疾風の如く! ◆cNVX6DYRQU



「遅くなっちゃいましたね。下調べどころか、そろそろ巳の刻になっちゃうんじゃあ……」
桂ヒナギクが呟く。彼女と芹沢鴨、細谷源太夫の三名は、漸くほの伍へと到達していた。
沖田総司と石川五ェ門も同様だが、彼等は川の向こう側で建物の捜索をしている為、こちらからは姿が見えない。
「すまんのう、儂のせいで」
細谷が謝る。ここへの到着が巳の刻間近になったのは、細谷が白井亨戦で負った傷の手当てに時間を取られた為なのだ。
「あ、いえ、そんなつもりじゃ……。元はと言えば、悪いのは油断した私達の方ですし」
勝手に自分も悪い事にされた芹沢は不機嫌そうにヒナギクの横顔を睨むが、油断していたのは事実なのでそこには反論しない。
「ふん、中途半端に準備の時間があると、むしろ英気が削がれ却って不利になるのが真剣勝負の綾というものよ。
 巳の刻に遅れたわけでなし、これくらいで丁度良かろう。お主達も気に病む事はないぞ」
そう言って自分だけは悪くないような形で芹沢がまとめた次の瞬間、鐘の音が鳴り響いた。

「霧!?」
鐘の音が聞こえた次の瞬間、辺り一帯が霧に包まれる。
霧自体は通常の霧と特に変わらないように見えるが、一瞬で、しかも丁度この時刻に発生した霧が尋常の物である筈もない。
霧そのものに殺傷能力がないのであれば、当然、この霧を発生させた者の狙いはその先にある訳で……
「はあっ!」
大気を切り裂いて飛来した矢を芹沢が叩き落す。強い衝撃で刀が震え、不気味な唸り声を上げた。
霧に紛れての攻撃を予想していたから防げたが、この弓勢は相当のものだ。
更なる攻撃を受ける前にと芹沢が駆け出そうとした瞬間……
「ぬう!」
別方向から飛来した矢を、細谷が辛うじて叩き落す。
咄嗟に三人が背中合わせに円陣を組むと、更に別方向から矢が襲い、今度はヒナギクがそれを防ぐ。
「どうして、この霧の中でこんなに精確に矢を放てるのよ!?」
ヒナギクが叫ぶ。辺りを覆う霧は、白兵戦なら殆ど問題にならない程度の濃さだが、視界がまともに効くのは精々十間。
当然、彼等からは弓で狙撃して来る射手の姿は見えないのだが、対して矢の方は正確に彼等を狙って来る。
「さあな。この霧が俺達の視界しか遮らないのか、奴等が目で見る以外の方法で俺達の位置を特定してるのか……。
 俺達を一晩でこんな島まで連れて来て、一瞬で島中に散らばらせるような連中だ。その程度は朝飯前だろうさ」
「待て、それでは、この霧も矢も、御前試合の主催者の仕業だと言うのか?」
「阿呆か。他に考えられぬだろう。いい加減に、酔いを醒ませ!」
などと言い合う間にも、次々と矢が飛来し、三人は剣を振るってそれを弾く。
今の所は凌げているが、敵の姿が見えず、囲まれたと思しき状況の中、三人の心中には徐々に焦りが生まれていた。

「十人は居るな……」
八方から矢が飛んで来る状況から、細谷は敵の数をそう推測する。
「一斉に狙撃されたら防ぎきれんぞ」
「でも、どうして一度に射て来ないのかしら」
細谷の危惧に、ヒナギクは疑問で返す。確かに、今まで飛来する矢は各個バラバラにしか来ていない。
霧は敵の攻撃を妨げないと思っていたが、射手達にも三人の位置がわかるだけで互いの連携までは不可能なのか?
「そもそも、剣客ばかり集めて御前試合を開くような連中がどうして弓の達人ばかり抱えてやがる!
 だったら始めから弓術大会でも開いてやがれってんだ!」
確かに、芹沢が怒鳴ったように、剣客ばかりを集めて御前試合を開催した主催者側にこうも弓術家が多いのは奇妙だ。
剣客の試合で勝ち残った者を無双の武芸者と認定するという言葉からは、剣術への強いこだわりが感じられるのだが……

「うぐっ!」
攻撃が単発だった事もあり、ここまでどうにか攻撃を凌いで来た三人だったが、遂に細谷が弾き損ねて手首を削られる。
「ちっ、何してる!」
「い、今、矢の動きが手元で変化したぞ」
意味不明の事を言う細谷に舌打ちしつつ、芹沢は次の矢の風切り音に反応して身構えるが、矢の動きを見て目を瞠った。
「見ろ!」
芹沢は、素早く矢を叩き落すと、矢が飛んできた方向を指し示す。
周囲に立ち込める霧は、これまで芹沢達の視界から敵を隠す妨害者として存在して来たが、ここで初めて彼等の助けとなる。
矢は霧を切り裂いて飛んで来るので、矢が飛び終えた一瞬後まで、その軌跡を霧の裂け目として視認する事ができるのだ。
そして今、霧が示している矢の動きは……
「嘘でしょ……。矢が、カーブしてる!?」
そう、矢の軌道は明らかに曲線を描いていた。しかも、上下ではなく左右に。この意味する所は……
「散れ!敵は一人だ、探し出せ!」
芹沢の号令と共に三人はばらばらになって駆け出す。
そう、彼等が疑問を覚えていた、八方から襲ってくる矢が単発でしか飛んで来ない事の理由は単純、射手が一人だから。
今までは芹沢達の目が届かない距離で矢を曲げ、以降は直進させる事で、八方の敵に狙撃されていると錯覚させたのだろう。
だが、それで彼等を倒しきれない事に苛立ったのか、より近距離で矢の軌道を曲げ、為に策が露顕したのだ。
矢の軌道を操る常識外れの技量と、多数の敵による攻撃と錯覚させる程の速射、加えて個々の矢の弓勢。
敵が相当の達人である事は間違いないが、正体がわかってしまえば対応の仕様はある。
三人は、未だ見ぬ敵の姿を求めて散って行った。

敵を求めて走る芹沢。走る速度と方向は不断に変化させ続ける。
こうしておけば、敵に数瞬先の位置を予測されにくく、弓で狙撃されても当たる可能性は低くなるだろう。
矢の軌道を変化させるのをやめて真っ直ぐ狙い撃たれれば別だが、そうしてくれれば簡単に敵の位置を掴めるのだから望む所。
だが、芹沢達が駆け出して以来、矢による攻撃はぱったりと止んでいた。
「まさか、逃げたんじゃねえだろうな」
これまでの事から考えて、主催者は人を瞬時に遠くへ移動させる手段を持つと思われ、それを駆使して逃げられては面倒だ。
もっとも、矢による攻撃の補助として発生させられたと思しき霧が晴れる様子がない所を見ると、その可能性は薄いか。
だとすると、効果の薄い弓を捨てて別の手段、例えば剣による迎撃態勢を整えていると見るべきだろう。
実際、数ある武芸から特に剣術を選んで試合を催した主催の配下が、剣の心得がない弓術者というのは不自然だ。
古武士ならば、例え剣術を表芸とする者であっても、弓矢にも長けていて不思議はなく、この敵もその類かもしれない。
だとすると、余技である弓術ですら入神の域に達していたこの敵の、剣の腕はどれ程のものになるのか……
半ば危惧し半ば期待しながら駆けていた芹沢がぴたりと足を止める。
霧の向こうに気配を感じたのだ。そして、芹沢の勘は、その気配の主が相当の使い手だと告げていた。
芹沢が剣を構えると、相手もそれを察したのか、剣気が高まるのが感じられる。
この相手が弓矢を射て来た主催の手下なのかどうかは不明だが、芹沢にはそれをわざわざ問い質すつもりはない。
主催の一味にしろ参加者にしろ、相手はすっかりやる気になっているようなのだから、叩き潰してやるのが当然の対応。
今は無礼な主催者の打倒を一応の方針としているが、主催と無関係でも向かって来る者を許してやる義理などないのだから。

共に無言で間合いを詰めて行く二人。
霧で視界を制限された現状では、彼等が声を挙げようとしないのも当然と言えば当然。
ただ、芹沢はともかく、相手の方はわざわざ声を立てないようにする必要性は薄いかもしれない。
何しろ、この相手は凄まじく濃密な気配を発しており、音などに頼らなくとも相手の位置を簡単に掴めるのだ。
これだけ強烈な気迫を感じたのは、流石の芹沢も初めて……いや、確か前に一度、これとよく似た剣気を浴びた事がある。
芹沢は記憶の片隅に眠っていたそれを懸命に引っ張り出そうとした挙句、遂にそれを思い出す。
「ふははははは!何だ、近藤君じゃないか」
「芹沢さん……か?」
こうして、新撰組の二人の局長は再会した。

【ほノ伍 東部/一日目/昼】

【芹沢鴨@史実】
【状態】:健康
【装備】:近藤の贋虎徹、丈の足りない着流し
【所持品】:支給品一式 、酒
【思考】
基本:やりたいようにやる。 主催者は気に食わない。
一:虎徹を近藤に返すか?
二:攻撃を仕掛けてきた主催者の手下らしき者を斬る。
三:機会を見付けて桂ヒナギクに新見の事を吐かせる。
四:昼になったら沖田たちと城へ向かい、足利義輝に会う。どうするかその後決める。
五:沖田、五ェ門を少し警戒。
【備考】
※暗殺される直前の晩から参戦です。
※タイムスリップに関する桂ヒナギクの言葉を概ね信用しました。
※石川五ェ門を石川五右衛門の若かりし頃と思っています。

近藤勇@史実】
【状態】軽傷数ヶ所
【装備】新藤五郎国重@神州纐纈城
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:この戦いを楽しむ
一:正午に呂仁村址で土方と勝負する。
二:相討ちになっても土方を斬る覚悟を固める。
三:強い奴との戦いを楽しむ (殺すかどうかはその場で決める)
四:老人(伊藤一刀斎)と再戦する。
【備考】
死後からの参戦ですがはっきりとした自覚はありません。



「攻撃が止んだか」
それを認識した細谷がまず考えたのは、自分ではなく芹沢かヒナギクに攻撃が集中しているのではないかという危惧だった。
芹沢はまだしも、ヒナギクが狙われたら……まあ、細谷よりは彼女の方が身のこなしに関しては勝っているかもしれないが。
だが、この御前試合で生き残る事よりも己の命を有意義に使う事を目的としている細谷としては、
仲間に危険を背負わせておいて自分が無為に無人の地を駆け回るなどというのは不本意極まりない事だ。
いっそ戻ろうかと思い足を止めるが、それではわざわざ散らばって敵を探している意味がない。
この先に敵が潜んでいて逃げようとしているのかもしれないし……
そんな感じで逡巡していたせいか、細谷はその気配に気づくのが数瞬遅れた。
だが、まだ致命的な距離ではない。素早く体勢を整えて振り向く……寸前に衝撃を受けて細谷は倒れる。
明らかに剣の間合いの外からのいきなりの突風に戸惑う細谷だが、それを訝る間もなく剣撃が襲って来た。

【ほノ伍 北部/一日目/昼】

藤木源之助@シグルイ】
【状態】背中に軽傷(回復済み)、不動心
【装備】一竿子近江守@史実、岩本虎眼の死装束@シグルイ
【所持品】「忠」の霊珠、支給品一式
【思考】
基本:勝ち残り、虎眼流の最強を示す
一:敵を探し、「生き試し」を行う。
二:虎眼の仇、柳生の男(柳生連也斎)を討つ
三:『遠当て』の剣を研鑽する
【備考】
※人別帖を見ました。

【細谷源太夫@用心棒日月抄】
【状態】肩と手首に軽傷、転倒
【装備】打刀
【所持品】支給品一式×3
【思考】
基本:勇敢に戦って死ぬ。
一:主催者の手下を探し出して倒す。
二:五ェ門に借りを返す。
【備考】
※参戦時期は凶刃開始直前です。
※桂ヒナギクに、自分達が異なる時代から集められたらしい事を聞きました。ちゃんと理解できたかは不明です。



鐘の音と同時にいきなり周囲が霧に包まれ、そこに飛来する必殺の矢。
組み合っていた徳川吉宗志々雄真実は、素早く飛び離れてやり過ごした。
続く矢は傍らの秋山小兵衛魂魄妖夢に向かい、まだ疲労から脱し切れていない妖夢に代わって小兵衛が矢を切り払う。
「上様!」
状態が万全でなく状況が掴めない中で攻撃を受け続ける事の不利を瞬時に悟った小兵衛は撤退を促す。
「ちっ、もう終わりか」
ほノ伍の外へ向かう三人を見送りながら、志々雄は呟く。
だが、この霧と強力な矢がいつ飛んで来るかわからない現状では、彼等を追い掛けても満足の行く闘いは望めまい。
それに、どうやら戦う相手は他にもすぐ傍に居るようでもあるし。
志々雄真実は、踵を返すと歩き出した。

【ほノ伍 北東部/一日目/昼】

【志々雄真実@るろうに剣心】
【状態】疲労中、軽傷多数
【装備】斬鉄剣(鞘なし、刃こぼれ)
【道具】支給品一式
【思考】基本:この殺し合いを楽しむ。
一:土方と再会できたら、改めて戦う。
二:無限刃を見付けたら手に入れる。
※死亡後からの参戦です。
※人別帖を確認しました。



吉宗、小兵衛、妖夢の三人は、志々雄の剣と何者かの矢を避けて東進し、ほノ伍を抜けた辺りで霧が晴れたのを発見する。
「あの霧も声が言っていた避け得ぬ死とやらの一貫という事か。天候をも操るとは、わかってはいたが恐ろしい力だな。」
「いえ、むしろあの者達の妖術にも対応の仕様があるとはっきりしたかと」
そして、小兵衛は吉宗に説明する。巳の刻の少し前から、辺りの水気が急激に失せて行った現象を。
おそらく主催者は、ああしてほノ伍の一帯から水分を集め、それを利用してあの霧を作り出したのだろう。
「つまり、連中の妖術は大きな影響を及ぼすには準備が必要であり、前兆もあるという事です」
今回は後手を踏んだが、妖術の前兆がこんな現れ方をする事がわかっていれば、今後は先読みする事も不可能ではあるまい。
妖術という全く無縁だった技を使う敵との対戦に強い危惧を抱いていた小兵衛の二人だが、この見通しに希望を見出す。
「でも、私達が戦わなくてはいけないのは妖術だけではないみたいね」
漸く疲労から回復してきた妖夢が呟く。妖怪との戦いに慣れた彼女には、そちらの印象が強いのは当然だろう。
志々雄真実は、無数の達人と戦って来た彼等にとってすらも充分に印象的な剣客。
また、巳の刻を過ぎた後に飛んで来た矢も、一、二本を防いだだけだが相当の鋭さを持っていた。
つまり、参加者にも主催者の一味にも、彼らの前に立ちはだかるべき凶悪な剣士がいるという事だ。
「確かに。妖術にばかり気を取られていては、剣に足を掬われるやもしれませんな」
「うむ。俺達の本分は剣。そこを忘れぬように心掛けねばならぬな」
決意を新たにする吉宗と小兵衛。
もっとも、人別帳にあった錚々たる剣客の名を思い出せば、そして主催がどれ程の剣士を抱えているかを知れば、
その固い決意ですらも、まだ生温いと言って過言でない程の試練が控えている事を彼等も悟ったであろうが。

【ほノ陸 北西部/一日目/昼】

【徳川吉宗@暴れん坊将軍(テレビドラマ)】
【状態】健康
【装備】打刀(破損)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者の陰謀を暴く。
一:小兵衛と妖夢を守る。
二:主催者の手掛かりを探す。
三:妖夢の刀を共に探す。
【備考】※御前試合の首謀者と尾張藩、尾張柳生が結託していると疑っています。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識及び、秋山小兵衛よりお互いの時代の齟齬による知識を得ました。

【秋山小兵衛@剣客商売(小説)】
【状態】腹部に打撲 健康
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】基本:情報を集める。
一:妖夢以外にも異界から連れて来られた者や、人外の者が居るか調べる
二:主催者の手掛かりを探す。
【備考】※御前試合の参加者が主催者によって甦らされた死者かもしれないと思っています。
 又は、別々の時代から連れてこられた?とも考えています。
※一方で、過去の剣客を名乗る者たちが主催者の手下である可能性も考えています。
 ただ、吉宗と佐々木小次郎(偽)関しては信用していいだろう、と考えました。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
※佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。

【魂魄妖夢@東方Project】
【状態】疲労
【装備】無名・九字兼定
【所持品】支給品一式
【思考】基本:首謀者を斬ってこの異変を解決する。
一:この異変を解決する為に徳川吉宗、秋山小兵衛と行動を共にする。
二:愛用の刀を取り戻す。
三:主催者の手下が現れたら倒す。
四:自分の体に起こった異常について調べたい。
【備考】※東方妖々夢以降からの参戦です。
※自身に掛けられた制限に気付きました。楼観剣と白楼剣があれば制限を解けるかもしれないと思っています。
※御前試合の首謀者が妖術の類が使用できると確信しました。
※佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。



「ええと……」
敵の姿を求めて走っていたヒナギクは、川岸近くで見つけたそれの前で立ち尽くしていた。
「……釜?」
そう、ヒナギクの前に現れたのは伏せた釜、正確には茶釜だ。もっとも、彼女が戸惑うのも無理はない。
這いつくばる蜘蛛を思い起こさせるその意匠は、見る者が見れば芸術的なのだろうが、素人には不気味な印象を与える。
それに、その大きさ。茶釜としては規格外に近い……具体的には、屈めば優に人が中に隠れられるくらいに。
「明らかに……怪しいわよね」
ここまであからさまに不審な物体を無視する訳にもいかず、ヒナギクは茶釜に手を掛け……ようとして思い直す。
とある伝説を思い出したのだ。
それによると、かつて御子神典膳(後の小野忠明)が兄弟子の善鬼と伊藤一刀斎の後継の座を巡って争った際、
善鬼は大きな瓶を逆さにしてその中に隠れたという。
典膳が瓶を持ち上げてどかそうとすると、一刀斎がそれでは足を斬られると止め、典膳は瓶ごと善鬼を両断したとか。
もっとも、この伝承の史実性は怪しく、おそらくは一刀流伝来の瓶割り刀の名に因んで創作された逸話だと思われる。
だが、逆さにした入れ物の中に敵が隠れている場合、それを不用意に持ち上げるのは危険という理屈はもっともだ。
ヒナギクは刀を上段に構えた。
釜はかなり頑丈そうな鉄製で、釜自体を割る自信はあるが、中に敵が潜んでいた場合、それまで斬るのは難しいだろう。
また、実は敵は釜の中ではなくこの近くの何処かに潜んでいて、ヒナギクが釜に気を取られた隙を狙っているのかもしれない。
そうした可能性を十分に考え、敵の襲撃を警戒しつつ、ヒナギクは剣を振り下ろ……
「え?」
ヒナギクは、信じられない思いで己の腹に突き立った刃を見つめる。
警戒はしていた。周囲からの攻撃、そして茶釜を割った直後のその中からの攻撃にも。
だが、刃は、彼女が剣を振り下ろすよりも早く、茶釜を音もなく貫いてヒナギクを襲ったのだ。
大きいとはいえ茶釜の中では剣を振りかぶる余裕すらないだろうに、こうもた易く茶釜を貫いて来るとは……

剣が抜かれ、ヒナギクが膝を付くと同時に、茶釜がチーズをスライスするかの如く、あっさりと切り裂かれる。
中から出て来たのは初老の男。手にした弓と箙から、この男が追い求めていた相手だとヒナギクは悟った。
「桂ヒナギク。我等の剣を根幹とする流儀が流布する中では、最も先の時代から来た剣士の一人だそうだが……
 随分とひ弱な花が咲いた物よ。やはり、素肌剣法にばかり傾斜するのは改めさせるべきであったか。」
そう一人ごちながら、無造作に剣を振り下ろす男。ヒナギクは辛うじて剣で受けるが、力負けしてよろめく。
膂力においてこの老人がヒナギクに優っているというのもあるが、より致命的なのはヒナギクが受けた傷。
彼女は確実に内臓を貫かれている。
傷のあまりの鋭さが逆に幸いして小康状態を保っているが、腹に力を入れて踏ん張れば、傷が破れて死に至る公算が高い。
同じ理由で、大声を上げて敵の発見を芹沢や細谷に伝える事も不可能。
相手の力を受け流そうとするヒナギクに対し、老人はそうはさせまいと剣を操り、二本の剣は絡み合い滑り、激しく噛み合う。
「ぬ!?」
絡み合う剣の一本……ヒナギクの刀がいきなり発火し、老人の動きが一瞬止まった。
対するヒナギクは、剣で刺された精神的なショックで感性が麻痺していたのが幸いし、驚愕より生存本能に従って動く。
ヒナギクが炎を纏ったままの剣を振るい、回避が遅れた老人は箙に剣を受け、そこにあった矢が激しく燃え出す。
それに老人が気を取られた瞬間、ヒナギクは身を転じて駆け出した。

川に駆け寄ると、跳躍。
ほノ伍に着いて以来の空気の異常乾燥と関係あるのか、川の水位が下がっていた為、負傷したヒナギクでも跳び越すのは簡単。
だが、跳躍の最中、背中に衝撃を受け、ヒナギクは西岸に墜落する。
「く……」
矢はさっき全て燃えた筈なのに……などと考える余裕すら、既にヒナギクには残っていない。
必死に這って逃れようとするが、老人は水位の低くなった川を易々と渡り、ヒナギクの背に刀を……

「矢が止んだか」
石川五ェ門は、特に感慨もなくそう呟く。
火器の発達した時代で、法による庇護のない闇社会を生きて来ただけあって、彼は飛び道具への対応を完璧に身に着けている。
まあ、機械兵器と達人の矢では次元が違うが、それでも十人以上の相手に分散した狙撃を防ぐのにさしたる苦はなかった。
捜索の為に手分けした沖田や、対岸に居る筈の芹沢達にしても、この程度の攻撃でやられるとは心配していない。
だが、攻撃が急に止まったという事は、何らかの異変が起きた事を示す。
異変の原因を探ろうと五感を集中させた五ェ門は、その気配を敏感に察知した。
「何者!?」
神速の抜き打ちで近くにあった木立を切り払う。
夜の間に多少は研ぎ直された刀は見事に木立を両断するが、その背後に居た人物は機敏に跳躍して回避する。
その姿を鋭い目で追った五ェ門は……
「可憐だ……」
見蕩れていた。

【ほノ伍 北西部/一日目/昼】

【石川五ェ門@ルパン三世】
【状態】腹部に重傷
【装備】打刀(刃こぼれ)
【所持品】支給品一式 母屋に置いてあります。
【思考】
基本:主催者を倒し、その企てを打ち砕く。
一:目の前の可憐な少女(千葉さな子)に話を聞く。
二:桂ヒナギクを守る。
三:斬鉄剣を取り戻す。
四:芹沢・沖田を若干警戒
五:ご先祖様と勘違いされるとは…まあ致し方ないか。
【備考】
※ヒナギクの推測を信用し、主催者は人智を越えた力を持つ、何者かと予想しました。
※石川五右衛門と勘違いされていますが、今のところ特に誤解を解く気はありません。

【千葉さな子@史実】
【状態】健康
【装備】物干し竿@Fate/stay night 、童子切安綱
【所持品】なし
【思考】基本:殺し合いはしない。話の通じない相手を説き伏せるためには自分も強くなるしかない。
一:目の前の怪しい人物(石川五ェ門)を誰何する。
二:トウカは無事だろうか?
三:緋村剣心の援護に向かう。
四:龍馬さんや敬助さんや甲子太郎さんを見つける。
五:間左衛門の最期の言葉が何故か心に残っている。
【備考】
※二十歳手前頃からの参加です。
※実戦における抜刀術を身につけました。
※御前試合の参加者がそれぞれ異なる時代から来ているらしい事を認識しました。



「やあ、やってますね」
近くを捜索していて、水音と戦いの気配に惹かれてやって来た沖田総司は、地を這うヒナギクとそれに迫る老人を見付ける。
老人が弓を持っている所を見ると、彼が先程まで矢で狙撃して来ていた、おそらくは主催者の一味。
あの白洲に居た男も相当の達人に思えたが、この老人の風格もそれに優るとも劣らない。
となれば、沖田の選択は一つ。ヒナギクと老人の間に割って入ると、彼女に告げる。
「すいません、ヒナギクさん。出来ればここは僕に譲ってもらえませんか?」
「う……くっ」
既にまともに返事の出来る状態ではないヒナギクは、曖昧に頷くと必死に近くの物陰へと這い去った。

「お名前を伺ってもいいですか?ああ、申し遅れました。僕は沖田総司といいます」
「柳生宗厳と申す」
兵法者ならば誰しも一度は聞いた事があるであろうその名に、沖田は目を輝かせる。
「高名な石舟斎様と剣を交えられるとは光栄です」
「さて、お主は剣を使うに足る程の者かな」
そう言うと、宗厳は弓を構えて引き絞る。見た所、彼は矢を持っていないようなのだが……
宗厳が弦を放し、沖田は咄嗟に射線上から跳び退く。
「!」
沖田が避けた射線の先には一本の木。その木の枝が急に垂れ、青々とした葉が急激に色を失って行く。
「気合術ですか。人や獣ならともかく、植物まで気死させるなんて凄いですね」
沖田の感嘆に答えず、宗厳は続けざまに矢を放つ。
先程は多くの相手を一度に狙わなければならなかったのと距離があった為に実力を発揮しきれなかったが、今回は別。
凄まじい速射により、一度に幾本もの不可視の矢が、それもそれぞれ微妙に軌道を変化させつつ沖田に迫り……

「ほう」
沖田が、剣気を一気に高め、己に迫る不射之射による矢を一度に掻き消したのを見て、宗厳は弓を捨てて剣を取る。
「凄い技ですけど、気組みの強さだけならうちの近藤さんの方が上ですね」
「城の外にある井戸」
「はい?」
宗厳の唐突な発言に訝る沖田だが、宗厳はかまわず言うべきことを言い続ける。
「この御前試合を仕掛けた者共を討ち、元の暮らしに帰る事を望むならば、城外南西の井戸に飛び込め。これが褒賞だ」
「褒賞と言うと、弓の気合術を破った事のですか?」
「いや、儂を討つ事への褒賞の先払いだ。討てずにここで死ねば、それまでの事だ」
「なるほど。褒賞を貰ったからには頑張らないといけませんね。では、全力で行かせて頂きますよ」
自分から石舟斎に仕掛ける沖田。
有名な剣聖と立ち合える興奮からか、長引けば経験の差で不利との計算からか、沖田は最初から烈火のような猛攻を仕掛けた。
だが、さすがは石舟斎。沖田の勢いをうまくいなし、相手の力を逆用して剣を走らせる。
幾度かの応酬の後、馳せ違った沖田が素早く地に目を走らせると、そこにあるのは散乱した木屑。
石舟斎は沖田の剣を防ぎつつ、同時にその木刀を削っているのだ。
このままでは遠からず得物を切り折られる公算が高い。
そうでなくとも、この痩せ細った木刀では、首尾良く石舟斎を打てても相手の骨を砕く前に自身が砕けかねない
早期の決着、かつ削られか細くなった木刀で致命傷を与える。
この条件を満たし得る技は、沖田の持つ中では一つ。沖田は一気に間合いを詰めると、渾身の三段突きを放った。
沖田の必殺の突きを剣で受ける宗厳。さすがに勢いを殺し切れず僅かに体勢を崩した瞬間、沖田が二段目の突きを繰り出す。
だが、その突きは僅かの差で宗厳には届かない。と言っても、宗厳が避けたのではない。沖田の得物が短くなったのだ。
一段目の突きの際、宗厳はただ沖田の木刀を受けたのではなく、密かにその切っ先を切断していた。
介者剣法全盛の戦国の剣客なればこそ身に付いた、構えなしで鉄をも易々と切り裂く鋭い斬撃があって初めて可能な芸当。
その為、短くなった木刀は宗厳にまでは届かず、空を突くに留まる。
しかも、宗厳の狙いはただ沖田の突きを不発に終わらせる事だけではない。
そもそも、沖田の三段突きは、一瞬に三つの突きを放つだけでなく、その三つの軌道がほぼ同一である所に最大の特徴を持つ。
だからこそ相手は紙一重でかわすのも受けるのも難しく、大きく避けて隙を作る事になる。
しかし、精密な技と言うものは、往々にして僅かな狂いで致命的な隙を生むことになるもの。
今回の沖田も、一段目と同じ軌道を描くつもりで放った二段目の突きが、木刀の重量の変化のせいで僅かに流れる。
当然、それでは突きを放ってから引き戻すのに余分の時間がかかる事になる訳で、その隙を宗厳は見逃さない。
沖田が三段目の突きを放つよりも早く、宗厳が斬撃を放った。

地に転がる沖田。身を投げ出す事でどうにか宗厳の攻撃をかわしたが、その代償に今の彼は無手。
沖田が剣の回避に全神経を集中した瞬間、宗厳が空いた手で木刀を奪ったのだ。
宗厳は取った木刀を即座に寸断し、その間に沖田は立ち上がり、素手のまま迎撃の構えを取る。
「いやあ、まさか石舟斎様相手に無刀取りを披露する事になるとは、恐縮しますね」
「ほう……。ならば、見せてもらおうか」
というような会話を交わし沖田は身構えるが、実際には宗厳程の達人に通用する無刀取りの技など、沖田は心得てはいない。
あのような虚勢を張ったのは、石舟斎に刀を取られる事を警戒させ、また沖田が完全に受けに回るつもりだと思わせる為。
相手が防御に徹していて、なおかつ不用意な攻撃をすれば剣を取られると思えば、必ず慎重になり斬撃に遅れが生じる筈。
そうしておいて、一散に宗厳の懐に飛び込んで拳撃を叩き込む。それが沖田の描いている戦術だ。
無論、かなり成算の低い戦略ではある。
宗厳が多少慎重になった所で、拳と剣の圧倒的な間合いの差が埋まる程の遅れが生まれる可能性は低い。
また、そもそも特に拳法の心得がある訳でもない沖田の拳が当たった所で、宗厳に有効な打撃を与えられるかどうか。
不利は百も承知で沖田は膝を撓め……

必死に這いずって物陰に隠れるヒナギク。だが、その心は絶望に包まれつつあった。
背中の矢傷も痛むが、それより今までの動きのせいで腹の傷から血が滲み出始めている。
早く治療を、それも設備の整った病院で本格的な処置を受けなければ、死は免れないだろう。
だが、この島には医療設備などないし、島を脱出したとしても、ここが現代でなく戦国時代だったりしたらどうしようもない。
己の死が避け得ぬものとして巨大になりりつつある中で、ヒナギクは沖田と宗厳の決闘を見詰めていた。
宗厳が矢を番えないままに弓で沖田を狙撃し、かわした沖田の背後にある木を枯死させる。
ここで、漸くヒナギクは己に実体のある矢が突き立った訳ではなく、宗厳の気による一種の錯覚だと気付く。
それを知る事で背中の痛みは薄らいだが、それでも腹の傷が致命傷である事には変わりない。
どうすれば良いのかわからないままに、半ば朦朧とするヒナギクの耳に、宗厳の言葉が飛び込んで来る。
「……元の暮らしに帰る事を望むならば、城外南西の井戸に飛び込め。……」
この言葉で、ヒナギクの意識が覚醒する。

「お城の、井戸……」
ここから城までは約2キロというところか。それなら、今のヒナギクでも十分に辿り着ける距離だ。
「井戸に飛び込みさえすれば……」
古くから井戸は異界への入り口として知られてはいるが、井戸が現代に直接繋がっていると考えるのは少々短絡的だろう。
だが、ヒナギクはその短絡的な思考に飛び付く。井戸に飛び込みさえすれば、すぐ現在に帰れ、助かると。
追い詰められた状況故に目の前の希望に縋る心理か、或いは井戸で現代と戦国時代を繋いでいた某漫画の影響かもしれない。
とにかく、早く城に向かおうと思うヒナギクだが、その彼女を留めるのは、目の前で戦っている沖田の存在。
そして、激しい戦いの後に、沖田は遂に武器を失って地に転げる。
(沖田さん……!)
このままヒナギクが城に向かえば、沖田は宗厳に斬られて果てる公算が非常に高い。
とはいえ、位置関係として宗厳が沖田よりも近くに居る為、手にした刀を投げ渡すのは困難。
無論、ヒナギク自身が沖田に加勢して戦えば、傷が破れて死に到る事は確実。
全てを忘れて逃げてしまえば、生きて帰れる。友人達に、姉に、そして彼に、再会する事が出来るのだ。
(でも、このまま逃げたら……)
自分を助けてくれた沖田を見捨てて逃げ帰ったとして、そんな恩知らずの卑怯者が皆に顔向けできるのか。
と言って、ここで死んでしまえば、そもそも顔向け以前に元の時代に帰る事すら不可能。
逃げるか、沖田を助けるか、どちらを選んでも望む結果が得られないのであれば……
ヒナギクは第三の選択肢を選ぶ事にした。

沖田が拳を固め、飛び出そうとしたその瞬間……
「待ちなさい!」
宗厳が振り向くと、そこには剣を構えた桂ヒナギク。
「ほう……」
彼女の顔に出ているのは鬼相。己の命を捨てて、宗厳に挑むつもりと見える。
兵法としては、このような相手は避けるのが正道だが、今回はそういう訳にもいかないか。
宗厳は覚悟を決めて振り向くが、救われた形になった沖田が文句を付けた。
「あの、桂さん、さっきも言ったように、ここは僕が……」
「こいつに会ったのは私が先なんだから、当然、私に優先権がある筈よ」
「ですから、さっき譲って下さいって」
「あら、私が一言でも譲るなんて言ったかしら?とにかく、こいつは私がやっつけるんだから、沖田さんはそこで見てて!」
第三の選択肢……命を捨ててでも、主催の一味である柳生宗厳を倒し正義を貫くという選択をした桂ヒナギク。
己に残された時間が少ない事を自覚しているヒナギクは、沖田とのやり取りもそこそこに、宗厳を襲った。
それを不満そうに眺めていた沖田だが、次第にその眼光が鋭くなって行く。
重傷を負っている筈のヒナギクが、宗厳相手に優勢に戦っているのだ

本来、宗厳は相手の動きを完全に読み切り、その力を己の有利になるように活かして勝利する剣士だ。
沖田の三段突きの特性を瞬時に見切り、それを逆用して得物を奪ったのが良い例だろう。
だが、先に無限刃の発火能力に不覚を取ったように、敵自身の予想をも超える事態への対処は遅れる場合がある。
今回、ヒナギクに遅れを取っているのも同様。
ヒナギクはこの島に来る以前は、主に木刀・正宗なる、所持者の潜在能力を引き出す武器を使っていた。
つまり、正宗が失われた現在、彼女の身体能力は常の戦いに比べて大きく低下しているのだ。
普段のヒナギクならばそれも織り込んで戦法を組み立てるが、今の彼女には既にそんな余裕は皆無。
正宗がある時と同じつもりで剣を振るい、それによって生じる思惑と現実のずれが、宗厳の読みを狂わせる。もっとも……
「なるほど。たまには死を決した者とやるのも悪くはないな」
宗厳が余裕で呟いたように、一時的に押されたとしてもこの程度で彼程の達人が破れる筈もない。
ヒナギクの身体能力の、彼女自身の想定と実際の差分を修正し、その動きを制御し始める。

「はああああ!」
自身の技が通用しなくなり出したのを悟ったか、単に限界が近付いたからか、ヒナギクが一気に勝負に出た。
宗厳もこれを凌げばヒナギクに限界が来ると悟っており、その動きを精密に計算して迎え撃つが……
「!?」
木刀・正宗は単に身体能力を上げる武器ではない。
正宗が引き出すのはあくまで所持者の潜在能力、つまり正宗に由来するのではなく元々ヒナギクが持っていた力。
そして、正宗によって普段から潜在能力を引き出されていた彼女は、常人より潜在能力が解放され易くなっていたのだ。
死の淵に身を置いての渾身の一撃となれば、当然のように潜在能力が全解放されるくらいには。
加えて、人間の潜在能力とは、先天的に決まっている物ではなく、人が成長すれば潜在能力もまた大きくなる。
若く人間の剣士との対戦経験の浅いヒナギクが、宗厳程の剣客と立ち合えば、僅かの時間に大きく成長しても不思議はない。
結果、ヒナギクの決死の一撃の速度は、今までとは逆に、彼女自身の想定を大きく超えるものとなった。
その速度は、剣が空気との摩擦で温度を急激に上昇させ、無限刃にこびり付いた脂を発火させる程の常識外れの領域。
当然、ヒナギクの想定よりも遅い攻撃を予測していた宗厳の防御が間に合う筈もなく、無限刃が宗厳を捉え……

「見事であった。我等が裔、剣道の精華よ」
宗厳がヒナギク……胴体を両断されて宙を舞う彼女に向けて、賞賛の言葉を呟く。
その身を真紅に染めるのは彼女の血。
と言っても、ヒナギクの銅を両断した時に浴びた血は、宗厳の身を染める血の半分以下でしかない。
残りは、ヒナギクの剣が宗厳を捉えようとした瞬間、遂に内臓の傷が破れた彼女が吐いた血である。
これにより、宗厳を切り裂く筈だったヒナギクの剣は力を失い、その肩口を僅かに焦がすだけに留まった。
そして、両断されたヒナギクの内、上半身の側が沖田のすぐ傍に落下。
「桂さん、ヒナギクさん!」
沖田の呼びかけに反応したかのように、ヒナギクが口を動かす。
もっとも、胴を輪切りにされた人間が言葉を話せるとも思えず、これもただの痙攣運動だと考えるのが妥当であろうが。
「はい、わかりました」
しかし、沖田は、ヒナギクがまるで己の意思で何かを言い残したように、そしてそれを理解できたのかのように頷く。
そして、死してなお彼女の手に握られていた無限刃を取ると、宗厳に相対した。
「では、次は僕の番という事で問題ありませんよね」

沖田の刀が宗厳を掠める。
先程と違って沖田の剣を持て余している宗厳だが、彼に焦りの色はない。
そもそも、沖田が今、宗厳相手に五分以上に戦えているのは、ヒナギクの戦法を踏襲しているからこそ。
即ち、自身の本来の身体能力を大きく上回る剣速を想定し、それを念頭に置いて剣を振るう。
これによって、宗厳に心を読まれても、そこに描かれた沖田と現実の沖田の間には相違が生まれるという訳だ。
しかも、先程のヒナギクがそうだったように、本来の自身を上回る自分を想定しての戦いは、潜在能力を解放し易い。
故に、宗厳が、沖田の動きを、彼が心に描いているよりも下回ると決め付けてかかれば、足元を掬われる事になる。
この結果、宗厳は沖田に苦戦している訳だが、どんな戦法だろうと、種が割れてしまえば対応は可能。
慎重に読みに幅を持たせて防御に徹し、時間を稼ぐ。
その内に、目論見の通り、沖田の動きを正しく読み取れる確度が上がって行く。
沖田の戦法は、潜在能力が無作為に解放されたりされなかったりする事を利用して宗厳の読みを外すもの。
だが、そうして戦う内に沖田の潜在能力が解放される比率が急速に高まり、結果として剣速のぶれが小さくなって来た。
天才剣士と讃えられる沖田の素質が、今回は彼の戦術を妨げている形だ。
加えて、人が潜在能力を普段から発揮できないのは、自分の力で自身の身体を損なわない為の安全装置という側面も持つ。
その安全装置を停止させて戦い続ければ、元々頑健とは言えない沖田の身体が遠からず限界を迎えるのは避けられまい。
それを自覚している沖田は、ここで一気に勝負に出る事にした。
足元の砂利をいくつか蹴上げてから構えを取る沖田。
溜めの最中に攻撃されるのを防ぐ為の牽制だろうが、宗厳は元々、真っ向から沖田の一撃を迎え撃つつもりでいる。
彼を侮っている訳ではない。
この一撃は、潜在能力を解放するだけでなく、ヒナギクと同様、宗厳との戦いを糧に、能力そのものを底上げして来る筈。
だが、どれだけ速く鋭い剣であっても、それがどの程度かをあらかじめ予測する事が出来れば、打ち勝つ事は可能。
そして、宗厳は、剣術界に巨大な勢力を為す事になる柳生新陰流の基礎を作っただけあって、剣士の見極めにも長けている。
ここまでの応酬で宗厳は既に沖田の天才性を本人以上に把握しており、この勝負を賭けた一撃の速さ・軌道も予測済み。
宗厳が計算され尽くした必勝の剣を放とうとした時、業火が宗厳の視界を遮った。

(ふむ……)
宗厳は思い出す。先程、桂ヒナギクを両断した時の事を。
彼女の上半身の落下地点が丁度、沖田のいる位置の間近であった為、沖田は彼女が握っていた無限刃を手にする事が出来た。
無論、それが宗厳の意図である筈もなく、あんな事態が起きたのは、宗厳の斬撃に、自身の意図とのずれがあった為。
ヒナギクを斬り捨てるあの瞬間、宗厳は彼女が吐いた血によって視界を塞がれており、そのせいで剣の軌道が逸れたのだ。
そして今回、沖田は勝負を賭けた一撃を、牽制と見せかけて跳ね上げた小石に当て、火花を散らせて剣を発火させた。
炎で視界を遮られた宗厳の剣はまたも僅かに理想の軌道からずれ、結果、宗厳は沖田の剣により致命傷を受ける事となる。
小石に当たればその分だけ剣の速度が損なわれるし、視界を塞がれた所で宗厳の剣がずれる保証もない。
この状況なら、相手の失策を願うよりも己の剣が競り勝つ事に賭けて来るだろうというのが、宗厳の読みだったのだが……
(そうか……)
沖田は、強さを競う為に剣を振るっているのではなく、ただ剣を交える事を楽しみとしている剣客。
だからこそ、真っ向からの勝負では自分に勝ち目がない事をあっさり認め、悲壮感も見せずに分の良くない賭けに出られた。
沖田がそのような剣士であれば、宗厳がその考えを理解できなかったのも当然。
何しろ、宗厳は己の子や孫の、同様の気持ちにすら、長らく気付いてやる事が出来なかったのだから。
(宗矩……お前も……)
……この少年のような剣士になりたかったのか?

「兵法の舵を取りたる世の海を 渡りかねたる石の舟かな」
宗厳が詠んだ、石舟斎という斎名の由来を示していると言われる和歌である。
宗厳は本来、世の海を渡る、即ち立身を人生の目標としていた。
しかし、国人領主として勢力を伸ばす事には失敗し、立身の手段として選んだのが、新陰流の兵法。
そして、兵法による立身は、宗厳の代には成し遂げられないかったが、子息の宗矩が見事に成し遂げ、柳生家は大名となる。
兵法を梃子に将軍の信頼を得、老中すらも恐れるほどの権勢を誇る……宗厳の価値観ならば成功と言える人生。
しかし、宗矩自身はそう思っていないと言うのだ。
彼の望みは、ただ一介の剣客として、たとえ野に屍を曝す事になろうとも、腕を競い、闘い続ける事であったという。
だが、柳生家の興隆を望む宗厳の遺志に縛られ、敗死の危険を侵す事を許されず、兵法者としての生を全う出来ずにいると。
また、宗矩のみならず、孫の兵助やその息子にとってすら、宗厳の願いは重荷となるとも言われた。
こう言った果心居士は幻術に長けた妖人ではあるが、未来や人の心を映し出す場合には、詐術を使わず真実を見せる。
そんな性格だから果心は、分野を問わず名人を愛する松永久秀や太閤秀吉にすら敬遠され嫌悪されていたのかもしれないが、
とにかくこの手の話で虚偽である事を警戒する必要はない、というのが、宗厳が経験から学んだ果心との付き合い方だ。
宗厳が望んだのは立身。だが、宗厳がそんな望みを抱いたのは、全て子孫の為。
己の望みが子孫達の枷となっているのなら、宗厳が採るべき道は一つ。だから、宗厳は果心居士の企みに与する事にした。
その甲斐あって、宗矩も今頃、望んだ通りに強い剣客と戦っている筈だ。
きっと、この沖田のように充実した顔をして、楽しそうに。
(宗矩……)
「……剣の道を、貫けよ」

「はい、必ず」
己が斬った柳生宗厳の最期の言葉を自分に向けられたものだと思った沖田は、そう答える。
次いで沖田が目を向けたのは、胴を輪切りにされた桂ヒナギク。
「ありがとうございました。疾風の剣、忘れませんよ」
両断されたヒナギクの唇の動き。それは確かに「はやて」と言っているように、沖田には見えた。
それが、彼女が最後に見せた剣技の名前だというのは、沖田にとってはごく自然な発想。
こうして沖田は、桂ヒナギクと柳生宗厳という二人の剣士の想い……彼等の想いだと捉えたものを背負い、歩き出す。
更なる強き剣士、更なる戦いを求めて。

【桂ヒナギク@ハヤテのごとく 死亡】
【柳生宗厳@史実 死亡】
【残り四十七名】

【ほノ伍 川岸/一日目/昼】

【沖田総司@史実】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】無限刃
【所持品】支給品一式(人別帖なし)
【思考】基本:過去や現在や未来の剣豪たちとの戦いを楽しむ
一:芹沢を正午に城に行かせて義輝と会わせる。一応、罠がないか事前に調べる。
二:芹沢、五ェ門と全力で勝負する状況をつくりたい。
【備考】※参戦時期は伊東甲子太郎加入後から死ぬ前のどこかです
※桂ヒナギクの言葉を概ね信用し、必ずしも死者が蘇ったわけではないことを理解しました。
※石川五ェ門が石川五右衛門とは別人だと知りましたが、特に追求するつもりはありません。




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最終更新:2013年03月12日 20:35