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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/11スレ目ログ/11-399」(2010/07/19 (月) 14:07:18) の最新版変更点

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*心→こころ→ココロ→   → 1 #asciiart(){{{  消えた。  いや、消えたのでなく美琴の視力が失われただけだった。  原因は光。  暗闇に慣れていた美琴の瞳は突然の強烈な光に反応しきれず、まぶたをきつく閉じていた。  次の瞬間、まるで巨大な動物の鳴き声のように野太く、地鳴りするほどの大きな音。街中に響き渡っているだろうその音に、美琴はビクッ!! と肩を大きく振るわせる。  轟音の中、上条が何かを叫ぶがよく聞こえない。  やがて、美琴の体から発せられている微弱な電磁波が猛スピードで近づいてくる何かを察知し、美琴は己の生存本能がぶるりと大きく震え上がるのを感じた。 (あ……)  そう気付いた時には、もう――――。  ◆ ◆ ◆ ◆   ◆ ◆ ◆ ◆    財布をなくした。  ローマ正教徒による反科学デモが発生し、これを鎮めるためフランスへと向かった十月八日。どうもその時に落としたっぽい。日本に帰ってからない事に気が付いた。  その旨を友人・土御門元春に伝え支援を要請するも『金は舞夏に使った。お前の分はない』的な返事をいただいてしまいあっけなく失敗。彼に飛行機からポイ捨てされたとある不幸な少年・上条当麻としては和解(暴力)という手段で事無きを得ようとしたのだがないものは仕方がなかった。まぁそっちの意見もあったのだが『人助けした見返りに金を要求するわけかにゃー。カミやんも安くなったんだね』に似た台詞を言われるような気もしていたのでそれはそれで癪だった事もあり、上条は割りとすんなり土御門からの支援を諦めた。  しかし、それで腹の音が止まるわけではない(主に銀髪少女の)。  よって貧乏学生・上条当麻は担任の教師である月詠小萌に紹介してもらった第十八学区のコンビニでレジ打ちをしている。  彼はそっと一言。 「……不幸っつうか、疲れたなぁ……」  まぁ、それも二十一時までの辛抱だ。  今日上条は十三時から二十一時に渡り、このコンビニで働く事になっている。あと四十五分で彼は八時間働いた事になり、七千円程の金額を特別に現金で貰える約束になっていた。  面接なしで、しかも突然の申し込みにこの待遇。  今日限りの日雇いなのが痛いところだが、小萌先生様様だ。 (と、いけねいけね、二十時になったらスウィーツコーナーの入れ替えだったな。自分からやるっつといてやんなかったら格好つかねーよ)  ここには上条の他に、レジ打ちが下手っぴな彼の補佐役として女子大生の清水飛鳥という女性がいる。  彼女は肩につく程度の黒い髪をポニーテールにしており、胸がでかく、背は上条と同じくらい、こういう言い方は失礼だが手短に言えばどこぞのエロ女教皇をグレードダウンしたような感じの女性だ。しかし、グレートダウンといっても軽く平均以上の容姿。大学ではさぞチヤホヤされている事だろう。  正直な話、その女教皇・神崎火織のような聖人的美しさを持つ女性より、自分でも頑張ればギリギリ届くくらいの、柔らかいイメージを持つ清水に内心ドッキドキの上条である。  上条は、お客がいないのにニコニコ笑っている彼女に言う。 「えーっと、清水さん? 俺スウィーツ入れ替えてくるんでレジお願いします」 「あ。よろしくね上条君。私あんまり力仕事得意じゃないからさ、ホント助かるよ。ありがとう」  と、このように性格面でも何の問題もない人だ。なんで神様(バカ)は俺の日常にこういう人を配置してくれんのかー、と上条は内心ぼやくが表情には一切出さず、 「いえ、俺の自己満足ですから。それにレジ打ちが怖いからこっちにしただけですよ。んじゃ、レジの方お願いします」  そう言い残し、倉庫に向かう。 (まともに暮らしてりゃこうして真人間と出会うのになぁ……レア過ぎんだろ俺の周りの連中。居候のクセして何もしないエセシスターとか出会い頭10億ボルトの電撃撃ってくる中学生とか何の躊躇もなく友人を上空からポイ捨……、だめだ、あいつの事は考えるなクソが)  土御門への、そこはたとない憎しみを抑えつつ。  彼はすぅっと深呼吸し、 (むしろ今までの俺の友人関係がおかしかったんだよな。これは甘やかしてしまう俺自身にも責任がある。これからはインデックスにだって風呂掃除くらいさせるし、御坂がビリビリしてくるなら普通に怒るし、土御門が俺の事をまたポイ捨てしやがったら普通に絶交してやろう。というかアイツは俺の事友達と思ってんのかね……力消す道具みたいに使われてる気がしなくもない……)  怒り六割、友情四割の複雑な心境である上条は『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアを押し、部屋に入った。そのあと部屋の電気をつけスウィーツのある所に向かうと、 「おいしょっと」  高さ八十センチほどずつに荷物を運び出す。 (やっぱレジでピコピコボタン押してるよりこういう事してた方が働いてる感がありますなぁ)  トン、と見た目の割には軽い荷物をスウィーツコーナーの前に置いていき、彼は入れ替え作業に取り掛かった。  上条は捨てられる運命にある商品を手に取り、 (これとかまだ食えんじゃねーか? もったいねぇ)  アフリカとか貧困地域に送りゃ世界は平和になるだろうに、なんて適当な事を考える。  しかし、多くのコンビニ製品は『うまくて長く保存できる商品作り』のスローガンの下、PH調整剤、酸化防止剤、ソルビン酸ははじめとした人体に有害な化学薬品を大量に使用している。そのためそれを実行に移すと今度は健康被害が発生する恐れがあるため、未だ実現には至っていない。  それに加え、ここは学園都市だ。学園都市は能力開発の街であると共に、一つの『実験都市』でもある。  無数に存在する研究所や大学などで作られた商品の実施テストとしてあらゆる分野での実験品が街に溢れている。今上条が手にしているスウィーツも得体の知れない不気味な食べ物なわけであり……、 「……ぷ、プリンブリ弁……」  弁当のコーナーに配置するかスウィーツのコーナーに配置するか企業側も議論してそうな、一応スウィーツ。十回連続で言ってみると何だか不思議な気持ちになると、巷ではもっぱら話題の種である。  具体的に見た目を言ってみると。上から鰤、プリン、米の悪夢の三構造。黄色と茶色と、鰤の血で染まった赤色でおええええ。  これを見ればわかるように、学園都市は最も食料輸出をしてはならない街の一つと言えるだろう。 (つうか世界平和なんかよりもまずは自分の身の安全確保だな。インデックスになんか買っておいてやるか)  流石に実験品ばかりでは学生の反感も買うので多少は普通の商品も存在する。もっとも上条は、薬品がどうのこうのと言われても『そんな事言ってたら何にも買えねえだろーが馬鹿野郎』的な考えを貫いているので見た目と味が普通なら基本的に何でもいいのだが。  よって上条は、薬品がなんたらかんから~は一切考慮せず、善意一〇〇パーセントで居候少女の事を考えながら至って普通のスウィーツを手に取り、眉間にしわを寄せる。 (うーん、確かこの前クリームとチョコのミックスケーキ買ってやったらえらく気に入ってたな。でも腹もすかせてるはずだし……うーん)  最近甘い物に目覚めたらしい居候少女・インデックスは、上条がバイトに出る時には飢死寸前だったのでここは質よりも量かなぁと隣のコーナーにあるポップコーンを眺めながら、 (アイツも年頃だろうし、普通の女の子らしく甘い物とか食べたいんだろうな。ここは少し奮発して質アンド量の道を行ってみるか?)  そう思うものの、上条さん家のお財布事情はとっても深刻だ。  貰える代金を七千円とすると、今月は一日あたり百五十円から二百円の生活を送る事になる。  うわー一日ペットボトル一本分の金しかねーのかよどうしよーこれと上条が銀髪少女のお土産を諦めようとした時、 (あ、売れ残ったやつ貰っていけばいいか)  賞味期限までまだ多少の猶予のある商品をテイクアウトすることにした。  そんなこんなで居候少女の事を考えながら作業をしているといつの間にか二十五分が経過しており、 「上条君、入れ替え終わったー? そしたら悪いんだけどおにぎりの入れ替えもやってくれない? オーナーに秘密で売れ残り持って帰っていいからさ」  元々その気だった上条は入れ替えをしないとスウィーツをお持ち帰りできなさそうだったのでスウィーツの方は程々にしておき、 「は、はーい、分かりました!」  再び倉庫に向かう。  とその時、ピコンピコン♪ と客の出入りを感知する音が聞こえ、 「いらっしゃいませー!」  続いてレジに立っている清水の、元気よく客を招く声が店中に響き渡った。  なんか最後の最後で働く楽しさが分かってきたなと上条は倉庫側に向けている己の体をくるりと反転させて清水に負けじと一際大きな声で、 「いらっしゃ―――、」  自然、口が止まった。  課題である論文の期限は明日までで、残り三十枚の原稿用紙。  そんな時に限ってシャーペンの芯が切れた。  ちょうどモヤモヤしていたところだったので、気分転換の意味も込みで芯が売ってそうな所を虱潰しに回っているのだが、 (……ここもない、か) 『目当て』のシャーペンの芯はどこにも売っていない。  常盤台の冬服である、ベージュ色のブレザーに紺系チェック柄のプリッツスカートを穿いている御坂美琴はあーっ! と頭を掻いた。 (気分転換に外に出てるのになんでこんなイライラしないといけないわけ? 本末転倒じゃない。論文もそろそろやり始めないとやばいのに……)  一昨日出されたその論文は、十月末にある中間テストが『見えない戦争』によって中止となり、二学期の成績が次の期末テスト一発で判断するのは生徒にとって少々酷だろうと学校側が配慮したために出されたものである。どうやら二学期の成績は論文三割、期末テスト七割の比重で評価されるらしく、これをやっておかなければ後が結構面倒な事になる(らしい)。  が、彼女の頭を悩ましている主な原因はそちらではない。  それ以外の、ある『事柄』が原因である。  その『事柄』とは、ツンツン頭の少年・上条当麻に関する事。  それは、どれだけ考えても解決しない。どれだけ時間が経とうと解決しない。まるで答えのない答えを解けと言われたように、いつまでもいつまでも思考は空転を続けるばかりだった。  ある事柄―――すなわち記憶喪失。 (あー、体まで疲れてきた……もー、あの馬鹿……)  美琴は迫るタイムリミットを気にしながらも、頭の中は彼の事でいっぱいで、 (……多分、妹達の時は大丈夫だった。いや、もしかしたらあの時に? でもお見舞いの時には特に違和感なかったし……)  一体いつからなのか。具体的にどれほど深刻なものなのか。体には異常はないのか。脳の方は大丈夫なのか。治る見込みはあるのか。辛くはないのか。怖くはないのか。  第一、何故相談してくれなかったのか。もちろん、記憶喪失なら誰を信じて誰に相談していいかは難しいことだと思う。しかし問題はそれだけではなく、上条当麻本人は美琴にも周りの者にも記憶喪失の事を隠しておきたいと思っているらしいのだ。  ……友人として、ここは気付いていない振りをするべきなのか。反対に、強引にでも聞き出し、無理やり相談に乗る―――という方法は、やはり、この場合相手の心を傷つける可能性もある。 (私がどうこう考えてどうにかなるってもんじゃないのは分かってんだけど……でもアイツは命の恩人だし、『あの子達』も救ってくれた。だから……)  どうにかしてあげたいと思う。  しかし、どう出るべきか。  どうにかなるものなのか。   それ以前に、どうにかしてあげるべきなのか。先日、電話越しに聞いた上条の声は、割と普通だった(やたら騒音がひどかったが)ような気がする。もしかしたら記憶喪失はもう克服しているのかもしれない。それを考慮すると、いまさら過去の事を穿り返すのもどうかと思う。  何度も何度も悩む。それでも答えはやっぱり出てこない。  たく、こっちは課題が迫っててそれどころじゃないのにあの野郎と、美琴は呟きながらコンビニの時計をちらっと確認した。そのあと店の自動ドアをくぐり外に出る。  二十時三十分だった。  常盤台中学の門限(ルール)は秋の間十八時までなので、本来この時間に街をブラブラしてはいけない。  それに先もちらっと述べたように、現在、学園都市は『見えない戦争中』である。  九月三十日。  美琴が件の少年・上条当麻と携帯電話のペア契約をしに行ったその日、その元凶となったあの事件は起こった。  学園都市のゲートが破壊され、街全体の住人が学生と言わず職員と言わず片っ端から攻撃され、治安維持組織である風紀委員や警備員の機能を完全に停止され、半径百メートルにわたって街並みがクレーター状に破壊された、あの事件。  その一件以来、多くの学校が門限を早めたり夜歩きを禁止したりするなどして対策をとっている。  普段からその手の事にうるさい常盤台も、より一層門限の時刻を早めた。が、ダメ元で『必要な物を買いに行きますので、何とぞお許しを給われたく』と紙に書いて提出してみたところ、意外にもあっさり『通ってよし』と言われた。  拘束しすぎるのも後々厄介な事を招く、などとでも予想したのだろう(特に美琴の場合は)。学園都市の警備システムが目に見えて厳しくなっている今だからこそ、多少のわがままにも目を瞑ってくれたのかもしれない。  次のコンビニに足を運ぶ。 (えーっとあとは……少し遠くなるけどあそこか。せっかくここまで来たんだからもうちょっとだけ探してみよ)  この辺りのコンビニには一通り足を運んだのだが結果は全滅。こうなると、あとは少し離れた所にまで行くしかない。  芯自体はどこにでも売ってある。しかし『目当ての』シャー芯を手に入れる事が美琴の目的であり、妥協して他のシャー芯を買うなどモヤモヤ(そして微妙にイライラ)している彼女には言語道断なのである。  確かに芯自体も欲しいところではあるのだが、美琴の第一の狙いはそちらではない。 「……待ってなさい。達筆ゲコ太ストラップ……」  十月の末までにあるメーカーのシャー芯を買うと、もれなくおまけとして付いてくるキャラクターストラップである。  それが欲しいので、ちょうど芯も切れた事だし気分転換に買いに行こう、と軽い気持ちで出かけて早2時間。  ない。  明日販売されるから早い所はもう売ってるはずなんだけど……、とフライング精神満々の美琴。しかし、『気分転換』と目標を掲げている以上、ターゲットが手に入らなかったら余計にイラつく羽目になるのは目に見えている。そんな気分で三十枚もの論文を書こうものなら胃に穴が開く思いをする事になりそうだ。なのでやめようにもなかなかやめどころが掴めない。  そもそも、こんな時に限って戦争なのが全て悪い。街の方針に左右される一学生としては本当にいい迷惑だと思う。  そんなこんなであの馬鹿が記憶喪失なのと論文のタイムリミットが迫っているのと目当てのシャー芯(というかストラップ)が売ってないのとの三重攻撃に、美琴はグシャー!! と思い切り髪を掻き毟り、 (だぁーっ!! つうか私は『湯上り』ゲコ太ストラップのポイントを貯めに行きたいのにィーッ!! ……まだニつしか溜まってないし。こういうときに限って問題が山のようにあるのよねぇ……。課題の方はまだどうにかなるけど……)  ゆっくりあの少年の事を思い浮かべ、 (……考えてもどうにもなんないのよね。一番有力なのが学習装置(テスタメント)だけど元の記憶(データ)がないと話になんないし、どこで手に入れるかもよく分かんないし……)  まぁ仮にその両方をクリアしたとしても、『カミジョーです、とトウマは間髪いれずに答えてみました』なんて事になる可能性も考えられるので、それはそれで怖い。  そっちの案は考えるべきではない。  本当にあの少年の事を思うなら、まず第一に、彼自身に負担をかけてはならないと美琴は考える。得体の知れない方法―――この場合脳に記憶(データ)を強制入力(インストール)するなんて手段はあまり好ましくない。  ゆえに御坂美琴が出来ることは。 (アイツが記憶喪失だろうとなかろうと私が変に距離を置いたらになるかもしれない。……私にできる事はいつも通りに接してあげて影からそれとなくカバーする事よね)  それはどこか寂しいことではあるけれど、  心地のいい風が夜の街に吹きすさむ。  美琴は季節の違いを肌で感じ、目を細めた。  とりあえず今は気分をリフレッシュする事に専念しよう。そうする事で何か新しい案が浮かぶかもしれない。  僅かに暖かい向かい風を髪になびかせ、美琴は前に進んだ。  というわけでやってきたのは御坂美琴だった。 「あ、アンタ!? こんな所で何してしんのよ!?」  早くも戦闘体勢の美琴が何故か顔を真っ赤にし、必殺の間合いを取るためか一歩二歩と後ろへ下がった。  一方、片頬をピクピクさせている上条の脳裏に浮かんでいるのは、 (……、不幸指数五十。何となく嫌な予感がする)  以前のバイトの事である。  以前のバイト、とは上条がとある理由でファミレスのバイトをしていた時の事だ。  とある理由。  上条当麻はとっても不幸な人間であり……――まぁ手っ取り早くいうと今回と同じく財布を紛失してしまったためである。ちなみにその時のバイトは開始二時間でクビにされた。  その原因を作ったのが今目の前にいる、御坂美琴。  色々あって上条は、美琴にコーラやオレンジジュースなどを思い切りぶっ掛けてしまい、それで『問答無用よ! 表に出なさい!!』とブチギレた彼女に大暴れされた。怒りの舞台(リング)となった店の駐車場はズタボロになり、上条はクビにされ、駐車場の修繕費を彼が払う事になった―――と経過こんな感じであり、  そして、この状況。  ……色々似通っているものを感じる。  上条は一度美琴の顔を見て、それからATMやレジなど金銭関係の機械を見た。こうして見てみるとここはただのコンビニなのに、どこかの美術館のように思えてくるから不思議だ。絶対に壊してはいけないという観点でなんとなく。  それから上条はもう一度美琴の顔を見て、真剣な顔でこう言う。 「よし、閉店だ」 「ここ二十四時間営業のコンビニだけど!? つーかなんで私の顔見た瞬間閉店なのよ!? 私この店のブラックリストかなんかに載ってるの!?」  ここまではおかしいトコないはずなのにィー! と訳の分からない事を美琴は叫ぶが上条はそっとしておく。  どうやら美琴は帰ってくれなさそうなので彼はプランを変更し、 「て、て言うのは冗談で、い、いらっしゃいませー」  何事も穏便に、だ。よくよく考えてみると美琴がすぐに電撃を出すのにも問題はあるが、上条が美琴の神経を逆撫でしてしまうのにも色々問題があるのだ。  失敗は成功の糧として生かさねば、ただの失敗のまま。  ここは紳士になろうあと十五分だふざけんじゃねーぞ俺は金が欲しいんだグォラと上条は、 「い、言っとくが電撃は勘弁な。ここコンビニだし、壊れるとまずい機械とかもあるからさ。それで、何しに来たわけ?」 「ったく………………………………シャー芯買いに来ただけよ」  しばしの間を開け美琴。 「上条君、この子知り合い? 常盤台の人みたいだけど……」  美琴の着ている制服を見て、不思議に思ったらしい清水が上条に聞いてきた。  常盤台の生徒は、概して、お嬢様のイメージがかなり強く、しかも女子校のため男との接点などあるわけがないと思っている者も少なくない。  さらにマニアックな考えを持つ者の中には、常盤台をいわゆる百合学園だと思っている者もおり、ぶっちゃけた話が実際そんな感じの学校なのである。現に美琴の事を『お姉様』と呼ぶ者もいるくらいだ(いつも時代の趣向なのかはさておき)。  上条は清水の反応にそんな憶測を立てながらも、特に気にせずに言う。 「ええまぁ。気を付けてくださいよ。コイツ怒らせると電撃してくるんで」  と、レジの前で話していると彼らの後ろにいる客がそれとなく会計を促し、 「あ、すみません。こちらどうぞー」  清水がそれに対応する。そうなるとレジ番を彼女に任せている上条としては、仕事に戻らないと何となくまずいかなと思い、 「んじゃ俺も仕事に戻るわ。何か困った事があったら言ってくれ」  美琴に一礼して、持ち場に戻る。  入れ替えはまだまだ始まったばかりだ。  この十五分は超慎重に作業をしよう。  そう上条が硬く硬く決意すると、 「……、」 「ん? どうしたよ、黙ってついてきて。シャー芯なら……確か隣の列にあったと思うぞ?」  振り返ると美琴が物凄く何かを言いたそうな顔でこちらを見つめていた。僅かに眉間にシワを寄せ、両手がお腹の前で組まれている。  何かを心配している顔だった。  同時に、何かを恐れている。  上条は『?』と、少し黙った。  やがて、美琴はゆっくりと口を開き、言う。 「……あのさ、相談したいというか……相談されたいというか……その」 「?」 「あ、アンタの……」  しかし、それを遮るようにしてレジにいる清水が上条の名を呼び、 「悪いんだけどそこの棚に『大感謝祭! 十七日までおにぎり全品百円!』って紙に書いて張っといてくれなーい? ちょっと手が離せそうにないからー」  いつの前にかできていた客の列に『あの子日雇いなんでレジ打ちあまりできないんですー。その代わり私が頑張りますので』と言いながら慣れた動きで捌いていった。 「はーい、分かりました! 悪いな御坂。これでもバイト中の身なんで先輩の命令は絶対だからさ」  上条は一旦事務室に紙とマッキーを取りに行く。  三十秒ほどで彼が戻ると、 「……それ私が書く。アンタの書く字じゃ縁起が悪いからここの売れ行きが下がるだけよ。アンタは元々やるはずだった仕事でもやってなさい」 「え、マジ? んー……、それじゃ頼もうかな。お礼にシャー芯は俺が買ってやるよ」  上条はマッキーと紙を美琴に渡し、美琴は上条に渡された紙を壁に押し当てサラサラと文字を書いていった。  そんなこんなで、何故かギクシャクしながらの(美琴が妙にやさしい)十五分後。 「ふぅー、やっと終わったぁ。働くっていうのも終わってみれば結構いいもんに感じるなー。悪ぃな、品代えまで手伝ってもらっちゃって」 「別にいいわよ。少しの間だけど私も働く楽しみが分かったような気がするし」  普通にいい人っぽい美琴に何だか寒気を感じたりする上条だが、ここは素直に感謝しておく。 「それじゃあ最後に紙張っつけて終わりにするか。あれどこやった?」  上条が少しキョロキョロすると、美琴は近くの棚の上から紙をすっと取り出し、 「ここにあるけど……、貼りつける物がないわよアンタ。セロハンテープ持ってきて」 「おう。じゃあついでに着替えてくるから少し待っててくれ。一分で済ませてくるから」 「お疲れ様、上条君。お給料はオーナーがくれるから忘れずに受け取っておいてね」 「うーす、一日ありがとうございました。先に失礼しますー」  そう言って上条は事務室へ行った。  宣言通り一分で戻った上条は『大感謝祭! 十七日までおにぎり全品百円!』と美琴に書かれた紙を見て、 「しっかしお前……女子中学生なのにやたら渋い字書くんだな」  女子中学生といえば丸くなったハムスターのような字を書くイメージがある上条は、縦は太めに横は細め、全体的に右上がりで、大感謝祭の『大』の最後のはらいがすばらしいほどシュパッッ!! となっている美琴の字にうわぁー達筆ぅ何この子と少し呆れる。  上条はセロハンテープをビビビと引っ張りながら言う。 「これでお前が丸っこい字書いたら相当面白いのに。気が強くて負けず嫌いだけど、実はとっても女の子らしくてノートにはウサたんの落書きがたくさん書いてあります」  勝手に変な設定つけんな!! と叫んだ一方の美琴は、意外なことに自分の字を指摘されると恥ずかしがるタイプだったらしく少し頬を染め、 「こ、こういう場では丸っこい字より達筆の方が目を引くでしょーが。宣伝よ宣伝。それとノートに落書きなんて書いてないっつーの。……っていうかこれに似た流れが前にもあったような気がするんだけど」 「そうだっけ? よく覚えてないけど」 「……、」  黙る美琴を置いて上条は、 「と、雑談はこれくらいにしておいて。入れ替えも手伝ってもらったし、シャー芯とは別に何か買ってやるよ」  言いつつ、美琴が書いた宣伝紙を指定された場所に貼り終わった。 「……別に奢る必要なんかないわよ? 値段もそんな大した事ないし」 「いやいや、あんなに手伝わせといて何のお礼も返しないっていうのはこっちの気が済まないからさ。大したもんじゃないけど受け取っといてくれ」  願わくば『いい事をすればそれに見合った感謝をされますよ』的な事実を餌に、美琴にはずっと良い人でいて欲しいと上条は思う。  10億ボルトの電撃を上条にぶっ放すのが日課(上条視点)の美琴は、複雑そうな顔をして、 「……。なるべく安く済ませるわ。生活苦しそうだし」 「おう、まずシャー芯な。文房具はこっちだ」    美琴はシャーペンを一つ手にとって、詰まらそうにこう言った。 「やっぱないか……。じゃあさ、芯買わなくていいから浮いたお金でこのシャーペン買って。これなら三百円で済むしアンタのスカスカの財布にも優しいと思うわよ」  ゲコ太があったら即ゲットだったのになぁ、と何か言っているような気がするがそれを追求すると不幸な目に遭う予感がするのであえて聞かないでおく上条。触らぬ神に祟りなしだ。 「どれどれ」  上条は美琴からすいっとシャーペンを取って表裏をくるくると反転させ、 (ほっ、良かった。普通のか)  まぁ普通のコンビニだしそりゃそうか、と安堵した。  美琴が手に取っていたシャーペンは学園都市で有名な、シャーペンを振るだけで芯が出てくるオーソドックスなものだ。全八色の商品が販売されており、上条も青いのを持っている。美琴が選んだのは黄緑の物だった。 「お前お嬢様なのにこれ使うんだ。てっきり黒曜石でできた万年筆みたいの使ってるイメージありましたけど」  そんな感じのを買わされると思ってましたと心の中で呟く。 「んなもん使うのホント一握りよ。うちの学校で変に高級な物使うのって逆に勇気がいるし。そういうのは根っからの箱入り娘か、お嬢様を気取った奴らが大半ね」  ふーん、そんなもんでございますかーと上条は棚に添えられている値札を見て、 「二百九十八円か。……良心的な値段だな。つうかさっきから言おうと思っていたんだが今日のお前やけにいい人じゃね? いつもより比較的大人しいし、仕事手伝ってくれるし。やっとお前も反抗期抜けたのそうですよね御坂美琴様はいつも大人びてますから電撃はマジで勘弁してくれーっ!!」  反抗期、というキーワードを言った瞬間、美琴のこめかみからバチッ! と電力が発せられ本気で焦る上条。美琴の方は脅しのつもりで力を使ったらしいが、それでも怖いものは怖い。……弁証的な意味で。  しばらく美琴は言葉を選ぶようにしてじっと黙り込み、やがて言う。 「…ぁ…………アンタね、この美琴先生がわ・ざ・わ・ざ手伝ってあげたのにその物言いはないんじゃない? ほら、早く買ってよ。私は迫り来る論文のせいであんまり時間がないんだから」  お前宿題あんのか? とツッコミを入れたいところではあるが、上条は「は、はい!」とびくびくしながら頷き、バイトのおかげで多少潤った財布をポケットから出しつつレジに向かう。  と、レジ番をしている清水と目が合って、 (気まずっ)  後輩である自分が、先輩である清水より先に仕事を終え、しかもその先輩に自分が買う物の会計をやらせる事に上条は強い抵抗を感じた。  清水はそんな彼の心情を察してかニコッと笑い、可愛らしいエクボを見せた。 「また財布なくしちゃったらバイトしに来てね。私力仕事苦手だから。ほら、それ出して」ちょっとドキッとする清水の発言に上条は「あ、はい。なんか色々すみません」と黄緑のシャーペンを差し出す。清水は受け取ったシャーペンをゆっくり読み取り機に当てながら、 「上条君、良かったらメアド交換しない?」 「え? あーっと、すみません。俺携帯壊れちゃったんですよ。持ってたら喜んでしますけど……」 「あ……、そうなんだ、残念。上条君面白いからぜひゲットしておきたかったのになぁ」 「面白いって……そんな要素ありましたか? わたくし上条当麻はバイトがダルくてぐーたらしていただけだと思うのですが」 「何言ってんの上条君。確か十五時くらいだったかな? 黒い長髪の子の胸鷲掴みしてたじゃん。あーいうの」 「ふごっ!? あ、あれはただの事故ですよ! か、上条さんは公衆の面前で婦女子を辱めるほど腐ってはおりませんッ!」 「ふっふっふっ、それはどうかな勇者よ」「え」いきなり口調が変わった清水は不敵な笑みを顔に張り付かせ、「人の心には必ず闇が存在する。世界はそう―――、人間という名の暗黒に包まれているのだ」え、え? どうしたのこの人。清水も清水で自分の言っている事に羞恥を感じてきたのか、やがて顔を真っ赤に染める。が、ここで引き返すのは余計に恥ずかしいと判断したらしく、少しひよった後さらに続け、「わ、我と共にもう一時間働かぬか。見返りとして密かに溜め込んでいたポテトチップスを半分貴様にくれてやろう」「とんでもなく似合わない台詞言いやがりますね」上条は思わずツッコミを入れた。しかしこのまま一人で突っ走らせるのも心が痛むので「えー、お、俺が魔王の軍門に下れば町の皆は救われる……しかし、本当にそれでいいのかー(棒)。俺にもっと力があればー(棒)」演技が下手糞な上条にはこれが限界だ。まぁカバーはこれくらいでいいだろうと彼は清水の話を一度冷静に考えてみて「でもいい提案ではありますねポテチ。うーん」 「…………今なら我自身もセットでくれてやろう」 「魔王どうしたんすかっ!? 戦う前からいきなり屈服宣言!?」  さっきからどうしたんですか清水さんあなたは真人間ですよねお願いだから!! と上条。  やってしまった、みたいな顔をしている清水は上品な雰囲気をぶち壊しにしつつも、 「い、いや、冗談。……誤解しないように言っておくけどいつもはこんなキャラじゃないからホント。ゲームとかやった事ないし……。疲れて修学旅行の夜の時みたいなテンションになってる、っていう感じかなこれは」 「……、」  記憶喪失で修学旅行の思い出がない上条からしたら、それは妙に重い台詞だったりする。  とある魔術師・闇咲逢魔と街の外に行った時みたいな感じなのだろうかと、上条は恐ろしく悲しい推測を立てながら、 「さっきの発言は色々アブナいと思うのですが。俺が高一だからっていくらなんでも舐め過ぎですよ」 「そ、そうだよね、ごめん上条君」 「あ、いやいや、だ、大丈夫ですよ。何も謝らなくても……」  どうにも、調子が狂う。  真面目な人だと思っていた清水がいきなり訳の分からない事を言い出すかと思えば、急ブレーキをかけたかのように真面目に戻ったり。あたふたしている彼女を見て、どうしたんだろうと思いながら上条は、 (……眼福眼福)  面白くない。  上条はある程度まで覚えているようだった。しかし、どうにも情報の内容が薄い。第三者から『上条当麻の人間関係』を記したデータとかを受け取っていると仮定したら、それで成立してしまうような事だけしか口にしていなかった。  だが、別にそれが面白くないわけではない。  ギクシャクした空気。目の前の光景。  この馬鹿が記憶喪失――らしいせいで色々な事が頭の中で駆け巡るし、課題は徹夜しないと終わりそうにないし、なんか変に気を遣ってしまうし、ゲコ太はないし。  そして何より。一番面白くないのは、 (……そんな女に顔赤くしてんじゃないわよ、バカ……)  楽しそうにしゃべっている上条とポニテ女を見ながら、美琴はそう思った。  いつもならここで(上条に)電撃でもしている所だろうが、一応さっきの今もある。美琴は、上条が頬を染めた事によって発生した怒りを何とか押さえ込んだ。 (……、)  そこにあるのは、漠然とした苛立ちと焦燥感。 「それでどうする? もう一時間、……どうかな?」 「んー、ポテチですか。こういう言い方はアレですけど普通に働いていたほうが儲かるような……」 「三十袋くらい溜め込んでるから十五袋くらいの見返り」 「アンタ真面目そうに見えて割と悪いことしてんだなおい!」  まだ、まだまだしゃべっている。  ものすごく置いてけぼりにされた気分だった。  何だか寂しくなってきた美琴は上条に言う。 「ね、ねえ? ま、まだ? 論文やばいんだけど……」  ん? と上条は視線をわずかに美琴に逸らして、 「あぁ、もうちっと待ってくれ。もう少しだから」  それだけ言うと、また清水とかいう女と雑談を再開してしまった。  ……面白くない。美琴は思わずムスッとしてしまう。  会話をしている彼らからプイッと顔をそむけると無糖の缶コーヒーが一個だけぽつんと寂しそうに売れ残っていた。  それが今の自分のように見えて、 (……顔、赤くしないでよ……バカ)  ものすごくどよどよしたものが心の中に充満した。上条当麻を他の女に知られる事がとてつもなく、嫌だ。  記憶喪失。  その単語が、今まで多少は築き上げてきたこの少年との信頼関係を脆いものに感じさせる。『新しい』上条当麻の心は、既に別の誰かが在り所にしているようで。そこに自分が入り込める場所はもうなくなっているようで。  美琴は下唇を噛む。 「そう言えばさっき着替えてるところ見ちゃったんだけど、上条君結構ムキムキだったね」 「何勝手に見てやがるんですかっ!? わたくし上条当麻は裸を見られることには耐性がな――――」  上条の声が、コンクリートの壁を隔てているように雲って聞こえる。 (……私はこの馬鹿のことなんか何とも思ってない。それにコイツも私のこと、何とも思ってない……。ならそれでいいじゃない。そのままを受け止めてよ私の心。何とも思ってないんならこんな苦しみ、味わう必要なんて……、ないんだから……)  今すぐここから逃げ出したい気持ちとこの少年の手を引いてどこかに、どこまでも行きたい気持ち。  心の中は矛盾だらけだった。  どうにかしたいと思うけれど、今は関わりたくない。  関わりたくないけど、関わって欲しい。  そんな、矛盾。 (……帰ろ)  とりあえず、上条が元気であった事を確認できただけで今はよしとしよう。  美琴は吹っ切れたように一瞬笑うと、 「……じゃあ私帰るわ。今日のは貸し一個だからね」  いつも通りを意識した一言。美琴はそう告げて外へ出る。 「っておい御坂?」 }}} #back(hr,left,text=Back)
*心→こころ→ココロ→   → 1 #asciiart(){{{  消えた。  いや、消えたのでなく美琴の視力が失われただけだった。  原因は光。  暗闇に慣れていた美琴の瞳は突然の強烈な光に反応しきれず、まぶたをきつく閉じていた。  次の瞬間、まるで巨大な動物の鳴き声のように野太く、地鳴りするほどの大きな音。街中に響き渡っているだろうその音に、美琴はビクッ!! と肩を大きく振るわせる。  轟音の中、上条が何かを叫ぶがよく聞こえない。  やがて、美琴の体から発せられている微弱な電磁波が猛スピードで近づいてくる何かを察知し、美琴は己の生存本能がぶるりと大きく震え上がるのを感じた。 (あ……)  そう気付いた時には、もう――――。  ◆ ◆ ◆ ◆   ◆ ◆ ◆ ◆    財布をなくした。  ローマ正教徒による反科学デモが発生し、これを鎮めるためフランスへと向かった十月八日。どうもその時に落としたっぽい。日本に帰ってからない事に気が付いた。  その旨を友人・土御門元春に伝え支援を要請するも『金は舞夏に使った。お前の分はない』的な返事をいただいてしまいあっけなく失敗。彼に飛行機からポイ捨てされたとある不幸な少年・上条当麻としては和解(暴力)という手段で事無きを得ようとしたのだがないものは仕方がなかった。まぁそっちの意見もあったのだが『人助けした見返りに金を要求するわけかにゃー。カミやんも安くなったんだね』に似た台詞を言われるような気もしていたのでそれはそれで癪だった事もあり、上条は割りとすんなり土御門からの支援を諦めた。  しかし、それで腹の音が止まるわけではない(主に銀髪少女の)。  よって貧乏学生・上条当麻は担任の教師である月詠小萌に紹介してもらった第十八学区のコンビニでレジ打ちをしている。  彼はそっと一言。 「……不幸っつうか、疲れたなぁ……」  まぁ、それも二十一時までの辛抱だ。  今日上条は十三時から二十一時に渡り、このコンビニで働く事になっている。あと四十五分で彼は八時間働いた事になり、七千円程の金額を特別に現金で貰える約束になっていた。  面接なしで、しかも突然の申し込みにこの待遇。  今日限りの日雇いなのが痛いところだが、小萌先生様様だ。 (と、いけねいけね、十五分になったらスウィーツコーナーの入れ替えだったな。自分からやるっつといてやんなかったら格好つかねーよ)  ここには上条の他に、レジ打ちが下手っぴな彼の補佐役として女子大生の清水飛鳥という女性がいる。  彼女は肩につく程度の黒い髪をポニーテールにしており、胸がでかく、背は上条と同じくらい、こういう言い方は失礼だが手短に言えばどこぞのエロ女教皇をグレードダウンしたような感じの女性だ。しかし、グレートダウンといっても軽く平均以上の容姿。大学ではさぞチヤホヤされている事だろう。  正直な話、その女教皇・神崎火織のような聖人的美しさを持つ女性より、自分でも頑張ればギリギリ届くくらいの、柔らかいイメージを持つ清水に内心ドッキドキの上条である。  上条は、お客がいないのにニコニコ笑っている彼女に言う。 「えーっと、清水さん? 俺スウィーツ入れ替えてくるんでレジお願いします」 「あ。よろしくね上条君。私あんまり力仕事得意じゃないからさ、ホント助かるよ。ありがとう」  と、このように性格面でも何の問題もない人だ。なんで神様(バカ)は俺の日常にこういう人を配置してくれんのかー、と上条は内心ぼやくが表情には一切出さず、 「いえ、俺の自己満足ですから。それにレジ打ちが怖いからこっちにしただけですよ。んじゃ、レジの方お願いします」  そう言い残し、倉庫に向かう。 (まともに暮らしてりゃこうして真人間と出会うのになぁ……レア過ぎんだろ俺の周りの連中。居候のクセして何もしないエセシスターとか出会い頭10億ボルトの電撃撃ってくる中学生とか何の躊躇もなく友人を上空からポイ捨……、だめだ、あいつの事は考えるなクソが)  土御門への、そこはたとない憎しみを抑えつつ。  彼はすぅっと深呼吸し、 (むしろ今までの俺の友人関係がおかしかったんだよな。これは甘やかしてしまう俺自身にも責任がある。これからはインデックスにだって風呂掃除くらいさせるし、御坂がビリビリしてくるなら普通に怒るし、土御門が俺の事をまたポイ捨てしやがったら普通に絶交してやろう。というかアイツは俺の事友達と思ってんのかね……力消す道具みたいに使われてる気がしなくもない……)  怒り六割、友情四割の複雑な心境である上条は『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアを押し、部屋に入った。そのあと部屋の電気をつけスウィーツのある所に向かうと、 「おいしょっと」  高さ八十センチほどずつに荷物を運び出す。 (やっぱレジでピコピコボタン押してるよりこういう事してた方が働いてる感がありますなぁ)  トン、と見た目の割には軽い荷物をスウィーツコーナーの前に置いていき、彼は入れ替え作業に取り掛かった。  上条は捨てられる運命にある商品を手に取り、 (これとかまだ食えんじゃねーか? もったいねぇ)  アフリカとか貧困地域に送りゃ世界は平和になるだろうに、なんて適当な事を考える。  しかし、多くのコンビニ製品は『うまくて長く保存できる商品作り』のスローガンの下、PH調整剤、酸化防止剤、ソルビン酸ははじめとした人体に有害な化学薬品を大量に使用している。そのためそれを実行に移すと今度は健康被害が発生する恐れがあるため、未だ実現には至っていない。  それに加え、ここは学園都市だ。学園都市は能力開発の街であると共に、一つの『実験都市』でもある。  無数に存在する研究所や大学などで作られた商品の実施テストとしてあらゆる分野での実験品が街に溢れている。今上条が手にしているスウィーツも得体の知れない不気味な食べ物なわけであり……、 「……ぷ、プリンブリ弁……」  弁当のコーナーに配置するかスウィーツのコーナーに配置するか企業側も議論してそうな、一応スウィーツ。十回連続で言ってみると何だか不思議な気持ちになると、巷ではもっぱら話題の種である。  具体的に見た目を言ってみると。上から鰤、プリン、米の悪夢の三構造。黄色と茶色と、鰤の血で染まった赤色でおええええ。  これを見ればわかるように、学園都市は最も食料輸出をしてはならない街の一つと言えるだろう。 (つうか世界平和なんかよりもまずは自分の身の安全確保だな。インデックスになんか買っておいてやるか)  流石に実験品ばかりでは学生の反感も買うので多少は普通の商品も存在する。もっとも上条は、薬品がどうのこうのと言われても『そんな事言ってたら何にも買えねえだろーが馬鹿野郎』的な考えを貫いているので見た目と味が普通なら基本的に何でもいいのだが。  よって上条は、薬品がなんたらかんから~は一切考慮せず、善意一〇〇パーセントで居候少女の事を考えながら至って普通のスウィーツを手に取り、眉間にしわを寄せる。 (うーん、確かこの前クリームとチョコのミックスケーキ買ってやったらえらく気に入ってたな。でも腹もすかせてるはずだし……うーん)  最近甘い物に目覚めたらしい居候少女・インデックスは、上条がバイトに出る時には飢死寸前だったのでここは質よりも量かなぁと隣のコーナーにあるポップコーンを眺めながら、 (アイツも年頃だろうし、普通の女の子らしく甘い物とか食べたいんだろうな。ここは少し奮発して質アンド量の道を行ってみるか?)  そう思うものの、上条さん家のお財布事情はとっても深刻だ。  貰える代金を七千円とすると、今月は一日あたり百五十円から二百円の生活を送る事になる。  うわー一日ペットボトル一本分の金しかねーのかよどうしよーこれと上条が銀髪少女のお土産を諦めようとした時、 (あ、売れ残ったやつ貰っていけばいいか)  賞味期限までまだ多少の猶予のある商品をテイクアウトすることにした。  そんなこんなで居候少女の事を考えながら作業をしているといつの間にか二十五分が経過しており、 「上条君、入れ替え終わったー? そしたら悪いんだけどおにぎりの入れ替えもやってくれない? オーナーに秘密で売れ残り持って帰っていいからさ」  元々その気だった上条は入れ替えをしないとスウィーツをお持ち帰りできなさそうだったのでスウィーツの方は程々にしておき、 「は、はーい、分かりました!」  再び倉庫に向かう。  とその時、ピコンピコン♪ と客の出入りを感知する音が聞こえ、 「いらっしゃいませー!」  続いてレジに立っている清水の、元気よく客を招く声が店中に響き渡った。  なんか最後の最後で働く楽しさが分かってきたなと上条は倉庫側に向けている己の体をくるりと反転させて清水に負けじと一際大きな声で、 「いらっしゃ―――、」  自然、口が止まった。  課題である論文の期限は明日までで、残り三十枚の原稿用紙。  そんな時に限ってシャーペンの芯が切れた。  ちょうどモヤモヤしていたところだったので、気分転換の意味も込みで芯が売ってそうな所を虱潰しに回っているのだが、 (……ここもない、か)  『目当て』のシャーペンの芯はどこにも売っていない。  常盤台の冬服である、ベージュ色のブレザーに紺系チェック柄のプリッツスカートを穿いている御坂美琴はあーっ! と頭を掻いた。 (気分転換に外に出てるのになんでこんなイライラしないといけないわけ? 本末転倒じゃない。論文もそろそろやり始めないとやばいのに……)  一昨日出されたその論文は、十月末にある中間テストが『見えない戦争』によって中止となり、二学期の成績が次の期末テスト一発で判断するのは生徒にとって少々酷だろうと学校側が配慮したために出されたものである。どうやら二学期の成績は論文三割、期末テスト七割の比重で評価されるらしく、これをやっておかなければ後が結構面倒な事になる(らしい)。  が、彼女の頭を悩ましている主な原因はそちらではない。  それ以外の、ある『事柄』が原因である。  その『事柄』とは、ツンツン頭の少年・上条当麻に関する事。  それは、どれだけ考えても解決しない。どれだけ時間が経とうと解決しない。まるで答えのない答えを解けと言われたように、いつまでもいつまでも思考は空転を続けるばかりだった。  ある事柄―――すなわち記憶喪失。 (あー、体まで疲れてきた……もー、あの馬鹿……)  美琴は迫るタイムリミットを気にしながらも、頭の中は彼の事でいっぱいで、 (……多分、妹達の時は大丈夫だった。いや、もしかしたらあの時に? でもお見舞いの時には特に違和感なかったし……)  一体いつからなのか。具体的にどれほど深刻なものなのか。体には異常はないのか。脳の方は大丈夫なのか。治る見込みはあるのか。辛くはないのか。怖くはないのか。  第一、何故相談してくれなかったのか。もちろん、記憶喪失なら誰を信じて誰に相談していいかは難しいことだと思う。しかし問題はそれだけではなく、上条当麻本人は美琴にも周りの者にも記憶喪失の事を隠しておきたいと思っているらしいのだ。  ……友人として、ここは気付いていない振りをするべきなのか。反対に、強引にでも聞き出し、無理やり相談に乗る―――という方法は、やはり、この場合相手の心を傷つける可能性もある。 (私がどうこう考えてどうにかなるってもんじゃないのは分かってんだけど……でもアイツは命の恩人だし、『あの子達』も救ってくれた。だから……)  どうにかしてあげたいと思う。  しかし、どう出るべきか。  どうにかなるものなのか。   それ以前に、どうにかしてあげるべきなのか。先日、電話越しに聞いた上条の声は、割と普通だった(やたら騒音がひどかったが)ような気がする。もしかしたら記憶喪失はもう克服しているのかもしれない。それを考慮すると、いまさら過去の事を穿り返すのもどうかと思う。  何度も何度も悩む。それでも答えはやっぱり出てこない。  たく、こっちは課題が迫っててそれどころじゃないのにあの野郎と、美琴は呟きながらコンビニの時計をちらっと確認した。そのあと店の自動ドアをくぐり外に出る。  二十時三十分だった。  常盤台中学の門限(ルール)は秋の間十八時までなので、本来この時間に街をブラブラしてはいけない。  それに先もちらっと述べたように、現在、学園都市は『見えない戦争中』である。  九月三十日。  美琴が件の少年・上条当麻と携帯電話のペア契約をしに行ったその日、その元凶となったあの事件は起こった。  学園都市のゲートが破壊され、街全体の住人が学生と言わず職員と言わず片っ端から攻撃され、治安維持組織である風紀委員や警備員の機能を完全に停止され、半径百メートルにわたって街並みがクレーター状に破壊された、あの事件。  その一件以来、多くの学校が門限を早めたり夜歩きを禁止したりするなどして対策をとっている。  普段からその手の事にうるさい常盤台も、より一層門限の時刻を早めた。が、ダメ元で『必要な物を買いに行きますので、何とぞお許しを給われたく』と紙に書いて提出してみたところ、意外にもあっさり『通ってよし』と言われた。  拘束しすぎるのも後々厄介な事を招く、などとでも予想したのだろう(特に美琴の場合は)。学園都市の警備システムが目に見えて厳しくなっている今だからこそ、多少のわがままにも目を瞑ってくれたのかもしれない。  次のコンビニに足を運ぶ。 (えーっとあとは……少し遠くなるけどあそこか。せっかくここまで来たんだからもうちょっとだけ探してみよ)  この辺りのコンビニには一通り足を運んだのだが結果は全滅。こうなると、あとは少し離れた所にまで行くしかない。  芯自体はどこにでも売ってある。しかし『目当ての』シャー芯を手に入れる事が美琴の目的であり、妥協して他のシャー芯を買うなどモヤモヤ(そして微妙にイライラ)している彼女には言語道断なのである。  確かに芯自体も欲しいところではあるのだが、美琴の第一の狙いはそちらではない。 「……待ってなさい。達筆ゲコ太ストラップ……」  十月の末までにあるメーカーのシャー芯を買うと、もれなくおまけとして付いてくるキャラクターストラップである。  それが欲しいので、ちょうど芯も切れた事だし気分転換に買いに行こう、と軽い気持ちで出かけて早2時間。  ない。  明日販売されるから早い所はもう売ってるはずなんだけど……、とフライング精神満々の美琴。しかし、『気分転換』と目標を掲げている以上、ターゲットが手に入らなかったら余計にイラつく羽目になるのは目に見えている。そんな気分で三十枚もの論文を書こうものなら胃に穴が開く思いをする事になりそうだ。なのでやめようにもなかなかやめどころが掴めない。  そもそも、こんな時に限って戦争なのが全て悪い。街の方針に左右される一学生としては本当にいい迷惑だと思う。  そんなこんなであの馬鹿が記憶喪失なのと論文のタイムリミットが迫っているのと目当てのシャー芯(というかストラップ)が売ってないのとの三重攻撃に、美琴はグシャー!! と思い切り髪を掻き毟り、 (だぁーっ!! つうか私は『湯上り』ゲコ太ストラップのポイントを貯めに行きたいのにィーッ!! ……まだニつしか溜まってないし。こういうときに限って問題が山のようにあるのよねぇ……。課題の方はまだどうにかなるけど……)  ゆっくりあの少年の事を思い浮かべ、 (……考えてもどうにもなんないのよね。一番有力なのが学習装置(テスタメント)だけど元の記憶(データ)がないと話になんないし、どこで手に入れるかもよく分かんないし……)  まぁ仮にその両方をクリアしたとしても、『カミジョーです、とトウマは間髪いれずに答えてみました』なんて事になる可能性も考えられるので、それはそれで怖い。  そっちの案は考えるべきではない。  本当にあの少年の事を思うなら、まず第一に、彼自身に負担をかけてはならないと美琴は考える。得体の知れない方法―――この場合脳に記憶(データ)を強制入力(インストール)するなんて手段はあまり好ましくない。  ゆえに御坂美琴が出来ることは。 (アイツが記憶喪失だろうとなかろうと私が変に距離を置いたらになるかもしれない。……私にできる事はいつも通りに接してあげて影からそれとなくカバーする事よね)  それはどこか寂しいことではあるけれど、  心地のいい風が夜の街に吹きすさむ。  美琴は季節の違いを肌で感じ、目を細めた。  とりあえず今は気分をリフレッシュする事に専念しよう。そうする事で何か新しい案が浮かぶかもしれない。  僅かに暖かい向かい風を髪になびかせ、美琴は前に進んだ。  というわけでやってきたのは御坂美琴だった。 「あ、アンタ!? こんな所で何してしんのよ!?」  早くも戦闘体勢の美琴が何故か顔を真っ赤にし、必殺の間合いを取るためか一歩二歩と後ろへ下がった。  一方、片頬をピクピクさせている上条の脳裏に浮かんでいるのは、 (……、不幸指数五十。何となく嫌な予感がする)  以前のバイトの事である。  以前のバイト、とは上条がとある理由でファミレスのバイトをしていた時の事だ。  とある理由。  上条当麻はとっても不幸な人間であり……――まぁ手っ取り早くいうと今回と同じく財布を紛失してしまったためである。ちなみにその時のバイトは開始二時間でクビにされた。  その原因を作ったのが今目の前にいる、御坂美琴。  色々あって上条は、美琴にコーラやオレンジジュースなどを思い切りぶっ掛けてしまい、それで『問答無用よ! 表に出なさい!!』とブチギレた彼女に大暴れされた。怒りの舞台(リング)となった店の駐車場はズタボロになり、上条はクビにされ、駐車場の修繕費を彼が払う事になった―――と経過こんな感じであり、  そして、この状況。  ……色々似通っているものを感じる。  上条は一度美琴の顔を見て、それからATMやレジなど金銭関係の機械を見た。こうして見てみるとここはただのコンビニなのに、どこかの美術館のように思えてくるから不思議だ。絶対に壊してはいけないという観点でなんとなく。  それから上条はもう一度美琴の顔を見て、真剣な顔でこう言う。 「よし、閉店だ」 「ここ二十四時間営業のコンビニだけど!? つーかなんで私の顔見た瞬間閉店なのよ!? 私この店のブラックリストかなんかに載ってるの!?」  ここまではおかしいトコないはずなのにィー! と訳の分からない事を美琴は叫ぶが上条はそっとしておく。  どうやら美琴は帰ってくれなさそうなので彼はプランを変更し、 「て、て言うのは冗談で、い、いらっしゃいませー」  何事も穏便に、だ。よくよく考えてみると美琴がすぐに電撃を出すのにも問題はあるが、上条が美琴の神経を逆撫でしてしまうのにも色々問題があるのだ。  失敗は成功の糧として生かさねば、ただの失敗のまま。  ここは紳士になろうあと十五分だふざけんじゃねーぞ俺は金が欲しいんだグォラと上条は、 「い、言っとくが電撃は勘弁な。ここコンビニだし、壊れるとまずい機械とかもあるからさ。それで、何しに来たわけ?」 「ったく………………………………シャー芯買いに来ただけよ」  しばしの間を開け美琴。 「上条君、この子知り合い? 常盤台の人みたいだけど……」  美琴の着ている制服を見て、不思議に思ったらしい清水が上条に聞いてきた。  常盤台の生徒は、概して、お嬢様のイメージがかなり強く、しかも女子校のため男との接点などあるわけがないと思っている者も少なくない。  さらにマニアックな考えを持つ者の中には、常盤台をいわゆる百合学園だと思っている者もおり、ぶっちゃけた話が実際そんな感じの学校なのである。現に美琴の事を『お姉様』と呼ぶ者もいるくらいだ(いつも時代の趣向なのかはさておき)。  上条は清水の反応にそんな憶測を立てながらも、特に気にせずに言う。 「ええまぁ。気を付けてくださいよ。コイツ怒らせると電撃してくるんで」  と、レジの前で話していると彼らの後ろにいる客がそれとなく会計を促し、 「あ、すみません。こちらどうぞー」  清水がそれに対応する。そうなるとレジ番を彼女に任せている上条としては、仕事に戻らないと何となくまずいかなと思い、 「んじゃ俺も仕事に戻るわ。何か困った事があったら言ってくれ」  美琴に一礼して、持ち場に戻る。  入れ替えはまだまだ始まったばかりだ。  この十五分は超慎重に作業をしよう。  そう上条が硬く硬く決意すると、 「……、」 「ん? どうしたよ、黙ってついてきて。シャー芯なら……確か隣の列にあったと思うぞ?」  振り返ると美琴が物凄く何かを言いたそうな顔でこちらを見つめていた。僅かに眉間にシワを寄せ、両手がお腹の前で組まれている。  何かを心配している顔だった。  同時に、何かを恐れている。  上条は『?』と、少し黙った。  やがて、美琴はゆっくりと口を開き、言う。 「……あのさ、相談したいというか……相談されたいというか……その」 「?」 「あ、アンタの……」  しかし、それを遮るようにしてレジにいる清水が上条の名を呼び、 「悪いんだけどそこの棚に『大感謝祭! 十七日までおにぎり全品百円!』って紙に書いて張っといてくれなーい? ちょっと手が離せそうにないからー」  いつの前にかできていた客の列に『あの子日雇いなんでレジ打ちあまりできないんですー。その代わり私が頑張りますので』と言いながら慣れた動きで捌いていった。 「はーい、分かりました! 悪いな御坂。これでもバイト中の身なんで先輩の命令は絶対だからさ」  上条は一旦事務室に紙とマッキーを取りに行く。  三十秒ほどで彼が戻ると、 「……それ私が書く。アンタの書く字じゃ縁起が悪いからここの売れ行きが下がるだけよ。アンタは元々やるはずだった仕事でもやってなさい」 「え、マジ? んー……、それじゃ頼もうかな。お礼にシャー芯は俺が買ってやるよ」  上条はマッキーと紙を美琴に渡し、美琴は上条に渡された紙を壁に押し当てサラサラと文字を書いていった。  そんなこんなで、何故かギクシャクしながらの(美琴が妙にやさしい)十五分後。 「ふぅー、やっと終わったぁ。働くっていうのも終わってみれば結構いいもんに感じるなー。悪ぃな、品代えまで手伝ってもらっちゃって」 「別にいいわよ。少しの間だけど私も働く楽しみが分かったような気がするし」  普通にいい人っぽい美琴に何だか寒気を感じたりする上条だが、ここは素直に感謝しておく。 「それじゃあ最後に紙張っつけて終わりにするか。あれどこやった?」  上条が少しキョロキョロすると、美琴は近くの棚の上から紙をすっと取り出し、 「ここにあるけど……、貼りつける物がないわよアンタ。セロハンテープ持ってきて」 「おう。じゃあついでに着替えてくるから少し待っててくれ。一分で済ませてくるから」 「お疲れ様、上条君。お給料はオーナーがくれるから忘れずに受け取っておいてね」 「うーす、一日ありがとうございました。先に失礼しますー」  そう言って上条は事務室へ行った。  宣言通り一分で戻った上条は『大感謝祭! 十七日までおにぎり全品百円!』と美琴に書かれた紙を見て、 「しっかしお前……女子中学生なのにやたら渋い字書くんだな」  女子中学生といえば丸くなったハムスターのような字を書くイメージがある上条は、縦は太めに横は細め、全体的に右上がりで、大感謝祭の『大』の最後のはらいがすばらしいほどシュパッッ!! となっている美琴の字にうわぁー達筆ぅ何この子と少し呆れる。  上条はセロハンテープをビビビと引っ張りながら言う。 「これでお前が丸っこい字書いたら相当面白いのに。気が強くて負けず嫌いだけど、実はとっても女の子らしくてノートにはウサたんの落書きがたくさん書いてあります」  勝手に変な設定つけんな!! と叫んだ一方の美琴は、意外なことに自分の字を指摘されると恥ずかしがるタイプだったらしく少し頬を染め、 「こ、こういう場では丸っこい字より達筆の方が目を引くでしょーが。宣伝よ宣伝。それとノートに落書きなんて書いてないっつーの。……っていうかこれに似た流れが前にもあったような気がするんだけど」 「そうだっけ? よく覚えてないけど」 「……、」  黙る美琴を置いて上条は、 「と、雑談はこれくらいにしておいて。入れ替えも手伝ってもらったし、シャー芯とは別に何か買ってやるよ」  言いつつ、美琴が書いた宣伝紙を指定された場所に貼り終わった。 「……別に奢る必要なんかないわよ? 値段もそんな大した事ないし」 「いやいや、あんなに手伝わせといて何のお礼も返しないっていうのはこっちの気が済まないからさ。大したもんじゃないけど受け取っといてくれ」  願わくば『いい事をすればそれに見合った感謝をされますよ』的な事実を餌に、美琴にはずっと良い人でいて欲しいと上条は思う。  10億ボルトの電撃を上条にぶっ放すのが日課(上条視点)の美琴は、複雑そうな顔をして、 「……。なるべく安く済ませるわ。生活苦しそうだし」 「おう、まずシャー芯な。文房具はこっちだ」    美琴はシャーペンを一つ手にとって、詰まらそうにこう言った。 「やっぱないか……。じゃあさ、芯買わなくていいから浮いたお金でこのシャーペン買って。これなら三百円で済むしアンタのスカスカの財布にも優しいと思うわよ」  ゲコ太があったら即ゲットだったのになぁ、と何か言っているような気がするがそれを追求すると不幸な目に遭う予感がするのであえて聞かないでおく上条。触らぬ神に祟りなしだ。 「どれどれ」  上条は美琴からすいっとシャーペンを取って表裏をくるくると反転させ、 (ほっ、良かった。普通のか)  まぁ普通のコンビニだしそりゃそうか、と安堵した。  美琴が手に取っていたシャーペンは学園都市で有名な、シャーペンを振るだけで芯が出てくるオーソドックスなものだ。全八色の商品が販売されており、上条も青いのを持っている。美琴が選んだのは黄緑の物だった。 「お前お嬢様なのにこれ使うんだ。てっきり黒曜石でできた万年筆みたいの使ってるイメージありましたけど」  そんな感じのを買わされると思ってましたと心の中で呟く。 「んなもん使うのホント一握りよ。うちの学校で変に高級な物使うのって逆に勇気がいるし。そういうのは根っからの箱入り娘か、お嬢様を気取った奴らが大半ね」  ふーん、そんなもんでございますかーと上条は棚に添えられている値札を見て、 「二百九十八円か。……良心的な値段だな。つうかさっきから言おうと思っていたんだが今日のお前やけにいい人じゃね? いつもより比較的大人しいし、仕事手伝ってくれるし。やっとお前も反抗期抜けたのそうですよね御坂美琴様はいつも大人びてますから電撃はマジで勘弁してくれーっ!!」  反抗期、というキーワードを言った瞬間、美琴のこめかみからバチッ! と電力が発せられ本気で焦る上条。美琴の方は脅しのつもりで力を使ったらしいが、それでも怖いものは怖い。……弁証的な意味で。  しばらく美琴は言葉を選ぶようにしてじっと黙り込み、やがて言う。 「…ぁ…………アンタね、この美琴先生がわ・ざ・わ・ざ手伝ってあげたのにその物言いはないんじゃない? ほら、早く買ってよ。私は迫り来る論文のせいであんまり時間がないんだから」  お前宿題あんのか? とツッコミを入れたいところではあるが、上条は「は、はい!」とびくびくしながら頷き、バイトのおかげで多少潤った財布をポケットから出しつつレジに向かう。  と、レジ番をしている清水と目が合って、 (気まずっ)  後輩である自分が、先輩である清水より先に仕事を終え、しかもその先輩に自分が買う物の会計をやらせる事に上条は強い抵抗を感じた。  清水はそんな彼の心情を察してかニコッと笑い、可愛らしいエクボを見せた。 「また財布なくしちゃったらバイトしに来てね。私力仕事苦手だから。ほら、それ出して」ちょっとドキッとする清水の発言に上条は「あ、はい。なんか色々すみません」と黄緑のシャーペンを差し出す。清水は受け取ったシャーペンをゆっくり読み取り機に当てながら、 「上条君、良かったらメアド交換しない?」 「え? あーっと、すみません。俺携帯壊れちゃったんですよ。持ってたら喜んでしますけど……」 「あ……、そうなんだ、残念。上条君面白いからぜひゲットしておきたかったのになぁ」 「面白いって……そんな要素ありましたか? わたくし上条当麻はバイトがダルくてぐーたらしていただけだと思うのですが」 「何言ってんの上条君。確か十五時くらいだったかな? 黒い長髪の子の胸鷲掴みしてたじゃん。あーいうの」 「ふごっ!? あ、あれはただの事故ですよ! か、上条さんは公衆の面前で婦女子を辱めるほど腐ってはおりませんッ!」 「ふっふっふっ、それはどうかな勇者よ」「え」いきなり口調が変わった清水は不敵な笑みを顔に張り付かせ、「人の心には必ず闇が存在する。世界はそう―――、人間という名の暗黒に包まれているのだ」え、え? どうしたのこの人。清水も清水で自分の言っている事に羞恥を感じてきたのか、やがて顔を真っ赤に染める。が、ここで引き返すのは余計に恥ずかしいと判断したらしく、少しひよった後さらに続け、「わ、我と共にもう一時間働かぬか。見返りとして密かに溜め込んでいたポテトチップスを半分貴様にくれてやろう」「とんでもなく似合わない台詞言いやがりますね」上条は思わずツッコミを入れた。しかしこのまま一人で突っ走らせるのも心が痛むので「えー、お、俺が魔王の軍門に下れば町の皆は救われる……しかし、本当にそれでいいのかー(棒)。俺にもっと力があればー(棒)」演技が下手糞な上条にはこれが限界だ。まぁカバーはこれくらいでいいだろうと彼は清水の話を一度冷静に考えてみて「でもいい提案ではありますねポテチ。うーん」 「…………今なら我自身もセットでくれてやろう」 「魔王どうしたんすかっ!? 戦う前からいきなり屈服宣言!?」  さっきからどうしたんですか清水さんあなたは真人間ですよねお願いだから!! と上条。  やってしまった、みたいな顔をしている清水は上品な雰囲気をぶち壊しにしつつも、 「い、いや、冗談。……誤解しないように言っておくけどいつもはこんなキャラじゃないからホント。ゲームとかやった事ないし……。疲れて修学旅行の夜の時みたいなテンションになってる、っていう感じかなこれは」 「……、」  記憶喪失で修学旅行の思い出がない上条からしたら、それは妙に重い台詞だったりする。  とある魔術師・闇咲逢魔と街の外に行った時みたいな感じなのだろうかと、上条は恐ろしく悲しい推測を立てながら、 「さっきの発言は色々アブナいと思うのですが。俺が高一だからっていくらなんでも舐め過ぎですよ」 「そ、そうだよね、ごめん上条君」 「あ、いやいや、だ、大丈夫ですよ。何も謝らなくても……」  どうにも、調子が狂う。  真面目な人だと思っていた清水がいきなり訳の分からない事を言い出すかと思えば、急ブレーキをかけたかのように真面目に戻ったり。あたふたしている彼女を見て、どうしたんだろうと思いながら上条は、 (……眼福眼福)  面白くない。  上条はある程度まで覚えているようだった。しかし、どうにも情報の内容が薄い。第三者から『上条当麻の人間関係』を記したデータとかを受け取っていると仮定したら、それで成立してしまうような事だけしか口にしていなかった。  だが、別にそれが面白くないわけではない。  ギクシャクした空気。目の前の光景。  この馬鹿が記憶喪失――らしいせいで色々な事が頭の中で駆け巡るし、課題は徹夜しないと終わりそうにないし、なんか変に気を遣ってしまうし、ゲコ太はないし。  そして何より。一番面白くないのは、 (……そんな女に顔赤くしてんじゃないわよ、バカ……)  楽しそうにしゃべっている上条とポニテ女を見ながら、美琴はそう思った。  いつもならここで(上条に)電撃でもしている所だろうが、一応さっきの今もある。美琴は、上条が頬を染めた事によって発生した怒りを何とか押さえ込んだ。 (……、)  そこにあるのは、漠然とした苛立ちと焦燥感。 「それでどうする? もう一時間、……どうかな?」 「んー、ポテチですか。こういう言い方はアレですけど普通に働いていたほうが儲かるような……」 「三十袋くらい溜め込んでるから十五袋くらいの見返り」 「アンタ真面目そうに見えて割と悪いことしてんだなおい!」  まだ、まだまだしゃべっている。  ものすごく置いてけぼりにされた気分だった。  何だか寂しくなってきた美琴は上条に言う。 「ね、ねえ? ま、まだ? 論文やばいんだけど……」  ん? と上条は視線をわずかに美琴に逸らして、 「あぁ、もうちっと待ってくれ。もう少しだから」  それだけ言うと、また清水とかいう女と雑談を再開してしまった。  ……面白くない。美琴は思わずムスッとしてしまう。  会話をしている彼らからプイッと顔をそむけると無糖の缶コーヒーが一個だけぽつんと寂しそうに売れ残っていた。  それが今の自分のように見えて、 (……顔、赤くしないでよ……バカ)  ものすごくどよどよしたものが心の中に充満した。上条当麻を他の女に知られる事がとてつもなく、嫌だ。  記憶喪失。  その単語が、今まで多少は築き上げてきたこの少年との信頼関係を脆いものに感じさせる。『新しい』上条当麻の心は、既に別の誰かが在り所にしているようで。そこに自分が入り込める場所はもうなくなっているようで。  美琴は下唇を噛む。 「そう言えばさっき着替えてるところ見ちゃったんだけど、上条君結構ムキムキだったね」 「何勝手に見てやがるんですかっ!? わたくし上条当麻は裸を見られることには耐性がな――――」  上条の声が、コンクリートの壁を隔てているように雲って聞こえる。 (……私はこの馬鹿のことなんか何とも思ってない。それにコイツも私のこと、何とも思ってない……。ならそれでいいじゃない。そのままを受け止めてよ私の心。何とも思ってないんならこんな苦しみ、味わう必要なんて……、ないんだから……)  今すぐここから逃げ出したい気持ちとこの少年の手を引いてどこかに、どこまでも行きたい気持ち。  心の中は矛盾だらけだった。  どうにかしたいと思うけれど、今は関わりたくない。  関わりたくないけど、関わって欲しい。  そんな、矛盾。 (……帰ろ)  とりあえず、上条が元気であった事を確認できただけで今はよしとしよう。  美琴は吹っ切れたように一瞬笑うと、 「……じゃあ私帰るわ。今日のは貸し一個だからね」  いつも通りを意識した一言。美琴はそう告げて外へ出る。 「っておい御坂?」 }}} #back(hr,left,text=Back)

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