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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Presented to you/Part01 - (2011/07/08 (金) 00:25:25) の編集履歴(バックアップ)






『御坂美琴と、その周りの世界を守る』

 8月31日夏休み最後の日。
 上条当麻は、ある男とそう約束を交わした。
 それはその約束の根幹をなす人物、御坂美琴と面向かって交わされたものではない。
 彼女が全く関与していない中で、交わされた約束。

(今でも、アンタがちゃんとそう言ったこと……はっきり覚えてるのよ…?)

 しかしその約束が交わされた瞬間を、美琴は確かにその耳で聞き取っていた。
 上条に恐らくその気はないだろうが、それはもう美琴本人にも交わしたと言ってもいい。
 にもかかわらず、その約束を交わした上条当麻本人は、あの日以来、美琴の前から完全に姿を消した。

(私には、アンタが側にいてくれる。ただそれだけでよかったのにな…)



【Presented to you】―promise―



 11月30日、17時頃、とある鉄橋

 二週間前、第三次世界大戦で開催が危ぶまれていた一端覧祭は、若干の延期などがあったものの無事に開催され、そして一週間ほど前に終幕を迎える。
 約一ヶ月前、第三次世界大戦の終結という緊迫した状況下から解放され、その解放された雰囲気の中で一端覧祭の開催の影響のためか、開催前の鬱憤を晴らさんばかりに、今年の一端覧祭は例年にないほどの盛り上がりを見せた。
 例年にないような気合いの入った出し物、その出し物を心の底からの笑顔で楽しむ学生達、ナイトパレードの派手さも一層の磨きがかかっていた。
 そしてその一端覧祭の熱は一週間では冷めることはなく、一端覧祭で終わってもなお、依然と浮き足立っていた学園都市全体だったが、それも一週間経って漸く収まりつつある状況にあった。

「…………」

 しかしその状況の中、一端覧祭の影響による熱が冷めてブルーになっている者とは違う方向で、悲しみに暮れている者がいた。
 学園都市第三位、御坂美琴。
 彼女は8月のとある日、“彼”によって絶望の淵から救い出された、ある意味思い出の場所と言えるこの場所で、一人佇んでいた。

「………なんで」

 彼女の悩みの種、それは他でもない、ある日を境に、彼女の想い人となってしまった、上条当麻のことについて。
 一端覧祭終わってから、いや、一ヶ月前のあの日以来、美琴は毎日毎日彼のことばかりを考えている。
 別に、美琴と上条との間にケンカなどのような諍いがあったわけではない。
 むしろ、恐らくそのようなことできる状況ならば、断然そちらのほうがましと言えるだろう。
 彼は、上条当麻はまだ一ヶ月前のあの日以来、学園都市に依然として姿を見せていなかった。
 あれから、ずっとだ。
 だからこそ、喧嘩などできるような状況であるなら、それは最早幸せと言えるかもしれない。
 たとえ彼といがみ合うようなことがあっても、たとえ彼に嫌われるようなことが起きてしまったとしても、彼がいなくなるよりは断然良い。
 もしいがみ合う、嫌われることがあっても、少なくともそれはまだ仲直りという選択が残されている。
 まして、絶対に会えないなどということはまず有り得ないのだ。

「どうしてよ…!」

 だがしかし彼がいないのでは、まるで意味がないのだ。
 彼がいないのでは、仲直りもへったくれもなく、そもそも会えないのだから。
 今なら美琴は断言できる。
 彼は自分にとって、最早不可欠の存在。
 彼がいない、彼に会えない今のこの日々がひたすらに苦しい。
 彼の笑顔が見たい、彼の声が聞きたい、彼ともっと話がしたい、もっと触れたい、もっと彼という存在を側で感じていたい、もっと、もっと…
 ここまで思わせるほど、美琴の中の上条の存在は、もう計り知れないものとなってしまっていた。

「でも…」

 だがしかし、少なくとも今のままではダメなのだ。
 例え自分の感情をちゃんと認められるようになったとしても、例えどんなに強く相手を想えるようになったとしても、

(アンタがいないんじゃ、まるで意味がないじゃない…!)

 今のままでは、全てが無駄になってしまう。
 せっかく自分がこう思えるようになったのに、その想いを伝えるべき相手である肝心の彼がいなくては、意味がない。
 無論、もし彼が目の前に現れたとしても、すぐに自分の素直な気持ちを素直に伝えられるかどうかというのは全く別の問題ではある。
 これだけの強い想いを抱えていても、いざ彼の前に立ってみれば、全く思ってもみないことを言ってしまうかもしれない、ちゃんと想いを告げられないかもしれない。
 事実、今までがそうであった。
 美琴自身の本心は棚にあげ、自身の体裁を優先し、理不尽とも言える言動や態度の数々、ずっと素直になれないでいた。
 そんな肝心な時に素直になれない性格を、美琴は本当に恨めしく思っている。
 それでもやはり、彼がちゃんと学園都市にいるのであれば、自身の想いを伝えられるチャンスは少なからずやってくる可能性は大いに有り得るのだ。
 いなければ、そんなものは永遠にやってこないだろう。
 今彼が一体どこで、誰と、どうやって過ごしているのかは、美琴は全くわからない。
 いや、そもそもちゃんと生きているのかどうかさえ、わからない。
 誰かに見つけられていたらまだいいが、今もまだ冷たい海のどこかで沈んでいるかもしれない。
 運良く生きていたとしても、今後学園都市に帰ってこないかもしれない。
 それらの根本的なことさえわからないこの状況の中で、美琴はこの一ヶ月の日々を、その心配で神経をすり減らし続けてきた。
 手がかりは、彼が消えたあの日に北極海沿岸で拾ったゲコ太ストラップ。
 それは9月30日に二人で手に入れた記念のストラップ。
 これが意味するものは、彼の生か、死か。
 とにかく美琴は、これが彼の遺留品にならないことだけをひたすらに願う。
 初めて経験した、自覚したこの大きすぎる感情が、無為に終わるのはあまりに哀しすぎる。
 せめて、思いの丈を伝えたい。
 というより、彼としたいことはまだまだ山ほどあるのだ。
 それが成されないまま終わっていくのは、許さない。

(いい加減、帰ってきなさいよ……あのばか…)

 考えれば、ロシアでのあの出来事からはまだ1ヶ月ほどしか経っていない。
 たった1ヶ月、しかし美琴にはその1ヶ月が恐ろしく長く感じられた。
 それこそ、年単位で昔のことのような。
 この1ヶ月では彼のことを嫌というほど考えさせられ、美琴は自身の今までの感情を整理した。
 だからこそ、ちゃんと気持ちを整理できたからこそ、彼に会いたいという気持ちは日に日に積もり、強まっていく。
 それが結果として美琴に毎日を長く感じさせ、時の流れが遅く感じさせていた。

(アンタがいなかったら、誰が私を守ってくれるの…? アンタは私を守ってくれるんじゃなかったの…?)

 思い出されるのは、一つの約束。

(私には、アンタが側にいてくれる。 ただそれだけでよかったのにな…)

 上条は美琴を、常盤台中学に通うお嬢様、それも学園都市に7人しかいない超能力者の第三位などという看板を全て無視し、一人の普通の女の子として美琴と対等に接することができる唯一の人物。
 彼という人物に出逢ってからの生活の楽しさ、充実感は、以前のそれとは比べることなどできないだろう。
 だからこそ美琴は思う。
 上条当麻がいてくれれば、それで、それだけでいい、と。

「……少し、冷えてきたかな」

 今日は11月30日。
 普通に考えて、昼間でさえ気温はもう完全に冬のそれに近いと言ってもいい。
 しかも、今はその昼間ではなく日没後である。
 さらに加えると、美琴の立つ場所は川の上に造られた鉄橋。
 高さはそれなりにあり、吹き抜ける風は否応なしに彼女の頬に切り裂くような痛みをもたらす。
 気づけば、気温はまだ普通に過ごせていた昼間のそれよりも、断然に寒い。
 生体電気を操っての体温調節など美琴には容易いことなのだが、ずっとそれを持続するのは流石に疲れる。
 能力とて、無限に行使できるわけではないのだ。

(星は、見えないか…)

 美琴はふと、空を見上げた。
 辺りは既に暗く、季節的にも空気は澄んでおり、いつもならば見えていてもおかしくないかもしれない。
 だが今日の天気は晴天とは言い難く、晴れない彼女の心を映し出すかのように、空は曇り、月や星は雲によってその姿を露わにしてない。
 その影響からか、美琴の辺りは普段のこの時間、この場所と比べても薄暗い。
 ここら一帯を照らすものは本来月の光や人工の光なのだが、彼女がたつ場所は鉄橋のほぼ真ん中。
 そして今日は生憎の曇天。
 今の美琴の周りは、両岸からの人工の光で薄く照らされているだけ。

(あいつは、また私が死のうとしてたら……来て、くれるかな…?)

 あまりの自分の彼への想いの強さから、そんな考えすら頭をよぎった。
 以前もこの場所で、同じようなことを考えていたら、考えられないタイミングで彼は自分の目の前に現れた。
 しかもその後日、私を守るという約束もしていた。
 ならば…、と思ったのも束の間。
 あの時と今では、絶対的に状況が違う。
 学園都市に、いるかいないか。
 いないのでは助けにこようにも、物理的に不可能。
 しかも、かつて彼に本当に命懸けで救われたこの命、簡単にまた捨てていいような代物ではない。
 一時の考えでやっていいはずもなく、それぐらいのことは美琴も百も承知。

「そろそろ、帰ろっかな…」

 ここ一ヶ月、美琴は気の済むまで一人で外をぶらつくことが日課となっている。
 ぶらつくと言っても、行き先はほぼ限られており、その行き先は決まって上条との思い出場所。
 こんなところにも、彼の面影を求めている自分。
 彼と会う前なら、とても考えられなかった自分。

(なんだかなぁ……なんか、弱くなっちゃったみたいな気がして、嫌だな)

 この感情は、意中の人に会えないとイライラしたり、よくわからない不安に駆られたりで、胸がしめつけられるような感触に襲われる。
 なる前と比べて随分迷惑している時も多々あった。
 しかし逆に、いざ自分の欲求が満たされると、何とも言えない心地よさで満たされる。
 その心地よさのあまり、漏電してしまうなどの問題が出てきたりもするわけだが…
 それはまだ許容範囲内と言える。
 重要なのは、彼と一緒にいることが、美琴にとって一番居心地が良いと思えること。
 それ以外の障害など、切って捨てられる。

「……帰ろ」

 美琴は止めていた歩みを再度進める。
 その行き先はもちろん、美琴の住まいである、常盤台女子寮。
 この場所は一人になれて、しかも彼との思い出でいっぱいの場所。
 彼がいない今では、時間をつぶすのに最適の場所と言える。
 なので今日に限らず、これまでの放課後の時間の大半を過ごしてきたこの場所を離れるのは少し名残惜しいが、また明日こればいい。
 最近は気温も低くなってきたためあまり長い間いることはできないが、それでも来たいとは思う。
 美琴は、今日も今までの上条とのやりとりを脳裏に浮かべながら、帰路についた。


         ☆


 同日18時、常盤台女子寮

「ただいま……ってあれ…? 黒子いないのか…」

 結局美琴はあの後真っ直ぐ帰ることはなく、彼がよく現れていた自販機前、スーパーなどなど、ぶらぶらと寄り道をしながら今ようやく寮へと着いた。
 しかしいつもならば、帰宅した美琴を嬉々として迎えるルームメイトの姿が見当たらない。
 今年は例年なく盛り上がった一端覧祭の影響で、騒ぎやらが多くなると予想されていたのだが、実際はそういった傾向は見られず、今のところは平和そのもの。
 戦争が起きたからという事も少なからずは絡んでいるのではないか、と評する者もいる。
 なので、今の学園都市がそのような状況であることもあり、風紀委員がさして忙しいということは特に美琴は聞いていない。

「……まあ、いくら黒子でもそれなりの付き合いはあるか」

 美琴は、第三次世界大戦の折りに学校に無断でロシアに渡った事が原因で、一端覧祭まで謹慎をくらい、今も罰として他の者達より門限を早められている。
 その影響と言ってはなんだが、ロシアから帰ってきてからは学校関係者とルームメイトの黒子としかまとも顔を合わせていない。
 しかしだからと言って、別にそれに関しては美琴にとってはそこまでの問題ではない。
 もし出歩けたとしても、今と同様に当てもなく彼を求めて外をふらつくだけ。
 謹慎はこれまでの出来事を整理するにはいい機会だったかもしれない。

「一人、か…」

 今寮の一室は確かに美琴一人しかいない。
 だが、美琴の呟いた一人とは、それだけの意味とは少しだけ異なる。
 今美琴は、例えいつどこで何をしていても、一人であるように感じる。
 実際に一人だけの時間は圧倒的に多いのだが、それは違うのだ。
 それは、美琴を対等に扱う人間がいなくなったという意味での、一人。
 学園都市に帰ってきてから、学校で周りを他の生徒達に囲まれても、一端覧祭をいつもの4人でまわっていた時も、一人であるということが美琴の頭から離れない。
 皆が皆、自分との間にどこかここまでという一線を引いているように感じる。
 それでも、美琴の力になれるからと主張するかのように、毎日美琴を慰め、元気づけようとしてくれている黒子にいたっては、少し違う。
 実際、彼女の励ましに美琴は何度か力をもらった。
 ふさぎ込んでいた美琴を、また立ち上がらせた。
 無論、その彼女でさえ戦時中の時のことについてはあまり詳細には話していない。
 だがそれも彼女は、変に詳しい事情を勘ぐったりもせず、ほぼいつも通りに接してきてくれる。
 勘の良い彼女のことだ、恐らく全てとは言わずとも、なんとなくの事情は気づいているのかもしれない。
 そういう意味で、黒子の存在は今の美琴にとっては有り難いものだった。
 だからこそ、寮内でも一人でいるのは少し寂しいものがある。

「夕食の時間は、まだ先か……寝てようかな…」

 起きていてもこれといってやることは特に思いつかない。
 ただただ呆然と時を過ごすのも悪くはないが、それにしては時間が長すぎる。
 あまり時間が長すぎると、思考が負の連鎖に陥ってしまうからだ。
 あの日、あの時、あの場所で、もし自分が…

(やめよう…)

 美琴は働きかけた思考を止め、腰掛けていたベッドに横になり、それに応じてギシギシとベッドは小さく悲鳴をあげながらも、美琴の身体を優しく受け止める。
 この身体を受け止めてくれるものが、彼だったらどれだけいいか。
 そんな馬鹿げたことをうっすらと考えながら、美琴は次第に訪れてきた微睡みに身を任せ、ゆっくりと瞼を閉じた。

         ☆

「―――あれ?」

 美琴が目を開くと、そこは先ほどまで自分がいた場所とは全く異なった風景。
 そこは暖房器具で暖められた暖かい部屋の一室ではなく、凍てつく風が頬を容赦なく切り裂いていく空の上。
 眼下にはひたすらに真っ白い大地がただただ広がっており、足元はちゃんとした床や地面ではなく、飛行中でやや不安定なVTOL機の主翼。
 どこかで見たことのある風景、シチュエーションだった。

(これって、あの時の…?)

 美琴は記憶を探っていき、今のこの状況と似た状況がなかったかを検索にかける。
 そして弾き出された回答は、忘れもしない、ロシアでのある出来事の状況。
 そう、ここはロシア上空1万メートルを越す場所。
 美琴の目の前には、どういう理屈で浮かんでいるのか彼女にはさっぱりわからないが、とにかく巨大な空中要塞。
 さらには、こちらをやや困惑気味な表情で見つめる、ツンツン頭の―――

(そうだ……私アイツを助けないと…!)

 美琴は自身があの時ここにいた理由、そこまでをはっきりと思い出す。
 正体不明の巨大な空中要塞の上に佇む彼を、上条当麻を助け出し、無事に学園都市へと送り届けるため。
 そのために学校にも無断で、しかも学園都市の工作部隊を襲撃してまで学園都市を抜け出し、はるばるここまでやってきた。
 そして美琴の目の前には、その目的である彼がいる。
 美琴がとるべき行動は、ただ一つ。
 主翼の端に限界まで寄り、目一杯手を彼に伸ばすこと。
 それに呼応し、彼も戸惑いつつもゆっくりと手を伸ばす。

(あと、少し…!)

 あとほんの少しだけ近寄れば、もう彼の手を掴める距離にまで二人は近付いていた。
 捕まえたら何を言ってやろうか。
 まずは彼に罵倒を浴びせることはもう既に確定だろう。
 その後はここまで学園都市から遠路はるばる助けにきたのだから何やらと理由付け、一日ほど付き合ってもらうのもいいかもしれない。
 その時のことを考えると、思わず口元が緩んでしまう。
 とにかくもう少しで彼を捕まえられる、それがもうひたすらに嬉しい。
 そう美琴が思っていた時だった。

(えっ…?)

 突然、彼は伸ばしていた手を下げ、首を横に振る。
 そして、VTOL機の駆動音により彼の声は美琴には聞こえなかったが、

 まだ、やるべきことがある。

 彼の唇の動きは、確かにそう言っていた。

(ッ!?)

 もう美琴は無我夢中だった。
 ここまで来て引き下がれるわけがない、何のために自分はきたのだと美琴は自分自身を叱咤し、持てる力を総動員して何が何でも彼を引き上げる。
 何でもいい、何でもいいから彼の身に付けているものの中で、磁力で干渉できるものに対して力を加えていく。
 絶対に救う、そう思っていた。
 だがしかし、彼と美琴を繋いでいた最後の命綱は、無残にもブツリと切れてしまった。

(えっ…? な、何が…ッ!)

 美琴はまた、思い出した。
 あの時、自分は彼を助けられなかったことを。
 彼の能力を無効化する謎の力が磁力の糸を断ち切ってしまったことを。
 不意に、美琴の足元が大きく揺れる。
 その場での滞空飛行が難しくなったのだ。

「ま、待ってよ…行かないでよ!」

 その声が彼に聞こえたかはわからない、いや、恐らく聞こえていないだろう。
 だがそんな美琴の願い空しく、空中要塞に横づけされていたVTOL機は急速に動きを加速させ、その場を離れようとする中美琴は見た。
 彼の振り向き際の、彼の唇の動きを。

 悪い、サヨナラだ、御坂。

 この光景は、美琴の記憶にはなかった。
 そして上条はそれだけ言い残すと、今度こそ後ろに振り返り、空中要塞の中へと突き進む。
 今にも泣き出してしまいそうな美琴を残して。

「待てって言ってんでしょうが……ばかぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 しかし、その美琴の心の底から叫びも上条には届かず、その声は虚しくもその空間には響き渡っただけに終わった。

         ☆

「―――お姉様!!」
「っ!!」

 ガバッと、横になっていた美琴は起き上がる。
 起き上がった美琴の呼吸は乱れ、目は見開き、心臓はこれほどかというほどに早く脈打つ、そして額には若干の汗。
 さらにはキョロキョロと辺りを見回し、今の状況を確認する。
 そこは何度も見たことがある風景に、彼女の隣には心配そうな視線を向ける白井黒子の姿。
 先ほどまでの緊迫した出来事が嘘のように、美琴が今見渡す景色は、よく見知っている常盤台女子寮の一室だった。

「ゆ…ゆめ…?」
「はあ、やっと起きて下さいましたか。 ……そろそろ夕食の時間ですわよ? お姉様」
「夕食…」

 黒子の言葉を聞き、そこからようやく美琴の意識が覚醒の方向へと向かう。
 額に浮かんでいた汗を拭い、やや虚ろだったその目には次第に光が帯びていく。

(そうだ……夕食までの時間がかなりあったからちょっと寝たんだっけ、私…)

 先ほどまで見ていた夢が夢であったことに、美琴はホッと一息つく。
 思いがけなく彼に会えてしまったわけだが、あれでは今生の別れのような気がしてならないからだ。
 あの状況でサヨナラと言われては、洒落にならない。
 しかも夢の中では美琴は特に不思議には感じていなかったが、思えばそもそも夢の中であの時の記憶があったこと自体がおかしい。
 なんで気付かなかったのだと美琴は少し恥ずかしい気分になるが、今となってはもう遅い。

(でも…)

 それでも、少し先ほどの夢には少し引っかかるものがあった。
 まず第一に状況があまりにリアルに再現されすぎていたこと。
 それは偶にはそういう夢も見るだろうということで片付けられるかもしれないが、特に引っかかることがもう一つ。
 それは夢が終わる直前のこと。
 そこまではほぼ全く一緒だったのに対して、唯一そこだけ違う。
 しかも極めつけは最後の彼の振り返り際のあの一言。
 あれではまるで、何らかのメッセージ。
 あの時伝えられなかったことを、夢で伝えたような。

(何を馬鹿なことを……たかが夢じゃない。 考え過ぎよ、考え過ぎ)

 そこまで思考したところで、美琴は思考を止めた。

(最近はどうも考えが変な方向に行ってしまってダメね)

 あの日から、美琴はずっと悩んできた。
 あの時のこと、上条のこと、そして自分自身のこと。
 だからかもしれない、最近良い方向に物事を考えられなくなったのは。

「お姉様…? 大丈夫ですの?」

 不意に黒子から声をかけられ、美琴の意識は黒子へと向けられた。
 彼女はほっとしたような、しかしながら少し心配そうな心配を向けている。

「だ、大丈夫って? そんなの、当たり前じゃない」
「でもお姉様、泣いてるじゃありませんの…」
「え…?」

 黒子からの指摘を受け、美琴は咄嗟に手で自分の顔を確認する。
 両目には涙が浮かんでおり、しかも右目からは既に涙が溢れていた。

「っ!! こ、これは…そう!寝起き!寝起きだからよ!」
「……お姉様が寝起きで一々涙を流すなんて聞いたことありませんの」
「う、うっさいわね、偶にあるのよ! ほら、もう夕食なんでしょう? さっさと行きましょう」

 美琴はベッドから飛び下り、駆け足で部屋を出ていく。
 暗い表情の黒子を残して。

「……やはり私では…肝心なところでお姉様のお力になれませんの…? お姉様が今日に限らず、いつもあの殿方の名前を呟きながらうなされていること、私は知ってますのよ…?」


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