とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part33-1

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一生かけて


 ―――二年後、8月20日、9時、夏

 学生が八割を占める学園都市で、今の時期は学生の誰もが浮き足立っているであろう夏休み。
 日本の内陸部に位置する此処は、毎年厳しい暑さに見舞われ、今現在も太陽は燦々と地上を照りつける。

「うーす……あぁ、まだねみいぞ」

 そんな中、ツンツン頭が特徴的な少年が、眠たい目を擦りながらのそのそゆったりとした動きで、リビングの食卓の椅子へと腰掛ける。
 上条当麻19歳、これでも彼は今年の四月からは立派に大学生をやっている。

「おはよ、当麻。ていうか、もう9時なんだから眠いなんて言わないの」

 その彼を、食卓のテーブルの椅子に腰掛け、待っていた少女がいた。
 御坂美琴17歳、さる四月から晴れて高校三年―――ではなく、上条と同じく大学一年生である。
 それも、二人とも同じ大学の。
 しかし上条と同じ大学だからといって、そこの大学のレベルが特別低いわけではない。
 低いどころか、それなりに名も知れていて、レベルとしては上位にあると言ってもいい。
 にもかかわらず、上条は余裕の合格ではないものの、見事にその大学の合格を勝ち取ったのだ。
 彼、上条当麻は確かにお世辞でも頭の良い高校生とは言えなかった。
 一時は能力開発を始めとして、あらゆる教科においても赤点が続出するというほどの落第生であった。
 だがある日を境に、彼にある変化が訪れる。
 二年前の4月14日、その日を境に。
 その日は上条がある決意をした日。
 留年という一種のコンプレックスにもなりうるその事実に対して、少しでも抗うという決意を。
 上条が担当である小萌に、進級させる為に提示された最低条件は決して簡単ではなかった。
 事実、何回か諦めるという選択肢が幾度となく頭の中でちらついた。
 もし上条一人だけの挑戦だったならば、それは恐らく成し遂げられなかっただろう。
 しかし上条は一人ではなかった。
 御坂美琴という恋人で、互いが互いよく知る協力者がいた。
 単純に勉強の手伝いという面だけでなく、身の回りのこと、精神的な面などというあらゆる面で上条を支えてくれる、これ以上ないくらいの女性がいた。
 だから上条は頑張れた。
 そこまでしてくれる人がいながら、そこで簡単に諦めるわけにはいかない、と。
 結果、一つの関門とされていた中間と期末テストでは、心配されていた能力関連でやはり得点を落としてはいたものの、二つとも八位という順位で辛くもクリアだった。
 そして次の関門でもある夏休みのテストでも、端から見ても合格点と言える結果を残せた。
 上条のその頑張りに感銘を受けた小萌は、それらの結果を交渉材料に交渉を開始。
 交渉の結果、上条は二年への進級を果たした。

 ―――美琴ともに。

 何故ならば、美琴は中間期末ともに二位との圧倒的とも言える大差で学年一位という成績を残し、本人たっての希望で上条とともに進級を希望し、一年の学習内容の総テストを受けた。
 その結果は言わずもがな、上条より上だった。
 常盤台中学の教育方針、それは卒業した時点で社会に通用する、即戦力となりうる人材を育成すること。
 したがって、常盤台で行われる学習内容や水準は中学や高校のそれを遥かに上回り、中学であるのにかかわらず大学レベルのことを教えられる。
 美琴は、そんなただでさえ高レベルの中学を卒業しただけでなく、そこでもトップクラスの人間。
 彼女にとって高校の、ましてやその中でも平均校のテストなど簡単で仕方ない。
 だから彼女は一年に留まることよりも、彼とともに進級することを選んだ。
 ……というのは勿論建て前であり、本音は言わずと知れている。
 閑話休題。
 とにかく、本音を言えば上条は三年への進級を望んでいたが、そこに関しては上条も何も言えなかった。
 二年でやるべきことを何もやっていないからだ。
 そういうわけで二人は二年に進級ということで落ち着いたが、その後はトントン拍子にことは進んでいった。
 始めこそ二年の一学期にやる範囲をやるための補習に追われていたが、それを乗り越え、周りの進度に追いつくと、後は障害になりうるものは何もなかった。
 彼には優秀な専属の家庭教師のような存在がいる。
 その点で勉強にはまず困らない。
 ともに同じ時を過ごしていて楽しくなれる人がいる。
 その存在、彼女の存在のおかげで退屈な学生生活を送ることはなかった。
 上条は美琴に対して、返しても返しても返しきれないような借りを作った。
 だから、今度は上条がそれを少しずつ返していく番。

「なぁ……今日花火大会あるの知ってるか?」
「ああ、そういえばなんかそんな触れ込みがあったわね」
「今日は美琴も俺も特にこれといった予定はないし、せっかくだから見に行かねえか?最近こういう機会あまりなかったろ?」
「もちろんいいわよ。でも、当麻からの誘いってなんか珍しいじゃない?まあ、嬉しいからいいんだけどさ」
「うっせ、俺だってそういう時くらいあるんだよ」

 驚いたような、それでも少し嬉しそうな表情を美琴は見せ、その後で少々意地の悪い笑みをこぼす。
 上条自身、柄じゃないのはわかっている。
 事実、今までのデートの誘いのほとんどは美琴からのもの。
 しかし、上条はこういう形でしか彼女への恩を返せないのだ。
 平和な世の中で幻想殺しの出番がない今、これといった特筆すべき長所がない上条ができる恩返しの方法は、美琴が喜ぶという形でしか。
 だからこれからは、今まで以上に彼女へ愛情を送り、大事にしていく。
 しかし今日の目的はそれだけではない。
 今日は、それから…

「じゃあ、さっさと飯食って準備すっか」

 現在の時刻は夜の8時。
 日は完全に沈み、今二人を照らすのは淡い月明かりと、数はかなり少ないが、人工の明かりのみ。
 そんな中、二人は今、今夜行われる花火大会の会場である場所の、花火を一望できる高台にいた。
 そこは花火大会が行われる本当の会場とは少しだけ離れた位置にあり、人混みなどはあまりなく、花火を静かに楽しむには絶好の場所とも言える。
 しかも、二人の周りにいる数少ない見物客達のほとんどは、カップルばかり。
 静かで人通りが少なく、さらに花火も一望できるまでくれば、周りを気にしなくてもいいここは、そういった者達にとっても絶好の場所でもあるのだ。

「冷えないか?大丈夫か?美琴」
「えっ…?あ、ぅ、ぅん……大丈夫…」

 そして、茹だるような暑さも、日が完全に沈んだ今、昼間のそれよりは格段にましになっている。
 それどころか、気温はいつもより低いくらいと言えるほど。
 温暖化がどうのこうのなどの問題が解消されたなどという話は何も聞いていないが、いくら夏の夜と言っても涼しい時は流石にある。
 そして今日は、そのいつもよりは幾らか涼しい夜。
 寒いまでは流石にいかないものの、薄着をしていると少し冷える。
 それ故の上条の気遣いなのではあるが。

「……なんかさ、今日の当麻、ちょっと変じゃない?」
「……そうか?上条さんはいたって普通ですよ?」
「それなら別にいいんだけどさ……何というか、その…」

 いや、必ず何かあると、美琴はふんでいた。
 というのも、今日という日を振り返って、いくらなんでも今日の上条の行動には不可解な点がありすぎるからだ。
 確かに今朝はほぼいつも通りの朝を過ごした。
 ほとんどいつも通りの時間に起き、いつも通りの朝食を食べ、夏休みに入ってからはいつも通りのまったりとした朝。
 そこでは別に美琴は何ら違和感を覚えていなかった。
 唯一いつもと違う点である上条からの外出の誘いも、今まではかなり少なかったものの、全くなかったわけではない。
 しかしいざ外出してみると、違和感ばかり。
 花火までの時間を潰すために二人で買い物をしていても、いつもなら嫌々やっていた荷物持ちを率先してやってきた。
 いつもなら絶対拒否していた対象年齢がかなり低いマスコットキャラクター、つまりゲコ太ショーにも一緒に入場してくれた。
 そしていつもなら、『一般庶民が食べるものじゃない』と言って断固として譲らなかったような、少しお高い料亭(とは言っても少しだけだが)で夕飯を済まそうと上条の方から美琴を誘った。
 それも、上条の奢りで。
 いわく、偶にはいいんじゃないか、とのことなのだが…
 因みに、高校卒業からは上条から『まぁ、流石に、高校卒業したら、別に…』と、お許しの言葉を得たこともあり、今二人は一緒に暮らしている。
 その時から二人の財布の紐を握っているのは不幸体質の上条ではなく、美琴。
 それは上条からの了承の上でそうなった。
 なのでそういう経緯もあり、考えようによっては上条のお金もまた美琴のお金のようなものではあるが、これもまた『こういうのは気持ちだから』と、押し切った。
 確かに、上条のお金がどういうものであれ、それに対して美琴は気持ち的には嬉しいとは思っている。
 今までそういった誘いはなかっただけに。
 しかし他にも、先ほどのような気温への気遣いといった感じの細かい点で、美琴は違和感を多々感じていた。
 それなのに、上条自身が言うように普通であるはずがない。

「……ねぇ」
「んー?」
「今日って、何か特別な日だったっけ?」

 彼がここまで明らかな変化を見せているというのに、そこに何も理由がないわけがない。
 何らかの、理由があるはず。

「…………………今日か?花火大会がある日だろ?」
「……アンタ今、明らかに何か誤魔化したわよね?」

 今日という日が何か特別な日であるというのは、美琴自身には全く心当たりがなかった。
 強いて言うのであれば、彼が言った通り今日が花火大会の日であるということだけ。
 なので先ほどの美琴の問いは、何か特別なことがあるのかどうかを確かめるためのものだったのだが、どうやらそれは当たりらしい。
 美琴がそれを尋ねた時、ほんの一瞬ではあるが、上条はギョッとしたような表情を見せた。
 そして考えるにしてはやたらと焦った表情に、言うまでの不自然な間。
 無論それを見逃すほど美琴は甘くはない。

「い、いや、決してそのようなことは…」
「アンタさっき何を隠したの?何を誤魔化したの?」
「だから…」
「言いなさい」

 上条に返答させる間も与えず、美琴は詰め寄る。

「……少なくとも、今は言わない」
「はぁ?何よそれ、どういうこと?」
「ううぅ……とにかく今は言えねぇ!後で絶対話す!だから今は…な?」

 聞くなと言われるとなおさら聞きたくなるのが人間の悲しい性ではある。
 それは美琴の場合も例外ではなく、本音を言えば、今すぐにでもその話を聞き出したいとも思っている。
 しかし、その聞き出したいという激しい衝動に駆られる美琴が選んだ選択肢は、それではない。
 彼が絶対と言った、だから今はそれを信じ、我慢するという一つの選択肢を。

「……絶対、後で話すこと。いいわね?」
「……約束する」

 今日が一体何の日なのか、何故彼はそれを今言いたくないのか、一体彼は何を企んでいるのか。
 まだまだ美琴には考えたいこと、気になることはたくさんあった。
 しかし今は我慢するという行動をとった。
 だから、今は敢えて考えないようにする。
 今はこれから始まる花火を楽しもう。
 美琴はそう割り切った。

「……そういえばさ、あの星座知ってる?」

 ふと、美琴は夜空を見上げた。
 今夜の空は雲一つない快晴。
 そして地上からの眩い人工の光に負けじと、夜空の星々も弱々しくも輝いていた。

「あん?あのってどれのことだ?」
「いや、あれよあれ」

 無限に広がっている夜空に対して、美琴は腕を目一杯伸ばしてその小さな指でもって、自分が言う星座を指し示す。

「??……星がいっぱい有りすぎてどれを言ってるかさっぱりわからん」
「はぁ……まぁ知らないならそれはそれでいいんだけどさ。ほら、あの辺に明るい星が三つほどあるでしょ?」
「明るい星…?あぁあの三角形っぽいのか」
「そう、それは夏の大三角形って言って、それの一角がベガっていう一等星なの。んで、そのベガの近くに平行四辺形っぽいのがあって、それが琴座なんだけど……その様子じゃわかんないみたいね」
「そ、そんなことないぞ?多分…」

 知ったようなフリこそ上条はしているものの、まだ言葉尻の疑問符は拭い去れていなかった。
 ここまで説明をされたが、上条は具体的にどれが琴座を指しているのかはイマイチ理解できていない。
 三角形は見つけられたものの、それの近くに平行四辺形らしきものは見つからない。

「……まぁ、琴座はこの学園都市じゃ見えにくいかな。明るい所だと見つかりにくいのは事実だし」
「そうなのか?……つか、それならお前は見えてるのかよ」
「何となくはわかるかな。私は大体の場所知ってるもの。……と、それはいいとして。じゃあさ、その琴座にまつわるお話は知ってる?」
「……お恥ずかしながら」
「そっか。別に知らないならそれでいいのよ?その方が話しやすいし」

 少しだけ申し訳なさそうにツンツン頭をポリポリと掻く上条に対して、美琴は夜空に向けた視線はそのままに、少し素っ気なく答えた。
 別に琴座の話を上条が知らなかったことに対して、美琴がどう思ってたかなどはない。
 むしろ彼女が先ほど言ったように、知らない方が話がしやすいため、好都合と言えるくらいである。
 美琴が素っ気なく答えたのは、何が原因というものはなく、単に彼の答え自体が比較的どうでもいいことだから。
 むしろ美琴の目的は、確認。

「……星ってさ、きれいよね」
「……?あ、ああ」
「私ってさ、まだ私が小さかった頃、それこそ能力が使えるようになってすぐの時よ?この能力がもっと強くなれば、夜空の星も作れるんじゃないかって本気で思ってたのよね。今でこそ思うけど、我ながら馬鹿な発想だったな」
「……別に、それくらい小さい頃なら仕方ないんじゃないのか?むしろ夢をみてて子供らしい。……つか、さっきの琴座の話ってのはどうなったんだ?その話は何か関係あんのか?」

 少し、上条は疑問に思った。
 ほんのつい先ほどまで星座の話をしていたはずなのに、何故小さかったの頃の話をするのかと。
 彼が美琴の過去について興味がないわけではない。
 だが、あれだけ話を引っ張っておいて、結局話さないというのはあまりにもどかしい。
 できることなら早く話を聞きたいと思うのが普通だろう。

「あら、意外に興味あった?ちゃんと話すから心配しないの」
「は…?」
「後で話す、はアンタだけの専売特許じゃないのよ。いつもやってるんだからいいじゃない。それに、強ち無関係ってわけでもないわよ?そりゃどうでもいいと言えばそれまでだけどさ」
「???」

 全く話が読めず、わけがわからないと言わんばかりの表情を見せる上条。
 それを見て、美琴はクスッと笑い、

「とにかく、そんな馬鹿げたことを考えるくらい、私は星空が好きだったわけ。それがきっかけで星座とか、それにまつわる神話なんかは結構調べたりしたのよ。だから私は星に関しては色々知ってるつもり」
「へぇ、初めて聞いたぞ、そんな話」
「そりゃ今までそんなこと話したことなかったしね、当然でしょ」

 美琴が話していたのは過去の話。
 そして、彼女が星座の神話などに手を出した経緯。
 確かに考えようによってはどうでもいいことかもしれない。
 その話自体は直前でしようとしていた話とは関係ないのだから、それがどうしたと思うかもしれない。
 しかしそれを少なからずわかっていても、美琴は上条に聞いて欲しかった、いや、知って欲しかった。
 自分のことを、今よりも、もっと。

「それでね、琴座の話は結構私のお気に入りの話なの。だからもし知らないなら聞いて欲しいな……って、思ったわけ」
「なんだそういうことか。じゃあ話せばいいじゃねえか、俺は全然構わねえぞ。むしろ美琴のお気に入りの話なら聞きたい」
「そっか、よかった」

 いくら話の内容が良くても、いくらその話が美琴のお気に入りでも、上条の聞く気がなければ、その話は一気に面白くなくなってしまう。
 それでは話し手も聞き手もつまらない。
 せっかく話をするのなら、双方面白い方がいいに決まっている。
 それ故の確認。
 美琴は上条の了承の返事を聞いてから返事をし、そこからさらに一拍おいてから視線を夜空へと向けると、

「琴座ってのはさ、一説ではオルフェウスっていう、とある琴の名手の琴が元になってできた星座なのよ」

 やはり、上条はそれを知らなかった。
 神話や伝承には、なんとなく似たような名前の神様やら人物やらがでてくるというイメージを上条はもっているためか、その主人公の名前自体にはさほどの違和感はない。
 だがやはり、それだけを聞いても特にこれと言ってピンとくるものなどはなかった。

「そのオルフェウスが持ってた琴ってのは、元々ヘルメス神が波打ち際で拾ったカメの甲羅に七筋の糸を張って、音楽の神アポロンに贈ったものだったんだけど、それをアポロンが音楽の才能に秀でたオルフェウスに譲って、それからオルフェウスはギリシア一の音楽の名手となりました。
 それで、オルフェウスには美しいニンフのエウリディケっていう人が妻にいたんだけど、ある時、エウリディケは毒蛇に咬まれて亡くなってしまいました。……と、ここまでは大丈夫?こっからがこの話の良いとこなんだけど」

 淡々と話を続けていた美琴がここで小休止をとる。
 これからという時に、実は話を理解出来てませんでした、では話をしている意味がまるでない。

「当たり前だろ、この手の話を聞くのには慣れてんだ。全然続けてもらって構わねえよ」
「そうなの?」
「そうなの」
「ふーん……まぁいっか、じゃあ続けるね」

 上条の理解を得たので、美琴は話を続ける。

「でも、オルフェウスは奥さんのエウリディケのことをを諦め切れなくて、その人の後を追うために黄泉の国におりていって、オルフェウスはその黄泉の国で心を込めて琴を奏でました。それこそ、妻を返してくれー!ってね。
 そしてその美しい音色を耳にすると、冥土の神プルートンも心を動かされ、『地上に出るまで妻を振り向いてはいけない』と約束させて、エウリディケを帰しててくれたの」
「おおー」

 そこまで話をしたところで、上条はパチパチと美琴に軽く拍手を送った。
 その上条を、少し暗い表情で美琴は見つめながら、

「……オルフェウスはエウリディケを取り戻すことができたから、喜んでエウリディケを従えて地上への道を辿っていったんだけど…
 やがて、洞穴の出口に差しかかって、地上の光が見えてくると、オルフェウスは我慢できずにエウリディケの方を振り返ってしまったのよ」
「あれ…?ちゃんと地上に出てるのに、何か問題でもあるのか?」
「大ありよ。地上の光は見えてきてても、洞穴はまだ抜けてないもの」
「ああ、なるほど…」

 なんだそれは、と少し納得がいかない表情を上条は見せた。

「……それで、オルフェウスが振り返った途端に、エウリディケはオルフェウスの名を呼びながら、吸い込まれるように黄泉の国へ引き戻されちゃったんだ。
 そして再び妻を失ったオルフェウスはついには気が狂ってしまって、ディオニュソスっていう神様の祭りで琴を弾けと無理強いされたのを断わったために、琴もろとも川に投げ込まれてしまったの。
 結局、首と琴は流れるままに海に出てある島にたどり着いて、落ち葉の下に埋もれたんだけど、大神ゼウスはこれを見て、哀れに思い星々の間に琴をかけたのでした…
 これが琴の星座で、静かな夜には今も悲しく美しい音色を響かせることがある……と、伝えられているわけ。どう思った?」
「な、なんか、随分悲しい話だな……そんなバットエンドになるとは思ってなかったぞ」

 上条は途中まで気分よく聞いていた分、ラストでの出来事はショックを受けていた。
 彼とて話の全部が全部、ハッピーエンドで終わるとは流石に思ってはいないものの、期待を裏切られた感がどうしても拭えない。

「まぁ、ラストだけ聞けば酷いかもしれないけど、私は結構この話好きなんだけどね」
「どの辺がだよ?」

 信じられない、とまではいかずとも、上条は多少驚いた様子でそう問いかけた。
 この話の主役であるオルフェウスは、結局最後では何も報われず、無念の死を遂げたというのに。
 それではあまりに悲しすぎる、そう上条はこの話を評価していた。

「そりゃあオルフェウスは亡くなった奥さんを最終的には救えず、死んじゃったわけだけど……私はその何が何でも奥さんを救いたいっていう、オルフェウスの真っすぐな奥さんへの想いがすごく好き」
「真っすぐな、想い?」
「だってさ、並大抵の想いや愛じゃわざわざ得体の知れない黄泉の国なんかにはいかないでしょ?だからオルフェウスはそれだけ奥さんのことを愛してたってわけだから、私はそういった真っすぐな愛が見え隠れするこの話が結構好きなんだ」

 なるほど、と上条は思った。
 確かに並大抵の想いや愛では、身の危険を冒してまでそこまでのことはできない。
 この話では“二度”も妻を失ってしまい、終いには気が狂ってしまったオルフェウスだが、そもそも普通ならば“二度”失うことはない。
 それはオルフェウスの純粋とも言える真っすぐな想いと愛があったからこそ成せたこと。

「確かに、言われてみれば、そうともとれるよなぁ……それならお前が好きそうな話かもな。お前って無駄にそういうもんに憧れてるもんな」
「……無駄に何よ、無駄にって」

 悪い意味で言っているようにしか聞こえない上条の発言に対して美琴は反応し、じろりと彼を睨みつけた。
 好きな物事に対して、それへの好きの度合いに無駄なんてない。
 好きなものは好きなのだから、それは仕方ない。
 だからこそ美琴は上条に多少の怒りを示した。
 しかしそれも長くは続かず、次第に怒りは薄れていき、また視線を夜空へと戻す。

「おっと、もうこんな時間か。そろそろ花火始まるな」

 ちらっと、上条はポケットの中に潜ませていた携帯を手にとり、時間を確認する。
 携帯の時計が指していた時刻は8時27分。
 そして花火が始まる時間は8時30分。
 花火が始まるまであと3分というところまできていた。

「当麻は、さ…」
「え?あ、ああなんだ?」
「例えば私がもしエウリディケみたいに毒蛇とか、何かの拍子に死んじゃったら、当麻はオルフェウスみたいな行動とってくれるのかな?」

 美琴は視線はそのままに、呟くような調子で上条にそう問いかけた。
 相変わらず、自分自身を馬鹿だなと美琴は思った。
 こんな質問をすれば、上条の性格からしてどんな答えをくれるかなど、容易に予想できる。
 彼ならばきっと、そんな悲しい幻想は俺がぶち殺してやるなどと言って、冥土の神プルートンをその右手で殴り倒してでも美琴を黄泉の国から救い出そうとしてくれるだろう。
 そして恐らく、彼はそれに似たような内容の答えをくれるはず。
 そこまでを、美琴は質問した時点で既に予想することができた。
 にもかかわらず、問いかけた美琴自身が答えがほぼわかってしまうような問いを、敢えて美琴はした。
 だからこそ馬鹿だなと、美琴は自分で自分を思った。
 しかし大体は予想できたとしても、やはりそれは頭の中の上条からでしかない。
 それを現実で言ってほしい、真っ正面から目を見ながらそう言い切ってほしい。
 我が儘で自分勝手なそんな願いを、彼に叶えてほしいと思ったから。

「……いや、俺はそのオルフェウスと同じようにはしない……かな?」
「え?」

 しかし上条からの答えは、美琴の予想とは大きく違うものであった。
 絶対、とは言わずとも、九割九分そうなるだろうと予想していた分、美琴には上条からの答えはあまりに意外に思えた。

「だってよ、オルフェウスの奥さんは毒蛇に咬まれて亡くなったわけだろ?それはやろうと思えば未然に防げる事故(ふこう)だ。そんな程度の事故(ふこう)で、俺はお前を亡くすなんてへまはしねえよ。そんなことが起きる前に、俺は全力でお前を守ってやるさ」
「……!」

 彼らしくない、いつもと何かが違うと、美琴は今日という日で何回思ったことか。
 ほんのついさっきの彼からの答えでも、それは思った。
 美琴には彼が今日何をしたいのか、今日が一体何の日であるのか、それは今でもさっぱりわからない。
 だが、そのせいで彼らしくないと思っても、それはあくまで表面的なもので、根っこは何も変わらない。
 何のことはない、上条はやはりいつもの上条だった。
 先ほどのやり取りで彼らしくないと思ったのはほんの束の間、そんな美琴の考え、そして推測はあっさりとぶち壊された。

「ば、馬鹿!それじゃそもそもの前提条件が違うじゃない!もし万が一、私が何かの拍子で死んじゃったら、の話よ!」
「あっ、そっか。……じゃあその時は冥土の神様とやらを殴り倒してでも絶対お前を奪い返してやるよ」
「!!……そ、そう」

 ニカッと、上条は笑顔でそう答えた。

 やはり、ちゃんと前提条件をたてた時の答えは、美琴の予想通りのもの。
 それでも、ちゃんと心構えをしているのと、不意打ち的なタイミングで言われるのでは違いがある。
 心構えをしていた先ほどならば、別段気にすることもなく返事もできていただろうが、羞恥が先行し、少し頬を染めて、美琴は俯き加減に返事をした。

「でも、…」
「……?」

 そこからさらに上条が何かを言おうしたので、美琴は顔を上げると、

 ドーン!!

「っ!?」
「ん?あー、花火、始まっちまったか…」

 突然の大きな爆発音は、これから始まる花火大会の始まりを告げる第一発目の花火の音だった。
 一発目が闇夜に打ち上げられ、夜空を色とりどりの巨大な火花によって彩られると、堰を切ったかのように立て続けに花火が打ち上げられていく。
 そしてそれに呼応し、先ほどまではシンと静まり返っていた二人がいた場所も、どころどころで歓声があげられていた。

「び、びっくりしたけど、やっぱきれい…」

 美琴は始めの一発こそしっかりと見られなかったものの、後続の次々に打ち上げられる花火には、暫くの間魅入っていた。
 一発一発が夜空を舞う時間自体は短いもの、その一発にも個性がある。
 これ以上ないほど綺麗なもの、一風変わった色や形のもの。
 そして最後には儚くも散っていってしまうが、共通してその花火を見る者全てに強烈な印象を与えていく。

(それにしても、こういうところであの当麻と花火かぁ……なんか夢みたい…)

 夜景が綺麗な場所にいて、大好きな人が隣にいて、花火を二人きりで静かに眺める。
 このシチュエーションは美琴にとっては堪らないものだった。
 一度はやってみたい、そうも思っていたほど。

(後は、……まぁそれはないか。そんなに期待しちゃダメかな)

 このシチュエーションに後一つ加われば、もうそれは完全に美琴の理想通りのシチュエーションになる。
 しかし、その残り一つとなるものを美琴は心の中でも口にすることはなく、飲み込んだ。
 上条はそういったロマンチックとはほど遠い位置に存在する人間。
 これ以上の期待は酷というもの。
 ここまでのシチュエーションが揃っただけでも、それは十分に満足しなければならない。

「……あ、あのさ、美琴」
「……?何?」

 美琴が次々に打ち上げられていく花火に魅入っている中、不意に上条の方から美琴に声をかけられた。


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