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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/当麻と美琴の恋愛サイド/帰省/家族/05章 - (2010/04/18 (日) 14:50:19) の編集履歴(バックアップ)





 1月2日 PM15:11 晴れときどき曇り


 『天使というものはやはり恐ろしい存在である』とは、それから約二十分後、地下鉄の電車に揺られる上条が抱いた感想
である。 こう書くと上条が未だトチ狂ったままなのではと思われるかもしれないが、残念ながら彼は完全に正気のつもりだ。
先程から冷静かつ理性的に、幾度となく己の脳をフル回転させ分析を試みているのだが、何度考えてみても結果は同じだった。
上条は改めて断言する。 『アレは天使だ。 天使に違いない。 だって死ぬほど可愛いんだモン!!』と。
 そしてその天使は、今も目の前の横椅子の端っこに鎮座している。
 おかげで上条は正面を見続ける事が出来なくて、不自然に瞳をキョロキョロと左右へ動かしてしまう。 吊革が自分の汗で
ヌメり、たまにそわそわとした動作で持つ手を変える。
 事情を知らない人がその様子を見たら、即不審人物と認定して、逃げるか彼を警察へ突き出すかするのではないだろうか。
今上条がこうして無事なのは、あくまで彼の前に座る四人の女性が知り合いであるらしいから、という理由に過ぎない。
 しかし当の本人は仕方のない事だと心の中で弁明する。 天使と目など合わせたら心を昇天させられかねないのだ。

当麻(天使さんったらさっきからこっち見てるんだよなー。 へ、へへへ、だがしかしこの不幸体質上条当麻の危機察知能力
    を舐めてはもらっては困ります。 さっきと同じ鐵は踏みませんの事よー! まともに見たら直に太陽を見た時みたい
    に瞳を焼かれるんだろ? 分かってるって。 でもだーいじょうぶ。 たまにチラ見してればその内耐性が付くはず!!)

 御坂親子は、目の前でそんな風に錯乱しつつガチガチに緊張している上条の様子を眺める。

美鈴(うわーあぁ。 何て言うか、もう脈有りとかそういう次元じゃないわねこりゃ。 墜ち切ってんじゃないのよ顔真っ赤)

 事情を知るものにとっては、これほど分かりやすい反応も無いだろう。

美鈴「(良かったじゃん美琴ちゃん。 当麻君にこんだけ見蕩れられて)」

 美鈴は隣の美琴にだけ聞こえるように囁いた。

美琴「(……………うん)」
美鈴「(およ?)」

 美鈴は娘の素直な返事に驚く。
 いつものように照れを怒りで包み隠したような、子供っぽい反応が返ってくると思っていた。

美鈴(って、あーあー美琴ちゃんったら、なんつーだらしのない緩みきった顔してんのよ………)

 隣を窺うと美琴も上条をぼんやりと見つめていた。
 美琴は結果的に上条と同じで、突如降って湧いた甘い出来事の虜になってしまっていた。 そもそも彼女は上条当麻が自分に
見蕩れるだなんていう珍事を全く想定していなかったのだ。 それも直視出来ないレベルであると彼の挙動が告げている。 冷静
に考えなくたって絶対嬉しいに決まっている。
 今ならもし上条が「その格好で当分居てくれないか?」と耳まで真っ赤になりつつお願いしてきたら、少なくとも三日――――
いや、十日はこの格好で居られる気がする。

美琴「(美琴属性………か)」
美鈴「(ん、何か言った?)」

 美琴は応えない。 相変わらず瞳の中をキラキラと星にして上条の反応を嬉しそうに見つめている。
 美鈴の目にはその時、確かに二人を包む桃色空間がはっきりと見えた。

美鈴(……まー良いんだけどさあ。 ちょっと拍子抜けしちゃうというか、呆れちゃうというか)

 からかう者としては正直ここまで上手くいってしまうと面白みが無い。 そんな気持ちを憮然とした表情にして二人へぶつけて
みたものの、『二人だけの現実』はその程度で崩れるようなものではないらしい。
 仕方なく二人の事は放っておいて、美琴とは反対側の席に座る乙姫と詩菜の方に話を振った。

美鈴「(元旦でもないのに随分混んでますね。 この分だと帰る頃には日が暮れちゃうかも)」
詩菜「(そうですねぇ。 やっぱり上に何か羽織らせて来た方が良かったかしら)」

 詩菜と美鈴はそれなりの防寒対策をしているが、美琴と乙姫は振袖の上に何も着ていない。

乙姫「(中に結構着込んでるし、お日様出てるから多分大丈夫じゃないかな?)」
詩菜「(でも、日が暮れたら寒くなっちゃうわ。 お参りしたらすぐ帰った方が良いかもしれないわね)」
乙姫「(えー、縁日寄っていかないのー!? 今日行かなきゃきっともう行く日無いよ?)」
美鈴「(まあ寒くなったら帰るって感じで良いと思いますよ。 暖かい食べ物もあるだろうし……っと着いたかな?)」

 目的地のアナウンスが流れた後、徐々に進行方向に引っ張られる感覚が来て、やがて電車がゆっくりと止まった。
 駅は車内以上に混雑していたが、乗客の目指す出口はほとんど似たり寄ったりらしく、五人は自然に人の流れに身を任せ、少し
寒い地下鉄駅構内とやや暑い地下街を抜けて地上へと出る。

乙姫「うわー、外もすっごい人。 でも綺麗ー」
詩菜「ふふ。 そうね」

 地上もかなりの人混みだったが、それでも周囲の景色は皆の目を楽しませてくれた。
 冬だというのに薄ピンクや紅、黄色などの小さい花を咲かせた木々や、松などの針葉樹林が丁寧に植えられていて、さらにそれら
が荘厳な建造物と相まって、一帯は日本人としての美的感覚をくすぐられるような風情ある場になっている。
 そこは大小合わせて七つの神社が存在する地域で、大きい物では厄払いと家内安全の神社、恋愛成就の神社などがある。 しかも
それぞれは位置的にほとんど隣り合っているので、そこからでも少し見渡すだけでいくつかの古い建物が見ることができた。

当麻「ほんとだ。 学園都市では余り見れないような古風で良い雰囲気だなあ。 どこ見てもすげえ綺麗だし……………なあ美琴、
    ってうわぁっ!! こっちの方が何万倍も綺れ――――ムグッ!!」
美琴「(あ、あああ、アンタはいきなり何て台詞を大声で口走ろうとしてんのよ、このミラクルバカ!! 時と場所ってものがある
    でしょーが少しは考えろ!!)」

 美琴は上条の口を思い切り鷲掴みし、その耳元に早口で静かに叫ぶ。
 もっとも、上条のそんな馬鹿な台詞に超反応できたのは、一人だけ景色も見ずに上条ばかり見ていたせいなのだが、幸い誰にも
気付かれてはいないようだった。

美鈴「二人とも何イチャついてんの?」

 何やら後ろがうるさかったので美鈴は一応義務的にツッコミを入れておく。

美琴「い、イチャついてなんか無いわよ!! 何でもないからコッチ見なくてよろしい!!」
美鈴「はいはい仲良いわね」
詩菜「美鈴さん、まずはどこに行きましょう。 私達はいつも厄払いと家内安全の方に行くんですが、それで良いかしら?」
美鈴「んふ。 良いと思いますよ」
詩菜「美琴さんもそれで良いかしら?」
美琴「へっ!? あ、はい。 私は別に……何でも」

 一同の姿は湯気が立ちそうな程居る参拝客の波へと紛れる。


 ◆


 それから少しして、ようやく上条の胸に自己嫌悪というわだかまりが生まれ始めてきた。

当麻「(うぅ、わりい。 やっと慣れてきた。 もう大丈夫、もういつもの上条当麻です。 ただいま戻りました遅くなって
    ごめんなさいでした)」

 前を行く三人には気付かれない程度の声で上条は美琴にそっと話し掛け、そして溜息を付く。
 思わず「天使って何だよ。 俺馬鹿?」なんて独りごちるほどに落ち込んでしまった。
 心の中で自分に訂正する。 先程の上条はまだ完全に冷静ではなかったし、美琴は『天使』ではなく『美しさが天使級の少女』
でしかないではないか。 まったく馬鹿であったともう一度溜息を付く。
 とりあえずうじうじしてもしょうがないので、上条はそのことを頭の脇に追いやり別の事に意識を向ける。

当麻「(ところで気のせいかも知れねえけどさ、さっきから俺達って妙に道行く人達に睨まれてないでせうか)」
美琴「(アンタだけでしょ。 年頃に見える女を四人も侍《はべ》らせてたらそりゃあ睨まれるわよ)」

 実際にはまず女性陣の容姿に視線が奪われ、その後に上条の存在を認識して睨まれているわけだが、美琴本人にその自覚はない。

当麻「(あーそっか、天…じゃなくて、前二人とかも親に見えないしなー、ってなんつー理不尽な視線攻撃だそれ!! 父さん早く
    合流してくれーっ!!)」

 つい心細くなり、同じ立場に成り得る仲間が恋しくなってしまう。
 刀夜は用事が済んだら合流すると言っていたらしいが、いつ戻るのか分かったものではない。

美琴「(ところでアンタ、さっきからこっちばっか見てない? ちゃんと前向いて歩きなさいよ危なっかしい)」
当麻「(へ? あ、アレ?)」

 指摘されて初めて自分がずーっと美琴ばかりを見ていた事に気付く。
 上条は慌ててグリッと無理矢理首を元に戻すが、どうしても美琴の方が気になって仕方がない。
 見る事に慣れたは良いが、今度は美琴をひたすら眺めていたいという甘い衝動に駆られる。 というか見ることができないという
ことがストレスにさえ感じてくる。

美琴「(ちょっと、変な汗出てるけど大丈夫?)」
当麻「(な、何の事だ気のせいだろ? いたって正常だぞ俺は)」
美琴「(……怪しいわね。 顔も赤いし、具合でも悪いんじゃないの? アンタってそういうのよく隠すし)」
当麻「(だー馬鹿! そんな近づくな!!)」

 美琴が顔を覗き込むようにズイッと一歩踏み出してきたのに慌てて、上条は三歩離れる。
 鼓動がドドドドドとおかしな速度で打っていることに気付く。
 どうにもこの姿の美琴を相手にすると調子がおかしい。

美琴「(え、あのその、ごめん――――とでも言うと思った? ますます怪しいじゃないの。 分かりやすい隠し事してんじゃ
    ないわよ。 怒んないから素直に具合悪いとこ教えなさ……ってあれ?)」

 しかし美琴のその発言は上条には聞こえていなかったようだ。
 上条は慌てて無理に美琴から距離を取ったせいで、見知らぬ十八歳くらいの巫女さんにぶつかってしまった。 さらにその衝撃
で相手の運んでいた荷物が落ち、それを拾おうとして手が触れる。 変な雰囲気になり上条は慌て、急いで荷物をまとめて立ち上
がり女性に謝って、ダッシュで美琴の方へ駆け寄ってくる。 その間約十四秒。 綺麗なフラグ建築である。

美琴「(アンタは心配してる人間を放っておいて何やってるわけ? しかも巫女だし)」
当麻「(やーやーごめんですよ。 んで、何の話だっけ。 そういやお前ビリビリしてこないんだな、偉いぞ素晴らしい成長だ!!)」
美琴「(まあここで電撃は色々まずいからね、ってはぐらかしてんじゃないわよ!!)」

 控えめに叫びつつ尚も追及してみるが、押しても引いても上条は答えない。
 変な汗は先程より増えていたが、純情少年上条当麻としては「朝から晩までお前を見つめていたい気分だぜ」なんて心情を
馬鹿正直に吐露することもできないのだ。

乙姫「あれ、何かあったの? ってお兄ちゃんは?」

 二人の声が徐々に大きくなったせいで乙姫が反応する。

美琴「え!? な、何でもないわよー乙姫ちゃん。 前見ないと危ないよ? ほら、あの馬鹿みたいになっちゃうんだから」

 美琴は溜息混じりにそう言ってやや後方を親指で指す。 上条は痴話喧嘩の最中にまた別の巫女さん(巨乳)にぶつかって
揉めていた。 巫女より圧倒的に参拝客の方が多いはずなのに、何故こうも巫女にばかりぶつかることができるのだろうか。
美琴の表情はどんどん険しくなる。

乙姫「………ま、まあいっか。 そういえば詩菜さんあとどれくらい?」
詩菜「もう着くわよ。 と言ってもこの長い階段を上ったらだけど」
乙姫「うはー。 下駄じゃちょっときつそぉー」

 四人はビルの五・六階分に相当しそうな高さの階段を上り始める。

当麻「うだー。 やっと追いつい――――」
幼女「きゃっ!」
当麻「ってわー危ね!」
母親「あ、アーちゃん大丈夫!? す、すみませんうちの子が」
幼女「ありがとーお兄ちゃん」
父親「おいどうした!? アーちゃんがこの男に何かされたのか?」
母親「違うわよ!」
当麻「やー良かったですよじゃーさいならー!!」
母親「あ、待って下さい」

 相変わらず美琴の後方では揉め事の声がする。 チラッと振り返ったら上条が助けたらしいちびっ子が紅白の巫女装束を着ていた。
喧嘩でも売っているのだろうか。 それとも案に着て欲しいと言っているのだろうか。
 しかし美琴は歯をギリギリ噛むだけで足は止めることはしなかった。
 この場では何があっても能力が使えないので、実際割って入ったところでどうしようもないし、あの程度のことに付き合っていたら
キリが無い気がする。

当麻「はあ、はあ……や、やっと追いつい、た」
乙姫「わっ!?」
当麻「って危ね! お前まで躓くのかよ!?」
乙姫「(ご、ごめんお兄ちゃん、ってちょっと、どどどどこ触って!?)」

 上条の手が乙姫の柔らかな部分に触れていた。

当麻「(うわっとー!? ご、ごめんなさい!!)」

 慌てて離すが、手にはまだ感触が残っていた。
 幸いな事に前を行く母親二名は気付いていないようだったが、残念な事に隣にいる美琴にはバッチリ見られている。

乙姫「(もうお兄ちゃんったら相変わらずなんだから。 ま、まあ別に妹なんだしこのくらい良いけどね)」

 乙姫は少し頬を赤らめ、前方の二人へ追い付こうと階段を駆け上がる。

美琴「『別に良い』んだってさ、良かったわねー」
当麻「いて、痛い痛い! だーもー分かってるから、悪かったから殴るな、殴らないで下さい!!」

 周りにあまり気付かれない範囲で脇腹や太もも、背中などに鋭い攻撃が加えられる。
 普通の女子のようにポカポカという感じで叩かれるのなら良いが、美琴の場合は一撃が重い。
 電撃を使われる時より着実にヒットポイントを削られていく。

美琴「あれ、ねえここって写真の所じゃない?」
当麻「人を散々殴り倒しておいて唐突に何もなかったかのような話の振り方すんな!! って、写真が何??」

 どうやら階段はもうすぐ終わりのようだ。 神社の本殿が半分以上見えている。
 それを数秒眺めて、上条も思い出した。

当麻「あー、あのアルバムか」

 詩菜が特に何も言わなかったから気付かなかったが、この神社は上条家には馴染みの場所らしい。 上条宅で見た写真から
数年は経っているはずなのに、その外観は全く変わった様子がない。

当麻(変わったのは、俺の方か)

 上条はここが『厄払い・家内安全』の神社であると詩菜が言っていたことを思い出し、呆然と立ち尽くす。

美琴「ほら、ボケッと突っ立ってないで、行くわよ」
当麻「え、ああ」

 気がつくと前方で家族が二人の到着を待っているようだった。
 上条は美琴にジャケットの袖を無理矢理引っ張られながら急ぎ足でそこへ向かう。


 ◆


 神社には長蛇の列ができていたが、五人は大きな混乱もなく無事参拝を済ませることができた。
 やや意外だったのは、美琴がきちんと作法に習い参拝していた事だ。 まず手水舎で手と口を清め、5円玉を一枚賽銭として
投入し、鈴を鳴らしてから、極めて真面目な表情で二礼二拍手一礼を丁寧に行った。 適当にやろうとしていた上条の方が妙な
罪悪感を覚え、思わずそれを倣ってしまうほどである。
 単にお嬢様としてそういう立ち振る舞いをしているのか、それとも真剣に願いたい事でもあったのだろうか。
 考え出すと心がむず痒くなってきて、上条は思考を途中で打ち切ってしまった。

当麻「それで、これからどうするんだっけ?」

 邪魔にならないように参拝客の列から少し外れた場所で立ちながら相談を始める。
 長い階段を上ってきたおかげで少し座りたい感じだったが、生憎そういう場所は大体埋まっていた。

詩菜「私達はとりあえず一つ階段を下ったところで必要な物を揃えてから、下の縁日に行こうと思ってるわ」
当麻「『私達は』??」
美鈴「そう、『私達は』。 また階段上り下りするの面倒だし。 ねー乙姫ちゃん」
乙姫「うん。 ちょっと足痛いし、他の神社行っても面白くないし私はそれで良いかな」
美鈴「というわけだから、後で落ち合いましょ。 携帯持ってるわよね?」
当麻「あのスイマセン、何が『というわけで』なんでせうか。 話が全く見えないんですが」
美琴「……………」

 上条は自分と一括りにされたらしい美琴の方をチラッと見てみるが、何故か彼女は微妙な表情で口を噤んでいた。

詩菜「あらあら。 当麻さんったら、無理してすっとぼけなくても良いのよ?」
当麻「は? え、何??」
美鈴「当麻君大丈夫。 例え分からなくてもきっと案内してくれるわよ。 ねーん美琴ちゃぁん♪」

 美鈴は手を口に当て、目を三日月のように細めて美琴に話を振る。

美琴「えーそうね、『学業成就』の神社もあるみたいだしね」

 美琴は美鈴を若干睨みつつ溜息混じりに、そして『学業成就』という点を強調しつつ応える。

当麻「え、そう言う話?」
美鈴「そうそう、そう言う話。 美琴ちゃんに任せておけばオールオッケーよ。 んじゃまた後でねーん」

 そう言って未だ納得してない約一名を残して母親二人と従妹は元来た階段を下りていく。

当麻「学業成就っつってもなあ。 右手《こいつ》があるから俺はどこまで行ってもレベル0だし、祈ってもしょうがない気が
    するんだけど………、ああでも美鈴さんはそこらへんよく知らないか? いやでも母さんは知ってるはずだし……?」
美琴「…………はぁぁー」

 未だ頭上に巨大なはてなマークを浮かべたような表情の上条を美琴は盛大に無視し、もう一度大きな溜息を付いてから、再度
上条の袖を引っ張り別の階段の方へ行くよう促す。 ただし先導するその足取りは重い。

当麻「つか、お前何で道分かるんだ?」

 美琴は何も言わず駅で手に入れたパンフレットを上条へ投げつけた。 折りたたんだそれの一番後ろには簡略化された地図が
載っている。

当麻「うーわ、学業成就の神社遠いな。 丸っきり反対側じゃねえか」
美琴「………………」

 美琴は何も言わず先を行く。

当麻(あれ、何か怒ってる?)
当麻「えーっと、とりあえず二人きりの内に言っておきたい事が一個あるんですが」
美琴「………何?」
当麻「その、今更だけどさ………………………すげえ、似合ってるぞ。 それ」

 頬をポリポリと掻きながら辿々しく美琴の振袖姿を褒めた。 先程錯乱して色々言った気がするが、上条としてはアレはノー
カウントにしておきたい。
 前を行く美琴の足が一瞬ピタリと止まり、上条が隣りに来るのを待って再び歩き出した。 二人の肩が並ぶ。

美琴「あり、ありがと」

 そっぽを向きながら呟いたボソッとした声が、風に乗って上条の耳に届いた。
 上条はその声の中に満足げな色が混じっているのを読み取って、少しだけ安堵する。


 ◆


当麻「縁結び。 恋愛成就。 神前結………こッ!?」

 上条は美琴に連れられてきた神社で参拝した後、その神社の説明が書かれた立て看板の前で呆然としていた。

当麻「ちょっと待て、俺達って学業の神様にお祈りしてたんじゃ……………」

 隣の美琴を見ると、思い切り目を逸らされた。
 つまりそう言う事らしい。

美琴「つか気付くでしょ普通。 最悪遅くても参拝客が若い女とカップルばっかりな時点で気付きなさいよ。 って今更頬を染めるな
    馬鹿ー!!」
当麻「じゃ、じゃあさ、お賽銭が31円だったのは何の意味があったんだ?」
美琴「……………さあね」

 賽銭の額と言えば、5円、20円、50円や大きい額が一般的だと上条の知識が言っているが、31円とは一体どういう験担ぎ
なのだろうか? 上条は十秒ほど答えを待ってみたが美琴は口を閉ざしたまま開かない。
 仕方ないのでもう一つ気になる事を尋ねてみる。

当麻「それじゃあ、これは? ………これ、アレだよなあ?」

 上条は左の胸ポケットから四つ葉のクローバーの絵と幸福守という字が描かれたお守りを取り出す。 クリスマスイブに『ついで』
と称してもらった物だ。
 それと同じ柄のものが十メートル程離れた所にある正月期間限定の簡易店で売っていた。
 それは良いのだが、問題なのは売り文句で『外見は普通のお守り☆ でも中身は恋愛成就(はぁと) 気になるアイツに渡しちゃおう!』
と大きくピンクで書かれている。 ちなみに袋の柄は八種類あるそうだ。

美琴「ぎゃー!! 何でアレがここにも売ってぇ…………………な、なーんちゃって、冗談よ冗談。 たまたま柄が同じなだけよ」

 美琴の表情が驚愕からギリギリと苦笑へ変えられる。

当麻「………よし、試しに中開けてみるか」
美琴「わーバカバカ! 開けたら効力が無く………………、なる……………のよ、そうよソレはアレよ悪かったわね騙して!!
    別に良いでしょ、幸福の方はその、私がその………ゴニョゴニョ」

 美琴は途中から開き直り、腕組みをしてプイッと上条と逆の方を向いてしまう。 そのせいか最後の方はよく聞き取れなかった。

当麻「いや、良いけどさ。 お前ってこういうの信じないんじゃなかったのか? お参りもかなり入念だったし」
美琴「…………ケースバイケースよ」

 一例を挙げれば、好きで好きで堪らないツンツン頭の馬鹿が全然振り向いてくれない場合等。

当麻「はあ? なんつーかお前も何だかんだ言ってテンプレ的日本人なんだな。 まあ俺もオカルトの存在を知っちまってるから、
    気軽にそういうの全部否定できるわけじゃないけどさ」

 こういう宗教的な所に来ると、何か面倒事が起きるのではないかとハラハラしてしまう程に上条の日常はオカルトに塗れている。
開運グッズなんかもどこまで効くのかはかなり線引きが難しい。 こういう時はどっかの銀髪腹ペコシスターが役に立ちそうだが、
それを言うと目の前に居るビリビリ少女が不必要にヘソを曲げそうなので口にはしない。
 まあどうせ効力の有る無しにかかわらず上条には全部効かないのだろう。

当麻「待てよ。 じゃあ母さんと美鈴さんはここの事を言ってたわけか?」
美琴「そうよ。 私が憂鬱になってた理由、鈍感さんにも少しは分かってもらえた? ったく、からかわれないようにってことで
    隠してたのに、結局死ぬほどからかわれちゃってるじゃないのよ私達。 何だか色々気を揉んでた事が全部徒労に思えて
    くるわ。 ホント馬鹿みたい」
当麻「でもそれならそうで、母さん達に付いていくって選択肢で良かったんじゃねえの? まあ今更誤魔化してもどうしようも
    ない気もするけど」
美琴「…………………」

 美琴は不満そうに口を閉ざす。
 上条の話が間違っているというサインだろう。

当麻「あーもしかして、普通にこの神社来たかったとか?」

 やや呆れ気味に問う。

美琴「……悪かったわね超能力者がオカルトだなんてものに縋ったりして」
当麻「いやそこまでは言ってねえけど」

 美琴は用は済んだとばかりにさっさと階段を下りていく。

美琴「願わずには、いられないのよ」

 ぽつりと呟く。 声のトーンが少し下がった。
 上条からは美琴の背中越しで、しかも聞き取れるかどうか怪しい小さな声であったのだが、それでも上条の耳にはその言葉
が妙に響いた。

美琴「アンタ、放っておくとまたどっか行っちゃいそうだしさ」
当麻「……………」

 美琴は少し笑っていたようだが、その言葉は鉛のように重い。
 逆にそれに対抗でもするかのように、上条は美琴の背中へ向かって努めて軽く言う。

当麻「まあ否定はできねえかな。 これは俺の選んだ道だから」
美琴「ッ!!」

 美琴は階段の途中で振り返り上条を鋭く睨む。 その瞳には怒りとも哀しみとも不安とも取れる微妙な感情が湛えられていた。

美琴「アンタは怖くないの!? 何度も死にそうな目にあって、何度も入院して、頭の中までボロボロになって………」

 思わず怒鳴るように心中のものを吐き出してしまう。
 その強い口調に周りの参拝客は何事かと二人を一瞥するが、しかし誰も止まらずに二人を避けて自然に流れていく。 おそらく
単なる痴話喧嘩とでも思われているのだろう。
 いずれにせよ二人の目には入っていない。

美琴「前に言ったわよねアンタ、別に年中あんな感じじゃないって。 でもそれはウソだった。 全然そうじゃなかった。 あの
    夜も、その後も、それどころかアンタが覚えてないずっと昔だって!!」

 上条の芯にある、自分の体が傷つくのも厭わず、たくさんある大切な何かを全力で守り抜こうとする信念は今も全く変わった
様子がない。
 そしてその芯は、恐らく大切な何かの一つにしか過ぎないであろう御坂美琴の芯と真っ向からぶつかる。

当麻「俺は…」
美琴「アンタを突き動かしてるものが大事だってのも分かる。 妥協も後悔もしたくないっていうのも解かってる。 でもアンタ
    自身が傷付くのは『私が絶対に嫌』なのよ!!」

 美琴も上条の信念は尊重するべきだと『頭』では解かっている。 それが無かったら美琴や、美琴の大切な者の命もずっと前に
失われていたかもしれないという事は百も承知だし、そもそも特別上条のそう言う所が嫌いという訳でもない。 しかしそれでも、
美琴の『胸』は上条が傷つくというただ一点において絶対に納得しない。 それがどんなに矛盾している事だと解かっていても、
子供じみたわがままである事だと解っていても、美琴の芯は『んなもんクソ食らえ!!』とばかりに強引に一蹴する。 その気持ち
が美琴の核《コア》であるのだから、彼女自身がそれから目を背ける事なんてできるはずがないのだ。
 あの日、御坂美琴が初めて自分の中の揺らぎのない上条に対する気持ちに気付いた夜から、これに似た会話は数回している。
しかし結局解決はしていなく、依然その問題は二人の間に大きく横たわったままだ。
 とは言っても、この話が大きな喧嘩にまで発展する事はない。
 何故なら美琴は「どうして解かってくれないの!?」なんて子供のように喚き散らすほど未熟ではないし、元々長期戦になるの
を覚悟しているためだ。 恋人同士であるとは言え、あくまで一人の人間が、もう一人の人間の根幹を勝手な都合で変えようという
のである。 下手をすれば二人が年老いるか、上条が物理的に動けなくなるまで延々と続く、静かで長い戦いになることは容易に
想像できる。
 だから実は今、思わず美琴の口をついて出てしまったのも、本人としては徐々に後悔の念が膨らむような不本意なものであった。
 きっとさっきアルバムを見たおかげで不安に駆られ、少し焦ってしまったのだろう。
 しかし既に口から出てしまったものはしょうがない。

美琴「少しくらい可愛い彼女のお願いを聞いてやっても罰は当たらないんじゃないの?」

 色んな感情を含めた吐息をつきながら、上条を様子を窺う。 これは軽いジャブみたいなものだ。 別に長期戦だから何もしない
なんて事はない。 むしろ冷戦状態だからこそ牽制をしておく。
 ただし、上条もそれを正面から受ける程素直ではない。

当麻「でも、俺はここに居るじゃねえか。 何があろうと必ず帰ってくるって。 お前の隣りにさ」

 上条の信念は鋼鉄のように硬い。 それでも美琴はそれに刃が刺さらないとは思っていないし、刺さるまで諦めるつもりもない。
御坂美琴という刃は、彼の心の最深部に到達するまで何度だって攻撃する気でいる。
 ただ、突き立てた刃が跳ね返ることもたまにはある。

美琴「…………」

 キザな台詞を掛けられて、美琴の頬はこの上なく赤くなっていた。
 上条の帰るべき場所が、いつの間にか御坂美琴そのものになっているということに思わず歓喜してしまう。 少し考えれば己の
信念に矛盾している事に気付くはずなのに、美琴の心と体は彼女の深い部分を無視して無節操に踊ってしまう。 まったくこれの
どこが『自分だけの現実を極めた超能力者』なのだろうかと、美琴の芯はイライラする。

美琴「ったく、何臭いセリフで誤魔化そうとしてんのよ。 だからとりあえず何かあったら私も連れてけっつってんの!!」

 『共に戦いたいから』、『私も戦力になるから』とか言う事もできるだろうが、そんな道理を押しつけるつもりは毛頭無い。 主眼は
決してそこではないからだ。
 大切なものを守りたい、ハッピーエンドしか許さないという想いは美琴にだってある。 しかしそれらは全て『上条当麻が無事ある』
という前提での話だ。 だから、もし上条が死にそうな程無茶をするようなら殴ってでも止めるだろうし、上条の信念に逆行してでも
美琴自身の欲望を満たすため全力で上条を守るだろう。 それが例え嫌われることに繋がるとしても。
 そう言う意味での「連れてけ」なのだから、他の言葉は余分でしかないのだ。
 人間の核《コア》に対抗できるのは結局人間の核《コア》でしかない。 だから彼女は御坂美琴そのものでぶつかる。

当麻「あ、あれ? その話でしたか、そっちはまた今度ゆっくり話そうぜ、さー縁日楽しみだなージャンボフランク万歳ー!!」

 とは言っても上条がまともに相手をしてくれるとは限らない。
 上条がそういう美琴の意図に気付いているのか、単に恥ずかしくてはぐらかしているのかは分からないが、結局この話題で上条の芯
が見られたのはあの夜くらいなのではないだろうか、と美琴は振り返りさらにイライラを募らせる。

美琴「待てクソコラごり押しで逃げてんじゃないわよ!!」

 美琴は階段を駆け下り始めた上条を追いかけようとするが、着物なのでそこまで速くは走れない。
 裾を捲って走ろうにも短パンは未だ上条宅で干しっぱなしであるし、履き物は下駄だ。 この格好では翼でも生やさない限り
逃げに徹した上条に追い付く事はできない。

美琴「ってちょっとパンフ持ってくなー!! 道分かんなくなるじゃないのよー!!」

 思わず雷撃の槍を放とうとしてすんでの所で止める。
 結局まごまごしてる内に上条の姿は人に紛れて見えなくなってしまった。


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