お弁当編
「いらっしゃいませーー」
衣替えも終わり、すっかり装いも変わったとある秋の日の放課後。
たくさんの学生たちが行き過ぎていく、ここ学園都市第7学区の表通りに面した瀟洒な喫茶店。
たくさんの学生たちが行き過ぎていく、ここ学園都市第7学区の表通りに面した瀟洒な喫茶店。
――待ち合わせなんで、と出迎えたウェイトレスに告げて、いつもの窓際の、いつもの席にやってきたとある高校二年生、上条当麻。
「お疲れさま。今日は珍しく早かったのね?」
まるでどこぞの新婚夫婦のような会話で迎えたのは、常盤台中学三年生、超能力者『超電磁砲』こと御坂美琴。
そんな彼女に上条は、
そんな彼女に上条は、
「おう。最近は補習に出なくて済むようになったからな……」
――ホットひとつ、とお冷を持ってきたウェイトレスにオーダーを入れる。
「――これも御坂センセーのおかげだよ」
ニカリとその満面の笑みを美琴へと向けた。目の前の専属家庭教師のおかげで、以前に比べて格段に成績も良くなり、テストの赤点も補習授業もかなり減った上条。
小萌先生は喜んでいたが、クラスメイトからはなぜだか疑惑と嫉妬、羨望の眼差しを向けられることになってしまった。
それでも努力の成果が、こうして目に見える形で現れることで、上条の喜びにも拍車がかかる。
彼の喜びに溢れた笑顔は、こうやって美琴の心にじんわりと温かい灯を点していくのだ。
自分に向けられる笑顔に、もちろんカァッと頬が火照るほどの恥ずかしさと照れくささを感じる一方で、彼の役に立てたという嬉しさがそれを上回る。
だからこそ美琴は、
小萌先生は喜んでいたが、クラスメイトからはなぜだか疑惑と嫉妬、羨望の眼差しを向けられることになってしまった。
それでも努力の成果が、こうして目に見える形で現れることで、上条の喜びにも拍車がかかる。
彼の喜びに溢れた笑顔は、こうやって美琴の心にじんわりと温かい灯を点していくのだ。
自分に向けられる笑顔に、もちろんカァッと頬が火照るほどの恥ずかしさと照れくささを感じる一方で、彼の役に立てたという嬉しさがそれを上回る。
だからこそ美琴は、
「よかった。そう言ってもらえると……」
この喜び溢れる気持ちを、
「――私も教え甲斐があるわ」
感謝の微笑に託して彼に伝えようとした。
そんな彼女に見つめられた上条は、
そんな彼女に見つめられた上条は、
「――お、おう……」
そう一言だけ答えると、押し黙ってしまった。
彼の頬が紅く染まっているように見えるのは、秋の夕陽を浴びている所為だけではないのだろうか。
彼の頬が紅く染まっているように見えるのは、秋の夕陽を浴びている所為だけではないのだろうか。
「…………」
「…………」
「…………」
まるで天使が通り過ぎたように、ぎこちない沈黙が二人を包み込む。
お互いに相手を意識してしまっているのに、そのことを気取られまいと思ってはみたものの。
お互いに相手を意識してしまっているのに、そのことを気取られまいと思ってはみたものの。
(と、当麻の顔が赤いのって、もしかして意識してる……んだよね? でもコイツに限って、そんなこと……。本当はどう……なのかな?)
少しでも身動きをすれば高鳴る胸の鼓動が、もしかして相手にも聞こえるんじゃないかと思えて、内心の焦りをなんとかしようと、
(いよいよ上条さんにも春がっ!? いや、御坂は面倒見がよくて、優しいだけなのかもしれないしな。でも……本当はどうなんだろう?)
それでも何かを言わないと思い、
「――あ、あのなっ!?」
「――あ、あのねっ!?」
「――あ、あのねっ!?」
言葉が被さって、またもや振り出しへと戻る二人。
「「…………」」
が、その時やっと、
「お待たせしました。ホットコーヒーのお客様」
「――! あ、はい、こっちです」
「……はぁ」
「――! あ、はい、こっちです」
「……はぁ」
ウェイトレスの介入によって、無事に心の平穏への入り口へ辿り着くことが出来た。
やっといつもの調子に戻った二人は、何も無かったかのようになごやかな談笑を始めていた。
突然――そうそう、と何かを思い出したように、上条がごそごそとかばんの中を漁っていたが、やがて取り出したのは、
突然――そうそう、と何かを思い出したように、上条がごそごそとかばんの中を漁っていたが、やがて取り出したのは、
「これ、今日のお弁当箱。いつもありがとな」
「あ、ど、どうだったかな? 今日の出来の方は……?」
「あ、ど、どうだったかな? 今日の出来の方は……?」
今朝、美琴から渡されたお昼のお弁当箱だった。
献立はハンバーグに人参のグラッセ、ポテトサラダに青菜の胡麻和え。ぎっしり詰められた茶碗三杯分のごはんは、食べ盛りの男子高校生にも十分なほどの量。
彩りにも栄養にも細かな気配りがされ、見るからに愛情込めました的なその内容に、
献立はハンバーグに人参のグラッセ、ポテトサラダに青菜の胡麻和え。ぎっしり詰められた茶碗三杯分のごはんは、食べ盛りの男子高校生にも十分なほどの量。
彩りにも栄養にも細かな気配りがされ、見るからに愛情込めました的なその内容に、
「ああ、今日も最高だった。ハンバーグはお肉たっぷりだし、人参も甘くてうまかった。ポテトサラダの酸味は程良いし、胡麻和えも香りがあってよかったよ。ご飯の量もちょうどだったし。ご飯の間の海苔とおかかの加減も良かった」
よかったあ、と言いながら、にこにこ顔で空っぽの弁当箱を受け取る美琴。ご飯の間に敷き詰めた海苔とおかかで、「LOVE」の文字を書いておいたのは内緒だ。
(――子供に『お弁当、全部きれいに食べられたよ』と言われたらこんな気持ちなんだろうな。えへへ、コイツとの子供かぁ。女の子だったら名前は麻琴よね。男の子なら何が良いかな。コイツにお弁当渡して、『はい、当麻。今日のお弁当よ』『お、いつもありがとな。美琴の愛妻弁当はいつも美味いもんな』『うん、麻琴もママのお弁当、大好き!』『ほらほら、二人とも遅れるわよ』『『行ってきまーす』』……なんてね! なぁんてね!! なぁぁんてねぇぇええ!!!)
妄想を暴走させている美琴が、上の空でニヤニヤとしているのを見た上条が、
「――おい、美琴? 耳からなんか垂れてるぞ?」
「……ふぇっ!? ええっ?」
「……ふぇっ!? ええっ?」
そんなバカなと、あわてて耳を押さえた美琴を見て、ケラケラと笑った。
「まーたミコっちゃんは違う世界に旅立ってたのかよ?」
「だからミコっちゃん言うな。――別に良いじゃない。ちょっとぐらい夢、見させてもらったって」
「ちょっとぐらいってな、御坂。いったい普段からどんな夢、見てんだよ。それこそ耳から何かヤバいものが垂れてそうだぜ?」
「だからミコっちゃん言うな。――別に良いじゃない。ちょっとぐらい夢、見させてもらったって」
「ちょっとぐらいってな、御坂。いったい普段からどんな夢、見てんだよ。それこそ耳から何かヤバいものが垂れてそうだぜ?」
――もう、と言って赤い顔でふくれっ面のまま俯いてしまった美琴に、上条は言葉とは裏腹に優しい微笑を向けていた。
が、すぐにその表情が消えたかと思うと、うらやむような言葉を漏らす。
が、すぐにその表情が消えたかと思うと、うらやむような言葉を漏らす。
「――でも将来の夢があるのは、ちょっとうらやましいと思うな」
どことなく諦めたような面持ちのまま、小さく息を吐いた。
彼の言葉に美琴がはっと顔を上げた時、目にした少年の表情に切なく胸を締め付けられて、思わず彼の手をとってしまっていた。
彼の言葉に美琴がはっと顔を上げた時、目にした少年の表情に切なく胸を締め付けられて、思わず彼の手をとってしまっていた。
「アンタに……将来の夢はないの?」
「――全部、忘れちまったからさ」
「――全部、忘れちまったからさ」
ぽつりとつぶやくような彼の言葉が、美琴の胸に突き刺さる。彼の手を握る手に思わず力が入っていた。
過去の記憶も、自分の進みたい道筋も失って、それでも今を一生懸命生きようとしている上条を強い、と思えた。
だからこそ彼は、いつだって真っ直ぐに信じる道を突き進むことが出来るのだろう。
美琴はそんな上条のことを、今では恋しているだけでなく尊敬だって、信頼だってしているのだ。
過去の記憶も、自分の進みたい道筋も失って、それでも今を一生懸命生きようとしている上条を強い、と思えた。
だからこそ彼は、いつだって真っ直ぐに信じる道を突き進むことが出来るのだろう。
美琴はそんな上条のことを、今では恋しているだけでなく尊敬だって、信頼だってしているのだ。
「あー、でも心配すんなよ。失くしたのは昔の夢なんだし、忘れちまっても、もう一度探したらいいかって思ってるからな」
失った将来の夢を、もう一度探すという彼の言葉に、あの日の妹の言葉が思い出されていた。
――生きると言う事の意味を見出せるよう、これからも一緒に探すのを手伝ってください。
あの日、美琴へと向けられた妹達の願いを、姉として聞いてやることが出来たのも、元はといえばこの少年のおかげなのだ。
だから迷うこと無く、美琴は上条に寄り添いたいと思い、そうすることが自分の願いであることも分かっている。
――生きると言う事の意味を見出せるよう、これからも一緒に探すのを手伝ってください。
あの日、美琴へと向けられた妹達の願いを、姉として聞いてやることが出来たのも、元はといえばこの少年のおかげなのだ。
だから迷うこと無く、美琴は上条に寄り添いたいと思い、そうすることが自分の願いであることも分かっている。
「ね、アンタの将来の夢探し、私も手伝って、いいかな? ――ううん、私にも手伝わせて欲しい」
「御坂……」
「誰一人欠けることなく、何一つ失うことなく、みんなで笑って帰る。あの時はアンタの夢を守ることも、妹達を助けることも私一人では出来なかったけど……」
「御坂……」
「誰一人欠けることなく、何一つ失うことなく、みんなで笑って帰る。あの時はアンタの夢を守ることも、妹達を助けることも私一人では出来なかったけど……」
あの忌まわしい実験を止めようとした時、自分の無力さに心折れかけたこともあったが、今は彼の力になれるなら、何度だって立ち上がれそうな気もしていた。
「――それでも私、やっぱりアンタの力になりたい。アンタの夢だったら、私も一緒に見てみたいなって思うの」
真っ直ぐな目で、じっと見つめてくる彼女の瞳に彼はそれ以上何も言えなかった。
ただ彼女の思いやりと優しさが心に沁みて、上条は胸が詰まるような感覚に思わず涙腺が緩みそうになる。
ぐっとこらえたが、もしかすると目尻に溜まった滴ぐらいは彼女に見られたかもしれない。それでも不思議と彼の心に恥ずかしさや照れくささは無かった。
もし自分にも夢が持てるなら、この想いの行く先を将来の夢にするのも悪くないなと思えて、
ただ彼女の思いやりと優しさが心に沁みて、上条は胸が詰まるような感覚に思わず涙腺が緩みそうになる。
ぐっとこらえたが、もしかすると目尻に溜まった滴ぐらいは彼女に見られたかもしれない。それでも不思議と彼の心に恥ずかしさや照れくささは無かった。
もし自分にも夢が持てるなら、この想いの行く先を将来の夢にするのも悪くないなと思えて、
「ありがとうな、御坂。――お前が一緒なら、俺にも将来の夢、見つかりそうな気がするよ」
感謝と、「この」気持ちを込めた言葉を送った。
「ううん。こちらこそありがとうね。そう言ってもらえて本当にうれしい」
上条の言葉を受けた美琴は、ずっと上条の手を握っていたことに気がついた。
いつもなら意識をしただけで気恥ずかしさと照れくささが沸騰し、大きく感情を揺さぶって、彼女の心を羞恥の色で塗りつぶしてしまう。
なのに今、この瞬間だけは、手のひらを通して伝わってくる上条の手の温もりが、美琴の心を柔らかく解していくのだ。
いつの間にか上条のもう片方の手が、美琴の手に重ねられている。
更なる温もりが加わり、彼女の心がほんのり幸福色に染められて、このままこうして居たいと素直に思えていた。
いつもなら意識をしただけで気恥ずかしさと照れくささが沸騰し、大きく感情を揺さぶって、彼女の心を羞恥の色で塗りつぶしてしまう。
なのに今、この瞬間だけは、手のひらを通して伝わってくる上条の手の温もりが、美琴の心を柔らかく解していくのだ。
いつの間にか上条のもう片方の手が、美琴の手に重ねられている。
更なる温もりが加わり、彼女の心がほんのり幸福色に染められて、このままこうして居たいと素直に思えていた。
「――なあ、御坂」
優しそうな上条の声が美琴の耳朶をくすぐるように聞こえてくる。
「お前の夢って、どんなんだ? もし出来れば、参考までに聞かせて欲しいんだ」
それはまるで愛のささやきのように、彼女の心に真っ直ぐに響いた。
「私の夢? ――やりたいことやなりたいもの、いろいろあるけどね」
一番は当麻と結ばれることよ、と美琴は思ったが、同時に、上条にこの気持ちを打ち明けたい、という願いも大きく膨らんでいることに気が付いた。
「そっか。お前の夢って一つだけじゃないんだな」
「そうよ。人それぞれ、いろんな夢があるんだから」
「いろんな夢、ねぇ」
「そうよ。人それぞれ、いろんな夢があるんだから」
「いろんな夢、ねぇ」
彼は自分のこの気持ちに気付いているのかな、と思いながら、果たして今ここでそれを打ち明けて良いものか迷っていた。
だが思い切りの良さ、というのも彼女の美点の一つだ。
この瞬間に、美琴は――よし、と覚悟を決める。
だが思い切りの良さ、というのも彼女の美点の一つだ。
この瞬間に、美琴は――よし、と覚悟を決める。
「どうしても……聞きたい?」
そう聞いてきた彼女に、上条は少し迷ったような顔をしていたが、
「――やっぱりやめておくよ」
「えっ!?」
「えっ!?」
あっさり肩透かしをくらったようで美琴は戸惑った。と同時に胸が何かに塞がれたような感覚に襲われる。
冷たく大きな塊のようなものを感じて、息が詰まるような苦しさを覚えたが、
冷たく大きな塊のようなものを感じて、息が詰まるような苦しさを覚えたが、
「あー、勘違いするなよ、御坂。俺は聞きたくないんじゃなくて、今はまだ聞かないほうが良いって思ったんだからな?」
急に沈んだような表情に変わった美琴に、上条は慌てて言葉を繋ぐ。そうして今度は誤解を与えぬように、じっと美琴の瞳を見つめながら言葉を添える。
だから彼女には、彼の真意は拒絶するような決して厳しいものではなく、まだその時じゃないと優しく教え諭しているように思えた。
だから彼女には、彼の真意は拒絶するような決して厳しいものではなく、まだその時じゃないと優しく教え諭しているように思えた。
「――だからもう少し後。そうだな、御坂が中学を卒業する時に教えてくれよ。その時だったら、多分、俺にも将来の夢が見えるような気がするんだ」
上条の真摯な言葉が、美琴の胸をふさぐ冷たい塊を一瞬で溶かしてしまった。
彼が言わんとしていること。それはおそらく……そうなんだろう、と美琴には思えた。はっきりとした確証は無いが、それは彼なりの責任感のようなものだと感じられた。
上条がそのつもりなら、今ここで無理に打ち明けることもない。これは「その時」が来るまで、この想いとともに胸の中に大切にしまっておくのだと決めた。
彼が言わんとしていること。それはおそらく……そうなんだろう、と美琴には思えた。はっきりとした確証は無いが、それは彼なりの責任感のようなものだと感じられた。
上条がそのつもりなら、今ここで無理に打ち明けることもない。これは「その時」が来るまで、この想いとともに胸の中に大切にしまっておくのだと決めた。
「うん、わかった。そうする。――それまで無くさないように、大切にしまっておくことにするね」
「すまねえな……。せっかくの気遣い、ふいにしちまって」
「すまねえな……。せっかくの気遣い、ふいにしちまって」
すまなそうな顔の上条に、美琴はにこり、と優しく笑いかけた。
「だったら、その時はアンタの夢も教えてね?」
この瞬間、上条には夢の一つがぼんやりとその形を見せたような気がしていた。それは繋がった手を通して伝わってくる彼女の温もりからも感じられるように思えて。
彼女の夢と、自分の夢が交差することがあれば、その時こそ二人が望む未来を見られるのだろう、と。
彼女の夢と、自分の夢が交差することがあれば、その時こそ二人が望む未来を見られるのだろう、と。
「ああ、もちろんだ。それまでに、ちゃんと見定めておくからな」
「うん。楽しみに待ってる」
「うん。楽しみに待ってる」
交わる視線に迷いはなく、ここから続く道筋がはっきりと見えたようにも思えた。
「――ところで、いつまでこうしていればいいのでせう?」
「ふぇっ!?」
「ふぇっ!?」
がっちりと握り握られた手は、お互いの意思でしか離せない。
我に返ったように、二人は今まで握り合っていた手を慌てて離すと、何事も無かったかのように、椅子に座りなおした。
そうしてまた視線を合わせたら、
我に返ったように、二人は今まで握り合っていた手を慌てて離すと、何事も無かったかのように、椅子に座りなおした。
そうしてまた視線を合わせたら、
「うふふっ」
「あははっ」
「あははっ」
なぜだか気分が楽しくなってきて、笑みが零れてきた。
恋人のような甘い高揚感は無いが、この未満な関係がなんだか気軽に思え、肩の凝らない心の距離が気持ちよく感じられる。
恋人のような甘い高揚感は無いが、この未満な関係がなんだか気軽に思え、肩の凝らない心の距離が気持ちよく感じられる。
「なあ、今度の日曜日、暇ならどっかへ出かけないか?」
「ええっ!? ――それって、デートのお誘い?」
「ええっ!? ――それって、デートのお誘い?」
いつもと違って恥ずかしがらず、ニヤリと挑戦的に笑う美琴に、上条はとぼけた顔で、
「んーどうだろう。どうするのがいい?」
こちらも負けじと笑みを返す。
そんな上条の挑戦なんぞ、歯牙にもかけないような余裕でもって美琴は応じる。
冷めかけたカフェオレに口をつけながら、彼女は言った。
そんな上条の挑戦なんぞ、歯牙にもかけないような余裕でもって美琴は応じる。
冷めかけたカフェオレに口をつけながら、彼女は言った。
「そうね……アンタの好きにしたらいいわよ? ――ところであの子はどうするの?」
「うっ……」
「うっ……」
思いもかけない美琴の態度に、上条はちょっと意外そうな顔をした。
ちょっとしたおふざけのつもりが、いつの間にか真面目な話に変わっていたことに彼は戸惑っているのだ。
ちょっとしたおふざけのつもりが、いつの間にか真面目な話に変わっていたことに彼は戸惑っているのだ。
「――どうしようか。さすがにほったらかしもなんだしな……。いつものように小萌先生にでも頼もうか?」
「だったら……一緒に行きましょうよ。私なら構わないわよ?」
「だったら……一緒に行きましょうよ。私なら構わないわよ?」
今度は慈母のような微笑を彼に向けていた。
そんな彼女に、上条は参りましたと言わんばかりに、大きくため息を吐く。
そんな彼女に、上条は参りましたと言わんばかりに、大きくため息を吐く。
「やっぱりお前にゃ敵わねーよ。――すまんがインデックスも頼むわ。最近アイツとも遊んでやってねーから、こういうのもたまにはいいかもな」
彼の降伏宣言に、ふふっと勝ち誇ったように笑う美琴。
「じゃ、お弁当たっぷり作って持っていくわよ。行き先はアンタ考えなさいよ。なんなら遊園地でもいいけど?」
「そうだな、そうすっか? ――俺、からあげが食べたいな」
「――うん。わかった……」
「そうだな、そうすっか? ――俺、からあげが食べたいな」
「――うん。わかった……」
美琴は上条からのおかずリクエストを受けたことに、ほんのりとした幸せを感じていた。
甘いカフェオレのような『自分だけの現実(もうそう)』がまた一歩、実現へと近づいたように思えて、にんまりとして頬を緩めていたが、
甘いカフェオレのような『自分だけの現実(もうそう)』がまた一歩、実現へと近づいたように思えて、にんまりとして頬を緩めていたが、
「なんかさ、お前。すっかりお嫁さんモードだよな」
その途端、美琴は飲んでいたカフェオレを噴きだした。
「ぶふぉっ! げほげほげほっ!!?」
「――うおいっ!?」
「――うおいっ!?」
上条は慌ててハンカチを取り出すと、むせ返る美琴に渡す。
受け取ったハンカチで口と鼻を押さえて咳き込んでいた彼女だが、やがてはあはあと息を整えると、
受け取ったハンカチで口と鼻を押さえて咳き込んでいた彼女だが、やがてはあはあと息を整えると、
「こ、この、バカッ!」
美琴が弾けるような音とともに向けてきた電撃を、さっと右手で軽く消し去ると、上条はニヤニヤとした笑みを向けた。
「やっぱりいつものミコっちゃんだ」
「うっ、うるさいっ! ア、アンタが変なこと……言うからでしょ。もう」
「うっ、うるさいっ! ア、アンタが変なこと……言うからでしょ。もう」
そう言うと美琴は、はにかみながらも咳き込んで出た涙を目尻に溜めて、上目遣いに彼を睨みつけた。
すっかり油断をしていた上条は、そんな彼女の仕草と表情にドキリ、と胸を震わされる。
頬を染め、涙を浮かべ、上目遣いに可愛らしく睨んでくる美琴の表情に、思わず見惚れてしまっていた。
すっかり油断をしていた上条は、そんな彼女の仕草と表情にドキリ、と胸を震わされる。
頬を染め、涙を浮かべ、上目遣いに可愛らしく睨んでくる美琴の表情に、思わず見惚れてしまっていた。
「ああ、ご、ごめん……」
どきどきと高鳴る胸の鼓動が抑えられなくて、思わず抱きしめたくなる誘惑に駆られる。
「――あ、の……」
何かを言おうとして、言葉にならない。咽喉は一瞬のうちに渇き、胸がきゅんとして甘い痛みを訴える。
もしこのテーブルが無かったら、と残念に思う一方で、おかげで誘惑に負けずにすむのだと、ほっとしたような気持ちも抱いていた上条。
そんな彼のどぎまぎとした様子に気付いたのか、
もしこのテーブルが無かったら、と残念に思う一方で、おかげで誘惑に負けずにすむのだと、ほっとしたような気持ちも抱いていた上条。
そんな彼のどぎまぎとした様子に気付いたのか、
「アンタ、いったいどうしたのよ?」
美琴が獲物を見つけた猫のような目付きに変わっていた。
「――ッ! なな、な、なんでもないっ。なんでもないぞっ!」
「なに? ――もしかして、この美琴センセーの魅力に気がついたのかなあ?」
「――う、うるせえ……」
「なに? ――もしかして、この美琴センセーの魅力に気がついたのかなあ?」
「――う、うるせえ……」
ニヤニヤとする美琴の視線を逸らすかのように、上条は無言でそっぽを向くが、それでも顔の赤みは消すことが出来なかった。
「もしかして……図星? へえー、アンタって中学生に手を出すすごい人なの?」
「――くそっ、年上の高校生をからかいやがって。覚えてろよ」
「――くそっ、年上の高校生をからかいやがって。覚えてろよ」
照れ隠しにもならないような呟きを漏らしながらコーヒーを啜る上条。
そんな彼を、まるで猫が獲物をいたぶるかのように美琴が絡んでいく。
そんな彼を、まるで猫が獲物をいたぶるかのように美琴が絡んでいく。
「もしかしてワタシ、何かされるの? きゃーこわーい……なーんちゃってね! アンタだってそんな度胸も無いくせにぃ」
「お、俺だってその気になりゃ……お、狼になってしまうかもしれないんだぞ?」
「お、俺だってその気になりゃ……お、狼になってしまうかもしれないんだぞ?」
きっとなって睨みつける上条に向かい、美琴はその瞳に視線を合わせた。
「うふふっ。意気地なしさん、やれるものならやってみなさいよ」
「その減らず口、いつか塞いでやるからな」
「その減らず口、いつか塞いでやるからな」
絡み合った視線を逸らそうともせず、じっと見つめあう二人。
やがて美琴は、にっこりと満面の笑みを彼へと向けた。
やがて美琴は、にっこりと満面の笑みを彼へと向けた。
「――なら……ずっと待ってるからね。優しい狼さん?」
~~ To be Continued ~~