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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Equinox/Part18-2 - (2010/04/04 (日) 14:31:16) の編集履歴(バックアップ)




 上条がベッドに放り込むと美琴はそのまま眠りについた。
 何だかんだ言って一度は体力を使い果たし疲れ切っていたのだ。
 上条は美琴が寝入ったのを見計らって、パジャマ代わりのTシャツを脱いで夏服に着替えると、なるべく物音を立てないように慎重に歩き、靴を履いて部屋の外へ出た。
 彼女に会いに行こう、と上条は思った。
 自分が何かできるわけじゃない。わかってる、こんなのはお節介だ。
 お節介でも自分がやりたいことだから、上条は寝静まった夜の街を歩く。
 お嬢様の見かけとは裏腹にガッツのある少女は、きっとあそこにいるはずだ。


 白井は一人で河原に佇んでいた。
 この時間、川に架かる大きな鉄橋には人影も走り抜ける車の姿も見あたらない。
 星座はその位置を変え、日付も変わって、常盤台のお嬢様はもとより中学生が出歩いていい時間帯などではなかった。
 川べりに流れる六月深夜の空気はほのかに冷たく、白井の頬を刺す。
 空間移動を使えば空調の効いた自室に帰るのはたやすかった。
 一度は寮に戻って寮監の見回りをやり過ごしたけれど、思い出の詰まったあの部屋で、一人で沈んでいたくない。
 白井黒子は一人、美琴に立ち向かった河原に佇み、美琴と過ごした季節を思い出していた。
 二人が同室になって一ヶ月目の記念日。二人仲良く喰らった罰掃除だって笑って思い出せる。美琴からもらったウサギ柄のシャツは白井の大切な宝物だ。
 虚空爆破事件。美琴の矜持を改めて確認した事件だった。
 幻想猛獣戦。幻想御手を追いかけて負った傷が重く、露払いでありながら美琴のために満足に動けなかった。
 あすなろ園のボランティア。恋のキューピッドがうまく行かなかったのは残念だった。
 盛夏祭。写真を撮るのも忘れてバイオリンを奏でる美琴に見惚れていた。
 乱雑開放。狂乱の科学者。学園都市に潜む闇の片鱗に触れた。
 学芸都市。トビウオを迎え撃つために美琴のサポートに徹したあの日。
 結標淡希。美琴の何かを知っている女。空白の八月二一日につながる女。
 傷ついて、傷つけられて。
 ここまで二人三脚で歩いてきた。
 それなのに、二人の歩みを横からさらうようにあの少年が現れた。
 上条当麻。
 美琴を対等に扱い、美琴を認めて、そして美琴が認めた少年。
 最初から分かっていたのだ。あの少年が寮に現れた時に自らの口で全てを語っていたのだから。
 美琴だけが気がついていなかった。
 美琴が幼くて、なかなか自分の気持ちに気がつけなかっただけ。
 幼い故の真っ直ぐさを持ったあの少女を白井は愛して、少年も愛した。
 そして美琴は少年の手を取った。
 たったそれだけのお話だった。

「よう、白井。ここにいたんだな」
 白井黒子は自分に向かって不意にかけられた声に振り向くと、そこには上条当麻が立っていた。
「あなたは……カミジョーさん、でしたわね。完全下校時刻はとっくに過ぎてますのよ? こんなところで何をされてますの?」
 白井は頬を膨らませる。
 野暮な男だ。どうせ美琴から話を聞いて来たのだろう。
 上条は右手を挙げて軽く挨拶すると
「それはそっちだって同じだろ。こんな夜中に何やってんだよ、常盤台のお嬢様? 風紀委員だってこんな時間の活動は許されてないんじゃねーの? ……御坂から話を聞いてな。それでちっとお前と話してみたいと思ってよ。……今良いか?」
「乙女が物思いにふけってる時に声をかけて来るだなんて無粋な方ですのね。……良いですわ。独り言を呟くのにもそろそろ飽きてきましたし」
 どこまでも無粋な男だと思ったが、この少年と話すなら今を置いて他にないと白井は思う。
 彼は美琴を守るに値するのか、否か。
 上条は白井の警戒を解くように笑いかけながら
「御坂はうちで預かってる。疲れてるみたいだから部屋で寝かせてるけど、明日になったら寮に帰すよ」
「……わかりましたわ。それでは未成年略取、婦女監禁暴行……どの容疑で拘束されたいかご希望をどうぞ」
「ちっ、違う! 俺は監禁も何にもしてねえよ!」
 上条は両手をわたわたわたわたと振って即座に否定すると、頭をガリガリとかきながら
「俺が言って信じてもらえるかどうかは分からねえけど……アイツはまだ中学生だから……手を出すなんてそんなことは」
「……はぁ。お姉様の彼氏と言うからさぞかしスマートに扱ってらっしゃるのかと思ってましたけれども、これはとんだヘタレでしたわね。がっかりですの」
「ヘタレとがっかりのダブルでけなされてますよ俺……。常盤台中学のお嬢様ってのはどいつもこいつも口が悪いのか?」
 近頃の中学生は理解できない。
 これがいわゆる耳年増とでも言うのだろうかと上条がげんなりしていると
「もっとも、過ちを犯した事実が発覚した時点であなたをズタズタに」
「すんなよ! 俺たった今アイツに手なんか出してねえって言っただろ!?」
 上条の抗議を気にも止めず、白井は頬を膨らませたまま
「お姉様があなたを選ばれただなんて、正直今でも信じられませんの。お姉様と釣り合いの取れそうな殿方など学園都市にもそうそういませんけれども、少なくともあなたのような品性下劣な類人猿ではありませんわね」
「悪かったな、品性下劣な類人猿で」
 上条が一字一句を間違えず白井に返す。
 上条はふと遠い目をして
「俺だって正直、時々信じらんねーんだよ。御坂に好きって言われたことが。……、俺はそこまで御坂に思われるような奴じゃねえって」
「あらあらまぁまぁ、お姉様から告白させるだなんて……あなた本当にヘタレですのね」
「ヘタレヘタレってうるせえよ! ……否定はできねえけどな」
 白井の隣によっこらせ、と座り込んだ。
 白井もそれにつられるように座り込む。常盤台中学の生徒としてこんな地べたに腰を下ろすような教育は受けていないが、今は何となくそれが似つかわしく思えて、白井は上条の言葉に耳を傾ける。
「去年のいつ頃だったかな。アイツに呼び出されて、告白……されたんだよ。そん時俺はどうにも話が信じられなくて、何度もアイツに確認しちまった。アイツのことはそこまで嫌いじゃなかったから、友達のノリでついオッケーしちまって、その後アイツの思いと俺の考えのギャップで結構ぎくしゃくしてたかな」
「それでどうしてあなたは今でもお姉様と付き合ってらっしゃいますの?」
「アイツに口説き落とされた……っつーか、アイツの気持ちの根っこみたいなのを真っ直ぐぶつけられて、俺も誰かを好きになる気持ちがようやくわかったって言うかさ。お前だってそうだろ? アイツと一緒にいると気持ちが良いだろ? どこまでも真っ直ぐでスカッとするって言うか……そんな風に思われたら悪い気はしねえよ。気がついたら俺もアイツのそばにいたいって思うようになった。この気持ちはお前が御坂に向けていると同じじゃねーのかな」
 上条は照れくさそうに顔を歪めると
「ま、男と女じゃどうしても食い違うところはあるけどな」
 頭をポリポリとかいて、照れくさそうに笑った。
 白井は心の底からうんざりしたと言いたげな顔で
「……とんだ惚気をありがとうございますの。のしをつけてお返しいたしますわ」
 白井が垣間見た少年の横顔は、幸せそうだった。
 たった一人に与えられる愛を美琴はこの少年に振り向けて、そして少年は美琴が望むものを美琴に与えて。
 白井が望んで止まぬものをこの少年は手にしている。
 それでも白井は、少年をうらやむことはない。
 美琴が選んだことだから、美琴の意思を尊重して。
 選択の結末に、川の流れを見つめながら白井は淡く微笑んだ。

「なあ、白井」
 上条は言いにくそうに苦笑しながら
「御坂のこと、頼む」
 あまりにも突然で予想できなかった上条の言葉に、白井が顔を上げると
「俺は御坂美琴とその周りの世界を守るって約束してっけど、どんなに俺が走っても間に合わない事態がいつか来ると思う。だからその時は何の打算もない、純粋にアイツの事を好きでアイツのそばにいる、お前が御坂を守ってくれ。他にこんな事頼める奴はいねえから」

 誰もが心の奥底に眠らせる、大切なものはこの手で守るという夢。
 しかし、それがかなわない時、己の矜持を貫いて大切なものを傷つけるか、他者に託してでも守るか。
 一番大事な事を見失ってはならない。
 上条当麻がステイル=マグヌスにインデックスを託したように、
 海原光貴が上条当麻に約束を迫ったように。
 人は自分の大切なものを誰かに託してでも、心の中に走る痛みと引き替えに、大切なものを守る事を選ぶ場面がやってくる。
 大切なものを守れるのなら、手段はどうだって良い。
 夢だから守るのか、守るから夢なのかなどと言う事はどうだって良い。
 自分の手で守る、他人の手を借りるのはごめんだなどと言うのはつまらない意地の問題だ。
 遠距離の相手と話をするには電話を使えばいい。そこに精神感応(テレパス)など必要ない。
 空を飛びたければ飛行機があるのだから空力使い(エアロハンド)に風を送ってもらわずとも良い。
 AIM拡散力場についての詳しい解説が欲しければ躊躇せず美琴に尋ねるように。
 魔術や術式についての説明が欲しければためらうことなくインデックスに尋ねるように。
 大事なのは結果だ。手段ではない。
 時には彼女の隣の居心地良ささえ放棄して、
 上条当麻と白井黒子は、きっとその一点で共犯者になれる。
 あの気高く優しい、幼く純粋な少女を守るために、
 白井黒子は大切な何かを見誤るほど愚かな女ではない。

 白井は凛と澄んだ声で
「あなたにそんなことを言われなくても最初からそのつもりですの。お姉様の影を誰かに汚させなどしませんわ。お姉様の笑顔を曇らせるものはたとえ相手が誰であれ、わたくしは容赦しませんの。……殿方さん、それはあなたであっても例外はありませんのよ?」
 誇らしげに、高らかに告げる。
 頼まれたから守るのではない。守りたいから守るのだ。
 上条と白井は打算ではなく単純に、ただお互いの立場を利用するだけの共犯者。
「はは、そう言ってくれっと助かる」
 何一つ隠すことなく、素直に上条は笑う。
 ところで、と白井は一拍置いて
「『彼女の周りの世界』についてはどうされるおつもりですの?」
「もちろん俺が守る。けど、俺が間に合わない時はきっと……アイツが立ち上がるさ。知ってんだろ? アイツは俺よりもずっと強いから。ただ黙って守られてるような奴じゃないって事もな」
「そうですわね。腹立たしいくらいにお姉様は強くて、弱いですから……守りますわよ。お姉様を」
「ああ」
 上条は白井に右手を差し出し、白井は右手で上条の手を握る。
 上条当麻と白井黒子にとって、最初で最後の、共犯者の握手を交わして、
 上条と白井は同時に立ち上がり、それぞれの帰るべき場所を目指して、
 もうこれ以上何も語る必要などないと、それぞれに歩き始めた。

 太陽が昇る。
 梅雨もとっくに明けて、初夏と真夏の間に差し掛かる六月の朝は空気が澄んで心地良い。
 街路樹の根元に咲いた紫陽花も花がほとんど落ちかけている。
 通学ラッシュの時間を外しているので、早朝から通学路を利用しているのは原始的な陸上トレーニングに勤しむ運動部出身者くらいのものだ。ましてや学校とは逆方向に向かって歩く学生など、上条と美琴くらいしか見あたらない。
 上条は隣を歩く美琴に
「……、気分はどうだ? 落ち着いたか?」
「……うん、ありがと。アンタがいてくれて良かった」
 美琴は小さく頷いた。
 上条は美琴と二人で早朝の常盤台中学『学外』学生寮へ続く道を歩く。
 上条は右手で薄っぺらな学生鞄の取っ手を、左手で美琴の手を握っている。美琴を寮まで送ると自分の寮へ戻るのも中途半端な時間のため、少し早いがそのまま学校へ行くつもりだ。
 美琴は少しだけ表情を曇らせて
「ねぇ……黒子は何て言うかな」
「さあな……俺には分かんねえよ。でも、お前の知ってる白井なら……ほら、あそこにいるぜ?」
 鞄を持ったまま掲げる上条の指先を美琴が目で追うと、学生寮の玄関前には白井黒子が立っていた。
 彼女は美琴が帰ってくるのを朝早くから寮の前で待っていたのだ。
 上条が白井に向かって鞄を持った右手を振りながら
「おっすー、白井。御坂連れてきたんで、後はよろしくなー」
「殿方さん、朝早くから不良娘の連行ご苦労様ですの。常盤台中学の風紀委員としてご協力感謝申し上げますわ」
 白井は上条と美琴の二人に対し空間移動で一気に距離を詰めると『おはようございます』とお嬢様らしく礼儀正しいお辞儀で挨拶を返す。
「ちょ、黒子!? アンタいつの間にコイツと仲良くなったの?」
 昨夜の上条と白井の会話を知らない、ただ一人蚊帳の外の美琴は二人のやりとりに目を丸くする。
 白井はあきれ顔で美琴を見やって
「何の事ですの? こんな類人猿とわたくしが友誼を結ぶだなんて、いくらお姉様といえど聞き捨てなりませんの。……そうですわね、強いて言うならわたくしとその殿方は共犯者、ですわ」
「……きょう、はん、しゃ?」
 事情を知らない美琴が目をパチクリとさせた。
 白井はとってつけたようなお嬢様の麗しい微笑みと共に、美琴の左手を両手で包みこんで頬をすり寄せ
「さぁさぁお姉様、もうすぐ朝食のお時間ですからひとまずその乱れた御髪を整えませんといけませんわね。制服はクローゼットから急いで替えを用意いたしますの。もちろんお姉様は一歩も動く必要はありませんのよ? 上から下まで全て黒子が空間移動で取り替えて差し上げますからご安心を」
「アンタ昨日私に負けて色々あきらめたんじゃなかったの? 何で夕べよりパワーアップしてんのよ!? こら馬鹿止めろ離せ、どこに手を突っ込んでんだこの変態!! 変な妄想を膨らませんな!! 私の彼氏の前で私に変な事すんなあーっ!!」
「あら、何のことでしょう? 黒子はお姉様をあきらめたなどと一言も申し上げておりませんのに。むしろこれまで以上にお姉様に尽くして、お姉様を支えて差し上げる所存ですの。さぁお姉様、お急ぎくださいませ。寮監が騒ぎを聞きつけますわよ? それでは殿方さん、ごきげんよう」
 ブン! と羽音のような音色が響いたと思った瞬間、白井と美琴の姿が虚空に消えた。消える寸前、美琴が『ちょ、ちょっとアンタもそこで笑って見てないで何か言いなさいよ!? 自分の彼女が大変な場面なのに「じゃあ俺はこれで」って何スルーしてんだこらーっ!』とか何とか言ってたような気がしたが、きっと美琴は昨日の今日で白井の好意に甘えるのが照れくさかったのだろうと上条は考えて。
 一人、肩に担いだ薄っぺらな学生で六月の朝の空気を切って、歩き出す。
 白井(きょうはんしゃ)に後の面倒の全てを託して。

 上条当麻が御坂美琴の右手を取るなら、白井黒子は美琴の左手を取る。
 利き手より少し不器用な左手のために、白井は美琴の露払いとしてあり続ける。
 今日も、そして明日も。
 美琴にいちばん近い場所にいる後輩として、同室のパートナーとして。親友として。
 白井黒子は御坂美琴の隣にあり続ける。
 白井黒子と上条当麻は、御坂美琴を守る共犯者であり続ける。


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