とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/『好き』だから……/Part02

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第一話『夢』


『夢』という睡眠時に起きる現象のメカニズムは、世界屈指の科学技術を有する学園都市でも、全貌を証明する事が出来ない事象の一つに上げられている。
科学者たちの一般的な見解だと、本人の無意識から抑圧されている願望などが、睡眠中に映像として構築されるものだという。
また、記憶の混乱による自己の精神崩壊を防ぐ為に、過去の記憶を睡眠以外の活動時間帯に構築して、それを睡眠時に脳が映像化する、という考えもあるようだ。
そんな夢の世界が、今宵も星の数ほど生み出される。
人はその中で、現実には起きないであろう甘美な幻想に浸るのか。それとも、筆舌しがたい恐怖と戦うことになるのか……。



黒。黒。黒。
見渡す限りの黒い世界。
そんな世界で、一人の少女が走り続けていた。
茶色のブレザーとグレーのプリーツスカートを纏い、一心不乱の表情で足を前へ前へと蹴り上げるかの如く運び続ける。
短く整えた栗色の髪がどんなに乱れようとも、スカートが人目を気にするまでめくれても、本人自身の止まる気配は全く感じられない。

「ハァ……。ハァ……。ハァ……」

何故、走っているのか。
何かを追う為に走っているのか。
何かに追われているから走っているのか。
何処を走っているのか。
どれくらいの距離を走ったのか。
走り始めてからの時間がどれくらいなのか。
そして、自分がいったい誰なのか。
どうして、このような事態になっているのかもわからない。
ただ一つ、わかっているには足を止めれば自分がこの黒い色に呑まれてしまうだろうということ。
それがどんな結末を迎えるのかわかったものではないが、そうなってしまえば二度と元には戻れないと本能が訴えている。

「……ッ! ハァッ……! ハァッ……!」

ほんの少し、足がもつれたがすぐに体勢を直して走る。
呼吸は多少荒いものの、走る分の体力は充分に残っているようで、同じ速度を維持したまま走り続ける。
止まるわけにはいかない。止まってしまえば終わりなのだ。
そう思った刹那、今まで黒一色だった世界に変化が訪れる。

「……え?」

思わず、声が出る。今まで少女以外しかいなかった世界に、うっすらと人が現れ始めたのだ。
しかも一人ではない。夕方に点く街灯のように、その数は少女の視界に増えていった。
自分一人ではなかった。ちゃんと人がいたんだ!
しかし、安心を覚えた少女が、走り続けてきた足を止めようとした瞬間。
人々の明らかな違和感に気付いた。

ある者は笑っていた。
絵画に描かれた女神のように静かな微笑みを浮かべる者もいれば、明らかな狂気を感じさせるほどの笑顔を見せる者もいた。
ある者は泣いていた。
大声を出しながら表情を崩して号泣する者もいれば、顔を俯かせながら身体を震わせて涙を流す者もいた。
ある者は怒っていた。
静かな怒りの念を顔に浮かべているだけの者もいれば、身振りを加えながら大きな怒声をわめき散らす者もいた。
ある者は怯えていた。
全身を震えさせながら謝罪の言葉を繰り返す者もいれば、誰とも視線を合わせようとせずに縮こまっている者もいた。

「な、何よ、これ……」

突然と少女の前に現れた人間たちは、少女が発した静かな声に反応し、ゆっくりと視線を向ける。

「……!」

止めようと思っていた少女の足が再び動き出す。
急いでこの場から離れなければいけない。
おそらく捕まれば、この狂った人々と同じ世界に染まってしまう。
しかし人々は、少女を逃すまいと追跡に移る。

「ひ……!」

少女はその光景に恐怖した。
笑う男が、泣く女が、怒る大人が、怯える子供が。
不気味なほど感情を表している人々が、角砂糖に群がる蟻の様に少女へ手を伸ばしてくる。

「! しまっ……!」

動揺した少女は完全に姿勢を崩し、転倒する。
その隙を見逃さず、無数の人間たちが我先に少女を捕らえようと飛び掛る。

「いや……来ないでっ!」

反射的に両手を前へと突き出す。
すると少女の両手から電撃が奔り、群がる人々を直撃した。
先刻まで様々な表情を浮かべていた人々は、その表情を苦しみへと変えて地面に倒れる。

「あ……わたし、は……」

そこで少女は思い出す。
自分が誰なのか。
何故、こんな力が自分にあるのか。
だがしかし、どうしてこんな所にいるのかはわからないままであった。
その時、突如として聞こえてきた苦悶の声によって思考は中断される。
ハッとして電撃を放った方を向く。そこには少女の電撃が直撃した人々が死屍累々といった形を成していた。
そして、十秒もしないうちに、人々は水に溶けるようにして消えていく。
その様子を呆然と見届ける少女の耳に、聞き慣れた声が届いた。

「さっすが御坂さん! 常盤台のエースは伊達じゃない! ってやつですねぇ」

「私たちにはこんなことは出来ませんからねー」

声の方を振り向くと、セーラー服を着飾った二人の女子中学生が佇んでいた。
表情こそ暗くて窺い知ることは出来ないが、少女にとって、友人と呼べる数少ない存在――。
しかし、その声には普段の彼女たちからは想像できないほどの皮肉が込められているように感じられた。

「やめて……私は……」

力なく少女は首を振る。

「レベル5の超電磁砲である前に……。常盤台のエースである前に……。ただの女子中学生よ……」

少女がそう答えると、今度は別の声が少女の耳へ届く。

「今更何を仰いますの? わたくしを含めて、皆さまはお姉様がレベル5の超能力者であることを望んでおりますのよ」

その声の方向にいたのは、少女が纏っているものと同じ制服を着こなした女子中学生。
自分を慕う後輩。しかし、そこにも普段からは感じられない感情が混ざっていることが感じ取れた。

「違う……私は……。私は……」

「ありゃりゃ。これはどうしちゃったんですかぁ?」

「御坂さんらしくないですねー」

「弱気なお姉様もいいですわ……」

三者は言葉を終えると、まるで常人とは思えない笑声を発した。
少女は力なく両手を地面につき、涙を零す。

「助けて……助けてよ……」

喉の中から搾り出すように、少女は助けの声を紡ぐ。
その時だった。

――ピシッ! ピシピシピシッ!

――パリイィィィィン……。

少女を取り巻いていた黒い世界が。
気味が悪いほど笑っていた三人の少女たちが。
地面に叩きつけられたガラスのように割れて、そのまま飛散した。


気が付くと、地平線まで広がる草原に、少女はいた。
空には一切れの雲もなく、色は南国の海を思わせるように青い。
そして遠くに、一人の人影が立っているのが見えた。
顔までは見えなかったが、ツンツンとした特徴的な黒い髪と、学生服という組み合わせは正しく、少女にとって英雄と呼べる人物に相違ない。

「あ、ああ……」

涙が、止まらない。
やっぱり、英雄はいたのだ。
時間も場所も問わずに、自分のことを救ってくれる。
きっと、今回のことも彼が救ってくれたのだろう。
少女は彼の許へ走りよる。
しかし、彼は右手をひらひらと振ると、背中を向けて歩き出した。

「ねぇ、待って! 待ってよ!」

全力で走っている筈なのに、一向に距離は縮まらず、むしろその背中がどんどん小さくなっている。

「お願い、待ってよ……。――ァッ!」

その名前が口から出た時、世界は白一色に染まり。
少女――御坂美琴の意識は、現実へと引き戻された――。


「ん……。アレ……?」

さっきまで眠っていたとは思えないほど、自分の意識ははっきりとしていた。

「夢、よね……」

美琴は上半身を起こし、周囲を見渡して呟く。
近代西洋の趣向が強く表現されている寝具と机。
本棚には自分の趣味で集めた文庫本や書籍が納められている。
そして、やや離れた場所に置かれたベッドには、

「お、お姉様ぁ……。そんなことをされてしまっては、わたくし……もう……」

自分を人一倍慕ってくる後輩、白井黒子の姿があった。
夢の中で聞こえてきた声とは同じでも、現実の声には温かみがある。
聞こえてくる同居人の寝言に苦笑を浮かべながら、自分の心が晴れ晴れしていることに気付いた。

――気分がこんなスッキリしているのは、いつ以来かしら。

今なら、何でも出来る気がする。
たとえ、その結末が自分にとって悲しいものになったとしても。
自分自身に新しい世界を見せてくれたという現実が変わることはないのだ。
もう、躊躇いは必要ない。
美琴は決意すると、自分の携帯電話に手を伸ばす。


徐々に窓から射す夜明けの光は、御坂美琴自身の心情そのものといっても過言ではないだろう――。


第一話 夢 了