とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part011

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集



「―――毎回毎回適当な返事ばっかして……アンタ私をどう思ってるわけ?アンタにとって私って何なのよ!」
「何って……そりゃ彼女じゃねえのかよ?」
「そういうことを聞いてるんじゃないの!私は、私は…!……この馬鹿!」
「あ、おい!ちょっと待てって!」

 それはとある土曜日の前日、帰り際での出来事。
 発端は帰り際での会話。
 上条はいつもの話が切り出されたと、いつも通りの答えを美琴に返した。
 だがそれが、上条のそのいつも通り過ぎる対応がいけなかった。



―My saturday―



「はあ…」

 まだ冬の寒さが完全に抜けきらない三月の上旬。
 その日は珍しくぽかぽかとした春らしい陽気に包まれ、太陽も燦々と陽の光を大地に降り注いでいた。
 そんな気温と一緒に気分も自然と高揚していきそうな、清々しさすら感じる土曜日の朝に、私は一人ため息をついた。
 今私がいる場所は常盤台女子寮ではなく、以前彼との罰ゲームの時の待ち合わせにつかったコンサートホール前の広場。
 彼と今の仲になってから、休日どこかに遊びに行こうという時には決まってここで待ち合わせをしていた。
 そして今日についても同様。
 この日に彼と遊びに行こうという約束を水曜日くらいから取り付け、私は楽しみに今日という日が来るのを待っていた。
 昨日の学校帰りからの帰り際までは。

「なんでわかんないかな、アイツは」

 誰に言うでもなく、私は俯きながらに再度ため息混じりに呟いた。
 約束を取り付けたのは水曜日、今日のことについて決めたのは昨日彼と会ってすぐ。
 昨日別れてからは、連絡は取っていない。
 喧嘩をして、それの解決すらまだできていないのだ。
 そのため今日のデートはまともに楽しめるだろうかと心配もしていた。
 そしてそんな心配を胸にしながらも、私はとりあえず待ち合わせ場所へと足を運んだ。
 だが私は、正直待ち合わせ場所に来ることさえ少し躊躇った部分はあった。
 理由の一つとして挙げられることは、自身の中に芽吹きつつある一つ疑問。
 それは、彼が果たして私をどう思っているのか、ということ。
 彼の対応や態度、言動全てからして、はっきり言って心配だった。
 その心配を拭うために、今まで帰り際に彼に対して一つの質問をしていたのだが、最近はそれすらも少し適当になってきている気さえする。
 だからこそ、昨日は我慢できずに怒鳴ってしまった。
 少し、今日来るのをやめようかという考えがあったのも事実。
 それでももし彼が来ていた時のことを考えると、体は自然に動いていた。
 例え喧嘩していたとしても、約束を勝手に破るのは気がひけたのだ。

「……よお、待ったか?」

 不意に、私の前に誰かが立ち止まり、声をかけられた。
 しかしその人が誰なのかは、見るまでもなくわかる。

「待ったわよ。遅いじゃない、全く…」
「あ-、はいはいそりゃ悪かったな」

 見上げると、オレンジのシャツの上から学ランを羽織った、ツンツン頭が特徴的な彼が立っていた。
 毎度毎度のことながら、彼は制服を着ている。
 休日なのだから私服を着ればいいのにとは思うものの、彼曰わく『楽だし、御坂も制服だし』と言ってきかない。
 そして彼の顔を見ると、その顔はほぼいつも通りの気だるそうな表情に、少しムスッとした表情が足されており、声色もいつもより低く面倒そうだった。
 彼もまた、昨日からの喧嘩のことがまだくすぶっているのかもしれない。

「……で?今日はどこに行くんだ?」

 あまり興味がなさそうに、ぶっきらぼうな態度で彼は私に尋ねる。

「……始めはちょっと買いたい物があるからセブンスミスト。その後は、適当にぶらぶらまわりたいなって思ってた」
「ふーん。なら早く行こうぜ、時間もあることだし」
「え?あ、ちょ、ちょっと!」

 そして、彼はまたあまり興味なさそうな返事を返すと、静止を求める私の声も無視し、そのまま振り返って美琴が始めに提案した目的地であるセブンスミストがある方向へと歩き出した。


         ☆


 歩き出すこと数分。
 今はセブンスミストまでの道のりを歩いていた。
 今日は土曜日ということもあってか街は人で溢れており、男同士の集団、女同士の集団、はたまた一人で動く者と、街を歩く人々は多種多様。
 そんな様々な人でごった返している街中で、とりわけ私の目に留まったのは幸せそうな表情で歩くカップル達の姿。
 カップル達の中にはまだ微妙に距離がある初々しい者達や、手を繋いだり腕を組んだりする者達と進展の差こそあれ、彼らにはおしなべて共通点があった。
 それは皆が幸せそうに、楽しそうにしていること。
 他のカップル達の間には笑顔が絶えず、私は彼らが今という時間を楽しく過ごしているようにしか見えてなかった。

(それに比べて私達……いや、コイツは…)

 そんなカップル達を横目に、今日という日を心から楽しめていないのは私達くらいではないだろうか。
 ひたすらに前を突き進む彼を見て、そんな考えが頭の中をよぎった。
 今私達の間に会話と言える会話はない。
 強いて言うなれば、待ち合わせた時にどこへ行くかを話しただけ。
 それ以来会話と呼べる会話は特になく、私達二人の間にはひたすらに沈黙が続いていた。
 せめて何を買うかくらいは聞いてもいいのではと思うが、それは叶わない。
 前を行く彼の顔は見えないため確信をもっては言えないが、きっと彼の表情は笑っていないのだろう。
 少なくとも私は笑っていない。

(せめて、せめてなあ…)

 こんな状況、楽しいわけがない。
 更に周りの人々が楽しく過ごしているように見える分、余計に楽しくない。
 さっさと昨日からの蟠りを解消して、もっと色んな話をして、笑って、楽しく過ごす。
 そうすることが一番良いに決まっている。

(手でも繋いでくれたら、素直に話せそうなのに…)

 しかし前を歩く唐変木はきっとそんな気の利いたことはしない。
 そんなことに気の利くような人ならば、今までだって苦労などするはずがないなのだ。
 鈍感という言葉を体現したかのような彼にそんなことを期待しても、やはりそれは叶わない。
 そして私がそんなことを考えているうちにも、やはり彼は迷わずにひたすらに前へ突き進む。
 いくらわかっていることとは言え、この行動には流石に頭にくる。

(本当にコイツときたら…)

 そんな他人を気遣うということも知らない彼を静止させるために、少し不機嫌な表情で彼の学ランの裾を引っ張った。
 すると驚いたのか、異常に気付いた彼は何事かと言わんばかりに振り返る。
 振り返った彼の表情はやはり、笑っていなかった。

「…?どうした?」
「あ…えっと、その…」

 疑問に満ちた表情をしているこの男に言うことは決まっていたはずだった。
 彼が振り返る直前までは確かに怒っていた。
 しかしいざ彼と面向かって見ると、怒りよりも胸の高鳴りが先行し、言葉ははっきりと出てこない。
 終いには何故だか羞恥が先行し、視線も彼の目から外れてしまう。
 そして彼もまた、俯き黙りだした私に微妙な表情を見せながら小さくため息をつくと、再度振り返り、前を進み始める。
 ゆっくりと歩き出した彼の背中は、不幸だと言っているような気がした。

(………)

 そんな彼の背中を見て、私もまた微妙な表情をする。
 理由の一つは、だだ面向かって目を見ただけ、たったそれだけで何も言えなくなってしまったことが悔しくて仕方なかったこと。
 もう一つは、私が例え何も話せなくとも、静止を求めたということの真意を汲み取ってそれ相応の対応をとってほしかったということ。

「……アンタなんか」

 注文が一々厳しいということはわかってる、これは単なる私のわがままであることも百も承知。
 だが、だがそれでも、彼には私への多少なりとも気遣いや優しさを見せてほしかった。
 だからこそ特にこれといった反応を示さなかった彼には少し、と言うよりかなり頭にきた。
 今まで散々たまっていた分ものせて、

「もう知らないわよ!この馬鹿!!」

 周りにいる道ゆく人々のことなど気にもとめず、そう言った。
 そして私は本来行くべき方向とは違う方へと走り出す。
 突然怒鳴ったことや人混みの中を走っていったこともあり、当然ながら彼でなく周りからも視線を一斉に受けた。
 しかし今は一切気にならなかった。
 今は彼に対する怒りと不満ばかりが頭の中を埋め尽くしており、他のことを気にする余地などあるはずがない。
 ざわざわとあちらこちらで騒ぎが絶えない中、私は無我夢中になって街中を走った。
 先ほどの場所に、ポツンと立ち尽くす彼氏上条当麻を置き去りにして。


         ☆


「はあ…」

 走り出してからほんの数分、今私は手近にあったビルの二階のベンチに一人座り、本日二度目の深いため息をついた。
 ここは彼と別れた場所からここは距離的にはそう離れていない百貨店のようなビル。
 人の出入りは決して少ないわけではないが、エスカレーターの脇に設置されているベンチは穴場なのか、それともこちらに良い店がないのかは不明だが、人の流れは少ない。
 目の前にある文房具屋らしき店の店員も、何やら暇そうに店内の商品をながめていた。

(……アイツが言いそうなことなんて、大体予想できる)

 そんなせかせかとしていた街中と違い、ゆったりとした空間の中で、私はぼんやりと考える。
 真っ先に脳裏に浮かんでくるのは、やはり上条当麻の顔。

(どうせ、『自分から離れてったくせになんで俺が迎えに行かなきゃいけないんだよ』、でしょ…)

 少なくとも私の脳裏に浮かんできた彼は、いつものめんどくさそうな表情でそう言い切った。
 そこへ私が何か文句をつけると、返ってくる返事は恐らく『不幸だ…』と呟くだろう。
 そこまでは容易に想像ができた。
 彼のことは人一倍見てきた、何を言いそうかくらいは何となくわかる。
 だからこそ、恐らくそう言うということ自体が、少し悲しかった。

(そうよ、その通りよ。私が勝手に動いて自分から離れていったんだからアンタに責任も義務なんかもこれっぽっちもないわよ。……けど)

 いつもいつも、彼が言うことはその通りすぎる。
 その通り過ぎて、夢が全くない。
 女の子なら誰もが夢見る、夢が。

(もっと…いや、せめて少しだけでも、女心ってのをわかってくれてもっていいんじゃないの…?)

 ふと、なんとなく定まっていなかった視線を背後にあるエスカレーターへと向ける。
 そのエスカレーターは、今日という休日を有意義に過ごそうとする者達を、時折乗せてはこの階へはき出していた。
 そんな人達を見て、そういえば今日は土曜日だっけ、などとぼんやりと考えてながら、エスカレーターからはき出された人達をよく観察する。
 そこに、目当ての人はいない。
 もう一度、私はため息をつく。

(どうして、追いかけてきてくれないのよ…)

 確かに私は、自分から彼から離れていった。
 全然思い通りにならない彼に対して怒り、自分勝手に暴言を吐いて離れていった。
 だが、だがそれでも、例え私から離れようが、私が後ろを歩いていようが、

(そこは、本当に私のことが好きなら、追いかけてきてほしかったわよ…)

 しかしそれは現実としては叶わなかった。
 いくら唐変木の彼でも、もしかしたら叶うかもしれないと抱いていた淡い期待は見事に外れた。
 今ある現実は来てほしかった彼が未だに姿を現してくれないということ。

(……なんで、私はアイツを…?)

 そこで私は考える。
 そもそもどうしてこんなにもわかってくれない彼を好きになったのだろうか、と。
 容姿は特に悪いということはないが特に良いということもない、強いて言うならツンツン頭がちょっとだけ可愛い。
 性格は基本的には優しいが、それは特定の人物のみに向けるものではなく、万人に対して向けるもの。
 それが理由で正直なところ彼はかなりモテて、それに私が嫉妬して怒ることもしばしば。
 癖としては何かにつけて不幸不幸と呟きいつも薄幸そうな表情をする。
 それの印象ははっきり言って良くはない。
 極めつけは人が必死こいて磨き上げてきた能力をいとも簡単に打ち消すような、嫌な奴。
 ざっくりと考えてみても、良いところというよりむしろ悪いところ、または嫌なところばかりが思い浮かんでくる。
 しかもこれ以上深く考えてもさらに悪いことばかりが浮かんでくるような気しかしない。
 そんな男を私は何故好きになったのか。

(きっかけは妹達の一連の事件……なのかな)

 妹達の事件で彼に文字通り命を救ってもらい、しかも大切な妹達まで助けてもらった。
 そのことについては言い知れないほど感謝しているし、あの時の彼は素直にかっこよかったと思っている。
 まさに、私のヒーローだった。
 そしてその数日後に交わしてくれた、一つ約束。
 何でもなかったあの頃に、何もあんな大層な約束などしなくてもよかったんじゃないかと、今は思う。
 だがそれらはあくまできっかけに過ぎない。
 決定打となったのは、もっと後の出来事。

(やっぱり、決め手になったのは10月21日…)

 あの日、私は彼の芯に触れた。
 彼が何故自らを傷つけてまで、他人を助け、動くのかを知った。
 あの日彼の目は真剣そのもので、それに見惚れた。
 好きだという感情の輪郭線に気付いたのは間違いなくあの日。
 あの日、あの時に、私にはコイツしかいないと思った。
 だから今まで様々な不満を感じつつもやってこられた。
 だが今日、それにも若干の揺らぎが生じた。

(私の目は、間違ってたのかなあ…)

 いかにも自分には興味がないとも言いたげな行動、態度。
 それを特に改善しようとする姿勢もこれといってみられない。
 あの時の判断は、もしかすると間違っていたのかもしれない。

(……でも、それでも)

 今はまだ、彼は好きな人。
 確かに不満な点、ダメな点は多い。
 だがそれがどうした。
 まだ彼の中の本心と真っ正面から向き合ったわけではないのに。
 まだ完全に失望したわけではないのに。
 彼を諦めるのは、まだ早い。
 そして何より、

(まだアイツを、諦めたくない…!)

 だから決めた、この場所は絶対に動かないと。
 どうせこのビルは7Fまである。
 もし彼が探してくれているのなら、動いてしまえば絶対に見つからない。
 例え動かなくても、結局は彼が探してきていなければ同じことではある。
 そうなればこの待つという時間はただの無駄な時間に終わる。
 それだけでなく、今後の関係にも響いてくるかもしれない。
 しかしそれでも、一抹の希望に賭けてみようと思った。
 そう、心に決めた。
 私は彼が来てくれるということを願い、信じる。


         ☆


 ―――待ち始めて、一時間が経った。

 彼は依然として現れない。
 私はそれに少しふてくされたのと、座り疲れたのもあってベンチから立ち上がり、壁にもたれて足元をじっと見ていた。
 いい加減、向かいの店の暇そうな店員の視線が痛くなってきたのも原因の一つにある。
 だがそれでもこの場所を動くわけにはいかない。
 彼が来るまでは、絶対。
 私はまだ、諦めてはいないのだから。

 コツッ

 不意に、目の前から足音がした。
 その足音は、かなりの音量でBGMが流されている店内であるにもかかわらず、やけにはっきり聞こえた。
 そして、その足音の主は徐に私の前で立ち止まり、

「ピンポンパンポーン、迷子のお知らせです。第七学区からお越し御坂美琴様、お連れ様が目の前におります。至急前を向いて下さい」

 ふざけた口調で、私にそう言った。
 見上げると、そこに立っていたのは、紛れもなくずっと来てほしかった私のヒーローだった。

「ったく、手間かけさせんなよな」
「………来て、くれたんだ?」
「バーカ、当たり前だろ?あんな風にどっか行かれたら心配で仕方ないだっつの。……まあ、帰ろうかと一瞬思ったのも事実だけどな」

 話し口調こそふざけている。
 一見すると不機嫌であるようにしか見えない。
 しかし不機嫌ながらもその中から垣間見える安堵の色、額に浮かぶ若干の汗、そしてちゃんと心配してくれていたという事実。
 そのどれもが、嬉しくて仕方がなかった。
 表情から伺える安堵は、私の無事を安心したという証。
 額に浮かぶ若干の汗は、必死に探してくれていたという証。
 心配してくれていたという事実は、別に私のことが心底どうでもいいというわけではないという証。
 それらは全て私の憶測。
 全て私の都合が良いように解釈しただけであって、彼の本当の心の内はどうかはわからない。
 それでも、私は堪らなく嬉しかった。

「……ごめんね」

 そう思うと、無性に謝りたい衝動に駆られた。
 知りたかった彼の心の内の片鱗を知った以上、今日の行動が申し訳なく思い、仲直りしなければという義務感があった。

「なんでお前が謝るんだよ。どうせお前が勝手に飛び出してったのだって俺に原因があるんだろ?何が原因ってのはわりいけどわからないけどさ」
「それでも、それでも……ごめん。こんな面倒な彼女でさ」
「………」

 彼は何も言わず、ただ彼は小さくため息をついた。
 やっぱりそう思ってるんだろうなと思うと、それが嫌で上げた視線を再度下へと落とす。

「御坂」
「何…?って痛っ!」

 だが、視線を落としたところで彼に呼びかけられ、顔を上げると額にでこぴんをされた。
 でこぴんながらも中々に痛く、私は片手で額を押さえるが、彼はそれを見て少し呆れた風に、

「お前らしくもない、何を最近ネガってるんだよ」
「ネガ…!?な、何よ。元はと言えばぜんっ!?」

 私の最近の調子は誰のせいだと言おうとところで、彼はポンポンと優しく頭を撫でた。
 そんなこと言わなくてもわかってるから、とも言いたげないつもの面倒そうな表情をして。

「ああはいはいわかってる、わかってるから。俺が原因なんだろ?そういうのも全部。確かに俺はこんなだから、御坂が満足するような彼氏をやっているかというと、俺自身全然全く自信はねえよ。けどな?」

 私が落ち着いたのを確認し、私の目を覗き込むかのようにして言う。

「俺は、御坂のことが特別面倒だとは思ったことはねえよ。逆に退屈な時間を御坂のおかげで楽しく過ごせてる。むしろ感謝してるくらいだよ」
「……そ、そうなんだ?」
「そうだよ」

 それまでは彼への申し訳なさと後ろめたさで満たされ、沈んでいた私の心だが、その言葉は私の心を見事に救った。
 心が洗われるような感覚を受け、私は思った。
 この男はどうしてこう他人を救いあげるのが上手いのだろうか、と。
 どんなに沈んでいても、どんな絶望に苛まれようとも、彼は救う。
 だからこそ彼に惹かれる者が多いのだろう。

(私も、随分単純よね……たったこれだけで安心しちゃうなんて)

 かく言う私もその内の一人。
 そして逆に言えば、彼と一緒にいればほぼ確実に救われてしまう。
 それは良いことなのだが、私にはなんとなく悔しく思えた。
 私の思い通りには動いてくれないくせに、私は彼の思い通りになってしまう。
 それが少しだけ悔しかった。

「……と、とにかく行きましょう!結構時間くっちゃったし、せっかくの土曜日がもったいないし!」
「一体誰のせいでこんな…」
「何かご不満でも?」
「いえ、別に」

 私が軽くドスをきかせて睨みつけると、彼は即座に視線を逸らして小さくため息をついた。
 その後で彼は彼の専売特許である、不幸だという言葉を呟いた気がしたが今はそこは気にしない。
 彼に謝罪はした、仲直りはした、心の中にあったしこりはとれたのだから、今はもう落ち着いて構えていればいい。
 そんな少し気が晴れた中、チラリと彼を見た。
 彼は少しだけ、ムスッとしたような顔をしていた。

「……もしかして、まだ怒ってる?」
「……別に、怒ってねえよ」

 彼はそれを否定したが、不機嫌なのは目に見えてわかる。
 そう、顔にでているのだから。
 本当にコイツは難しい人。
 全然思い通りになんかならないし、どうすれば思い通りに動いてくれるのかなんてことも、全然検討もつかない。
 しかもずば抜けてかっこいいわけではない、気がついてほしいことに気がつかない、全然女心がわかっていない。
 私の彼氏は、そんな人。
 学園都市中、日本全国、世界中を探せば、コイツよりもかっこよくて、気が利いて、良い男は山ほどいるだろう。
 しかしどうしてだろうか、やはり私の相手はコイツじゃないとダメ、コイツ以外には有り得ない。
 何故だかわからないけど、そんな風に思える。

「ほらほら、土曜日はこれからよ?早く機嫌直して。じゃないと楽しめないわよ?」
「はあ?だから俺は…っておい!」
「あははっ!」

 そう言って、私は彼の手を無理やり引っ張りその場所から駆け出した。
 そう、土曜日はまだまだこれから。
 時間は大体正午、時期が時期なだけに日が昇っている時間はそこまで長くはない。
 だからこそ、残された時間を出来うる限り有意義なものへとするには彼には機嫌を直してもらわなければならない。
 どうすればいいかなんてことは正直な話わからない。
 彼は全然思い通りになんてなってくれないのだから。
 だが確かにわからないが、不意に私は振り返り、彼に対して笑いかけた。
 私が笑えば彼も笑う、そんな気がして。
 私の笑顔が、彼を笑顔にする。

 そして彼は、―――笑ってくれた。


 今まで帰り際にしていた決まり文句ももういらないだろう。
 だって、例え聞かなくたって彼はこうして笑ってくれるのだから。


ウィキ募集バナー