御坂美琴のプレゼント
12月24日。それはクリスマス・イブだ。
十字教の主の誕生日の前夜祭が行われる聖なる日であり、十字教国家でないものの、お祭り大好きな日本でも(主にカップルにとって)特別な日だ。もしかしたら25日以上に。
それは科学の街、学園都市とて例外ではない。
が、そんなことなど関係ない様子の上条当麻は自室で1人、いつも通りの夕飯を食べている。
同居人のインデックスと悪友の土御門元春はイギリス清教のミサで留守にしている。青髪ピアスも下宿先のパン屋が忙しいらしい。
その為(去年がどうであったかはわからないが)今年は1人寂しくクリスマスを過ごす。と彼は思っていたのだが、1通のメールによってこの日が、彼にとって特別な日へと変わる。
(御坂から?)
こんな日に女子からメールが来ると、男子高校生としては期待してしまいたくなるが、上条としては『まさか御坂がな』とあまり関心がなかったが・・・・・・
(・・・・・・マジで?)
『近くのイルミネーションが綺麗だから一緒に行かない?』
まさか本当にデート(?)のお誘いが来るとは思わなかった。
用事など本当に無い。断る理由など何もなかった。
行けると返事をして1分で美琴からまたメールが来た。
『じゃあ今すぐいつもの公園に来ること!遅れたら0距離散弾超電磁砲!!』
さすがにフレイヤの召喚したドラゴンを葬る攻撃を味わうのは勘弁だ。
急いで夕飯の残るを食べると、上条はジャンバーを来て外に出た。
寒さを我慢しながらドアを閉めたところで聞きなれた声で呼ばれる。
「おーおー上条当麻ではないかー。今日はシスターはいないのかー?」
振り向くと悪友の大好きな義妹が掃除ロボットに座ることなく、自力で立っていた。
手には紙袋がある。
「舞夏か。今日はインデックスはいないぞ。あとお前の大好きな兄貴も」
「なぬ!?そっかくのクリスマスイブだからサプライズで来てやったのに」
「残念だったな」
「(・・・・・・サンタのコスプレして喜んでもらおうと思ったのに)」
あの義兄にしてこの義妹ありか。
落ち込む舞夏を慰める言葉も思い浮かばず、美琴との約束もあるため上条はこの場を離れようとした。
「じゃあな舞夏。俺は御坂と約束があるからな」
「おー!あの御坂がなー」
先ほどの消沈もどこへやら。彼女の興味はもうこちらに向かっていた。
だが上条はさっさと約束の場所へと向かい歩き始めていた。
(うわうわうわ!どうしよう寮監や黒子の目も無いしどうしよう!)
クリスマスイブという特別な日だからこそ、勇気を出してあの馬鹿にメールを送った。
あの馬鹿と合流したら、美しいと話題のイルミネーションを見に行き、いい雰囲気になったら『アレ』を渡す。
問題はどうやってそこまで持っていくかだ。
「御坂ー」
(アイツもうご飯食べたかしら食べてなかったら近くのカフェでお食事とかも)
「おーい」
(食べてなくてもカフェでゆっくり話もしたいし)
「美琴ー」
「ひゃい!?」
考え事をしていて上条の存在に気づかなかった。
いつからここにいたのだろうか。考えことが顔に出ていなかったか。上条に見られていなかったのか。
そんな不安に美琴は襲われた。
「あ、ああア、アンタ!いつからここに!?」
「いや、いま来たばかりだが」
(というか今名前で!?)
「というか、制服じゃないんだな」
「さ、さすがにね!」
さすがにこんな日に制服で上条と会うのは忍びなく、数日着ていく服を考えたが決められず結局ロシアで着ていった服装となってしまった。
(でもどうしよう似合ってないかな。でも聞くのも恥ずかしいし)
「・・・・・・どうしたんだ?イルミネーションを見に行くんだろ?」
「っは!そ、そうだったわね。行くわよ!!」
美琴は強引に上条を連れて歩き出す。
嬉しくてたまらない。
やっと。やっとだ。やっとこの日が来たのだ。
黒子も、あのシスターもいない。
何か事件が起きている訳ではない。
罰ゲームでも何でもない。
たとえ一晩だけでも、やっとこの馬鹿と、何のしがらみも無く一緒にいられる時間が来たのだから。
(今日だけは、私も。だから)
「・・・・・・綺麗ね」
「・・・・・・ああ」
公園を出て電車に乗って少ししたところだ。
大きなショッピングモールの中央に巨大なクリスマスツリーが飾られ、様々な装飾に飾られていた。
モール内の店は証明を明るさを落としておりさらにツリーの美しさは引き立てられていう。
ベンチに腰掛けている2人はツリーを眺めているのだが、別のものに目がいってしまう。
明らかにカップルであろう複数の男女が人目もはばからずにいちゃいちゃしているのだ。
(俺たち、こうしてるとカップルに見えるのかな)
悪い気分ではなかった。
美琴は可愛いし性格も良い。美琴といられるのは上条も嬉しい。
(美琴は、どうなんだろ)
それを美琴に聞くことは出来ず黙り込んでしまう。
肯定でも否定でも、それを聞いたら今の関係が終わってしまうのではないかと怖くなってしまったのだ。
美琴も先程から言葉を発しない。
さすがに周りの空気に便乗する勇気も、この空気の払拭する勇気も、上条は持ち合わせてはいなかった。
気まずい空気の中、口を開いたのは美琴だ。
「・・・・・・ねぇ、ご飯食べた?」
「食べたけど、そっちは」
「私も食べてきちゃったけどさ、近くにレストランあったしそっちで休まない?」
美琴の好意を無碍にする意味も無く、上条は承諾した。
(これからどうしよう)
何とか思いつきでここまで来た。
「ところで御坂、門限はいいのか?」
現在8時5分。今から帰っても門限には間に合わない。というよりも最初から門限を守るつもりなど端から無い。
「いいのよ別に。黒子に連絡すれば」
「あんまり白井を頼りにするのもなー」
「・・・・・・じゃあ、今晩はアンタんとこ泊まらせて」
「はい!?」
「え、あ、その・・・・・・」
いつもは絶対に言えない願望が不思議と口に出てしまう。
これもクリスマスイブの効果か。
「ど、どうなのよ」
上条にはっきりと聞かれた以上は引き下がれない。
上条は戸惑ってキョロキョロと目を動かし、最終的に目を美琴へ向けて言う。
「お前さえよければ」
美琴の顔がパァーっと明るくなる。
思わず体を前に乗り出し机を手で叩く。
「いく!絶対泊まる!」
「わ、わかったから落ち着け!コーヒーもこぼれそうだし周りも見てる!」
「え・・・・・・、あっ」
他の客や店員の視線に気づくと、美琴は顔を真っ赤にしながら机にうつ伏す。
けれども上条には見えないが彼女はにやけていた。
9時には帰り、上条と別れるつもりだったが、一晩中彼といられるのだ。
幸福だった。不幸が起きる前兆かと思うくらいに。
「ただいまー」
「お邪魔します」
まさか本当に美琴を自室に連れ込むことになるとは思わなかった。
美琴は普段見せないよそよそしい感じで床に腰掛ける。
「あー悪い、食器片付けてなかったな」
急いで放置されていた食器をシンクに置き水に浸け、2つのコップに水を入れると美琴が待つテーブルに置き彼も床に腰掛ける。
「これぐらいしかなくてごめんな」
「いいわよ別に。それよりもさ・・・・・・」
少し間を空けて恥ずかしそうに美琴は言う。
「こっち、来て」
「え?」
「私の横に座れって言ってるのよ」
(え、えぇ?)
まさか雷神トールがまた美琴に化けているのだろうか。
普段より可愛げがあっていつもと違う感情に陥らせる目の前の少女が本当に美琴が信じられなくなってきた。
「お前まさかトール?」
「・・・・・・何言ってるのよアンタは。さっさとこっちに来い」
・・・・・・本物のようだ。仮に彼女がトールならばわざわざ正体がバレる危険のある右手を近寄らせたりはしないだろう。
ドギマギしながら上条は美琴の横に座る。
そうすると美琴は、体を上条に寄せて来た。美琴の体温が直接伝わり暖かい。
「み、美琴さん!?」
「ねぇ、今日は楽しかった?私は楽しかった」
微笑む美琴を見て、自然と上条も笑う。
「楽しかったし、今も楽しい。だってお前といるんだぜ?」
「何でアンタは人を勘違いさせることばかり言うのかしら」
はっ、とする上条。
わかってしまったのだ。彼女の言う『勘違い』の意味が。
「み、みさ」
「黙って私の話を聞いて」
上条は素直にそれに従い、美琴の話に耳を傾ける。
「いつも素直になれないのに今日だけは違った。この日だけは、今夜だけはアンタといたかった。アンタを独り占めしたかった。そう思うと勇気が出たの。素直になる勇気が。きっとこれはサンタさんからの一晩だけのクリスマスプレゼントだと思うから絶対に無駄にしない。今だけの素直な私だから言えることがあるの。」
美琴の左手が動き、上条の右手を包み込んだ。
その手から上条の右手に入れられる『ソレ』が何なのか、上条は分かってしまった。
「私は、アンタが好き。たとえアンタがどう思っていようが私だけのものにしたいと思ってる。お願い。今すぐアンタの答えを頂戴」
(俺の答え・・・・・・俺は、どうなんだ?)
安易な気持ちで付き合っても彼女を傷つけるだけだ。
自分は彼女のことをどう思っているのか。
今日の夜を一緒にいただけでも楽しかった。だがそれは他の友人やインデックスといても同じなのだろうか?
今日だけでない。病院を脱走した時に会った時、記憶喪失だと知っていてなお彼女は力になると言ってくれた。
極寒のロシア、崩壊しているベツレヘムの星から助けようとしてくれたのも彼女。
ハワイで追い詰められた自分を救ってくれたのだって彼女だったではないか。
フロイライン=クロイテューネを救う時も、東京でフレイヤとの戦いにインデックスと共に駆けつけてくれたのも。
日常にも非日常にも、いつも気がつけば美琴がいた。いつも美琴に助けられてきた。
それが嬉しく、このまま美琴といられたらいいと、思うこともたくさんあった。
感謝の気持ちがある。だがそれ以上に上条の中を占めるものの意味にやっと気づけた。
「俺は・・・・・・」
そして今、彼は答えを見つけた。
だがそれは簡単に『好き』と言えるものでもない。
「うまく言えないけど、一緒にいたいと思うのは俺も一緒だ。だから誓わせてくれ」
今なら解る。
あの魔術師が組織を裏切った理由が。
きっと自分も同じことをしていただろうと。
だからこそ、あのキザな魔術師との約束を再び彼女と結ぶのだ。
「守ってやる。お前も、周りの人間も」
握る美琴の手を解き、さらに上から覆う。
その意味を、彼はわかっている。
だからこそ、彼は言う。
「この先の未来もずっと、一緒に」
「・・・・・・うん。よろしく」
自然と2人の手は繋がれていた。
聖なる夜に新たな恋人達が誕生した。
彼らのクリスマス・イブはこれからだ。
恋人達に、全ての人達に、メリークリスマス。