Rendezvous
「じゃん!」
「……電気は大切にね?」
美琴の言葉に上条がツッコむ。
「違うわよ! これを見なさい!」
「お前が今広げてるのって……浴衣?」
「そ。家庭科の授業で縫ったのよ」
上条当麻はいつもの自販機の前で御坂美琴に呼び止められた。
何の用だろうと思って話を聞いてみたら突然浴衣が飛び出した。
「へぇ、お嬢様学校はすごいんだな」
上条は素直に感心した。
「で、御坂? 一つ質問なんだが」
「何?」
「何故ゲコ太柄じゃないんだ? お前が白地に朝顔の柄なんてありきたりいえとてもよくお似合いですねホントですよだから青筋立ててこっち来んなごめんなさい!」
美琴の怒りを感じ取った上条がすかさず土下座に移行する。
美琴はふん、と鼻を一つ鳴らしムッとした表情を作る。
「……本当は私もゲコ太柄にしたかったんだけど、まぁ、何? クラスの子の目とかいろいろあってね?」
「恥ずかしくて選べなかったということか。確かに常盤台中学のエース様がゲコ太柄の浴衣ってのもなぁ」
「う、うるさいわね。……で、もうすぐ花火大会があんのよ」
「花火大会? ああ、学園都市に新規の業者が入ったとか何とか聞いたことがあるけどそれのことか」
学園都市は学生ばかりが何十万人と暮らす街だ。ゆえに、学生を目当てにした企業の参入も多い。人気や需要のあるなしで淘汰され、月ごとに同種の企業が同じテナント内で入れ替わる場合もある。
「学園都市はイベントやテーマパークを持ち込めば学生を相手取ったいいマーケットになるから。って違うわよ、そう言う話をしてるんじゃないんだけど」
話の論点がずれたわね、と美琴が本筋に戻そうとする。
「花火大会ねえ。人混みがすごそうだな。いつだっつったっけ? その日は食料買い込んで寝て過ごすことにしよう」
自分には何の縁もない話と、上条がひらひら掌を振る。
「……あのね。私が浴衣持ってきて花火大会の話をして、アンタは他に言うことがないの?」
「だから浴衣きれいだなってほめたじゃねえか」
「あれのどこがほめたうちに入るのよ? そもそもきれいだなんて一度も言ってないじゃない! だいたいアンタ、私がこれ着たとこ見たことないでしょ?」
「今年作ったばかりでろくに袖を通してない浴衣なのに、お前が着たとこなんか知ってるわけないだろが? 俺は予知能力者か?」
上条の疑問はごく当たり前のことだ。
上条はシステムスキャンの結果レベル0と言う評価を受けている。予知能力はおろか読心能力も透視能力もない。美琴が何を言いたいのかわかるはずもなかった。
「もしかしてお前、花火大会行きたいの?」
美琴がううっ、と唇を噛む。
「……、もしかして、一緒に行く友達いないのか?」
「いっ、いるわよそれくらい!」
「じゃあ行って来りゃいいじゃねえか」
変な奴、と上条は思った通りの言葉を口にする。
そもそもこんな往来で浴衣を広げて美琴は何をしたかったんだ?
「あーはいはい、御坂たんの浴衣自慢はわかったから。俺忙しいんで、じゃあな」
ううう、と変な唸り声を上げる美琴を後に残して、上条はすたすたと帰って行った。
「ねぇ黒子、この浴衣どうかな?」
「お姉様……」
ここは常盤台中学『学外』学生寮の二〇八号室。
御坂美琴は同室の白井黒子に、自分が縫った浴衣を広げて見せていた。
「その質問は今日でもう七回目ですのよ?」
黒子が苦笑する。お姉様は浴衣の出来映えがよほど気に入ったんですのね、と微笑んでみせた。
「お姉様の珠のような白い肌にとてもよくお似合いですの。生地を見立てにご一緒させていただいたときは、ゲコ太柄を選ぶのではないかと内心ひやひやしましたの」
「さすがにそれは……ねぇ?」
「お姉様なら間違いなくあの柄に食いつくと思ってましたのに」
ニヤリと笑う黒子に対し、美琴がやれやれと言った顔を作る。
「どうせアンタが止めるんでしょ?」
「ええ、もちろんですの。常盤台中学のエースがゲコ太柄の浴衣では周囲に示しがつきませんの」
何の示しだろうと美琴は思う。
常盤台中学のエースと呼ばれているレベル5は人に何かを誇示するような性格ではなかったので、黒子の言葉は流すことにした。
「ねぇ黒子、花火大会があるんだけど一緒に行かない?」
「お姉様のお誘いですの? ええもちろんですの! ……といいたいところですけれど、当日は風紀委員のお仕事がありますの。大きなイベントですから、浮かれる馬鹿も増えますしね」
黒子は済まなそうな表情を美琴に向ける。
「でも、現場にべったり張り付きというわけでもありませんし、時間が空きましたらぜひご一緒させていただきますの」
「うん。都合がついたら連絡ちょうだいね」
美琴は『仕事頑張ってね』と黒子に笑って見せた。
九月第一週のとある夜、美琴は花火大会の会場に一人で来ていた。足下で黒つや消しの下駄がカラコロと鳴る。
(うーん、こうやって来てはみたけど一人ってのは味気ないわねぇ)
せっかく仕立てた浴衣を着ないのはもったいないと帯や小物を揃えてみたものの、評価してくれる人がいないのではその楽しみも半減する。
仕方なく美琴は屋台をひやかすことにした。
「あーあ。黒子や初春さんは風紀委員の仕事、佐天さんは友達と回ってるって言うし」
改めて自分の交友範囲の狭さを認識し、美琴は少し落ちこむ。
そもそも、周囲は『御坂さん』『御坂様』と呼んで美琴を一歩引いた立場で見ている。それは美琴がレベル5という孤高の存在であり、並々ならぬ努力でそれを成し遂げたという評価故に取っつきづらいイメージを持たれているというのもあるが、黒子が表するように美琴は元々『お姉様は輪の中心にいても輪に入ることはできない』性質を持つ。そんなわけで、美琴が仲の良い友達づきあいをする相手は極少数に限られていた。
「こんな事なら無理にでもあの馬鹿を捕まえておけば良かったかなぁ」
いやいや、別にあの馬鹿に浴衣姿を見て欲しかったわけじゃないんだから、と美琴はブンブンと頭を振った。
だから、背後からポンと肩を叩かれ
「こんなところで何やってんだビリビリ?」
「ひゃあっ!?」
振り向くとそこには『あの馬鹿』こと上条が立っていた。
「こんな人混みの中だというのにお前を見つけちまうとは……。不幸だ」
「人の顔見て第一声がそれかっ! それから私の名前はビリビリじゃなくて御坂美琴。 いい加減覚えなさいよ馬鹿!」
美琴の額に青白い火花が舞う。
「あーはいはい。んで? 御坂はここで何やってんだ? やっぱり一緒に来る友達が誰もいなくて一人さびしくロンリーかましてんの?」
「うっさいわね! ロンリーとか言うな!」
「ああ、あれか。お前はぐれたのか。……ぴんぽんぱんぽーん、ビリビリ中学生のお連れ様、迷子のレベル5をお預かりしておりますので大至急」
「変なアナウンス流すな!」
次の瞬間、美琴の額から電撃が飛んだ。
上条はおうわっ! と叫びながら右手で弾き飛ばすと
「……、図星?」
ズバチィッ!! ともう一度電撃が飛んだ。
上条はそれを右手ではねのけると
「お前なぁ! 時と場所をわきまえてビリビリしやがれ!」
「アンタがムカつくのが悪いんでしょ!」
「何だよそれ!」
どんな逆ギレだよ、と上条は思う。
美琴の姿を見かけたとき、上条は不吉な予感に導かれ知らんぷりして通り過ぎようとした。だが美琴の電磁波センサーの存在を思い出し、こそこそして捕まるよりは良いと声をかけたのが仇になったかとちょっとだけ後悔した。
「で? アンタはたしか今日は部屋にこもってるんじゃなかったっけ? こんなところで何してんのよ」
「ああ。友達と来てたんだけどな。連れが食い物屋の屋台の前から動かなくなったんで置いてきた」
姫神もいるし魔術師が進入したって話も聞かないから大丈夫だろ、と上条は続ける。
美琴は上条の話が全くピンと来なかったが、
「要するに、アンタ今一人なの?」
「一人っつーか、まぁそうだな」
「だったら暇でしょ。付き合ってよ」
「え? 心の底からご遠慮させていただきます」
上条が嫌そうな顔をしたのを見て、美琴はカチンと来た。
「良いから来なさい!」
美琴は上条の襟をガシッ! とつかむ。
「え? ちょっと待て、俺をどこに連れて行くんだ! おい御坂? やめろってば!」
抵抗むなしく、上条は美琴に連行された。
「わぁい、うふふっ」
「……ゲコ太お面にゲコ太綿菓子にゲコ太笛。どう見ても花火よりこっちが目的じゃねえかこのお嬢様は」
気がつけば、上条は美琴の荷物持ちをさせられていた。両手に山ほどのゲコ太グッズを持たされている。
「屋台で大人買いなんて見たことねーぞ」
「こう言うところに来るとゲコ太グッズの掘り出し物に会えるから楽しいわね」
ゲコ太グッズに囲まれて、美琴はご満悦だ。
「俺はちっとも楽しくねーよ」
「綿菓子は黒子へのお土産よ。アンタも食べる?」
「いらねえよ! ガキじゃあるまいし」
「アンタ何カリカリしてんの?」
「いきなり連れてこられて荷物持ちさせられたら誰だって怒るだろ!」
「んじゃ、はいお駄賃」
上条の目の前ににゅっと焼きイカが差し出された。
銀髪のシスターに財布の大半を食い尽くされ、自分は何一つ口にしていないことを思い出した上条は、美琴の顔と焼きイカの間で視線を往復させた後、無言で焼きイカにかじりついた。
美琴は上条がイカをもぐもぐしている間上条をぼうっと見つめていたが、手元の棒からイカがなくなったのに気づき、近くのゴミ箱に捨てる。
「……ごっそさん」
「ん、よろしい」
たとえ理不尽な状況に置かれても、食べ物を出されたらきちんと食べてお礼を言うのが上条だ。
美琴は上条を見てにこっと笑った。
「何で笑ってんだよ」
「? 良い食べっぷりだなと思って。あ! ねぇねぇ、こっちこっちー」
美琴が上条を手招きする。
「はいはい今度は何ですかー。って射的かよ」
「あのゲコ太のぬいぐるみを取るから、アンタちょっとここにいて」
美琴は射的屋の親父に金を払い、コルク弾と銃を受け取ると、狙いを定め、引き金を引いた。
「…………あれ?」
撃ち出されたコルク弾はぬいぐるみにかすりもしなかった。
続けて二発、三発、四発と撃つが、全く当たらない。
六発、七発、八発、九発、一〇発まで撃って、美琴が銃を下ろした。
「かするどころか全弾狙いが外れてっけど。お前ひょっとして射的下手?」
「……………」
「おいちょっと待て巾着から無言でコインを出すなこんなところで超電磁砲を使うなそもそも浴衣にコインっておかしいだろ!」
ゲコ太グッズを持ったまま、上条が美琴の前に立ちはだかる。美琴はふーふーと荒い息を吐き、目が血走っている。
「そんな髪を逆立たせて怒るなよ。ほら、俺がやってみるからちょっと替われ」
上条は手にしたゲコ太グッズを美琴に押しつけると、美琴の手から銃を奪った。
射的屋の親父に金を払い、コルク弾を受け取る。
「……アンタ得意なの?」
「任せろ、とまではいかないけどな……。よっ、……当たれ!」
一発、二発、と空振りし三発目でぬいぐるみに当たったが、倒れるまでは行かない。
コルク弾が当たった位置に銃を固定させると、上条は続けざまに撃ち、弾を込める。
四発、五発、六発と弾がぬいぐるみを後ろに押しやり、九発目でゲコ太のぬいぐるみはコロリと台座から落ちた。
「ほれ、取れたぞ?」
上条は親父からぬいぐるみを受け取り、美琴に押しつけた。代わりに空いた手で美琴からゲコ太グッズを引き受ける。
「……くれるの?」
「ああ。もう暴れるんじゃねーぞ」
「うん。……ありがと」
美琴はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、とてもうれしそうに微笑んだ。
上条は射的屋の親父に頼んで大きな袋をもらい、そこにグッズを押し込んだ。
少し重めの袋をぶら下げ、美琴に声をかける。
「お前さ、花火見に来たんじゃねーの?」
「うん。そうだけど」
「んじゃ行くぞ」
すたすたと歩き出した。
「え? え? 何で?」
「何でってお前、花火見に来たんじゃねーのかよ?」
「……、そうだけど」
「じゃあ行くぞ。もたもたすんな」
「アンタ……付き合ってくれんの?」
「人に荷物持ちさせといて、お前はそのままバックレか? こんな屋台だらけの場所じゃ落ち着いて見てられないから移動しようぜ」
「あ、うん。って、ちょっと待ってよ。先に行かないでよ」
美琴は下駄を鳴らして上条の後を追いかけた。
「ちょっと待って、待ってってば」
美琴は上条のシャツの裾をつかんだ。
「おい、シャツをつかむなよ。伸びるだろうが」
「だって私下駄履いてるのよ? 少しは歩く速度合わせてよ」
「あ?」
上条は足元を見る。
美琴は淡い桜柄の鼻緒を施した下駄を履いていた。
「……あー、悪りぃ悪りぃ。お前下駄だったのか」
「何よ、今頃気づいたの?」
美琴が頬をふくらませる。
「いやまぁ、気にしてなかったから」
「むー。その様子だと浴衣にも気づいていないでしょ」
美琴は上条の前で肘を軽く曲げ、袖を広げてみせる。
「あ、いや。そっちは気づいた。こないだ見せてくれた奴だろ?」
「うん。……似合う?」
美琴は一瞬だけ視線を下に向け、それからやや上目遣いで上条を見る。
「あー……良いんじゃねえの?」
「……、そ、そう」
美琴は何故か視線をそらすと、上条のシャツの裾をきゅっとつまんだ。
「だからつかむなって」
「アンタが迷子にならないようにしてんの。そ、そうよ! ゲコ太グッズ持ったままどっか行かれちゃ困るもの」
「じゃあ今ここで渡してやろうか?」
「……持っててよ。女の子に重い荷物持たせる気?」
「これはてめぇの買い物だろうが! ……ったく」
裾を伸ばすんじゃねーぞ、と美琴に釘を刺し、上条は美琴を連れて広場を目指す。美琴は少しうつむいたまま、シャツの裾をつまんで後に続いた。
「うへぇ、やっぱ混んでるな。どっかのベンチに腰掛けたかったところだが」
上条は周囲を見渡すが、どこもかしこも人、人、人で埋め尽くされている。
「場所取りするなら早い時間から来てないと無理ね。私は花火が見えればどこでも良いわ」
「だったら学校の屋上でも良かったんじゃねーの?」
「それじゃ風情がないでしょ」
「風情ねえ」
んなもんわかんねーよ、という上条の二の句は大きな歓声によってかき消された。空を見上げると、大輪の花が輝いている。
「…………」
「…………きれい」
美琴は天を見上げてため息を吐く。
花火は次々と打ち上げられ、晩夏の夜空をまぶしく彩る。
数々の光に照らされる美琴の横顔を、上条はぼんやりと見つめていた。
「…………きれいだな」
次の瞬間、しまったと上条は自分の口を押さえた。
「え?」
「は、花火がきれいだって言ったんだよ」
上条は慌てて上を向く。
「うん、そうね。私、花火を見ると日本人に生まれて良かったって思うんだ。科学が進化した学園都市に住んでるのに変な話だけどね」
「…………」
「他の国にも花火の文化はあるけど、やっぱりこの美しさは日本独特のものだと思うわけ。古来より続く伝統美っていうのは、心惹かれるものがあるわね」
「…………そうだな」
二人黙って空を見上げていると、突然美琴の体がよろけた。美琴は人波に押され、後ろ向きに傾いでいく。
「わっ!」
「おっと」
上条は美琴の背後に回り、美琴の体を受け止める。美琴の頭が上条の胸にストンと収まった。
「……セーフ」
「……あ、ありがと」
「せっかくの浴衣が汚れちゃつまんねえからな」
美琴は上条に寄りかかったまま、上を見る。
「……、いつまでそうしてんだよ。重い」
「重くないわよ!」
美琴は少し思案した後、背中から上条の胸にもたれかかると、荷物を持ってない方の上条の手を自分に抱きつかせるように回した。
「! ちょ、お前、何やって」
「……、アンタは私とはぐれちゃ困るし、私は突き飛ばされて転びたくないし」
美琴は自分の体に回した上条の手の上に自分の手を添え、上条を仰ぎ見る。
「……持ちつ持たれつじゃない?」
「――どこがだよ」
それでも上条は、美琴の手を振り払おうとはしなかった。
空に描かれた光の華はやがて小さな光の雨へと姿を変え、消えていく。
二人はそれぞれに何かを思いながら、黙って空を見上げていた。
「悪いわね、荷物持ちさせちゃって」
「……その台詞はもっと早くに言うべきじゃないのか?」
上条はゲコ太グッズが入った袋をぶら下げ、顔に疲れを張り付かせる。
一方美琴は、花火大会からずっと上条のシャツの裾をつまんで歩いている。
「だからいつまでそうやって人のシャツを引っ張ってるんだよ」
「寮に着くまでだけど?」
「そこでキョトンとかすんじゃねーよ!」
「だって私下駄だから早く歩けないし」
美琴の下駄の音が、人通りの少ない歩道にカラコロと響く。
「つまりそれはあれか。お前の寮まで荷物を持っていけってことか?」
「よくわかったわね」
「よくわかったわね、じゃねえ!……あーくそ」
花火大会も終わり、二人は家路を辿る。
時折行き交う人々が皆どこか楽しげに見えて、美琴は微笑んだ。
上条はそんな美琴を見てぷい、と顔を背ける。
「そう言えばアンタ、友達は? 私が言うのも何だけど放置して大丈夫なの?」
「さっきメールが入った。屋台で食い過ぎたんで、食い放題の店に連れて行くって」
「はい?」
上条のとんちんかんな答えに、美琴が目を丸くする。
「アンタのお友達は食い倒れ系なの?」
「アイツが食い倒れるなんてまず想像できねーな。先に俺の財布が倒れんだろ」
――上条の交友関係がますます理解できなくなる。
「何でアンタの財布が空になるわけ?」
「……、いろいろと事情があんだよ」
上条が視線をそらし、言葉を濁した。美琴はそれに気づかず
「ま、いいわ。美琴さんは大満足! ゲコ太グッズはゲットできたし、花火も見れたし」
「……ホントに花火はおまけだったんだな」
「そんなことないわよ。楽しかった」
美琴は空を見上げる。
二人で見た花火をそこに思い浮かべて、
「……うん、楽しかった」
何かを確認するように頷いた。
「そういやお前、連れはいなかったのか?」
「黒子は今日、風紀委員で駆り出されてるから」
「黒子? ……ああ、あのツインテールの空間移動か」
上条はややあってから『アイツか』と理解する。
「アイツがいれば俺は荷物持ちしなくて良かったんじゃないだろうか……?」
「私の都合であの子を呼び出すわけには行かないわよ」
「俺なら良いのかよ!」
「あそこでたまたま出会ったのが運命の分かれ道だったわね」
美琴が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「……声かけなけりゃ良かった。……不幸だ」
「いいじゃない。アンタだって楽しかったでしょ?」
そこで上条は美琴の顔を凝視する。
「……何? 私の顔に何か付いてる?」
「……い、いや? そうだな。楽しかったことは否定しねえよ」
上条は美琴から視線を外すと、何やらぶつぶつと呟いた。
常盤台中学には、『外出時も常に制服を着用すること』という規則がある。
つまり、美琴が浴衣を着ているのは立派な規則違反である。
しかも、現在の時刻は寮の門限を大幅にオーバーしている。
よって、美琴は上条と別れた後こっそりと寮内に侵入した。
自室に戻るのに侵入という表現はあまりにも不穏かつ不適切だが、寮監が怖い美琴としては下駄を脱ぎ素足で足音を殺し、見つかりませんようにと祈りながら階段を登っていく。
二階にたどり着くとなるべく音を立てないように自室のドアを開け、息を殺して室内に入り、ドアを閉めた。
「ふう、危なかったぁ……」
大きく息を吐き、美琴は姿見に映った自分を見つめる。
「……うん。やっぱり良くできてるじゃないこの浴衣。アイツも良いって言って…………!?」
美琴はブンブンブンブン!! と激しく頭を振った。
「アイツは別に関係ないじゃない! そ、そうよ。これは美琴さんの裁縫の腕が良かったんであって別にアイツの評価なんかどうでも良い……」
美琴は、腕の中に抱きしめたゲコ太のぬいぐるみを自分の目の前に掲げると、
「ねぇ、この浴衣、……似合ってる?」
ゲコ太の髭がかすかに揺れたような気がした。
上条が部屋に戻ると、お怒りモードのインデックスが正座していた。
「ただいまー。あれ? インデックス、お前食い放題の店に行ってきたんじゃないの?」
上条は『おなかいっぱいなのに何でお前はそんなに不機嫌なわけ?』と聞こうとしてインデックスの顎がガバァ! と開く音におののく。
「とーうーまー? 私を置いてどこに行ってたの?」
「え? どこって花火……と、荷物持ちが……」
清貧を謳うはずのシスターからあふれ出す殺気に気圧されて、上条が一歩下がる。
しかし、逃げ場はどこにもない。
「私もあいさもひょうかも、とうまと一緒に遊びたかったのに! 置いてけぼりなんて許さないかも!! 三人分合わせてカミクダク!!」
「インデックス違うんだこれは置いてけぼりとかじゃなくて御坂の奴に引きずり回されてそりゃちょっとは楽しかったかもしれないけれどこちらにも負けず劣らずの苦行が用意されてですねつまりこれはお前のそばを離れた俺が悪かったから許して神様ごめんなさい!」
どれだけ罪を嘆いても、逃れようのない罰が上条の後頭部に電光石火の如く深く深く突き刺さる。
「ヤバいこれ痛い俺の許容範囲外! やめてお願いインデックスさん死ぬ死ぬ死んじゃう! 俺の命が花火のように燃え尽きて!? 荷物持ちさせられた上に噛みつきだなんてあーもー、不幸だぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「はぁぁぁ、ただいま帰りましたですの……」
「黒子、お仕事お疲れ様」
ぐったりとした表情で黒子が部屋のドアを開けると、妙に機嫌の良い美琴が黒子を出迎えた。
この時間ならいつも美琴は先に寝ているが、めずらしく愛しのお姉様が起きていて自分を出迎えてくれたという現実に黒子の疲れは吹っ飛んだ。
「お、おね、お姉様からの慰労のお言葉! 黒子は、黒子はもうそれだけで元気一〇〇倍ファイト一発ですの!」
黒子が両手を組み合わせてくねくねと踊る。
「でも、お姉様今日は本当に申し訳ございませんでしたの。花火大会に合流できなくて……」
黒子は心から申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「気にしないでよ。アンタは風紀委員の仕事だったんでしょ?」
「ですが、お姉様をお一人にしてしまって……」
「ああ、それなら大丈夫。途中であの馬鹿に会って」
「ナンデスト!?」
美琴の発言に、黒子が衝撃のあまり目を剥く。
「そのあとゲコ太グッズを買い漁って、ああもちろんあの馬鹿は荷物持ちでこき使ったわよ? 射的でゲコ太のぬいぐるみが取れなかったんだけど、代わりにあの馬鹿が取ってくれてね。これがそうなんだ、かわいいでしょ? そのあとあの馬鹿と花火を見に行ってさ。私が下駄を履いてたからあの馬鹿がずっと私の手を引いてくれて、私が転びそうになったらあの馬鹿が必死になって助けてくれて、最後にここまで送ってくれたの。そうそう浴衣も何かほめてくれたっぽくて。ねぇ黒子聞いてる?」
美琴がにこにこ顔でゲコ太のぬいぐるみを黒子に見せ、あまつさえ頬ずりしてみせる。
一方黒子は、何をどう聞いてものろけにしか思えない美琴の無自覚な言葉に、残った体力と精神力をガリガリと削られていく。
「…………………」
「あれ? 黒子? どしたのアンタ? 疲れてるなら早くシャワー浴びた方が良いんじゃない?」
「…………………」
「黒子? 黒子?」
美琴が呼びかけても、黒子は反応を示さない。
黒子は自分の内部がふつふつと黒い怒りで煮えたぎっていくのを感じて、
「お姉様があの馬鹿と…………お姉様があの馬鹿……………ぅおおおおおおおのれあの若造がァぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「黒子? アンタ額に青筋立てて金属矢を構えてどこに行くつもり!? 黒子? ねぇ黒子? 正気に戻ってよ黒子ぉぉぉっ!?」
ここは常盤台中学『学外』学生寮の二〇八号室。
今夜もかしましい叫びが敷地を埋め尽くしていくのであった。
完。