とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part11

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第4章 英国にて


11. 「The Recruitment」



「むぅ……」

 インデックスはこめかみを押さえて黙り込んだ。
 このことは、清教内の誰からも聞いていない。

 それとも誰か何か隠しているのかな?
 少なくともこちら側の事情ではない気がするのだけど……。

『私はみんなを守ると神に誓ったんだ』

――あの時のみことの表情が意味することは……。
――とうまがもし、みことのことも何もかも捨てて、私を追いかけてきたのなら……。
――でも周りの人全てを傷つけて、なにもかも捨ててまで、自分の想いを貫くなんて、とうまらしくないんだよ。
――とうまなら多分、最後の最後まであきらめずに、全てを手にしようともがくはずなんだよ。

『そう……あの時……捨ててきたのは……私の方なんだよ……』

――でも恋は盲目とも言うし……。
――とうまが今そうなっても、それはそれで仕方が無いのかも。
――私だってとうまに未練が無いとは言わないんだよ。
――だけど今更残してきたものに、心を揺さぶられるほど、私は乙女ではないのかも。

『たとえそれが『ずるい女』の罪滅ぼしでも構わない……』

――私は『戦う』修道女なんだよ。
――戦うと決めた今の私に、甘ったるい感情なぞ不必要。
――私は戦場の真っ只中にいる。
――ならば……
――非情な愛情でもって……
――上条当麻の恋慕(エロス)を、神浄討魔の愛情(アガペー)に変えて……
――迷える子羊のために使わせることも私の使命。

「いかがしますか?最大司祭……」

 ステイルが重ねて尋ねてくる。
 彼は彼女の守護者ではあるが、仕事中は部下だ。
 こういう場所での物言いは、一応は『慇懃』。

「とうまは……、私を追いかけてきたってことなのかな?」

 しかし……
 この状況は非常にマズイと思う。
 権力闘争のさなかに色恋沙汰のスキャンダルは命取りにつながるもの。
 こちらにその心算が無くとも、反対派に都合よく使われてはイメージダウンは必至。
 まして宗教組織であるならなおさらだ。
 とうまはやっぱりとうまなんだよ……。

「――どうしようか、ステイル……」
「いっそ焼き払いますか……?」
「こんな時の冗談は厳しいかも」
「失礼しました。
――そうそう、言い忘れましたが、この名刺を彼から預かっております」

 そう言って、彼は私に上条の名が記された名刺を寄越した。
 ステイルは、最近とみに性格が変わってきたようで。
 元々素直じゃない上に、誰の影響を受けたのか、時々私をからかうような『無礼』な態度をとる。
 天草式の教皇代理が、いろいろと入れ知恵をするようになってからだろう。

――かおりと2人、一度キッチリとシメておかないとダメかも……

 預かり物があるならさっさと渡すんだよ……と思いながら、彼から名刺を受け取った。
 ステイルから渡された名刺の、見慣れない文字に私は目をやった。

『ミサカ-コンサルタント  ロンドン駐在員  上条当麻』

「――ミサカ-コンサルタント?ロンドン駐在員??」





 それは上条がロンドンに着いてまもなくの頃だった。
 こちらへ来て、衣食住や身の回りのことなど、生活関係の諸々の雑用が落ち着いた頃、上条は父親の刀夜から呼び出しを受けた。
 彼が住むカムデンタウンは、元々在倫日本人が多く住む地域であり、一種の日本人街となっている。
 おそらく天草式の隠れ家も、この近辺にあるのだろう。
 そこの一角にあるパブに出向いた上条は、父親の横にいる見慣れぬ男性に気が付いた。
 同時に上条に気が付いた父親、上条刀夜が笑顔で片手を上げた。

「やあ、久しぶりだな、当麻」
「父さんこそ。今日は出張?」

 彼の父親は、仕事柄、海外出張が多い。

「ああ……。ついでにお前に会わせたい人もいるんでな」

 そう言うと、傍らの男性に目を遣った。
 その男性は、何かを値踏みするように、眼光鋭く上条を見つめ、右手を出した。

「はじめまして、かな。御坂旅掛だ」
「上条当麻です。はじめまして、御坂……さん?御坂……!?あの……もしや……」

 上条が握手をしたまま固まっている。

「ああ、君が学園都市に捨ててきた女の父親さ」

 旅掛がにやりとした。
 端正な顔に似合わぬ鋭い目は今も笑っていない。
 どこの裏家業の人かと思わせるような服装とあいまって、背筋に冷たいものを走らせるようなオーラを出している。
 自分の心の奥底まで抉り出し、引き摺り出されそうなその目に、上条は鳥肌が立った。
 その横で刀夜もニヤニヤと笑っている。
 なぜこの2人が一緒にということさえもう考えられなくなっていた。

「――ッ!!!」

 上条の頭の中がパニックになっていた。
 握手した手をあわてて離そうとするところを、旅掛がその手に力を込め離すまいとする。
 まるで猛獣と、その爪に押さえつけられた哀れな生贄のようだ。
 彼は左手で上条の肩を軽くたたくと、いつしかその瞳にも笑みを浮かべている。

「娘を傷物にした償いに、1杯付き合ってもらおうかな」

 不穏な物言いにもかかわらず、その口調には労りが込められている。
 そこに自分の逃げ道を見出したように、上条の口が動き出した。

「え、いや、あの、その、まあ傷物というか……」
「否定はしないんだな」
「ひっ……」

 さらに畳み掛けられてあたふたする上条の姿を見、さらに不敵な笑みを浮かべた旅掛だった。
 そんな旅掛を見ながら、そんなに虐めないでやってくれと言いたげに刀夜が笑い、息子に声をかけた。

「当麻、お前も飲めるんだろう?」

 そう言い、刀夜がギネスを3つ注文する。
 旅掛は、まだまだ足りんよといわんばかりに、刀夜に笑い返す。
 やがて苦笑をうかべた表情で、上条に向かった。

「君の事は妻と娘からよく聞いているよ。
娘はおろか、妻までぞっこんにさせられてはね……、父としても夫としても非常に複雑な気持ちなんだがな」
「は、はぁ……」

 旅掛からは、何を言われても、もはやまともに答えられない心理にさせられた上条だった。

「そんなに引かなくても、獲って食ったりはしないから心配するな」
「は、はぁ……」

 やっと表情を緩めた旅掛の顔を見て、上条は気持ちを落ち着かせることが出来た。
 まあ、その辺で、と言いたげに刀夜が割り込んできた。
 刀夜がパイントグラスを2人に渡す。

「とりあえず、乾杯といきますか」
「「「乾杯」」」

 黒い液体の、コクと爽やかな苦味が喉を流れ落ちる。
 それとともに、上条は先程までの驚きも一緒に、胃の中へ流し込んだ。
 さほど冷えすぎず、かといってぬるくも無い。
 その冷たさが、自分の逆上せた頭を、程よく冷やしてくれるようでありがたかった。
 英国のパブでは、常温で供する店が多いのだが、ここは日本人客が多いためか、そこそこ冷やされたものが提供されている。
 緊張で渇いた喉が湿ることで、自分が空腹であることを思い出すほどに、すっかり気持ちは落ち着いていた。





 酒より食欲優先の上条はFish&ChipsやShepherd's Pieなど出された料理に舌鼓をうっている。
 腹が減ってはなんとやらで、今からあの2人を相手取るには、とにかく燃料がいる。
 自分の足りない脳みそでも、エネルギーを供給すればなんとか凌げるだろうと思いながら。
 この店は日本人スタッフもいるのか、料理の出来も悪くないようだ。
 喧騒の中、中年男2人は、上条の食べっぷりを眺めながら、グラスだけを傾け、談笑していた。

「さて、空腹は治まったか?当麻」
「はい、ごちそうさまでした」
「じゃ、本題に入る前に、もう1杯今度は私がおごらせてもらおう」

 旅掛が刀夜にたずねた。

「上条さん、Kentish Ale はどうですかな?」
「Kentish……ならば、『 Spitfire 』?」
「さすがですな。『Battle of Britain』にはもってこいでしょう」
「確かに」

 そう中年男たちが何事か頷きあっている横で、上条だけがわからないという顔をしていた。
 旅掛が注文したエールでもう一度改めて乾杯をした3人だった。

「さて、そろそろ無知で科学な子供にちょっとした忠告をしたいのだが、いいかな、当麻くん」

 旅掛がそれまでの穏やかな笑顔を引っ込めた。
 最初に会ったときのような真剣な顔を向けると、上条はそこから目を離すことが出来なくなった。

「今回の君たちのやり方だが、このままでは非常にまずい事態を招くことになりかねない。
権謀術数渦巻く権力闘争には、裏の世界だけで争うと言うのは、非常にリスキーなんだ」

 最初上条は、旅掛が何を言わんとしているのかが分からなかった。

「君が『あの彼女(最大司祭)』にとっての切り札だということは分かる。
だがこういった権力争いには表の世界で戦うのが一番なのさ。
おそらく暴走したウチの娘が考えたことなんだろうが、権力と言うものをまだ十分には理解していないようでな」
「………」

 上条は、なぜ『この計画』が旅掛にばれているのか、という顔をしていたようだった。
 いやそれだけではない。
 なぜ横にいる刀夜までが腕を組み、うんうん頷いているのか?
 俺はどこかでヘマをしてしまったのか?

「――さもなくば、その話を持ちかけた者が、何か事情がある、か……」

 刀夜が横で、ぽつりと言った。

「――!?」

――言いだしたのは土御門と神裂……。
――しかもこれはインデックスには秘密だと……。
――なぜ……だ?

 その顔に陰りを示した上条を見ながら、旅掛が続ける。

「心当たりはいろいろあるようだね。
ま、それは置いておいてだな……。
どこで『この計画』を知ったかは、気になるだろう。
それについては、君たちからではないから、心配することはない。
ま、蛇の道はヘビということで情報源は勘弁してもらいたいが……」

 相変わらず旅掛の表情から窺えるものは何も無い。
 完璧なポーカーフェイスの見本というべきか。
 やがて刀夜が会話を引き継いだ。

「――我々大人の方が、年を経ている分、お見通しなんだ。
普段からそういう世界で生きているんだ。
当麻と美琴さんたちが、何をしたいのか、何をしようとしているのか、わからないでもない。
だが私達にも君たちの世界を守る義務があるのだよ」

 上条は刀夜に、愛するものを守ろうとする男の顔を見た。

「父さん……」

 あの夏の日に、わだつみで見た父の顔。
 旅掛も、同じように父親の顔になって、上条の顔を見ていた。

「私は娘のために、その夢と世界を守ってやりたいと思っている。
だが、いつか親は、子供の手を離さねばならない時が来てしまうんだ……」

 上条は、今、自分はどんな顔をしているんだろうかと思った。
「君がいろいろと、娘を助けてくれたことは知っている。
そして今も、美琴の支えになっていてくれることも……。
父親としては、正直複雑な気持ちもあるが、それでも感謝しても仕切れない……」

 そう言うと、旅掛は上条に頭を下げた。

「いや、頭をあげてください、旅掛さん……」
「なに、君がこれまで……『娘達』のために、いろいろ手を尽くしてくれたことぐらいは私にも分かっているよ」
「――『妹達(シスターズ)』のことを……ご存知なのですか……」

 上条の口から、重い言葉が出た。
 この父親なら、そのことを知っていても不思議ではない、という思いが、この状況でも上条を冷静にさせていた。
 御坂美琴が抱える闇、『妹達(シスターズ)』。
 かつて『量産能力者計画』によって開発され、『絶対能力進化計画』のために1万体以上が殺された美琴のクローン達。
 あの夏の夜、上条がその右手でもって救った彼女達。
 あの時、俺が救われた少年に守られる彼女達。
 今も美琴の心の中に、救われぬ思いを強く残す彼女達。

――今もおそらく、そしてこれからも、一生、美琴はその闇と戦い、もがき、苦しんで……
――ああ、確かに彼女は強い。
――だけど同じくらい儚くて脆い彼女を知っている。
――美琴自身は割り切ってはいるつもりだろうけど……
――それでもまだ割り切れていないのも確か……。
――ならせめて、その闇を少しでも軽くしてやることは出来ないか……。

 彼女の心の中は、彼にはどうしようもない。
 それでも、上条には何とかしてやりたいという思いがあった。

「私は世界に足りないものを示すコンサルタント業をやっている。
だから私は君に、足りないものを示し、提供することが出来る。
だが私に足りないものは、あいにく私1人では手に入れることが出来ないようなんだ……」
「旅掛さん……」
「そこで、ちょっとしたビジネスの話なんだが……」

 そう言うと、旅掛は刀夜の方に目を向けた。
 刀夜は、旅掛に向かい両手を広げ、お任せします、といわんばかりに笑みを返した。
 それを確認した旅掛が、上条に向き直り、真剣な表情で口を開く。

「君のお父上の了解もあることだし、単刀直入に言わせてもらおう。
君を、当麻くんを、私のビジネスパートナーとしてスカウトしたいのだがどうかね?」
「はぁっ?」


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