とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03

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線香花火


「うわー、傘差してても、びしょぬれよ」

 スカートから滴を滴らせながら、御坂美琴が買い物袋を提げて、上条当麻の部屋へ駆け込んできた。
 天気予測によれば、午後から局地的に雨とのことだったが、こんな豪雨だとは聞いてない。
 苦笑を浮かべる美琴から、買い物袋を受け取って、上条はごくろうさん、と言いながら、彼女にタオルを渡す。

「風邪を引く前に、シャワー浴びて来いよ。着替え、忘れずにな」

「ありがと。ご飯の支度、それまで待っててね」

 美琴は濡れた体を拭くと、リビングに置かれた真新しい収納チェストから、自分の着替えを取り出して、風呂場へ向かう。
 それは2人が恋仲になってから、この部屋に増えた家具。美琴とインデックス専用の収納家具。

「いいよ。俺、片付けておくからさ。それより、早く入って来いって」

 「なんなら一緒に浴びる?」と言いながら、脱衣所に入っていく恋人に、「行かねーよ」と言いつつ、上条の頬が赤くなる。
 2人の関係が、そういうステップになっても、明るい時間のあからさまな会話は、まだちょっと恥ずかしい。
 買い物袋の中身を出し、冷蔵庫に仕舞いこみながら、なんだコレと思ったのは、小さな花火の詰め合わせ。
 珍しいモン買ってきたんだな、と思いつつ、リビングに置いておいた。


 キッチンで下ごしらえをしていると、やがてシャワーを浴びて、室内着に着替えた美琴が、上条の傍らにやって来た。

「ありがと。下ごしらえまでやってくれてるんだ」

「ああ、もう荷物の用意も済んだし、手が空いたからな」

 上条は、明日から短期間ながら、また『外』へ出かける。
 今回、上条の右手だけが必要だとのことで、インデックスは留守番なのだそうだ。

「――どうしても、行かなきゃダメなんだよね……」

 俯いて寂しそうな表情の美琴を、上条はそっと抱き締めた。

「しょうがないさ。これが俺の役目なんだし、今回は理事会からの正式な許可も出てるしな」

 それに……、と言いかけたところで、美琴が上条の口を止めた。

「わかってる。たとえほんの2、3日でもやっぱり心配は心配なのよ」

 そう言うと美琴は、上条の背中に腕を回してしがみついた。

「ね、私も一緒に行きたいって、っていっても無理でしょうけど、絶対に無事で帰ってきてね」

「今回は危ない所へ行くわけでも、そんな危険な仕事でもないしな。それにインデックスだって留守番なんだし、美琴が一緒だと……」

「そうね、当麻が留守の間、あの子の面倒見なくちゃね。今夜は小萌先生の家にお泊り?」

「ああ、アイツ、俺達に気を使ってくれてんだよ。だから明日は2人で迎えに行って、その足で一緒に空港へ行くか」

「じゃ、今夜は2人きりね……。当麻、キスして……」

 目を閉じた恋人に、上条はそっと唇を重ねていく。


 食事を済ませ、くつろいだ上条は、さっきの買い物に混じっていた花火のセットを思い出し、台所で後片付けをしている美琴に声をかけた。

「美琴、この花火、なんだ?」

「それね、スーパーにで見つけたんだけど、もうこんな季節なんだなって思ったら、つい買っちゃった」

「じゃ、今からするか?下に降りるのが面倒くさいなら、ベランダでも出来るぞ」

「する!する!やりたい!!ベランダでしましょ、ね、当麻!!」

「よっしゃ!じゃ用意すっから、片付け終わったら来いよ!」

「うん!」

 ともすれば沈みがちな空気を払いのけるように、美琴がはしゃぐ。
 上条も彼女のために、今夜は少しでも明るく振舞おうと決めた。


 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 夕方までの豪雨はすっかり上がり、雲の合間に星が瞬いていた。
 雨に洗われて、すっきりとした空気が、多少の肌寒さを残していて、初夏を感じさせない。
 道端の水溜りが、青白い街灯を反射して、あちこちで光る。
 ベランダに残る、黒い縦じま模様の雨垂れと滴の跡が、明と暗にグラデーションをつけていた。

 上条と美琴は、ベランダに2人並んで、手持ち花火に火をつける。
 単色の花火。途中から色の変わる花火。
 しゅうしゅうぱちぱちいいながら、白い煙をあたり一面に吐き出していく。
 やがて下から吹き上げる、緩やかな風に乗って、ベランダから、空へ立ち昇って消え、後には火薬特有の臭いだけが残された。
 やがて残った、一束の線香花火。
 上条はそこから一本抜き出すと、火をつけた。
 紙の先から火薬に火が回ると、線香花火の舞台が始まった。
 珠が徐々に大きくなり、パチパチと咲く。
 小さく儚いその花火は、和を表しているようで和む。

「遊んだ記憶は無いんだけどさ、線香花火って、なんとなく良いなと思わねぇか」

 上条がぽつりと呟いた。

「――なんでそう思うの……」

 上条の記憶喪失を知る美琴は、彼の無表情な横顔に、その胸を締め付けられた。

「お前、知ってるか?線香花火ってさ、うまくすると、一番長く続けられるんだとよ」

「ふうん、そうなんだ。私には、風で飛んじゃったり、落としたりした記憶しかないんだけどな」

「同級生に、花火に詳しいヤツがいてさ。
珠ができる段階を牡丹、珠から火花が出るのを松葉、火花の勢いが衰える状態を柳、消える時が散り菊。
そいつが言うには、それぞれに名前があるんだとよ」

 牡丹で生まれ、一番輝く松葉、衰える柳、精一杯最後まで努力する散り菊。
 線香花火は、人生も表しているのかもしれない。
 細く儚げながら、他の手持ち花火より、まして打ち上げ花火よりも長く続く。
 小さくも長くの間、心の落ち着く“花びら”を出し続ける線香花火。

「私にもやらせて」

 美琴も上条から1本受け取ると、火をつけた。
 橙色の珠がぷくりと膨らみ、わしゃわしゃと威勢良く花びらが散りだす。
 しばらく続いた花びらは、ゆっくりと細く長く変わり、ちり……ちり……と光の矢が放たれる。
 やがてそれも途絶えがちになると、珠が小さな光に……なる前に、ぽたりと落ちた。

 その瞬間、美琴の胸が、切ない悲鳴をあげた。
 なにか大切なものが、ぶつりと目の前から消えたような気がして。
 思わず、上条の腕にしがみついている自分がそこにいた。
 そんな美琴の表情に、何かを見た上条が、今度は2本取り出した。

「ほら、今度は一緒にやろうぜ……」
「――うん……」

 両方の花火に火をつけて、その1つを美琴に渡す。

「風が来ないようにするのがいいらしいからな……。ほら、もっと傍へ寄れよ」

 風を遮るように美琴の肩をぐっと抱き寄せ、体を寄せ合うようにした。
 やがて牡丹が出来かけた時、ひゅッと風が吹き込んで、2つの花火が触れた。

「「――あっ……」」

 2人の声が上がる間もなく、互いの花火の先が触れて、牡丹が1つに溶け合った。
 普通よりちょっと大きめの牡丹は、そのまま松葉の花びらをわしゃわしゃと出し続けている。
 2人は黙って手を重ね、互いの花火をひとつに合わせていた。
 花びらがやがて、ちり……ちり……と柳のように細長く変わる。
 最後にはちょろちょろと、散り際の菊のように儚く光り、2本の花火がくっついたまま、小さな珠がすぅっと消えた。
 まるで奇跡のような線香花火の光に、上条も美琴も魅入られたように何も言えず、重ねた手を離すことが出来なかった。
 やがて2人は無言で抱き合い、そのまま唇を重ねていた。


 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 花火の燃え残りを片付け、部屋へ戻った。
 部屋の中に入り込んでいた花火の煙の匂いを追い出し、消臭スプレーで完全に消していく。

「今度はインデックスと3人でするか」

「そうね。打ち上げ式とか、派手なのもあるといいかもね」

「あいつ、大はしゃぎするぞ。花火で遊んだことは無かったはずだしな」

「夏休みの楽しみが1つ増えたわね」

 子供のようにはしゃぐインデックスの姿を想像し、2人で顔を見合わすと笑いを交わした

「しかし、髪の毛まで煙臭くなっちまったな」

「あの子、そんな頭でも噛み付くこと出来るかしら」

「今度試してみっかな」

「かえってひどくなるような気がするけど……」

「その時は助けてくれるよな、美琴タン」

「やだ。それにタン言うな」

 思わず「不幸だ」と呟く上条に、美琴が明るく笑う。


「お風呂沸いたわよ」

「じゃ、俺、先に入らせてもらうわ」

 そう言って上条が脱衣所に入って行った。
 普段どおりに振舞う、そんな上条のさり気ない優しさが嬉しい。
 明日には空港で見送らなければならないというのに、いつのまにか寂しさも悲しさも消えてしまった。
 ちょっと子供っぽい彼を、愛しく思う気持ちだけが彼女を包んでいる。
 美琴はそんな彼の優しい笑顔を思い出すと、彼に何か飲み物でも用意しておこうかと立ち上がった。

「お風呂、上がったぞ」

「じゃ、私も入ってくるから、待っててね」

 やがて風呂から上がった上条と交代して、美琴は脱衣場へ向かう。
 花火の煙を浴びた髪を洗い流し、からだの隅々まで念入りに手入れをした。
 明日からしばらく上条とは会えなくなる。だから今夜は、上条のために精一杯咲こう、と思った。
 パジャマに着替え、洗面所に置いたポーチから、小さなスプレーを取り出し、普段は着けない香りを、今夜は着けてみようと思った。
 手に軽くつけて、それを首筋に撫で付けるように拡げる。
 そのちょっとした振舞いひとつで、いつもと違うアダルトな自分になれる気がする。
 これでもう、心も体もすっかり準備は整った。後は彼に、その花を咲かせてもらうだけ。
 美琴は、間もなく始まる2人だけの時間を、待ち遠しく思った。


「なあ、美琴。なんだろう、香水なのか?お前からいいにおいがするんだよな、さっきから……」

 ベッドに腰掛けて、美琴を抱き締めている上条が、そっと彼女の耳元で囁く。

「うん……、ちょっとつけてみたの。前にね、買っておいたのだけど、今までつける機会が無くってね。」

 花火の匂い消すのにちょうどよかったし、と。

「そうなのか。でもいい香りだな。俺は好きだぞ」

「ありがと。――ね……私、当麻のことちゃんと待ってるから……」

 巻きつけた腕をゆるめると、上条は美琴の頬に手をやり、そっと口付ける。

「――ん、ふ……」

 潤んだ目で上条を見る美琴が、再び目を閉じる。
 今度のキスは、今より長く、深く。

「絶対に無事で帰ってきて。そうしてもう一度、愛してね」

「約束するよ」

 何度もキスをしながら、上条が美琴をゆっくり沈めていく。

「み……こと、――上条さん、我慢の限界です」

「……やさしくして、ね……とう……ま……」

 やがて2人は、先程の線香花火のように、1つに溶けて、ぽたりと堕ちた。


  ~~ Fin ~~


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