とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part01

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序章 Propose encore une fois


「久しぶりね、アンタからの呼び出しなんて」

 ここはとあるホテルのメインバー。
 その日、カウンターに1人、空のグラスを目の前に、その女は腰掛けていた。
 ほのかに薄暗い店内の、微かにただよう紫煙の香りと、テーブル毎のキャンドルの光。
 女は、目の前にあるひとつに目を向けたまま、身じろぎもしていない。
 シェイカーとグラスが響く甲高い音や、店内のさざめきも、彼女の耳には届かないようだ。
 茶色の長い髪に、整った顔立ち、魅力的なボディ。
 その表情は、少し赤みが差しているように見える。

「悪りぃ、今日も待たせちまったようだな」

 そう言いつつ、男は女の隣に座る。――いらっしゃいませ、とバーテンがおしぼりと、メニューを置いた。
 男は黙って出されたお絞りで手を拭い、メニューに目もくれず、女の顔を見た。
 女はそんな男に目も合わさず、そのままキャンドルの揺らぎを見つめながら口を開いた。

「――いつものことね。ちっとも変わってない」
「ああ、相変わらずさ……待たせてばかりだがな」
「――何年振り、かな」
「そうだな、前に会ったときから2年、あれから5年……か」
「今、何やってんの……」
「ん、ま、いろいろとね……」

 そう言うと、男は目の前のバーテンに顔を向けた。
――俺はウオッカマティーニ。ウオッカはストロヴァヤ。4対1でレモンピール抜き。

「アンタの最初の1杯、いつもそれね」
「ああ、もう昔からずっとなんでな。お前は、何にする?」
「そうね、じゃ……ギムレットをタンカレーで」

 かしこまりました、といってバーテンがカウンターの奥へ引っ込んだ。

「で、話って何?」
「ん、ああ……、その前に。食事は済ませたのか?」
「軽くね。アンタは」
「俺も同じさ……」

 はぐらかすように男が話題を変えた。

「――5年前の最後の会話、覚えてるか?」
「ええ、忘れようったって忘れられないわ……。あんな目に遭わされたんだもの」

―――5年前

「ねえ、当麻。まだインデックスのこと……」
「――悪りぃ、美琴……」
「ううん、いいの、気にしないで。私、それを承知でこうして当麻の側にいるんだもの」
「……悪りぃ」

 御坂美琴は上条当麻の腕の中に抱かれたまま、そう小さな声でつぶやくように会話していた。
 2人はほんの今しがたまで、本能の赴くままに、激情をぶつけあったままの姿だった。
 恋人のピロートークにしては、そこに甘さはなく、ただひりりとしたかすかな痛みが伴うような違和感が残る。
 美琴は、当麻がクライマックスを迎えたとき、かすかに――インデックスとつぶやいたのを、自らの喘ぎの中で、確かに耳にしていた。

 かつて上条当麻が、自分の気持ちをインデックスに告白した時のこと。
 インデックスはあの日、上条の告白を受け入れ、そして……彼を振った。

――私もとうまのことが大好きなんだよ……。
――インデックスも、出来ればとうまとはずっとずっと一緒にいたいかも……。
――でもねとうま。私の隣にずっと一緒にいられるのは、神様だけなんだよ……。
――例えとうまがその右手を使おうとも、これが私の生きる道だから譲れないかも……。
――私が大好きなとうま。そんなとうまが望んだって、そこには入れてあげられないんだよ……。
――だから……、だから……、ごめんね……。とうまとは……、ごめんなさいなんだよ……。

 やがてインデックスが彼の元を離れた日から、彼は絶望の淵を彷徨った。.
 そんな上条をやさしく、暖かく包んだのは御坂美琴だった。
 上条の心が自分の方へ向いていないことを承知の上で、彼女は彼の手をとった。
 上条が悲しみに狂った挙句、美琴を蹂躙した時も、彼女は黙って彼を受け入れた。
 美琴は、彼を支えるために、自らの全てを捧げた。
 彼に何を求めるでもなく、ただかつて彼女が彼によって、絶望から救われた時のように。

 いつしか上条の心が、絶望から引き上げられた時、彼は彼女の気持ちに気が付くのだろうか。
 いや、美琴はかつて、自らが上条に救われたように、彼を絶望から救おうとしただけのこと。
 そして上条は、美琴によって絶望から救われる……、はずだった。

「悪りぃ、美琴。やっぱり俺……」
「うん、わかってた。当麻の心の中には、やっぱり今でもあの子がいるのよね」
「……悪りぃ。あの約束……今の俺は……守れねぇんだ……」


――そうして上条は美琴の元から去って行った。


「――そうだったな」
「ええそうよ。あれだけ弄ばれて、ポイ捨てされるとは夢にも思わなかったわ」
「人聞きの悪いこと、言うなよ」
「でもそうでしょ、昔の女が忘れらなくて、未練がましく追っかけて行ったのはどちらさんでしたっけ?」
「ああ俺だよ俺なんだよ俺なんですよねの三段活用だ」
「まったく、弱みに付け込まれて、好き放題されちゃったわね。
私の初めて、何もかも全部アンタに奪われちゃってさ」
「俺の初めてはどうなんだ?」

 ガスッと拳が上条の頬に飛んだ。

「乙女の純潔とアンタのを一緒にすんな」

 頬を押さえた上条の顔を美琴が覗き込んだ。

「で、あれからちょっとは変わったの?」

 美琴の視線を逸らさずに、上条が笑顔で答える。

「はははっ、相変わらず変わんねえな、お前は」
「うるさい。黙れ。この馬鹿」

 そう言った美琴の顔に、今日一番の笑顔が見えた。

「ちょっとは、変わったようね。うんうん」
「いっぱしの男捕まえて、ガキ扱いするんじゃねぇ」
「ガキだからガキ扱いしてるんでしょうが。まったくもう……」

――当麻はあの時の約束、覚えているのかな……

――美琴はあの時の約束、覚えているだろうか……

 ふたりの前のグラスは、いつしか空になっていた。

――お客様、なにかお作りしましょうか

「そうね。もう1杯なにかもらおうかしら」
「俺のお勧めがあるんだが……」
「じゃ、それにするわ」

――『Kiss In The Dark』を彼女に。

「俺はどうしようかな」
「私からのお勧めはいかが?」
「ああいいぜ。それでいこう」

――『Between The Sheets』を彼に。

「なぁ、どうやら俺たち、同じことを考えてるようだな」
「……どうもそのようね」

――2人の時が、再び動き出した。



「よし、本題に入るとすっか」

 突然上条がにやりとした。

「何よ、いきなり」
「今日の話さ」

――美琴。お前、あの時の約束、覚えているか

――もちろんよ、当麻。今でもはっきり覚えているわ

――――あの時…………

――「もう俺には、『御坂美琴と彼女の周りの世界を守る』って約束、守れねぇ……」
――「いいのよ、そんなもの……。
――ね、だったらその代わりに、1つだけ約束して。
――もし当麻が、あの子のことを思い出に出来る時が来たなら、その時、当麻の隣に私を呼んで欲しいの。
――別に一緒になれなくてもいいから。
――ただ当麻の笑った顔が見たいから。
――それまで、私、当麻のこと、いつまでも待ってるから」
――「――わかった。その時が来たら、必ず連絡する。それまで、待っててくれるか?」
――「ええ、いつまでも待ってるから……」


「俺、今日ちょっとお前に渡したいものがあってさ……」
「何?」
「これ……」

 そう言って上条が取り出したのは小さな紙包み。

「!……これ開けてもいい?」
「ああ、開けてくれ」

 そこにあったのは、キラリと輝く指輪。

「今更なんだが、約束、果たしに来たぜ」
「――もう、いったいいつまで待たせんのよ……」
「ああ、悪りぃ。それと……」

――今夜は、このホテルに部屋、とってあるんだ。

 指輪の横に、ホテルの部屋のキーを置いた。

「今夜は帰さないぜ」
「――アンタ、私が拒否するってことは考えたことないの」
「ああん?俺、馬鹿だからそんなの考えたことねぇな」
「――もう、馬鹿。この馬鹿当麻……」

――ああ、肝心のこと忘れてた、と言って彼は彼女の耳元で囁いた。

『ただいま、美琴。これからずっと一緒にいるよ』

『おかえり、当麻。ずっと一緒にいて』

 美琴はそう囁き返し、そっと上条と唇を重ねた。

「ねぇ、ここ、暗くて、当麻の顔、よく見えないから……」
「そうだな。部屋、行くか……」
「優しくしてくれる?」
「俺はいつも優しいさ」

 美琴が指先からビリリと電撃を出した。
 上条はそれを右手でやさしく触れて消した。

「まったく。どっからそんなセリフが出てくんのよ。あー不幸だ……」
「だから前に言ったろ。俺なんかと関わると不幸になるって……」
「そうね。もうすっごく不幸だわ。こんな男を好きになるなんて……」

――でも、と言って、美琴は上条の顔を見た。

『当麻の今の顔、すっごく幸せそうね』


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