「マーレが泣いてた。何で泣いてるのか、あたし分かんなくて・・・。だからそこから逃げちゃったんだ。」
任務を終え、書類整理を黙々としていた私に彼女はそう呟いた。
私は端末に向けていた手を降ろし、腕を組むなどの動作に入った。理由は特にないが、強いて言うなら何故私に?という疑問を思い浮かべたからだろう。
続けてニルは私に淡々と話した。
ルクス・アマルガム討伐任務を終え、本部へと戻った調査チームはその傷を癒す為に各々が自由に待機していた。
アンニュイは右下肢に軽度の骨折をしたらしい、他はかすり傷程度の軽傷で済んだらしいが緊急事態での戦闘だった為、非常に危険な状況を乗り切った事は賞賛すべきだろう。
ニルはマーレに会おうとしていた、そこで見たのはコールに抱擁され号泣していた彼女だったという。
そして先程の言葉の通りだ、確かにそこで躊躇して退くのは仕方ないだろう。しかし、いつもなら子供の様に無邪気な筈の目の前の少女はしおらしく、少しばかり罪悪感を抱えている様子だった。
腕を組んだままの私は彼女に見えたら失礼だろうと思い、腕組みを解いて彼女に顔を合わした。
そのまま俯きそうな彼女に対し、問いに答えるとした。
「マーレ君にとって過酷な任務だったんじゃないのか?そうだな・・・彼女の性格から察するに、仲間を守ろうと必死になりやすい事から焦った気持ちもあったんじゃないのか?」
マーレがどの様な娘かは以前より承知していた。以前の任務で会った事も、また友人の娘であるいさねも世話になっているからだ。
水棲族の事は嫌な程に詳しく知っている。任務上、彼女の素性を知らねばならなかったからだ。
結局、彼女も被害者だった事を何度も感じさせるだけで意味の無いものだ。記録上の彼女では無く、今を生きる彼女がとても重要だと考える。
そもそも、安泰を掴んだ彼女が機構島に干渉する事に危惧していた。エクトは本当に余計な事ばかりする大馬鹿野郎と再認識させられた。ああ、ついでにヘリックさんも甘すぎる所にいつも呆れる。
性格上、天真爛漫に振舞っているが責任感を人一倍感じやすいのがマーレだ。これは私の見解である以上、違うかもしれないが。
「あたし・・・マーレと友達なのに、少し経ってから会おうと考えても何か怖くて・・・。あたしも確かに辛くて悔しい気持ちは沢山したけど、でもマーレに元気になってほしいから色々考えても何も思い浮かばないんだ。」
「・・・しかし、何故私の元に来たんだ?」
最初に思った疑問をつい零してしまった。正直私の様な偏屈者よりも的確な人物はいるだろう、ヘリックさんの様な聞き上手な者も。若しくは彼女の家族でも良い。
「それは・・・ええと・・・ん~~~~~~~~!」
「何故唸るんだ。まぁ止めろとは言わないが。」
「確かにししょーとか、いなりとかに相談出来るし・・・でも甘えてばかりじゃいけないって思ってて。」
少し驚いた。精神年齢が見た目より少し低いと思っていたが、彼女なりに成長しようと感じているのか。
「・・・ハナみたいに辛い人生送ってる子がいるのにさ、あたしはずっと助けられてばっかだから。バクは絶対にラウムを助ける!って意気込んでて、正直羨ましいって思っちゃったんだ。」
彼女の言いたい事は少し理解した気がした。間違っていたら謝罪する事とし、私は簡潔に応えた。
「ニル君、君自身も少し焦ってるんじゃないのか?それかルクスやクラディアとの戦闘で恐怖を感じてしまった、しかしハナを助けたい気持ちも強い。だから自分はしっかりしなければならない、と。」
「・・・・・。」
黙り込んでしまった辺り、間違ってはいないと信じたい。
私はニルの事はある程度知っている。彼女の生まれた、とある艦の事を調べた事がある。いや、そこの人物と接触してしまった事があると言うべきか。
それは敢えて彼女に知られない方が、彼女の為になるだろう。内心、申し訳ない気持ちもあるが。
「水棲族であるマーレ君は、コールに拾われる前は暴走せず平穏に生きている海王種達に育てられていたらしい。一度私に漏らしていたが、界忌種の子達と仲良くなれないか、どうにかして苦しみから救ってあげたい、とも。勿論、コールは困った反応をしていたがね。」
「マーレがそんな事を・・・。」
「あくまでこれは聞いた話だ。口外は禁止だぞ。」
「も、勿論!」
「ならば良し。」
私は敢えて激励の言葉等は掛けようとはしない。無責任な発言になるが、私なんかの言葉で彼女達の意思を変えてほしくないからだ。
もし間違えた道であれば、それは正す事はしよう。しかし若者自身が見出した道に吹き込む様な野暮はしたくない。
私は、私を過信し過ぎたが為に破滅的な経過を辿った過去を持つ。
「大切な人を救いたい」この言葉が呪いの様に感じた事もある。結局、それは私自身が後悔しているからだ。
だからこそ、調査チームの彼らが心配でならないのだ。
「正直、マーレ君は一人で泣いたわけでは無いだろう?コールに想いを吐き出していたとするなら、彼女は一人で抱え込まずにいれるという事でないかな?」
「・・・甘えられる人?」
「君の場合、夜叉丸殿やいなり殿か。別に相談をしろという訳ではない。ただ辛いから甘える、単純な事だと思うがね。」
「ねえ、ヤトノさん・・・あたしさ、本当の事言うと。少し羨ましかった。」
彼女が今にも泣きそうな事は知っていた。だが私は彼女を甘やかす様な立場ではない。甘える手段を伝えるだけで充分だからだ。
「ずっと、ずっと辛い思いしてたハナは、あたしの事を理由も無く助けてくれたし、ラウムはハナやバクにとって大事な龍で・・・マーレにとってこの星は故郷だったりするし、それに調査チームの皆は頑張ってるから。本当は甘えたいよ。でも、分かんないんだ。泣いてるマーレ見てたら、少しでも励まさなきゃって・・・でも頭が真っ白になるんだ・・・・。」
「・・・何故、君が励まさなきゃいけない?誰もするようには言っては無い筈だ。」
「そ、そうだけど。」
「励ますというのはね、自分がそうしたいと思ってから行うものだ。もし彼女が泣いてるのであれば、変わらずに接してあげなさい。それで充分だと私は思う。」
「それだけで良いの?ヤトノさん。」
「辛くて泣いたマーレ君が、気持ちが沈んでいる君を見てどう思う?」
「・・・益々落ち込むかも。」
「ああ、そういう事だ。」
変わらずに接してくれる事の重要さは、部署の皆や養子達から教わった。寧ろ、私は彼女の天真爛漫さが羨ましく感じる。深刻に考えるのも、私の悪い癖であるからだ。
「ニル君、自分に嘘を付かない様に生きなさい。その方が君にピッタリだ。」
「・・・うん!」
彼女の笑顔が戻ってきた所で、また違った賑やかな声が近づいてきた。
「あのー失礼しまーす!えーとここにニルちゃんが入ったって聞いたんですけど~・・・。」
「あ!マーレ。」
「ニルちゃんいた~~~~~~!会いたかったよ~~~!」
二人は互いに抱擁したかと思いきやそのままダンスをし始めた。正直それは止めて欲しい。
「ニルちゃんごめんね~、あとからヘリックさんから聞いて急いできたの。えーと・・・見ちゃった?」
彼女の問いにニルは必死に誤魔化そうとしているが、ここまでの挙動不審も素晴らしいものだ。
「え、ええええええええと私まままあまっすぐここに来たしいいいい
?????さ、さささがしてんなんか」
「ぷふっ・・・あははははは!!!!やっぱりニルちゃんは嘘が下手だね~。」
「む~・・・。」
「ごめんね~アタシ、みんなを守りたいって思って頑張ってるつもりの癖に、ぬいぬい怪我させちゃって・・・あのルクスも、ちゃんとした形で救いたかったと思ったり、ハナちゃんの事も思い出したらなんだか、自分自身が悔しくって・・・。」
正直予想でニルに話していたが、ある程度的中している様で安心した。
ニルもマーレも、救いたいという気持ちは本当に強いのだろう。
「マーレ・・・あたし、色んな事が起きて全然分かんない感じがしててさ正直怖くなってたんだ。それに、色々焦っちゃいそうだった。でもそんなんじゃダメだって思った!あたし、沢山辛い事とか泣きたくなる事とか起きたりしても絶対頑張るって約束する!みーんな守って、ハナもラウムも島で助けを求める子もぜーんぶ助けたい!もしくじけそうになったら、ししょーといなりにたっくさん甘えるんだ!」
「うん、そうだニルちゃん!アタシにも甘えていいからね!」
「ほんと!?わ~い!」
内心私はここで口を挟むべきか悩んだが、自らの仕事に支障を来しても仕方ないと判断した。
「お取込み中すまないが、解決した様なら君達もメディカルセンターへと行きなさい。流石に検査くらいは受けた方が良い。」
「あっヤトノさんありがとね!なんか頭の中グルグルしてた奴が無くなった感じ!」
常にグルグルしてそうだけどな、という言葉が頭をよぎったが寸でのところで口を噤んだ。
「ああっお仕事中ごめんなさい!」
「気にはしない。二人とも、怪我の無い様無理せずに任務に赴きなさい。」
「「は~い!」」
仲睦まじく手を繋ぎ、賑やかな二人組は走り去っていった。
あれくらい私の養子二人も仲良くなって欲しいものだと少々悲しく感じる。
元々私が【黒衣】を設立させたのは、長年追っていたコラプサーの手掛かりを手に入れる手段と考えていたからだ。
調査チームの彼らには黙ってる事に罪悪感を抱いているが、私は私なりの復讐をやり遂げる必要がある。
彼女達の歩む道筋が今では懐かしく、非常に羨ましく感じる。多分それは、私が後悔を拭えないからだろう。
これは多くの想いを持って、遂行すべき手段と信じている。
二人が直面する場面は、他の者達も出くわす可能性が高い。例え図太い精神でも堪える事だってあり得る。
だからこそ、中立的立場にて彼らを支えねばならない。私はそう感じている。
最終更新:2019年01月05日 21:24