幕間譚:マーレ【人でなし、憂いた鮫】

「まず、君には謝罪しなければならない事がある。彼女には直接伝えてくれと頼まれていたにも関わらず、それを敢えてしなかった。」

眉一つ変えず淡々と告げている、目の前の男性は・・・嘗てアタシを保護してくれた原住民の大事な友人だったという。
そんな事をアタシはマキローナから聞いた事は無かった。マキローナは決して隠し事はせず、何事もハッキリと言うお婆ちゃんだった。彼女の遺言から、「恥ずかしがり屋の彼」とはこの人の事なのだろうか。話を聞いてる最中にそんな憶測が頭の中を巡り回り、集中して聞く事が出来ない。
とても失礼な事だけど、多分アタシは緊張していると思う。彼の容姿に注意が向いている。まず銀色の髪を後ろに束ね、ツリ目で瞳はまるで・・・本当の鮫の様に真っ黒で何も映さない。彼自身は何を見ているのだろうか、そう感じる程の。
服装はアークスに支給されている戦闘服を独自に改造している様だった。昔行ったことがある、ダーカーの襲撃を受けていない惑星の住民達が着ていた服を思い出す。あの服も、独特な文字が描かれて美しい装飾が身につけられていた。目の前の彼も、その雰囲気に似ている。

「心ここにあらず、と言った表情をしているな。すまんな、どうやら私の悪い癖だ。長ったらしく相手を退屈にさせる様な口調が君に負担を掛けただろうか。」

はっとアタシは焦り、とっさに返事をしようとするも生返事で答えてしまう。とても恥ずかしい、メガロさんが無表情で聞いている事が尚更羞恥心を募らせる。

「い。いえ!だ、だ大丈夫です!アタシの方こそごめんなさい!折角聞きたかった話をしてくれているのに・・・。」

この人は、自分の事を鮫だと言った。惑星ウォパルの様に美しく、清らかで、深く深く・・・深層の奥底まで届きそうな怖さも秘めた水の宝庫。そんな素敵な星が彼の故郷だった。でもそれは、臆病で孤独な鮫に宿っていた・・・微かな思い出の映像なんだと彼は言った。
彼にとって、自分が純粋な鮫だった頃は自分であるけど自分ではないのだと語る。どんな意味かまで理解できないけど、何となく分かる気がする。今の自分が「変わってしまった自分」なんだと認識してるからじゃないかなと。

「あの、マキローナと出会ったキッカケとかあったの・・・ですか?」

「別に言いやすい口調で構わん。私は敬語を使われる事に慣れていないんだ。」

変わった人・・・鮫?私に気を遣っているのかもしれない。アタシはいつも通りの喋り方を意識し、なるべく違和感を持たせない様に気を付けるつもりでいた。

「あははっ・・・どうしても礼儀正しくって思ってたけど、アタシには無理だったかな~・・・。」

「・・・聞いた話では、警戒心の強い娘と聞いていたが良い方向に変わった様だな。私とマキローナは、そうだな・・・島がまだ海底の地下牢だった頃だ。研究者は私を「唯一無二の旅人」と称し、様々な星に行き来できる様にした。人型になれるフールなどは何をしでかすか解らないという理由から、水の中でしか本領発揮出来ない並大抵のアークス規模の力しか保有しない私に課せられた力だ。様々な星を渡り、多くの世界を眺めて行った。生誕する世界、滅びゆく世界も私なりに渡り歩いてきた。その為にはアークスの手助けが必要だった。さしずめ、私は君達の組織とお友達だったのだよ。第二の故郷にいる者達を自分なりに救おうとしていた。」

語っている彼の表情は憂いている様だった。この時から、あの子達を救おうとしていたんだろうか。でもそれは、今の状況を察すると辛くも悲しく、痛ましいものだと感じた。

「分かっている通りだ、何も変わらず・・・少しずつ狂っていく皆を見ているだけだった。弱き者達が壊れ行く様が恐ろしくて仕方なかった私は、独自に研究を重ねた。私達を造った連中が成し遂げられなかった蛮行を為そうと。しかし」

「・・・とっても、難しい問題だったんだね。」

我慢できず、言葉を出してしまった。

「ああ、理解すれば理解する程・・・救えぬ事を証明するだけだった。」

言葉が詰まる。喉の渇きが感じる程に、むせ返るのをどうにか我慢する。

「そうして何も出来ぬ自分に嫌悪感を抱き、只々海底を彷徨うしか出来ぬ私は偶然にもマキローナと出会う事になる。彼女は一言で言えば・・・怖いもの知らずだろうな。仮にもルーサーと同じ人型を見て、恐れずに私に声を掛けてきたのだ。『何でそんな酷い顔をしているんだ?アンタ』と。」

ああ、いつものマキローナだ。アタシはそう思った。

「それから、度々彼女と会う様になった。ウォパル原住民である彼女との会話は新鮮だった。多くの星々を渡り歩いた私に、私の知らない絶景を教えてくれた。それからか、私は『嬉しい』という感情を理解出来た気がした。彼女は星一番の博識と言っても良いだろう、私の知識欲を刺激する程に。」

「うん、すっごい物知りだったよね!アタシは確か、ガムアネモネの避け方とか捕まった時の逃げ方とか教えて貰った!」

「ハハッ・・・懐かしい、私なんて彼女に騙されてまんまとガムアネモネに捕食されかけた事がある。」

つい、想像してしまった。そうだ思い出した、マキローナは悪戯好きな所があって、他の住民達をビックリさせる事が良くあったんだ。

「あはは!!!マキローナったらお茶目なお婆ちゃんだったな~!自分がされたら怒る癖にね!」

「ああ、人の事が言えぬ行動が目立っていた。しかし、不思議と彼女との時間は心地が良かった。」



アタシも、思い出してきた。ずっと昔、ずっとずっと・・・思い出したくない頃。ひたすら怖くて仕方なかったアタシは、生きる事に必死だった。

あの頃の事を思い出すたびに、前髪で隠した左目に痛みが走る。未だに私はあの時の恐怖を克服している様で、出来ていなかった。
白衣を着た研究者が言う「処置」「実験」「躾け」が、特に嫌いで仕方なかった。脳を抉る様な感覚が走り、どんなに苦しくても脱げ出せない恐怖でおかしくなりそうだった。
色々されただろうけど、あの頃の私は恐怖で半分覚えていない。ただ・・・あの研究者を、殺してしまった事は認識している。今はだいぶ落ち着いたけど、逃げた直後のアタシは泣き叫ぶか、急な吐き気に襲われるかを繰り返すばかりで、エネミーが蔓延る海底を引き摺る様に彷徨っていた。

ああ、何だか・・・この人の話を聞いた後、辛い記憶を思い返しても苦痛まではならない。多分アタシもメガロと同じく、マキローナに拾われたからなんだろう。このまま野垂れ死にするアタシをマキローナは必死に匿ってくれて、自分の食事を我慢してまで世話をしてくれた。
それなのに、アタシは心を開くまで多くの時間を費やした。マキローナの困った顔を何回も見た事がある。でも、その倍以上に沢山の笑顔を見せてくれた。
決して、彼女は諦める事が無かったんだ。それがアタシの心を救ったんだと思う。あの遺言を聞いてアタシは大切な事を教えてくれた。「死」は怖い事、悲しい事だけじゃ無い事を。
そんなマキローナが、自らの最期をアタシに使ってくれた事が嬉しくて仕方なかった。だからどうしても、マキローナを看取った彼に聞きたかった。アタシは精一杯マキローナとの思い出を彼に伝えた。同時に、彼もアタシが知らないマキローナを教えてくれた。
ずっと気になっていた事があった。マキローナを看取ったこの人は、強大な力を持っていて、多くの星を知っている博識者だ。それなのに、どうしてここまで・・・こんなに優しい気持ちを持っているんだろうかって。
元々、そういう人だからって一言で済む話だと思うけど、アタシなりの納得が欲しかったのかもしれない。

「もっと、マキローナに甘えれば良かったって思う時があるんだ。結局、アークスに行った後に何回か会ってもマキローナは素っ気ない振りして親離れみたいな事させようとして・・・それでアタシも少しムキになっちゃったのかもしれなくて。」

いつの間にかアタシは、この人に愚痴っぽく弱音を吐いてしまった。
多分、これは後悔なんだと思う。

「『出来るなら、身を削ってでもマーレをコール達に渡したくなかった。』彼女はそう嘆いていたよ。」

「え・・・?」

言葉がまた詰まった。

「遺言で言ってる事と似ているが、君が去って何度か会いに行った際に冷たくした事を酷く後悔していた。『マーレと暮らす事は幸せだけど、彼女を本当の幸せに導かないで何が自分の幸せだ。』と言って、自分に言い聞かせていた。自分への関心を少しでも減らす事で、家族としての適任者を見つけて欲しかったとも言っていた。」

そうだったんだ。アタシだけが後悔している訳じゃ無かった。
マキローナはもっと後悔していたんだ。それが最善策としても、マキローナは離れ離れになる事で・・・辛い想いを沢山していたなんて。
アタシが考える以上に、ずっと悲しんでいたんだ。

「だけど、少し経ってマキローナの様子は変わっていった。何せ、彼女の頼み通りに君の事は少し監視していた。」

さり気なく驚愕の事実を聞いてしまった。だからこの人はあたかも何でも知っている様な雰囲気を醸し出していたんだ・・・。

「君が養子として、良い家族に恵まれた事。アークスとして充実した生活を送っている事。そして、掛け替えのない繋がりを紡いでいる事を怠る事無く伝えた。知らなくても仕方ない、それこそが彼女にとっての幸せだったのだろう。」

嬉しくて堪らなかった。こうやってアタシの事を気に掛けてくれていた事が、本当に嬉しくて涙が止まらなかった。

「っ・・・アタシ、何にも・・・おばあちゃ・・・に出来て・・・何もっ」

「充分、出来ていたと私は思う。変わった老婆だったが『例え限られた時間の家族関係とて、可愛い娘の成長が人生最大の幸福だ』と語っていた。最後の約束は、君が普通のアークスとして・・・前に進んで生きて欲しいと言う願いから、水棲族の研究資料の削除、研究所跡地を彼女の墓地とした。」

そう言って彼は、自らが持っている一凛の花飾りを眺め・・・哀しく微笑んだ。
一凛の水晶華が優しく輝いている、アタシにとっても特別な花。

「あの・・・メガロ・・・さん」

「メガロで良い。」

「・・・うーん、メガ。」

「・・・急に馴れ馴れしいな。」

「・・・えへへっ!」

大切な人の話をして、アタシは任務であった嫌な事がどうでも良くなる程元気になった気がする。水棲族の事はアタシは良く分からない。でも、何時かそれを知る必要があるんだと心の奥底でいつも引っ掛かってた。

「・・・時間も時間だな、また話をしよう。いずれハナの事や、原住民達の事など多くの事を話す必要がある。君達の協力的姿勢には答えるつもりだ。」

「うん!ありがとう、メガ。」

「マーレ、最後に・・・君に伝えたい事がある。」

少しだけ空気が変わった気がした。

「この島の研究者には、水棲族研究に携わった者が少なからず存在していた。それを時代を越えて活用し出したという経緯と思ってくれて構わない。良いか?お前はれっきとした『人』だ。私の様な『人でなし』では無い。決して。だから道を間違えるな。己の力を信じろ。」

まるで忠告をする様だった。そう言われる事は覚悟はしていた。でも、充分に覚悟出来たうえで伝えてくれたのも、彼の気遣いなんだろうって思った。

「メガも立派な『人』だと思うよ。それに、アタシに任務に出るなとか言わない辺り、本当に優しいんだねっ!」

「どうせ、お前は私の言う事を聞かないのだろう?特に止められる事とかな。」

それを聞いて私は悪戯な笑い方をして、外に向かった。

アタシは、あの日からずっと叶えたい事があった。
アタシを生かしてくれたお婆ちゃんを、最後までずっと付き添ってくれた不器用な「人」にお礼を言いたかった。
この任務は絶対にやり遂げたい。これは恩返しだけじゃなく、マキローナが教えてくれた「人生の喜び」をこの住民の人達の助けに繋げたい・・・なんて。

「メガ、お婆ちゃんを幸せにしてくれて・・・本当にありがとう!」




自分なりのやり方で、この先苦しかったり辛かったりする事があっても・・・アタシが出来る最大限を発揮したい。
それが大切なコールの助けになるなら、絶対に。

いつか憂いた鮫が、自らを人でなしなんて言わなくなる様に。
大切な仲間達と一緒に。

島を、この星を救う。
最終更新:2018年12月12日 05:11