愛妻弁当はまだ早い
「御坂さん、こうすればあまり油を使わないで調理できますよ。やっぱりカミジョウさんの体のことを考えたら、油は減らした方がいいと思いますから」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
「それから、同じ汁物を作るならお吸い物より豚汁なんかにした方が野菜もいっぱい入れられて体にいいですし、おかずにもなりやすいですよね」
「うーん、さすが佐天さん、まるで家庭料理のプロね。やっぱりお願いしてよかったわ」
「おやすい御用ですよ。それに御坂さんって、基本ができてるからあたしとしても教え甲斐があるんです」
「そう? ありがとう」
「さあ、この本に載ってなかったようなちょっとした裏技的なことは、大体こんな感じですね。あとは本通りにしていけば大丈夫ですよ、きっとカミジョウさんも大喜びです!」
「ほ、本当? 本当にそう思う?」
「はい、絶対喜びますよ、間違いないです」
「そっか、フフ。アイツ、喜んでくれるんだ……ん? どうしたの、佐天さん、ニヤニヤして?」
「御坂さんってさっきからあっさりスルーしてますけど、もしかして気づいてないんですか? カミジョウさんに料理を作ってあげる、なんてことは御坂さんは一言も言ってないんですよ。御坂さんがあたし達に言ったのは家庭料理を教えて欲しいってことだけ。カミジョウさんの名前はあたしが勝手にカマをかけてただけ、なんですよ」
「…………!」
「ようやく気づきました? もう、御坂さんってほんとかわいい!」
「あ、あアウう、あうあうウア……」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
「それから、同じ汁物を作るならお吸い物より豚汁なんかにした方が野菜もいっぱい入れられて体にいいですし、おかずにもなりやすいですよね」
「うーん、さすが佐天さん、まるで家庭料理のプロね。やっぱりお願いしてよかったわ」
「おやすい御用ですよ。それに御坂さんって、基本ができてるからあたしとしても教え甲斐があるんです」
「そう? ありがとう」
「さあ、この本に載ってなかったようなちょっとした裏技的なことは、大体こんな感じですね。あとは本通りにしていけば大丈夫ですよ、きっとカミジョウさんも大喜びです!」
「ほ、本当? 本当にそう思う?」
「はい、絶対喜びますよ、間違いないです」
「そっか、フフ。アイツ、喜んでくれるんだ……ん? どうしたの、佐天さん、ニヤニヤして?」
「御坂さんってさっきからあっさりスルーしてますけど、もしかして気づいてないんですか? カミジョウさんに料理を作ってあげる、なんてことは御坂さんは一言も言ってないんですよ。御坂さんがあたし達に言ったのは家庭料理を教えて欲しいってことだけ。カミジョウさんの名前はあたしが勝手にカマをかけてただけ、なんですよ」
「…………!」
「ようやく気づきました? もう、御坂さんってほんとかわいい!」
「あ、あアウう、あうあうウア……」
「向こうはなんだか楽しそう……。それに引き替え私はひとりぼっちで……ハァ」
佐天達が美琴と上条のケンカを目撃してから一時間後の風紀委員第一七七支部。
支部備え付けのキッチンで楽しそうに料理を作る美琴と佐天の会話を聞きながら、初春はため息をつきつつ一人、書庫のデータを検索し続けていた。美琴の依頼に応えるためである。
佐天達が美琴と上条のケンカを目撃してから一時間後の風紀委員第一七七支部。
支部備え付けのキッチンで楽しそうに料理を作る美琴と佐天の会話を聞きながら、初春はため息をつきつつ一人、書庫のデータを検索し続けていた。美琴の依頼に応えるためである。
先程、美琴が初春達にした頼み事は二つ。
一つはより美味しい家庭料理の作り方を教えてもらうこと。
本に載っているようなことは美琴一人でも普通に学べる。けれど美琴は上条の心を掴むため、それ以上のことを知りたかったのだ。
そしてもう一つは美琴が拾った鍵の持ち主を割り出し、更にその家の場所を調べること。これは言うまでもなく上条当麻の家を探し当てるということと同義。
これら二つの美琴の頼みを叶えるために、佐天、そして初春は奮闘しているのである。佐天は前者、初春は後者において。
二人とも、先程美琴の様子を観察していたという負い目があるし、何より共通の友人である美琴の役に立ちたいと思ったからだ。
ただ、文字通り女の子二人の姦しい空間となっている佐天の方に比べて、初春の作業はどうにも華やかさがないのが玉に瑕ではあるのだが。
一つはより美味しい家庭料理の作り方を教えてもらうこと。
本に載っているようなことは美琴一人でも普通に学べる。けれど美琴は上条の心を掴むため、それ以上のことを知りたかったのだ。
そしてもう一つは美琴が拾った鍵の持ち主を割り出し、更にその家の場所を調べること。これは言うまでもなく上条当麻の家を探し当てるということと同義。
これら二つの美琴の頼みを叶えるために、佐天、そして初春は奮闘しているのである。佐天は前者、初春は後者において。
二人とも、先程美琴の様子を観察していたという負い目があるし、何より共通の友人である美琴の役に立ちたいと思ったからだ。
ただ、文字通り女の子二人の姦しい空間となっている佐天の方に比べて、初春の作業はどうにも華やかさがないのが玉に瑕ではあるのだが。
検索を続けながら初春は再度ため息をついた。
「まあ風紀委員の活動としては、鍵の落とし物からその落とし主をこうして捜すということになんの問題もないんですが、なぜか良心の呵責が……」
「まあ風紀委員の活動としては、鍵の落とし物からその落とし主をこうして捜すということになんの問題もないんですが、なぜか良心の呵責が……」
住人全てが管理されている学園都市。
その管理の範囲はもちろん、人間だけでなく彼らが関わる建物にまで及ぶ。
特に学生が住む寮などは完全管理されている。
どの鍵がどの扉に使われていて、その扉がどの家に使われているか。そしてその家の契約者は誰なのか。
これら全てを学園都市側は完璧に把握しているのだ。
したがって一つの鍵があればその持ち主はわかるし、その持ち主が住んでいる所だってわかることになる。
もちろん、通常そのような個人情報を簡単に知ることはできない。
今回の美琴のケースのように拾った鍵の落とし主を捜す、などといった特別な事情の元で、風紀委員のような公的機関が所定の手続きを踏んで書庫にアクセスする必要がある。
よって美琴の依頼は極めて正当な物であり、初春が良心の呵責を感じる必要は本来ない。
しかし初春はそれでも後ろめたいものを感じている。
その管理の範囲はもちろん、人間だけでなく彼らが関わる建物にまで及ぶ。
特に学生が住む寮などは完全管理されている。
どの鍵がどの扉に使われていて、その扉がどの家に使われているか。そしてその家の契約者は誰なのか。
これら全てを学園都市側は完璧に把握しているのだ。
したがって一つの鍵があればその持ち主はわかるし、その持ち主が住んでいる所だってわかることになる。
もちろん、通常そのような個人情報を簡単に知ることはできない。
今回の美琴のケースのように拾った鍵の落とし主を捜す、などといった特別な事情の元で、風紀委員のような公的機関が所定の手続きを踏んで書庫にアクセスする必要がある。
よって美琴の依頼は極めて正当な物であり、初春が良心の呵責を感じる必要は本来ない。
しかし初春はそれでも後ろめたいものを感じている。
それはやはり、
「普通こういう時って、私達のような風紀委員が鍵を落とし主に届けるのが正当で、拾い主に落とし主の個人情報を教えた上で、その拾い主に鍵を届けてもらうっていうのはちょっと、というか、大分違うと思うんですが……」
倫理観の問題だろう。
「普通こういう時って、私達のような風紀委員が鍵を落とし主に届けるのが正当で、拾い主に落とし主の個人情報を教えた上で、その拾い主に鍵を届けてもらうっていうのはちょっと、というか、大分違うと思うんですが……」
倫理観の問題だろう。
とはいえ初春とて人の子、友人の頼みを無碍に断ることはしたくないし、何よりその友人の恋路に大手を振って介入できるのだからこんなに面白いことはない。
「まあそれはそれとして、カミジョウさんの家がわかればまたまた恋愛イベント発生ですよね。しかも今回は夕飯を作りに行ってあげるなんて、もう通い妻じゃないですか。うふふ、結果が聞ける明日が楽しみですね」
結局のところ初春本人も楽しんでいる節がかなりあるのだから、倫理観をどうこう言うのは既にもう意味がないのかもしれない。
「まあそれはそれとして、カミジョウさんの家がわかればまたまた恋愛イベント発生ですよね。しかも今回は夕飯を作りに行ってあげるなんて、もう通い妻じゃないですか。うふふ、結果が聞ける明日が楽しみですね」
結局のところ初春本人も楽しんでいる節がかなりあるのだから、倫理観をどうこう言うのは既にもう意味がないのかもしれない。
そうこうしているうちに佐天からの一通りの指導を受け終わった美琴は、復習としていくつか料理を作り始めていた。
そんな美琴からすっと離れた佐天は初春に近づくと、テーブルに紅茶を置いて声をかけた。
「はい、紅茶。ねえ、こっちは大体終わったけど、初春の方はどう?」
「あ、はい。こっちも、もうそろそろわかりそうです」
「そう! で、どうなの初春? 期待通りになりそう?」
「それはまだわかりませんが、たぶん大丈夫じゃないかなと……あ、結果出ました」
「本当?」
初春の体をやや押しのけるような体勢になって佐天はパソコン画面をのぞき込んだ。
そんな美琴からすっと離れた佐天は初春に近づくと、テーブルに紅茶を置いて声をかけた。
「はい、紅茶。ねえ、こっちは大体終わったけど、初春の方はどう?」
「あ、はい。こっちも、もうそろそろわかりそうです」
「そう! で、どうなの初春? 期待通りになりそう?」
「それはまだわかりませんが、たぶん大丈夫じゃないかなと……あ、結果出ました」
「本当?」
初春の体をやや押しのけるような体勢になって佐天はパソコン画面をのぞき込んだ。
「どれどれ……やったじゃん、初春。大当たり!」
パソコン画面が示す鍵の持ち主は正に「上条当麻」その人であった。
さらにその鍵の扉が使われている部屋の住所も既に検索結果として表示されている。
やはり美琴の確信は正しかったのだ。
パソコン画面が示す鍵の持ち主は正に「上条当麻」その人であった。
さらにその鍵の扉が使われている部屋の住所も既に検索結果として表示されている。
やはり美琴の確信は正しかったのだ。
佐天は大声でキッチンの美琴に声をかけた。
「御坂さーん! カミジョウさんの家、わかりましたよ! 初春がバッチリ調べてくれました!」
「本当!?」
佐天の声が届いた途端、美琴がキッチンから大慌てでやって来た。
「はい、本当です! 初春がやってくれました!」
得意そうに言う佐天の横から美琴はパソコンの画面を覗いた。画面の中の情報を読んだ美琴の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「ほんとだ。ありがとう、初春さん!」
美琴は思わず初春に抱きついた。
「ど、どういたしまして」
初春も照れくさそうな笑みを浮かべる。
「よかったですね、御坂さん」
「佐天さんもありがとう」
美琴は佐天にも笑顔を向ける。
「いえいえ」
佐天は軽く首を横に振ると、ぱちんと手を叩いた。
「さあ、というわけで御坂さん! カミジョウさんの家がわかった以上、ここでのんびりしてる暇なんてありませんよ。早く行って下さい!」
「あ、そうね、うん。わかった。本当にありがとうね、二人とも!」
そう言うが早いか、美琴は身につけていたエプロンを外し手早く身支度を済ませると、一七七支部に来る前にスーパーで買っておいた食材が入った買い物袋を手に持ち、部屋のドアに手をかけた。
「御坂さーん! カミジョウさんの家、わかりましたよ! 初春がバッチリ調べてくれました!」
「本当!?」
佐天の声が届いた途端、美琴がキッチンから大慌てでやって来た。
「はい、本当です! 初春がやってくれました!」
得意そうに言う佐天の横から美琴はパソコンの画面を覗いた。画面の中の情報を読んだ美琴の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「ほんとだ。ありがとう、初春さん!」
美琴は思わず初春に抱きついた。
「ど、どういたしまして」
初春も照れくさそうな笑みを浮かべる。
「よかったですね、御坂さん」
「佐天さんもありがとう」
美琴は佐天にも笑顔を向ける。
「いえいえ」
佐天は軽く首を横に振ると、ぱちんと手を叩いた。
「さあ、というわけで御坂さん! カミジョウさんの家がわかった以上、ここでのんびりしてる暇なんてありませんよ。早く行って下さい!」
「あ、そうね、うん。わかった。本当にありがとうね、二人とも!」
そう言うが早いか、美琴は身につけていたエプロンを外し手早く身支度を済ませると、一七七支部に来る前にスーパーで買っておいた食材が入った買い物袋を手に持ち、部屋のドアに手をかけた。
「あ、御坂さん、待って下さい!」
「え、どうしたの初春さん?」
部屋を出ようとした美琴の側に、急に席を立った初春が走り寄った。
「?」
初春は不思議そうな表情をする美琴にそっと耳打ちした。
「…………!」
その途端、ボンという音がするほど美琴の顔は真っ赤に染まった。
そんな美琴の様子を見ながら初春はぐっと拳を握りしめる。
「ファイトです、御坂さん!」
「あ、ああ、ああり、が、と……って、そん、そんなじゃにゃないんだから、愛、とか、その、つ、妻、とか、だから、そんなじゃなくて、これはその、お詫びだから! あの状況だったらアイツ、たぶん、その、タイムセールにも間に合ってないだろうし、だから、お詫びなの!」
「ファイトです、御坂さん!」
「だから違うって言ってるのに……もう!」
美琴は顔を真っ赤にしたまま、部屋から飛び出していった。
「え、どうしたの初春さん?」
部屋を出ようとした美琴の側に、急に席を立った初春が走り寄った。
「?」
初春は不思議そうな表情をする美琴にそっと耳打ちした。
「…………!」
その途端、ボンという音がするほど美琴の顔は真っ赤に染まった。
そんな美琴の様子を見ながら初春はぐっと拳を握りしめる。
「ファイトです、御坂さん!」
「あ、ああ、ああり、が、と……って、そん、そんなじゃにゃないんだから、愛、とか、その、つ、妻、とか、だから、そんなじゃなくて、これはその、お詫びだから! あの状況だったらアイツ、たぶん、その、タイムセールにも間に合ってないだろうし、だから、お詫びなの!」
「ファイトです、御坂さん!」
「だから違うって言ってるのに……もう!」
美琴は顔を真っ赤にしたまま、部屋から飛び出していった。
美琴の気配が完全に部屋から消えたのを確認して、佐天が口を開いた。
「初春、御坂さんに何て言ったの?」
「別に大したことは言ってませんよ。風紀委員の支部は基本的に二十四時間開いてますから、カミジョウさんのためにお弁当を作るんだったらいつでもキッチンを使っていいですよって言っただけです」
「それだけ?」
「それだけですよ。……あ」
初春はしまった、といった表情をして口に手を当てた。
佐天はそんな初春にジト目を向ける。
「……アンタ、本当は何て言ったの?」
「お弁当ではなく、愛妻弁当って言ったかもしれませんね、そういえば」
「あ、愛妻って、アンタね……。そりゃ御坂さんも爆発するわ……」
「えへへへへ」
「…………」
失敗、失敗と呟きながらちろりと舌を出す初春を見ながら、佐天は初春のスカートをめくる回数を一日五回までに減らそうかと、心の中で真剣に検討するのだった。
「初春、御坂さんに何て言ったの?」
「別に大したことは言ってませんよ。風紀委員の支部は基本的に二十四時間開いてますから、カミジョウさんのためにお弁当を作るんだったらいつでもキッチンを使っていいですよって言っただけです」
「それだけ?」
「それだけですよ。……あ」
初春はしまった、といった表情をして口に手を当てた。
佐天はそんな初春にジト目を向ける。
「……アンタ、本当は何て言ったの?」
「お弁当ではなく、愛妻弁当って言ったかもしれませんね、そういえば」
「あ、愛妻って、アンタね……。そりゃ御坂さんも爆発するわ……」
「えへへへへ」
「…………」
失敗、失敗と呟きながらちろりと舌を出す初春を見ながら、佐天は初春のスカートをめくる回数を一日五回までに減らそうかと、心の中で真剣に検討するのだった。
一七七支部を出てしばらくした後、上条のような不幸に遭うこともなく美琴は無事上条の住む寮にたどり着いていた。
既に落ち始めている夕日をその身に浴びながら、美琴は上条の住む寮をぐるっと見渡す。
「アイツが、ここに……」
美琴は静かに目を閉じると、大きく深呼吸をした。
既に落ち始めている夕日をその身に浴びながら、美琴は上条の住む寮をぐるっと見渡す。
「アイツが、ここに……」
美琴は静かに目を閉じると、大きく深呼吸をした。
「今回は私が悪い。アイツが鍵を落としたのも、タイムセールに間に合わなくなったのも、私が勘違いしたせい。だから意地なんて張らないで素直に謝る。謝って、お詫びをして、夕飯を作ってあげて、これからも時々作ってあげることを約束して、できたらお弁当なんかも約束、して……。お弁当……愛妻、弁当……」
そう呟いた瞬間、美琴の顔はあっという間に真っ赤になった。
「ないないない! そんなわけないでしょ! これはお詫び、ただのお詫びなの! お詫びで作るのよ! 愛なんて、そんなの絶対ないんだから!!」
熱くなった頬に手を当て頭をブンブンと振りながら、美琴は誰に聞かせるでもない言い訳を始めた。
そう呟いた瞬間、美琴の顔はあっという間に真っ赤になった。
「ないないない! そんなわけないでしょ! これはお詫び、ただのお詫びなの! お詫びで作るのよ! 愛なんて、そんなの絶対ないんだから!!」
熱くなった頬に手を当て頭をブンブンと振りながら、美琴は誰に聞かせるでもない言い訳を始めた。
「…………」
ひとしきり言い訳を続けようやく落ち着きを取り戻した美琴は、仕上げとばかりに三度深呼吸をした。そして三回目の深呼吸を終えた美琴はかっと目を見開くと、まっすぐに上条の寮の入り口を見つめた。
「行くわよ、御坂美琴!」
美琴は小さくうなずいて自らを奮い立たせ、上条の住む寮の中へ歩を進めた。
ひとしきり言い訳を続けようやく落ち着きを取り戻した美琴は、仕上げとばかりに三度深呼吸をした。そして三回目の深呼吸を終えた美琴はかっと目を見開くと、まっすぐに上条の寮の入り口を見つめた。
「行くわよ、御坂美琴!」
美琴は小さくうなずいて自らを奮い立たせ、上条の住む寮の中へ歩を進めた。
「えっと、ここで間違いない、わよね……」
上条の部屋の前に立った美琴は、手元の携帯に表示した上条の部屋の住所と、目の前の部屋の番号を何度も何度も見比べていた。
「うん、間違いないわ。ここがアイツの住んでいる、部屋」
美琴はごくりとつばを飲み込んだ。
上条の部屋の前に立った美琴は、手元の携帯に表示した上条の部屋の住所と、目の前の部屋の番号を何度も何度も見比べていた。
「うん、間違いないわ。ここがアイツの住んでいる、部屋」
美琴はごくりとつばを飲み込んだ。
ここに、このドアの向こうに、上条がいる。
今、自分の心の中で一番大きな部分を占める男性、上条当麻がいる。
誰よりも会いたい、誰よりもその声を聞きたい男性。
ずっといっしょにいたい、同じ空気をずっと味わっていたい男性が。
そう思いながら美琴は目を閉じ、そっと自分の胸に手を当てた。
とくん、とくん、と心臓は早鐘を打っている。
自分が今、確実に緊張しているのがわかった。
でも嫌じゃない。
むしろその緊張は心地いいくらいだ。
だって、これからアイツに、上条当麻に会えるのだから。
目を閉じたままでも、鏡を見なくとも、美琴にはわかる。
自分の顔には今、ほのかに笑みが浮かんでいることが。
今、自分の心の中で一番大きな部分を占める男性、上条当麻がいる。
誰よりも会いたい、誰よりもその声を聞きたい男性。
ずっといっしょにいたい、同じ空気をずっと味わっていたい男性が。
そう思いながら美琴は目を閉じ、そっと自分の胸に手を当てた。
とくん、とくん、と心臓は早鐘を打っている。
自分が今、確実に緊張しているのがわかった。
でも嫌じゃない。
むしろその緊張は心地いいくらいだ。
だって、これからアイツに、上条当麻に会えるのだから。
目を閉じたままでも、鏡を見なくとも、美琴にはわかる。
自分の顔には今、ほのかに笑みが浮かんでいることが。
アイツは突然やって来た自分を見てなんと言うだろう、そう美琴は考えた。
「なぜ」だろうか、それとも「何にしに来たんだ」とでも言うのだろうか。
少なくとも歓迎されるとは思えない。
自分はあまり彼には好かれていないだろうから。
美琴はそのことが少し哀しかった。
自業自得、身から出た錆。とはいえ、上条にそう思われる行動しか取ることができない自分が、素直になれない自分が、哀しかった。
けれどそんな自分を変えていこうと誓ったのだ。
電撃を使わないで、笑顔で、アイツに接しようと。
「レベル5ではない普通の女の子、御坂美琴」としてアイツに接していこうと、そう誓ったのだ。
今日の行動もその誓いから派生した行動だ。
だからアイツにどう思われたって構わない。
アイツが自分のことを好きではないのであれば、アイツの自分への好感度が最低なのであれば、これからは良くしていく一方だ。
「なぜ」だろうか、それとも「何にしに来たんだ」とでも言うのだろうか。
少なくとも歓迎されるとは思えない。
自分はあまり彼には好かれていないだろうから。
美琴はそのことが少し哀しかった。
自業自得、身から出た錆。とはいえ、上条にそう思われる行動しか取ることができない自分が、素直になれない自分が、哀しかった。
けれどそんな自分を変えていこうと誓ったのだ。
電撃を使わないで、笑顔で、アイツに接しようと。
「レベル5ではない普通の女の子、御坂美琴」としてアイツに接していこうと、そう誓ったのだ。
今日の行動もその誓いから派生した行動だ。
だからアイツにどう思われたって構わない。
アイツが自分のことを好きではないのであれば、アイツの自分への好感度が最低なのであれば、これからは良くしていく一方だ。
自分達の関係は終わったわけではない、これから始まっていくのだ。
アイツがこれから何を言ってきても大丈夫、きっと、大丈夫。
私は、御坂美琴だ。
御坂旅掛と御坂美鈴の、両親の自慢の娘だ。
大丈夫。
素直に接していけば、きっとアイツは喜んでくれる。
今はダメでも、いつかきっとアイツは私を、御坂美琴を、一人の女の子として、見てくれる!
アイツがこれから何を言ってきても大丈夫、きっと、大丈夫。
私は、御坂美琴だ。
御坂旅掛と御坂美鈴の、両親の自慢の娘だ。
大丈夫。
素直に接していけば、きっとアイツは喜んでくれる。
今はダメでも、いつかきっとアイツは私を、御坂美琴を、一人の女の子として、見てくれる!
すっと目を開いた美琴はポケットから上条の部屋の鍵を出すと、ゆっくりとうなずいてインターホンを押した。無機質なベルの音が部屋の中から聞こえてくる。
根拠はないが部屋の中に人がいる、アイツがいる、美琴はそう思ったのだ。
普通に考えれば美琴が部屋の鍵を持っている以上、上条が部屋に入ることはできない。
だが管理人は合い鍵を持っているだろうし、何よりいい加減な性格の上条のことだ、部屋の鍵をかけ忘れていることだってあり得る。
だから鍵がなくてもなんらかの方法で上条はこの部屋に入ることができるはずなのだ。
とにかく上条は部屋にいる、美琴はそう確信していた。
しかし部屋の中からは何の反応もない。
美琴は小首を傾げながらもう一度インターホンを押した。
しかしやはり反応はない。
根拠はないが部屋の中に人がいる、アイツがいる、美琴はそう思ったのだ。
普通に考えれば美琴が部屋の鍵を持っている以上、上条が部屋に入ることはできない。
だが管理人は合い鍵を持っているだろうし、何よりいい加減な性格の上条のことだ、部屋の鍵をかけ忘れていることだってあり得る。
だから鍵がなくてもなんらかの方法で上条はこの部屋に入ることができるはずなのだ。
とにかく上条は部屋にいる、美琴はそう確信していた。
しかし部屋の中からは何の反応もない。
美琴は小首を傾げながらもう一度インターホンを押した。
しかしやはり反応はない。
「アイツ、まだ帰ってないのかな?」
そう呟いた美琴は、左手に持った買い物袋を見た。
「もしかして」
タイムセールに間に合わなかった上条は、どこか別のスーパーでなんとか安い食材を手に入れようとこんな時間までかけずり回っているのかもしれない。
もしそうなら、自分は上条にそんなことをさせる原因を作ったということになってしまう。そう考えた美琴の表情は自然と曇る。
「…………」
その表情のまま買い物袋を握り直した美琴は、小さくうなずいた。
「よし」
ならば自分は今すぐ上条の部屋で夕飯を作ってあげるべきだ、そう考えたのだ。
疲れて帰って来るであろう上条に少しでもお詫びの気持ちを示したい、少しでも上条に喜んでもらいたい、と。
美琴はぎゅっと鍵を握ると上条の部屋の鍵をゆっくりと開けていった。
誰もいない上条の部屋で、彼の帰りを、夕飯を作りながら待つために。
そう呟いた美琴は、左手に持った買い物袋を見た。
「もしかして」
タイムセールに間に合わなかった上条は、どこか別のスーパーでなんとか安い食材を手に入れようとこんな時間までかけずり回っているのかもしれない。
もしそうなら、自分は上条にそんなことをさせる原因を作ったということになってしまう。そう考えた美琴の表情は自然と曇る。
「…………」
その表情のまま買い物袋を握り直した美琴は、小さくうなずいた。
「よし」
ならば自分は今すぐ上条の部屋で夕飯を作ってあげるべきだ、そう考えたのだ。
疲れて帰って来るであろう上条に少しでもお詫びの気持ちを示したい、少しでも上条に喜んでもらいたい、と。
美琴はぎゅっと鍵を握ると上条の部屋の鍵をゆっくりと開けていった。
誰もいない上条の部屋で、彼の帰りを、夕飯を作りながら待つために。
がちゃり、と音を立てて美琴は上条の部屋のドアを開け、中に入った。
「おじゃましまーすって言っても誰もいないんだろうけどさ……え?」
「あ、とうま、お帰り! いったいどうしたの、インターホンなんか鳴らして? でもちゃんととうまの言いつけ通り、インターホンが鳴ったって部屋を開けたりしなかった、よ……へ?」
「…………」
上条が帰ってきたと思って部屋の奥からぱたぱたと足音を立てて出てきたインデックスを見て、美琴は言葉を失っていた。
その手にあった買い物袋は、既にばさっと音を立てて玄関に落ちている。
「…………」
一方のインデックスも、上条が帰ってきたと思って玄関に出てみれば目の前にいるのが美琴だったので、同じように言葉を失っていた。
しばらくの間、沈黙が二人の間に流れた。
「おじゃましまーすって言っても誰もいないんだろうけどさ……え?」
「あ、とうま、お帰り! いったいどうしたの、インターホンなんか鳴らして? でもちゃんととうまの言いつけ通り、インターホンが鳴ったって部屋を開けたりしなかった、よ……へ?」
「…………」
上条が帰ってきたと思って部屋の奥からぱたぱたと足音を立てて出てきたインデックスを見て、美琴は言葉を失っていた。
その手にあった買い物袋は、既にばさっと音を立てて玄関に落ちている。
「…………」
一方のインデックスも、上条が帰ってきたと思って玄関に出てみれば目の前にいるのが美琴だったので、同じように言葉を失っていた。
しばらくの間、沈黙が二人の間に流れた。
やがてその沈黙の空気を切り裂いたのは、やや心理的ダメージの少ないインデックスの方だった。
しばらくぱちぱちと何度か瞬きをしたあと、インデックスはゆっくりと口を開き始める。
「……こんなところで、何してるの、短髪?」
「…………」
しかし美琴は未だ何も答えない。口をぱくぱくとさせるのみで声が出ないのだ。
その様子にいらだったかのように、インデックスが先程よりややきつい口調で口を開いた。
「だから、どうして短髪がここにいるの?」
その声でようやく我に返った美琴は、はっと息を呑んだ。
美琴は詰まりながら必死で言葉を続けていく。
「……あ、アンタこそ、こんなとこで何してんのよ? ここは、アイツの、上条当麻の家じゃ、ないの?」
「……そうだよ、ここはとうまの家だよ」
インデックスはきつい口調を変えないまま、表情まできつくして美琴に返事を返した。
インデックスのそのケンカ腰の態度に影響され、美琴の口調にも熱がこもり始めていく。
「そうだよって、当麻の家だよって、じゃあなんでアンタがここにいるのよ! アイツの家に、なんでアンタがいるのよ!」
「……なんでそんなことを短髪に答えなきゃいけないのかな? 私は答えないよ、とうまが答えていいって言わない限り、私は答えないんだよ」
インデックスは美琴をじっとにらみつけた。
美琴も負けじとインデックスをにらみ返した。
「なんですって!」
「…………」
「…………」
美琴とインデックス、二人の無言のにらみ合いはまるで永遠の時を刻むかのように続いた。
しばらくぱちぱちと何度か瞬きをしたあと、インデックスはゆっくりと口を開き始める。
「……こんなところで、何してるの、短髪?」
「…………」
しかし美琴は未だ何も答えない。口をぱくぱくとさせるのみで声が出ないのだ。
その様子にいらだったかのように、インデックスが先程よりややきつい口調で口を開いた。
「だから、どうして短髪がここにいるの?」
その声でようやく我に返った美琴は、はっと息を呑んだ。
美琴は詰まりながら必死で言葉を続けていく。
「……あ、アンタこそ、こんなとこで何してんのよ? ここは、アイツの、上条当麻の家じゃ、ないの?」
「……そうだよ、ここはとうまの家だよ」
インデックスはきつい口調を変えないまま、表情まできつくして美琴に返事を返した。
インデックスのそのケンカ腰の態度に影響され、美琴の口調にも熱がこもり始めていく。
「そうだよって、当麻の家だよって、じゃあなんでアンタがここにいるのよ! アイツの家に、なんでアンタがいるのよ!」
「……なんでそんなことを短髪に答えなきゃいけないのかな? 私は答えないよ、とうまが答えていいって言わない限り、私は答えないんだよ」
インデックスは美琴をじっとにらみつけた。
美琴も負けじとインデックスをにらみ返した。
「なんですって!」
「…………」
「…………」
美琴とインデックス、二人の無言のにらみ合いはまるで永遠の時を刻むかのように続いた。
そんなとき、空気をまったく読めない男、かつ騒ぎの元凶が場違いな空気を漂わせながら現れた。
「おーい、インデックスー、ただいまー。何やってんだよお前、戸締まりはちゃんとしておけって言ったろ?」
ようやく帰宅したこの部屋の主、上条がのんびりした口調で部屋のドアを開けたのだ。
「まったく、結局タイムセールに間に合わなかったから、遠出しちまったよ。でもおかげで結構安い食材買えたんだぜ、ほら。鶏肉の予定が魚肉ソーセージになっちまったのが残念だけど、これでも結構悪くない、よ、な……な? あれ、な、なんで、御坂さんが、ここにいらっしゃ、るんで、すか……?」
玄関でインデックスとにらみ合いを続ける美琴をようやく視界に捉えた上条は、頭の中に大量の疑問符を浮かべながら質問を口にするのだった。
「おーい、インデックスー、ただいまー。何やってんだよお前、戸締まりはちゃんとしておけって言ったろ?」
ようやく帰宅したこの部屋の主、上条がのんびりした口調で部屋のドアを開けたのだ。
「まったく、結局タイムセールに間に合わなかったから、遠出しちまったよ。でもおかげで結構安い食材買えたんだぜ、ほら。鶏肉の予定が魚肉ソーセージになっちまったのが残念だけど、これでも結構悪くない、よ、な……な? あれ、な、なんで、御坂さんが、ここにいらっしゃ、るんで、すか……?」
玄関でインデックスとにらみ合いを続ける美琴をようやく視界に捉えた上条は、頭の中に大量の疑問符を浮かべながら質問を口にするのだった。
「とうま」
上条の登場にいち早く反応したのはインデックスだった。やはり上条の存在に慣れているのが大きいのだろう。
インデックスは低い声で上条を威嚇した。
「は、はい!」
インデックスの威嚇に対して、上条は直立不動の体勢を取る。
「説明、してくれると嬉しいかも。どうして短髪がここにいるのかな?」
「さ、さあ。それは、上条さんにも何がなんだか、さっぱり」
上条は直立不動のまま早口で返事をする。
インデックスはなおも上条を詰問する。
「とうまは知らないの?」
「は、はい、上条さんはまったくもってあずかり知りませんことなのでございますのことよ!」
「ふうん、そう。とうまは短髪をこの家に案内してないんだ。でも短髪は今ここにいる。そうなんだ、やっぱり何があっても、とうまはとうまなんだね」
そう言うとインデックスはぎらりと歯を光らせた。
「ひぃっ!」
インデックスの様子に上条は顔を引きつらせた。
上条の登場にいち早く反応したのはインデックスだった。やはり上条の存在に慣れているのが大きいのだろう。
インデックスは低い声で上条を威嚇した。
「は、はい!」
インデックスの威嚇に対して、上条は直立不動の体勢を取る。
「説明、してくれると嬉しいかも。どうして短髪がここにいるのかな?」
「さ、さあ。それは、上条さんにも何がなんだか、さっぱり」
上条は直立不動のまま早口で返事をする。
インデックスはなおも上条を詰問する。
「とうまは知らないの?」
「は、はい、上条さんはまったくもってあずかり知りませんことなのでございますのことよ!」
「ふうん、そう。とうまは短髪をこの家に案内してないんだ。でも短髪は今ここにいる。そうなんだ、やっぱり何があっても、とうまはとうまなんだね」
そう言うとインデックスはぎらりと歯を光らせた。
「ひぃっ!」
インデックスの様子に上条は顔を引きつらせた。
「ねえ、アンタ」
ここへ来てようやく再起動を始めた美琴が上条に向かって口を開いた。
「は、はいです! なんでしょうか、御坂美琴さん!」
ドスのきいた美琴の声に反応して再び上条は直立不動の体勢を取る。
「説明、して、くれないかしら? どうして、このシスターがアンタの家に、いるのか……」
「え」
「ここ、アンタの家なんでしょ? なんでこのシスターが、女の子がいるのか、教えて欲しいのよ」
上条はごくりとつばを飲み込むと、ダラダラと冷や汗を流しながら天井を見た。まるで美琴とインデックスの視線から逃れるかのように。
「ですから、それは、その……えと……」
ここへ来てようやく再起動を始めた美琴が上条に向かって口を開いた。
「は、はいです! なんでしょうか、御坂美琴さん!」
ドスのきいた美琴の声に反応して再び上条は直立不動の体勢を取る。
「説明、して、くれないかしら? どうして、このシスターがアンタの家に、いるのか……」
「え」
「ここ、アンタの家なんでしょ? なんでこのシスターが、女の子がいるのか、教えて欲しいのよ」
上条はごくりとつばを飲み込むと、ダラダラと冷や汗を流しながら天井を見た。まるで美琴とインデックスの視線から逃れるかのように。
「ですから、それは、その……えと……」
「私ととうまは、ここでいっしょに暮らしてるんだよ」
上条と美琴の間に流れている険呑な空気を破壊したのはインデックスの言葉だった。
インデックスは一瞬視線を美琴の落とした買い物袋に向けた後、すぐにそれを鋭い物に変え美琴にぶつけていた。
「…………!」
インデックスの言葉と鋭い視線に思わず息を呑む美琴。
「い、インデックス!」
対して大声を出す上条。
そして言葉を続けたのは美琴だった。決して大声ではないが、凛とした威圧感のある声で上条に問いかけていた。
上条と美琴の間に流れている険呑な空気を破壊したのはインデックスの言葉だった。
インデックスは一瞬視線を美琴の落とした買い物袋に向けた後、すぐにそれを鋭い物に変え美琴にぶつけていた。
「…………!」
インデックスの言葉と鋭い視線に思わず息を呑む美琴。
「い、インデックス!」
対して大声を出す上条。
そして言葉を続けたのは美琴だった。決して大声ではないが、凛とした威圧感のある声で上条に問いかけていた。
「どういう、こと。それ、本当なの……?」
「それは、その……」
じっと自分を見つめてくる美琴から上条はすっと目を逸らす。
「答えて」
「だから……」
「答え、られないの……?」
「…………」
「本当、なんだ。じゃあもしかしてアンタ達二人って、その、男と、女の、そういう、関係なの……?」
「そ、それは違う!」
上条は思わず大声を出した。
「どう違うのよ。だって、どう考えたって……年頃の、男女が、そんな、いっしょに……」
「だから、俺とインデックスは……」
「俺と、インデックスは……?」
美琴は上条と同じ言葉を繰り返すことで上条に続きを促した。
「それは、その……」
じっと自分を見つめてくる美琴から上条はすっと目を逸らす。
「答えて」
「だから……」
「答え、られないの……?」
「…………」
「本当、なんだ。じゃあもしかしてアンタ達二人って、その、男と、女の、そういう、関係なの……?」
「そ、それは違う!」
上条は思わず大声を出した。
「どう違うのよ。だって、どう考えたって……年頃の、男女が、そんな、いっしょに……」
「だから、俺とインデックスは……」
「俺と、インデックスは……?」
美琴は上条と同じ言葉を繰り返すことで上条に続きを促した。
しかし続きを答えたのは上条ではなかった。
「ここでいっしょに暮らしてるんだよ。それ以上、短髪に説明する必要、あるのかな? それに私ととうまの関係を、どうして全然関係のない短髪に説明する必要があるのかな? 私としては、その理由の方が聞きたいかも」
美琴に対してきつい口調で返答したのはインデックスだった。彼女は相変わらず美琴をにらみつけている。
「え? ど、どうしてって……」
今度は美琴が答えに窮する番だった。美琴はインデックスに上手く返答することができずにうつむいてしまう。
けれどインデックスはさらに続けて美琴を詰問していく。
「それから短髪、短髪はさっきの私の質問にも答えてないよね。どうして短髪がここにいるの? それにどうしてとうまじゃないのにこの家の鍵を開けられたの? とうまは短髪をこの家には招待していないのに。短髪は、とうまといっしょに住んでるわけじゃないのに。とうまといっしょにここに住んでいるのは、私なのに」
「ここでいっしょに暮らしてるんだよ。それ以上、短髪に説明する必要、あるのかな? それに私ととうまの関係を、どうして全然関係のない短髪に説明する必要があるのかな? 私としては、その理由の方が聞きたいかも」
美琴に対してきつい口調で返答したのはインデックスだった。彼女は相変わらず美琴をにらみつけている。
「え? ど、どうしてって……」
今度は美琴が答えに窮する番だった。美琴はインデックスに上手く返答することができずにうつむいてしまう。
けれどインデックスはさらに続けて美琴を詰問していく。
「それから短髪、短髪はさっきの私の質問にも答えてないよね。どうして短髪がここにいるの? それにどうしてとうまじゃないのにこの家の鍵を開けられたの? とうまは短髪をこの家には招待していないのに。短髪は、とうまといっしょに住んでるわけじゃないのに。とうまといっしょにここに住んでいるのは、私なのに」
「インデックス、お前!!」
インデックスの美琴に対する物言いのあまりの酷さに、ようやく上条はインデックスをたしなめだした。
本来ならばもっと早く注意すべきだったのだが、インデックスの普段とはあまりにもかけ離れた雰囲気に呑まれてしまった上条は、そのタイミングを失してしまっていたのだ。
「いい加減にしろ、インデックス! 言い過ぎだ!」
しかしインデックスは上条をチラと一瞥しただけで、美琴への追及の手を緩めようとはしなかった。
「どうしたのかな、短髪。答えて欲しいかも。ううん、答えて。私は、とうまといっしょに暮らしているからここにいる。じゃあ短髪は、とうまといっしょに暮らしているわけでもない短髪は、どうしてここにいるの? ここに、何をしに来たの?」
インデックスの美琴に対する物言いのあまりの酷さに、ようやく上条はインデックスをたしなめだした。
本来ならばもっと早く注意すべきだったのだが、インデックスの普段とはあまりにもかけ離れた雰囲気に呑まれてしまった上条は、そのタイミングを失してしまっていたのだ。
「いい加減にしろ、インデックス! 言い過ぎだ!」
しかしインデックスは上条をチラと一瞥しただけで、美琴への追及の手を緩めようとはしなかった。
「どうしたのかな、短髪。答えて欲しいかも。ううん、答えて。私は、とうまといっしょに暮らしているからここにいる。じゃあ短髪は、とうまといっしょに暮らしているわけでもない短髪は、どうしてここにいるの? ここに、何をしに来たの?」
「…………」
「答えて、短髪」
「その、私は……」
「私は、何?」
「……だ、か……突然……訪……て……、ご、ごめ、ん、なさい……」
しばし逡巡したあと、美琴はようやくそれだけを言うと、うつむいたまま手に持っていた鍵を上条に押しつけた。
「それから、これ……ひろ、拾った……ら、届け……!」
絞り出すように言葉を続けた美琴は、だっと玄関から飛び出していった。
「御坂!!」
あとに残された上条の声が、寮の廊下に虚しく響いた。
「答えて、短髪」
「その、私は……」
「私は、何?」
「……だ、か……突然……訪……て……、ご、ごめ、ん、なさい……」
しばし逡巡したあと、美琴はようやくそれだけを言うと、うつむいたまま手に持っていた鍵を上条に押しつけた。
「それから、これ……ひろ、拾った……ら、届け……!」
絞り出すように言葉を続けた美琴は、だっと玄関から飛び出していった。
「御坂!!」
あとに残された上条の声が、寮の廊下に虚しく響いた。
「…………」
上条はじっと美琴から渡された鍵を見つめていた。
「くっ!」
やがてそれをポケットに押し込んだ上条はギリッと奥歯を噛みしめると、美琴を追って玄関を出ようとした。
「…………!」
しかしインデックスがぎゅっと上条の服の袖を握りしめたため動くことができなかった。
上条はじっと美琴から渡された鍵を見つめていた。
「くっ!」
やがてそれをポケットに押し込んだ上条はギリッと奥歯を噛みしめると、美琴を追って玄関を出ようとした。
「…………!」
しかしインデックスがぎゅっと上条の服の袖を握りしめたため動くことができなかった。
上条は振り返ることなく口を開いた。
「インデックス、離せ」
けれどインデックスは袖を離すことなく、抑揚のない声で答えた。
「短髪は帰ったんだよ」
「違う。追い返したんだ」
「追い返してなんかいないんだよ。私はただ短髪に質問しただけ。それに答えなくて帰ったのは短髪自身なんだよ。短髪自身が帰るってことを選んだんだよ」
「それはそうだけど、でも」
「短髪自身が帰ることを選んだのに、どうしてとうまはそれを邪魔するのかな?」
「でも、アイツ……」
「…………」
「……アイツ、泣いてたから」
上条は玄関を出る寸前の美琴の表情を思い出していた。
上条の脳裏に残る美琴の表情、玄関を飛び出る寸前の美琴の表情は、例えようもなく哀しい物だったのだ。
インデックスはそんな上条に冷たく言い放った。
「私は覚えてるよ。短髪は、涙なんて流していなかった」
「そうだな」
確かに上条の記憶でも美琴は涙を流していなかった。だがそれは表面だけのこと。
走り去るときに一瞬だけ見えた美琴の大きく綺麗な瞳、その瞳の奥に見えた美琴の心は絶対に泣いていた。
美琴の心が流す涙を、上条は感じていた。
誰がなんと言おうと、それは間違いではなかった。
「インデックス、離せ」
けれどインデックスは袖を離すことなく、抑揚のない声で答えた。
「短髪は帰ったんだよ」
「違う。追い返したんだ」
「追い返してなんかいないんだよ。私はただ短髪に質問しただけ。それに答えなくて帰ったのは短髪自身なんだよ。短髪自身が帰るってことを選んだんだよ」
「それはそうだけど、でも」
「短髪自身が帰ることを選んだのに、どうしてとうまはそれを邪魔するのかな?」
「でも、アイツ……」
「…………」
「……アイツ、泣いてたから」
上条は玄関を出る寸前の美琴の表情を思い出していた。
上条の脳裏に残る美琴の表情、玄関を飛び出る寸前の美琴の表情は、例えようもなく哀しい物だったのだ。
インデックスはそんな上条に冷たく言い放った。
「私は覚えてるよ。短髪は、涙なんて流していなかった」
「そうだな」
確かに上条の記憶でも美琴は涙を流していなかった。だがそれは表面だけのこと。
走り去るときに一瞬だけ見えた美琴の大きく綺麗な瞳、その瞳の奥に見えた美琴の心は絶対に泣いていた。
美琴の心が流す涙を、上条は感じていた。
誰がなんと言おうと、それは間違いではなかった。
「けど、やっぱり御坂は泣いてた。間違いない。だから離せ、インデックス……!」
上条は強い口調で言った。
しかしやはりインデックスが上条の袖を離すことはなかった。
「とうまは、短髪が泣いていたと思うんだね」
「ああ」
「わかったよ。でも、それじゃあどうして短髪が泣いていたら、とうまが短髪を追いかけなきゃいけないの?」
「そんなの決まってるだろう、俺は――」
「誰の涙も見たくないって、そう言いたいの?」
「そうだ。誰かが泣いてるんなら、俺はその人のところに行かなきゃいけない。俺に何ができるかなんてわからない。けど、ただじっとしてることなんて俺にはできない!」
「…………」
インデックスは黙って上条の話を聞き続けていた。
「だから、離してくれ、インデックス。御坂は今、泣いてるんだ」
上条は強い口調で言った。
しかしやはりインデックスが上条の袖を離すことはなかった。
「とうまは、短髪が泣いていたと思うんだね」
「ああ」
「わかったよ。でも、それじゃあどうして短髪が泣いていたら、とうまが短髪を追いかけなきゃいけないの?」
「そんなの決まってるだろう、俺は――」
「誰の涙も見たくないって、そう言いたいの?」
「そうだ。誰かが泣いてるんなら、俺はその人のところに行かなきゃいけない。俺に何ができるかなんてわからない。けど、ただじっとしてることなんて俺にはできない!」
「…………」
インデックスは黙って上条の話を聞き続けていた。
「だから、離してくれ、インデックス。御坂は今、泣いてるんだ」
「…………」
インデックスは無言で上条の袖を離した。
上条はほっと安堵の息を吐いた。
「ありがとう。ごめんな、インデックス。晩飯は帰ってから、だ……」
ここでようやくインデックスの方を向いた上条は声を詰まらせた。
インデックスは上条を無言で、そして無表情で見つめていたからだ。それは今まで上条が見たことのないインデックスだった。
インデックスは無言で上条の袖を離した。
上条はほっと安堵の息を吐いた。
「ありがとう。ごめんな、インデックス。晩飯は帰ってから、だ……」
ここでようやくインデックスの方を向いた上条は声を詰まらせた。
インデックスは上条を無言で、そして無表情で見つめていたからだ。それは今まで上条が見たことのないインデックスだった。
「インデックス、お前……」
「とうま」
インデックスは口を開いた。まったく感情のこもらない声だ。
上条はその声に背筋が凍る自分を感じていた。
「とうまは泣いている人がいたら誰だって助けるんだよね?」
上条は黙ってうなずいた。
「でも、泣いている人が二人いたらどうするの?」
「そりゃ二人とも――」
「一人しか助けられないときは、どうするの?」
「そ、それは……。それでも、俺はどんなことをしてでも二人とも……」
「それでも、無理なときも、あるんだよ。どんなにとうまが頑張っても、絶対に無理なときも、あるんだよ。とうまの手が、たった一人の涙しか拭えないときも、あるんだよ。今はそうじゃなくても、そうなるときが、いつか必ず来るんだよ」
「…………」
「そんなとき、とうまはどうするの? とうまは、誰を選ぶの?」
「とうま」
インデックスは口を開いた。まったく感情のこもらない声だ。
上条はその声に背筋が凍る自分を感じていた。
「とうまは泣いている人がいたら誰だって助けるんだよね?」
上条は黙ってうなずいた。
「でも、泣いている人が二人いたらどうするの?」
「そりゃ二人とも――」
「一人しか助けられないときは、どうするの?」
「そ、それは……。それでも、俺はどんなことをしてでも二人とも……」
「それでも、無理なときも、あるんだよ。どんなにとうまが頑張っても、絶対に無理なときも、あるんだよ。とうまの手が、たった一人の涙しか拭えないときも、あるんだよ。今はそうじゃなくても、そうなるときが、いつか必ず来るんだよ」
「…………」
「そんなとき、とうまはどうするの? とうまは、誰を選ぶの?」
上条は無表情なインデックスの瞳をじっと見つめた。まるでその奥の感情を探るかのように。
「……それは、お前が今、泣いてるってことか?」
しかしインデックスは首を横に振った。
「私は泣いてなんかいないよ。だって私はシスターだから、自分の感情をコントロールできるんだよ。それに仮に私は泣いていたって大丈夫。とうまは必ずここに戻ってくるって私は信じているから。短髪の涙を拭ったあと、とうまは必ずここに帰ってきてくれるから」
「インデックス……」
「だから私は手を離した。でもねとうま、今日は、なるべく早く帰ってきて欲しいかも」
上条はもう一度じっとインデックスの瞳を見つめた。
そこにあったのはただ一つの感情、上条が必ずこの家に帰ってくることを信じているという、純粋な信頼だった。
「ごめん、行ってくる……」
上条は絞り出すようにそれだけを言うと、夜の闇の中へ駆けだしていった。
「……それは、お前が今、泣いてるってことか?」
しかしインデックスは首を横に振った。
「私は泣いてなんかいないよ。だって私はシスターだから、自分の感情をコントロールできるんだよ。それに仮に私は泣いていたって大丈夫。とうまは必ずここに戻ってくるって私は信じているから。短髪の涙を拭ったあと、とうまは必ずここに帰ってきてくれるから」
「インデックス……」
「だから私は手を離した。でもねとうま、今日は、なるべく早く帰ってきて欲しいかも」
上条はもう一度じっとインデックスの瞳を見つめた。
そこにあったのはただ一つの感情、上条が必ずこの家に帰ってくることを信じているという、純粋な信頼だった。
「ごめん、行ってくる……」
上条は絞り出すようにそれだけを言うと、夜の闇の中へ駆けだしていった。
「いってらっしゃい、とうま……」
上条の姿が完全に視界から消えたあと、うつむいたインデックスはぽつりと呟く。
「結局、とうまは一度も私を責めなかったね。短髪にあんなに酷いことを言ったのに」
上条の姿が完全に視界から消えたあと、うつむいたインデックスはぽつりと呟く。
「結局、とうまは一度も私を責めなかったね。短髪にあんなに酷いことを言ったのに」
インデックスはちゃんとわかっていたのだ、自分が美琴に対してどれほど酷いことを言ったのかを。
美琴自身が未だ気づいていない、美琴の上条への想いも。
もちろん、買い物袋とそこから見える中身から、美琴が今日何をしに来たのかだって。
全部、わかっていた。
けれどインデックスはそれら全てを理解した上で、その上で美琴の心を踏みにじる言葉を彼女にぶつけたのだ。
美琴に、これ以上上条の側に近づいて欲しくなかったから。
これ以上、上条の心に触れて欲しくなかったから。
誰よりも馬鹿で、誰よりもお人好しで、誰よりも、優しい男性。
自分にとって、世界中の誰よりも大切な男性。
美琴自身が未だ気づいていない、美琴の上条への想いも。
もちろん、買い物袋とそこから見える中身から、美琴が今日何をしに来たのかだって。
全部、わかっていた。
けれどインデックスはそれら全てを理解した上で、その上で美琴の心を踏みにじる言葉を彼女にぶつけたのだ。
美琴に、これ以上上条の側に近づいて欲しくなかったから。
これ以上、上条の心に触れて欲しくなかったから。
誰よりも馬鹿で、誰よりもお人好しで、誰よりも、優しい男性。
自分にとって、世界中の誰よりも大切な男性。
上条当麻。
彼の心に、自分以外の誰も入り込んで欲しくなかったから。
だからインデックスは美琴を、自分以外の女性で既に上条の心に居場所を作っている人間を、排除したかったのだ。
例えどんなに卑怯な手を使ってでも。
だからインデックスは美琴を、自分以外の女性で既に上条の心に居場所を作っている人間を、排除したかったのだ。
例えどんなに卑怯な手を使ってでも。
だからインデックスは決して後悔していなかった。
自分が先程美琴に抱いた感情を否定するつもりは決してなかったから。
自分と上条が住む、自分達だけのこの家に突然現れた美琴を拒絶したいという気持ちは、今だって全く変わっていないのだから。
自分がやったことが、どれだけ人の心を傷つけることかわかっていたけど、それでも。
敬虔なシスターである以前に、一人の少女として。
インデックスは、自分の行為を後ろめたいとは思わなかった。
自分が先程美琴に抱いた感情を否定するつもりは決してなかったから。
自分と上条が住む、自分達だけのこの家に突然現れた美琴を拒絶したいという気持ちは、今だって全く変わっていないのだから。
自分がやったことが、どれだけ人の心を傷つけることかわかっていたけど、それでも。
敬虔なシスターである以前に、一人の少女として。
インデックスは、自分の行為を後ろめたいとは思わなかった。
ただ上条にだけは、自分を責めて欲しかった。
どこまでもまっすぐな彼にだけは、自分の嫌らしい部分を責めて欲しかった。
そうすれば、少しは贖罪になるかもしれない、そう思ったから。
どこまでもまっすぐな彼にだけは、自分の嫌らしい部分を責めて欲しかった。
そうすれば、少しは贖罪になるかもしれない、そう思ったから。
しかし上条は決してインデックスを責めようとはしなかった。
そのことが、美琴を貶めた行為よりも何よりも、インデックスには痛かった。
そのことが、美琴を貶めた行為よりも何よりも、インデックスには痛かった。
「ほんとにとうまは、いつだってとうまなんだね」
再びインデックスは呟く。
そんな彼女の足下にはいつの間にか、いくつかの水滴が落ちていた。そしてその水滴は、誰にも気づかれることなく少しずつ乾いていくのだった。
「早く帰ってきてね、とうま」
再びインデックスは呟く。
そんな彼女の足下にはいつの間にか、いくつかの水滴が落ちていた。そしてその水滴は、誰にも気づかれることなく少しずつ乾いていくのだった。
「早く帰ってきてね、とうま」