夢十夜――第一夜『青木ヶ原の血吸鬼』――◆F0cKheEiqE
こんな夢を見た。
◆
そこでは、一組の武家の男女の祝言が、執り行われていた。
花婿は立派な裃姿の武士であり、花嫁は白無垢姿の妖艶な美女であった。
参列者たちは数も多く、また何れも立派で豪奢な服装に身を包んでおり、
彼らの面前に出された料理、酒の類も、庶民には手の届かぬ贅沢品ばかりであった。
今日、祝福されるこの男女の家の身分の高さ、あるいは財産の豊富さを覗わせる。
見れば、花婿の裃の肩衣には「三つ盛鱗」の紋が白く染め抜かれている。
と、すれば、この花婿は小田原北条氏の一族の一人と言う事であろうか。
それならば、この祝言の盛況ぶりも納得がいくという物である。
よくよく参列者の顔ぶれに目を向ければ、
何れも小田原北条氏の重臣の御歴々であり、
大道寺氏、松田氏、上田氏といった後世に名を残した一族の人々も見え、
花婿の主君である北条氏康公こそ姿を見せぬものの、その代理として弟の北条氏尭公の姿もあった。
来賓達は料理と酒に舌鼓をうち、互いに愉快に話し合い、笑い合ってはいたが、
何故であろう人々の花婿を見る視線には、祝福ではなく、
何処か冷笑・侮り・嘲り・嫉妬と言った陰性の感情を多分に含んでいた。
その理由は、花婿、花嫁の顔を交互に眺めれば一目瞭然だった。
前述したが、花嫁は実に美しかった。
妖艶…否、淫靡とすら言っていい程であった。
男であれば誰もが見惚れ、其れを物にする男を羨む程であった。
一方、花婿はどうであろうか。
花婿の顔に目をやれば、誰であろうとも、
来客達の視線の視線をたちどころに理解できるであろう。
花婿の顔は…あまりに醜かった!滑稽なほど醜かったのだ!
見よ、その飛び出した額!
見よ、その扁平の鼻!
見よ、その左右不揃いの釣り上がった眼!
見よ、その衣裳の裾のように脹れ上がり前歯をむき出した上下の唇!
見よ、その左半面ベッタリと色変えている紫色の痣!
類稀なる美女の花嫁の顔と並べて見れば、その醜さは一層引き立って見える。
参列者達の視線の意味…
それは分不相応にも、家中随一の美女たる花嫁―名を「園女」と言う―を娶る、
家中随一の醜男たる花婿―名を「北条内記」―に対する嫉妬と冷笑に他ならない。
なまじ、花婿・北条内記が、家柄だけでなく文武共に秀でおり、
幾つもの恩賞を上げた侍大将の筆頭である事実が、
少なくともその容貌以外が園女を娶るに足る資格を充分に有していると言う事実があるだけに、
人々の北条内記に向ける負の視線はより一層陰湿で、ドギツい。
(なんとまあ、不釣り合いな夫婦である事よ…)
(許婚であるとは言え、園女も随分不運な事よ)
(それにしても憎いは北条内記奴、不相応なモノに手を出しおって)
(貴様は狒々とでも、契っておるのが似あいの面だとわからぬか)
花婿の知る知らずは知らず、
来賓の心に浮かぶのは何れも、このような言葉ばかりであった。
一方、花婿・北条内記の心の内を覗いて見れば…
(俺の面相では、正直、園女も嫌になろう…)
(しかし、真心で、真心を込めて接し続けていれば…いつかは…いつかは)
成程、花婿も、自分の面相の悪さには気が付いていたようだが、
その心には、自身の力量へのうぬぼれか、どこか楽観があった。
この時はまだ。
宴も酣になったころ、
突如、奥の襖が蹴り破られた。
その音と様子に、一同は驚き、
何事かと皆、目を見遣る。
そこには一人の男がいた。
男は花婿と同じく裃姿だが、
その容貌は北条内記と対称を為すように、
男ならば誰でも羨み、女であれば誰でも溜息を付く、恐るべき美貌の持ち主であった。
男は驚く来客達を一瞥だにすることなく、男は北条内記の面前へと、
どしどし足を進める。
「無礼な!…何用だ伴源之丞!」
北条内記が無粋な乱入者へと向けて、一喝する。
果たして、乱入者の正体は、小田原北条氏家中随一の美男と言われる、
伴源之丞その人であった。
「何用だぁ、だと?……北条内記」
伴源之丞はニヤニヤと笑いながら、睨みつける北条内記の顔をしばし見ていたが、
唐突に耳まで裂けるほど口唇を釣り上げると、
「フフフ」
「ハハハ」
「アハハハハハハハハハハ」
と内記をゲラゲラと嘲笑しながら言った。
「冗談はその面だけにしとけや、北条内記奴!」
「貴様、本気で自分が園女を娶れると、そう思うておるのか!?」
「ナニッ!?」
祝言の席での、常軌を逸した暴言に、
坐していた内記が立ちあがる。
その顔は湯で蛸の如く真っ赤に染まっている。
「貴様の様な醜い男が、園女を娶るなど、園殿があまりに哀れ。
俺が貰って呉れるから、貴様はとく去ね」
「な、何を…キサマっ!」
「よく申して下さいました源之丞さま!」
「園女どの!?」
源之丞のあまりの物言いに、傍らに置かれていた刀を拾うや否や抜かんとする北条内記の隣で、
今まで静かに控えていた花嫁・園女が、突如立ち上がり、予期せぬ言葉を吐いた。
激昂から一転、冷水を浴びせられたが如く、慄然たる心持で、園女を見遣った。
園女は北条内記を見ていた。
その視線と、綺麗な口元は内記への嘲笑で歪んでいる。
園女はスルスルと歩を進めると、
源之丞の首に手を回し、枝垂れ懸る様にその頭を源之丞の胸板に預ける。
源之丞は、勝ち誇った顔で、園女の肩に手を回した。
「ああ…あああ、ああああ…」
「よう解ったであろう、内記。園女は俺の女よ。そうとも知らず、滑稽な男よなぁ」
「全く、侍大将の筆頭が、妻となる女の心にも気が回らぬとは、まこと情けなき輩です」
源之丞、園女、ともに顔を見合わせて、クスクスと内記を嗤うと、
彼に背を向けて、入って来た方へと歩き出す。
余りの出来ごとに、自失していた内記であったが、
正気に返るや、やおら段平引き抜いて、姦婦・姦夫へと叫ぶ。
「止まれ…止まらぬか、姦婦!姦夫!」
口角沫を飛ばし、顔を真っ赤にして叫ぶ内記の様相は、
まさに鬼気迫ると言う言葉そのままで、
源之丞、園女の態度次第では、今にも白刃を煌めかせんといった調子であった。
しかし、源之丞、園女、姦夫姦婦の二人連れは振り向く事すらする様子なく、
スルスル出口へと向かうのみ。
これに正に怒髪天を突く、北条内記、エェーイと一声、気勢を発すれば、
ダダダと踏み込み、右上段袈裟掛け、一刀のもとに姦夫姦婦纏めて斬り捨てんとする。
土子土呂之介直伝、一羽流の見事な太刀筋、姦婦姦夫、すわ血の池に沈みしか、と思えば…
「ヌ!?」
如何なる怪異か、内記の太刀筋はするりと二人の体をすり抜けて、
僅かに畳を髪の毛ほど抉るのみ。
間合いを誤りしかともう一太刀、今度は左の逆袈裟をしかけしも、
またも、太刀は霞を斬るが如く、姦夫姦婦をすり抜けて、空しく空を斬ったのみだった。
「ヌヌヌ、色小姓風情が…おのおのがた、その二人を、止めてくだされ、止めてくだされ!」
自分の太刀が何故かすり抜ける怪異にすら、その怒りにより気の留らぬ内記は、
未だただ控えるだけの来客たちに、姦婦姦夫を留めんと声をかける。
「おのおのがた、いかがなされた!?二人を…」
しかし動かぬ来客達に、再び声をかけんとした内記は、そこでハタと気が付いた。
自分を見つめる、来客達の視線、表情に。
そこにあったのは…
ハハハ
ヒヒヒ
ゲラゲラゲラ
確かに嘲笑と侮蔑であった。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
突如湧きおこる哄笑、哄笑、哄笑…!
ただ呆然とするしかない内記を余所に、
人々は笑う、嗤う、嘲笑う!
「北条内記の面相なら、連れ添う女房でも厭になろう」
「家中一等の美人の園女を、本当にモノに出来るなどと…笑止千万」
「旨くやったは伴源之丞、あの園女を手中に入れ、内記めを降すとは果報者だ」
「その又伴源之丞と来ては、家中一番の美男だからな。似合いの夫婦というやつさ」
そして人々は立ち上がり、
次々に姦夫姦婦を祝福す言葉を挙げれば、
手を叩きながら二人につられて歩き出す。
「おのおのがた、おのおのがた…お待ちくだされ、お待ちくだされ!」
「福島殿!松田殿!成田殿!」
「大道寺殿!垪和殿!富永殿!」
「上田殿!猪俣殿!清水殿ぉ!」
「左衛門佐様ぁ、左衛門佐様ぁ、左衛門佐様ぁっ!」
「お待ちくだされ、お待ちくだされ!」
「お待ちくだされ、お待ちくだされ!」
「 お 待 ち く だ さ れ っ ! 」
内記は絶叫する。
しかし誰一人振り向かない。
気がつけば、かつての祝言の席には、ただ、“元”花婿一人が残された。
しばし呆然と立ち尽くす北条内記であったが、
刀をごとりと取り落とし、がっくと膝を突くと、
真っ青な顔で呻くように呟いた。
「これは…夢だ…」
「夢を…見ているのだ」
しばし息苦しく喘ぎ、冷や汗を流すと、
発止と落ちた段平、再び握りしめて、内記は再度絶叫した。
「何事も無い!」
「何事も起こっては御座らん!」
「これは夢で御座る!」
「かかる悪夢に惑わされてはならぬ」
「今日、この日、この只今!」
「園女は、園女は!」
「確かに俺の、この北条内記の、妻となったのだ!」
「かような事のあり得ようはずはござらぬ!!」
「夢だ!」
「夢だ!」
「夢だ夢だ夢だ!」
「 夢 で ぇ 御 座 る ぅ っ ! 」
「 否 、 夢 に 非 ず 」
内記の絶叫を打ち消すように、
彼の背後より、冷たい言葉が走った。
内記が、バッと振り向けば。
そこにはいるはずの無い男が居る。
赤茶けた蓬髪、三角形の琥珀色の瞳。
まばらな針みたいな髭、高い頬骨、高い鼻梁―――
新免無二斎
否、彼のみに非ず、
男臭い容貌、閉じられた右目―――
柳生十兵衛
少女の如き美貌、頬の十字傷―――
緋村剣心
剣心の身に枝垂れ懸る美少女―――神谷薫
何れも異様なる御前試合で、北条内記…否、『三合目陶器師』が対峙した人々。
その誰もが、内記を見ている。いずれも、目にこもるのは嘲笑!口元にこもるのは侮蔑!
「夢に非ず、北条内記、否、富士三合目の陶器師!」
「小田原北条の侍大将筆頭が、密夫されて浪人さ!」
「誰も憐れまぬ女敵討ち!哀れ、哀れ、哀れ!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
「笑うな…」
「笑うな!」
「 笑 う な ぁ っ !」
内記は、
否、三合目陶器師は、
嘲笑う人々へと向けて又も絶叫する。
気がつけば、その姿はただ醜い北条内記の姿から、
利休茶の十得に、同色の宗匠頭巾、白皮足袋に福草履、
青白い、幽霊の様な、仮面の様な、
限り無く美しくも、限り無く醜い顔を持つ、陶器師の物へと変わっていた。
陶器師はケェッー、っと奇声を上げながら、
滅茶苦茶に無二斎、十兵衛、剣心、薫へと斬りかかる。
しかしまたも太刀筋はすり抜けて、ただ空を斬るのみ。
その姿を存分に嘲笑って、四人はやおら腰に手挟んだ段平を引き抜いて、
「ギャッ!」
まず十兵衛がその右目を、次いで剣心がその頬を、
次いで無二斎、薫がと、次々白刃を閃かせ、
なますの如く、嗤いながら陶器師の体を斬り苛む。
「ア、ア、アアアアアア」
声にならない悲鳴を上げて、
血だるまになりながら、陶器師はほうほうの体で逃げ出した。
其れを見て、四人、
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
又も嘲笑う。
しかし、陶器師に、それを見返す力は既に無い。
邸より飛びだし、
何も無い暗闇を、悟り無き無明長夜をただただ、ひた走る。
終いには息が切れて、刀を大地に刺し、どっと蹲った。
その傍らに、如何様にしてか、突如人影が出現する。
疲れ切った頭を何とか起こして、その人影を見遣る陶器師。
そこには、
「おおお、月子殿!」
齢三十程の穢れ無き美女、白衣の面造師、月子の姿があった。
「月子殿、直してくだされ、俺の顔を、直してくだされ」
陶器師は月子の足に縋り付き、血まみれの顔で哀願する。
その姿を、月子は、しばし冷たい瞳で見ていたが、
「嫌でございます」
「エッ!?」
「貴方様にはホトホト愛想が尽きました。自力で何とか為されませ」
縋り付く手を冷たく拒絶すると、月子は陶器師に素早く背を向けて、
闇の向こうへと歩き出す。
「待ってくれ、待ってくれ月子殿!」
「待ってくれ、待ってくれ!」
陶器師は、立ち去る月子へと向けて、手を突きだしながら叫ぶ。
「待ってくれ!」
「待ってくれ、待ってくれ!」
「俺を見捨てないでくれぇ~~っ!」
最早、陶器師は泣いていた。
泣いて、泣いて、哀願していた。
しかし、月子は立ち止まらず、振り向かず、一言もかけず、
闇の中へと、闇の奥へと、霞の様に消えて行った。
闇の中に、陶器師が一人残された。
◆
陶器師は啜り泣いていた。
蹲って、啜り泣いていた。
まるで女の様に、まるで少女の様に、
情けなく、みっともなく啜り泣いていた。
その背に、
「悔しいか」
ふと、しゃがれた声が掛った。
泣き声が止まり、陶器師が顔を上げると、
そこには、見覚えの無い老人が一人立っていた。
恐ろしく背の高い老人であった。
鶴みたいに痩せた、細長い体躯を、鶯茶色の唐人服で包んでいる。
髪は、墨の様に黒く、艶のある総髪で、顔は恐ろしく長く、かつ天竺人の様に浅黒い。
肌は皺が多い半面、未だ艶やかさを失わず、生命力に溢れている。
口の両はしには、泥鰌みたいな髭が、ちょろりと生えていた。
たいそう年を食っているいる事は確かな雰囲気を持っているが、
反面、髪は黒く、肌には未だ張りがあり、その年齢には見当が付かない。
ただ、目だけは――世にも珍しい翠玉色の瞳だ!――異様に若々しく、むしろ生臭くさえあった。
「悔しいか、北条内記」
老人は再度問うた。
陶器師は答えて云った。
「悔しい、悔しいぞ」
「どれほどまでに」
「斬らねばおれぬほどに、活かしては置けぬほどに!」
陶器師は立ち上がった。
その姿には、先ほどまでの弱弱しさは無い。
むしろ、妖気すら立ち上っているではないか。
「園女を、源之丞を?」
「姦夫姦婦、活かして置けぬ!」
「剣心を、薫を?」
「姦夫姦婦、活かして置けぬ!」
「柳生を、新免を?」
「憎きやつら奴、活かして置けぬ!」
「この試合に呼ばれし男ども…」
「姦夫ども奴、活かして置けぬ!」
「この試合に呼ばれた女ども…」
「姦婦ども奴、活かして置けぬ!」
「みんな殺すか。一体どこまで斬るつもりか?」
「斬っても、斬っても斬り足りぬ!一切衆生、活かして置けぬ!」
「それでは悟りは得られぬぞ、解脱は得られぬぞ」
「悟り?解脱?カ、カ、カ、」
「悟りとは何だ!解脱とは何だ!永世輪廻よ!永世輪廻よ!活き変わり死に変わり人を殺すのよ!」
「そうした果てにどうするかね?」
「そうした果てにか?そうした果てにか?やはり人を殺すのよ。」
「救われぬな、北条内記…しかし」
老人がニヤリと笑った。
「だがそれが良し」
「少し後押ししてやろう、北条内記、否、三合目陶器師…」
「貴様が、ちゃんと人を斬れるように」
「人を斬れよ、陶器師。うんと斬れよ、陶器師」
「屍山血河築くまで、斬って斬って斬り続けよ」
「そして播くのだ、憎悪の種を、殺戮の種を!」
「さすれば、さすれば」
「この世はもっと混沌として面白くなるのだ!」
そこで目が覚めた。
◆
「夢か…」
まだ青い稲が風に揺れる水田の土手に、北条内記、否、三合目陶器師はごろりと横たわっていた。
どれくらい寝ていたのか、星の動き、月の傾きから、恐らく一、二時間といった所だろう。
僅かとは言え睡眠をとった為か、体力は、すこしばかり回復をしていた。
そして、身に纏う妖気は、奇怪な夢の為か、より一層、その強さを増している。
ふと、陶器師は気が付いた。
何時の間にか、自分の傍らの地面に突き立っているモノ。
それは…
「おお」
『新藤五郎国重』
彼の富士三合目の住処に置き忘れた、彼の愛刀では無いか。
手に取って二、三度振るうが、手に吸いつくように馴染むこの感覚は、
やはり愛刀に相違あるまい。
ここで、陶器師は、もう一つ、愛刀の傍らに落ちていたモノに気が付いた。
「面…か?」
それは面であった。
面と言っても、能面の様な、造りの立派な物ではなく、
木目もそのままの、のっぺりとした、
両目と口を、ただ横に引いた線だけで表現した様な奇妙な面だった。
しばし其れを眺めていた陶器師だったが、
何を思ったか其れを顔に被ったのだ。
するとどうであろう。
「おおっ!?」
まるで彼の為に造られた様に、
ビッタと嵌ったではないか。
成程、代わりの「顔」を手に入れるまで、
これはこれで悪く無い。
しばし仮面の感触を確かめていた陶器師だったが、
愛刀を右手にぶら下げると、
新たな獲物を求めて、何処かへと歩き出した。
その胸中には、かつてない狂気と憎悪が宿っていた。
邪淫許すまじ。
一切衆生、活かして置けぬ。
【へノ伍 水田/一日目/早朝】
【三合目陶器師(北条内記)@神州纐纈城】
【状態】右目損壊、顔に軽傷、全身に打撲裂傷、疲労小
【装備】新藤五郎国重@神州纐纈城、仮面?@出典不明
【所持品】打刀@史実
【思考】:人を斬る
一:顔を剥いで自分の物にすべく新たな獲物を探す
二:緋村剣心は必ず殺す
三:柳生十兵衛を殺す
四:新免無二斎はいずれ斃す
【備考】
※柳生十兵衛の名前を知りません
※人別帖を見ていません
※
神谷薫と緋村剣心はお互い名前を呼び合うのを聞いており
薫は無事であれば再度狙う可能性があります。
※仮眠をとった事により、体力が多少回復しました。
※陶器師が何処へ向かったかは次の書き手にお任せします。
※【仮面?@出典不明】の装備効果の有無、あるならばその内容は、
次の書き手にお任せします。
陶器師が闇に消えた後、
彼が先程まで横たわっていた場所に、
彼の夢にあらわれた、あの奇怪な老人が出現した。
少しばかり、陶器師が消えた方を眺めていたが、
ニヤリと笑うと、再び、闇に姿を消した。
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最終更新:2010年06月05日 19:34