失われた剣を求めて◆cNVX6DYRQU



倉間鉄山と別れた瀬田宗次郎は、一服し終わると人家を出、へろな村の往来を西に向かって進んでいた。
特に目的があったわけではないが、そちらの方向から何か心惹かれる気配を感じたのだ。
そして、海岸間近まで来たところで、宗次郎はその気配の正体を悟る。
そこにあったのは、剥き出しのまま地面に突き立った一本の剣。
しかも、遠目で見てもはっきりわかるほどの名刀……おそらくは宗次郎のかつての愛刀菊一文字則宗を上回るだろう。
剣から発せられる神気に魅せられてふらふらと刀に近付いて行く宗次郎。
この時点で潜んでいた者が不意討ちを仕掛けていれば、剣を交える事なくあっさりと勝負が付いていたかもしれない。
だが、現実にはそうはならなかった。宗次郎が刀か、せめて木刀でも持っていれば彼は容赦なく不意討ちを仕掛けただろう。
しかし、寸鉄も帯びぬ少年を不意討ちで倒す程に勝負に徹する事は、彼……東郷重位にはできなかった。
重位は身を隠していた樹の陰から現れ、宗次郎と突き立った剣の間に立つ。
「こんにちわ。あれ?もしかしてその刀はあなたのですか?」
「いや。この刀が欲しくば、濃に気兼ねなく取るが良い」
この刀は元々、へろな村の民家の一つに隠されていた物を重位が見付け、ここに突き立てた物である。
こうしておけば、一流の剣客ならば、この少年のように近くを通るだけでこの剣が発する神気を感じて誘われて来る筈。
そこを襲って斬る、というのが重位の策である。
折角の名刀を己の得物とせず、敵を釣り出す餌としたのは、やはり重位がタイ捨流に不安を感じているからだ。
極めるに足らぬ剣として一度は捨てたタイ捨流で、果たして一流の剣客と互角に闘えるか。
その不安が、重位にらしくもない策に頼る事を決断させた。
なのに最初の相手が無手なのを見て不意討ちを断念したのは重位が本質的にこのような策略に向かない事を示しているが、
かと言ってこの若者が得物を手に入れるのを黙って待つ程には、重位もお人好しではない。刀を抜き、構える。
「なるほど。つまりあなたは最後の一人を目指している訳ですか」
「然り!」
言葉を発した直後に重位は飛び出した。
示現流の剣士は一息に三間を飛ぶと言われる。まして、奥義を極めた重位ならばその足運びは正に神速。
重位は先に発した己の言葉を追い越さんばかりの勢いで宗次郎に迫ると、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
「ぬっ!?」
しかし、剣を振り下ろした時には既に宗次郎の姿はそこにはなく、背後から声が聞こえて来る。
「じゃあ、この刀は僕がもらいますね」
重位は己の突撃をかわして瞬時に刀を取った宗次郎の速さに驚くが、すぐ訪れる筈の次の攻撃の機会に備えて力を溜める。
一方、まんまと刀を手に入れた宗次郎は、ほれぼれとその刃を眺めるが、急に刀身に露が浮かぶのを見て驚愕に目を見開く。
宗次郎にも重位にも知る由はないが、その刀は村雨丸という、元あった世界では鎌倉公方家に代々伝わる名刀であった。
殺気を持って抜くと水滴を生ずるのは、村雨が宝刀である故の奇瑞だが、知らぬ者が見れば不審の念が先立つのが道理。
まして、己の命を預けるべき得物に、己の知らぬ妙な性質があると知れれば、平静でいられる剣士はまずいまい。
そしてそれこそが重位の第二の罠。宗次郎の気が村雨に向いた一瞬の隙に、重位は再び宗次郎に突進して切り裂く。
「刃から水が出るなんて凄いなあ。どんな仕掛けなんだろう」
しかし、またもや切り裂いたのは宗次郎の残像のみ。重位の二段構えの策は完全に不発に終わったのだ。
(此奴……)
宗次郎が無手だったせいで矜持が邪魔をして完全な不意討ちを行えなかったこと。
志々雄や張の殺人奇剣を見慣れていた宗次郎の、水気を発する村雨への驚きが思っていたよりも小さかったこと。
そういった要因もあるにはあったが、やはり重位の攻撃が失敗した最大の理由は宗次郎の動きの想定外の速さ。
この少年は、身のこなしに限れば自分よりも……そして示現流よりも速い。重位はそう認めるしかなかった。
しかし、相手が強いからと言って重位の戦意が鈍る事はない。
むしろ、この恐るべき剣士を何としても己の手で打ち倒す決意を固め、タイ捨流の半開の構えを取る。
一方の宗次郎も、気楽そうな表情を見せているが、内心では重位の恐るべき剣気を感じ取って気を引き締めていた。
(鉄山さんには悪いけど、この人が相手じゃ手加減するのも逃げるのも難しそうだな)
「タイ捨流東郷重位、参る!」
「僕は瀬田宗次郎……流浪人です」
そして、極限まで「速さ」を鍛えた二人の対決が、ここに幕を開く。


重位と宗次郎の闘いは、その激しさとは裏腹に、膠着状態に陥っていた。
宗次郎が縮地で重位の死角を取って斬り付けるが、重位はそれをあっさりと防ぎ、返しの一撃を浴びせる。
しかし、その剣が振り下ろされる頃には宗次郎は既にその間合いを脱しており、重位の一撃は掠りもしない。
戦いはひたすらその応酬を繰り返すばかりであった。
重位の心は既に焦りに支配されている。宗次郎の動きが速すぎて、視認する事すら殆ど出来ずにいるからだ。
それでも宗次郎の攻撃を凌ぎ続けていられるのは、剣気と闘気から、宗次郎の攻撃を先読みしているからこそ。
しかし、それもそう長くは続けられそうにない。
先程から、この一帯には、宗次郎が持つ村雨から発せられる水気により、霧が立ち込め始めていた。
そしてどうやら、神気を含む霧は、重位の視界だけでなく、剣気を察知する感覚をも阻害するらしい。
このままではいずれ宗次郎の剣気を読み損なって斬られるのは避けられなさそうだ。
そうなる前に何とか倒したい所だが、目に映らないほどの速度で飛び回る宗次郎を倒すには、タイ捨流では荷が重い。
いや、そう言ってしまうのは公平ではないか。そもそも、今の重位はタイ捨流をまともに使えていないのだから。
タイ捨流の奥義は体を捨て、待を捨て、大を捨て、太を捨てる所にある。
ならば、たとえ宗次郎の動きが己よりも数段速かったとしても、それに怯む事なく駆け回り、
相打ち覚悟で捨て身の一撃を叩き込むのがタイ捨流の剣士が取るべき戦法の筈。
しかし、今の重位は示現流の剣理と主君の為という大義に囚われ、体を損なう事を恐れて待ちの姿勢に徹している。
これをタイ捨流と称するなど、真のタイ捨流の剣士が見れば赫怒するか呆れ果てるかのどちらかであろう。
それくらいの事は重位自身もわかってはいるのだが、どうしても一度は捨てたタイ捨流に全てを預ける決心が付かない。
かと言って示現流の封印を解く訳にも行かず、中途半端な気持ちのまま重位は戦い続ける。

一方、そんな重位を仕留める事が出来ない宗次郎の方も、やはり完全には程遠い状態にあった。
少し前まで、宗次郎は過去の凄惨な出来事によって喜怒哀楽の楽以外の感情を封じられていた。
それ故に宗次郎は闘気も剣気も持たず、その攻撃は如何な達人にも先読みする事は不可能。天剣と称された所以だ。
しかし、その天剣は緋村剣心との戦いで感情を呼び覚まされる事によって折られた。
今まで天剣に頼っていた宗次郎は殺気を隠す術を知らず、それでは如何に速くても重位ほどの達人には通用しない。
このままの調子で戦いが続けば、走り回っている自分の体力が先に尽きる可能性が高いと、宗次郎は踏んでいた。
それに、宗次郎の見立てでは、重位はまだ実力を出し切ってはいない。
新月村で戦った時の剣心のように、真の力を自らの意思で封印している。宗次郎はそう感じていた。

戦っている両者が己が不利だと感じている。このような状況では、どちらかが退く事によって戦いが終わるのが普通だ。
今回ならば、退くのは、走力で優りここで退いても得物を手に入れたという成果を確保できる宗次郎の方だろう。
しかし、宗次郎には戦いを打ち切って逃げようとする様子はまるで見えない。
宗次郎はこれまで、己の過去の罪から眼を背ける為に志々雄の唱える摂理を盲信し、それに従って戦って来た。
その盲信を剣心によって砕かれた後の、これが最初の戦いになる。
どうするのが正しいのか、それは宗次郎にはまだ見える兆しもないが、それでもこの戦いを通してわかった事が一つ。
それは、宗次郎もまた剣客であり、技の限りを尽くして強敵に立ち向かうのは楽しい、という事である。
こんな宗次郎の頭から、この自分の意志で戦う初めての本格的な戦いから逃げるという考えが抜け落ちたのも無理はない。
そうして戦うこと数十合。ついに均衡の破れる時が来た。

宗次郎が縮地から重位の顔面めがけて剣を振るう。重位はすかさず間合いを外すが、ここで予期せぬ出来事が起こった。
重位の眼前を通り過ぎる村雨から滴が飛び、重位の目に入ったのだ。思わす目を瞑り、隙を見せる重位。
千載一遇の好機に一気に畳み掛けようとする宗次郎だが、全身を悪寒が貫き、本能に従って全速で後退する。
その宗次郎の前で光が閃いたかと思うと、宗次郎の服の胸元が裂け、重位の足元の地面が爆ぜる。
光が閃いたと見えたのは重位の剣。危機に陥った重位が思わず示現流の太刀を使ったのだ。
重位の凄まじい手練に宗次郎は冷や汗を掻くが、それ以上に重位の動揺は激しかった。
不十分な構えから放ったので完全なものではないとはいえ、己に課した誓いを破って示現流の技を見せてしまったのだ。
宗次郎はそのような事情など知る筈もなかったが、それでも重位の動揺を見て取ると、一気に勝負に出る。
何を迷っているか知らないが、重位がその迷いを振り切って先程のような剣を自在に扱い出せば宗次郎に勝ちはない。
その前に決着をつけようと、宗次郎は縮地から渾身の一撃を送り込む。
しかし、重位は動揺していても、それが技に表れるほど未熟な剣士ではない。宗次郎の一撃はあっさり外される。
それでも宗次郎は止まらない。跳躍すると、今度は重位の頭部めがけて蹴りを繰り出す。
この蹴りは勝負を焦った宗次郎が咄嗟に放ったもので、彼が特に拳法の類に長けているわけでは全くない。
一方の重位にしてみれば、剣術に蹴りを織り交ぜるのはタイ捨流の方こそが得意とする戦法。当然その対応法も熟知している。
余裕を持って腕で蹴りを受け止め、逆に宗次郎の体制を崩そうとする。だが、そこに誤算があった。
超人的な脚力を持つ宗次郎の蹴りの威力は、その技術の未熟さから予想されるよりも桁違いに高かったのだ。
為に重位の腕は蹴りを受けきることが出来ずに頭にぶつかり、その衝撃によって重位は脳震盪を起こして意識を飛ばす。
十分な手応えを感じた宗次郎が蹴りの反動で距離を取って着地し、前を見ると、そこには蜻蛉の構えを取った重位が。
早くも重位の意識が回復した訳ではない。もしそうなら、封印した示現流の構えを取る筈がないのだから。
意識が朦朧としているからこそ、重位の意志とは無関係に、長年の修行で身体に刻み込まれた示現流の剣が表れたのだ。
つまり、宗次郎は期せずして、重位が己に施した封印を解いてしまった事になる。
そうとはっきり悟った訳ではないが、重位の次の一撃が先程の剣よりも更に速くなるだろう事は宗次郎にもわかった。
となればこちらも最高の剣で対抗する他ない。宗次郎は刀を鞘に納め、居合いの構えを取る。
だが、果たしてそれで勝てるのか。先程の重位の剣、剣速も破壊力も宗次郎を破った剣心に優るとも劣らないものだった。
それを上回るだろう次の一撃は、天翔龍閃にも匹敵するかもしれない。それに天剣を失った瞬天殺で対抗できるか……
迷っていられたのは一瞬。次の瞬間、重位から強烈な剣気が放射され、それに釣られたのか、宗次郎は瞬天殺を発動する。
それと同時に、重位も剣を振り下ろす。示現流・雲燿の太刀――やはりその剣速は瞬天殺をも上回る。
だが、その事は宗次郎の予想の内。ここで宗次郎は更に一歩を踏み込む……左足で。
抜刀より刹那の拍子だけずらして左足を踏み込む事で、刀に一瞬の加速と加重を与える。
剣心がそれをやってのけた時には自分には無理だと言った宗次郎だが、今はこれが雲燿の太刀に対抗し得る唯一の手段。
可能か不可能かなどという事は既に宗次郎の念頭にはない。ただ、この強敵に、己に考え得る最高の剣を以って向かうのみ。
そして、宗次郎の超人的な脚力による踏み込みは、その剣に爆発的な加速をもたらし……



重位は、倒れた少年を見やる。充実した顔をしている。剣士として戦い、剣士として死んだ者の顔だ。
今の戦い、生き残ったのは重位だが、実力では重位が優っていたとは必ずしも言えない。
最後の雲燿の太刀と瞬天殺の対決は、速度においては全くの互角。本来なら相討ちになっていた可能性が高い。
なのに宗次郎の剣が重位を斬らなかったのは、刃から滴り手を濡らしていた水のせいで村雨がすっぽ抜けた為だ。
左足による踏み込みで、宗次郎自身の予想を超える加速と加重が生まれた事。
宗次郎が踏み込む左足に意識を集中させた為に、剣を握る右手への注意が疎かになった事。
村雨の柄が本来の物とは違う質の悪い物にすり返られていたのに、刀剣への造詣が浅い宗次郎が気付けなかった事。
そうした要素もあるとはいえ、あそこで宗次郎の手が滑ったのは重位から見れば幸運以外の何者でもない。
封印した筈の示現流を使ったにもかかわらず、幸運の助けがあって初めて勝てたという事実が重位の心を暗くする。
既に示現流の太刀を二度も使ってしまった以上、これ以後は絶対に示現流を使わぬよう、より気を付けなければならない。
しかし、この少年の強さを見ると、白洲で柳生が言っていた、類い稀な兵法者を集めたというのは誇張ではなさそうだ。
そんな強敵相手に、自分の似非タイ捨流がどこまで通用するのか。
無論、示現流の秘奥を幕府や柳生に知られるような事は島津家の為にも絶対にあってはならない。
だが、もし自分が敗れるような事があれば、それはそれで主家の立場が悪くなる。そしてもう一つ、この少年だ。
瀬田宗次郎、無名だが正に不世出の剣士であった。しかし、重位が無様に敗れれば、重位に敗れた少年の名も地に堕ちる。
ではどうするべきなのか。その答えを見出す事は、今の重位には出来なかった。

【瀬田宗次郎@るろうに剣心 死亡】

【残り七十六名】
※への漆の海岸に瀬田宗次郎の死体と行李が放置されています

【への漆 海岸/一日目/黎明】

【東郷重位@史実】
【状態】:健康
【装備】:打刀、村雨丸@八犬伝
【所持品】:支給品一式
【思考】 :この兵法勝負で優勝し、薩摩の武威を示す
1:相手を探す
【備考】
※示現流の太刀筋は封印しました
※示現流を封印したまま戦う事に不安を感じています
※村雨丸は、網乾左母二郎にすり替えられた後からの参戦です


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剣法封印 東郷重位 ジゲンを穢す者
走れ!地獄のジャングルを 瀬田宗次郎 【死亡】

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最終更新:2009年10月18日 23:08