

一度は自分に恐怖を植え付けた怪物を破って自信を取り戻した忠明は、一路南を目指していた。
目的地は城。そこに柳生がいるかもしれないし、そうでなくても、天下一の剣客たる己には天守が相応しい。
そう考えて、忠明は南に向かって疾走していた。その途中で川を挟んで出会ったのがあのひょろ長い男。
忠明としては、あんなみすぼらしい男は無視して先を急いでも良かったのだ。
しかし、忠明の得物に眼をやった男の馬鹿にしたような舌打ちが気に障り、次の瞬間、忠明は跳んでいた。
まさかあの川を一跳びで越えられるとは思わなかったのであろう、男の対応が遅れて隙が出来る。
そのまま斬りかかろうとした忠明が男の仕草に危険を感じ取った瞬間、猛烈な勢いで石が飛んで来た。
男が足元の石を蹴り飛ばしたのだ。忠明は辛うじてそれをかわし、続いての斬撃も受け流す。
斬撃もだが、特に石の速度は相当なものであり、似た攻撃を受けた経験がなければさすがの忠明も危うかったかもしれない。
そして、この一撃で忠明は気付く。目の前の男の動きが、先刻会った老人の動きとよく似ている事に。

「そうか。貴様はあの爺いの弟子だな」
その言葉に、男……仏生寺弥助の動きが止まる。
「図星か。まあ、貴様は剣を用いるべき時にはあらずなぞと下らぬ事を言っていた彼奴より少しはマシのようだが……」
「先生に会ったのか!先生は何処に……」
複雑な表情で弥助は聞いて来る。師に会いたいのか、それとも会いたくないのか。まあ、忠明の知った事ではないが。
「あの爺いに会いたいか。ならば地獄で会うが良い。貴様も俺がここから地獄に送ってやろう!」
忠明としては、「あの爺いもすぐに地獄に送るから先に行って待ってろ」という意味合いで吐いた言葉である。
しかし、紛らわしい言い方なのは確かで、忠明が既に弥九郎を殺したという意味に取ったのは弥助が無学だった故ではない。
忠明にとっては弥助に誤解される事など何でもないと言いたい所だろうが、実際にはそのせいで酷い目に遭う事になる。

「あああああああああぁぁぁ!!」
弥助が感情と共に身体をも爆発させて忠明に切り掛かる。
「生意気な!」
一方の忠明も木刀を唸らせて迎え撃ち、二人は真っ向からぶつかり合う。
片や剣の力で、片や師への想いで潜在能力を開放し、奥義の限りを尽くして斬り合う二人の剣士。
しかし、勝負を分けたのは力でも技でもなく、先の千葉さな子と仏生寺弥助の戦いと同様に、武器の質。
短いが激烈な打ち合いの後、弥助の持つ軍刀の柄が、彼の握力に耐え切れずに砕け散ったのだ。
それを見て弥助の首めがけて剣を走らせる忠明だが、木刀の刃が届く直前に顎に衝撃を受けて意識を失う。

そして、忠明が次に気付いた時には川の中に居た。
溺れる前に辛うじて川から脱した忠明。あの場に落としたか、川に流されたか、行李や木刀以外の武器もなくなっている。
だが、悲惨な目に遭ったにもかかわらず、忠明の顔に浮かんでいるのは笑み。
あの時、忠明は男の、おそらくは蹴りを受けて意識を失ったが、今の忠明にとって意識を失う事は敗北ではない。
実際、木刀を握る忠明の手には、男の首を切り裂いた感触がはっきりと残っていた。
蹴られて意識を失いながらも、忠明は無想剣にて仏生寺弥助の命を刈り取っていたのだ。
「少しは出来る奴だったが、師に恵まれなかったな」
忠明は嘯く。敵に剣を振るいたくないなどという軟弱者の弟子が、無双の剣客伊藤一刀斎の後継たる俺に敵う筈がないと。
そして、忠明は再び南下し始める。柳生を倒し、一刀流こそが最強であると知らしめる為に。

【にノ伍 川沿い/一日目/早朝】

【小野忠明@史実】
【状態】:高揚、全身ずぶ濡れ、顎に打撲
【装備】:木刀・正宗、半首、手甲
【所持品】:なし
【思考】 :十兵衛を斬り、他の剣士も斬り、宗矩を斬る。
一:城に向かう。
二:斎藤弥九郎(名前は知らない)は必ず自らの手で殺す。
【備考】
※木刀・正宗の力で身体能力が上昇し、感情が高ぶっています。ただし、本人はその事を自覚していません。
※木刀・正宗の自律行動能力は封印されています。


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最終更新:2010年12月02日 20:35