とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part32

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匿名ユーザー

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―あれから一週間―


 ―――そうこうしている内に、やっと上条の高校の学生寮が見えてきた。
 日も落ちてゆき、次第に辺りも暗くなり、今日という一日ももう終わっていく。
 そこで上条は今日という一日を振り返る。
 今日は朝からいいことはなく、久々に不幸なことばかりだった。
 朝は、今隣で何やら鼻歌を歌っている彼女とのキスシーンを舞夏に見られた。
 午前中の授業から楽しみだったはずの昼休みでは、元同級生で友人の土御門と青髪ピアスに朝でのことや彼女の存在がバレてボコられた。
 その後は後で、昼間の二人から元同級生達に留年や彼女等諸々のことがバレて襲撃受けた。
 そして極めつけには今隣を歩く彼女と単なる追いかけっこをするつもりが、命懸けを追いかけっこをするはめになった。
 本当に、不幸で疲れた一日だったと振り返る。
 しかし、不幸ながらもこの先についての光明を得ることもできた一日。
 そう思うと、なかなかに悪くない一日であったようにも思えてくる。
 上条はちらりと隣を歩く美琴に視線を移した。
 実は先ほど、歩く速度を少しだけ速めたことで遅れた彼女が、途中から隣に移動してきた彼女を気遣い、少し歩く速度を落としていた。
 その事実に知ってか知らずか、当の美琴は何やら考え事をしているらしく、頭に手をあて『あれ…じゃないわよね?じゃああれかな?いやでも…』などと上条には意味不明なことをブツブツ呟いている。
 超能力者で元常盤台のお嬢様のお考えは未だによくわからない。

(ま、いいか。こいつはこいつで最近楽しそうだし)

 美琴が魅力的な女の子であることは昔からわかってはいた。
 わかってはいたが、上条はここ最近においてその魅力にさらに磨きがかかっているように感じていた。
 再開した一週間前にも感じたことなのだが、それでもあの時とも比べものにならない。
 ……いや、今現在の隣の美琴の方が本来の彼女なのかもしれない。
 今思えばあの時の彼女は今と比べて少しやつれていた。
 それは恐らく長い間上条と会えなかったことによるストレスによるものだろう。
 しかし一週間前、美琴は念願の上条との再開を無事果たし、今日まで二人の生活を満喫している。
 大好きな人、愛する人といつも一緒にいられるということはこんなにも女の子に変化を与える。
 敢えて言うのであれば、髪や肌に艶がでてきて、上条が何気なしに美琴を見たときには妙にドキッとくる時さえある。
 まだ子供っぽさが残っていた行動や雰囲気、そして身体の方も、徐々に大人のそれに近づきつつあるのだ。
 時は確実に進み、彼女はそれにつれ、上条が気がつかないうちにどんどん変わっていく。

(じゃあ、俺は…?)

 その時間の流れにのって、自分もまた変わっているのか。
 時々上条は、自分だけが変わっておらず、変わっていく世界から取り残されていってるような錯覚に襲われることがあった。
 そのたった一つのことが苦しくて、思い悩んでいたこともあった。
 しかし、変化というものは、成長期の外見の変化ならいざ知らず、それ以外の変化については大抵の場合、勝手に起こるものではない。
 変化は外からの刺激を受け、自分から何らかのアクションを起こして訪れるもの。
 何かのきっかけがあるから人は変わってゆく。

 それが良い方向への変化なのか悪い方向への変化なのかは別にして。
 だから上条は今日を通じて一つの決意をした。
 変わりたい、自分に何らかの変化を起こすなら、考えるだけでなくそれを実現することができるような行動を起こそうと。
 それを支えてくれるはずの人なら、今隣を歩いている。
 きっと彼女なら…
 やるべきことが見えてからはモヤモヤしていた心の中がスッキリした。
 心の中がスッキリしたら、上条は空腹がより感じられた。
 あまり防犯の役に立ってるのかどうかわからない学生寮のエントランスを抜け、お世辞でもあまりきれいとは言えないエレベーターに乗りこむと、階のボタンを押して目的の階へ向かってエレベーターは動きだす。
 上条の部屋は今や二人のもう目と鼻の先。
 上条にとって、夕食も今や一日の楽しみの一つ。
 偶には自分でやるとは言いつつも、ここ一週間で毎日、今彼の隣にいる美琴によってその意見は退けられていた。
 そのためここ一週間の炊事一切を任せてしまい、多少の罪悪感は感じてはいる。
 しかし彼女の料理は贔屓目なしで純粋に美味い。
 だからついつい彼女の好意に甘えてしまい、彼女の料理が食べられる夕食も自然と一日の楽しみになった。
 エレベーターが止まり、目的の階への到着を知らせる人工の音声が流れると、上条の部屋へはもう一直線。
 二人は手を繋ぎ、部屋への直線通路を通り抜けて部屋の前に立つ。
 そして最後は部屋の鍵を開け、上条は自分の部屋のドアを開け放った。




 同日21時、上条宅

「―――で、何なの?改まって話なんて」

 今日はいたって平凡な夕食を美琴は作った。
 出来は美琴にとってはそこそこの出来ではあったが、そこはやはり上条はうまいうまいと言いながら美味しそうに食べていた。
 夕食を済ませると、彼女は夕食の片付けをして、その間特にこれといってやることのなかった彼はお風呂に入った。
 そして美琴が後片付けを終えて、テレビでも見もってゆっくりとしていたところで上条がお風呂からあがると、彼はちょっとだけ外出てくると言って、本当にものの五分ほどで戻ってきた。
 そしてその後、上条の方から『話がある』と真剣な表情をしながら美琴に話をもちかけ、今へと至る。
 今はベットの前に置かれているガラステーブルを挟んで、美琴はベットにもたれかかりながら座り、上条はその向かい側で座っているという図だ。

「えっとだな……その、なんだ」
「話があるって切り出したのはアンタの方でしょ?そんなおどおどしてないではっきり喋りなさいよ?」

 正直な話、彼の方から真剣な表情で話があると言われた時は少し驚いた。
 彼は自分に対しては『もっと人を頼れ』、『相談があるなら遠慮なくしろ』などと言うくせに、彼の方から相談事などはあまりしてこないからだ。
 そんな彼から、話があるという申し出。 それがどういう内容なのかはまだわからないが、悪い話でないことだけを願う。

「別に話があるっていうか、聞いてもらいたいことなんだけどな。……まぁ、今後のことについて」
「…………今後のこと?」
「あぁ。……って、別に俺がどっかに行くとかの暗い話じゃないし、美琴にとっても悪い話じゃねぇよ。だからそんな顔すんなって。ちょっとした決意表明ってやつかな?」
「あ、あぁ、そうなの?……それを先に言いなさいよ、ばか…」

 ボソッと、彼に聞こえるかどうかの声量でそう呟いた。
 今後のことについての話。
 それを聞いた瞬間は一瞬背筋が凍った。 彼が察した通り、彼がまたどこかへ行ってしまうのではないかと思ったから。
 他の人なら冗談で済むかもしれないことも、彼が相手では冗談では済まない。
 結果的にそれが表情にでて、彼にそれを感じとったようだが、先にそれは言ってほしい。
 一瞬、本気で心配した…

「……それで?その決意表明って?」

 小さく『わるい』と、申しわけなさそうにしている彼に話の続きをを促す。

「えっと……笑うなよ?」
「アンタは真剣なんでしょ?なら私はそれに応えて真剣に話を聞く。それだけよ」
「そっか……そうだよな、お前はそういうやつだよな」

 それを聞いて一安心し踏ん切りがついたのか、彼は一呼吸おいて、

「俺……勉強、ちゃんとしようかなと思ってるんだけど」
「……………………はぃ?」
「いや、だから勉強をちゃんとしようかなと」
「…………………えーと?」

 あまりに予想外すぎる、というか寧ろあまりに彼らしくない話題に、つい間の抜けた声が漏れた。
 彼は彼自身が生まれつきから持っている能力や才能などの、先天的なことを理由に勉強については常々不満をもらしていた。
 面倒くさいだの、どうせ右手があるから能力開発は意味がないだの、やったところでできないだの。
 彼の今までを顧みるに、勉強はできることならやりたくないが彼の本音だったはず。
 それがどうだ、今彼は勉強をちゃんとやると言った。
 それもここまで改まって、ここまで真剣に。
 状況を考えてまず間違いなく真剣な話なのだろうが、どうしても冗談に聞こえてしまう。

「えっと……何か悪いものでも食べた?いや、食べ物は私が管理してるし……じゃあどこかで頭でもぶつけたの?もしかして今日の学校の人達にやられたんじゃ…」
「ちげーよ!そもそも真剣つったろ!!」

 どうやら、やはり冗談ではないらしい。
 どこかで頭をぶつけたことが原因という線もこの様子ならば薄いだろう。
 では一体何が彼に変化を与えたのか。
 その疑問が頭の中に浮かんできたが、それとは別に、違うものが体の内からこみ上げてきた。
 それはいたって真剣にこの話をもちかけてきた彼に対しては抑えておいた方がいいもの。
 しかし、衝動的にこみ上げてくるこれは、どうにもこうにも抑えることは無理そうだ。

「あのさ、一体どうしてそんな決意をしたのかとかの疑問は尽きないけどさ、それって別に……学生としては当然のことよね?というか、そんな真剣に決意するほどのこと?」
「…………まぁな」

 その瞬間、ずーんと彼の周りを重苦しい空気が取り巻いた。
 やはりいたって真剣な今の彼に対して、これは言うべきではなかったかもしれない。

「そりゃあ、お前とか普通の学生のことを考えれば至極当然のことだと思うけどよ、おバカな上条さんにとっては一大決心になるんですよ!」
「…………あぁ、そうね」
「お前今絶対、こいつやっぱバカだなって思っただろう!?」

 だから勉強するんだよ!と、次第にヒートアップしてゆく彼をよそに、一方で自分の心はクールダウンしていった。
 能力開発の教科は仕方ないとは思うが、一般教科まで低いのは今までの過ごし方に問題があるからだろう。
 そうツッコミをいれようかとも思ったが、彼を落ち込ませることになる可能性もあるので、口にだすのは控えておく。
 しかし、真剣な表情で話がある、と話をもちかけられ、一体何の話がくるんだと興味をもち、同時に心配さえしていたのだ。
 それなのに実際に蓋を開けてみれば、自分にとっては特に特別でも何でもない決意表明。
 正直、自分自身の耳を疑った。

「……まぁ百歩譲ってそうだとしてもさ、一体どうしてそんなことを考えたの?今までは確実に勉強嫌いだったわよね?」
「そうだけど、話題としてはむしろそこの方が重要なんだよ」
「…?」

 なら重要な方を先に言えばよかったのではないかというツッコミも、ここでは控えておく。
 また話を路線から逸らすわけにはいかない。
 しかも、そのことに関しては少なからずの疑問はあった。

「さっき俺、ちょっと外出てっただろ?あれ、小萌先生に相談してたんだ」
「先生と…?一体何を?」
「学年の話、なんとかできないかって」
「……なるほど、そういうことね。じゃあその急な決意のきっかけはもしかして今日の夕方のあの子達?」
「それ以外にも昼間の元同級生のやつらとか他にもあるけど、まぁ大体はそんなとこ」

 今日の夕方、自分の後輩である佐天と初春達と四人でお茶をした。
 そのお茶会の最中では、恥ずかしい思いこそしたものの、特に彼が気にするようなことは何もなかった。
 しかし話を一通り終えて、自分がファミレスでの勘定をしている時、彼は彼女たちに学年のことについて触れられたらしい。
 合流した後、彼の雰囲気がおかしかったのでその時のことを聞いてみると、彼はそう答えた。
 その場では落ち込む彼を諭すことは出来たが、思えばあの時から彼の調子や雰囲気は僅かながらも変わっていたかもしれない。
 スーパーで買い物を終えた後、学生寮に向かっている最中に感じた彼の変化はまさにそれに当たるだろう。

「……あれ?もしかして、追いかけっこするきっかけになったアレって、これのこと?」

 頭の中で夕方のことを思い出していると、あることについて思い出した。
 それは、彼が夕方にいつか必ず話すと約束したこと。
 追いかけっこをする直前に彼が言い放ったが、よく聞こえなかった話のこと。

「夕方のアレ…?あぁ、あの話はこれの話じゃないぞ?つか、あの話は今日じゃないいつかにするって言ったろ」
「あ、そう…」

 半分がっかり、半分安心した。
 彼の様子から察するに、きっとあの話は重要なことなのだろうと直感していたためだ。
 そういう意味でとりあえず半分は安心。
 しかしそれがもしこの話だったならば、彼には悪いが少し拍子抜け。
 確かに彼にとっては重要なのだろうが、自分にとってはあまりメリットがない。

「でさ、話の続きなんだけど…」
「へ?あぁうん、どうぞ」

 別のことを考えていたせいか、彼は少し怪訝な表情でこちらをみていた。
 どうやら話の続きを話すタイミングを伺っていたらしい。

「んで、小萌先生になんとかして進級できないかと相談してみたところ…」
「ところ?」
「多分無理だろう、と」
「……まぁそうでしょうね」

 当然と言えば当然。
 一度学校が決めたことはそうそうは覆らない。
 ましてや学年のこととなればなおさらだ。

「でもだ」
「…?」
「無理ってのは何もせずに、今の状況のまま無理やり学年を上げるってことだ。つまる話、お偉いさん方に自分はできるということさえ証明できれば、先生もそれを理由に交渉ができて、なんとかなるかもしれないそうだ。……あくまでも可能性の話だけどな」
「でも、そうなると相当の成績がいるんじゃないの?学年のことが絡んでるんだし」

 良い成績とは言っても、中途半端に良い成績ではそれは叶うとは到底思えない。
 少なくとも一年の内容なんてものは完全に理解していると思わせるくらいでないと、お偉いさん方は恐らく納得しないだろう。
 となると、そういう方々に納得してもらえるほどの成績とは、

「今度の中間と期末で学年三位以内、百歩譲っても十位以内には入ること。その後、つまり夏休みに定期テストとは別で、一年の内容の総合テストをみたいなのを作ってくれるらしいから、そっちでもちゃんと良い結果をだせたら、いけるかもしれない、らしい」
「…………」

 場を沈黙が流れる。
 それは今までの彼のことを考える限り、絶対不可能な条件。
 今までの彼は、もしもテストで平均点をとれるようなことがあれば、それはかなりの良い出来と言えるくらいの学力レベルだったからだ。
 一年間授業を受けてはきたものの、その授業の定着率には疑問符がついてくる。
 しかも中間は五月の末。
 たった一ヶ月かそこらで今の状態から上がれるとは到底思えない。
 更に言うなら、彼には幻想殺しという特殊な能力をもっている。
 その能力がある限り、能力開発は単位すら危うい状況である。

「……でも、それでもやれるだけはやっておこうかなと思うんだ」
「そうね、何もしないよりかはやれるだけでもやった方がいい。……けど、大丈夫なの?」

 彼は今まで、自分が馬鹿だからという理由で最低限の勉強しかしていなかった。
 そんな彼が、そもそも勉強の仕方を知っているはずがない。
 その状態では、効率の悪い勉強を繰り返して時間を無為に過ごすだけだ。

「ぶっちゃけた話、俺一人の力だけじゃキツい。だから、その…」
「私の手伝いがほしいって?」
「お恥ずかしながら…」

 そんなもの、答えは一つに決まっている。
 彼と共に同じ道を歩むって決めた時点で、勉強の面倒をみることは初めから決定事項。
 勉強の指導をしなければならないのは別に今に始まったことではない。

「まぁどのみちそうなるだろうし、断る理由もないし、私はもちろんいいに決まってる」
「そっか……悪いな、本当にいつもいつも」
「何を今更、今に始まったことじゃないでしょ?」

 口はあくまでもそう開いた。
 しかし反面、彼が勉強を頑張り、可能性は低くても難しい条件でもそれをクリアしてしまったならば、彼は進級していく。
 それはつまり、彼と自分の学年が変わってしまうということ。
 元々彼と一緒に学校生活を夢みていた自分にとっては、それはあまり喜ばしいことではない。
 だから一瞬、承諾の返答をする前に、拒否の返答の可能性も頭でちらついた。
 彼とはいつでも一緒にいて、同じ時を刻みたいと思ったから。
 だがそれは彼自身のことなど何も考えていない、自己中心的な単なるわがままでしかないのだ。
 そんな自分の目先の楽しみのために彼の先を、可能性を潰してしまうことなどあってはならない。
 偶にならまだしも、いつまでも我を通し続けるというのは、彼女のすることではない。
 賛成と反対、建前と本音、理性と本能という相反する意見が頭の中でせめぎ合う中、今ここで、彼のため、自分のために、それらの葛藤を理性でもってねじ伏せた。

「……まぁでも、去年のことを思えば、それくらい、なんともないだろうしね…」
「ん?何か言ったか?」
「ぅぅん、別に、何でもない…」
「……?」

 未だ釈然としないとも言いたげな目で、彼は自分を見てくる。
 しかしこれは、本心は彼には言えない。
 そうすることで彼が迷ってしまうということは絶対に避けたいから。
 それはいつもいつも自分のことなどより他人のことを優先する彼ならば、十二分に有り得ること。
 しなかったからという後悔だけは、彼にしてほしくない。

「よし、じゃあそうと決まれば善は急げ、今日からビシビシやってくわよ?」
「へ?今日はほら、時間もあれだし、明日からでいいんじゃねぇか?」
「何言ってんのよ、私ならともかく、アンタにとってはただでさえ条件がアホみたいに難しいのに、明日からやるなんて言ってると絶対にクリアは不可能。そもそも、この私に勉強の面倒見ろって言ったんだから、私の言うことは聞きなさい」
「お、おぅ…」

 上条は内心、とんでもないのを家庭教師につけてしまったんじゃないかと、してしまった後悔した。
 だが上条とて、男。
 しかも今回以上の修羅場や死線など、数え切れないほど経験してきた。
 覚悟を決めることはそんじょそこらの一般人よりも断然得意だ。
 人間諦めが肝心だ、とはよく言うが、それを良い意味で上条はよく知っている。
 やるべき時、腹をくくらなければならない時を熟知している。

「……とは言っても、今日はアンタが言った通り時間も微妙だし、私自身何をやるべきなのか把握してないから本格的な勉強は明日からで、今日はこの先の勉強の計画をたてよっか」
「……って、結局やらないのかよ」
「何言ってんの?計画をたてることや範囲をしっかり把握することだってすごく大事なことよ?それじゃあ教科書一通り持ってきて」
「そういうもんなのか…?まぁいいけど」

 よいしょと、上条は重い腰をあげ、ゆったりとした動きで彼の後方にある本棚へと手を伸ばし、教科書を一冊ずつ手にとってゆく。
 現在の時刻は21時30分。
 時間的には別に勉強ができない時間ではない。
 しかし、今日という残りの時間は敢えてこれからの計画をたてることに使う。
 それは今後のことを視野に入れた計画をたてることと、もう一つ、彼に気持ちの切り替えを促すという目的も含まれている。
 一つの決心をしたことで切り替えはある程度できているとは思うが、もう始まったということを彼の体にも教えていかねばならない。
 切り替えはできたできたとは簡単に言っても、そんな簡単に今までと真逆の生活をできるものではないからだ。

「……こんなもんかな?」
「ありがと。ねぇ、中間テストの範囲ってどれくらいやるか覚えてる?どの道全部やるから関係ないけど、一応重点的にやるから」
「中間の範囲か……うろ覚えだけど、確かここから―――」

 4月14日、上条はある一つの決め事をした。
 それは今までの上条のことを考えれば、越えることは到底不可能にさえ思える高い高い壁を越えるためのもの。
 今日彼が進んだ一歩はとても小さいように思える。
 だがしかし、その小さな一歩がなければ大きな一歩は成し得ない。
 その小さな一歩がなければ、不可能は不可能のままだ。
 だから上条は例えどんなに小さな一歩ずつしか進めなくても前進する。
 不可能にさえ思えるとてつもなく高い壁を越えるために。
 美琴はそんな上条を支援する。
 自分自身が何度も倒れてしまいそうになった時、上条が美琴を何度も立ち上がらせてたように、美琴もまた上条がいつまでも立って進んでいけるように彼といつまでも共にいて、彼を支えていく。
 彼女はそうして希望ある将来へと向かって進んでいこうと決めている。
 それが、美琴が考えるこれからの二人の理想の姿だから。


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