とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03

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匿名ユーザー

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2日目 心配は一方通行


 ちゅんちゅんとどこからか朝を知らせる鳥達の鳴き声が聞こえてくる。いつものようにそろそろ起きないと命が危ないと上条は慌てて体を起こそうとしてふと気がつく。
 暖かさと柔らかさを備えた心地良い感覚が体の左右からダイレクトに伝わってくる。
 上条の意識が急激に刺激されて覚醒が進む。まぶたを開くとそこには見慣れぬ天井のまだらな模様が目についた。
 そうしてようやく上条は普段の学生寮ではなく、打ち止めや美琴との共同生活を送っていることを思い出した。
 そしてそこから考え出される自身の置かれた状況に冷や汗が流れ始める。
(ま、まさか…………)
 嫌な予感と言う名の不幸センサーがビンビン作動し始めるのを感じつつ、上条は首だけ動かしまずは右に顔を向ける。
「むにゃ…………そこはダメェ…………とーまぁ………………」
 上条の右半身にまとわりつくように美琴が体を寄せて抱きついてきていた。更に何の夢を見ているのだろうか、やたら艶っぽい寝言が聞こえてくる。
 普段のビリビリ中学生とは全く違うあどけない寝顔に上条は不意にドキッとするが、すぐに精神衛生上とてもよろしくないこの状況をどうしようかと思案する。
 とりあえず脱出経路の確保とばかりに美琴から顔を逸らした上条だったが、そこで更に絶句する。
「すぅすぅ……………………」
 一応勘付いていたことだったが、案の定打ち止めが美琴と同じように上条に引っ付いて穏やかな寝顔を見せていた。その姿に思わず微笑ましさと保護欲が湧き上がるのを感じてしまうが、すぐにそれを打ち払う。
(一体、ど、どういうことなんでせう……)
 確かに上条は打ち止めと美琴と一緒のベッドに川の字で寝た。だがその並びは上条と美琴が打ち止めを挟む形だったはずだ。それがいつの間にか上条が2人に挟まれているという並びになっていたのだ。
 実は寝ている最中、打ち止めがトイレに行ってる間に美琴が上条に無意識のうちに抱きついていたということがあったのだが、上条がそれを知ってるわけもなく。
(これがいわゆる姉妹丼ってやつなのでせうか……いやそんなことを言ってる場合じゃない。これは中学生に手を出した凄い人どころではなく、青ピと同類になってしまうじゃねーか!)
 1人パニクってる間に、美琴がもぞもぞと動き始める。
「………………ん、おはよう、当麻」
 まだ夢の世界から帰っていないのか普段と違うとても愛らしい声ですぐ目の前にいる上条を寝ぼけなまこで見つめる美琴だったが
「ああ、オハヨウゴザイマスミコトサン?」
 上条はこれから起こるであろう不幸に顔を引き攣らせ、恐る恐る打ち止めから美琴へと視線を動かす。
 それからの出来事はほんの一瞬だったのだが、上条には走馬灯のようにゆっくりと時が動いて見えた。
「ふにゃにゃ…………、ん?」
 子供のようにお気に入りのぬいぐるみを見るような満面の笑みは徐々に形を変えて事態の認識とともに美琴の表情を固くさせていく。
 そしてパソコンがフリーズしたように動かなくなった美琴は、いきなり顔を火山が噴火するかのように真っ赤にさせ
「ふにゃああああああああああああああああああああああああ」
 物凄い勢いで漏電しだした。至近距離にいた上条だったが、美琴の表情の変わり様に感心を取られていたせいもあり、反応が一瞬遅れ、あえなく電撃の餌食となる。
「不幸だぁああああああああああああああああああああああああああああああ」
 それでも日々の経験の賜物だろうか右手はすぐに美琴の体に触れ、なんとか被害を大きくすることは食い止める。お決まりのフレーズを残し、上条の意識はやっぱりいつものように不幸から始まるのかという達観と共に深く落ちていくのだった。



 上条が朝からいつものようにラッキースケベと不幸のダブルパンチを食らっているその頃、一方通行は遥か彼方――空の中にいた。
 学園都市のありえない超高速旅客機ではなく普通のジェット機なのが、幸いして普通に穏やかな気分で目を閉じていた一方通行だったが、不意に嫌な予感がして、目を開く。
「どうしたんだ、一方通行。嫌な夢でも見たのかにゃー?」
「そンなンじゃねェ。ただちょっと嫌な予感っつゥやつがしただけだ」
 ニヤニヤとグラサン越しに気色悪い笑みを浮かべる土御門に一方通行は馬鹿馬鹿しいがなと一つ息を吐きだす。
「どうせカミやんがラッキースケベで不幸を食らったってところぜよ。心配することはないんじゃないか?」
「あァ? 何で三下がでてくンだ?」
「まぁそれくらい大したことじゃないってことぜよ。打ち止めが心配なパパセラレータ?」
「コロス」
 土御門のおちょくりに一方通行は首に巻いてあるチョーカーのスイッチに手を伸ばそうとする。
「ちょっと、こんなところで能力使わないでよ」
「そうですよ。土御門もからかいすぎです」
 慌てて後ろの席にいた結標と海原がキレかけの一方通行をなだめる。
「けっ、まァいい。白けちまった」
 一方通行はチョーカーから手を離すと、機内サービスでもらったブラックコーヒーの紙コップを手にする。
「それよりここで今回の仕事の確認だ。現地についたら確認はもう出来ないからな」
 今までのおちゃらけモードから暗部仕様の顔に戻った土御門が首だけ後ろに向け、席と席の間から海原と結標を覗きこむ。
「ターゲットはオレンジ社だ。学園都市外で提携する企業の一つだが、奴らが裏切り情報を流出させていることがわかった」
「パープルの次はオレンジか。そのうちブラウン辺りが来そうね」
「シェーバー工場でも破壊しに行くことになるんですかね。それは置いておいて続きを」
 海原は結標の言葉に冗談を続けつつもその表情は真剣そのものである。
「オレンジ社の持つ学園都市関係のデータの速やかな消去と情報流出を行った者の処分、それが今回の仕事だ」
「はン、俺達にかかれば他愛もない仕事だ」
 一方通行はつまんねぇとばかりに一つ欠伸をして、聞いてるから続けろと促す。
「既に情報流出先に関してはデータの処分が完了しており、情報流出者に関しても目星が付いています」
「よーし、それじゃあ確認は終わりだ。後は手筈通り動いてくれ」
 海原の言葉に土御門は頷くと、まとめるように手早い確認を締めくくるのだった。



 右腕がジンジンと痺れて少し痛い。美琴の漏電で感電した上条は意識を取り戻し、美琴が心底申し訳なさそうな表情を浮かべているのをまず最初に目撃した。
「あ、アンタ……大丈夫?」
 目を覚ました上条に気がついた美琴は、いててと左手で頭を掻きながら上半身を起こした上条に詰め寄る。
「今回は本当に死ぬかと思ったぞ」
 電流の強さが弱くてよかったと上条は未だに痺れている右手をさすりながら立ち上がる。
「本当にごめん……。びっくりしちゃって」
「いいよ、別に。助かったんだし」
 これからは気をつけてくれよーと上条は美琴の頭にポンと左手を置き、ゆっくりと髪の毛を流すように梳く。
「そういえば打ち止めはどうしたんだ?」
「打ち止めならアンタが気絶してる間に起きてきて、先にご飯食べたらまだ眠くなって別の場所で寝てる」
 痺れた右腕に気がついた美琴は上条の右腕をマッサージし始める。発電系能力者はしびれに対しての対処法をよく知っているので、これくらいはお手のものだ。しかし上条に対する申し訳なさと気恥ずかしさで美琴は顔をまともに見ることが出来ない。
 そんな時だった。ぐぅっと上条の腹の中の虫が、暴食シスターがご飯を要求するときのように激しく鳴き叫びだした。
「腹が空いちまった。何かあるか?」
 この話はもうここまでと言わんばかりに上条は、美琴にかなり遅くなってしまって朝食か昼食か微妙な時間のご飯を尋ねる。
「アン……当麻の分ならちゃんとラップして置いてあるわ。すぐに温めて食べられるようにするから待ってて」
 世話焼きの美琴らしく寝室を飛び出していったのを上条はやれやれと思いながら、美琴の後をゆっくりと追いかけた。
 上条がリビングにあるテーブルに向かうと既にレタスサラダと温めなおしたであろうスープが置かれており、トーストが焼きあがる途中だった。美琴は昨日と同じゲコ太柄のエプロンを身にまとい、目玉焼きとベーコンを炒めているようだった。
「大したものじゃないけど、大丈夫?」
「ああ、十分だ」
 上条が席についたのを確認した美琴はフライパンから皿に目玉焼きを移し、トーストを上条の前に並べる。
「お箸は使えないから、フォークとスプーンね。一応、細かく分けれるものは分けておいたけど、食べにくいものがあったら言って」
 右手はまだ使えないので上条は起きて飯が用意されていることと美琴の細やかな配慮に感動を覚える。記憶を失った上条にとって用意されたご飯というのは、数少ない外食か美味しくない病院食しかなく、こうして自分のためだけに用意されたものは初めてだった。
「いただきます!」
 昨日の晩御飯で美琴のご飯が美味しいことはよくわかっていた。普段常盤台で不自由なく生活している美琴がこれほどのものを作ることができるのは何か理由があるのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら上条はあっという間に美琴の用意した食事を完食し、ふぅっと一息ついた。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
 一心不乱に朝食を食べていた上条をじっと見つめていた美琴は上条が食べ終わった途端、恥ずかしそうに顔を背ける。
「わ、私片づけするから当麻はゆっくりしてて」
「お、おう」
 美琴はテーブルの上をてきぱきと片付け、すぐに洗い物を開始する。予め打ち止め食べた漬け置きのぶんも同時にやるようだ。右腕のこともある上条は大人しくソファーにでも座ってのんびりしようかと考えていたが、ピンポーンと抜けたような音のチャイムがし、上条は方向転換して玄関に向かう。
「ちわー、お届けものです」
 黒猫のマークが特徴的なユニフォームを来た宅配のお兄さんが、ダンボールを一箱もって玄関前で待っていた。
 伝票を見て、上条は表情を暗くする。そこには上条の担任である月詠小萌の名前があり、品名には宿題と悪意を持つほどでかでかと書いてあったからだ。
「不幸だ…………」
「あのー、サインもらえますか?」
 本日二度目の不幸宣言を呟いた上条に宅配のお兄さんがペンを差し出してくる。慣れない左手で何とか署名すると宅配のお兄さんはさっさと去っていった。
「で、1週間あるとは言え、この宿題の量どうするんだ……」
 上条は呆然とダンボールを見つめ、うまい話なんてなかったんだと思うのだった。



 玄関で寒風に当たりながら現実を受け入れられない上条を発見したのは美琴だった。彼女はすぐに上条の身に何が起こったのか把握し、とりあえずダンボールを中に運び込み、テレビの前に設置されたこたつ机に宿題を広げてみる。
「わぁ、すごい量の紙だねってミサカはミサカはお兄ちゃん宛のダンボールに驚愕してみたり」
 いつの間にか起きてきていた打ち止めが小萌によって細かく作りこまれたプリントをいくつか眺めつつ、感嘆の声を上げた。
「ああ、不幸だ……。上条さんが恵まれていることなんかなかったんだ」
 放心状態が未だ続く上条はブツブツと不幸だとつぶやいている。そんな上条の様子を見かねた美琴はあーもうと大きな声を立て、上条の肩を掴む。
「当麻、やるわよ」
「へ?」
 気合の入った美琴の言葉とは対照的な上条の間抜けな声が打ち止めの笑いを誘う。
「つまりこれから勉強をするんだねってミサカはミサカは学校に行ってなくても勉強があるお兄ちゃんに同情してみたり」
「あ、そうだ」
 何かを閃いたのだろうか。美琴は立ち上がり、打ち止めの顔を見つめるとこう告げる。
「打ち止めも一緒に勉強しましょ? 私が教えてあげるわ」
「え、いいの? ってミサカはミサカはお姉ちゃんと一緒に勉強したいって伝えてみる」
「アンタも教えてあげるから頑張りなさいよ」
 この言葉に上条は我に返り、そしてまるで救世主を見るかのような表情を昨日に引き続き浮かべる。そして美琴の手を握り、深々と頭を下げる。その姿には全く年上としてのプライドという文字はなかった。
「ありがとうな、美琴。お前は俺の救世主だ」
「と、当然でしょ。この美琴センセーが教えてあげるんだからこんな量さっさと終わらせるわよ。と言いたいところだけど」
 上条の大げさなリアクションに照れ隠しなのかわざと憎まれ口を叩いていた美琴だったが、上条の右腕を一瞥し、こう尋ねる。
「アンタの右腕、調子はどう? だいぶ良くなってきた?」
「ああ、だいぶ痺れもとれてきたから、もうちょっとしたら大丈夫だと思う」
「そう、じゃあまず打ち止めの教材買いに行くわよ」
 美琴はそう宣言すると、打ち止めに着替えるように指示を出し、上条には宿題の種類の仕分けを命じる。帰ってきた時、すぐに効率よく宿題を行うための美琴らしいアイディアだった。


 ほどなく2人の準備がそれぞれ終わると美琴を先頭に近くにある大型書店へと向かう。
「おおー、本がいっぱいあるってミサカはミサカは面白そうな本はないかなってあちこちを見回してみる」
 書店に来ることが少ないのか打ち止めはいろいろな書籍に興味津々である。ハードカバーの本に、雑誌、文庫本、マンガ。打ち止めは特に児童書籍のコーナーで気になる本があったのかそれを食い入るように見つめていた。
 一方の上条は漫画コーナーに向かおうとするところを美琴に首根っこを掴まれ、ズルズルと連行される。美琴も普段は漫画をよく読むが、今日の目的は打ち止めのための教材探しである。後ろ髪を引かれる思いを感じつつ上条とともに参考書コーナーの一角へとやってくる。
「ふーん、参考書って言っても色々あるんだな」
 学園都市は超能力を開発する科学の街である。従って科学のもととなる勉学においては様々な書籍が揃っていた。
「うげ……これは開発の参考書……こっちは大学受験のか……」
 自身の宿題を思い出したのか上条の表情が暗くなる。美琴はそんな上条を気にすることなく小学校高学年くらいのテキストを手に取りいくつか吟味を始めていた。
 そこにいつの間にか打ち止めがやってきており、それに気づいた美琴は試しにいくつか参考書を見せてみる。
「これなんかどう?」
「うーん、わからないってミサカはミサカは初めて見るものに少し戸惑ってみたり」
「じゃあこれは?」
「これは簡単だねってミサカはミサカはテスタメントで習った知識をひけらかしてみたり」
 いくつかの教科と参考書を見せた後、美琴は打ち止めの脳内における知識形態について考える。『妹達』は美琴のクローンであり、人工的に作られた存在だ。
 クローンはDNAこそオリジナルのコピーであるが、人間という存在の形成はその後の環境要因によるものが大きいためオリジナルと異なった性質を持つ。美琴と御坂妹が全く異なった性格であるように。
 打ち止めはミサカネットワークでつながっており、その分知識はあるが、元の知識はテスタメントによる一律的なものであるため、偏りが生じているのだ。
 簡単な例で言えば、打ち止めは理科や数学の教科書は簡単だと答えたが、社会の教科書はちんぷんかんぷんだと答えた。
 妹達のテスタメントは軍用兵器としての教育しかしていなかった。これは全ての妹達に言えることだが、特に上位個体である打ち止めにとってはある意味危険なことではないかと美琴は思ったのだ。
「打ち止め、とりあえず1から勉強してみましょ?」
「お姉ちゃんがそう言うならそうするってミサカはミサカは賛成してみる」
 打ち止めは司令塔である。頭を奪われた組織はとても危険なものなのだ。だからこそ打ち止めには勉強を通していろいろなことを知ってもらい、ゆくゆくは学校に行ってほしいと思っていた。
 上条や美琴の話を聞いていた打ち止めが羨ましそうな表情で美琴や上条を見ていたのは知っていた。同世代の友人、年上、年下の人間と接することで人間としての幅が広がることは打ち止めにとって素晴らしい財産になるとも思っている。
 だから今はそのための礎を築く必要がある。多分、上条も同じようなことを考えていると美琴は思っている。学校での生活をある意味愛しているアイツなら。
「よし、これでひと通り揃えたかな。また何かあったら買いに来ましょ」
「うん、そうだねってミサカはミサカはお姉ちゃんの選択を信じてみる」
 ここで美琴は上条がいないことに気がつく。かなり長い時間打ち止めと参考書の吟味をしていたため、退屈になってどこかに逃げたのだろう。
「お兄ちゃんを探そうってミサカはミサカは1人勝手にどっかに逃げたヒーローさんを探してみる」
「こら、走っちゃダメよ」
 たっと駆け出した打ち止めの後ろ姿を美琴はいくつもの冊子で観づらくなった視界越しに注意するのだった。



「このxにこの数字を代入するとここが出て、それがわかればこの定理を利用してyが出るの。わかった?」
「おお、ホントだ」
 書店から帰宅した頃には上条の右腕もすっかり回復しており、早速上条と打ち止めは美琴の解説の元、勉強に励んでいた。
「お姉ちゃん、これで合ってる? ってミサカはミサカは自信満々の回答達を誇ってみる」
「うん、ここまでは合ってるけど。ここ計算ミスしてるわよ。こういうケアレスミスはなるべくなくしなさい」
「おーい、美琴。これなんだが…………」
「それ? アンタ、さっきやったでしょ、あの定理を使うのよ」
 勉強を開始して約1時間ほど打ち止めは最初こそやり方に戸惑っている節があったが、天才でもあるが秀才である美琴の薫陶と自身の要領の良さを発揮しすぐに勉強に慣れていった。一方で上条は普段のサボりや睡眠学習のツケが一気に来ていた。頻繁にペンが止まり、情けない顔で美琴に助けを求める上条にヒーローの要素なんてこれっぽちも感じない。
 打ち止めと上条、美琴の世話になった回数はどう見ても上条が圧倒的に多かった。
 しかし上条の課題消化スピードは平時(元々の頭の悪さ&インデックス等による妨害)に比べ段違いだった。
「それじゃそろそろ休憩しましょ。それでもう1時間やって。後は夜に1時間やるわよ」
「うー上条さんは頭の使いすぎで疲れましたよ……」
 ばたりとその場で倒れ、フローリングの上で大の字になる上条。打ち止めもそれを真似して遊び始める。
「もう、アンタ達は……」
 美琴はしょうがないわねと言いたげに立ち上がり、そのままキッチンの方へと向かっていく。しばらくして戻ってきた美琴の手には小さな箱が握られていた。
「これでも食べなさい」
「ん、もしかしてお姉ちゃん手作りのお菓子? ってミサカはミサカは箱の中身に期待してみたり」
「お、サンキュー、美琴」
 箱から出てきたのは一口サイズのクッキーだった。サクサクした生地の上にオレンジピラーが塗ってある。
「さっぱりとしてて美味しいってミサカはミサカはもっと食べたいって主張してみる」
「あんまり食べ過ぎたら夕飯食べられなくなるわよ」
「うまいうまいぞー。いやはや上条さんは感激ですよ」
 2人の反応に美琴は笑みを浮かべながら、当然でしょと胸を叩く。眠気覚まし用のコーヒーを上条に用意し、打ち止めには牛乳を与える。
「ごちそうさま」
「美味しかったよ、ありがとうお姉ちゃんってミサカはミサカはお礼を本心から述べてみたり」
「さぁ、休憩終わりよ。さっさと次の課題も終わらせるのよ」
「えー、もうちょっと休憩させてくれよ」
「つべこべ言わない。ほら、さっさとやりなさい」
 一時の休憩を終え、音を上げだした上条を容赦なく美琴は机に向かわせる。そしてそんな少し情けない兄の様子を横目に見ながら打ち止めも自分のテキストと向きあい始めるのだった。



 勉強を終えた頃にはちょうど太陽も沈み、夕飯にはちょうどいい時間となっていた。上条は美琴のスパルタだが、わかりやすい家庭教師っぷりに感心しつつも、慣れないことをしたせいで疲労感を感じソファーで横になっていた。
 美琴は既に夕飯の準備に取り掛かっており、色々と忙しそうである。てきぱきとした動作はもう既に見慣れたものであり、美琴らしいものを感じる。
 打ち止めは久しぶりに1人で退屈な時間を過ごしていた。今までずっと上条か美琴が相手をしてくれた分、そういう時間はなかったのだ。
 そんな折、普段は持たせてもらっていない携帯電話が音を立てて鳴り出し、打ち止めは電話を掛けてきた相手を見て寝室へと駆け込む。
「もしもしってミサカはミサカはあなたの声が聞けて嬉しいな」
『……よォ、元気にしてるか、打ち止めェ」
 電話の主は打ち止めにとって大切な人物――一方通行だった。普段と違って離れているからかいつもと比べてその声音は少し優しく感じる。
「うん、ミサカはミサカは元気いっぱいだよって答えてみる」
『そォか。超電磁砲とはうまくやってるか?』
「お姉ちゃんはすごく良くしてくれてるよ。それにお兄ちゃんも」
 打ち止めの声は本心からのもので一方通行は心の何処かで感じていた不安が少し和らいだ気がした。もっともすぐ後に聞いたフレーズでそんな気分も吹き飛んだが。
『おにィちゃン……だと?』
 一方通行の声に殺気のようなものが孕み始める。それを近くにいた海原が若干恐怖を覚えたのはここだけの話である。
「うん、ヒーローさんのことだよってミサカはミサカは補足してみる」
『あの三下ァ! 愉快に素敵にスクラップにしてやらァ!』
「それは駄目ってミサカはミサカはボッシュート」
 一方通行が上条の間抜け面を思い出しながら吠えた声は打ち止めの一言で打ち消される。バタリと人が倒れたような物音と、遠くからやれやれ羨ましいですねと言った声が聞こえてくる。
『お、おィ。ら、ラスト……オーダーァ。それはやめろと……」
「じゃあ、お兄ちゃんのことを悪く言うのはやめてよねってミサカはミサカはちょっとプンスカ」
『で、何でヒーローがそこにいンだよ』
「実験の協力みたいだねってミサカはミサカは呼ばれた建前を答えてみる」
『キヒッ、ヒャハハハハハ、そォいうことかァ、土御門くゥゥゥゥン!』
 この計画をお膳立てした人物である土御門が何か企んでいることを確信した一方通行は、スクラップ対象を上条から土御門に変更することで自身を落ち着ける。
『まァいい。超電磁砲にもヒーローにもよくしてもらっているようならなァ』
「うん、今はすごく楽しいよってミサカはミサカは一緒に買物に行ったり、勉強したことを思い出してみたり」
『そォか』
 それから打ち止めはしばし昨日、今日とあった出来事を一方通行に事細かに伝えていく。基本相槌を打つだけの一方通行ではあったが、その声音はとても嬉しそうだった。



 そんな一方通行との会話に興じる打ち止めは部屋の外で美琴がそれを複雑そうに聞いているのに気づいていなかった。
「やっぱ複雑だよな」
 ツンツン頭をガリガリと掻き毟りながら少し眠たそうな上条がぼんやりと立ち尽くす美琴にそっと声をかける。
「まぁ、そう……ね。私にとってあいつは一万人以上の妹を殺した憎むべき奴なのよ。でも打ち止めとのやり取りを聞いてるとあの極悪非道な奴が普通のやつにしか見えなくなるのよ」
 理性と感情、その2つに押しつぶされそうな美琴の姿に上条の心がズキリと痛む。それはかつて美琴が鉄橋で見せたあの表情に少し似ている気がした。
 そんな表情は見たくない。上条は本能的に美琴を抱き寄せ、美琴の顔が自分の胸に来るようにする。
「しばらくこのままでいろよ……」
「うん…………」
 美琴は黙って静かに嗚咽を上げ始める。決して隣の部屋にいる妹に聞かれないように。何も言わず胸を貸してくれた愛すべき男に感謝の言葉を心のなかで述べながら、美琴は行き場を失った感情を涙と共に流し出すのだった。
 しばらくして美琴はゆっくりと上条の胸から顔を離す。泣き濡れた顔を見られないようにしながら、上条からタオルを受け取り、涙をすべて拭う。
「もういいのか?」
「うん、ありがと……。もう、大丈夫だから……」
 美琴はいつものように明るい口調で上条に告げる。
「さ、そろそろご飯にしましょ。打ち止めの方もそろそろ話し終わるみたいだし」
「そうだな。美琴の飯、楽しみにしてるぜ」
「………………期待してなさいよね」
 美琴が小さく「ありがと、当麻」と呟いた気がしたが、上条はそれを敢えて聞き流し、打ち止めを呼ぶべく呑気に歩きはじめた。


 上条の打ち止めを呼ぶ声を聞いて、一方通行は打ち止めとの会話を打ち切った。
 打ち止めに信頼出来る人物が増えたことは喜ぶべきなのだろうと思う一方で少し寂しさを感じているのも事実だった。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんですか。心底羨ましいですね」
「あァン? テメェもスクラップになりたいかァ、海原ァ?」
「それは遠慮しておきますよ、一方通行」
 海原は一方通行が感じていることをなんとなくわかっていた。多分それは美琴と上条の関係が少し近づいた時に感じたそれと同じなのだろう。
「…………結局、俺が空回りしてただけだったンだよなァ」
「心配は一方通行……といったところですか」
 一方通行の珍しい独白に海原は静かに呟く。ぴくりと眉が動き、そして小さなため息がひとつ。
「しかし自分はそうは思いませんよ。一方通行が打ち止めのことを心配しているように、心の何処かで打ち止めも一方通行のことを心配していますよ」
「そォか」
「それに、きっと…………御坂さんも、上条当麻も打ち止めのことを心配しているはずです、あなたと同じように、ね?」
「そォかもしンねェな」
 海原の言葉を聴き終わった一方通行は静かに目を開き、考えをまとめる。
「そろそろ自分は部屋に戻りますね。明日からの活動を早く終わらせるためにも、早寝は必要不可欠です」
「ふン。さっさと行けよ、俺が寝られねェだろ」
「そうですね。失礼します、一方通行。良い夜を」
 海原はそう言って踵を返し、部屋から出て行った。一方通行はそれを見送り、ベッドの上に崩れ落ちるとすぐに夢の世界へと旅立っていった。

続く





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