とある科学のレールガンちゃん 《がんばれレールガンちゃん》
上条謹製の着ぐるみによりゲコ太と化している美琴はかなり落ち着きがなかった。
「にゃー!」
ベッドの上を転げまわったり、
「てい!」
かと思ったらベッドから飛んで華麗に着地したり、
「げーこぉッ!?」
と思ったら、今度は床を全力疾走しようとした瞬間、足の小指を強打して悶絶してたり。
「~~ッ! ~~ッ~~~ッ!!」
「~~~♪」
美琴がそんな事になっているなんて気付かずに鼻歌なんか歌っているのは、エプロン装備でキッチンに立っている上条さん。ウニヘッドが揺れている。
上条家では毎日何かしらのおやつを食べているのだが、週に一回、上条がお菓子を作る日があった。それが今日。
今日のお菓子はホットケーキ。市販のホットケーキミックスを使わない、上条お手製だ。
(美琴が来る前はお菓子なんて作ろうとも思わなかったけどなー)
ここ最近はそこら辺の女の子もびっくりの腕前を誇るまでになった上条さん。
ケーキも焼けると言ったらクラスの女子がもの凄くビックリしたのはこっちがビックリした。
ケーキだけではなく、最近ではドーナッツを作ってみようかと考え中。
けれど、誰かの為に作ろうと思った事はないから不思議だ。もちろん、美琴は別。そもそも、自分が美琴以外にお菓子を作っている姿というのが想像できない。
「おいしょー」
と気の抜けた声と共にホットケーキをひっくり返す。我ながら美味しそうなきつね色である。
今の内にシロップや先に作っておいた生クリームなどをテーブルに運ぶ。
「……、どうしたの、お前?」
と、そこで足を抱えてプルプルと身体を小刻みに揺らして悶絶しているミコ太(美琴+ゲコ太)を発見した。
向こうも上条の気配に気づいたようで、涙目でこちらを見上げてきた。
「…こゆび、打った……」
「あはは……」
涙目の美琴に苦笑いを返しつつ手に持っていた物をテーブルに置く。そして美琴を優しく抱えあげて頭の上に乗せる。
いつもならこれで泣きやむのだが、どうやらよっぽど痛かったみたいでまだプルプルと震えていた。
「さぁて、そろそろ焼きあがったかなー」
頭の美琴に注意しながらホットケーキの焼き加減を見る。丁度いい色に焼きあがっており、爪楊枝を突き刺して中も確認する。
「んー、おし。かーんせー」
「ほんと!?」
瞬間、ガバァ! と起き上る美琴に上条は思わず笑みを零す。
さっきまであんなに痛がっていたのに、もうこれだ。ホットケーキを皿に移しながら「早く早くー!」と急かす美琴の声に破顔する。
大きめのホットケーキが一枚乗った皿を持ち、空いた手でフォークを二人分手に持ちリビングへ向かい、座る直前に気付く。
「っと、そういやココア作るの忘れてた」
上条家ではホットケーキと甘さ控えめのココアのコンビは鉄板である。
座りかけていた体勢からもう一度立ち上がる上条の頭から、まるで滑り台のように上条の頭を滑り、空中で一回転捻りなんか披露しちゃったりしてホットケーキの横に着地しちゃうミコ太。随分と身軽な電気カエルである。
「これ先に食べててもいい!?」
10点満点の着地を決めた美琴は等身大フォーク片手にキッラァァァァ! とこれでもかと目を輝かせ、涎がちょびっと見えちゃってたり。
その姿に上条はもう笑みしか返せなかった。
というか、愛くるしくてしょうがない。ここまで来るとこれは一種の犯罪なんではないだろうか。
とか何とか思ってる上条には答えは一つしかない。
「いいぞ、先に食べてて」
破顔しながらそう言う。
言ったら言ったで今度はパアァァァァァ! とイルミネーションもビックリの輝きを見せてきた。
その輝きをもっと見ていたいが、ココアを用意しないといけないため、後ろ髪をとんでもない力で引かれながら立ち上がる。
「ケーキ♪ ケーキ♪ ホットケーキー♪」
ホットケーキの前で美琴はまずはフォークで一口大の大きさに器用に2つ切り取る。
一つはこれでもかと生クリームを乗せ、あとチョコレートをトッピングして、その上にイチゴを乗せる。
もう一つはシンプルにバターとメイプルシロップをふんだんに塗りたくる。
「いったっだきまーす!!」
まずは生クリームの方を大きな口を開けてバクッと頬張る。
「~~! ~~!」
意味もなくバンバンとテーブルを叩く。
もう声にならない幸せである。
上条の手作りお菓子があのやたら長い名前をしたクレープより好きな美琴にとって、この時間は至福の時間である。
が、次の一噛みの瞬間、ガチャン、とフォークが手から落ちた。
「お待たせー。……あら?」
ココアを作り終えリビングに戻ってきた上条が見たのは、生クリームの乗った食べかけのホットケーキ。生クリームのトッピングが寂しげに残っている。
そして食べていたはずの美琴はバラエティ番組を見ていた。
いつもならあっという間に無くなるのだが。ココアを置き「失敗したかなー?」と思いながらホットケーキを一口頬張る。
「いつも通り、だよな……?」
ホットケーキを作ったのは先月なのでイマイチ自信はないが、少なくとも一口で食べるのを止める様な味ではない。
見ると、美琴の顔はテレビを向いているが、身体はウズウズと何か我慢しているように見えた。
「…………」
上条はフォークを置き美琴はじーっと見つめる。
その視線に気づき、美琴はこちらに顔を向ける。が、やっぱりおかしい。いつもなら此処で「なぁにー?」と言いながらトテトテと歩み寄ってくるのだが、今は向けるだけ。おかしい。
もしかして……。
「みーことちゃーん? ちょっとこっちにおいでー?」
「やっ」
「ココアあるからおいでー?」
「やっ」
かたくなにこちらに来る事を拒む美琴。どうしたものかと思うも、答えは割とあっさり出た。
にこっ、と笑いながら、
「いいからこっちに来い!」
「やーっ!」
強制連行。
じたばたと暴れる美琴を何とか抑えつけ、そんでもって強引に口を開ける。
小さくてよく見えないが「うー!」と唸っている美琴の奥歯に、やはり発見する。
「やっぱ虫歯か……」
「大丈夫だもん! なんでもないもん!」
と本人は言っているが、上条は聞いていない。
虫歯はよくわからないが、甘い物が大好物の美琴がホットケーキを食べないのだから結構重症なんだろう。
美琴を胸ポケットにしまい、さらにボタンを閉めて中に閉じ込め立ち上がり、
「おし、歯医者行くぞ」
「やー!! ドリルやー!!」
「はーいれっつごー」
「聞けーーー!!」
美琴が暴れる感触を感じながら「今時ドリルなんて言う人いんのかな……」とか何とか思いつつ、美琴の声を素知らぬ顔で聞き流す。
歯医者と言ったが目指すはカエル顔の医者の所。あの人以外に美琴サイズの歯の治療を出来る気がしないからだ。
「いーーーーーやーーーーーーー!」
悲痛な叫びは届く事はなく、美琴はドリルの前へと連行された。
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途中、「インフルエンザが流行っています。手洗いうがいを忘れずに」というバルーンから垂れた文字を見ながら、上条は病院へと来ていた。
ポケットの中はすっかり静かになっており、時折「ぐす……」と聞こえてくるのが何とも心に突き刺さる。
(や、でもここは心を鬼にしないと!)
虫歯で困るのは美琴だし、あの笑顔が見れなくなるのも嫌だ。
そう自分に言い聞かしている上条は今、待合室にいる。受付のナースにカエル顔の医者を呼んでもらい、ここで待っているように言われたのだ。
大体5分くらい待っただろうか。後ろから足音が近づいてくるのが聞こえた。
振り向くとやはりカエル顔の医者だった。
「いやいや、待たせたみたいだね? ごめんね?」
「あ、いや、大丈夫ですよ。こっちこそすいません、急に」
「気にしなくていいよ。それで、今日はどうしたんだい? 見たところ怪我はしてなさそうだけど」
「今日は俺じゃなくて……」
言いながら胸ポケットのボタンを開け、中から絶賛不機嫌中の美琴を取り出す。出した瞬間に脱走しそうになった美琴を掌で覆い、寸での所で確保する。
そんな美琴を初めて見たカエル顔の医者も、どうしたものかと困った様な顔で上条を見返す。
「コイツ、虫歯になっちゃったみたいなんです。お願いできますか?」
「あ、なるほど。だから不機嫌になってるんだね?」
「はい、そうなんです。……その、大丈夫ですか? 治療、出来ますか?」
「僕を誰だと思っている?」
自信満々に言い放つ医者に思わず「カエル」と返しそうなったが、何とかそれを胸中に押し止める。
今の今まで掌で暴れていて、すっかりぐったりと疲れ切った美琴を医者に手渡し見送る。
その背中から「とうまー!!」と涙交じりに聞こえる声が、心にとんでもない重さで圧し掛かってくる。
なんというか、
「すごく、心がいたいでせう……」
それから大体30分ほどであろうか。今世紀最大の心の痛みと戦っていた上条の後ろに、医者の肩に乗っかり棒付きキャンディーを幸せそうに舐めている美琴がいた。
治療直後はヤバいんじゃないかと思ったが「この先生だしな……」と心配もどこかにあっさりと吹っ飛ぶ。
「どうだった、美琴」
「あんまり怖くなかったよ! えっへん!」
「えらいえらい」
「えへへー♪」
終わってみれば大したことは無かったようで、胸を張って「褒めて褒めて!」と自己主張している。
美琴の頭を撫でながら医者に礼を言う。
向こうも大して疲れた顔を見せずに返してきた。美琴の幸せそうな顔に釣られて笑っている。その気持ちは誰よりも分かっている上条なので何も言わない。むしろもっと笑えとさえ思う。
「じゃあ、先生。ありがとうございました」
「これからはちゃんと毎日歯磨きさせるんだよ? いいね?」
「はい、わかりました。それじゃ」
「じゃねー!」
小さく頭を下げてから背を向ける上条。
その肩でブンブンと飴を振り回してカエル顔の医者へ手を振っている美琴の笑顔に、医者も笑顔で手を振り返す。
次の瞬間、美琴の手から飴が綺麗にすっぽ抜け、これまた綺麗な放物線を描き、コツーンという乾いた音を響かせた。
「ん? なんの音だ?」
「あーめーがー!?」
「ありゃ、落としちまったのか」
「ふえぇぇぇ!」
というやり取りを見ていると、笑顔が自然と零れるというものだ。
彼らとは反対の方向へ振り返りつつ、日が差し込む窓へと目をやる。良い天気の中、窓の先に見えるのはバルーン。
それを見て「あっ」と小さく呟くカエル顔の医者。
「そう言えば君たち、予防接種はもうしたかい?」
「予防接種? あ、そう言えばまだでしたね」
「ッ!? い、いいから早く帰ろ!? ねっ!? またホットケーキ食べたいなぁ!!」
「そうか、じゃあついでだし、していくといいよ。すぐに終わるしね」
「そうですね。じゃあお願いします。俺と美琴の分」
「にゃ~~~~~~!?」
「じゃ、こっちに来てくれるかな?」
「はい」
「いーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
美琴の試練はまだ終わらない。