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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/memories/Part14 - (2010/03/21 (日) 14:34:49) の編集履歴(バックアップ)




「御坂さんって意外とうぶなんじゃないんですか? だって上条さんの名前を言えないなんて…ねえ」
「そそそそそそそそんなことは……」
「私は佐天さんの言うとおりだと思います。見てて歯がゆいといいますか」
「うんうん。御坂さんならやれば一撃! というところをやらないところがまたまた」
「佐天さーん!!」
 美琴と初春、佐天の三人は美琴の恋愛話をして会話に花を咲かせていた。
 そこには数分前までの暗い雰囲気は一切なく、女の子同士が友人の女の子の恋人話をネタに話を広げている。もっとも、そのネタにされている美琴からすればとても恥ずかしいことなのでやめて欲しいのが、やめてくれない雰囲気を察するに諦めるしかなかった。
「でも上条さんも意外とうぶかもしれないと思うんですけど」
「アイツは鈍感なだけよ。私のことなんて」
「ま、まあそれはわかってますけど、佐天さんが言いたかったのはそういう事じゃなくて」
「御坂さんがアタックすればするほど、御坂さんをより意識してくれるんじゃないかなーという話です」
「あ、アタック!? 無理無理無理!!! 絶対に無理だって!!!」
「無理じゃありませんッ! 御坂さんなら絶対に出来ますって! 初春もそういってますよ」
「ええ!!?? いつ言ったんですか!?」
「そこは頷くところでしょう! 否定しないでよー」
 佐天は不満そうな顔で初春に抱きついた。
 抱きつかれた初春は、なんですか! と慌てた声を上げながら暴れた。すると佐天はニヤリと笑い、自分の両手を初春の太ももに置くとゆっくりと両手を上にへと登らせていく。
「ご、ごめんなさ、ってどこに手を入れてるんですか!?」
「どこって、初春の下半身だけど」
「きゃぁ! ちょっと、佐天さん! そこはダメですって!!!」
「そこってどこが? ちゃんと言ってくれないとわからないよー?」
「佐天さん、わかってやってるでしょ! あ、ダメですって!!!」
 初春と佐天のいつものコミュニケーション(といえばいいのか微妙だが)を見ていた美琴は、相変わらずねと苦笑いした。季節がすぎるごとに、初春への行動がさらに危ない方向へと向かっていくのを少し心配しながらも、自分も初春のような立ち位置にいるので他人事ではないと思いながら、美琴は仲がよさそうな二人が少しだけ羨ましかった。
(私も当麻とあれぐらい自然に出来ればなー………でも私もアイツもまだまだ未熟だし無理か)
 まだお互いに恋人らしくなれず、デコボコしているのは美琴にもわかっていた。
 たとえ自分への好意が離れていくのだとしても、恋人になってくれている上条に恋人として様々なことをして欲しいと思うのも美琴なりの願望である。だが恋人は二人いて成り立つものなので、上条だけでなく美琴自身もしっかりしなければならない。のだがそれが出来ないから美琴も上条同様に未熟であった。
 なので自然に戯れる初春と佐天が羨ましい。二人は親友と言う美琴が上条に抱くのとは別の関係であっても、あれぐらい自然であれば恋人らしく様々なことが出来るのかもしれない、と思うと二人の姿と自分たちの姿を照らし合わせてみた。
『こらっ! そんなところに手を入れないでよ!』
『そんなところってどこだよ。ちゃんと言ってくれよ、美琴』
『ッ!!?? そんなこと、恥ずかしくて言えないわよ』
『ふぅーん。だったら、別に問題ないよな』
『やっ! だ、だからそこはやめてって! 当麻ー』
『………嫌か?』
『……………と、当麻にされる、なら』
(それで当麻がああやって、私はこうやっちゃって……それで、そうなって………えへへ)
 美琴は自分の妄想の世界に没頭して、だらしなく表情を緩ませながらえへへと無意識に笑った。
 それを見ていた初春と佐天は、普段の美琴のギャップとは大きく変化していることを理解すると、初春に触れていた手を引いて、佐天は初春とこそこそと小さな声で話し始めた。
「見てみて初春。御坂さんのあのだらしない顔。きっと御坂さんの頭の中では凄いことになってるんじゃないかな」
「佐天さん。御坂さんってあんな人でしたっけ?」
「初春。言いたいことはわかるけどあれも御坂さんだよ。あたしもまだ信じられないけど」
「なんだか白井さんを見ているような気がするんですけど」
「言えてる。白井さんが御坂さんに対して積極的なセクハラをするのと同じような顔してるもんね」
「つまりこれもは上条さん効果なんでしょうか?」
「かもね。恋すると女は変わるって言うし」
「御坂さんもきっとそれにあてはまったんですね」
 初春と佐天は暴走中の美琴を見て、恋するとああなるんだと思い、苦笑いする。
 いっさい周りに気づかず、一人でえへへと笑うその表情は緩みすぎていて自分の妄想に呆けている。一体、美琴の頭の中ではどんな展開が繰り広げられているのか、それを知ったらさらに面白そうだと二人は思う。
 そして、初春は昨日使用したボイスレコーダーを取り出すと美琴の前においてスイッチをオンにする。すっかりと妄想に没頭してしまっている美琴はスイッチの入ったボイスレコーダーには気づかず、初春と佐天はそのことに小さなガッツポーズをとった。
「えへへ…当麻とは恋人だし、あんなこともこんなことも……って、ないない! 何を期待しちゃってるのよ私は! 当麻と手を繋いだり、抱きしめられたりなんてないない! 腕を組むの抱きつくのもないって! えへへへへ、はははは」
 緩みきった表情で自分の妄想にふける美琴の表情に、ついつ写真を撮ってしまう二人。ドンドンやりたい放題のことをやっていく初春と佐天だが、やられてる本人は何にも気づかず自分の妄想の中に酔いしれていく。
 そして白井が帰ってくるまでの間、このボイスレコーダーには美琴の妄想劇場が録音されることを美琴は知らない。

 人気のない公園には三人の姿があった。
 その中の一人、ステイル=マグヌスと呼ばれた修道服の男は上条と白井の前に現れた。
 いっさいに気配を断ち、突然現れた相手は白井からすれば敵の可能性が高い相手だ。だが上条に止められ、とりあえずは敵意は少し解くが警戒を怠らない。
 ステイルと呼ばれた男は自分よりも年上、大人に見えた。身長は上条よりも高く一八〇は越えている。燃える炎を思わせる赤い長髪と白い肌は日本人でないことはわかる。さらに咥えタバコと指には銀色の指輪がたくさんつけられている。
 外見からはそこいらの学生とはわけが違うのは白井でなくともわかる。白い肌と赤い長髪はこの学園都市では十分に目立つし、咥えタバコなんてしていれば学生でないことはわかる。だがわかるのはそれまでだ。
「上条さん、このお方は?」
 白井は相手を知っている上条にステイルのことを問うと、意外なことに上条は首を横に振った。
「悪い白井。俺も名前と外見だけしか知らないんだ。だから実際に目の前で会うのも、話をするのも初めてだ」
「そうだね。僕も記憶を失った上条当麻に会ったのは、今日が初めてだ」
 そういうとステイルは上条と白井の座るベンチに近づいてくる。
 そして、お互いの距離が5メートルあたりの場所に止まるとステイルはポケットから小さな手紙を取り出す。それを上条に投げると、ステイルはふぅーとタバコの煙を吐いた。
「彼女とのことが書いてある。家にでも帰った時に読め」
 ステイルは吐き捨てて言うと、タバコを持っていた小さな袋に捨てて、一枚のカードを取り出した。
「それは…?」
「ルーン、という単語は聞いたことがあるだろう、上条当麻。僕たち魔術師が扱う魔術の類さ。その子は神裂の時に体験していると思うけど」
 神裂の名前を聞き、白井はすぐさま金属矢をステイルの正面に放った。
 その時間は約2秒間だけ。その間に白井は十本以上の矢をステイルに飛ばし、相手を串刺しにしようとした。だが飛ばされた矢は当たる前に炎で焼き消され、矢は跡形もなくこの場から消え去った。
「僕の魔術は元から仕込んでおくことで効力を発揮してね。神裂から話は聞いてたから、念のために仕込んでおいたんだけど役に立ったね」
 発動したのはステイルの魔術だった。
 発動された炎は白井の攻撃を想定しての防御魔術であったため、上条と白井には特に危害はない。しかし白井の金属矢が通用しないことの証明にはなった。学園都市で作った金属矢を一瞬で溶かすほどの高熱の火は、並みの発火能力(パイロキネシス)では溶かすほどの火を作り出すことは出来ない。それを一瞬のうちに動作なく作り出した高熱の火、炎は人など簡単に焼き殺せるほどの高温だろうと予想できた。
 ならば、と白井は金属矢をステイル本人の体に空間移動させた。といっても体内に入れて殺すのではなく、身体の肩と足にそれぞれ一本ずつ空間移動させ、動きを封じ込めようと考えたのだ。
 そして空間移動させた金属矢は計算通りに、ステイルの体に空間移動した。のだが金属矢は何もない空間に出現しそのまま地面に落ちた。
「君の事は知っているよ。空間移動、確かに素晴らしい能力だろうけど、種がわかってしまえばどうとだって出来る。でも神裂のようにその場ですぐにとはいかないけどね」
 ステイルが使ったのは蜃気楼。相手に位置を誤認させる目くらましの術だが、白井のように小さな武器で攻撃するものであれば効果は大きい。もし爆弾のような広範囲のものを空間移動させてきたのであれば蜃気楼は一切役に立たない。だが神裂と学園都市内にあるデータを使って事前に調べておいた白井の戦闘スタイルは蜃気楼に適していた。
 単純な話、準備と情報でステイルのほうが圧倒的に有利だ。しかも種のわからないステイルの能力は、まだ白井には断片しか見せていない。つまり無闇に白井はステイルにに近づいて攻撃できない状況であった。
 白井はこの状況にどのような手で打開する手はないかを考えた。美琴の超電磁砲ならば勝てるだろうが空間移動ではステイルと相性が悪い。ならばと、隣にいた上条の存在にかけようと思ったとき、

 世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ
 それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり
 それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり
 その名は炎、その役は剣
 顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ

 その術はステイルが持つ魔術の中で最強の魔術。たった一人の少女を守るためだけに作り上げられた最強の炎であり、全てを焼き尽くす最強の怪物。
『魔女狩りの王(イノケンティウス)』
「肉弾戦に持ち込もうとしても無駄だよ。幻想殺しでも殺せない、これがあるからね」
 白井のみならず、上条も『魔女狩りの王』の登場には驚きを隠せなかった。
 摂氏3千度を越す炎の怪物は、爆破と再生を繰り返しありとあらゆるものを塵に返す存在。幻想殺しでも殺すことは不可能であり、弱点を知らない今の二人には勝機など一切ない。
 白井は空間移動があるので逃げることは出来るが、上条の幻想殺しでは逃げることは出来ない。しかも殺しきれない魔術を相手にしても上条が力尽きるだけだ。
「かつては君に一度負けたけど、君の弱点は僕も知っているし前のような失敗を繰り返さないように入念に仕込みをしておいた。もう一度言うけど、幻想殺しは無駄だよ。『魔女狩りの王』は殺されようとも何度だって生き返る処刑になんだからね。
 でも僕の目的は君を殺すことじゃないからね。このまま何もせずに君が僕についてくれさえすれば、『魔女狩りの王』は消すしその子にも手を出さないよ」
 それは上条に持ちかけられた交渉だった。
 何もせずに黙ってステイルについてくればそれでいい。しかしもし戦うのであれば、白井の命は保障しない。
(わたくしは………くっ)
 だが白井はこの交渉は白井にも持ちかけられていることを理解していた。なぜならステイルは空間移動を使えることを知っている。それはつまりここから逃げることを視野にも入れているということだ。だというのに何故上条に交渉を持ちかけたのか…。
(わたくしを動けなくするため、ですのね)
 用のある人物は上条。しかしそこに白井と言う存在が入るのはステイルからすれば迷惑でしかない。だからこその交渉。
 白井がもしもステイルに攻撃などをすれば、『魔女狩りの王』は白井を狙ってくる。そうなると上条は白井を守るために、戦うしかなくなる。
 それだけは回避しないといけないのは白井にもわかっていた。ステイルは白井がそれをわかっていからこそこの交渉の本当の効力、白井の拘束が働いたのだ。
「……わかった」
 上条は勝てないことを悟ると、白井の肩を叩いて首を横にふった。
 そして白井を置いて上条は前に歩くとステイルはふっと笑って『魔女狩りの王』を消した。
「さて、少し場所を変えようか。二人きりで話したほうが僕たちのためだからね」
 というとステイルはルーンのカードをしまうと、ゆっくりと背中を向けて公園の出口へと出た。
 上条は少し考えた末に、悪いとだけ白井に言うと出口で待っているステイルの後を追った。白井は追いかけようと思ったが、追いかけたところで何も出来ない、むしろ邪魔なだけだ。
 置いていかれた白井は上条とステイルが公園を出て行く姿を見終えた後に、両膝をついて両腕で自分の身体を思いっきり抱きしめた。
(わたくしは………無力、ですわ)
 かつて御坂美琴を守ろうとした時、白井は自分には届かない世界であったと気づかされ、そのために強くなり肩を並べようと思った。その決意は今も白井の中に残っており肩を並べられるように強くなっている途中だ。
 しかし今回、白井黒子はさらにその上の世界、上条当麻の現実には絶対に届かないと気づかされ、無力だと理解させられた。同時にそれは御坂美琴を守る自分の決意がどれだけ小さく、どれだけ無力だったかを実感させられた。
(お姉様、上条さん……わたくし、は)
 すでに上条当麻は魔術側の人間にもなり始めている。かつての上条がたどった道を歩くように…。
 白井は何故上条が美琴に恋愛感情を抱いていなかったかを、先ほどのやりとりで少しだけ理解できた。そしてそれをなんとかするのは美琴か上条本人、または魔術師だけだとも理解した。
 そして白井は無力の涙を流して声を殺して泣いた。

 上条がステイルの背中を追ってきてたどり着いたのは、白井といた公園から一キロ離れた大通りのわき道。
 不気味なことに上条も通ったことがあるこの道には一切人がいない。さきほどのあの公園にしても、学園都市内の大通りに人がいないなどという状況は上条にも異常である事は理解できている。
 そのため、上条は少しばかり知らない魔術師の男に警戒心を抱いた。右手を握り締め、ステイルの背中を観察しながら上条はステイルを追っていくと、わき道の途中、もう少し行けば信号がある微妙な場所でステイルはいきなり止まった。
「上条当麻。まず君に言いたいことがある」
 止まったステイルは上条に振り返るとステイルの両手から天へ向けて炎が噴出された。
 ステイルの魔術に関しては少しだけだが土御門から話は聞いていた。炎を操る『必要悪の教会』の魔術師にして上条当麻の協力者。何度も世話になっている仲だが決して仲がよいとはいいがいたい。だが戦友としてはそれなりの関係であった、らしい。
 そのステイルがこのタイミングでの魔術の使用は、記憶のない上条には何を意味するのか理解できない。そのため、火山の噴火をイメージさせた炎の噴出はステイルへの警戒心を強化させた。
「君の記憶の事に関しては良く知っている。だけど記憶がなくとも君は上条当麻だし、彼女のパートナーであることは継続だ。だから僕個人として、君に会いたくなってね。その時にちょうど一つだけやらないと気がすまないことがあってね」
「気がすまないこと?」
「ああ。でも……君の薄い反応を見て気が変わったよ」
 と、いうとステイルは炎を返して、上条に近づく。
 そして、上条の頬を右手で思いっきり殴った。
「てめえ! いきなり何を」
「禁書目録…インデックスを知っているだろう?」
 その名前を言われ、上条は一瞬のうちに凍りつかされた。
 インデックス、今はここにはいないが自分のパートナーであり上条にとってかけがいのない存在。
 土御門の話では、自分はインデックスとはほかと一線を越える関係にあったらしい。友人や恋人とは違うさらにもう一歩行った重要な存在。それゆえにここでその名前を前触れなく出されたことに上条は衝撃を受けたのだ。
 ステイルはそんなことも知らず、ポケットからタバコを出すと火をつけて口に咥えた。
「僕は彼女とは大切な関係でね。自分の命よりも彼女を選ぶと生き方をしているんだ。たとえ、記憶に残らなくともて知らずとも、彼女が何かを望めば僕が叶える。彼女を狙うものがいるのならば誰でも殺す。そして命に代えても彼女を守る。そう、誓ったんだ。
 でも今のパートナーは僕ではなく君だ、上条当麻。だから僕は君を殺したくとも殺すことは出来ない。そして記憶が残り続ける限り、僕はずっと君を殺せない」
「……ステイル」
 それだけでステイルという男のことは十分だった。
 彼はインデックスのためだけに生きている存在だ。インデックスが生きている限り彼は生き続け、インデックスがピンチになれば誰よりも早く駆けつけ、インデックスが何かを願えば彼はその望みを叶えるために何でもする。
 上条はそんなステイルの生き方が、どうしようもなく凄いと思ったのだ。誰かを救うのではなく誰か一人のためだけに何かを救う。そこには自分の自己満足と一人の少女の笑顔だけしかなくとも、その生き方はきっと素晴らしいと思えるはずだ。
 上条のように無差別に救いを差し伸べる手を引く生き方も、決して悪くはないし上条自身は素晴らしいと思っている。だがふと思ってしまった。
(俺も美琴のためだけに生きれれば……)
 自分は全力でそれに答え彼女とともに彼女と生きていく。少なくとも、幸福な未来はあるのではと上条は思った。
 しかし、それは夢物語だと上条は起きた時からずっと気づいている。そんな生き方をすれば上条当麻は必ず崩壊する、と。
 だから羨ましいのだ。一人の女の子のためだけに生きれる生き方は、自分には不可能だったから。
「でも君は彼女を泣かせた。一つの秘密を彼女に隠し、自分の口から言わずに消えていく運命であった上条当麻が、インデックスを泣かせ絶望させた。
 わかるか! 君はずっと信頼されてきた思っていたパートナーを泣かせたんだ! それを本当にわかっているのか! 上条当麻ッ!!」
 ステイルはもう一回殴る。さらに一回殴る。またもう一回殴る。何度も一回殴る。
 上条はそれを無言で受ける。一切の防御をせずに正面で受ける。
 今の上条には何も言えないし何も助けられない。だから上条はステイルの拳を耐えるしかない。
「ッ!! つ!!! く…!」
 拳は軽いがそれに乗っているものは信じられないほど重く痛い。
 痛みは顔ではなく胸の奥に刺すように響く。一発殴られるごとに痛みは増し、上条は顔の痛みよりもそちらの痛みに身体が参ってしまいそうだった。
 その正体は、怒り。ステイルがインデックスの代わりの怒っているのだ。
 つまりこの痛みはインデックスが上条にぶつけるべくぶつけた怒りの痛みだ。受けるはずだった心の痛み、上条の罪であったのだ。
 上条はこのことにはまだ気づいていない。しかし逃げてはいけない、防いではいけない、殴られるべきなんだと心が命令する。だから上条は一切動かずにステイルが満足するまで殴られ続けるしかない。
 ステイルもそれがわかったのか、何発も何発も殴って抵抗をしない上条への拳を少しずつ弱めていく。最初は全力であったが、六発あたりから一切抵抗を見せず前を向くだけの上条に気づき始めていたのだ。
 一方的に殴るのはステイルでも感心しない。たとえインデックスのためであっても、一切の抵抗をせずに甘んじて罰を受ける上条はステイルからすれば逆に自分が罰を受けているような錯覚に陥らせた。
「はぁ…はぁ…はぁ……もう、いい」
 そして、殴り始めて十二発。十三発前に拳を下げるとステイルは一歩下がって上条と睨んだ。
 まだ殴りたかったがこれ以上はインデックスの代わりにと思っていた最初の頃からかけ離れていってしまう。逆に自分が気に入らないと思う自己満足の暴力になってしまうのでステイルは暴力をやめた。
 代わりに、インデックスの代わりの制裁だけでなくもう一つの目的を果たそうと思うとステイルは口に咥えたタバコを燃やした。
「上条当麻、もう一つだけ用件がある。ああ、こっちは話だからもう構えなくてもいいよ」
 言われて上条は緊張を切らし、自然と力が抜けていくのを感じた。
 一瞬、立ちくらみを受けて倒れそうになったが足を踏ん張って耐え切った。そして、リラックスしながら上条はステイルと再度向き合った。
「本来はこちらを最初に言うべきだったけど、細かいことはいいか。
 さて、上条当麻。君はこれから一週間後にイギリスに渡ってもらうよ」
「………………え?」
 ステイルの言葉に上条を耳を疑った。
 ずっと学園都市にいると思ったはずだったのに、いきなり言われた渡英の言葉。上条には何を言っているんだと驚きの表情を隠せなかった。
 ステイルは上条の表情を見るが一切に動揺は上条にはさらさず黙々と話を続けた。
「これはすでに決定事項だ。といっても目覚めて二日の君にこの話は混乱の種だろうけど、そんな都合はこっちにはないんだ。
 とりあえず、君には頷いてもらうしかないんだけどね」
「ちょっと待ってくれ! もっと詳しく説明してくれ!」
「………それもそうだね。説明なしに頷くほど、君は何でもオーケーする人間じゃないからね」
 そういうとステイルは新しいタバコに火をつけてタバコを吸うと、ふうーと上条に煙を吐いた。身近にタバコを吸う人間を知らない上条からすれば、タバコの煙は慣れていなかったもの。げほげほと咳き込んでステイルを睨むと、すまないねとしてやったりの表情を浮かべた。
(こ、この腐れエセ神父が!!!)
 上条は初めてステイルに殴りかかろうと思ったが話がそれてしまいそうだったのでやめた。 
「それで説明なんだけど、君はもう二月のことは学園都市の人間には聞いているんだろう?」
「ああ。さっきお前が脅した白井に聞いたよ。魔術師の一味がこの学園都市の第七学区をめちゃめちゃにして、俺たちが倒したって話だろう」
「その通り。でもそれはいい方向で見た感想だ。では質問するけどこの事件で学園都市の人間、上条当麻を含む友人たちが魔術師たちを倒したことで、魔術社会では何が起きたのか知っているかい?」
「……………」
 それに関しては白井は一切知らないはずだ。同時に土御門はこのことを知っていたのでは、思ったが過去を知らなかった時点でそれをきけるはずもなかったことを思い出し、頭の外へ追い払った。
 沈黙の上条を見ていたステイルはタバコの煙を空に向かって吐くと、知らないのかと言って話を始めた。
「上条勢力。君の周りの友人や知り合いは魔術社会ではその一員として見られているんだ。その上条勢力が魔術師集団のたったの一日で鎮圧させ、学園都市を救った。
 これが魔術社会では何を意味するのか、君にはわかるかい?」
「わからねえよ。別に魔術師を倒したぐらいじゃ、魔術社会に大きな影響なんてありはしないんだろ?」
「そうだね。学園都市を襲った"普通"の魔術師を倒した程度では魔術社会には大きな動きはない。
 ではもし"普通ではない"魔術師が学園都市を襲ったのだとしたら、どうなると思う?」
「普通じゃないって、どんな魔術師だよ」
「社会を動かすほどの存在の魔術師たちだよ。過去には神の右手というローマ正教の魔術師集団がいたんだけど、彼らほどの強い力を持ってはいなかったけどね」
 ステイルはタバコの煙を吐くと、タバコを燃やして背中を向けた。
「どんな理由であれ、君たちは社会に繋がる魔術師を倒してしまったんだ。あとは社会がそれをどう見るのかは、わかるだろう」
 社会を精通する魔術師の集団を倒してしまった、上条勢力の一員たち。学園都市では英雄として語られるかもしれないが、魔術社会からすればそれほどの力を持っている魔術師でさえも敵わないほどに上条勢力は危険な存在になっていた。
 社会は危険な存在を放置するほど優しいものではない。軍隊にしてもテロリストにしても、社会は力を持つものを放置することをもっとも恐れる。なぜなら放置した結果、力を持ったものたちが自分に何をしてくるのかわからず恐怖するからだ。だからどこにも属さない上条勢力がいつ自分たちに牙を向けるわからない状況を魔術社会では放置できない。
 ステイルは背を向けたまま、また一本のタバコを出して火をつけて口に咥える。
「君にはインデックスと言うパートナーがいる。しかし彼女は元々必要悪の教会のメンバーでもある。最大主教(アークビショップ)はそれを見逃すわけはない」
「インデックスは……どうなったんだ?」
「人質だよ。君を必要悪の教会に引き込むためのね」
 ステイルは忌々しそうに上条に告げると、タバコの煙を宙に漂わせながら歩き始めた。
「悪いが時間だ。次に会うのは四月二日。その日に彼女から全てが語られ君はイギリスに行くことになる。それでは上条当麻、明日一日を有意義に使うことだね」
 そしてステイルは上条の前から去っていったのだった。その背中を追うつもりは上条にはなかった。

 上条とステイルが去ってしばらくしたあと、白井は美琴たちの待つファミレスに戻ろうと思った。
 ここにいても上条は戻ってくるとは限らない。それに美琴たちと別れてそろそろ三十分が経過しようとしていた。ここまで時間がかかると、心配性の美琴ならば探しに来る可能性があった。それは今の白井にはデメリットでしかなかった。
 しかし白井は戻ることを躊躇った。それは自分の今の顔は、情けない表情になっているのが鏡を見なくともわかったから。
(情け、ないですわ。それでも白井黒子ですの)
 自分で自分を叱るも、効果はなく無駄な労力だけを使った。
 白井はどうすればと思いながら、砂のついてしまった膝を叩くと公園の出口に向かって歩く。
「おっ、白井。まだいたのか」
 その声に振り返ると、そこにはステイルと一緒に去って行った上条当麻の姿があった。
「上条、さん…!?」
 上条の顔の傷に気づくと、白井は上条に近づいた。
 唇は切れており、左頬は少しはれている。右頬にも殴られた跡があり、あの後何があったかが気になり、上条にどうしましたの!? と問いかけた。
「ちょっと、な。それよりもそんなに酷いか?」
「それよりも、じゃありません! そんなお顔でお姉様たちのところへ戻ったら、どんな心配をされるか」
「そっか……でもこればっかりは仕方ないからな」
 上条の顔の怪我は酷くはないが、顔であったため怪我は目立つ。しかもずっと一緒にいた美琴ならばその変化に一瞬で気づくだろう。
 白井はとりあえず怪我の手をしようと美琴に頼もうと思い携帯を取り出そうとしたが、その手は上条の手に掴まれ遮られた。
「美琴には言うするな。それよりも白井、少し遅くなるってことだけでいいから連絡してくれないか?」
「何を言っておりますの! 結局はばれてしまうのですよ?!」
「それでもだ。あいつを心配させたくないんだ…頼む、白井」
 上条は白井に深々と頭を下げて頼んだ。そこまでされてしまっては白井も断ろうにも断れず、なくなくわかりましたのと頷くしかなかった。
「それと悪いんだけど白井。どっかの薬局行って」
「わかっておりますわ。それよりもここで待っていてくださいですの。そんなお顔で歩かれては、色々と面倒ですので」
 そういって上条は悪いと言うと、さきほど座っていたベンチにもう一度座る。
 それを確認して白井は上条の視線を受けながら美琴の携帯に電話をかけると3コールで美琴は電話に出た。
『もしもし黒子? どうかしたの?』
「いえ、結構時間が経っておりましたので、心配させまいと思いまして電話しましたの。それでお姉様、もう少しだけお時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
『なんでアンタがそんなことを確認するのよ。私は別にアンタの親じゃないんだし、アイツと話すべきことがあるんでしょ?』
「………知って、おりましたの?」
 白井は美琴を過小評価していなかったが、ばれていたことには驚きを隠せなかった。
 いや冷静でなかったため、誰でも気づけることに気づけなかっただけなのかもしれない。白井は頭を振って混乱していた考えを打ち消して、美琴に言った。
「いえ、なんでもありませんの。それよりもあと十分かかるので申し訳ありませんが初春や佐天さんにもそのようにお伝えできないでしょうか?」
『ああ、それは任せて。それよりも早く戻ってらっしゃいよ。二人を待たせるのも悪いからね』
「了解しましたの。それではお姉様、愛しておりますの」
 そして電話を切ると上条と向き合った。
「これで満足ですの、上条さん」
「ああ。何から何まですまない、白井」
 上条は申し訳なさそうに謝ると、それが妙に腹立たしく思えた。
「何故ですの! 何故貴方はボロボロにならなければなりませんの!? 貴方はそんなお方ではないはずなのに」
「そんなんじゃねえよ」
 そういって上条はそっぽ向くと、苦しそうな表情を浮かべた。
 何かに耐えている表情を見せられ、白井はとても申し訳ないことをした後悔を思った。だがそれを見ていない上条は空を見ながら言った。
「俺は俺だよ。善人でも悪人でもない。だから怒ったり怒られたりする時だってあるんだよ。風紀委員のお前なら、俺の言いたいことはわかるだろう?」
 風紀委員の名前を出された白井は、上条の言うことに納得がいった。
(貴方もわたくしも………同じです、と言いたいのですね、上条さん)
 白井は何も言わなかった。何も言わずに上条の前から姿を消して、薬局へ向かった。
 上条も何も言わなかった。白井が消える前も消えた後も何も…何も…。


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