フェブリがくれた贈り物
ここは第7学区にあるリサイクルショップ。
店内はワイワイと明るい雰囲気だ。しかしその中に、どんよりとした空気を纏う少年が一人。
「はぁ…不幸だ……」
と呟きながらマグカップを物色しているのは上条当麻。
彼はうっかりインデックスお気に入りのマグカップを割ってしまった罪により、
新しいのを今すぐ買ってくるの刑に処されていた。
「マグカップなんて100均のでいいだろ」と思う方もいるであろうが、
しかし彼には、そうはいかない事情があるのだ。
彼は以前、インデックスを連れて100均に行った経験がある。
そしてインデックスは完全記憶能力者だ。一瞬でも見た物は、永遠に忘れない。
そんな彼女に、100均で買ったマグカップを持って行ったらどうなるだろうか。
「……とうま? これって100円のやつだよね!?
私のお気に入り【マグカップ】はもっとお高かったんだよ!!」
とか言われて、後頭部をガブリとやられるに決まっている。
100均の商品は入れ替えが激しい。だからインデックスが見たことのない商品もあるだろう。
しかし上条には完全記憶能力など勿論ない為、どれがそうなのかは分からない。
かといってイチかバチかで買ったら、不幸体質の彼は100%ハズレを引く。
そんな訳で、元はちょっとお高いけど、
ビックリする程安くなっている中古品【リサイクルひん】店に来ていたのだった。
「これは…ちょっと違うか。これも文句言われそうだな。
…あっ! これはインデックスが使ってたのに似て……高【たっか】!? やめやめ!」
だが中々良いのは見つかっていないようだ。
「あ~もう…全然ねーよ………ん?」
そこで上条は、ある物が目に入る。
上条が見つけたのは、自分の携帯電話にもぶら下がっている、
ゲコ太とかいうカエルのキャラクターだ。どうやら指人形になっているらしい。
だが違和感がある。上条はストラップのゲコ太と見比べてみた。
「色が違う? 俺のは緑だけど、これはピンクだ」
上条は知る由もないが、それはかつてジュースの景品として付いていた物だった。
色違いで24種類もあるのだが、他はダブらなかったのかピンク色だけ売られていた。
しかし、そんな事を知らない上条は、
「もしかしてレア物なのか…?」
と勝手に勘違いしている。
値段を見ると250円だった。高いのか安いのかはサッパリ分からないが、
買うかどうかを悩む程の価格ではない。
「せっかくだし、美琴に買ってってやるか」
何の気もなしに、彼はそれをレジに持っていく。
それが彼の運命を、決定付ける事になるとは知らずに! …というのは大袈裟だが。
◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘
御坂美琴は第7学区の公園で、ベンチに座りながら、
自販機にハイキックをかまして出したジュースをチビチビ飲んでいた。
「んー…今回はハズレだわ。ホント、中身がランダムなのがアレなのよねー」
どうやらお気に召さないらしい。それもその筈だ。
彼女が飲んでいるのは「粒入り納豆コーラ」という、
何故これを作ったのかと小一時間程開発者を問い詰めたくなるようなシロモノだった。
美琴はそんなゲロマズジュースを飲みながら、ぼんやりと
(あの馬鹿は今頃何してるんだろ…)
などと考えていた。
美琴はいつしか、暇さえあれば『あの馬鹿』の事を考えるように癖がついていた。
本人は認めようとしないが、もう重症である。
そんな彼女だ。無意識だが、常にアンテナを張っている。
彼女は微弱な電磁波の反射波を感知する事で、周囲に何があるのか察知できる。
つまり、『あの馬鹿』とやらが近くを通れば、即座に反応できるのだ。
すると急に、前髪の一部が『妖怪アンテナ』の如くピンと立つ。
彼女はジュースを持ったまま全力で走り出した。
(アイツの事を考えてる時に会えちゃうなんて、これって何かの運命だったりして♪)
そんな事を考えながら。
上条は小さな紙袋を持って歩いていた。
(結局買っちまったけど、美琴がいらないっつったらコレどうしよう?)
そんな事を考えながら、ポケットから携帯電話を取り出す。勿論、件の女性【みこと】にかける為だ。
だが、ケータイをパカっと開きボタンを押そうとした瞬間、何かが風を切って上条の横を通り過ぎた。
「何だ!?」と上条が思い振り返ると、
その通り過ぎた何かがキキキッ!と急ブレーキして、こちらの方へと向かってくる。
そしてそれは目の前に来ると、肩で息をしながらこう言った。
「ゼー…ゼー……あ、あれ~? こ、こんな所で…ハー…ハー…会うなんて…ヒュー…ヒュー…
ぐ、偶ぜゴッホゴホッ!!!」
「お、おい大丈夫か!? 何で全力疾走してんだよ!」
「は、はぁ!? べべ、別に…フー…フー…アンタに会う為だけに…スー…スー…
全力で走ってなんかないんだからっ!!!」
「いや、思いっきり走ってたじゃんか」
「走ってないっ!!!」
「……あ、そうッスか……ならいいッス………」
どうやら意地でも認める気がないようなので、上条が折れる。
「っとそうだ。丁度良かった。今、美琴に会おうとしてたんだよ」
「! へ、へぇ~、そうなんだ。私に…へぇ~……」
何だか美琴がモジモジし始めたが、上条は気にせず続ける。
「コレ美琴が欲しがるんじゃないかなって思ってさ。買ってきたんだけど……」
「!!! そ、そそそ、それってプレゼントって事!!?」
「うん、まぁ」
「へ、へぇ~、そうなんだ。私に…へぇ~……」
何だか美琴が小躍りし始めたが、上条は気にせず続ける。
上条が紙袋から取り出したのは、ピンク色をしたゲコ太の指人形だった。
そう、以前フェブリに奪われた【あげた】、あの指人形である。
「どうす―――」
「それ頂戴!!! いや、ください!!! お願いします!!!」
「―――る……おおぅ……」
「どうする? 欲しいんならあげるけど…もしかして要りませんかね?」と上条が言おうとした瞬間、
間髪いれずに美琴が言う。
あの美琴が上条に敬語を使うほどのおかしなテンションになっているが、
目線は真っ直ぐにゲコ太を見つめ、微動だに動かない。
予想していた100倍の食いつきようだ。やはりレア物なのだろうか、と上条は思った。
しかしここで、余りの美琴の食いつきっぷりに、上条の悪戯心が疼きだす。
「んー…勿論、プレゼントする為に買ってきたんだからあげるけど、
その代わりに一つだけ俺のいう事を聞いてくれないか?」
「するする!! 何でもする!!」
「じゃあそうだな…」
上条はニヤリと笑い、とんでもない交換条件を出してきた。
「俺にキスしてもらいましょうか!!!」
「するする!! キスでも何でも!! ……………へ? きす?」
ゲコ太欲しさに、ろくに条件も聞かずOKしてしまった美琴だが、
時間が経ち上条が何を言ったのか理解すると、見る見るうちに顔が真っ赤に染まっていった。
「キッ!!! キキキキキキスウウウウウウゥゥゥゥゥ!!!!?
なななな何馬鹿な事言ってんのよ!!! そ、そそ、そんな事できる訳ないでしょっ!!!?」
「できなきゃあげられませんな~! こちらもボランティアじゃありませんのでね~!」
「にゃ、にゃにゃ……」
まさに外道!
と、言いたくなる程の上条の態度だが、彼は別に本当にキスしてもらおうと思っている訳ではない。
ただ美琴の困った顔を見て、ギブアップしたらタダで渡そうと思っているだけだ。
つまりは遊んでいる【じゃれている】だけである。
さっきまでの勢いはどこへやら、美琴の体がどんどん縮こまっていく。
十分楽しんだ上条は、「そろそろかな?」と思い、ネタバラシしようと口を開いた。
だがその時だ。
Chu…♡
という音と共に、左頬にやわらかい感触が伝わり、同時にじんわりと温かくなる。
「……………へ?」
今度は上条が素っ頓狂な声を出す。
あまりの衝撃に、脳が全く働いてくれないのだ。
「み…みこ、と…?」
左頬を押さえ、美琴に何か言葉をかけようとした瞬間、
持っていたピンクゲコ太をバッ!と美琴に奪われ、そのまま美琴は明後日の方向に走り出した。
先程よりも、更に早いダッシュで。
しばらく美琴が走って行った方向を呆然と眺めていると、ケータイのメール着信音が鳴る。
美琴からだ。
上条はそのメールを開いてみた。
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件名:勘違いしないでよさっきのはアンタがそうしないとくれ
ないって言ったから仕方なくやっただけで別に好きでや
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本文:った訳じゃないんだからあくまでも私は嫌々やっただけ
で完全にノーカンなんだからね今日が初キス記念日とか
勘違いするんじゃないわよ大体欧米ではこんなのただの
挨拶なんだから変に期待とかしないでよね私がアンタの
事なんて好きでも何でもないんだから勘違いしないでよ
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…文法がめちゃくちゃだが、とりあえず嫌々やった(?)という事だけは伝わった。
3回も「勘違いするな」と書いてあるのだ。間違いない(?)。
これを見た上条は、
「…そんなに嫌だったのか。悪い事しちまったな…意地悪しないで、素直に渡しとけば良かった……」
と実に上条らしい感想を述べたのだった。
今日も彼は通常運転である。
ちなみに余談だが、すっかりマグカップの事を忘れていた上条は、
寮に帰るなり噛み付きの雨あられを食らう事になるのだが、
完全に自業自得である為同情は不要である。