とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part33-2

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一生かけて


「あ、えっと、その……」

 しかし、上条の方から声をかけてきたにもかかわらず、その後に続くであろう言葉が、なかなか彼の口から出てこない。
 視線を美琴の目に少し向けたかと思えば、その後すぐに目を剃らしたり、周りを気にしているのか、キョロキョロと辺りを控え目ながらも見回したりと、その挙動もどこか落ち着いていない。
 少しだけ、二人の間に沈黙が流れた。
 肝心の上条が何も喋らないからだ。
 だが一方で、美琴もまた何も喋らない。
 普段ならば、上条がこれほどじれったい反応を見せようものなら、早く続きを言うように促す彼女だが、今美琴は、何故だかそれをしようという気にはどうしてもなれなかった。
 直感、強いて理由を挙げるならばそれしかないだろう。
 今の場の空気が、今の上条のいつもと違う態度が、先を促してはいけないと言っているように思えて。
 そしてその沈黙が続いている間にも、花火は関係なく打ち上げられていく。
 花火が次々と放たれていることもあるせいか、周囲はその花火が打ち上げられる音や、ボツボツとまだらながらも見られる人々の少し賑わいで静寂とはほど遠い。
 それでも、美琴には何故だかそれらの雑音は気にならなかった。
 今の彼女の耳が唯一感じとっていることと言えば、それは彼女の目の前に立つ上条。
 周りの音が何も気にならなくなるほど、今美琴は上条がこれから発するであろう声だけに耳を傾け、彼が口にするであろう言葉をじっと、待つ。
 まだ幾分かの迷いが伺える上条の瞳のさらに奥を見据えながら。

「ちょ、ちょっと待ってくれな?」
「……?」

 漸く口を開いたかと思えば、一旦上条は美琴に背を向け、大きく深呼吸をし始める。
 しかし大きく一呼吸、二呼吸する上条のその様は、美琴にはおかしく思えてならなかった。
 それこそ、殺しても死なないような彼、無神経とも言えそうな図太い神経を持っている彼が、一体何に怯え、何を緊張しているのかと。
 そのためか、深呼吸が三回目に突入したところで、美琴からくすっと、小さく笑みが漏れ、

「一体何をしたいのかさっぱりわからないけど、とりあえず頭と体は大丈夫?」
「大丈夫に決まってんだろ?つか、頭も大丈夫かってどういう意味だよ!?」
「別に、そのまんまの意味だと思うわよ?」
「て、てめぇ…って笑うな!」

 そこでまた、先ほどよりは少し大きめに、美琴は笑みを漏らした。
 美琴がほぼ予想した通りの突っ込みを返してくれた上条がまた、おかしく思えて。

「ごめんごめん。だってアンタがおかしかったんだもん。だからつい…」
「あぁはいはい左様でございますか。せっかく俺が…」
「こらこら、そんな拗ねないの。それで?何かを言う決心っぽいのはついたの?」
「…………」

 がっくりとうなだれる上条の背中をポンポンと軽くたたいて笑顔で慰める美琴だが、最後の問いに対する答えはすぐには返ってはこなかった。
 美琴は別に、なかなか返事が返ってこないことに関しては特にじれったいとは思ってはいない。
 上条から言葉を言ってくれるのを待つ、その気持ちは先ほどとは全く変わってはいないのだから。
 しかし逆に、彼が言いたいことというのは、一体何なのだろうかという僅かながらの疑問は少なからず湧いてくる。
 良いことも悪いことも、言いたいこと、思ったことは大抵は比較的すぐに口にしてしまう上条が、ここまで躊躇うほどの内容。
 それは一体何なのか、と。

「さっき、」

 今までうなだれていた上条が、背筋を伸ばし、しっかりと芯の通った声で美琴の名を呼んだ。
 その声には、今までちらついていた迷いは存在しない。

「さっき、美琴が話してくれた星座の話じゃないけど、その話の主人公のオルフェウスは奥さんを一度失って、頑張りはしたけど、結局は失うことになった」
「……?」

 確かにそうだ、上条が言ったことには何も間違いはない。
 琴座の神話にでてくる主人公、オルフェウスは一度妻を亡くし、彼女の死を諦めきれずに黄泉の国にまで赴き、ある条件付きではあるが妻を一度取り戻すも、結局は二度妻を亡くす羽目になった。
 それはいい、花火が始まる前に美琴が話していた通りだ
 だがしかし、何でまた先ほど話したことについて確認するのだろうかと、美琴は疑問に思い、首を傾げた。
 この話が、どうしたのかと。
 そして美琴がそう思うことなどお見通しと言わんばかりに、上条は薄く笑みを浮かべ、

「そしてさっき、お前はもし自分が死んだら、なんて質問してきたよな?」
「そ、そうだけど?」
「でもさ、俺は例え一度でも、一度たりともお前を、美琴を失いたくなんかないんだ」
「……!!」
「もし万が一自分が何かのせいで死んだ時どうするか、と聞いてきた。だけど俺はそんなことなんか考えたことはない、いや、考えたくない、考えるのも嫌だ。想像する事自体がもう怖いんだ」

 ほんの少し前まで鳴り響いていた、花火が打ち上げられ、その花を開かせる音がいつの間にか消えていた。
 ほんの少し前までざわついていた周りの人々も、今は黙って先ほどまで花火が打ち上げられていた方へと向いている。

「俺の中ではな、俺の隣にはお前がいることがもう当然になっちまってんだよ。毎日生きるために当然のように呼吸して、飯食って、そしていつも日の光を見るように、俺の隣には美琴がいること。それがもう既に普通なんだ」

 申し訳程度にしか吹いてはいなかったが、それでもほんの少し前まで吹いていた冷たい風が空を切る音も、止んでいた。
 そのためか、周りの木々がユサユサと枝葉をこすらせ、木全体揺れ動く音すらも、今は止んでいる。
 この世界には何もないのかと錯覚してしまいそうなほど、音という音全てが、今この瞬間止んでいた。

「だから俺の隣から美琴が消えること、それが今の俺にとって一番怖いこと。だから俺はいつまでも、少しでも一秒でも長くお前と一緒に同じ時を過ごしたい、一緒に笑いあっていたい。今はもちろん、ずっとこっから先もできたらそうしたいと思ってる」

 美琴は緊張と驚きで、目は次第に見開き、呼吸は静まっていき、だが次第に心臓が脈打つ早さも早まっていく。
 そして一方で、それを上回る莫大な感情が、想いが、美琴の中を駆け巡る。
 彼女の目尻には、若干の涙。
 しかし今度は真の意味で、美琴の耳が感知している要素はただひとつ。
 だから上条の言葉を聞くこと、それだけに美琴は今身体全ての神経を集中させ、それだけに全てを注ぐ。
 今は自分のことなど、どうでもいい。

「俺は、御坂美琴が好きだ、大好きだ、心の底から愛してる。だから俺が美琴を護りたい。他の誰でもない、俺が、美琴を。だから……俺が、俺の一生かけて、俺の全てをかけてお前を護るから、美琴も、ずっと俺の側にいて、ずっと俺を支えていてくれないか?」

 瞬間、堰を切ったかのように美琴の目から涙が零れ落ちる。
 彼の言葉があまりに唐突で、衝撃的で、嬉しくて。
 しかし同時に、小さく、それでも確実に、こくっと美琴は首を縦に振った。
 言うまでもなく、了承の証。
 そしてそのすぐ後、美琴が上条のもとへ飛び込み、顔を上条の胸に埋めると、

 ―――ドーン!

 そこで、今まで止んでいた花火が再び一斉に打ち上げられた。
 それも、花火もそろそろ終わりなのだろうか、今までに比べ、勢いも増し、さらに一段と豪勢なものへとなって帰ってきて。
 だがその進化して返ってきた花火を、上条の胸に顔を埋める美琴は、直視する事などできなかった。

「美琴……花火、さっきよりも…綺麗だぞ…」
「ひっく、えぐっ…ばか……アンタの、せいで…ひっく……花火見れないんじゃない…」
「そっか……それは悪いことをしたな」

 涙で顔をグシャグシャに崩し、完全に取り乱している美琴とは対照的に、上条の声は至極穏やかで、戸惑いの色など全く存在しなかった。
 もちろん、上条は悪いなどとは思っていない。
 彼は彼がしたことに対して、全く後悔はしていない。
 それが上条自身の、素直な気持ちなのだから。

「ほんとばか……ひっく…アンタは、いちいち勝手すぎんのよ…」
「悪かったって」
「頑張って私が告白した時も、アンタは自分の都合で断ってくるし」
「えっ?」

 美琴は涙ぐむ声を必死に抑えつつ、上条の服を握りしめる力を強くし、話す。

「それでホワイトデーにどんなことしてくれるのかと思えば、私に嘘ついてくるし」
「うっ」
「付き合って二ヶ月もしない内に、一年も私を置いてけぼりでどっか行っちゃうし」
「うぅっ!」
「私が色々追い詰められて大ピンチって時なのに、登場すんのはめちゃくちゃ遅いし」
「み、美琴さん!?」
「それで一昨年は私に泣きついてきて、それなのに挙げ句の果てにはずっと隣にいてほしい?一生かけて私を護る?アンタ一体どの面下げて言ってんのよ…?」
「………」

 そこで上条の中で一つの疑問が生まれる。
 先ほどの美琴の頷きは、あれは見間違いだったのだろうかと。
 普通、こういったことを了承した後は、自分も好きだ、などの甘い言葉を囁くものなのではないのだろうかと。
 しかし現実は、上条の理想とは遠く離れ、美琴は上条への今までの不平不満ばかりを述べている。
 それからか、果たして本当に自分の愛の告白は、本当に成功したのだろうかと。

「私は、本当に出会ってから今の今まで、アンタに振り回されっぱなし。泣かされるし、ムカつくし、死ぬほど心配させられるし…」

 対する美琴も、一度開いた口がなかなか止まらない。
 涙ぐんでいた声も、今は少しだけは落ち着いている。
 今彼女の頭の中で思い出されていることと言えば、今までの上条との思い出。
 思い出されるのは全部が全部、楽しい思い出ではない、むしろ今彼女が思い出しているのは何故だか嫌なこと、苦労したことばかり。
 初めての出会いは子供扱い、それから暫くはスルーが続き、ちゃんと対面したとしても何かにつけて不幸不幸。
 美琴からの決心の覚悟の、それも彼女にとって生涯初となる告白の返事はあろうことか拒絶。
 紆余曲折あって付き合い始めても、本来お返しをするべき日に騙されるわ、一年中離れ離れになるわ、挙げ句果てには危うく殺されそうになるわで良いことがまるで思いつかない。

「なのに、それなのに…」

 何時の日からか、こんなに大変な感情を抱えていた。
 何時の日からか、こんな場面をずっと夢見てた。

「私だってアンタが、当麻以上に大好きよ!」

 結局は、それ尽きるのだ。
 いくら泣かされても、いくらムカついても、いくら心配させられても、これまでずっと一緒にいたのはそのためだから。
 それは恐らく、今後も変わることはないのだろうと、美琴は思う。

「……なんかその言葉、すっげー久しぶりに聞いた気がする。……でも」
「……でも、何よ」
「……やっぱり、今までのどの好きって言葉よりも、嬉しいよ。ありがとな、美琴」
「……ぅん」

 その言葉は、今までのどの言葉よりも上条には重たく感じていた。
 何回か聞いて聞き慣れたはずの同じ一言でも、心への響き具合がまるで違うのだ。
 悩んで悩んで、その末に出した答えの返答。
 先ほどから今の今までずっと聞きたかったその言葉は、上条にこれ以上ない安らぎと安心を与えた。
 そして上条は今この時放たれたその言葉を大事に胸にしまい込み、代わりに今までポケットに忍ばせていた小さな箱を取り出すと、今まで抱きついてきていた美琴を一度剥がしてから、その中身を取り出し、美琴の左手をとると、

「これをさ、受け取ってほしい…」

 その箱の中のものを、美琴の左手の薬指にはめ込んだ。

「こ、これって…」
「婚約指輪…ってほどでもないけどさ、そんな感じのものと思ってくれると有り難いかな。将来俺がしっかり働いて、ちゃんと稼ぐようになった時、またちゃんとしたのを贈るからさ、その時まではそれで我慢してくれないか?」

 謙虚しているのか、上条はこう言うが、美琴はそこまで悪いものだとは思わなかった。
 暗がりで光源があまりないこの場所でも、光輝く一粒の小さなダイヤモンド、そのダイヤモンドを受けるリングは、そこらの店で売られているようなちゃちな造りにはなっておらず、ダイヤモンドには代表的な縦爪プラチナリング。
 美琴が安く見積もっても、十万は超えていそうにさえ見える。

「我慢もくそも、十分だと思うんだけど……これ結構したんじゃないの?すごく、綺麗…」
「額についてはそんな大したもんじゃねえよ。……もっとも、俺が今まで貯めてた分全部使ったけどな。は、ははは…」
「……ばかね、そんなに無理しなくてもよかったのに…」

 乾いた笑いを見せる上条に対して、美琴は優しく笑いかける。
 言葉では美琴はこう言うが、実際は上条にここまでされて、内心嬉しくて仕方がない。
 夜景が綺麗で静かなこの場所で、綺麗な花火が打ち上げられているというロマンチックな雰囲気の中、彼からのプロポーズに素敵な贈り物。
 しかも、上条の告白の狙いすましたかのようなタイミングは、まさに圧巻。
 了承したと同時に打ち上がる花火は、理想そのものだった。

「もしかして今日の花火、狙ってた?」

 美琴にはそうとしか思えなかった。
 偶然にしてはあまりに出来過ぎであるし、何よりもそもそもの花火の一発目の時、上条は残念そうな表情をみせていた。

「……お前の後輩にさ、聞いたんだよ」
「私の、後輩?」
「初春さんと佐天さんだっけか?俺が店の前でちょっと指輪選びで頭抱えてた時に会ってよ、それで色々話を聞いたし聞かされたんだよ。美琴は夜景が綺麗な場所でプロポーズされて、オーケーしたら花火がドーン!って上がると可愛いくていい、と話してたことがあったって。悪いけど参考にはさせてもらったよ」
「…………」

 確かに、美琴にはそういったことを言ったような記憶があった。
 あすなろ園の男性の先生と、常盤台女子寮の寮監をくっつけようと動いていた時だ。
 しかしあれは今からかなり前の出来事で、しかも何気ない会話の中で言ったこと。
 正直な話、美琴はよく覚えていたなと思った。

「それでも、今日を選んだのはそれが理由じゃない、順序が逆。元々今日言うつもりで、結果的に今日花火大会があるって後で知ったから狙ってみた、それだけだ。もっとも、本当は一発目にしたかったんだけどな」
「……?そういえば今日は何か特別な日だと何とか言ってた気がするけど、それのこと?」

 花火が始まるよりも、星座の話をするよりも前に、そんな話をしていた。
 その時は今日が何の日なのか、美琴にはさっぱりわからなかったわけだが。

「今日はな、“今の”俺とお前が初めて出会った日なんだよ。そりゃあ本当の意味での初めての出会いは違うだろうけどさ」
「あ……そっか、アンタ記憶が…」
「そう、だから今日はお前と“今の”俺が出会った、特別な日なんだよ」

 4年前の8月20日、二人はとある自販機の前で出会った。
 その時美琴は自販機に蹴りをいれてジュースを確保し、そんな彼女に対して記憶のない上条は、を美琴に対して何だこいつと発言した。
 今の二人の全ての物語は、そこから始まっていたのだ。
 だから8月20日、今日は二人が初めての出会いを果たした日、二人の時間が動き始めた日。
 何ともないような平凡な日思えるが、上条にとってはこれ以上ない、運命的な日。

「……もう一つ質問」
「何だ?」
「二年前、本格的に勉強したいって言ってきた日の夕方に、いつか言ってやるって約束したことあったわよね?それって、」
「『ずっと、一生隣にいてほしい』…ってな。約束通り、今日言ったぞ?」

 それは二年前の4月、高校が始まって一週間経った日に指切りをして交わした約束。
 それも、嘘吐いたら本気で針千本飲ますとまで言って交わした約束。

「そっか……残念、針千本用意して待ってたんだけどなぁ。どうせだし、飲んどく?」
「俺を殺す気か!つか、針千本なんていつの間に用意してたんだよ!?」
「冗談よ、ジョーダン……多分」
「……何やら不穏な単語が聞こえたような気がしたが、そこは敢えてスルーしよう」

 そうこうしている内に、いつの間にやら花火は終わりを迎えていた。
 先ほどまではドンドンと鳴り響いていたその音も、今ではすっかり途絶え、辺りは静けさを取り戻しつつある。
 時間も時間であるため、退散していく見物客も少なからずおり、多少ガヤガヤとはいているのだが。

「……さて、俺らもそろそろ退散するか?」
「あ、ちょっと待ってよ」
「あん?」

 周りを見渡し、帰ろうという姿勢を見せる上条に対して、美琴は待ったをかける。

「か、帰る前にさ、その……キス、してほしいかなって思って…」
「……いきなり何こっぱずかしいことを言い出すのかね?美琴さん。一応周りには人もいるんだぞ?」
「だってさ、今日の出来事全てって、みんな夢みたいで、幸せで、非現実的みたいなことが起きすぎたんだもん。これが現実かどうか、ちょっと不安でさ。どうせ夢なら当麻に覚ましてほしいかも~って思って」
「なら、自分のほっぺでもつねってれば…」
「…………ダメ?」

 美琴は、甘えた上目遣いで、上条を見やる。
 今日は色々と変わったことあった。
 朝は珍しく彼の方から出かけようと誘いがあったと思えば、珍しく率先して荷物持ちをかってでて、いつもは嫌がるゲコ太ショーにも付き合ってくれた。
 そして今日の夕食も、いつもは絶対入らないような所で美味しいものを食べて、ちょっと不思議な気分で夜まで過ごしてた。

「……目、瞑れよ」

 しかしそれ以上に、幸せなことがあり過ぎた。
 本当に夢の中でしか起きないだろうと思っていたことが、立て続けに起きたのだ。
 それこそ、実はまだ本当の自分は寝ているのではないかと錯覚するくらい。
 だからどうせ夢から覚めるなら、大好きな彼からのキスで目を覚ましたい。
 それで目覚めるのなら、別にいい。

「……ぅん」

 そして美琴は、顎を少し上げ、そっと瞼を閉じる。
 それを見た上条は美琴の頬に両の手を添え、優しく、包みこむようにして、そっと口付けた。
 辺りを照らす照明はやはり少なく、花火も終了した今、光源はかなり少ない。
 そんな暗がりの中、二人のシルエットは、今確かに一つとなっていた。
 二人の口付けは続く。
 少しだけでは足らない。
 ゆっくり、時間をかけて、これが夢でないことを確認する。
 互いが、互いの存在が確かなものであることを確かめるために、二人のシルエットは繋がったまま。

「っ……!」

 苦しくなるほど時間をかけ、息が切れかけた時、二人は離れた。
 離れても、二人の瞳は視線を外さず、名残惜しそうに互いに熱のこもった瞳を揺らして、見つめ合う。

「…………夢、じゃないみたい」

 先に視線を外したのは美琴。
 美琴は、自分が危惧していたことはやはりないと呟くと、安心からか、脱力して上条にもたれかかる。

「……たりめーだ。俺がどんだけ覚悟を決めて言ったと思ってるんだ?」

 対して、上条はもたれかかってきた美琴を受け止め、優しく両腕で包み込む。
 上条の言うとおり、彼とて今日のことには緊張せずにはいられなかった。
 大学に入った頃から、いや、高校の頃から、悩んで悩んで、その末に今日決行を決めたのだ。
 今後の人生を決める一大イベントに対して、生半可な覚悟で望んでいるわけがなかった。

「そっか………ぁりがと」
「ああ…」

 それだけ言葉を交わすと、美琴は上条から離れ、うんと背伸びをした。
 なんだかんだで美琴も緊張して、肩の力がなかなか抜けずにいたからだ。

「さてと、それじゃあこれから色々と大変になるわねぇ…」
「……?例えば?」
「例えばって、そりゃいつ式挙げるかとか、とりあえず式は後で籍だけいれるかとか、今後のことで色々あるじゃない。他にも親にも言わないといけないし…」
「あら、最後のは特に必要はないと思うわよ?」
「「へ…?」」

 三人目、美琴でも上条でもない誰かが、二人の会話に入ってきた。
 その声の主は女性らしく、二人ともやたらと聞き覚えがある声。
 恐る恐る、声がした方へと二人が視線を向けると、

「なっ…!!」
「み、美鈴さん!?」
「うんうん、二人とも久々だね」

 いくら暗がりでも、目を凝らせば互いの顔をなんとか認識できる程度には照明はある。
 それ故、二人が目を凝らして見て確認した人物は、御坂美鈴、まさにその人。

「な、ななな、何でアンタがここにいんのよ!?」
「うーん、私が大学いってた時に世話になってた教授に呼ばれて来てたんだけど、今日花火大会があったじゃない?それを聞いてせっかくだからと思って、花火がよく見えそうなとこ探してたら…という成り行き」
「な、な、な…!!つか、いつからいたのよ!?」
「花火が始まる少し前くらいからはいたわよ?ちょうど美琴ちゃんが……うふ、乙女なこと話してた時だったかなーん?」
「~~っ!!」

 終わった、美琴の中で何かが終わりを告げた。
 美鈴が言うことが本当に正しいならば、その頃から話していた他人には聞かせたくないようなこと全てを聞かれていた、見られていたということになる。
 花火が始まる前の会話、上条からのプロポーズは勿論、先ほどのキスまで。
 一番見られると厄介な人物に見られてしまっていた。

「ふっふーん♪しかもね、今日の私はとっても素敵ななアイテムを持ってたんだなぁ~」
「な、何よ…?」
『俺は、御坂美琴が好きだ、大好きだ、心の底から愛してる。だから俺が美琴を護りたい。他の…』
「ぶっ!!」

 盛大に吹き出したのは上条。
 今突然流れてきた気恥ずかしい言葉は、今日上条がしたプロポーズの内容そのもの。

「ちょ…!美鈴さん!?」
「これね、今日ちょうどその大学の教授に貰ったのよ。何でくれたのか理由は実はよくわかんないけど、普通に使える学園都市製の逸品よ?」

 やや自慢げに語る美鈴の手に握られているものは、一見普通のビデオカメラ。
 学園都市が誇る技術で生み出されたそのカメラの液晶には、あまり光源がないこの場所だったにもかかわらず、二人の姿は鮮明に映し出されていた。
 しかも周りの雑音という雑音もなく、二人の声だけがやたらとはっきりと流されている。
 美鈴曰わく、そのカメラは、暗がりだろうがどんなとこだろうが関係なく、自分が撮りたいものだけを鮮明に撮り、設定すると入れたくない雑音までカットできる代物らしい。
 更に、外からの衝撃や故障の原因となりうるものにはそれなりの耐性がある、らしい。

「って、そんなことはどうでもいいのよ!今すぐそのカメラを捨てなさい!」
「『私だってアンタが、当麻以上に大好きよ!』……だって、もう、美琴ちゃんったら可愛いんだから♪」
「っ!!ぶ、ぶっ壊す!」
「ばかやめろ!そりゃお前が本気になりゃ壊せるだろうが、んなことしたら機械と一緒に美鈴さんも逝っちまう!」
「ぐっ…!」

 美琴が本気でカメラを壊そうと帯電して身を乗り出したところで、上条それを右手制する。
 確かにそこそこ耐性があるとはいっても、超能力者級の力を受けて壊れないわけがない。
 むしろたかがカメラ如きにそれほどの耐久力をつけてもまるで意味がない。
 普通なら、もっと平和的に使われるのだから。

「美琴ちゃん怖~い。ママはそんな子に育てた覚えはないのに~」
「……やっぱり一回くらい痛い目合わせない気が」
「だぁー!もうやめろって!」

 再三にわたって美鈴に突っかかろうとする美琴とは対照的に、美鈴は明らかにこの状況を楽しんでいた。
 何せ、突っつけば必ずと言ってもいいくらいの頻度で返事が返ってくる娘を、これでもか言うほどからかえる材料を手に入れたのだから。
 この状況を楽しんでいないかと言えば、それは当然嘘になる。

「……けどまあ、おめでとう。お二人さん?」
「……へ?」

 かと言って、二人を祝福する気が全くないわけがなかった。
 幼少の頃から学園都市に預け、早くから親元を離れていたとは言え、美鈴は美琴の母親であることには変わりはない。
 娘の幸せを願わない親など、いないわけがない。
 だからこそ美鈴は上辺だけでなく、心からの言葉を二人に送る。

「それにしても、二人の仲は何となくわかってたけど、まさかここまでとは思わなかったわよ」
「まぁ、色々ありまして…」
「そう、色々あったのよ」
「ふーん?まあその辺はいずれ聞こうかしら?何にせよ、上条君、美琴ちゃんをよろしくね?」
「えっ?あ、はい…」

 これまでふざけた調子を通していた美鈴が一変し、それまでとは打って変わって真面目な表情で上条に笑いかける。
 そのいつもは見せないような美鈴の表情には、流石の上条も呆気をとられた。
 そこには確かに、娘を想う母親の優しさ、愛情が存在していたのだから。

「……さてと、私はそろそろお暇しようかな?私は二人にとってお邪魔虫のようだし?」
「あ……家に帰ったら、父さんに言うの?」
「そりゃ、当たり前でしょう?心配しなくてもうちのパパはどっかのドラマみたいに、こういうことに関して文句を言うような人じゃないわよ……多分。それとも自分から言いたいとか?」
「うん……いくら何でも、こんな大事なことは、面向かって話した方が良いと思うから」
「そう。なら私は言わない。美琴ちゃんの方から近々話があるかもとだけ言っておくわ」
「ぅん、お願い」

 頷き、美琴からの頼みを了承すると、美鈴は振り返り、ゆっくりと歩いていく。

「あ、このカメラの内容はダビングして送ったげるから、心配しなくていいわよー」

 が、早々に立ち止まり、カメラをおもむろに振りつつ、ニヤニヤとした表情で美琴へ視線を向ける。
 その表情には、先ほどのような優しさはなく、もう既に見知っている美鈴の表情。

「へ?あ、ありがと……じゃなくて!そんなもん早く捨てなさい!」
「むふ、本当は欲しいくせにー。やっぱり上条君にキスをねだるくらい素直にはなれても、そういうところは素直になれないのね?」
「なっ…!そ、そんなもん欲しくないわよ!」
「そう?美琴ちゃんはそうだと思ったんだけどなー?ならこれは私一人で楽しむとするわ。それじゃあね、お二人さん♪」

 美鈴はそれだけ言い残し、今度は駆け足でこの場を去っていく。

「~~っ!!こ、これ以上は我慢できない!!ちょっと懲らしめてやるわ!」
「いてぇ!!あ、ばか!待てっつうの!」

 今まで美琴を抑えていた右手に美琴は噛みつき、力が弱まった隙を突いて颯爽と前を行く美鈴を追いかけていった。
 今の彼女に、止まるという選択肢はない。
 せっかく心地良い雰囲気の中で、良い気分でいたところを荒らされては、流石に我慢の限界。
 いくら親であっても容赦はしない覚悟で、ひた走っていく。

「あーあ、行っちまったよ……まぁ、どうせあいつのことだし、限度はわきまえてるだろうけど」

 美琴は心根はとても優しい人間。
 いくら少しの怒りに身を任せても大きな事故には至らない。
 上条には、そうなる確信があった。

「……でも、今はとにかく美琴のことより、先のことだよなぁ…」

 気がかりはあのビデオ、とんでもない場面を撮られてしまった。
 しかもそれを撮った人物というのが、厄介なことにあの美鈴である。
 たとえ美琴が今日ビデオを上手く破壊できたとしても、それは物として残らないだけで、美鈴の頭の中には残り続ける。
 先々、今日のことについて何を言われたものかわかったものではない。

「はぁ……にしても、」

 それを思うと、将来が暗いように思える。
 しかし、果たしてこの先待ち受けているであろう問題は、不幸ばかりなのだろうか。
 確かに暗い問題はある、楽しいことばかりではない。
 だが今日、上条は今までにない、最高のものを手に入れた。
 他をどれだけ探しても、決して代わりなど見つからないような、そして決して代えのきかないかけがえのない存在を。

「どうしてこう、俺の人生は」

 確かに始めて出会った時は不幸な出来事の始まりの予感はしていた。
 実際、夜通し追いかけまわされたり、やたらと勝負勝負と攻撃を仕掛けられたり、何かにつけて文句を言われたりと、起きたことは不幸なことばかりだった。
 だがその彼女と出会ったという“不幸”がなければ、今の自分は到底有り得ない。
 彼女がいたからたとえ死にそうな時でも頑張れた。
 彼女がいたからここまで心身ともに強くなれた。
 彼女がいたから今の自分がいる。
 そして、これからも。
 彼女がいるから、どんな時でも頑張れる。
 彼女がいるから、不幸が起きても毎日を過ごしていける。
 彼女がいるから、自分は強くなれる。
 これからはその彼女が、美琴がずっと側にいてくれる、支えてくれる。
 それのどこが不幸なのだろうか、いや、それは最早、

「―――幸せ(ふこう)、なんだろうな」

 以前、美琴は上条に言った、ある言葉を知ってるかと。
 結論を言えば、長らく英国に住んでいた甲斐あって、上条は言葉も意味も知っていた。
 しかしあれから、その言葉は上条の知っていた意味とは違う特別な“意味”をもった。
 その言葉の示す意味は、並んで、協力して、隣り合わせ。
 意味にするとそれだけしかないかもしれない。
 だがその言葉は二人の心のなかでは、とても深く、とても強く根付いている。
 その言葉はこれからもきっと、二人の間で特別な意味を持ち続ける。
 その言葉は、side by side。


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