Always_On_My_Mind
昨日の雨は、夜に一旦晴れ間をのぞかせたものの、明け方前から、またしとしとと、降り出したようだ。
雨に濡れた夜は、濡羽色のように街の灯りを鈍くきらめかせ、青白くあたりにまき散らす。
東の地平近くの空は、ゆっくりと紺青色から、瑠璃色へとその明るさを変えつつある時間。
夜明け前のしんと静まり返る空気が、空から落ちる黒銀色の雫に洗われて、冷えた清浄な情感を漂わせている。
深遠の底から浮き上がるように、意識を取り戻した御坂美琴は、恋人、上条当麻の胸に顔を埋め、彼に抱かれるようにして眠っていた自分に気が付いた。
身体の奥底に残る情愛の名残りと、喉の渇きを静めるために、ぼんやりした頭のままでベッドから身を起こす。
上条の腕からそっと離れる時、彼は一瞬、――う……ん……と、うめき声を上げたものの、再び穏やかな寝息をたてはじめた。
素肌に羽織ったパジャマの乱れを直しながら、美琴はキッチンへ向かうと、コップに汲んだ水をこくりと飲み干し、ふぅと息を継ぐ。
彼のために着けた香りと、彼の手で着けられた匂いが綯い交ぜとなって、微かに彼女の鼻腔を刺激し、落ち着かせるはずの感情を、また高ぶらせようとする。
気が付けば、安堵の気持ちよりも、不安な気持ちを大きくしている自分がいた。
思わずきゅっと、両手で自分の肩を抱き、昨夜の営みを思い返して息をつく。
キスから始まるメイクラブ。強く抱き締められて、彼の腕の中で味わう温もりと安らぎ。
上条と契りを結んで日が浅く、成長途上の彼女の肉体は、歓喜の瞬間をまだ知らない。
それでも美琴は、自分の中へ上条が入ってくる、その瞬間が最高に好きだった。
ぐにゅりと壁を広げながら、彼が自分の中へ押し入ってくる感覚に、心も身体も幸福感で満ち溢れる。
自分が上条で満たされ、彼の息吹と体温を感じながら、御坂美琴という、上条にとってただ1人の女になる至福の時が堪らなかった。
身体の内外に残る上条の痕跡だけが、様々な不安に立ち向かう彼女の武器であり、美琴が上条に求めた絆の証。
それでも今夜はなぜか、心の奥から沸き立つような不安感を押さえることが出来ず、美琴は無言で部屋の窓に近寄り、カーテンの隙間から外へと目をやる。
雨雲に覆われているはずの空は未だ暗く、闇から闇へと落ちる雨だれだけが、ガラスを通して聞こえてくる。
その音が、彼の腕の中で聞いた心音と重なり、彼女の胸中に再びうっすらとした影が広がりかける。
明るい空を見たくとも、ガラスを通して見えるのは、夜明け前の一番暗い闇の色。
それを目にして、つい漏らしてしまった、切なげなため息が、ますます自分で自分の胸を締め付けていく。
昨夜は2人で、明るく振舞って、初めて花火で遊んだ。
だのに今は、これほどまでに気分が重く感じられる。
上条は今日、イギリスへ向けて一人旅立つ。
3、4日ほどの海外出張の様なもので、イギリス清教からの正式な依頼らしく、理事会発行の許可証まで揃えられていた。
今回は彼の右手の能力だけが必要なようで、インデックスもここ学園都市で、美琴と一緒に留守番をする。
何等危険性のない仕事だというが、それでも彼の無事を祈る気持ちが、彼女の中に膨らんでいく。
かつて何度も上条の不幸や、巻き込まれ体質というものを目にしていれば、美琴が無事を願ってしまうのも無理はない。
彼を案ずるあまりに、自らの不安に苛まれて、美琴の視界が思わず知らず滲んできた。
雨に濡れた夜は、濡羽色のように街の灯りを鈍くきらめかせ、青白くあたりにまき散らす。
東の地平近くの空は、ゆっくりと紺青色から、瑠璃色へとその明るさを変えつつある時間。
夜明け前のしんと静まり返る空気が、空から落ちる黒銀色の雫に洗われて、冷えた清浄な情感を漂わせている。
深遠の底から浮き上がるように、意識を取り戻した御坂美琴は、恋人、上条当麻の胸に顔を埋め、彼に抱かれるようにして眠っていた自分に気が付いた。
身体の奥底に残る情愛の名残りと、喉の渇きを静めるために、ぼんやりした頭のままでベッドから身を起こす。
上条の腕からそっと離れる時、彼は一瞬、――う……ん……と、うめき声を上げたものの、再び穏やかな寝息をたてはじめた。
素肌に羽織ったパジャマの乱れを直しながら、美琴はキッチンへ向かうと、コップに汲んだ水をこくりと飲み干し、ふぅと息を継ぐ。
彼のために着けた香りと、彼の手で着けられた匂いが綯い交ぜとなって、微かに彼女の鼻腔を刺激し、落ち着かせるはずの感情を、また高ぶらせようとする。
気が付けば、安堵の気持ちよりも、不安な気持ちを大きくしている自分がいた。
思わずきゅっと、両手で自分の肩を抱き、昨夜の営みを思い返して息をつく。
キスから始まるメイクラブ。強く抱き締められて、彼の腕の中で味わう温もりと安らぎ。
上条と契りを結んで日が浅く、成長途上の彼女の肉体は、歓喜の瞬間をまだ知らない。
それでも美琴は、自分の中へ上条が入ってくる、その瞬間が最高に好きだった。
ぐにゅりと壁を広げながら、彼が自分の中へ押し入ってくる感覚に、心も身体も幸福感で満ち溢れる。
自分が上条で満たされ、彼の息吹と体温を感じながら、御坂美琴という、上条にとってただ1人の女になる至福の時が堪らなかった。
身体の内外に残る上条の痕跡だけが、様々な不安に立ち向かう彼女の武器であり、美琴が上条に求めた絆の証。
それでも今夜はなぜか、心の奥から沸き立つような不安感を押さえることが出来ず、美琴は無言で部屋の窓に近寄り、カーテンの隙間から外へと目をやる。
雨雲に覆われているはずの空は未だ暗く、闇から闇へと落ちる雨だれだけが、ガラスを通して聞こえてくる。
その音が、彼の腕の中で聞いた心音と重なり、彼女の胸中に再びうっすらとした影が広がりかける。
明るい空を見たくとも、ガラスを通して見えるのは、夜明け前の一番暗い闇の色。
それを目にして、つい漏らしてしまった、切なげなため息が、ますます自分で自分の胸を締め付けていく。
昨夜は2人で、明るく振舞って、初めて花火で遊んだ。
だのに今は、これほどまでに気分が重く感じられる。
上条は今日、イギリスへ向けて一人旅立つ。
3、4日ほどの海外出張の様なもので、イギリス清教からの正式な依頼らしく、理事会発行の許可証まで揃えられていた。
今回は彼の右手の能力だけが必要なようで、インデックスもここ学園都市で、美琴と一緒に留守番をする。
何等危険性のない仕事だというが、それでも彼の無事を祈る気持ちが、彼女の中に膨らんでいく。
かつて何度も上条の不幸や、巻き込まれ体質というものを目にしていれば、美琴が無事を願ってしまうのも無理はない。
彼を案ずるあまりに、自らの不安に苛まれて、美琴の視界が思わず知らず滲んできた。
「当麻……」
ぽつりと口をついて出た愛しい彼の名前。
口に出すほどに、ますます上条への思いと、不安が募る。
ゆるんだパジャマの胸元から流れ込む冷気が、心の温みさえも一気に冷まし、思考を重く冷たく変えていく。
何かにすがるように、ぎゅっとカーテンを握り締めると、つい涙が零れそうで目を瞑った。
まぶたに浮かんだのは、彼に手を伸ばし続けて、あと少しというところで届かない指先。
自分の手の届かないところへ消えていく、上条の姿が脳裏を横切り、彼女の胸は押しつぶされて苦しい悲鳴をあげた。
口に出すほどに、ますます上条への思いと、不安が募る。
ゆるんだパジャマの胸元から流れ込む冷気が、心の温みさえも一気に冷まし、思考を重く冷たく変えていく。
何かにすがるように、ぎゅっとカーテンを握り締めると、つい涙が零れそうで目を瞑った。
まぶたに浮かんだのは、彼に手を伸ばし続けて、あと少しというところで届かない指先。
自分の手の届かないところへ消えていく、上条の姿が脳裏を横切り、彼女の胸は押しつぶされて苦しい悲鳴をあげた。
「――当麻ッ……」
思わず上げてしまった叫びのような声に、はっとして振り返って見た先に、すやすやと眠る上条のシルエットがそこにある。
そっと近付き、薄暗い部屋の中に浮かぶ、輪郭のような彼の寝顔を、確かめるようにじっと見つめた。
ゆっくりと上下する胸の動きと、微かに聞こえる寝息が彼女に安堵感を与えていく。
そっと近付き、薄暗い部屋の中に浮かぶ、輪郭のような彼の寝顔を、確かめるようにじっと見つめた。
ゆっくりと上下する胸の動きと、微かに聞こえる寝息が彼女に安堵感を与えていく。
「よかった……」
ふと口をついで出た声の正体は、彼を起こさずに済んだからなのか、それとも自分の醜態を見られずに済んだからなのか。
それともあるいは上条が、美琴の目の前に、現実として生きているからなのか。
彼女は不吉な思いを払いのけるかのように、頭を振ってもう一度、そこに眠っている男の顔を覗き込んだ。
いつのまに自分はこれほど弱虫になったんだろうと思う。
あの時、当麻のために強くなる、当麻を守りたいと、白井と語ったのは、なんだったのか。
好きになればなるほど、ますます彼から離れられなくなり、まるで蟻地獄のように、不安から抜け出せなくなっていく自分が不甲斐ない。
それともあるいは上条が、美琴の目の前に、現実として生きているからなのか。
彼女は不吉な思いを払いのけるかのように、頭を振ってもう一度、そこに眠っている男の顔を覗き込んだ。
いつのまに自分はこれほど弱虫になったんだろうと思う。
あの時、当麻のために強くなる、当麻を守りたいと、白井と語ったのは、なんだったのか。
好きになればなるほど、ますます彼から離れられなくなり、まるで蟻地獄のように、不安から抜け出せなくなっていく自分が不甲斐ない。
「ねぇ……お願いだから……無事に、帰ってきて……」
美琴はそう小さく呟くと、目から零れた滴を拭い、再び彼の腕の中へとその身をもぐりこませた。
昨夜の天気予報によると、今日は午前中は多少の雨が残るものの、午後は晴れるといっていた。
お昼前には、小萌先生の家までインデックスを迎えに行き、そのまま空港まで上条の見送りに行く。
美琴とインデックスは、空港では彼を明るく見送ろうと決めていた。
だからせめて今だけはと、美琴は声を上げずに、上条の胸の中で体を震わせていた。
いつのまにか上条が目を覚まし、彼女を抱きしめる手に、力を込める。
美琴は一瞬、体を硬くしたが、やがて彼の胸にすがり付いて、静かに泪を流しだした。
お昼前には、小萌先生の家までインデックスを迎えに行き、そのまま空港まで上条の見送りに行く。
美琴とインデックスは、空港では彼を明るく見送ろうと決めていた。
だからせめて今だけはと、美琴は声を上げずに、上条の胸の中で体を震わせていた。
いつのまにか上条が目を覚まし、彼女を抱きしめる手に、力を込める。
美琴は一瞬、体を硬くしたが、やがて彼の胸にすがり付いて、静かに泪を流しだした。
「ちゃんと帰ってくるからさ、そんなに心配すんなよ」
上条が、美琴の耳元でぽつりと囁やいた。
彼女の肩がビクッと震える。
彼女の肩がビクッと震える。
「お前をおいて、1人でどこかへ消えるわけにはいかないだろ?」
その声に美琴は、上条の顔を見ようとした。
薄暗い部屋の中では、彼の表情がはっきり見えない。
美琴には上条が、自分のために、優しい顔をしていることはわかる。
それでも彼の瞳の奥にあるものは、夜の闇に隠されて、彼女には見えない。
薄暗い部屋の中では、彼の表情がはっきり見えない。
美琴には上条が、自分のために、優しい顔をしていることはわかる。
それでも彼の瞳の奥にあるものは、夜の闇に隠されて、彼女には見えない。
「俺は必ずここへ、必ずお前の元へ帰ってくるから……」
そうやって言い切られるほどに、美琴の胸が辛くなる。
彼女は思う。やっぱりコイツは、私と違って強いんだと。
誰にも頼らず、記憶を失ってさえも、自分の力で立ち、自分の道を進み続ける。
救いを求める人のために、自身の恐怖にも立ち向かい、こうして戦いの場へと行ってしまう。
そんな上条の強さを感じるたびに、美琴は自分の弱さが身に染みて、辛く耐えられない思いをかみしめる。
彼女は思う。やっぱりコイツは、私と違って強いんだと。
誰にも頼らず、記憶を失ってさえも、自分の力で立ち、自分の道を進み続ける。
救いを求める人のために、自身の恐怖にも立ち向かい、こうして戦いの場へと行ってしまう。
そんな上条の強さを感じるたびに、美琴は自分の弱さが身に染みて、辛く耐えられない思いをかみしめる。
(私はこんなに不安で怖いのに、どうしてアンタはそんなに平気な顔でいられるのよ……)
自分はどうしたって彼の横には、並び立てないんじゃないかと思ってしまうのだ。
上条が伸ばした手から、どんどん離れていく自分の手。
追いかけて追いかけて、やっとつかんだその手が、また引き離されるような感覚。
彼に優しくされるほどに、辛くなるのはなぜなのか。
上条が伸ばした手から、どんどん離れていく自分の手。
追いかけて追いかけて、やっとつかんだその手が、また引き離されるような感覚。
彼に優しくされるほどに、辛くなるのはなぜなのか。
「ほんの数日、出掛けるだけのことじゃないか」
それまで息を殺して泣いていた彼女の心が、上条の気遣いに触れた途端、声を上げて弾け跳んだ。
(私だって、もっと当麻の力になりたいのに。なのにアンタは、どうして……頼ってくれないのよ……)
彼女が流す涙の意味は、別れの悲しみ、寂しさとは違うもの。
(本当に当麻と一緒にいていいの?私はこんなに弱い人間なのに?お願いだから……今の気持ちを教えてよ、当麻……)
「美琴がいるから、俺は帰ってくるんだからさ」
上条の言葉に嘘はない。されど未だ『言いたい気持ち』を正直に伝えるまでに至らない上条には、美琴の涙の意味がわからない。
(俺だって不安なんだ。だけどそれを言えば、余計に美琴を不安にさせちまう……)
彼女を不安にさせまいとする彼のその優しさが、かえって彼女を苦しめていることに上条はまだ気付かない。
美琴が抱いた様々な感情は、上条が心の内を明かすことで昇華されるはずなのに、彼が正直になれない為に、美琴も自分の苦衷を吐き出すことができない。
彼女の心を支えるのは、決して優しさや気遣いだけではないことを、上条はまだ気付けない。
美琴が抱いた様々な感情は、上条が心の内を明かすことで昇華されるはずなのに、彼が正直になれない為に、美琴も自分の苦衷を吐き出すことができない。
彼女の心を支えるのは、決して優しさや気遣いだけではないことを、上条はまだ気付けない。
「上条ちゃん、公休手続きはこれで全部ですね。残りは先生のほうでしておきますから、もう大丈夫なのです」
「いつもすみません。それじゃ後のこと、よろしくお願いします、先生。」
「いつもすみません。それじゃ後のこと、よろしくお願いします、先生。」
翌朝、上条が小萌のアパートで公休手続きを済ませている間、美琴とインデックスはにこやかな顔で二人のやり取りを見ていた。
学園都市の七不思議の一つとも噂される、幼女先生が明るく悪魔の微笑を浮かべている。
学園都市の七不思議の一つとも噂される、幼女先生が明るく悪魔の微笑を浮かべている。
「上条ちゃん。先生は上条ちゃんが出掛けてる間に、課題と補習の準備をしておくのです。だから上条ちゃんは安心して、お仕事に専念したらいいのですよー」
「ふ、不幸だ……」
「ふ、不幸だ……」
公休扱いなので、出席日数への影響ないとはいえ、帰ってきてからの課題漬けの日々を思うと、さすがにちょっと気が重い。
上条の憂鬱を知ってか知らずか、美琴は苦笑しながら小萌に頭を下げた。
小萌はそんな美琴に顔を向けると、やさしい笑顔を見せて彼女に言う。
上条の憂鬱を知ってか知らずか、美琴は苦笑しながら小萌に頭を下げた。
小萌はそんな美琴に顔を向けると、やさしい笑顔を見せて彼女に言う。
「御坂さん、上条ちゃんが帰ってきたら、家庭教師役はお願いするのですよー」
「任せてください、月詠先生……」
「任せてください、月詠先生……」
美琴が喜色満面の笑顔で返事をする。
「――当麻のことは、最後まできちんと面倒見ますから」
「とうまはみことがいないと、なにもできないんだよ」
「美琴センセーには、本当にいつもお世話になってます……」
「とうまはみことがいないと、なにもできないんだよ」
「美琴センセーには、本当にいつもお世話になってます……」
インデックスの指摘に、美琴が頬を染めて俯いた。
上条が申し訳なさそうな笑みを浮かべ、恥ずかしそうに頭をがりがりとかいている。
青春ですねーと小萌はニコニコと3人のやり取りを、優しい目で眺めていた。
上条が申し訳なさそうな笑みを浮かべ、恥ずかしそうに頭をがりがりとかいている。
青春ですねーと小萌はニコニコと3人のやり取りを、優しい目で眺めていた。
「では、上条ちゃん、いってらっしゃいなのです。くれぐれも気をつけるのですよー」
「では小萌先生、いってきます。クラスの皆にもお土産買ってきますから」
「こもえ、昨夜はありがとうなんだよ」
「月詠先生、インデックスのことも、ご迷惑をおかけしました」
「では小萌先生、いってきます。クラスの皆にもお土産買ってきますから」
「こもえ、昨夜はありがとうなんだよ」
「月詠先生、インデックスのことも、ご迷惑をおかけしました」
部屋の玄関先で、改めて頭を下げる3人の姿に、小萌はほんわかした思いを抱く。
表の顔を一枚捲れば、大人達のドロドロした欲望が、子供達を食い物にしようとするこの街で、手を携えてそれを乗り越えて行こうとする3人の姿を見ると、それを見守っていく大人として、導いていく教師として、喜びと責任感が彼女の胸に火を灯す。
例えそれが、自分たち以上の力を持つ能力者だとしても、未来を作る若者達を支えるのは、大人達の大切な仕事なのだ。
表の顔を一枚捲れば、大人達のドロドロした欲望が、子供達を食い物にしようとするこの街で、手を携えてそれを乗り越えて行こうとする3人の姿を見ると、それを見守っていく大人として、導いていく教師として、喜びと責任感が彼女の胸に火を灯す。
例えそれが、自分たち以上の力を持つ能力者だとしても、未来を作る若者達を支えるのは、大人達の大切な仕事なのだ。
「では御坂さんとシスターちゃん、上条ちゃんのお見送りをお願いするのです」
「こもえ、お願いされたんだよ」
「はい。それじゃ、空港まで見送りに、行ってきます」
「こもえ、お願いされたんだよ」
「はい。それじゃ、空港まで見送りに、行ってきます」
やがて3人の姿が、通りの向こうの角へ消えようとする時、上条ちゃーん、元気で行ってくるのですよーと小萌が笑顔で手を振り叫んでいた。
上条が彼女の方へ笑顔を向けると、大丈夫ですとでも言うかの様に、右手を上げてその声に応える。
美琴とインデックスは同じく笑顔で小萌に手を振りながら、角の向こうへ姿を消した。
明け方までの雨は、すっかり止み、白鼠色の雲の間に、露草色の空が見えている。
時折顔を出す太陽は、初夏の日差しを照らし出そうとしていた。
地上の露を巻き上げるように吹く風が、湿った空気をかき回し、向こうの曲がり角を見つめ続ける小萌の髪をやさしく撫ぜていく。
やがて彼女は目を瞑ると、何かを思い返すように身じろぎもせず、しばらくの間、その風に身を任せていた。
上条が彼女の方へ笑顔を向けると、大丈夫ですとでも言うかの様に、右手を上げてその声に応える。
美琴とインデックスは同じく笑顔で小萌に手を振りながら、角の向こうへ姿を消した。
明け方までの雨は、すっかり止み、白鼠色の雲の間に、露草色の空が見えている。
時折顔を出す太陽は、初夏の日差しを照らし出そうとしていた。
地上の露を巻き上げるように吹く風が、湿った空気をかき回し、向こうの曲がり角を見つめ続ける小萌の髪をやさしく撫ぜていく。
やがて彼女は目を瞑ると、何かを思い返すように身じろぎもせず、しばらくの間、その風に身を任せていた。
ロンドン・ガトウィック空港へ向かう超音速旅客機が、第23学区にある学園都市国際空港の駐機場で、静かにその出発を待っていた。
空港上空の天候はすっかり回復し、ターミナルの大きな窓からは、明るい日差しが差し込んでいる。
チェックインカウンターで搭乗手続きを終えた上条が、出国ゲートへ向かう。
搭乗開始までまだ時間はあるものの、出国手続きの手間を考えると、あまり余裕はない。
国際線出国ゲートの前では、あちこちで別れの光景が繰り広げられていた。
ゲートの奥は出国窓口があり、ここから先は搭乗者しか入れないからだ。
上条、美琴、インデックスの3人は、そのゲートの傍らで、無言のまま互いを見合っていた。
照れや恥ずかしさ、別れの寂しさや悲しさ、不安や心配、様々な感情が彼らを取り巻いて、その渦から逃さない。
美琴は、上条を笑顔で送り出そうと決めていたものの、いざその時になってみると、今朝のことが頭をよぎって笑顔になれない。
笑おうと焦れば焦るほどに、頭の中がぐるぐるとして、ますます彼女の思考を混乱させる。
やがてついには、ぽとりと泪がこぼれてしまった。
空港上空の天候はすっかり回復し、ターミナルの大きな窓からは、明るい日差しが差し込んでいる。
チェックインカウンターで搭乗手続きを終えた上条が、出国ゲートへ向かう。
搭乗開始までまだ時間はあるものの、出国手続きの手間を考えると、あまり余裕はない。
国際線出国ゲートの前では、あちこちで別れの光景が繰り広げられていた。
ゲートの奥は出国窓口があり、ここから先は搭乗者しか入れないからだ。
上条、美琴、インデックスの3人は、そのゲートの傍らで、無言のまま互いを見合っていた。
照れや恥ずかしさ、別れの寂しさや悲しさ、不安や心配、様々な感情が彼らを取り巻いて、その渦から逃さない。
美琴は、上条を笑顔で送り出そうと決めていたものの、いざその時になってみると、今朝のことが頭をよぎって笑顔になれない。
笑おうと焦れば焦るほどに、頭の中がぐるぐるとして、ますます彼女の思考を混乱させる。
やがてついには、ぽとりと泪がこぼれてしまった。
「ごめん……。こんなつもりじゃ……なかったんだけど……」
止めようとすればするほど、後から後からとめどなく泪が溢れる。
「――ほんとにッ……、当麻のッ……前……でッ……」
言葉にならず、そのまま顔を押さえて立ちすくんだ。
上条がそんな美琴を、無言でぎゅっと抱き締める。
やがて気持ちも少し落ち着いたのか、やがて涙を拭いながら美琴が顔を上げた。
上条がそんな美琴を、無言でぎゅっと抱き締める。
やがて気持ちも少し落ち着いたのか、やがて涙を拭いながら美琴が顔を上げた。
「ごめんね、当麻……。笑って見送ろうと思ってたのに……泣いちゃって」
「いいから、気にすんなって。誰だってこういう時は泣きたくなるんだろ?」
「いいから、気にすんなって。誰だってこういう時は泣きたくなるんだろ?」
そう言いながら彼は優しい笑顔で、わしゃわしゃと、美琴の頭を撫ぜる。
そんな2人のやり取りを、横で眺めていたインデックスが、いつしか美琴の涙に濡れた顔をじっと見つめていた。
やがて彼女はふと、何かに思い至ったように、突然上条への死刑を宣告する。
そんな2人のやり取りを、横で眺めていたインデックスが、いつしか美琴の涙に濡れた顔をじっと見つめていた。
やがて彼女はふと、何かに思い至ったように、突然上条への死刑を宣告する。
「とうま!みことをこんな風にしちゃって、帰ってきたら噛み付いてやるから、覚悟しておくんだよ!」
「な、なんですか?インデックスさん!上条さんは何も身に覚えがないんですけど!?」
「だから噛み付いてやるって言ってるんだよ!ばかとうま!!」
「だから何言ってっかわかんねえよ!」
「な、なんですか?インデックスさん!上条さんは何も身に覚えがないんですけど!?」
「だから噛み付いてやるって言ってるんだよ!ばかとうま!!」
「だから何言ってっかわかんねえよ!」
ぎゃあぎゃあと別れの雰囲気をぶち壊す、兄妹喧嘩のような2人の様子に、美琴の気持ちがどん底から引きずり上げられる。
涙を拭いながら、クスリと笑った彼女が、やっといつもの笑顔になった。
涙を拭いながら、クスリと笑った彼女が、やっといつもの笑顔になった。
「はいはい、2人とも。せっかくの見送りなのに喧嘩しないの!」
美琴に注意されて、インデックスがむぅーと膨れながら引き下がる。
上条も周囲の冷ややかな視線に気付いて苦笑いを浮かべていた。
やがてはっと気付いたように、時間を確認して、上条は2人に言った。
上条も周囲の冷ややかな視線に気付いて苦笑いを浮かべていた。
やがてはっと気付いたように、時間を確認して、上条は2人に言った。
「美琴、インデックス。もう時間だから……」
彼の顔にはすでに笑顔はなく、彼女らの姿を、まるで自分の脳裏に刻み込むように見つめている。
美琴もインデックスも、別れを惜しむように、上条の顔をじっと見ている。
その沈黙に耐えられなくなったインデックスが、涙目で上条にきゅっとしがみついた。
美琴もインデックスも、別れを惜しむように、上条の顔をじっと見ている。
その沈黙に耐えられなくなったインデックスが、涙目で上条にきゅっとしがみついた。
「いってらっしゃいなんだよ。とうま」
不意に上条の笑顔が歪んだようになり、目尻にも光るものが浮かんで見えた。
美琴の心臓がドキリと鳴ったような気がした。
彼女が初めて目にした、泣きそうな顔の上条。
美琴の心臓がドキリと鳴ったような気がした。
彼女が初めて目にした、泣きそうな顔の上条。
「おいおい、ほんの数日のことだぜ。泣くほどのもんかよ、インデックス」
そう言いながらも、上条はグイと自分の手の甲で両目を拭い、インデックスの頭を撫ぜた。
照れて恥ずかしそうな彼の顔は、目が潤み、上気したように赤くなっていた。
照れて恥ずかしそうな彼の顔は、目が潤み、上気したように赤くなっていた。
「とうまだって、泣いてるんだよ」
インデックスが手で涙を拭き、笑顔で上条を見上げる。
美琴は2人のやり取りを見ながら、どことなく安心したような、ほっとした気持ちを味わっていた。
上条がやがて気を取り直したように、美琴に向かって笑いかけると、彼女を抱き締めて、軽く口付けた。
美琴も彼を強く抱き締め返すと、耳元でそっと呟いた。
美琴は2人のやり取りを見ながら、どことなく安心したような、ほっとした気持ちを味わっていた。
上条がやがて気を取り直したように、美琴に向かって笑いかけると、彼女を抱き締めて、軽く口付けた。
美琴も彼を強く抱き締め返すと、耳元でそっと呟いた。
「私はもう大丈夫よ。いってらっしゃい、当麻」
その言葉に上条が安心したように、嬉しそうな顔をした。
「行ってくるよ、美琴」
美琴とインデックスの笑顔に見送られた上条は、手を振って笑顔でゲートの中へ消えていった。
空港ターミナル屋上の送迎デッキから、美琴とインデックスは、上条が乗る、超音速旅客機を眺めていた。
白く輝く細長い機体には、ケーブルや燃料パイプが、まるで電極や点滴のチューブのように繋がれている。
機首近くの乗降口に接続されているボーディングブリッジは、さながら人工呼吸器のようだ。
カーゴを積んだパレットカーが、あたかも手術中の患者のように、開腹された貨物室へ、最後のコンテナを臓器のように押し込んでいる。
機体の周囲に群がるグランドスタッフの姿が、手術スタッフのごとくに見えた。
いつのまにか搭乗開始時刻になったようで、ガラス張りのボーディングブリッジに、搭乗客の姿が列をなす。
アームのように伸びたその通路を進む乗客の中に、見慣れたツンツン頭の少年が見える。
時折立ち止まっては、きょろきょろとこちらの送迎デッキの方を見上げているようだ。
彼を認めた美琴とインデックスは、手すりから身を乗り出すようにして、上条へ向けて思いっきり手を振った。
同時に彼も、彼女らの姿を認めたらしく、こちらへ向けて手を振り返す。
案内スタッフに声をかけられたか、やがて名残惜しそうに、ちらちらと2人の方へ手を振りながら、上条の姿は機体の中へと吸い込まれていった。
その頃には、ケーブルやチューブなどは全て機体から外され、胴体下の貨物室も、縫合されたようにピッタリと閉じられる。
機首下の前脚に、トーイングトラクターが連結されて、いつでも患者を搬送できるよう準備が整った。
人工呼吸器を外すように、機体と橋をつなぐ蛇腹のような幌が取り外されると、伸ばした腕を曲げるように、するするとブリッジが折りたたまれる。
まだ開いていた機体の乗降口が静かに閉じられ、やがてエンジン音が徐々に大きくなり、あたりに響き渡る。
地上誘導員が手旗を振りながら、トラクターに押された大きな機体を誘導路へと案内していった。
駐機場の端には、グラウンドスタッフが横一列に並び、帽子を右手に高く掲げ廻すように振って、離陸する機体を見送っている。
尖った鉛筆のような機体に、機首の後ろについた小さなカナードと、機体の後ろについた大きなデルタ翼が特徴の超音速旅客機。
ターミナルから離れ、誘導路に停止した機体から、トラクターが離れる。
しばらくすると、耳に突き刺さるような高いエンジン音が一際激しくなり、タキシングが始まると、ゆっくりと滑走路へ向けて動き出した。
ここからは機体に並んでいる窓の様子は見えない。
それでもどこからか上条が見ているような気がして、美琴もインデックスもずっと手を振り続けている。
やがて機体の姿はどんどん小さくなると、滑走路の端へ進入しゆっくりと向きを変えた。
しばらくじっとしていたかと思うと、離陸許可が出たのか、爆発するようなエンジンの轟音が響き、機体の後ろにちかちかと陽炎が煌めく。
するすると滑るように滑走路を走り出したかと思うと、途中から一気に加速を強め、機首がぐぐっと釣り上げられるように、その顎を持ち上げた。
機体全体が放たれた矢のように、地上を離れ、白灰色の雲を突き破って、真直ぐに上へ上へと進んでいく。
翼の下に並んだエンジンの、金色に輝く光が徐々に小さくなっていく。
翼の両端から白く筋のような雲を引いて、やがてそれは遠ざかる轟音と共に、蒼い天空の彼方へと消えていった。
白く輝く細長い機体には、ケーブルや燃料パイプが、まるで電極や点滴のチューブのように繋がれている。
機首近くの乗降口に接続されているボーディングブリッジは、さながら人工呼吸器のようだ。
カーゴを積んだパレットカーが、あたかも手術中の患者のように、開腹された貨物室へ、最後のコンテナを臓器のように押し込んでいる。
機体の周囲に群がるグランドスタッフの姿が、手術スタッフのごとくに見えた。
いつのまにか搭乗開始時刻になったようで、ガラス張りのボーディングブリッジに、搭乗客の姿が列をなす。
アームのように伸びたその通路を進む乗客の中に、見慣れたツンツン頭の少年が見える。
時折立ち止まっては、きょろきょろとこちらの送迎デッキの方を見上げているようだ。
彼を認めた美琴とインデックスは、手すりから身を乗り出すようにして、上条へ向けて思いっきり手を振った。
同時に彼も、彼女らの姿を認めたらしく、こちらへ向けて手を振り返す。
案内スタッフに声をかけられたか、やがて名残惜しそうに、ちらちらと2人の方へ手を振りながら、上条の姿は機体の中へと吸い込まれていった。
その頃には、ケーブルやチューブなどは全て機体から外され、胴体下の貨物室も、縫合されたようにピッタリと閉じられる。
機首下の前脚に、トーイングトラクターが連結されて、いつでも患者を搬送できるよう準備が整った。
人工呼吸器を外すように、機体と橋をつなぐ蛇腹のような幌が取り外されると、伸ばした腕を曲げるように、するするとブリッジが折りたたまれる。
まだ開いていた機体の乗降口が静かに閉じられ、やがてエンジン音が徐々に大きくなり、あたりに響き渡る。
地上誘導員が手旗を振りながら、トラクターに押された大きな機体を誘導路へと案内していった。
駐機場の端には、グラウンドスタッフが横一列に並び、帽子を右手に高く掲げ廻すように振って、離陸する機体を見送っている。
尖った鉛筆のような機体に、機首の後ろについた小さなカナードと、機体の後ろについた大きなデルタ翼が特徴の超音速旅客機。
ターミナルから離れ、誘導路に停止した機体から、トラクターが離れる。
しばらくすると、耳に突き刺さるような高いエンジン音が一際激しくなり、タキシングが始まると、ゆっくりと滑走路へ向けて動き出した。
ここからは機体に並んでいる窓の様子は見えない。
それでもどこからか上条が見ているような気がして、美琴もインデックスもずっと手を振り続けている。
やがて機体の姿はどんどん小さくなると、滑走路の端へ進入しゆっくりと向きを変えた。
しばらくじっとしていたかと思うと、離陸許可が出たのか、爆発するようなエンジンの轟音が響き、機体の後ろにちかちかと陽炎が煌めく。
するすると滑るように滑走路を走り出したかと思うと、途中から一気に加速を強め、機首がぐぐっと釣り上げられるように、その顎を持ち上げた。
機体全体が放たれた矢のように、地上を離れ、白灰色の雲を突き破って、真直ぐに上へ上へと進んでいく。
翼の下に並んだエンジンの、金色に輝く光が徐々に小さくなっていく。
翼の両端から白く筋のような雲を引いて、やがてそれは遠ざかる轟音と共に、蒼い天空の彼方へと消えていった。