上条の恋人作戦1224
クリスマス。
それは十字教において、神の降誕を祝う祭りである。
そしてその前日である今日はクリスマス・イヴと呼ばれ、本来は家族と一緒に粛々と過ごす日だ。
が、しかし、元々宗教観の薄いここ日本国…の中でも更にオカルトとは縁遠い学園都市において、
クリスマス・イヴとはリア充と非リア充を明確に分ける為だけの日である。
街にはこの日、独りで過ごさない様にする為の即席カップル達がかっ歩し、
その即席カップルにすらなれなかった負け犬共は、
同じ仲間【モテないどうし】で集まって傷を舐めあうのだ。
悲しい事だが、それが現実。
そしてここにも、その負け犬が一匹。
名前を上条当麻。第7学区にある平凡な高校に通う、平凡(?)な少年である。
上条は学生鞄とスーパーのレジ袋をぶら下げ、ボソッとぼやく。
「……右も左もカップルばっかり………はぁ…不幸だ……」
確かに、彼の周りには腕を組んで歩く男女で溢れている。
しかし、上条という存在を知っている人は、誰もがこう思っただろう。
「うるせぇ、てめー爆発しろ!」、と。
そう、彼は実はモテる。本人は全く信じていないが、モテる。
今日もクラスメイトの姫神を始め、多くの女性が彼に声をかけようとした。
だが運命の赤い糸すらも断ち切るという彼の右手の効力なのか、
それらは不幸にも全て失敗に終わったのだ。…本当に不幸なのは姫神達だと思うが。
そんな訳で、非リア充の皮を被ったリア充と周りから認知されている非リア充・上条は、
「不幸だ」と呟きつつ、とぼとぼと歩いているのだった。
「はぁ…今日一で良かった事っつったら、このオモチャの指輪だけか……」
上条は歩きながら、ビニール袋の中のカプセルを取り出した。
実は彼の行き付けのスーパーもクリスマス仕様となっており、
1000円以上お買い求めのお客様はくじを引ける、というサービスを行っていた。
「ハズレなし!」と銘打ってはいたが、不幸体質の上条にそんな物通用する訳もなく、
当然ながら5等を引き、カプセルに入ったガラス製の指輪を貰ったのだ。
おそらくガチャガチャの売れ残りであろう、見るからに安物だ。実質ハズレである。
…それにしても、安物であろうと『指輪』は『指輪』だ。
クリスマスがテーマのラブコメで、後々指輪がどう使われるのか何となくは察しただろう。
おそらく『想像した通り』だが、まぁ今は話を進めさせてもらおう。
上条はその、毒にも薬にもならないが邪魔にはなりそうなオモチャをビニール袋にしまい、
何度目かも分からないため息をつく。
「はぁ…けどこれじゃあ、インデックスの腹の足しにはなんないしなぁ……」
どうやら本日のディナーについてお悩みのようだ。
クリスマスから始まる年末年始。イベント事が盛り沢山で、その分特殊なメニューも多い。
そしてそれは、余計な出費へと繋がるのだ。ただでさえ月末は厳しいというのに。
おまけに、ボチボチ三が日までの食料の買い置きも始めなくてはならない。
あの暴食シスターのキャパシティを上回る買い置きとはどれだけの量なのか、
それを考えると頭が痛くなる。
師匠も走るほど忙しいという師走だが、走って逃げ出したいのは上条の方である。
にも関わらず、そのシスターさんはこうも仰っておられた。
「クリスマスと言えばケーキ! それもホールケーキなんだよ!」、と。
不条理だが聞き入れなければならない。じゃないと噛みつかれるから。
インデックスにとっては『2回目』。上条にとっては『初めて』のクリスマスだ。
上条自身、楽しみたくない訳がない。しかし……
「おゼゼがないんですよぉ……」
世知辛い世の中である。
だがそんな上条にも救いの手は差し伸べられる時があるらしい。
ふと上条の目に入ったスイーツ専門店。
その店先に貼られていたポスターに上条は衝撃を受ける。思わず二度見するほどに。
「……ク…クリスマスケーキ……きゅ、980円………だと…?」
それはホールケーキとしては破格の安さだった。
ただし、そのケーキを買う為には、一つ『条件』があったのだが。
『はい、これ』
『俺に!? いいのか!?』
『いいも何も、今日はクリスマス・イヴなのよ? プレゼント渡すくらい普通じゃない』
『い、いやあの…お、男って生き物はだな、女の子からのプレゼントってのは、
「そういう意味」にとらえちまうモンなんだよ。…か…勘違いしちまうだろ……』
『だ、だから! 「そういう意味」なのよ! いい加減気づきなさいよ馬鹿っ!』
『っ!!! ……………そっか……俺だけじゃなかったんだな………』
『えっ…?』
『じゃあ俺もお返ししなくちゃな。けど俺今、持ち合わせがないから……』
『な、なにを―――んんっ!!? …ん……んっ、んん………は…あぁ……』
『俺からの、ファーストキスのプレゼント。これで勘弁な』
『はぁ…はぁ……ねぇ、当麻ぁ……』
『ん?』
『セカンドキスも欲しいなぁ……』
『ったく、美琴は欲張りだな』
『……ダメ…?』
『いいけど、じゃあこっちももう一つプレゼントを要求してもいいか?』
『うん…何が欲しいの…?』
『……御坂美琴が欲しい』
『っ!!!』
『美琴の全てを…俺にくれないか?』
『……あげる…私の全部、当麻にあげる! 私、当麻のものになるから!!!』
『美琴……』
『当麻……』
と、高級感漂うデパートの紳士服コーナーで、ハンカチを持ちながら妄想する少女が一人。
常盤台の超電磁砲こと、御坂美琴である。
美琴は「全部って事は、あんな所やそんな所も!?」、とブツブツ言いながらクネクネしている。
彼女の頭の中の上条は、一体何をやっているのか。
美琴は上条へのプレゼントを買いにここへやって来ていた。
日頃の感謝やらお詫びやら、『何やら』の気持ちを少しでも返す為だ。
初めは、セーターやマフラー、手袋など、手編みの物を送ろうかと思っていた。
しかしその事を佐天に相談した【といつめられた】時、
重い女だと思われる可能性があると指摘されたのだ。
ならばアクセサリーはどうか、と思ったが、一瞬だけ考えてすぐに却下された。
上条が装身具を身に着ける姿など想像できない。
では上条が喜びそうな物はどうだろう…と考えたのだが、
彼が欲しがるのは食材や商品券やクーポン券、究極を言えば現ナマである。
いくら何でも、クリスマスプレゼントにそれはどうだろう。
結果行き着いた先がハンカチだった。
これならば普段身に着けることができ、使う機会も多く邪魔にもならない。
もっとも、今美琴が手にしているハンカチはブランド品で、驚くべき事に諭吉さん5人分である。
そんなお高いおハンカチ様で、庶民代表の上条が、
汗や便所後の手を拭ける勇気があるかどうかは疑問だが。
と、長々とバックグラウンドを説明している間に美琴の妄想も終わったようだ。
美琴は真っ赤な顔をしながら呟いた。
「あ……赤ちゃんできちゃったらどうしよう………」
一体どこのナニまで妄想していたというのか、この中学生は。
無事(?)プレゼント用のハンカチも買い、デパートを出る美琴。
しかし、プレゼントは相手に渡すまでがプレゼントだ。当然、上条に会う必要がある。
だが美琴はゲコ太型のケータイを握ったまま固まっている。
何て声をかけたらいいのか分からないのだ。
さっきまであんな妄想を繰り広げていただけに、気まずさも残っているのかも知れない。
(「ちょっと用があるんだけど、来てくれない?」…は少し上から目線すぎるかな……
「アンタにプレゼントがあんのよ」…う~ん…サプライズに欠けるわね……
「大事な用があるの…会って話がしたいんだけど…」って! ここここれじゃ告白するみたいじゃない!
「HEY! 今お暇ですかー!?」……何だそのキャラ…
「あげる…私の全部、当麻にあげる!」ってそれさっきのヤツじゃああああん!!!)
どんどん思考がカオスになっていく。考えすぎである。最初ので十分だと思うのだが。
このままでは、結局上条に会えずじまい…という最悪のパターンになってしまいそうだ。
なんて、そんな事が頭によぎった時、思わぬ所から思わぬ形でチャンスが来る。
「おー、美琴! ちょうど良かった!」
声をかけられた。今正に、自分が声をかけようとしていた相手に。
「のおおぉわああああ!!!」
「…そんなに驚かんでも……」
美琴は思わず声を上げ、綺麗にラッピングされた小さいプレゼントボックスを、
とっさに自分のカバンにしまい込む。
「な、なな、何よ急に!」
「あーいや、ちょっと頼みたい事があってさ」
「頼み?」
珍しい事もあるもんだ、と美琴は思った。上条の方から頼み事をするなど、滅多にない。
しかし悪い気はしない。頼られるのは、素直に嬉しいのだ。
「何よ頼みって」
「んー…少し言いづらい事なんだけど……」
「いいから言いなさいよ」
だがこの後、美琴はそんなお気楽気分を吹っ飛ばされる事となる。
上条の、衝撃の一言によって。
「じゃあ言うけど………今から俺の恋人になってはくれませんかね?」
美琴の頭の中で、
『ドォーン テンテンテンテンテケテンテン テンテケテンテンテンテンテン ♪』
と、盆回り【ドリフのオチのきょく】が流れたのだった。
980円という、尋常じゃない安さのクリスマスケーキに心奪われた上条。
他の店ならば、その3倍の値段はするだろう。もうコレにするしかない。売り切れる前に。
なのだが、一つ問題がある。
どうやらこのケーキ、店頭販売されている物ではなく、店内で注文するタイプのようだ。
分かりやすく言えば、コンビニのレジではなくファミレスのテーブルに近い。
だがまぁ、食べ切れなかった人の為に、残りをテイクアウトできるサービスがあるらしいので、
そこは問題ない。重要なのはこっちだ。
「カ…カップル限定……かぁ……」
そう。恋人同士でご来店したお客様限定の品だったのだ。
しかし先程説明したように、彼に恋人はいない。いないったらいない。
だがやはり、980円は魅力的だ。
そこで誰か、恋人役を引き受けてくれそうな人はいないかなと、ケータイを取り出そうとしていた。
ところが、その必要はなくなる。
スイーツ専門店と道路を挟んで向かいのデパートから、見慣れた制服を着た少女が出てきたのだ。
御坂美琴である。
渡りに船とはこの事だ。これで電話をする手間が省けた。
美琴には以前、海原の一件で恋人の役をやらされた過去がある。
ならばこちらから頼んでも、断ったりはしないだろう。
上条は嬉々として美琴の方へと走っていった。
そして話しかける。あちらはあちらで、何だかケータイを握り締めたまま固まっているが関係ない。
「おー、美琴! ちょうど良かった!」
「のおおぉわああああ!!!」
化け物でも見たかのような美琴の反応に、ちょっとだけ傷つく上条である。
だが今はそこにツッコんでいる場合ではない。優先順位第一位はケーキの件だ。
万一断られたら目も当てられなくなるので、若干言いづらい内容だが、
勇気を出して聞いてみる。
「じゃあ言うけど………今から俺の恋人になってはくれませんかね?」
ただし、大事な部分を大幅にはしょりながら。
美琴はその言葉の意味を脳内で処理できなかったのか、初めのうちはポカーンとしていたが、
理解した瞬間、「ボッ!」と音を立てて顔を真っ赤に変色させる。
「こっ! こここ、こい、こい、恋人おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!?」
街中に響き渡る絶叫。中々の奇行だが、周りの反応は慣れたものだ。
この季節、告白イベントなんてイヤでも目に付く。
この二人もそんな即席カップルの一組だと思われているのだろう。
「やっぱ無理か?」
「えっ!!? あ、ああのその…むむむ無理とかそういうのじゃなくて私的にはむしろ
これ以上ないくらい嬉しいんだけどでもいきなりだし私も心の準備っていうか
そういうのが必要だしあっけど別にホントに嫌な訳じゃないのよ私だってずっと
そうなりたいと思ってって何言わせんのよ馬鹿大体そういう大事な事はもっとムードのある―――」
脳がパンクしたらしく、色々と訳の分からない事を言い続ける美琴である。
様子がおかしい美琴に対し、上条は冷静に足りなかった言葉を付け足す。
「あ、恋人っつっても勿論ニセモノだけどな」
「―――ムードのある場所でじっくり……って…はぇ?」
美琴のマシンガントークがピタッと止まる。
「そこの店でクリスマスケーキ買いたいんだけどさ、カップルじゃないと買えないみたいなんだよ。
だから一緒に行ってはくれませんかね、っていうお願いなんだけど…どうですかね?」
美琴はその言葉の意味を脳内で処理できなかったのか、初めのうちはポカーンとしていたが、
理解した瞬間、「バチバチッ!」と音を立てて火花を散らせる。
「それを先に言わんかあああああぁぁぁぁいぃぃぃぃ!!!」
上条目掛けて雷撃が放たれる。中々の攻撃力だが、上条の反応は慣れたものだ。
右手をかざしてそれを打ち消す。
「え、えーと…何か怒っていらっしゃる…? わ、分かったよ。他の人に頼むよ」
「怒ってないわよ! ニセモノでも何でもやってやるわよコンチクショー!!!」
正直、怒ってはいるのだが、それはそれとして恋人役は引き受ける美琴であった。
「いらっしゃいませー!」
とサンタコスをしたお姉さん達が出迎える。
明らかにドギマギしている上条の足を踏んづけ、美琴も店に入る。
「いってー……あー、チラシ見て来たんですけど、
カップル限定のクリスマスケーキってまだありますか?」
「あ、はい。ございますよ。ただこちら、店内でお召し上がる方でないと……」
「大丈夫です。残ったらテイクアウトできるんですよね?」
「はい。それは可能です」
「じゃあそれ一つください」
「ではあちらの、お好きな席へどうぞ」
店員に案内され、二人は店の中の小さなテーブル席に腰を下ろす。
「…っつーか、さっき何で足踏んだの?」
「べっつにー!」
「……やっぱり何か怒ってない?」
「怒ってないって言ってんでしょ!?」
明らかに不機嫌な様子。やっぱり無理やり誘ったのはマズかったかなぁ、と上条は後悔していた。
しかしそれなら、そもそも一緒に店に入らないと思うのだが、
じゃあ何でだろうと頭をこんがらからせる。
多分、上条には一生理解できないのではないだろうか。
と、上条が思考のスパイラスに陥っている時、注文したケーキが到着した。
ハートの形をした苺のショートケーキ。安いだけあって作りはシンプルだ。
ただし、中央に乗っている砂糖菓子は中々凝っている。
サンタの格好した男女が、抱き合ってキスしているのだ。
まるで、「これ食ったお前らも、帰ったらこんな事するんだろ?」とでも言わんばかりである。
だがこのケーキ、決定的に足りない物がある。
「…あれ? フォークが一個しかねぇ……」
ついでに、取り分ける為の小皿も一枚しかない。店側のミスではなく、元々そういう仕様なのだ。
これで食えという事だろう。
まるで、「ほれ、それで食べさせ合いでもして存分に乳繰り合えよリア充共が」
とでも言わんばかりである。
だが上条はそんな不幸が起きそうなイベントには乗らない。
そもそもこれは、インデックスへのお土産だ。
一口も食べずにお持ち帰りするのはさすがに失礼なので、少しは食べるが、
ここで食べさせ合いなどする必要はない。
なので、「美琴、俺はいいからお前だけでも食ってくれ。9割くらい残してくれればいいから」
と上条は言おうとした。
「言おうとした」というのは、「言えなかった」という意味だ。何故なら、
「く、くくく、口、ああ、開けなさいよ……」
と言いながら、美琴がこちらにケーキを向けているからだ。
「な…何をしていらっしゃるので…?」
「し、仕方ないでしょ!? 周りはみんなやってんだから、私達だけやらないのは不自然なんだし!」
周りの客は、当然本物のカップルだ。マナーに則り食べさせ合いをしている。
あっちでもそっちでもこっちでも、あ~んをしているのだ。まとめて爆発できないものだろうか。
「いやだからって、何も俺達まで―――」
「いいから!」
美琴はテコでも引き下がる気配はないらしい。
不機嫌状態の彼女に逆らうと後が怖い。上条は仕方なく折れ、口を開ける。
「分かったよ。………あー…」
「っ!!! ~~~っ」
「あー…あむっ。……んぐんぐ」
「ど、どど、どう…かしら…?」
「ごくん。…うん、普通に美味いな」
「そ、そういう事じゃなくてっ!」
「?」
「…何でもない……」
どっと疲れが出る美琴。
せっかく周りの空気に後押しされて、普段絶対にできないような事をしたというのに、
上条の反応は鈍感【いつもどおり】だ。
やはりもっと大胆に行かなければ、この男を攻略するのは不可能、という事らしい。
しかしこれ以上大胆な行動が、素直になれない美琴【じぶん】にできるのだろうか、
と今度は美琴が思考のスパイラルに陥っている時、上条がまさかの行動を取る。
「じゃあ次は美琴が食う番な。ほれ、口を開けなされ」
「……………へ?」
まさかの展開である。
「ええええええぇぇぇぇ!!!? ななな、な、何でアンタが急にそんな!!?」
「え…だってさっき、味の感想聞いてたから、てっきり美琴も食いたいのかと……違ったか?」
違うけど、違わない。
というか、仮にそうだとしても、上条まで「あ~ん」させる理由にはならないのだが、
そこはツッコまずに黙っておこう。せっかくだから。
「~~~っ!!!」
「いらねーの? じゃあ残りはテイクアウトを―――」
「た、た、食べるわよっ!!! 食べればいいんでしょ食べればっ!!!」
美琴は勢いよく、上条の持っているフォークの先にかぶりつく。
しかしそれは、先ほどまで上条の口の中に入っていたフォークな訳で。
それはつまり、間接キスな訳で。間接的な、『キス』な訳で。
「……………」
美琴は俯いたまま、口をもむもむを動かす。
「まぁまぁ美味いだろ?」
と上条が聞いてくるが、ぶっちゃけ味なんて分かる訳がない。美琴は黙って頷いた。
なんだか大人しくなったので、とりあえず機嫌は直ったのかな、と上条は安堵する。
問題も解決(?)した所で、上条は今度こそテイクアウトする為に、店員さんを呼び出した。
「さて、帰るか」
店を出た上条は、開口一番帰宅宣言をした。
もう少しくらい一緒にいてくれた方がオイシイ展開になりそうだが、
同居人が待っているので仕方ない。
帰るのが遅れれば遅れる程、彼女の歯の鋭さは研ぎ澄まされていく。
上条は学生鞄とスーパーのレジ袋と、クリスマスケーキ(食べかけ)の入った箱を持ち、
美琴に対して「じゃあ、また明日な」と簡単な挨拶をする。
何かもう、夢心地で心ここにあらずな美琴は、「あ…うん……」と生返事をするのだが、
そもそも今日、なぜ上条に会おうとしていたのかという理由を思い出しハッとする。間一髪である。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
「ん?」
美琴はおずおずと、自分のカバンから小さな箱を取り出す。
可愛くリボンが結ばれており、明らかにプレゼント用だと分かる。
「は…はい、これ……」
「俺に? いいのか?」
「い、いいも何も、今日はクリスマス・イヴなのよ? プレゼント渡すくらい普通じゃ―――」
言いかけて、美琴は既視感を覚える。
(あ、あれ…? ここ、これって私が想像してた展開と同じなんじゃ!!?)
もしそうだとすれば、この後は……
「じゃあ俺もお返ししなくちゃな。けど俺今、持ち合わせがないから……」
(ま、ままま、まさか…まさかああああぁぁぁぁぁ!!!?)
まさか間接ではなく、直接キスが来るとでもいうのだろうか。
美琴は『一応』、目をギュッと瞑る。あくまでも『一応』だ。
しかし、幻想をぶち殺すのが上条さんのお仕事である。
「……あっ、あるわ。あげられるモン」
「……えっ………」
人間、そううまくはいかない物である。
上条はレジ袋から、カプセルを取り出す。
「これスーパーのくじで当たった【ハズレた】オモチャなんだけど…美琴いる?」
「オ……オモチャ…ッスか……」
がくんと肩を落とす美琴。だが、そう悪いだけの話でもなく、
「ちょっと手ぇ貸して」
「手…? …………っ!!!」
カプセルから出されたオモチャの指輪は、美琴の左手薬指にはめられた。
上条的には何となくだが、美琴的には大きな意味を持つ。
「なっ、こっ、えっ、あっ?」
「悪い。今はホントこれしかないからさ、後でちゃんとしたお返しするよ。じゃあな!」
無駄に颯爽と立ち去る上条。「奴はとんでもない物を盗んでいきました」状態である。
その場に残された美琴は、今日『も』ひたすら上条に振り回された事を振り返り、
その感想を一言にまとめた。
「ふにゃー」
学園都市は今日『も』、謎の停電に襲われるのだった。
ちなみに本日の最終的なオチ。
ケーキが食べかけである事をインデックスに問い詰められ、
美琴と一緒に食べていた事がバレてしまい、結局最後は噛みつかれる上条の図。