涙を流す、キミの言葉
12月23日 AM 2:57
上条当麻は、夢をみていた。
「うぅッ・・・どうしてッ・・私、ばっかり・・・こんなッ目に・・・あうのッ?」
見知らぬ少女が、土砂降りの雨の中で傘も差さずに泣いている夢―・・・。
「なんでッ・・・いつも・・・1人ッ・・なの・・?」
紺色の制服を着た、サイドテールの少女だった。びしょ濡れになっていて、今にも倒れそうなくらい弱々しかった。
しかし、上条は不思議とその少女が小さく叫ぶ言葉に両親から聞いた「幼いころの自分」を重ねてしまっていた。
いつも1人。自分ばかりが不幸に。
(誰だ・・・この女・・・)
知らないのに、自分と似ている。
その1つ1つの言葉で、心が乱れていく。
(やめろ・・・やめてくれ・・・)
雨は一向に止まずに少女を叩きつける。
「助け・・てよ・・・ッ・・だれか・・・お願い・・ッ」
(あッ・・・今の言い方・・・?)
すると今度は愛人にも似た台詞を叫んだ。あの日、鉄橋で美琴が小さく言った言葉だった。
(な・・・何なんだ・・?)
上条はだんだん恐怖心が湧いていた。
この少女が自分の過去を語っているようで。と思ったら美琴までー・・・。
そして、上条の思考がついていけなくなった途端。
目の前が真っ暗になった。
12月23日 AM 6:07
真冬の朝は、この時間でもまだ薄暗い。光も差さない寝室で、上条当麻は目覚めた。
「んッ・・・もう朝か・・?」
うっすら目をあけると、慣れない白い天井が広がる。隣には可愛いらしいパジャマを羽織った愛人の御坂美琴、手にはなんだか柔らかな感触・・・
「何だこれ・・って・・えぇッ!?」
見ると、美琴が上から心配そうな顔で覗き込んでいる・・・のだか、上条の手を自分の胸に置いている。
「当麻、大丈夫?すごく唸ってたけど・・・」
「みみみ美琴さん!?その手は一体ッ!?」
「え、えっと・・・その、唸ってたから、こうすれば安心するかなーって・・・」
妹もやってたし、と顔を赤くしながら答える美琴。
「それ以外に安心させる方法はなかったのか・・・俺、どんな目で見られてるんだよ」
同じく顔を赤くしてツッコむ上条。そして手を胸から離し、起き上がる。
「あ、ありがとな。美琴。心配してくれて・・・方法はアレだけど」
「う、うん。でも、どうして唸ってたの?」
「えと・・・変な夢、見ちゃってさ。何か、全然知らない女の子が泣いてるんだよ」
「全然知らない、女の子?」
「ああ。見たこともない子が、大雨の中ひたすら泣いてるんだ」
「何か・・・不思議だね。でも、それだけで唸ってたの?」
「いや・・・泣きながら言ってた言葉がちょっと小さいころの自分と重なってさ・・・」
上条は少し寂しそうに笑った。両親から聞いた記憶を思い出しながら。
「そっか・・・」
美琴はそんな上条を見て、少しだけ想像してしまった。上条の過去を。
「当麻。でも大丈夫だよ。今は私が当麻を支えるから」
そして、上条をそっと抱き締めた。
「当麻が不安だって思う時間を減らしたい。不幸だって言ってほしくない・・・」
「美琴・・・」
「泣きたいときは、私のそばで泣いー・・・」
て、と言う前に、上条が美琴の口をキスで塞いだ。
「ありがとう、美琴。安心しろ。俺は過去なんて気にしないから」
そういうと、上条は抱きついている美琴の背中を撫でた。
美琴は目を閉じ、優しく笑った。
2人はお互いの体温で、すっかり温まっていた。
そうして美琴は上条の胸の中で目を閉じていると、いつの間にか寝息をたてていた。
まだ6時で、あたりも暗いからか、眠気が襲ったのだろう。
上条は美琴をベッドに寝かせると、布団を肩まで掛けた。
愛しい彼女の頬にキスをすると、明日のイヴに向けて準備を始めた。
ここは、神奈川県にある「とある高級ホテル」の一室である。
2日前、今年のクリスマスは両家でパーティよ!というメールが美鈴からきたので、2人は22日までに実家に帰ることになっていたのだ。
しかしなぜ実家ではなくホテルに泊まっているのか―。
2人の両親―つまり御坂美鈴と旅掛、上条詩菜と当夜は現在、「ゆったり7日間!クリスマスイルミネーションツアー&温泉旅行の旅」に行っている。
詩菜がデパートの福引きで見事1等を当て、4名まで同行可能ということだったので、「この際みんなで行きましょう」的な流れである。
4人はイブに間に合うよう、今月の16日に出発していた。
そして今日で7日目。4人とは駅で待ち合わせの予定だ。
・・・まぁ、ホテルで泊まらせたのは美鈴の作戦なのだか。
2人は22日に帰ってきて、と言われたのにいざ帰ってくると誰もいない。
美琴はメールでなぜ不在なのか確認しようとすると、テーブルにはわざとらしく置き手紙があったのだ。
「Dear 美琴ちゃんへ☆
ママとパパは温泉旅行に行ってるけど明日帰ってくるから安心して~
あと、近くのホテルに2人1部屋で予約しておいたから、夜はそこに泊まってねー♪
くれぐれも過ちは犯さないようにね!
From 美鈴」
裏にはホテルの地図、横には宿泊費の入った茶封筒。
そして―・・・
すぐに美鈴に若干怒り気味で電話する、美琴の姿。
「ちょっとーッ!!何考えてんのよアンタはーッ!!」
「ちょっぴり嬉しそうに聞こえるのは気のせいなのかなー?」
「なッ!?と、とにかくッ!なんで2人1部屋で予約してんのよッ!?普通じゃないわよコレッ!!」
「そっちの方が安かったしー。それに、2人は過ちを犯さないって信じてるから♪」
「ふざけんなぁーッッ!!!」
見事に罠にはまってしまったビリビリ少女なのだった。
ちなみに上条も家に着くと、同じような手紙があった。
「当麻さんへ
母さんと父さんは温泉旅行に行ってます。明日には帰るので安心してください。
夜は近くのホテルで過ごしてください。
詩菜より」
「あぁーッッ!!!!なんでこのタイミングなんだよーッッ!!!」
不幸だ、とは叫ばないのはきっと少しだけ嬉しさがあるからだろう。
その後、上条が美琴に電話をかけて状況を把握し、ホテルに向かったのだった。
ホテルでは2人でゆったりと過ごすことができ、イヴ前日には幸せすぎる1日だった。
たとえば、
「当麻!今日一緒に寝てもいい!?」
「ッッ!?いいけど・・・/////」
ほんのり顔を赤くした2人が仲良く夜を明かしたり。
「美琴、夜景がきれいだぞ」
「ホントだー!写真撮ろッ!」
「あ、待って・・・」
「ひゃあッ・・・!!」
「美琴も十分きれいだけどな・・・」
上条が不意打ちで美琴を抱きしめたり。
美鈴が与えたチャンスを存分に楽しんだ2人なのだった。
同日 AM 8:03
カーテンから差す明るい日差しと、暖房で暖まった部屋で御坂美琴は目を覚ました。
(んッ・・・ここ、どこ・・・?)
むくりと起き上がってきょろきょろすると、ドアが少し開いていた。
その向こうで、上条が何か支度をしていた。
(何やってんだろ・・・)
美琴はベットから出ると、ドアの向こうの上条に声をかけた。
「何やってるの?」
「おー起きたか。帰る準備だよ。朝一のチェックアウトだからな」
「!!そうだったッ!ヤバいまだ何もやってない・・・」
「あわてなくていいよ。1泊2日で荷物少なかったからほとんど片づけておいたから」
「ほ・・・ほぉ・・」
「さすがに洗濯物は片づけてないから自分でな」
「うん・・・」
今日の彼はなんだか凛々しいかもと思いながら支度をする上条に近づく。
「当麻」
「うわぁッッ!!」
そして、後ろからぎゅっと抱きついた。
「ありがとね、起きるまでに片づけてくれて」
「お、おう・・・それより美琴、早く着替えた方がいいんじゃないか?」
「んー。そうね。じゃあ待ってて」
ふわっと温もりが離れる。
(あれ、わざとじゃないよな・・・)
抱きついたときの柔らかい感触が恥ずかしくて離したことは胸にしまうのだった。
同日 PM 9:06
1時間後、朝食をとってチェックアウトした2人は実家に向かっていた。
両親を迎えに行く前に、荷物を置きにいくためだ。
今日も快晴だがとても寒く、空気は乾燥気味だ。
美琴はキャラメル色のファー付きコート、上条は黒のダウンジャケットで街中を歩いている。
「明日のクリスマスパーティー楽しみだね」
「だな!久しぶりに騒げるし」
「騒ぎすぎてお酒なんて飲まないでね?」
「わかってるって」
どこにでもありそうな普通の会話。しかし2人の表情はどこよりも楽しそうだった。
「ちゃんとプレゼント買った?」
「もちろん。美琴が気に入りそうなヤツだから楽しみにしとけよー」
「ほんと!?楽しみ!」
恋人繋ぎで繋がる愛は、きっといつまでもお互いを離さないだろう。
未来永劫、
約束を守ると誓ったから。
同日 AM 10:17
11時ぐらいにつくから、と美鈴からメールが入ったので実家に荷物を置いてきた2人は
現在、バス停に向かっている。
この場所からはバス+電車で8駅で約30分なので丁度良い時間に着く予定だ。
「母さんたちも楽しかっただろうなー」
「そうね。お土産とか大量に買ってそうだし」
「温泉旅行か。いつか2人で行きたいな」
「うん!」
いつものような笑顔の絶えない会話。
しかし。
その笑顔を打ち砕くような光景が、目の前にあった。
「あッ・・・!?」
通ろうとした橋に。
あの「見知らぬ少女」が、いた。
「なッ・・・!あッ・・・」
サイドテールで紺色の制服。
長身ですらっと長い脚。
「どうしたの?当麻」
「あ、あの女・・・!夢に出てきた・・・」
「えッ!?」
少女は携帯で電話中だった。
聞こえてくるその言葉は。
「うん・・・いいよ。あたしはこの道1人で歩んでいくから」
夢とは正反対の、強い言葉だった。
「味方なんて、いらないのかもね。この世界は、甘くないから」
上条でも美琴でもない、少女だけの言葉。
「でしょ?あたしはいつだってまっすぐだよ。迷っても答えに必ずたどり着く」
「もう、大丈夫。いろいろありがとね」
その言葉を聞いて。
上条は、不思議と安心していた。
同じような境遇だった自分も救われたような気がして。
「美琴、行こう。バスに遅れる」
「え?い、いいの?あの女の子がどうとか」
「いいんだ、もう。あの子はあの子で、きっと運命があるのかもしれない」
「ふ、ふぅん・・・何かよくわからないけど・・・」
橋を通る。
もう、怯えない。
そして、少女とすれ違う。
一瞬不安がよぎったが、美琴と繋いだ手を握り返した。
夢に出た少女が夢と正反対の言葉で現実に現れた。
一見怖く感じるが、上条はどうでもよかった。
涙を流す、キミの言葉。
「強くなるよ」
「今、あたしの後ろを通った少年みたいに、ね」
Fin.