幕間譚:キーン【泡沫に消える】

匂い立つ。

辺り一面に、粘膜に張り付くような感覚が強く強く。

擦り切れた映像の様に断片的で、情報が曖昧に得る事が出来ない。

司祭様は?子供たちは?皆は?今どこに?

ナルミ?ナルミは何処に!?

「大丈夫、私はここにいるよ。」

ナルミ!?無事だったのか!皆も無事に・・・っ

「この指輪、とっても嬉しいよ。」

え・・・・?その指輪はどうして・・・?

「ねえキーン、貴方がいたら私は■■無かったのに。ああ・・・指が落ちちゃった。」

違う・・・私はっ私はっ・・・!あの日に勇気を出して君に・・・でも結局君は・・・!

「ああ、熱い・・・熱いよキーン・・・。」

やめてくれ・・・私はっ・・・。

そうだ、私はあの日・・・彼女を・・・彼女を・・・。







嗚呼、またあの夢か。

最近、数カ月ほど記憶が無くなる感覚に襲われる事が少なくなった。
そんな矢先に私は只々悪夢に囚われていた。
記憶も夢も曖昧になる事が多くなった。あの夢を見るようになってから、奇妙な感覚がまた違った苦痛となっている。

彼女を失ってから私は、少しばかり自暴自棄になっていたんだろう。
何かに打ち込む事で、後悔の念から目を逸らす事が出来るなんて期待してはいない。どうにかして、教会を支えたいが為に私は必死にアークスに従事していた。

ナルミ。君は今の私をどう見ているのか?
軽蔑しているのだろうか?恨んでいるのだろうか?只々悲しかったのだろうか?
私は君を・・・君を救う事が出来なかったんだ。
この指輪も、未練の塊に過ぎないのだろう。

機構島に参加したのも、元々は資金が欲しかったからだ。
だけどニルさんと出会い、彼女と共に生き残り、そして今ではあの島を攻略する立派な調査部隊の一員となってしまった。新たな居場所・・・と言っては、流石におこがましいのだろうか。
情報部の皆さんが羨ましいと思う部分はある。あれほどの割り切った心構えを、どうすれば持っていれるのだろうかと。


「結局、私は彼女を救えなかった事を・・・いつまでも引きずっているだけなんでしょうね。」

この話をするには適さない場所だっただろう。調査部隊の中でもお酒を好む方々でオカマバーに来ている私達は、各々が楽しんで騒ぎ、語り合っていた。
店主のジャガーさんのカクテルは絶品とも云えるが、フード類に和食系が多いのは何故だろう・・・。
責任者であるヘリックさんは静かに聞いており、隣に座るエクトさんも同様に聞いていた。

「ああ、確かにな。お前は前カノをズルズル引きずってるだけだろ。」

そう言ったエクトさんをヘリックさんは思いっきり拳骨を喰らわしていた。とても痛そうだ。

「バッカ!!!!オメーふっざけんじゃねえぞ!!!」

「いやだってそうじゃないすか!夢見るくらい追い詰めてるくらいですもん!」

「オメーの言いたい事は分かる、だがな俺が個人的に[おまいう]状態なんだよ。分かる?俺が言いたい事?元カノ引きずってる奴がそんな事言い抜かすなんてビックリしたんだけど???

「やめて俺の話は無しでいきましょ。」

二人はなんやかんや仲が良い。理想の上司部下の関係だろうか。お互い気持ちに嘘はなく、己の感情そのままに接している。

「なんていうかさ、キーン君は自分が殺したかのように罪悪感を強く抱えちまってんだよな?」

「・・・私にも分からない部分はありますね。すみません、少し酔い過ぎたのでしょう。でも心の内を吐き出せただけ気持ちは楽になりましたから。」

そうだ、私は酔い過ぎたのだろう。普段はこんな事を言うはずがないのに・・・失敗したと思うも、それは今更なのだろう。

「あー、なぁキーン君。お返しに俺の昔話でもしていい?」

「え、ええ。構いません。」

エクトさんは正直裏表のない印象のせいか、寧ろ彼自身の過去や内情を全く知らなかった。ただ私達のリーダー各である事、情報部諜報員としての実力が備わっているくらいかと。

「俺がまぁ、[猟犬]でイキってた頃だな。ヴォイド難民を救い出したり、犯罪組織を襲撃しては金品頂戴したり・・・まぁ結局俺らも敵を選ばなくなって犯罪組織に成り下がっちまったんだけどな。その当時、路地裏で過ごす子供なんて少なくはなかった。そういう子にはあんま偽善で物を与えようなんざ考えない方が良かった。でも俺はそれを理解してなかったんだよな。」

子供に手を差し伸べる行為は、私の職務の一つでもある。
それは神父としての私だからだ。エクトさんの立場からするとその様な子達は多く存在しており、選ばなければならない場面が多かったのだろう。

「お姉ちゃんと弟の幼い姉弟がいてよ。俺は密かにパンあげたり住みやすい場所を教えたりしてた。俺にとっては気紛れみたいなもんだった。とにかく殺し合って略奪する事が俺の担当だったから、それで救われるガキが多いってのを聞いて嬉しがってたんだろう。だけど直接触れる事は無かったから、懐いてくるガキ愛着が湧いてた。」

子供を助けようと思う気持ちは、誰だってある事だ。
子供好きな一面があったんだなと私は少し安心に似た気持ちが湧いていた。

「でも・・・ある日ガキ共殺されてた。理由は簡単だよ。[猟犬]に所属している犯罪者に懐いているガキだ、殺してやれば奴も挑発に乗るだろうさって思ったんだろう。結局、そんな事したクソ野郎共に報復をしたけどさ、決して敵討ち出来たとか二人への贖罪になったとか全然思わなかった。」

エクトさんの手は少し震えていた。
ヘリックさんは、ただ黙って焼酎を注いでいる。

「まぁ、俺がいなかったら二人は別の人生があったんだろう。結局、俺が殺したようなもんだって自暴自棄になってた時期はあったぜ。だけどよ。いつまでも引きずってたら、もし俺が死んだ時そんな情けねえ面構えで謝罪されても二人は呆れちまうだろ?だから俺は前に進んでやろうって思ったんだ。」

「ったく、少し前まで引きずってた癖によ。」

「それは言わんでくださいよ!」

不意に、笑ってしまった。ああそうか、情報部でも葛藤は流石にあったのだ。
私は自分の中でずっと悩み続けていたから、前に進む方法を失っていたんだ。

「ねーねーなんの話ー?」

「ってニルちゃん未成年でしょ?こんなヤバイ店にいちゃダメでしょ。」

「あたしはご飯食べに来てるの!ここの塩鍋スッゴイ美味しいし!」

「ええ・・・オカマバーで塩鍋かよ。」

「それ俺も一緒に頼んだ奴。あっご飯大盛りで。」

「ヘリックさん明日に響きますよ酒に飯は。」

「うるせえキャスト化したから肝臓は無敵なんだよ。」

「ねーねーキーンさんも食べよう!」

少しだけ、エクトさんや皆さんが前向きに進んでいる理由が分かった気がする。
後悔するだけでは、彼女に申し訳がなかっただけで終わってしまう。
私はこれからも後悔の念に苛まれるだろう、でもこの感覚は彼女が愛おしいが為に浮き出た感情なのだ。

「ええ、私も頂戴します。」



ふと、私は思い出す。
仲間の危機の際、その度にフラッシュバックをしている事を。
それを受け入れなければならない。それは彼女が教えてくれたのだ。
もう失ってはいけない事も、だからこそ私はこの指輪を手放す事は無い。
もし私が死んだ時、これを私に行こうだなんて・・・そんな夢理想は自己満足の世界だ。
島で散々な目にあった日、久しぶりに夢を見ずに眠れた日を思い出す。
この島で私は自らの答えを見出すことは出来るのだろうか。いや、私は答えが欲しいのだ。この島の行く末を。

泡沫の様なこの夢達も、私は向き合いそして・・・私という人物を理解して生きていきたい。そう強く願うばかりだ。

ナルミ・・・君に向き合えるまで、少しだけ待っていてくれ。
最終更新:2018年05月31日 04:18