とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

14章-1

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匿名ユーザー

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14章 帰省2日目 観覧車


1/3 AM12:20 曇り


当麻「それでだけど、まず何乗りたいワン!?」
乙姫「私観覧車が良いニャー!!」
当麻「観覧車ぁ? いいだけ並んだ後何十分と箱の中に居るのが楽しいのかワン? とりあえず始めは
   ヘロヘロになるまで絶叫系だろ、ワン?」
乙姫「おにーちゃん、そういうのは男友達とやって欲しいニャー」
当麻「とか何とか言って、ひょっとして怖いんだろワン?」
乙姫「そんなことないニャー。私高いところ好きだし、友達とジェットコースター耐久勝負だってしたことあるニャ。
   でも、そういうことじゃニャいでしょ?」
当麻「……、どういうことワン?」
乙姫「もう、おにーちゃんってホント察し悪いよね……ほら、あの高さならおにーちゃんちも見えるかもしれないニャー」
当麻「さすがに無理じゃねーかワン。高いっつってもさすがに隣町まで見えるほどじゃねーだろうし。
   なあ、みさ……えっと、みーちゃんは何乗りたいワン?」
美琴「……私が悪かったから、いい加減その語尾やめてよ」

 やけくそ気味のテンションの二人に、御坂美琴は少しげんなりする。
 園内を適当にブラブラ歩いた三人であるが、現在上条当麻の頭に犬耳、御坂美琴の頭に猫耳、そして竜神乙姫の
頭にもニャーラちゃんの猫耳がのっていた。もちろん、せっかくだからと美琴が半ば強引に被せたものである。
 それからというもの、不本意な羞恥心に見舞われた二人は当てつけるようにずっとこんな感じだった。

当麻「わんわん!! 俺達は遊園地を心の底から楽しむためにキャラクターに成りきってるんじゃねーかワン!!」
美琴「ポチタは語尾にワンなんて付けないわよ!!」
乙姫「うわ、もうキャラ設定把握してる!?」

 三人はとりあえず何に乗るかを決めようと丁度空いたベンチに腰掛け、美琴の持っていたパンフレットを眺め始める。
 家族と合流しなければならないから、出来ればサクサクこなせるアトラクションで、本命以外。そう言う基準で選ぼう
としたのだが、

当麻「ん……ああ、俺だ」

 上条の携帯から電子音が鳴った。
 相手は上条刀夜。

刀夜『おう。楽しんでるか?』
当麻『いや、ちょっとあって、まだ乗る前』
刀夜『そうか。すまんが父さん達はもう少し掛かりそうだ。お昼も過ぎるかもしれないから、父さん達の事は気にせず
   楽しんでいなさい』

 刀夜の用事は仕事絡みだろうと当たりを付けていた。
 だから上条は大した驚きもなく受け止める――――はずだった。

当麻「!?」

 その時、電話の向こうから不穏な音が響く。
 バリン。ガシャン。と、何か大きな物が割れる音。コップが割れたくらいではまず出ないだろうというような、深刻めいた音。

刀夜『母さんと美鈴さんは、父さんより早く行けるかもしれん』

 刀夜の語調が不自然に上がる。
 きっと彼にも聞こえているはずなのに。まるで何事も無かったかのように話を続ける。

当麻「何かあったのか?」
刀夜『いや……、大したことじゃない。仕事の用事だよ』
当麻「え?」
刀夜『すまん、また連絡する』

 話が噛み合ってない。いや、はぐらかされたのだ。

当麻「待っ、」

 そう気づいたときには既に電話が切られた後だった。

乙姫「何て?」

 親連中の誰かだろう。そう思って乙姫は尋ねる。

当麻「ちょっと遅くなるってさ」

 もちろん上条は今の電話を不審に思ったが、思ったところで何かが分かるわけでもない。
 だから努めて普通に返答した。無駄に心配させてもしょうがないだろう。
 しかし上条の優しさも虚しく、乙姫はあからさまに不満そうな顔をする。

乙姫「えー。隊長まだ来ないのー? 私だけじゃ荷が重いよー」
当麻「隊長?」
美琴「わー!! 何でもない何でもないわよ何でもないのよねー乙姫ちゃん!!!」
当麻「あん?」

 と、そこでまた電話。
 刀夜がまた掛けてきたのか、と一瞬思ったが違った。
 画面表示を見た上条は訝しげな顔を美琴に向ける。




当麻「…………」
美琴「何よ。さっさと出れば?」

 その言葉を受けて、上条はゆっくりと電話に出る。
 普通の電話ならそろそろ切れそうなタイミングだったが、幸い相手はまだ待ってくれていた。

当麻「……へ? だってお前……ああ、うん……うん……、分かった」

 電話口を手で隠した上条が、乙姫に申し訳なさそうな顔を向ける。

当麻「悪い、ちょっとここで待っててくれるか?」
乙姫「え? うん」

 言い残し、上条は電話を続けながら公衆トイレの脇にある茂みへとフラフラ歩いて行く。周囲からよく目立つ
ツンツン頭と情けなく垂れた白い犬耳であるが、それも徐々に二人の視界から見えなくなった。

乙姫「おじさんかな? ……何か変な顔してたけど」
美琴「ま、アイツのことは放っておいて、私達は何に乗るか決めちゃいましょ。時間もったいないし」

 何となく上条の背中を目で追っていた乙姫だったが、美琴に言われるといつも通りの明るい顔を見せた。
 二人で改めてパンフレットを覗き込む。

乙姫「そだね。おねーちゃん何乗りたい? 苦手なものとかある?」
美琴「私は観覧車でも絶叫系でも構わないわよ? 特に苦手とかそういうのは無いし」
乙姫「だよね。おねーちゃん、普段の日常がジェットコースターみたいに激しそうだし」
美琴「あはは、そんなことないわよ……」

 実際はジェットコースターより激しかったりするが、言ってもしょうがない。

乙姫「……でもそうなるとやっぱ観覧車かなぁ? 絶叫系とかお化け屋敷も捨てがたいけど」
美琴「別にそこまで悩まなくても、乙姫ちゃんが乗りたいもので良いわよ? どうせどれでもある程度は並ぶし、
   適当に決めちゃいましょ。あ、これとかどう?」

 美琴はパンフレットの一角を指さした。
 『ポチタとリッシーの賑やか川下り』 ~ポチタ&リッシーと一緒に当遊園地のオリジナルキャラクターを存分に堪能しよう!~
 そんな謳い文句の下には、人気度と言う名の混雑度を示すランクが最高の星三つを示している。 

乙姫「うーんと、ちょっと微妙かな?」
美琴「あ、激しい方が好みなんだ? じゃあどんなのに乗りたい?」
乙姫「いや、激しいのとか、そういうんじゃなくて、うーん……」
美琴「……?」
乙姫「上琴応援し隊として、どれを選べば面白展開が見られるかなーって」

 やけに真剣な表情をする乙姫の口から出た言葉に、美琴は危うくずっこけそうになった。

美琴「な、何なのよその基準!? ……ってか、今気づいたけどそれ何!?」

 いつの間にやら乙姫はデジタルカメラを大事そうに持っていた。学園都市外の物だろうが、真新しく、何となく
乙姫が持っていることに違和感を覚える代物。果たしてそれで何を撮る気なのだろうか。

乙姫「あ、これ? これは隊長からの支給品であります!!」

 ビシッ!! と敬礼のポーズをする乙姫。
 デジタルカメラを右手に持ってたため左手の敬礼であったが、そんな事に突っ込んでいる余裕はない。

美琴「あんにゃろ……どこまで私達で遊べば気が済むのよ」

 美琴の声のトーンが一気に落ちた。
 一度本気で怒った方が良いかもしれない。

乙姫「あ、でも勘違いしないでね? 私はその、お年玉で買収されたとかそういうわけじゃなく、あくまで純粋に上琴の仲を」
美琴「だーもー!! その、かみッ……うぅ、その単語禁止……じゃなくて。そんなことより……」

 美琴は無理矢理話を軌道修正する。
 今考えるのは何に乗るかであって、二人がどう美鈴に遊ばれるかではない。

美琴「そだ……乙姫ちゃんに一つ聞いてみたことがあるんだけどさ」
乙姫「何? 改まって」
美琴「うんとね……、例えば。そう、例えばの話だから誤解せずに聞いて欲しいんだけど」
乙姫「う、うん?」
美琴「その、…………メリーゴーランドって乗ってみたいと思う?」


 ◇




 美琴と乙姫に声が確実に届かない程度の距離を取ってから、上条は改めて携帯電話の向こう側の人物へ話しかけた。

当麻「なんつーか、お前の能力って結構便利なんだな」
美琴『何よ、今更気づいたわけ? 伊達に第三位やってないわよ』

 電話の相手は御坂美琴であった。
 上条が軽く振り返ると、美琴は乙姫とアトラクションの相談をしているようだった。電話をしている素振りは一切無い。
それでも確かに美琴の声が電話から聞こえている。
 目の前の人物から電話が掛かってきて、更に彼女の声が聞こえたときはさすがの上条も若干狼狽えたが、どうやら
発電能力を使っているらしい。
 デジタルな機械においては、音も言わば電気信号である。美琴は自分の声をデジタル信号に量子化して、ポケットに
しまっている携帯電話に転送したり、逆に上条の声を携帯電話の電気信号から読み取って会話しているのだった。
もちろん最強の発電能力者たる美琴にとって、それはほぼ無意識的に行なわれる変換であって、実質普通に電話して
いるのと変わらない。

当麻「でも、二人と同時に会話するってのは能力とは関係無いんだろ?」
美琴『ふふん。感心した?』

 バックにノイズが全く無い。それでいてどこか機械音声にも似ている声が感情豊かに囁いた。

当麻「へいへい。第三位様は俺みたいな平民学生とは頭の出来が違うんだろーな」
美琴『別にアンタがそんな卑下する必要無いんじゃないの?』
当麻「いえいえ、そこら辺は夏休みの宿題手伝って貰ったときに嫌っつーほど思い知ってますよ。……ですからその、
   冬休みの宿題もできたら一つ」
美琴『……アンタまだやってなかったわけ?』

 違う。俺にも色々あったんです。などと上条は弁明したかったが、すんでの所で言葉を飲み込んだ。
 その発言は藪蛇すぎる。

当麻「それで……、わざわざ二人だけで内緒話って何だ?」
美琴『ん? ああ、大した用事じゃないんだけどね』

 そう言って、美琴はわずかに沈黙した。
 知り合いの目の前でこそこそ話をするなどという、美琴の性格を考えればおよそやりそうにないこの会話。そんな
方法を使わなければならないほど切羽詰まった用事。
 上条は、それに一つだけ思い当たるものがあった。

当麻「……」

 ――――御坂美琴が学園都市を去る。
 どこかで聞いた言葉が耳の奥でチクリと響いた。
 一秒、二秒――――沈黙はじりじりと上条を焦らせていく。美琴の口から次に何が飛び出すか。それを聞くのが怖い。

当麻「……あ、そういえばこっちからも用があったんだ」
美琴『え? う、うん』

 乾ききった喉が勝手に声を出す。
 電話口からは息を飲む音が聞こえたが、上条にはその意味が考えられない。
 それどころか、堪らず吐き出した上条には言葉すら選ぶ余裕がなかった。

当麻「昨日たまたま知ったことなんだけど、ネット上で昨日の追いかけっこが話題になっててさ。まったくくだらないネタに
   飛びつくよな、芸能人でもねー俺達の事なんか何が楽しいんだか。……それで、お前なら」

 まくしたててから、グッと言葉を飲み込んだ。一拍を置いて、今度はジワリと嫌な汗が出る。
 言いすぎた。
 美琴はあの上条への罵詈雑言を見て、平静でいられるだろうか。また思い詰めたりしないだろうか。そんな考えが
一瞬で膨れあがる。
 出会って間もない一万人近いクローンを妹だと言い、彼女達のために文字通り自分の命を賭けた少女。上条のため、
地の果てまで付いてこようとする少女。
 それが御坂美琴という人間である。
 平静でいられるだなんて、思えるはずがなかった。だから上条は慌てて言葉を紡ぐ。




当麻「いや、お前が放っとくならそれでいいんだ。どうせこっちの掲示板は学園都市内部からじゃ閲覧できないし、俺達が
   気にしなければそれで済む話だから」
美琴「……うん」

 その音《こえ》は、どこか優しげで、少し切なげに聞こえた。能力を使った、口から出ていないはずの音なのに。
 しかし次の瞬間には、その気配は消え失せる。

美琴「ふふっ」
当麻「……?」
美琴「何慌ててんのよアンタ? 心配しなくても、あの下らない噂はもう消しといたわよ? まあ、私達も不用心だったわね。
   外の人間からしたら学園都市の学生なんて存在自体が異様なんだろうし」
当麻「そう……か」

 上条は自分の心配が杞憂に終わったことに安堵した。と同時に、話が途切れたことに焦りを覚える。

当麻(……どうする)

 学園都市を去ることになった。そう話を切り出されたら、今の上条にはどう返答していいか分からない。
 引き留められるのか、引き留めて良いのかすら分からない。

当麻「…………、美琴俺は」
美琴「あ、何に乗るか決まったわよ? そろそろ戻ってちょうだい」
当麻「え?」

 いっそ先に切り出そうとした上条は予想外の台詞に面食らう。
 これでは美琴がわざわざ電話してきた意味が分からない。こんな面倒な電話をしてきて、話をしたのは上条からだ。どう
考えたって、何か言いにくいことを切り出せなかったようにしか思えない。

当麻「わかった」

 しかし、だからこそ上条はそれしか言えなかった。
 程なくして音が途切れる。

当麻「……」

 音《こえ》の途切れた携帯を見つめていると、次々と悪い考えが去来した。
 自分はあいつに「行くな」などと言えるのだろうか。危険な街に戻れと言えるのだろうか。娘を心配する親の元より、自分の
側を離れるなと言えるのだろうか。

当麻(俺と居れば不幸になるかもしれないのに)

 以前の上条なら真っ先に美琴を突き放しただろう。
 危険を冒すのは自分だけで良い。大切な人は安全圏で幸福になるべきだ。そんな考えに疑問すら沸かなかったし、それが
彼女の幸せだと信じてやまなかった。
 だけど、今はもう何も分からない。
 彼女にとってどの選択が幸せかなんて見当も付かないし、それを聞き出すには彼女が優しすぎた。
 彼女は自分の幸せじゃなく、上条の幸せを優先するだろう。思い直せば噂の件だって、上条を傷つけないため平静を
演じていたのかもしれない。

当麻「……ッ」

 嘘みたいな感情の奔流に耐えきれず、上条は自分の胸を掴んだ。
 今更になって気づく。既に自分はどうしようもなく御坂美琴が好きなのだということに。
 だからこそ、これまでと違う自分の思考に面食らう。その気持ちがエゴイスティックな感情から来るものではないかと疑心暗鬼に陥る。
 凄まじい自己嫌悪から吐き気がした。
 まるでゆっくりと、終焉より恐ろしい何かが心を蝕んでいくようだ。

当麻「……ッ、何だってんだよ」

 そんな物を受け入れられるほど、彼はまだ大人ではなかった。
 上条の手の中で、傷だらけの携帯電話がミシリと悲鳴を上げる。


 ◇





乙姫「はーい二人とも笑って笑って! はいチーズ」

 暢気な声でシャッターを押す乙姫であるが、美鈴から預かった真新しいデジタルカメラの液晶画面には二人分の
呆れ顔が写っていた。

乙姫「ぶー。二人とも全然笑ってない」
当麻「おいコラそこのワンパクトンデモ娘いいからさっさと席につきやがれ止められたらどうすんだよ!!」

 乙姫は二人を撮るためにカメラを構えてうしろを振り返っている。ただしそこは一般道の法定速度を軽く超えていそうな
ジェットコースターの最前列。しかも上半身にかかっているべき安全バーは緩められていた。
 もし遊園地スタッフに見つかればジェットコースターを止められかねない危険な行為だが、不祥事でも恐れているのか
一向に止まる気配はない。
 それを良いことに乙姫は一心不乱にジェットコースターに乗る上条と美琴の写真を撮りまくっていた。

乙姫「おねーちゃんはともかく、おにーちゃんも怖がらないなんてつーまらーないー! 何で!?」
当麻「何でって……そりゃ十分こえーけど、命の危機は無いし慌てる必要がないだろ? っつかそもそもお前に言われたくねー」
美琴「……なんていうか、何だかんだで乙姫ちゃんもこいつの親戚なのね」

 本来なら危険な行為を注意するところだが、もちろん美琴が居れば危険はない。というか、その事を承知での行為だろう。
だから美琴は乙姫のドが過ぎたヤンチャを呆れた顔でみていた。
 といっても、本当に呆れていたのは、県内一との呼び声が高い絶叫マシンに平然と乗りつつのほほんと会話をする三人を
端から見る周囲の客なのだが。

乙姫「うーん。あまり絶叫度高すぎると写真がぶれちゃうなー。あ、次あれ乗ろ? そこまで揺れなさそうだし。待ち時間調べてくるね!」

 ジェットコースターから降りると、乙姫はすぐに別のアトラクションへと駆けていく。

当麻「ったく、結局乙姫がいちばんはしゃいでるんじゃねーか」

 あれから三人は絶叫マシン巡りをしていた。
 乙姫曰く「おねーちゃんがきゃー!! って言っておにーちゃんにしがみつくところが撮りたい!!」らしいが、当の美琴は
地上に居るときと何ら変わらず落ち着いていた。一応初めの方はキャー!! とか叫んでいたが、それは楽しむためのフリ
であってもちろん上条に抱きつくなんて失態もしていない。
 そんなこんなで意地になっていた乙姫だが、さすがに飽きてきたらしく今は好きな乗り物を選んでいるらしい。

当麻「つーか何で俺らの写真なんか撮って……あれ?」

 乙姫が向かった方に歩いていた上条が振り向くと、そこには居るべき美琴が居ない。そのまま体をもう少し捻ると、彼女は
数メートル後方で一点をジーッと見つめていた。そして目線を辿るために更に体を捻ると、

当麻「……はぁ。ミコっちゃんよ」

 そこには各種キャラクターの背中に座席を付けた、いわゆるパンダカーのようなものがちびっ子を乗せてノロノロと移動する光景があった。
 その中に一つ見慣れたキャラクターを見つけて、上条は更にため息をつきたくなる。

当麻「ゲコ……、いやケロヨンか? 何でここにまであるんだよ?」
美琴「だっ!? ち、違う違う違うさすがの私でもアレは無いわよ!?」

 いつの間にか隣りに居た上条の言葉に美琴はビクッと体を震わせ、顔の前でバタバタと両手を振る。

美琴「あ、乙姫ちゃん追わないと……ッ!?」
当麻「……」

 慌てるようにして上条の脇を通り抜けようとした美琴だったが、それは適わなかった。
 上条に、手首を固く握られていたのだ。
 それどころか上条は、後ろ手に美琴の手を引いたまま真っ直ぐ『ケロヨンカー』の方へ歩き出す。

美琴「ちょ……何? 何のつもり?」
当麻「……乗りたいんだろ?」
美琴「の、乗らないっつってんでしょーが!!」
当麻「……」

 しかし上条は取り合わない。それどころか目も合わせず、ケロヨンカーの前まで美琴を連れていく。
 遊園地の隅に設えられたコーナーには二百円で動くキャラクターカート以外にも、子供専用の汽車やキャラクターショップ、
菓子屋台など子供が好きそうな露天が並んでいた。ただベンチにはむしろ大人達が休んでいて、どうやら子供のエネルギーに
負けた親の休憩スペースにもなっているらしい。
 上条はそんな場所の中央、空いていたケロヨンカーの前まで来ると、美琴に乗るよう促した。




美琴「……アンタはホントに、私の趣味を完全に勘違いしてるわよ」
当麻「いやいや、上条さんの目は誤魔化せませんのことよ? つか今更隠す仲でもねーだろ。素直に乗りたいって言えよみーちゃん」
美琴「だからみーちゃん言うな! 正直言わせてもらうけど、さすがの私でもこんな衆人環視のなか堂々と子供たちに混じって
   はしゃげないっての!! しかもネコミミまで付けて!!」

 言ってから、美琴はほんの少しだけニヤリと笑い、そっぽを向く。

美琴「ま、アンタも乗るってんなら別だけどねー」
当麻「いいぞ」
美琴「あーハイハイ分かったら乙姫ちゃんのところに……え?」

 グリッと首を回して上条を見る。
 今この男は何と言っただろうか。

当麻「俺も乗ればいいんだろ? さっさと乗ろうぜ」
美琴「わー馬鹿押すなわかったから乗るから!!」

 美琴は渋々と言った表情で(内心歓喜しながら)ケロヨンカーに跨がった。

当麻「よいしょ」

 そして上条も同様に跨がる――――ケロヨンカーの上、美琴の後方に。

美琴「……、はいぃ???」
当麻「何ですかぁその顔は。上条さんだって恥ずかしいけど我慢してみーちゃんのことを思って言うとおりにしてるってのに」
美琴「……、ち、違う違う違う違う言ってない私そんなこと要求してない私がして欲しかったみたいに言うな!!」
当麻「? いいから動かそうぜ」

 上条が硬貨を投入しようと前方に腕を伸ばすと、自然と美琴を抱きすくめるような格好になった。

美琴「あ、あぅ……、た、体重制限とか、超えてるだろうから……」
当麻「ん? 何か言ったか?」
美琴「ひゃうっ、耳のうしろに息かけんなやばかぁ……」

 硬貨を投入すると、ケロヨンカーからはガタガタという振動音と安っぽい電子音が鳴り始める。
 その音に美琴の上ずった声はほとんどかき消されてしまった。

当麻「あ、もちろんビリビリ禁止な」
美琴「ッッ!!?」

 円いハンドルをギュッと握りしめていた美琴の手の上から上条の手が添えられる。美琴の指の隙間は全て上条の指で埋められた。
 数秒後ケロヨンカーがゆっくりと動き出す。どうやら大人でも乗れる仕様らしく、意外とスムーズな動きで子供達が乗る
他のキャラクターを躱していった。

当麻「ほら、前見ねーと危ないぞ」
美琴「……うん」

 当然のごとく、犬耳と猫耳を付けた可愛らしいカップルはすぐに注目の的となった。
 小さな子供が「おかーさん、アレー」などと指をさすのを見るたび美琴の顔は赤らんでいき、とうとう恥ずかしさのあまり
完全に俯いてしまう。
 その上背中から感じる上条の体温で、もはやケロヨンのことも忘れてのぼせあがりそうになる。

乙姫「うっわ何アレ恥ずかしッッ」
美琴「う゛っ」
当麻「おー、乙姫」

 追い打ちを掛けるように乙姫が登場。
 どうやら次のアトラクションの予約をしてきたらしく、手には予約券が握られていた。
 美琴は余計縮こまって顔をそらしてしまう。

乙姫「と……、とりあえず撮るね!」
当麻「おー撮れ撮れ」
美琴「……ッッ!!」

 ぎゃー撮るなー!! という美琴の想いはもはや言葉にならず、顔を上げた瞬間にバシャバシャとフラッシュを焚かれてしまう。
 いっそ電撃であの黒歴史製造器《カメラ》をぶち壊してしまおうかとも思ったが、幻想殺しに触れられているため何もできず、
結局ケロヨンカーが止まるまでの間ずっとあぅあぅと情けない顔をカメラに向けてしまっていた。





美琴「ね、ねぇ乙姫ちゃん? ちょーっとそのデジカメ貸してくれないかな?」

 降りた後どうにかまともな思考を取り戻した美琴は、一応正攻法で写真を消そうと試みる。もちろん正攻法が通じない時は、
強硬手段に出るつもりだ。

乙姫「ん、見たいの? はい!」
美琴「~~~ッッッ!!!???」

 危うく膝から崩れ落ちそうになる。
 乙姫がデジカメを持ったまま見せた液晶画面には、美琴の精神を破壊するに足る強烈ないちゃいちゃ写真が収められていた。

美琴「……あ、あれ??」

 見ているだけで冷や汗が出て総毛立ちそうになる写真だったが、そこで美琴はふとした違和感を覚える。

美琴(何よ。コイツも顔真っ赤じゃない)

 いつものように上条の鈍感パワーで押し切られたと思っていたが、彼は彼なりに相当恥ずかしかったようで顔を赤くしていた。
 もちろん美琴ほどではないが、それならどういうつもりであんな事をしたんだろうと頭の中がぐるぐるし出す。

美琴(と、とにかくこんなのが一生残るなんてあり得ない!)

 美琴は自分がやったとは気づかれないように、目に見えないが強烈な電磁波を発生させてデジカメを故障させ――――られなかった。

当麻「ほら、次行くぞお前ら」

 上条がよりによって右手で美琴の手首を掴み、引っ張ったのだ。

美琴「ッ、次って何よ!?」
当麻「あれ」

 上条が指さす先にはわらわらと人だかりができていた。
 中央に居るのはキャラクターの着ぐるみ達。数が揃うのは相当珍しいのか、ちびっ子や女性達に追い回されている。
 これにはさすがに美琴も我慢できず、上条に手を引かれるままフラフラと歩いて行った。

当麻「三人でさ、写真撮ってもらおうぜ」
美琴「う、うん」

 イヌやらネコやらウサギやらアヒルやら、色んな動物を模したキャラクターの着ぐるみにコミカルな動きで握手をされ、
御坂美琴の可愛いもの好きテンションに一気に火が付く。

美琴「え、えへへ」

 この時点で既に素敵空間に迷い込んだ小さな子供のように目をらんらんと輝かせる美琴だが、更に追い打ちを掛けるかのように
着ぐるみ達が美琴の周りをぐるりと囲み写真のためのポーズをとる。
 どちらを向いても可愛いキャラクターという強烈な攻撃に見舞われた美琴には、もはや色んな悩みやら危機的状況、恥ずかしげ
などを考える余裕はなかった。
 そんな状態なので、上条にそっと肩を抱かれても、それを乙姫のカメラに収められても何となく『いい』気がしてしまった。
 といっても。

美琴(ぬぐおおおお!! か、カメラが壊せなくなっちゃったじゃないのよ!? ってそれ以前にアイツ肩抱いたわよね
   肩乙姫ちゃんの隣でナチュラルに肩抱きやがりましたよね!??)

 もちろん十数後には、我に返ってこういうことになった。
 ひ、一言文句言ってやる! と肩を振るわせながらぼーっと佇む上条に迫ろうとする美琴。だが、それは突然の音楽と
目映い光に遮られる。

美琴「ッ!?」
乙姫「わっ、すごい」

 ミーニャーランドの名物。三階建ての大きなメリーゴーランド。遊園地のどこからでも見えそうな位置にそれは燦燦と輝いていた。
 幅二十メートル以上の大きな天蓋に覆われたメルヘンチックな空間は、西洋の古城にありそうな調度品に似せた煌びやかな
装飾や絵画で飾られ、三重に立てられた縦に長いポールが木馬を緩やかに揺らしている。
 特に目を引くのは三階部分で、一二階部分より一回り狭い円盤の上には、豪奢なファミリー用のカボチャ馬車が一台と、
カップル向けの木馬が一台しかなく、あとはオリジナルキャラクターの置物などが配されていた。

美琴「……」

 美琴は一瞬だけそれに目を奪われる。
 そして、顔を戻したときには光を浴びた上条の笑顔が、美琴の方を見つめていた。

当麻「乗るだろ?」

 何となく、美琴はその笑顔に一瞬息をのんでしまう。
 おかげで白い息を吐き出した上条が再び美琴の手首を取っても、「乗らないわよ」と断るタイミングを逃してしまった。




美琴「ちょ、ちょちょ……ちょっと待ちなさい!!」

 それでも美琴は何とか上条の手を振り切る。

美琴「あ、アンタ少し変よ? いや元々アンタは変だけど……じゃなくて……、いつもの鈍感はどうしちゃったのよ。
   ひょっとして何か企んでるわけ!?」

 実際のところ、上条が連れ回した先は確かに美琴の好みに当てはまっていたし、少し強引に連れ回されるのも嫌じゃなかった。
 でも、だからこそ美琴は違和感を覚えた。
 彼女の知っている上条は、気を使えるような奴でも気を使おうとする奴でもないのだ。

当麻「…………」

 上条は答えない。振り返りすらせずに、そっと拳を握る。

美琴「何とか言いなさ」
当麻「だって」
美琴「……?」
当麻「もう、――――かもしれねぇじゃねーか」

 周囲の喧噪もメロディも無視できるくらいに集中していたのに、痛いくらいに冷たい風が吐き捨てるような声をさらった。

当麻「だから、楽しまなきゃ損だろ?」

 美琴にはそう思えて、なのに何故か聞き返すことができなくて。

美琴「……うん」

 振り返り、笑顔を見せる上条に、ただ頷くことしかできなかった。

当麻「んじゃあ決まりだな。おーい乙姫行くぞー」
乙姫「え、わ……私は遠慮しとくよ? だっておにーちゃんどーせ三階行く気でしょ」
当麻「んなの当たり前だろ」
美琴「……ん??」

 かくれんぼの鬼に見つかっちゃったかのように身をすくませる乙姫に、彼女をずるずると引きずってくる上条。
 美琴にはその光景が天高く位置エネルギーを積み重ねていくジェットコースターのように思えた。

美琴(あの……一番てっぺんに……乗るの??)

 ファミリー向けのカボチャ馬車ならまだともかく、恋人専用らしい一分の一白馬は最強の羞恥心を約束されること
請け合いであった。
 何せ一階二階はかなり混んでいるのに、三階はほとんど無人。もはや「アレって飾りじゃないの? ていうか普通
乗らないでしょあんなところ」と括弧笑い付きで評されそうな雰囲気をこれでもかと醸し出している。

乙姫「のーらーなーいー! 二人で馬の方乗れば良いじゃんー!」
当麻「何でそこまで拒絶するんだよ。良いだろせっかくなんだし」
乙姫「絶対やーだー」
当麻「しゃーねぇな。じゃあ美琴と二人で」
美琴「おおおお、乙姫ちゃんも一緒に乗ろ! っつかこいつを一階に縛り付けるの手伝って!!」

 さすがにそれは趣味の範疇を超えてるっっ!! と心の中で叫びつつも、メリーゴーランド自体に興味がある美琴は、
どうにか乙姫を巻き込もうと画策する。


 結局一階か二階に乗ろうという結論に至る三人だが、上条の不幸が発動したのか列は目の前で止まり、スタッフに
「俺ら三階でもいいけど」などと失言。三階に乗る羽目になるが、そこからカボチャの馬車に乗るか白馬に乗るかで揉め、
スタッフに怒られ、結局三人で白馬に乗ろうとするが乙姫が恥ずかしさに耐えられずカボチャの馬車に逃げ込もうとして
またスタッフに怒られたり。美琴はと言うと上条に後ろから完全に抱かれてカチコチのまま『ふにゃー状態』に陥り腰が
抜けて終わった後も立てず危うく上条にお姫様だっこされそうになって――――
 などというドタバタをやらかすのだが。


 三人は、何だかんだで遊園地を満喫しているらしかった。


 ◇




 夜の帳が降りかける頃。
 灰色の空からチラチラと雪が舞い降りてきても、両親連中は来なかった。
 あれからいくつかのアトラクションに挑んだ三人もさすがに疲れてきて、今は上条と美琴が二人きりで観覧車に乗っている。
もちろん乙姫に半ば強引に乗せられて。

美琴「……アンタんち、見えないわね」
当麻「そうだな」

 それなりに大きい観覧車たが、窓から地平線を眺めても見知った建物はなく、隣街のものと思われる淡い光が微かに見えるだけだった。
 その反対側の窓からは学園都市の強い光が射している。

美琴「あ、乙姫ちゃんだ。あんなところから写真撮ってもこの暗さじゃ分からないでしょうに」  

 豆粒程に見える地上の乙姫に手を振ってやる美琴。
 斜め向かいに座っている上条には、その表情から不安や迷いを読み取ることはできない。

当麻「……御坂」
美琴「んー?」

 美琴は上条の方を見ない。
 上条だって、美琴の方を見ることなんかできない。
 今、上条当麻と御坂美琴が抱える、亀裂とも呼べる問題。
 二人は既に、『相手がそれを知ってることを知っていた』。
 話し合わなければならないことも。この観覧車が最後のチャンスだということも知っていた。
 それに、お互いの性格のことも大体理解しているつもりだった。
 だから、上条は意を決する。
 美琴の方を見て、率直に言う。

当麻「俺たち、ここで――――」
美琴「へくしゅっ!!」




 大きなくしゃみの後、ズズッと鼻をすする美琴。どうやら本気で風邪の疑いが出てきたようだ。
 おもむろにティッシュを出して鼻をかんだあと、思いついたように上条の方を振り返る。

美琴「ん、何か言った? ってか何落ち込んでんの?」
当麻「……、何でもねーよ」

 上条は疲弊しきった顔を床に向ける。
 鼓動の速さに気づかれたくなかった。

美琴「ううっ……風邪引いたら、明日アンタと一緒に帰ろうかしらね」
当麻「……ッ!!」

 サラッと言い放つ美琴。その顔を上条は直視してしまう。
 茶化すでもなく、怒るでもなく、ただ優しく微笑む。真っ直ぐな信念を持つ者にしかできない表情。
 上条は、自分の気持ちを再確認した。
 全身の細胞が、悲鳴を上げていた。
 今すぐ、何も考えずにただ強く抱きしめたかった。
 だけど、だからこそ――――

当麻「お前は残れ。俺は一人で帰る」

 ゆっくりと、重い弾丸を撃ち出すように言葉を放つ。

美琴「私も帰るわよ」

 だが美琴は取り合わない。

美琴「ひょっとしたらアンタは軽蔑するかもしれない」

 美琴だって、一言一言、ぶつけるように言い放つ。

美琴「それでも……、私はアンタを選んだのよ」
当麻「……」
美琴「アンタの気持ちだって分かってるつもり。アンタは――――」
当麻「俺はッ! 御坂美琴とその周りの世界が幸福にならないなんていうふざけた未来が許せねー。そんな未来に
   俺がさせるなら、俺は……俺達の気持ちだって殺してやる!!」

 その言葉は、これまでの上条の不幸を全て知るからこそ言える、あまりに上条らしくない言葉。
 それでも、上条の信念から出た素直な気持ちだった。
 家族が再び一緒に暮らすなら、それでいい。
 危険な街から去れるなら、それでいい。
 本気でそう思うのだ。

美琴「アンタ、忘れてるでしょ」
当麻「?」

 もちろん美琴も退かない。
 ただ、もはやその表情に余裕は無かった。
 心の痛みを隠すことはできず、片手で自分の胸を、片手で上条の腕を掴む。
 言葉はいつしか悲鳴になっていた。

美琴「私は、もうアンタと同じ道を進んでるのよ。アンタがどこへ行こうと、例え地獄へ落ちようとしてても、いつでも
   傍に居て引き上げてやるんだから!!」

 いつだったか、上条が似たようなセリフを誰かに言ったことがある。
 上条は既にその事を覚えていないが、今の上条にだって、それは最上級の正論であった。
 なのに。

美琴「それに、私の幸福はもうアンタ無しじゃあり得ないんだから!! 責任取りなさいよ馬鹿!!」
当麻「……御坂」

 どうしようもなく、その言葉は上条の心の深い部分を抉っていった。

当麻(……どうして、こうなったんだ)

 思えば、上条が誰かと幸せになろうとしたとき、その愛する者に不幸が降りかかる可能性は考えられたはずだった。

当麻(……クソッ)

 それならば、どうしようもなく周りの幸福を望む上条は、そもそも誰かと幸せになろうなどと考えてはいけなかったのだ。

当麻(何で…………)

 それ以前に、『上条無しでの幸せはあり得ない』などと、誰かに愛されてはいけなかったのだ。
 御坂美琴は、上条を好きになってはいけなかったのだ。
 上条は、御坂美琴を好きになってはいけなかったのだ。
 上条の、世界をも変えるだけの力を持つ信念は、そう結論付け――――そして何も判からなくなった。



 残ったのは、美琴へのどうしようもない愛と、美琴に嫌われるしかないという選択肢だけ。




当麻「御坂……、ごめん」

 それは、ただただ弱い少年の、か細く震えた声。

当麻「――――ここで別れよう」
美琴「ッ」





 ガコンッ!! と鈍い音と共にゴンドラが少し揺れ、続いて照明が消える。
 間を置かず美琴の携帯から着信音。
 と同時に美琴の電磁波レーダーが『異質』を捉えた。

美琴「ッ、ッッ!!」

 美琴の、世界の終焉を見て、それでも歯を食いしばろうかという表情が一瞬で冷たいものになる。

美琴「何!!」

 窓の外を見ながら携帯電話に怒鳴り散らす美琴だが、その表情はすぐに一変して不安げなものになった。
 上条にも音は微かに聞こえる。
 相手はあのいけ好かないクソ野郎。

   『君のお母様が危ない!!』

 上条と美琴の目が合った。
 続けて「すぐに家に戻れ」という趣旨の言葉が漏れる。

美琴「乙姫ちゃん!!?」

 しかしその詳細を聞く間もなく電話は閉じられた。
 窓の向こう、乙姫が待つベンチの後ろに『異質』が居た。
 細身の人型をした黒い塊。ドクロを彷彿とさせるヘルメット大の頭部。その天辺付近から首筋を通り、頭部より
少し細い脊椎のようなしっぽが曲線を描き垂れている。
 白井黒子が言っていた駆動鎧。二メートルを超す体躯が、乙姫に手の届く位置に立っていた。
 その異様さに関わらず、客はそれを見ようとすらしない。恐らく何らかの能力を使っているのだろう。
 駆動鎧は真っ直ぐに美琴の方を見つめ、ゆっくりと乙姫に手を伸ばそうとする。

美琴「ッ!!」

 ベキン!! ガギン!! という金属が裂ける音と共に、二人が乗ったゴンドラの扉が磁力によって引き裂かれた。
 地上まで二十メートル以上。
 刺すような冷たい風に茶髪のツインテールを靡かせながら美琴が叫ぶ。

美琴「行くわよ!」
当麻「ああ!」

 躊躇いもなく上条が美琴に後ろからしがみつくと、直後二人は空に身を投げ出す。
 自由落下したのは最初の一秒。あとは無数のロープにぶら下がるかのような動きで滑らかに地面に着地する。

乙姫「あ、あれ?? 二人とも何楽しげなことしてんの怒られちゃうよ!? って、あー!! 今の撮れば良かった!!」

 などと言いながら二人の元へ駆けてくる乙姫を見ても、二人の表情は柔らかくならない。
 駆動鎧は一体では無かった。
 距離にして十数メートル。
 既に美琴の間合いである。

当麻「何なんだ、コイツらは……ッ。クソ、御坂ここは」
美琴「アイツらは」

 先ほどの電話の件がある。
 だからここは二手に分かれた方が良いだろう。
 そんなことは美琴だって承知しているが、敢えてその言葉を遮った。

美琴「アイツらは……私の獲物よ!! こんなもんがアンタの不幸? はんっ!! そんなの小指一本で蹴散らしてやるっての!!」

 美琴は頭に被っていた猫耳カチューシャを横に放り投げた。
 可愛い美琴はここで終わり。
 ここからは、共に歩む相棒として。

美琴「言っとくけど、話はまだ終わってないんだから! もしそのままトンズラこいたら百億光年先まで一生追いかけるから
   覚悟しなさいよ!?」
当麻「……、わーったよ!」

 投げやりに言って、背を向ける。
 混沌を煮込んだような最悪の気持ちを胸に抱えながら、だけど二人は無理矢理笑顔で言った。

当麻「またな」 美琴「またね」

 二人の主人公は全力で走り出す。


 もう二度と会えないという予感を必死に振り払うように。





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