とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part05

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Always_On_My_Mind


 上条を見送った後、美琴とインデックスは、今夜の食材の買い物袋をぶら下げて、彼の部屋へと戻ってきた。

「「ただいま」」

 ドアを開けて、美琴の口から出る、なにげない言葉。
 そんな言葉が自然に出るほど、今やすっかり彼女はこの部屋に馴染んでいた。

「みこと、普通はお邪魔します、だよね?」

 インデックスがジト目で彼女の方を見ていた。
 キッチンで買ってきた食材を冷蔵庫にしまいこみながら――えへへ、と頬がゆるむ美琴。
 その何ら違和感を感じさせない彼女の振る舞いに、インデックスは呆れ顔で――自覚の無いバカップルは大変かも、と小さく呟いた。

「もしかしてここが嫁ぎ先で、寮が実家みたいな感じなのかな?」
「あははー、いや別にそういうわけじゃないんだけどね」

 インデックスから放たれた、嫁ぎ先という言葉に、ますます赤面する彼女であった。

「今更赤くなってもだめなんだよ……」

 どうせ昨夜も乳繰り合ってたクセにと言わんばかりのインデックスの視線が痛い。

「――こういうのを通い妻って言うんだよね?みこと」
「インデックス、その言葉、誰に教わったの?」
「クールビューティーなんだよ!」

 あんのバカ妹が……と美琴は心の中で悪態をつく。
 個性化が進むのはいいが、ろくでもない言葉ばかり覚えて来やがって、と心の中で毒づいた。
 それでもなんにせよ、妹達に個性や感情が生まれているのは良いことだと、彼女は思っている。

(――とはいえ、あの子達は一度きっちり、躾をやり直さないとダメかもね……)

 ドヤ顔で毒舌を吐く、自分にそっくりの姿をした彼女たちが、脳裏にちらつくのを、頭を振って追い出した。
 そして先のことを思うと、大変なことばかりだと言いたげに彼女は――はぁ、と大きく息をついた。

「それはそうと、インデックス。今夜からしばらくこの部屋で1人きりだけど、大丈夫なの?」
「うん、とうまが入院してた時は、いつもこの部屋で1人でいたから、もう慣れっこかも」
「そっか……」

 そういえば当麻の入院は毎度のことだっけ、と美琴は独りごちた。
 上条が帰ってこない間、インデックスはどんな思いで彼を待っていたのかと思った時、彼女から放たれた言葉に、美琴はハッとする。

「――それに、今はとうまがいなくても、みことがいるから大丈夫なんだよ」

 その台詞は反則だ、とも美琴は思った。
 インデックスにそんなことを言われては、彼女の中の何かが刺激されないわけが無い。
 美琴はかつて、とうまもみことと同じだよね、とインデックスに言われたことがある。
 その時は何のことか今一つピンと来なかったが、上条との付き合いが長くなってなんとなくわかってきた。
 とにかく頼られる、ということに弱い。情に厚いというか、人の為に善であろうとする性質。人に頼るより、頼られることに、無意識的に自分の喜びを見出しがちになるその性格。
 他人の喜びが、自分の喜びとなる根っからの善人。
 あの夏の夜に鉄橋の上で、上条から言われた言葉が、彼女の本質を物語っている。

――自分の最後の夢を踏みにじろうとする男さえも、殺すことができない善人。

 そんな善人は、頼ってくる人間を見逃せないし、突き放せない。挙句に人助けのためなら、自らトラブルに突っ込んでいく。
 自分が傷つくことさえも平気で、むしろ出来る限り相手を労わることに重きを置いている。
 2人が持っている善性が、上条と美琴が似た者カップルと言われる所以なのだ。

「朝と夜のご飯はちゃんと作りに来るから、当麻が帰ってくるまでは我慢してね」
「うん。入院じゃないから、当麻のことは心配しなくていいもんね」

 そう言って、くすりと笑うインデックスの可愛い笑顔に釣られて、彼女は思わず内心をこぼしてしまった。

「そうよね……。心配しなくて良いんだよね……」

 ふっと一瞬遠くを見るように、美琴の視線が流れた。
 その変化に気が付いたインデックスが、彼女の顔を覗き込むようにして、じっと美琴を見つめてくる。
 彼女から向けられる、温かく傷ついた心をやさしく包み込むような瞳に、美琴は思わず目を合わせてしまっていた。
 近くに寄れば、同性である美琴までもがその心を動かされるような、小さく美しい、そして儚さの中にも芯の強さを秘めた少女の顔。
 すっきりと通った華奢で整った鼻筋と顎。小さくも瑞々しくふっくらした唇と頬に浮かぶ、珊瑚のような薄赤い血の色が、その生命の息吹を示している。
 透き通る様な胡粉色の肌はまるで精巧なビスクドールのよう。翡翠にも似たその目の色は、じっと見つめるだけで吸い込まれるような眼差しとあわせて、どこまでも深く碧い。
 美琴はこの年齢不詳の美少女の瞳を見つめているだけで、自らの内心を全て吐露してしまいそうな感じがして、避ける余裕さえ無くなっていた。

「みこと。――今夜は、私と一緒にいてもらっちゃ……ダメかな?」
「――!」

 インデックスが幼子のような、無垢で柔らかな笑みを浮かべて美琴に語りかける。

「みことは今日、とうまのお見送りの時に泣いちゃったよね」

(本当は……空港で、だけじゃない)

 美琴は、昨夜からの自分の気持ちを振り返っていた。

(今朝からなんだか気持ちが不安定だったし……)

 上条との交際が始まって間がない頃の、恥ずかしさとは違う種類の気持ち。
 嬉し恥ずかしな感情を扱いかねて、ふにゃーとなる自分の姿は、今ではもうほとんど見られない。
 その代わりに、今朝のような負の感情が、彼女の心を切なく締め付けていくのだ。

「――うん……」
「あの時のみこと、今にも壊れそうな感じがしたんだもん」

 壊れそうと言われて、美琴の胸がまた今も、きゅっと締め付けられる。

「――インデックス……」

 そう言葉に出すのが精一杯で、苦しげな表情の彼女を、インデックスが優しく抱き締めてきた。

「インデックスはとうまもみことも大好きなんだよ」

 温かく包み込むようなインデックスの言葉。

「ありがとう……」
「だから、みことがそんな風になるのが心配なのかも」

 同じ学校のレベル5の学園都市第5位『心理掌握』こと食蜂操祈。
 彼女の能力に晒される時のように、脳幹がピリピリするような、吐き気をもよおす様な感覚ではない。
 温かく、慈悲と寛容に満ち溢れた愛情に包まれて、不安にささくれだった美琴の心が優しく癒されていく。

「みこと、不安になっちゃったんだよね?」
「――え?」
「とうまが無事に帰って来れるのかとか?」
「――うん……」
「とうまって、普段はなかなか本心を言わないもんね」

 インデックスは、はぁっと大きく息を吐いた。

「みこと。とうまはね、多分どうしたらいいのかわからないんだと思うよ」
「ええ? どういうこと?」
「とうまはいつだって自分が守ることしか考えてなくて、自分を守ってもらうことなんて、考えたことがないからかも。私やみことがこうしてとうまの心配をして、守ってあげたいっていう気持ちでいるってことに、ちゃんと向かい合ったことも無いと思うんだよ」
「それって、どうしたらいいのかな」
「一番はとうまの気持ちの問題だけど、とうまがなにか私たちを頼りにするような、きっかけでもあればいいのかも」
「そうねえ。そうかも知れないけど……」
「――大丈夫。とうまは誰よりも、みことのことを一番頼りにしてるんだから!」
「――ッ!」

 インデックスの言葉に美琴はそれまでの不安が安らぎ、なんとなく気持ちが軽くなったような気がした。
 そっとインデックスに抱き締められて、身体から伝わるその温もりが、美琴の心まで温かくしてくれるようだ。
 それはまるで姉が妹に向ける温かい愛情のような抱擁。

「みことは優しい子だもん。いつだってとうまを幸せにしてくれてるものね。それに私だってみことを頼りにしてるんだよ?」

 インデックスの瞳から、美琴の瞳に向けて、すぅっと流れて伝わっていく思い。彼女はじっと自分を見つめてくる、美琴の鳶色をした瞳の奥にあるものを、うらやましく思っていた。
 自分が上条から失わせてしまったもの。その事実を知った時、インデックスは上条への思いを、今は美琴に託そうと決めていた。
 インデックスが望み、果たせ得なかったもの。それが美琴になら、全て託してもいいと思わせてくれる。美琴なら、自分の代わりに上条を幸せにしてくれると信じているから。

「私、インデックスが思ってるほど頼りにならない弱い人間よ? 当麻の傍にいればいるほど不安になって、心配になって……」
「そんなことないんだよ。だってみことは超能力者なんだもん。みことは自分だけの現実っていうのを信じて、超能力者になったんだよね?」

 インデックスは、もし自分に本当の姉妹がいたなら、こんな風に話が出来るのかなと思った。
 自分が美琴の姉になるのか妹になるのかはわからないが、それでも家族として支え助けあえればいいと思えていた。

「うん、そうだけど……」
「有り得ないものを信じて現実にしちゃったというのなら、みことはとうまのことを信じていたら、何があってもとうまは無事に帰ってくるんだよ」
「――あ……」
「とうまは幻想じゃなくて、現実だもの。私とみことが信じてさえいれば、この祈りは必ず届くんだよ!」
「そっか……そうだよね。私、自分が不安になることばかり考えちゃってた」
「そうなのかも。良くないことばかり考えるのは、疲れるんだよ」

 ここは科学の街で、宗教だとか、信心、祈りなんてものはただのオカルトにすぎないとされてはいても、魔術という科学とは異なる能力と何度も対峙した事のある美琴には、すんなりと受け入れることができた。それに能力開発教育のおかげで、いわゆるポジティブシンキングの重要性というのもわかっている。

(『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』だって信じることを現実にすることだから、ある意味変わらないかもね)

 美琴はそう考えるだけでインデックスの言葉がすんなりと自分の心の中に落ち着いていくように思われた。
 LEVEL5の悲しさか、彼女にはこうして胸襟を開いて語り合えるような親密な友人は少ない。白井黒子を除けば後は初春飾利と佐天涙子ぐらいのものだろうか。
 こうした心潤すような会話は普段はなかなか出来るものではない。折角の機会だから、彼女の希望通り一緒に過ごしてみるのも悪くないと美琴は思った。

「――インデックス」
「なにかな? みこと」

 その気配を察したか、インデックスの目がなにやら期待感できらきらと輝いている。それはまるで、おもちゃを目の前にした子供のようだ、と美琴は思う。穢れ無き子供のような素直で純粋な心の持ち主だから、これまで上条を支える力になれたのだろうと。

「私、今夜も泊まるわね。もっとゆっくりアンタと話をしたくなっちゃった……」

 実のところ、上条を抜きにしてインデックスとはもっと話をしたいと、美琴は以前から感じていた。
 今日こうして彼女にやさしく慰められてみると、上条がインデックスに向ける思いがあらためてわかるような気がする。
 考えてみれば同じ男性を好きになり、同じように彼を支え助けたいと願う同志なのだ。だからこそインデックスとは親友であると共に家族でもありたいと美琴は思っている。

「いやっほぅ! みことと2人だけのお泊りははじめてかも? お話しって、がーるずとーくって言うんだよねっ!?」

 インデックスの顔から満面の笑みがこぼれた。思わず見とれてしまうような、いつまでも大切にしたいと思えるような可愛らしさでもって。

「うふっ。そうね。じゃ先にご飯の支度するから、待っててちょうだい」
「うん! さっきからお腹の辺りでグゥグゥ音がするんだよ……」
「あはははっ! ようし、美琴センセースペシャル盛りってのをお見舞いしてあげるからね!」
「うん! 楽しみかも。かかってきなさい、なんだよ!」

 他愛もない軽口が、それまでのしんみりとした湿った雰囲気を消し去っていく。


 夕飯が済み、今は美琴がキッチンで後片付けと、明日の準備をしている。
 インデックスはいつものテーブルの前にちょこんと座ったまま、ぼんやりと美琴の方を見つめていた。
 テレビを点けてはいるものの、特に見ているわけでもない。ただなにか音があることで、寂しい気持ちが紛れるような気がするのだ。
 その雑音を聞き流しながら、インデックスにはいろいろと思うことがあった。
 たとえば美琴と知り合った当時の、互いに牽制しあうような、ツンケンしたあの関係はなんだったのだろうかと。
 単に上条を巡っての恋の鞘当てというような単純なことではなかった。もしそうならば、ずっと一緒に暮らしていた自分こそが最大のアドバンテージがあったはずなのに、結果はご覧の有様だ。
 確かに自分は上条のことが好きだったし、実のところ今だって大好きだ。にもかかわらず、自分から積極的に彼へアプローチをしたことはなかった。上条に対してはいつも待つことだけが自分のスタンスだった。
 それはいったいなぜなんだろうとインデックスはこれまで何度か考えもした。
 自分は文字通り彼の『手』によって記憶を消される運命から救われたが、その過程で彼は大切な記憶を失ってしまうことになった。
 更には魔術師との戦いに巻き込まれてしまい、彼は何度も死線を潜り抜ける羽目になる。なまじその戦いを生き抜いてしまった故に彼は、科学と魔術の戦争の原因となって、北極海で行方不明になったことだってあるのだ。
 インデックスは一生懸命に上条をその争いに加わらせまいとしたが、結局自分との関わりを続けてしまったが為に、彼の運命を変えてしまったという思いが、彼女の中にずっと燻り続けている。
 もしも自分に戦うだけの力があったなら。上条を守るだけの力があったなら、彼を巻き込まずに、傷つけずに済んだかもしれないという思いが今も拭えない。
 仮に上条が魔術側の人間であったなら、彼を守るために自分の持つ10万3千冊の魔道書の知識を使うことが出来た。だが彼は魔術が使えないから、直接戦う力の無い『魔道書図書館』は、彼の足手まといにならないよう後ろに隠れているしかないという現実がはっきりと見えてしまっている。

(とうまが私の知らないところで、戦っていたのは、私を巻き込むまいとしていたのはわかるんだよ)

 そんな上条の戦いに、積極的に関わっていったのが美琴だった。1人で傷ついて欲しくない。1人で背負わなくていい。1人で苦しんで欲しくないという思いで、彼女は上条に手を差し伸べ続け、それに気付いた上条が、彼女の手をとった。
 そうして上条と美琴は結ばれた。お互いに守りたいものを守ろうと思い、手を取り合い、支えあう内に、身も心も通い合わせていた。
 自分の手が届かない所で、2人は恋人として、パートナーとして同じ道を歩み始めていたのだ。

(やっぱりとうまにはみことが一番お似合いなんだね。それを素直に認めることが出来なかったのが私の幼さだったんだよ)

 それは自分が上条の求めるものを与えることが出来なかったことを、認めたくなかったからであり、自分に無い力と強さを持った美琴への嫉妬だったこと。
 そしてなにより、彼女が上条という自分の居場所を奪っていったら、インデックスは再び全てを失ってしまうからだ。
 1年間の過酷で辛い逃亡生活の果てに、やっと手に入った安寧の地を失ってしまえばどうなるのか。

(あのころは、とうまを失うことは過酷で辛い流浪生活への逆戻りだって思ってたのかも……)

 恋した相手の隣には、あの茶髪に整った顔立ちをした美少女、この街で『第3位の超能力者』たる、御坂美琴がその位置を占めていて、自分がそこに至ることはもはや叶わない。
 もともと科学とは違う世界で生きてきた自分には、寄るすべも縋りつく枝さえこの街には無い。唯一上条だけが、インデックスにとっての命綱だったはずだった。
 2人が結ばれて、居場所が無くなったはずの自分を、上条も美琴もなんら邪険にすることもなく、こうして大切にしてくれる。
 幼い恋は叶わなかったが、それ以上に上条と美琴はこんな自分に沢山の愛を注いでくれている。
 上条や自分のことを、親身になって世話をしてくれる美琴の愛情も、今ではインデックスの心の支えになりつつあった。
 天涯孤独の彼女にとっては、もはや上条と並んで美琴も、自分の大切な人間になっていたのだ。
 だからこそインデックスは、上条の大切な人として美琴を認め、受入れそして好きになっていった。
 やがて彼女は誰に言うでもなく、ぽつりぽつりと話し出していた。

「私、とうまとみことがいて、本当に幸せだと思う。2人のおかげで、私にも初めて家族が出来た気がするんだもん」

 キッチンにいる美琴の動きが止まったように感じた。
 それに構わず、インデックスが独り言のように、静かに話を続ける

「とうまと出会うまでは、ずっとあちこち逃げまわってたから、今みたいに毎日ごはんが食べられて、夜は安心して眠れるっていうのが憧れだったんだよ。
とうまに助けてもらって、みことに守ってもらって、今の私は2人のお世話になってばっかりなのに、それでもこんな幸せにしてもらえることが、私にはちょっと怖いのかも……」

 テーブルの前に座る、インデックスの肩がいつの間にか細かく震えだした。俯いてしまった彼女の表情は、誰からも見えなくなっている。
 ひざの上に置かれた、きゅっと握ったままの可愛らしいインデックスの拳の上にぽたりと雫が落ちた。
 気がつけば彼女の傍に、美琴が寄りそっていた。もう片付けも済ませたのか、キッチンの明かりも消されている。
 2人分のマグカップをテーブルに置くと、美琴はインデックスの隣に腰を下ろした。いつのまにかテレビも消されていた。

「ミルクティーだけど、いいかな?」
「ありがとう。みこと……」

 インデックスは身じろぎもせずに、それだけを口にした。
 美琴は黙ってカップを手に取ると、その甘い香りとふくよかな滋味を味わっている。

「――私、みことに謝らなくちゃいけないのに……」
「どうしたのよ? いきなり……」
「あのね、もしとうまが私に関わらなかったら、とうまは記憶喪失になんかならなかったのかなって時々思うんだよ。
とうまが無くした記憶の中には、みこととの記憶だってあるんだよね? 私のせいでとうまが記憶を失って、みこととの記憶だって無くさせてしまったのに。
なのにとうまもみことも、こんな私に優しくしてくれて。気にするなって言ってくれて。インデックスには何にも出来ないのに、とうまもみこともずっと私を庇ってくれて……」
「インデックス……」

 いつのまにかインデックスの声には嗚咽が混じっていた。
 彼女の白い頬を、銀色の雫が流れていく。

「インデックス。アンタが何も出来ないなんてことはないのよ……」

 美琴から思いもよらぬ言葉をかけられて、インデックスは顔を上げた。
 彼女の涙で濡れた頬を、美琴は優しくハンカチで拭ってやる。さっきまでは妹を慰める姉のように思えたインデックスが、今度は自分の妹のように美琴には思えた。

「――私はさっき、アンタに救われたんだよ? それに当麻だってアンタのおかげでいろいろ助けられきたじゃないのよ!」
「わ、私は何もしてないんだよ。さっきのみことの事はともかく、とうまには待っててくれって言われたから、ずっと待ってただけなんだもん。
むしろとうまを危険にさらしていたのは私のせいなのかも。とうまは私を守ろうとして、戦って、あんなに傷ついていたんだよ」
「それは違うの! インデックス……」

 美琴が真剣な目で彼女を見つめていた。
 インデックスは顔を上げて――えっ? というような顔をしている。

「――当麻は自分が守りたいと思うものを守るために戦っただけよ。それがアンタだろうと、私だろうと、他の誰であってもそれは同じなの。
だからインデックスが気にする必要はない。私の時だってそうだったもの。私と妹を助けるために戦ったときでさえ、当麻は自分のために戦ったんだって言ってるのよ」
「だって、とうまはいつも……」
「ねえ、インデックス。当麻はたとえこちらが断ったって、それに構わず踏み込んでくるような性格だもん。助けられる側は、黙ってそれを見ているしかないの。
だから、アンタは笑っていればいいの。当麻にありがとうって笑顔を見せてあげれば、それだけで当麻には十分なのよ」

 上条の笑顔のために必要なものは、インデックスの笑顔だと言うことが美琴にはよくわかっていた。
 そして上条が欲しいものは、彼を守る力でなく、彼の夢を守るために、支え助け協力する力だということを。

「でもね、みこと。私だって、とうまを守って戦いたかった。とうまを待っているだけなんて、本当はしたくなかったんだよっ!」
「だけどね、アンタが待っていたからこそ、当麻はここに帰って来れたのよ。アンタのおかげで、当麻は無事に今日まで生きて帰って来ることができたのよ。
だから本当は私の方こそアンタに……、インデックスにお礼を言いたいの。当麻に帰る力を与えてくれてありがとう。当麻を支えてくれてありがとうって。
出来ればこれからは当麻だけじゃなく、私のことも支えて欲しい。私もアンタと当麻を支えてみせるから」
「みこと……」
「なんかね、私、アンタと姉妹みたいになれたらいいなって思えるの。どっちが姉でどっちが妹かわからないけどさ」

 そう言うと美琴はそっとインデックスの手を握った。

「私には1万人近くの妹がいるけれど、生憎と姉はいないのよね。年齢的には私とアンタじゃ、どっちが上なのかしら」

 インデックスとて御坂美琴のクローン『妹達(シスターズ)』のことはよく知っており、御坂妹はじめ学園都市在住の妹達、打ち止めや番外個体との交流もある。
 御坂妹に至っては、いろいろと変な知識(?)を教えあうような仲だ。
 もっともあの実験のことは上条から聞かされておらず、口には出さないが美琴と一方通行の間に何か複雑な事情があることだけは認識していた。

「うーん。私は自分の本当の生年月日を知らないから、よくわからないかも」

 一応パスポートやIDには、名目上の生年月日はあるものの、それが本当なのかどうかは、「必要悪の教会(ネセサリウス)」の一部関係者しか知らないだろう。

「じゃあさ、姉と妹を時々交代してみよっか。甘えたいときに――お姉ちゃんって呼んでみるとかさ?」
「そ、そうかな? じゃ、じゃあ言ってみるんだよ……」

――お、お姉ちゃん?

「くぁぁぁあああ!? ダ、ダメッ、インデックスっ!! そんな上目遣いで言うのは反則だって!! ア、アンタ、可愛すぎっ!!」

 美琴が頭を抱えるようにして、じたばたと身悶える。いつも白井始め他の生徒からお姉さまと言われて、その言葉には慣れていたはずなのに、と思いながら。
 どうやらこの銀髪碧眼美少女の上目遣い破壊力は、LEVEL6に相当するらしい。
 はぁはぁと息を荒くする美琴の姿に、インデックス本人までもがちょっと引いてしまった。

「え、ええっ? み、みこと!? い、いったい、どうしちゃったんだよ?」
「あー、もうだめぇっ! アンタ、それで当麻に――お兄ちゃん! なんて言ってみなさいよ。間違いなくアイツのハートぶち抜いちゃうから!」
「そ、そうなのかな? じゃ、こんど試して……」
「あーやっぱりダメダメッ! 当麻がシスコンに目覚めちゃったらマズイし。するのなら他の人にしときなさい。ちょっと気になる人で、無愛想なのがいたらいいかもね」
「他の人? 誰がいいのかな? 気になる? 無愛想? だったらすているならいいのかも?」

 気になる人と言われ、なぜステイルの名前が浮かんできたのか、その時インデックスにはわからなかった。
 だがその日からインデックスの記憶の中で、彼の印象がより鮮明になっていくことになろうとは、誰も想像出来なかった。
 もちろん後日、ステイル=マグヌスはインデックスの『お兄ちゃん』攻撃の餌食となって、危うく昏倒しかけたのは言うまでもない。

「ところでみことは、なぜ私に言ってくれないのかな?」

 インデックスがニヤニヤとしながら美琴に催促していた。
 ビキリと固まったような表情の美琴。言われることには黒子をはじめ、学校が学校なので慣れてはいたが、逆に言う側となるとちょっと恥ずかしい。

「や、やっぱり言わなきゃだめ?」
「みことが私と姉妹になりたいって言うのなら、ねえ?」
「ううう……」
「ほらほら、さっさと言うんだよ。それとも何かな? 学園都市第3位なのにそれさえも出来ないと? ほほぉぉおお……」
「――う、うるさいっ!! そのくらい私にはなんでもないんだからっ!!」

 インデックスの挑発に乗った美琴はそう言い放つと――はぁっと1回深呼吸をして……常盤台中学伝統のっ!

――お姉ぇさまぁ!

 その言葉が、超弩級鈍感野郎の上条さえ堕とすと言われた美琴の超絶潤み目上目遣いと共に、インデックスに炸裂する。

「ぐはぁぁああ! み、みこと……。イ、インデックスに百合属性は無いんだよぉ! 無いんだけどぉお……あああマリア様が見てるぅぅうう!?」

 恥ずかしさで真っ赤な顔をして、はぁはぁと息を荒くしている美琴と、自分のどこかを打ち抜かれたように惚けているインデックス。
 それでもやがてお互い顔を見合わせると、我に返ったように大きな笑い声を上げた。

「あーっはっはっはは!! これでもうアンタとは姉妹みたいなものね!」
「あっはっはっはっ!! これで美琴も私と『シスター』になれたんだよ!」

 美琴は笑いすぎて、目尻に浮かんだ涙を拭きながらインデックスに言った。

「ね、インデックス。やっぱりアンタには笑顔が一番似合うわよ。そうやって、当麻や私の前で笑っていてさえくれたら、私たちは幸せだと感じられるのよ」

 インデックスも涙を拭きながら美琴に言葉を返す。

「みことだって、そうやって笑っている方がいいかも。でもみことの笑顔は、とうまの隣にいるときが、一番幸せそうに輝いているんだよ」
「え、やっぱり……そうなのかな?」

 やはり美琴はデレたかと、インデックスは思った。
 それでもこうやって、バカを言いながら3人で暮らしていけるのなら、本当に楽しいだろうなというのは彼女でも簡単に想像がついた。

「うん。とうまもみことの隣にいると、最高の笑顔になるんだよ! この完全記憶能力の私が言うのだから間違いないのかも?」
「なぜそこで疑問形なのよ。あーあ、これで当麻がいたら、もっと楽しいんだけどなぁ……」

 ちょっとしんみりしかけた美琴に、インデックスは今こそ自分の役割を果たさねばと思った。
 それは愛してくれる人たちへ向けた自分なりのお返しであり、これから歩むべき道なんだという気がしていた。

――インデックスはシスターだから、愛し合う2人に祝福を与えるのが一番のお仕事なんだよ!

「あーもうっ! みことはね、早くとうまと一緒に暮らすことを考えたらいいんだよ!」
「へっ? い、いきなり何よ? インデックス」
「とうまがいないとみことはそうやって寂しがるからっ! それにとうまだってみことがいないと寂しいって言ってるんだよっ! それに私だって……そうなんだよ」
「――うん、まあ、それは来年まで待って欲しいな。私、高校へ入ってマンションでひとり暮らしをするつもりでいるから。その時には当麻もインデックスも一緒に暮らせるような、大きな部屋を借りるつもりでいるからね」
「やっぱりみことはすごいんだよ。甲斐性無しのとうまなんてさっさと見限って、最初からみことと暮らしていればよかったのかも」
「あははは。当麻はその時になったら、一緒に住むのはちょっと、とか言い出すかもしれないから。その時はインデックス、協力をお願いするわね?」
「任せとくんだよ。無理やりにでもとうまを引っ張って美琴の家へ転がり込むからね!」

 そう言うと、インデックスがくすくすと笑う。同じように美琴も、くすくすと笑っている。明るくなった雰囲気が、家主のいない部屋から寂しさを拭い去っていった。
 テーブルの上のミルクティーはすっかり冷めてしまったけれど、2人の胸の中は今もほんのりと温かい。

――その夜、2人は姉妹のように手を繋いで眠りについたのだった。


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