とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part02

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第1章 幻想殺し


0. 「In the door back」

 2人きりのエレベーター。
 やがてチャイムが聞こえ、軽い眩暈のような感覚とともに、扉が開く。
 女は男にそっと肩を抱かれ、柔らかな絨毯が敷かれた、静かな空間を行く。
 女にとって、長いような、それでいて短い時の流れが、この先に待つものを思わせる。
 ここまで来たなら、もう戻れない。

 「――もう戻ることはない……」

 そう微かに呟いたのは、男なのか、それとも女なのか。

 やがて部屋の前に着くと、男は鍵を開け、中へ女を導いた。
 男は後ろ手にドアを閉めた。
 その時、まるで飛び込むように、女が男に抱きついてきた。
 その勢いに押され、ドアに背を預けた男は、黙って女を抱き締めた。

 「ね……お願い……もう少し……このままでいさせて……」

 そのまま女は、男の胸で涙を流し続けた。

 「ここでしか……私……泣けないから……当麻……」
 「――美琴……」

1. 「Tears for Fears」

 上条当麻が、彼の同居人であり、被保護者たる銀髪の美少女への気持ちを意識し始めたのはいつ頃からだろう。
 それはおそらく上条自身にも、わからない。
 ただ、上条が病院のベッドで目を覚ました時、『禁書目録-インデックス』と名乗る少女を悲しませたくないという思いが残っていた。
 記憶を失った彼にとって、その感情がなにかはわからなかったが、大切なもののように思えた。
 後にして思えば、多分、彼ら2人の一番の不幸は、おそらくこの時に、決定的になったのだろう。
 そしてこの上条当麻に関わる、もう一人の少女、御坂美琴にとってもそれは同じだった。

 学園都市とその世界にとって、平穏な日々、激動の日々が過ぎた。
 上条、インデックス、美琴も、ともに同じ年月を経ることで、彼らは成長していった。
 上条は大学入試を翌日に控え、もはや抑えきれなくなった自らの気持ちを、インデックスに打ち明けた。

 「インデックス。俺はお前が好きだ。一人の女の子として、もうどうしようもないくらい愛している。
俺は一生お前とともに生きていたい。
俺にとって、この試験はお前と一緒にいるために、大切なものだと思っている。
でもこの気持ちを隠したまま、試験に臨むのは今の俺には無理だ。
だからこそ、今この気持ちを打ち明けて、明日の試験は全力で臨もうと思う。
だから返事は、今じゃなくていい。合格発表の時に聞かせてもらえたらいいと思っている」

 その言葉に驚いたインデックスが見た当麻の顔は、それまで見たことが無いほど、彼女の心を大きく震わせた。
 一方で、インデックスの赤くなった顔の、僅かな陰に、上条は気付かなかった。
 お互い一緒に暮らし始めてより、意識しない日がないはずはなく、いつかはこの日が来ることは、分かっていたはずだった。
 いや、解っていなかったのは上条の方かもしれない。
 インデックスは解っていた。
 かつて1年ごとに記憶を消されていた年月があったとしても、『修道女』とはこれまでの彼女の全てだ。
 たとえ頭のなかに、10万3千冊の魔道書があろうとも、それは知識としての記憶でしかなく、彼女が生きるうえでの道具に他ならない。
 『修道女』とは、自らの全てで持って、神に仕え、神を伴侶として、その教えに沿い生涯を送ること。
 家族や恋愛さえも越えた、『愛』でもって、全てを捨て、全てを生かすように生きる。
 インデックスの矜持を、上条は本当に解っていなかった。
 そして合格発表の日、合格通知を手にした上条は、インデックスの元に飛び込んできたが、現実は残酷だった。

――私もとうまのことが大好きなんだよ……。
――インデックスも、出来ればとうまとはずっとずっと一緒にいたいかも……。
――でもねとうま。私の隣にずっと一緒にいられるのは、神様だけなんだよ……。
――例えとうまがその右手を使おうとも、これが私の生きる道だから譲れないかも……。
――私が大好きなとうま。そんなとうまが望んだって、そこには入れてあげられないんだよ……。
――だから……、だから……、ごめんね……。とうまとは……、ごめんなさいなんだよ……。

 それはまるで上条の右手のように、自身の『幻想』をぶち壊した。

「―――――あああああああああああ………………」

 上条の心が悲鳴をあげる。
 ひざから崩れ落ちた上条の身体が震え、もはや目には何も映らず、耳は何も聞こえず、口からは声にならない叫びが漏れるだけであった。
 一生に一度の恋か、などと一人ごちた時が懐かしく感じるほどに、彼はその重さに潰れてしまった。

 もし、上条がその愛をインデックスに告白することが無かったら、また違った道が現れたかもしれない。
 ここで今言えることは、これからの上条と美琴の運命を、大きく変えていく、ということだけだ。

 やがて、上条が大学に入学する日、インデックスは自身の道を進むため、彼の元を離れた。


 御坂美琴の恋は一途である。
 彼女の片思いは、彼女が高校生になっても変わっていない。
 ただ、彼女は家庭教師として、彼女の想い人とその同居人との間に、良好な関係を築いていた。
 美琴は、上条の気持ちが向かう先に気付いている。
 同じようにインデックスも美琴の気持ちが向かう先に気付いている。
 それぞれの想いの報われなさに、何がしかの共感を覚えていた彼女らは、一度打ち解けてしまえば、まるで昔からの親友か姉妹のようになった。

 上条の入試が近付いた頃から、インデックスは美琴の部屋で寝食をともにしていた。
 彼の勉強の妨げにならぬよう、彼女らが相談した上でのことだ。
 この入試に、上条が並々ならぬ決意で臨んでいることは、美琴にも分かっていた。
 もちろんその理由についてもだ。
 しかし彼女は、上条の助けとなるために、自分の想いを抑え、ひたすら彼のために尽くそうと決めていた。
 そんな美琴の決意に気付いていたインデックスは、他に何も言わず、ただ感謝の気持ちだけを伝えるだけだった。

 インデックスが上条から告白された日、美琴はその事を冷静に受け止めることが出来た。
 以前の彼女であれば、とても耐えられないであろうが、成長した彼女には、それは悲しくはあっても、覚悟をしていたこともあって、黙ってインデックスの話を聞くことが出来た。
 しかしインデックスの口からは、彼女が予想だにしないことを聞かされた。

「みこと、私はどうしようもない罪びとになるんだよ……」
「え……?」
「みことも知っている通り、私はシスターなんだよ。
だから、とうまと一緒になることは出来ないんだよ」
「なんでよっ!アンタ、アイツの気持ち知ってるんでしょ!!
それにアンタだって、アイツのこと好きなんでしょ!!
アイツがアンタのためにどんな目に合ったか知ってて言ってるの!!」
「もちろんなんだよ……。私の為なら、とうまが全てを捨てても愛してくれるってことも含めて……。
それに私だってとうまのためならって思うこともあるんだよ。
でもね、みこと。私はとうまと出会う前からシスターなんだよ。
記憶を消される前からずっとシスターなんだよ。
私の心の中にはね、多分とうまだけじゃない他の人の思いが、残っているのかも。
とうまと一緒に、なにもかも捨ててしまったら、その人たちの思いは救われないんだよ。
私が、私であるためには、私が覚えていない、これまで一緒だった人も愛し、祈り、その思いと共に救うんだよ。
とうまだけを愛することは、私のシスターとしての矜持が許さない……。
これは悲しいけれど、私の宿命であり、運命であり、唯一進むべき道なの。
私も、とうまもみことも、背負っているものはとても重いんだよ……。
だからこそ、自分の道を信じて進むしかできないと思うのかも……」

 美琴は、インデックスの覚悟に愕然とした。
 この少女は、いったいどれ程の覚悟と、矜持を持っているのだろうか。
 自分は、果たしてこれまで、彼女と並び立つだけの覚悟が出来ていたのかと。
 彼女の矜持を、どれほど理解していたのかと。
 自分の決めた生き方を貫くために、自分さえも捨てていく。
 そんな生き方が出来るインデックスという名の少女に、美琴はあらためて凄いと思った。

「インデックス、あなた本当にそれでいいの?
本当にそれがあなたの進むべき道なの?」
「多分……としか今は言えないかも。
本当ならもっと早くに、こうなる前に、とうまとさよならするべきだったかも……。
今更遅いんだけれど、これは私の弱さが招いた罪なんだよ……。
とうまのやさしさに甘えて、神様に嫌われちゃったかも……」
「ううん、違うわ……。
アンタは……アイツを救うためにここにいるのよ……。
あの不幸で、どうしようもない馬鹿で、女心もわからない朴念仁だけれど……、アイツだけが傷付く世界なんて、私だって耐えられないの……。
アイツだけが救われないなんて、そんな神様だったら、この世に必要ない……わ……。
だから……アンタはアイツを救って……あげてよ……お願いだから……」

 敗北感と、喪失感と、上条への想いが綯い交ぜとなり、美琴は涙が止まらなかった。
 そんな美琴を、慰めるようにインデックスは言った。

「私ね、とうまに聞いたことがあるの……。
とうまとはじめて会ったときにね、地獄の底までついてきてくれるかって……。
でも返事は聞かなかった……。ううん、聞けなかった……。
とうまは生まれ付いての不幸だから、これ以上不幸にするわけにいかないの」

――それに、といって、インデックスは美琴の手をとった。

「とうまを、本当の意味で幸せに出来るのは、私じゃないんだよ。
みこと、あなたならそれが出来るかも」

 美琴は涙の流れる顔を上げ、インデックスの顔を見た。
 インデックスの笑顔は、まるで聖母のようなやさしさと、思いやりに溢れていた。

「とうまはね、自分の事を置いておいて、みんなの笑顔を守るために戦っているの。
そんなとうまを、私が独り占めするわけにはいかないんだよ。
とうまは我が侭さえ許されないのが、とうまの不幸なのかも。
みことなら、そんなとうまを支えることが出来るのかも。
私はとうまの帰りを待つことしか出来ないから……。
でもみことなら、とうまの夢のために、一緒に戦えると思うんだよ。
だからこれはインデックスからのお願いなんだよ。
みことには、とうまと一緒にいて欲しいの……」

 美琴はインデックスを抱き締めて、ただ泣くだけしか出来なかった。
 インデックスもそんな美琴と抱き合って、涙を流していた。

「みこと、私はね、来月イギリスに戻ろうと思う。
これ以上とうまに甘えていると、私もとうまも進むべき道から外れてしまうかも……」
「インデックス……あなた……」
「私がいなくなることで、当麻はかなり苦しむかも……。
でもそれは仕方の無いことなんだよ……。
ただ私達のツケを、みことに押し付けてしまうことだけが心残りなんだよ……。
でもみことは、私達を救うことが出来ると思うんだよ……。
それはみことにとってはとてもつらい道になるかも……。
だから私はみことにお願いするしか出来ないんだよ……。
お願い……とうまを……助けてあげて……お願い……」

 その日、2人の少女は、1人の少年のために、涙を流し続けていた。


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