とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part04

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匿名ユーザー

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初冬編


 秋が終わり、ここ学園都市にも冬が訪れようとする季節。
 ここは第7学区の表通りに面した瀟洒な喫茶店。
 その窓際のいつもの席。

「ごめーん! 待ったー?」

 いつか聞いたフレーズと共に、店へと駆け込んできたのは、常盤台中学三年生、学園都市第三位の超能力者(LEVEL5)『超電磁砲』御坂美琴。

「お前の方が遅いなんて珍しいな。――まあ、俺も今来たところだけどさ」

 よくあるカップルのような会話で迎えたのは、とある高校二年生、無能力者(LEVEL0)ながら不思議な力を右手に宿す『幻想殺し』上条当麻。
 彼の前に置かれたばかりのお冷のグラスとおしぼりが、彼の言葉を裏付けている。
 二人は今日も放課後の待ち合わせに、この喫茶店へとやってきていた。

「一端覧祭の後片付けが長引いちゃってさ。今年で私、卒業でしょ? 先生たちが張り切っちゃって、来年の入学案内に使うからって、写真撮影やらなんやらでもうクタクタよ」

 椅子にへたり込むように腰を下ろし、お冷を持ってきたウェイトレスに、――フルーツパフェとミルクティ、とだけ伝え上条へと視線を向ける。
 どうする? と言うような美琴の視線に、上条は――ん、と僅かに躊躇したが、すぐに――俺もミルクティで、と注文した。

「ほんと、お疲れさんだったな、御坂」

 労わるような上条の言葉に、美琴はにっこりと笑みを返す。

「うん。ありがと。でも今年はあまりあちこち行けなかったから、ちょっと、ね」

 僅かの寂しさだけを言葉尻に込めて。
 そんな美琴を慰めるかのように、上条が優しく笑っていた。

「まあ、しょうがねえさ。その分奨学金とか余計に貰ってるんだろ? お前が忙しかった、ってことは、それだけ学校からも期待されてるってことなんだし」
「そうなんだけどね。でも期間中の自由時間が二日しかなかったのはどういうこと、って思うわけよ」
「でもその二日とも、俺のために時間取らせちまったしな。ホント、悪かったよ。美鈴さんだって来てたし、白井とか他に友達付合いだってあったんだろ?」

 一端覧祭が始まる前、上条は美琴から、その二日は必ず空けておいてとお願いされていた。
 幸いクラスの出し物の割り当てには掛からなかったし、何の疑問も無く予定を入れずに空けておいたのだが、

「――でもまあ、おかげで俺も、失くした記憶の穴埋めになったから助かったよ」

 美琴は、記憶を失くした上条のために案内役を買って出て、学園都市内あちこちを二人で巡り歩いていたのだった。



「いいのよ、気にしないで。私だって、少しでもアンタの役に立ちたいんだから……」
「何から何までいつもすまねえな。お前にはホント、一生感謝しても仕切れねえよ」
「(――っ!? い、一生だなんて……、これからもずっとってこと……よね!?) う……うふ、うふふふ……はっ!?」

 上条から一生などと礼を言われ、ついいつもの妄想へとトリップしかけたのをぐっと抑える美琴だった。
 すぐに立ち直ることが出来たのも、日頃の慣れの賜物なのか。

「――ま、まあ黒子はクラスの催事と風紀委員の仕事でそんな暇なんて無かったの。それに友達と会うのなら、常盤台に居る時の方が都合良かったし。それに母さんは私の顔を見に来ただけよ」
「ふーん、そうなのかねえ」

 一端覧祭中、美琴は学校側からの要請により期間中、生徒代表として催し物の司会進行役や、来客への接待役に就いていた。
 在校生代表としてLEVEL5の役割を果たすように言われれば、常盤台の生徒として従わざるを得ないのは当然のこと。
 もちろんそうなれば、彼女のストレスやらなんやらも当然のごとく増すわけで。

「ところで最終日だけどさ、なんで俺は美鈴さんに呼び出されたんだ? しかもわざわざ家族券なんて使ってまで、常盤台生徒の関係者特別イベントになんて……」
「…………」

 一端覧祭最終日、上条は、美琴の母、御坂美鈴に呼び出され、インデックス共々『学舎の園』内の常盤台中学まで連れて行かれた。
 そこで目にしたのは、美琴が司会進行を務める常盤台中学主催の在校生関係者への特別イベント。
 客席内に母、美鈴だけでなく上条にインデックスまでいることに気付いた美琴は、テンパって何かしくじりをするかと思いきや、見事にその大役を果たしただけでなく、能力実演も完璧にこなし、さすがはLEVEL5だと、多くの賞賛を受けたのだった。

「――ま、それにしてもやっぱりお前はすげーと思うよ。あんな大人数の前で、司会進行はバッチリ、能力実演も完璧。インデックスも感心してたぜ」

 上条から認められて、美琴の顔が柔らかく綻んだ。
 彼を常盤台に連れて行ったのは、美琴の中学最後の晴れ舞台を上条に見せて、後で弄くるネタにしようという母、美鈴のイタズラ心だったのだが。
 それでも美琴本人は、上条に晴れ姿を見てもらえたことが嬉しかったばかりでなく、

「ほ、ほんとかな? よく出来た? 上手くいってた? ――よかったぁ」
「――――ッ!」

 褒められた子供のように、嬉しさを隠し切れないといった表情をする彼女に、上条の心がときめいた。
 自分より大人な部分を見せる一方で、こうした無垢で無邪気な部分を持つ美琴のことを、本当に可愛らしいと思うようになっている。
 今、まさに大人と子供の境界線上に立つ彼女は、そうした少女の愛らしさと、色気づいた女の佇まいを併せ持って、どんどんとその魅力を増しているのだ。
 上条はそのことを感じて、かっと顔が熱くなってしまいそうなところへ、突然声が掛かった。

「――お待たせしました。フルーツパフェのお客様?」

 はい、と言って、ちょっとはにかんだ表情で小さく手を上げる美琴の仕草が、上条の目によりいっそう可愛く映る。
 その姿が微笑ましく感じられて、ついつい頬が緩んでいくのが自分でも分かってしまう。
 目の前に置かれたミルクティから立ち上る湯気が、ほっこりした温かさをこのワンシーンに添えていた。
 その幸せな情景をこのまま見ていたいとも思ったが、そんな彼女の笑顔を眺めているだけで、胸の高鳴りはどうにも抑えきれなくなりそうで。
 しかたなく上条は、――ごゆっくりどうぞ、と去って行ったウェイトレスの後姿を、目で追うようにさりげなく美琴から視線を逸らしていた。



「ところでね……」

 そんな目の前の少年の気持ちを知ってか知らずか、パフェにスプーンを突き刺しながら、美琴が話を切り出した。

「実はね、寮でちょっとまずい事があってさ……」
「まずい事? ――何かあったのか?」

 心配そうな表情で美琴の顔を見る上条。
 そんな彼の様子に、心配要らないと言いたげに美琴が笑みを返す。

「そんな……大事になるようなことじゃ、ないんだけどね」

 もぐもぐとパフェを口に運びながら、彼女はさも思いついたかのように、

「――あ、でも考えようによっちゃ大変なことになるかも?」
「はぁ? いったい何なんだよ、それって」

 上条がミルクティのカップを口へと運びながら言った。
 スプーンを持つ手を止めて、彼の顔をじっと見つめだした美琴が、

「あの時、アンタが差し入れてくれたクッキーなんだけどね」

 それは美鈴に連れられて行った最終日の特別イベントに、朝から夜まで学校行事に奮闘する美琴のために、と上条が差し入れた手作りチョコチップクッキーのこと。

「ん? ああ、あれはあちこち案内してもらったお礼みたいなもんだ。――まあ朝から一日がんばってる誰かさんのために作ったってことじゃないからな?」

 どこぞのツンデレキャラのように上条はそう言って、ニカリと笑みを浮かべる。
 そのわざとらしい言葉を、華麗にスルー出来るぐらい気持ちに余裕を持っていたからか、美琴もニコリと笑い返した。

「あれ、他の子にも大好評だったのよ。しっとりしてるけど、生地はさくさくだし、チョコの甘みと苦味のバランスも良かったわ。ほんとにアンタの手作り?」

 美琴だけでなく、この際、彼女の友達にもお裾分けを、ということで、たくさん作った袋一杯の手作りチョコチップクッキーの差し入れ。
 あのイベントを無事にこなせたのはもちろん、一端覧祭中に溜まった疲れや緊張も、その差し入れのおかげで、心身ともにきれいに消えてしまった。
 サックリとしたクッキー生地の甘さと、チョコチップのほろ苦さ、それに込められたであろう上条の気持ちが、他の何よりも彼女に力を与えてくれたから。

「レシピは舞夏に教えてもらってさ。作ったのは正真正銘、俺とインデックスでだぞ。そもそも上条さん、デパ地下のクッキーを差し入れるような余裕はありませんからね」
「――悪かったわね。あの時はデパ地下の見繕いクッキーで。(――ホントは後でちゃんとクッキー作ったんだけどね)」
「まあ、あれはあれで美味かったぞ。(――ホントは全部インデックスが食っちまったんだけどな)」

 二人の間に、掛け替えのない絆が生まれた事件さえも、今はこうして他愛もない会話として楽しめるほどに、二人の関係も変わってきた。

「なら良かった。――でね、あんな美味しいクッキー、誰が作ったんだってことになって、友達って言ったんだけど、土御門がばらしちゃったのよ」
「ああ? 舞夏が?」
「うん。――みさかみさかー、どうだー、上条当麻の手作りの味は! ってみんなの前で言うんだもの」
「はあ。そりゃあ、我ながら結構イイ出来だとは思ったけどな。でもそれがどうかしたのか?」
「こんな美味しいクッキーを焼ける男子高校生ってどんな人なんだって、みんなから追及されちゃったのよ」

 どうやら上条のフラグ建築能力は、手作りクッキーを差し入れただけでも発揮されるらしい。

「常盤台のお嬢様って、いったい男をどんな目で見てるんだよ。こんなのレシピさえあれば誰だって出来るんじゃねーの?」

 長年の自炊慣れで、料理などは材料とレシピさえあれば、誰でもそれなりのものは作れるということをわかっている上条にとっては当たり前のこと。
 しかし上げ膳据え膳に馴染んだ、夢見る乙女なお嬢様たちには、どうやらそれは当たり前ではなかったらしい。



「それが、去年の八月三十一日のこと、覚えてた子がいてね。――あの時、御坂様が逢引をされた殿方ですか? って言われちゃったのよ」
「――ッ!?」
「おまけに大覇星祭の借り物競争の協力者だったりとか、罰ゲームの時のツーショット写真撮ってたこととか、次から次へとバレちゃってさ」
「なあ御坂。あの時の恋人ごっこは俺の所為じゃねーよな? 借り物競争だって俺の所為じゃねーぞ? あの罰ゲームだって、言いだしたのはお前の方じゃねーかよ?」
「――し、しょうがないじゃない。あ、あの時は……こっちにだっていろいろと事情があったんだから……」

 パフェの器にぐりぐりとスプーンを突き刺しながら美琴が言った。
 いろいろと思い出して恥ずかしくなったのか、彼女の頬が赤く染まっているようだ。

「それに最近、いろいろセールに付き合ってるのも噂になってたみたいだし、一端覧祭中、二人であちこち巡ってたのも見られてたみたい」
「――なんかいろいろと……すまねえな」
「しかも今回のイベント、母さんも一緒だったじゃない? おかげでみんなの追及が厳しくてさ。――彼氏ですか? ご両親公認なんですか? って聞かれちゃってね」

 美琴のその言葉に、ごくり、と固唾を呑んだ上条が、まるで不幸を予測するかのように、彼女の言葉を遮るように言った。

「――お、お前まさか、また恋人ごっこをしろってわけじゃねーだろうな?」
「さすがにそれは、ね?」
「…………そっか」

 彼女の言葉にほっとはしたものの、一方でそれを残念に思う気持ちがちくりと彼の胸を刺す。
 が、それ故に美琴が親公認なのを否定しなかったことには気付かなかった。

「――それで、今度寮のみんなでクッキー作ってのお茶会に、ぜひ呼ぼうってなっちゃって」
「ええっ!? み、御坂サン……それ、オッケーしちゃった、とか?」
「さすがに男子禁制でしょ、って言ったんだけどね……」
「いやいやいやっ! そんな女子寮になんて無理ですっ! ましてお嬢様たちのお茶会なんて、絶対に無理だって!」

 上条のあわてたような様子に美琴は、――私だってこれ以上ライバル増えるのは勘弁して欲しいわよ、と呟いた。
 そんな呟きも耳に入らぬかのように、はぁっとため息をつく上条。

「それ、間違いなく不幸が待ってるよな? 俺の不幸センサーがバリバリに反応してるんですけど? 頼むからそれはお断りしてくれよな、な? 御坂……」
「それがね、連れてこなかったらこっちから連れに行くってなっちゃって……。黒子が煽ったせいもあるんだけど」
「げえっ!? 白井の奴、なんつーことしてくれるんだよ……」

 上条を愛しのお姉さまから引き離そうと、白井がフラグ乱立作戦を画策していたことなど、二人には知る由もない。

「お前だって俺との関係を直接詮索されることになるんだぞ? 常盤台のエースに……、なんだ、変な虫が……ついてるって、言われるかもしれねえんだぞ?」

 自分で自分のことを変な虫と言って、ちょっと複雑な気持ちになる上条だったが、

「――そんなのは全然気にしてないからいいわよ。それとも何? アンタの学校に常盤台の生徒が押しかけることになってもいいって言うの?」
「お、押しっ!? ちょ、ちょっ! そ、それはマズイ! ひじょーにマズイぞ! そんなことになったら、上条さん、学校から生きて帰れませんからっ!」

 その時は間違いなくクラスどころか学年全体から袋叩きに遭うに決まってる、と上条が唸る。
 顔を右手で拭って、参った、というジェスチャーをする上条に、美琴が更なる追い討ちをかけた。

「――という訳で、今度の日曜日なんだけど、いいかな?」
「い、いきなりかよ、御坂」

 まるで狼の群れに囲まれた、哀れな羊のような心境の上条に、

「んー、確かやり残した罰ゲームがあったわよね?」
「ええっ!? あれって有効なのかよ?」
「んふっ♪ こういう時のためにとってあるのよ! というわけで、よろしくっ!」
「はあ。わかったよ、御坂。――念の為言っとくけど、お茶会のマナーなんて知らねえからな?」
「うんっ! ありがとねっ♪ そんな堅苦しいものじゃないから、そんなの気にしなくていいから大丈夫よ」

 結局のところ、上条は美琴のお願いとあらば、断れない、断らない、断るつもりもないのだが。



「――でもお前、本当に……大丈夫なのかよ?」
「何が?」
「――男子高校生が堂々と常盤台の女子寮なんかに入れてもらえるのかってことだよ」
「何よ。アンタだって、『あの時』は私の部屋に入ったじゃない。おまけに人のベッドの下まで漁って、あの実験資料まで持ちだしてったじゃないの……」

 彼女が言う『あの時』とは、もちろんあの『絶対能力進化実験』の時のこと。
 奇跡的に寮監にも会わず、インターホンに出た白井が、上条をすんなり部屋へと通してくれたからこそ出来たわけだが。

「――女の子の私物を漁るなんて、ちょっとデリカシーに欠けるわよ?」
「いや、あれはそんなつもりなくて、たまたま目に入ったんだよ。そもそも非常時だったんだから……はぁ、勘弁してくれよ」

 昔のことを持ち出され、しゅんとなる上条を見て、ちょっとだけあの時の溜飲を下げた美琴だった。
 まあ済んだことだし、そもそもあのおかげで私も妹達も救われたんだから、と笑みを浮かべていた彼女が、次に放った言葉に上条が固まる。

「――それでアンタのことはね……『許婚』ってことにしといたから」
「は……!?」

 美琴の表情がちょっとはにかんだように見えた。
 だがそれよりも、上条には一瞬何を言われたのか、理解が追いついていかない。

(――コイツは今、なんて言った? 許婚? それって……なんだ? えっと……婚約者ってことだっけ?)

 突然のことで、彼の灰色の脳みそがフル回転をするのだが、理解が追いついていかないのか、何のことやらさっぱりわからない。

「――だから寮監に入寮許可貰うのに、アンタのこと、『許婚』ってことにしたのよ」
「い、許婚って……恋人ごっこの方がまだましじゃねーかよっ!?」
「大丈夫よ。寮のみんなには一応、ボーイフレンドだっていうことにしてあるから」

 すました顔で、パフェを口に運びながら、美琴がしゃあしゃあと言い放った。
 上条はさらに高くなったハードルに、焦ったような表情で、

「――お、お前!? ちょっと……それ……どうすりゃいいんだよ」
「だってしょうがないじゃない。ウチの寮に入るのに、寮監の許可が要るんだもん。友達や恋人はだめだけど、親公認の許婚なら簡単に許可が下りるんだから」
「だ、だからって許婚って!? しかも親公認って……ちょっと、おい!?」
「だーかーらー、大丈夫だって言ってるじゃないのよ! 親公認たって、母さんのところへ確認が行くだけだし、事情だって伝えてあるんだから」
「はあ? そんなこと、美鈴さんに言っちゃってもいいのかよ」

 間違いなく後で十分に弄られるネタになるのだろうと上条は思う。しかも間違いなく、自分の携帯にも電話が掛かってくるパターンだと。

――当麻くーん、美琴ちゃんの許婚になった感想はいかが? うっしっしっ♪ と笑う美鈴の声まで脳内に再現される。

 まあそんな将来も……と思ってはみたものの、いくらなんでも付き合う前にというのは順番が逆だろう、と彼は思う。
 ところが生憎と、生粋のお嬢様学校たる常盤台には、幼少の頃から親の決めた許婚がいる、という事例がちらほらと在ったりもするのだ。
 おかげで彼女もそんなことは、別段気にも留めていないようで。

「母さんだって良いって言ってくれたし。何なら詩菜さんにもお願いしておこうか?って言ってたわよ」
「ちょっと待てええええええ!!!!!!」

 ぜぇはぁと息を荒くして、目の前の少女に掴みかからんばかりの勢いでまくし立てる。

「な、なな、なんでそこにウチの母さんが出るんだよっ!」
「何かね、――どうせならその方が面白いでしょ? だって♪」
「み、美鈴さーーーーん!!!!!」



「――ああ、もう分かったよ。許婚ごっこだろうが恋人ごっこだろうが、こうなりゃなんだってやってやるけどさ」

(こうなっちまうと、いつもの不幸スキル発動で、適当な所でうやむやに終わるのを期待するしかねえよな)

 と半ばやけくその開き直りでもって彼は覚悟を決める。そして、

(いっそドタバタで終わるなら、その時トコトン弾けてしまうってのもいいよな?)

 上条のやけくそのような覚悟が、その後一騒動を巻き起こすことになるのは、これまたいつものお約束なのか。
 そんな未来を予想だにせず、ふたりの前哨戦はまだ終わらない。

「ところで俺のこと、一応、ボーイフレンドだって紹介するって言ったけど、いいのかよ」
「えっ!? なにが?」
「いや、後から実は許婚じゃありませんでしたってバレたりしないのか、ってことだよ」
「んーそうね。口の堅い子ばっかりだし、そんなことは無いと思うけど……。なに? もしかして心配してくれんの?」

 ちらりと片目で彼の顔を窺うような顔をする美琴。その表情に、なにやら薄く笑みのようなものを浮かべていて。

「いや、お前、前にも派閥やら何やらで、気が抜けないとか言ってなかったか? そんなことでつまらないトラブルに巻き込まれる羽目になったりしないのか?」
「んー、別にバレたって、どうせ年が明けたら卒業だから構わないんだけどね。――だったらいっそ、友達にも許婚って紹介しちゃおっか?」

 目の前で薄笑いをしているお嬢様は、この際、徹底的に自分を弄りたいらしい、ということがようやく上条にもわかってきた。
 ならばいつものように、年上の余裕でもってあしらおうと彼は反撃に出る。

「おー、それもいいかもな。――ならその前にプロポーズをしないとな?」
「ふえぇぇっ!?」

 上条からのカウンター攻撃が、ものの見事に決まった。
 事態が飲み込めず、呆然とする美琴に、内心してやったりと、彼は追撃を加えてゆく。

「――あ、プロポーズするためには恋人にならないといけないんだっけ?」
「ふわわわっ!?」

 ニヤリ、と上条が黒い笑みを浮かべた。
 こういう話題を振ると、あたふたとする彼女を見るのが、最近では密かな楽しみでもあるのだ。

「――そうそう、恋人になる前には告白をしなきゃいけないんだよな?」
「んなななっ!?」

 すでに美琴の顔は真っ赤になっていた。
 あわわわ、と言葉にならない言葉を呟きながら、視線をあちこちへ泳がせている。

「――その前にまだあったの忘れてたわ。告白の前に友達でないとだめだよな?」
「ふにゃあああ……」

 頭のからしゅうしゅうと湯気のようなものを上げている美琴に、ちょっとやりすぎたかな、と上条は思ったが、ここまで来て止めるわけにもいかない。
 変な止め方をすれば、却って彼女の反撃を食らいかねないことを、これまでの彼の経験が告げている。

「――ということは、御坂は俺のガールフレンドってことだよな?」
「ふにゃっ!?」
「――おめでとう! 御坂」
「へっ!? ――な、何よ、いきなり……」

 だが理解の速さはさすが超能力者(LEVEL5)と言うべきなのか。
 ようやく彼のからかいがわかってきたようで、美琴はすうはあと大きく息をしながら、気分を落ち着けようとしていた。
 先ほどまでの動揺もなんとか収まってきたようで、ちょっと涙目のまま、上目遣いに上条を睨みつける。
 思いがけぬその可愛らしい表情に、彼はドキッとさせられるが、そんな動揺を悟られぬよう、気持ちを冷静に保とうとして、

「――お、お、俺のガールフレンド第一号だな」
「ひ、ひゃいっ? そそそ、それ、どういう……」
「――ここ、これからもよろしく。ガ、ガールフレンドさん?」
「うぐっ!? ――オイコラ、ちょっと待て!」
「――あー、そ、そういやもうすぐクリスマスだっけー?」
「話をそらすな! って、そっちも大事だけどさ……」
「――そ、そらしてなんかないぞ?」
「アンタ……ちょっと動揺してない?」

 赤くなったり、青くなったり……はしないが、ころころと変わる彼女の表情がいつもより愛らしく思えていたのもつかの間。
 いきなりずいっとテーブルのこちら側へ、身体を乗り出すようにして、美琴が迫ってきた。

「ついでに教えてくれないかなあ? ――第一号って、どういうことよ?」
「――あ……あるぇ?」

 やはり彼はちょっと調子に乗りすぎたらしい。




「第一号ってことは、第二号、第三号がいるってことよね?」
「あー、いや、その、まあ、なんでせう……」
「つまり、アンタの言い方だと、告白してもいい相手が何人もいるってこと、な・の・よ・ね?」
「いやいや、御坂さん? 決してそういう意味では……」

 ここでお前しかいないと言えればよかったのだろうが、今の上条にはまだそこまでの決心も心構えも出来ていない。
 そんな彼の内心を知ってか知らずか、美琴がジト目で睨みつけくる。
 その背後から、ゴゴゴゴとなにやら不穏な効果音が聞こえてきそうな、真っ黒いオーラを立ち上らせながら。

「これはちょろーっと、詳しく聞かせてもらわないと、い・け・な・い・の・か・し・らぁ?」

(こっ、これは……か、母さんが父さんに見せる顔と同じっ!? )

 もし自分たちが一緒になったとしたら、その将来像がすぐ身近にいたことに気がついて、彼は軽く目眩を覚えたような気持ちになった。
 母親は、よく父親にモノを投げつけるらしいのだが、目の前の彼女は、自分に『能力』をぶつけてくるのだ。

(いや、今でもよくやるから、今と変わらないって事なのか。はあ……)

 なんとなく安心したような、それでいてちょっと残念な気持ちになるのはなぜなんだろう、と彼は不思議に思う。
 そんな彼の葛藤をよそに、美琴は顔を赤くさせて俯き加減のまま、わなわなと肩を震わせていたが、その内に何かを思いつめたように話しだした。

「……私……決めた」
「はい!?」
「――今から、アンタんちでご飯作って、この続きをじっくりと聞かせてもらうことにしたから」
「げぇっ!?」
「回答次第じゃ……、今夜は帰らないから」
「はああああ?」

 赤くなった顔を、じっと上条の方へと向けているのは、怒りなのか、それとも……。

「おい、ちょっと待てって!」
「何よ。なんか文句でもあるの?」
「いや、その回答次第ってのは何なんだよ? なんだか嫌な『今夜は帰らない』だよなあ」
「なななななっ!?」

 何気なくもらした上条の言葉に、美琴の赤かった顔が、更に赤さを増していくように見える。

(御坂の顔が赤いのは……やっぱり相当怒っているからか? 店の中だから雷撃を放つことはないだろうけど……)

 店の中にいるおかげで、電撃を食らわずに済んでいるという「勘違い」のおかげなのか、上条には自分が冷静でいられるような気がしている。

「すまん、御坂。怒らせたのは悪いと思うが、その、なんだ。せめて回答次第って、どういうことなのか教えてくれよ」
「べっつにぃー。言葉のとおりアンタの答え次第ってことよ」
「答えってもなあ。そもそもお前、門限はどうするんだよ? 明日だって学校じゃないのかよ?」
「ウチは明日、一端覧祭の振替休日だから。それに門限なんて、黒子に手伝ってもらうから気にしないで」

 どうやら自分は、このお嬢様の何かを刺激してしまったらしい、ということだけは理解できた。

(もしかして『許婚ごっこ』に備えて、変な誤解をしなくていいようにきっちり話をしておこうってことか……)

 美琴の意図が、自分が思った通りであるなら、そんな大事にはならないかもと彼は思う。
 それにインデックスもいるから、二人っきりってことにならないだろうし、という保険のような安心感もあった。



(ちょっとからかいすぎて、アイツのプライドを刺激しちまったか。いずれにせよ、門限までには帰らせないとまずいよな)

「まあ、俺も明日は休みだけど、午前中は補習があるからな。ご飯はありがたいけど、やっぱり門限までには帰らないとな?」
「……嫌……」
「嫌って、あの御坂さん?」
「……アンタの答えを聞かせてもらうまでは帰らない」
「…………」

 言い出したら聞かないのは、今までのことでもよくわかっている。
 なにより彼女と一緒にいられる時間が長ければ、彼にとっても本当は嬉しいことなのだ。

「――わかった。お前の期待するような答えかどうかはわかんねえけどな」

 こうして彼女の隣にいることが、ずっと上条が欲しかった日常だった。
 記憶を失ってから、初めて美琴と一緒に歩いたあの夏の日の帰り道に感じたこと。
 インデックスを守ってやりたいと思った時から始まった、彼の『非日常』の世界は、こうして美琴と一緒に過ごす『日常』の世界があったから、ここまで無事に乗り越えられて来たのだ。
 好きだとか、守りたいとかという思いを抜きにしても、御坂美琴が自分の世界に不可欠だということだけは、きちんと伝えるべきなのだろう、と思う。

「……うん、ありがと」
「ならインデックスが待ってるだろうから、買い物行こうぜ?」
「うん!」

 やっといつもの笑顔に戻った彼女が、上条には本当に眩しく感じられた。
 彼も残っていたミルクティをごくり、と飲み干すとさりげなく美琴を見やる。
 すでにパフェを平らげて、同じようにミルクティを飲み干した彼女と目が合った。
 何かを覚悟したようなその瞳の強さに、彼は再びドキリとさせられる。

(――それでもその先の言葉は、まだ言えねえし、言わせられねえ……よな。だったら……)

「――あのさ、俺、御坂に頼みがあるんだが……」

 上条からの意外な問いかけに、美琴がすこし驚いたような顔をした。

「――今度のお茶会に着ていく服を選んでくれねーかな」
「服って、そんなのなんだって構わないわよ」
「それでもお前の寮へ行くのに、変な服装で行って、御坂に恥をかかせちゃまずいと、上条さんとしては思うわけですよ」
「別に気にしなくていいわよ。そんな大層なお茶会じゃないんだから」
「そうは言っても、お前の『許婚』ってことになってるのなら、そういうわけにもいかねえだろ? それにお前のセンスなら、俺なんかよりずっと頼りになるって思うし」

 美琴の表情が、ぱあっと花が咲いたように一気に明るくなった。

「わ、私でいいの? でももしかしたら子供っぽくなっちゃうかもよ?」
「そんなに気にしねえって。出来れば今ある服でコーディネートしてくれれば助かるけどさ。――良いのがなければ、明日の午後にでも、買い物に付き合ってくれよ」
「ねえ。それって、デートのお誘い?」
「ちゃんと門限を守る人へのご褒美だな」
「ちぇっ。ずるーーい!」

 美琴がちょっと口を尖らせて、愛くるしい仕草を見せたかと思うと、すぐに――だったら早く行かなきゃ、と言いながら上条の手を引っ張る。
 そんな彼女につられてか、いつの間にか上条も、嬉しそうな顔になっていた。
 うきうきとした、屈託のない笑顔を見せる彼女には、上条とて逆らう気なんて起きないのだから。

「――ありがとうございましたーー」

 会計を済ませて、楽しそうに語り合いながら揃って喫茶店を出て行くふたり。

「もう。早く早くう! 時間がもったいないから、さっさと行くの!」
「――おいおい、わかったから。ちゃんと行くから、そんなに腕、引っ張んなって」

 美琴が上条の腕を引っ張りながら、足取りも軽やかに夕暮れ迫る街中を行き過ぎる。
 木枯らしが二人の間をすり抜けるように吹きすぎても、二人にはなぜだか、それほど寒く感じられなかった。


~~ To be Continued ~~





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