とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part11

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匿名ユーザー

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― ホワイトデー ―


 同日12時30分、上条宅

 上条は美琴のありがたいお説教をあれからずっとリビングで受けていた。
 上条の言い分によると『土御門から女の子にはサプライズが良い、と聞きましたのでサプライズな事件でも起こせばいいのかなと思いまして…』らしい。
 だがもちろん彼の友人、土御門元春が言いたかったであろうサプライズは違う。
彼の言いたかったサプライズとは、予告もしていないのに突然女の子にプレゼントなどを贈ったり、その子にとって嬉しいことを計画したりすることである。
 それを上条は履き違えて、サプライズなら何でも喜ぶ、つまりサプライズな事件という結論に彼の頭の中で至ってしまったのだった。
 そして冗談が全く冗談に聞こえないシチュエーション。
 美琴の怒りは最高潮にまで達していた。

「ったく、確かにアンタが私を喜ばせようとしてくれたのは嬉しいわよ?…けどね、もっと時と場合とシチュエーションを考えなさい!!アンタの場合、アレは全く冗談に聞こえないのよ!!」
「…………」
「わかったら返事をしなさい!!」
「は、はい!!本当に、申し訳ありませんでした!!」

 上条は始め背筋をピンと伸ばし、これ以上ないくらいまで地に這いつくばって土下座をした。

「はぁ…もう気が済んだし、アンタも懲りたようだからこれ以上はもう何も言わないけど…」

 それ聞いた上条は安堵し、緊張をとく。
 ―――が、しかし

「ただし!」

 彼女の再びの張りのある声により、緩みかけた緊張の糸がまた張り直される。

「もし万が一冗談で私を心配させるようなことがあれば…わかってるわよね?」

 そう言って美琴は笑みを浮かべつつ(目は全く笑っていない)、左右両ポケットの中からありったけのコインを取り出した。
 その数、およそ十枚程。
 これは暗に、『もしあればこれら全部ぶっ放す』とまで言っている。
 上条はいくら以前に数回超電磁砲を防いだことはあっても、そんな一気に約十発も撃たれたら防ぐのに右腕が一つでは明らかに足りない。
 その先に待ち受けるのは、死あるのみ。

「わ、わかります!えぇわかりますとも!!上条さんの頭はそこまで悪くないのですことよ!?」
「あらそう、ならいいんだけどね。……あぁあと、この件は貸しってことでいいわよね?」
「…………は?」
「貸しでい・い・わ・よ・ね!!」
「も、もちろんですとも!何なりとこの愛玩奴隷上条当麻にお申し付け下さいませ!!」

 それを聞いた美琴はピクリと眉を動かす。
 そして先程の笑みとはまた違う笑みを浮かべて、

「ほっほーぅ…愛玩奴隷、ね。そういえば大覇星祭の時の罰ゲームも何だかんだでうやむやにされたし、それの謝罪もまだだったわよね?」
「は…?いや、これはその…言葉のあやというか…」
「それじゃ、こうしよっか。今日一日中はアンタは私の言うことを何でも聞く、口答えしない、抵抗しないってことで」
「お、おい!それはいくらなんでも横暴すぎやしませんか!?」
「あら、アンタは私に文句を言える立場だったかしら?愛玩奴隷さん?」
「…………はぃ。あぁ…」

 自分で考えて用意した策が裏目にでて、一ヶ月前のある日と似たような展開に上条は思わずいつもの口癖を言いそうになる。
 だが、上条は喉まで出かけたその言葉を口にすることはなかった。
 何故なら、今自分の目の前には嘘ではあったものの、それでも自分の身を必死に心配して大急ぎで家に駆けつけてくれた"彼女"御坂美琴がいるのだから。
 それほどまでに自分の身を安否を案じてくれる人は自分の肉親以外に今までに何人いただろうか。
 過去のことは上条自身、記憶がないのでわからない。
 しかし彼の父親の話を聞く限り、不幸を撒き散らす人間として蔑まれていた幼少時代は逆に疎まれてたと思う方が妥当だろう。
 そして今絡んでいる友人やクラスメートなどの自分に対するぞんざいな扱いを見る限り、そこまでの心配をしてくれるとは到底思えない。
 唯一その可能性が有り得る人物は、以前自分の部屋に居候していたシスターとは思えない程の大食らいの銀髪の少女、インデックスくらいだろうか。
 無論、これ以外にもいるかもしれないが、少なくとも今直ぐに考えてでてくる人間はこれくらいだ。
 そして今目の前にはそのほんの一握りしかいないであろう人物がいる。
 今まで散々不幸不幸とぼやいてきたが、こういう人物の存在以上に幸福があるだろうか。
 まして、この状況を不幸というのはもってのほかである。

「…………幸せだな」
「はぁ?……アンタ、もしかしてソッチの気でもあるわけ?うわぁ、流石の私でもちょっと引くかも…」

 と言いつつ、美琴は既に上条から一歩引いている。

「おいおい!それは違うぞ!これはそう言う意味じゃなくてだな…その…」
「じゃあどういう意味?ちゃんと答えられなかったら問答無用で確定ってことで」
「酷いな!?……えっとだなぁ、これはその……美琴みたいに俺の不幸と真っ直ぐ向き合ってくれて、ここまで俺のことを心配してくれる人がいてくれて幸せだなって思っただけだよ」
「ッ!!」
「断じてソッチの気があるわけじゃないからな!!」
「…………」

 上条は言い切ると、珍しく顔を少し赤くして美琴への目線を逸らす。
 対して美琴は、かいつまんで言うと『お前がそばにいてくれて幸せだ』という上条のセリフを聞いて上条とは比べものにならない程顔を赤く染めていた。
 彼女は内心よくもそんなセリフを言えたものだ、と呆れている部分もあるものの、そう言ってくれた喜びの方が断然大きい。
 勿論、面と向かって言われたので恥ずかしいという気持ちもあったが、今の彼女にとってそれは些細なものでしかなかった。
 今はただ、その圧倒的な喜びを、そして嬉しさを上条に伝えたい。
 そう美琴が思っていたら、彼女の体は口よりも早く自然と動いていた。
 愛すべき"彼氏"上条当麻の元へ。
 そして美琴は今まで一番強く、彼を抱きしめた。

「うおっ!ちょ、ちょっと、美琴さん?一体どうしたんでせうか?」
「………ばか」
「??…上条さんは今の状況が全く理解できないのですが…?」

 上条はそう言うが、実はなんとなくは掴めており、その言葉は照れ隠しの役割もあった。
 そしてその内容はここ一ヶ月間ずっと彼女と一緒にいたことによってわかったことなのだが、とにかく美琴はこういうことに関してはとことん不器用なのだ。
 普段の彼女を見ている周りの者達は、彼女をなんでも器用にこなして、頭もよく、誰とでも分け隔てなく接し、明るく素直な人と思うだろうか。
 しかし、大部分は確かにそうであるのだが、こと恋愛沙汰、それも上条に対してはその限りではない。
 これに関してはとことん美琴は素直ではなく、不器用なのである。
 だから口では思ってもないことを言うことが多々見受けられるのだが、本当に嬉しい、感動している時は決まって何を口走るかわからない口で表現はせずに体全体で表現する。
 だから、上条には彼女の何かしらの強い感情を抱いていることを察することはでき、尚且つそれが何の感情であるかはなんとなくわかっていた。

(ホントにこいつはこういうことは不器用だよな。何かを伝えたいなら口ではっきり言えばいいのに…。…まぁそれがこいつの可愛いところでもあるんだけどな)

 上条もそれ以上は何も言わず、黙って美琴の背に優しく手をまわす。
 それを受けて、美琴は更に抱きしめる力を強くし長い間ずっとそのままの状態で時を過ごした。




 同日13時30分

「腹減った…やっと飯にありつける…」
「こんな時間になったそもそもの原因はアンタにあると思うんだけど?」
「わかってますよ…わかってますからそれ以上あの件には触れないでください」

 あのままかなりの時間を過ごした二人は、昼ご飯時をとうに過ぎた今、ようやく昼ご飯を食べようとしていた。
 ご飯自体は上条が美琴に電話したすぐ後には作り終えて、あとは食べるだけの状態だったのだが、時間が経ちすぎてすっかり冷めてしまっていた。
 それらを温めなおすのに多少の時間を要したものの、今やっと準備をし終えて、ご飯を食べようとしている。

「ま、まぁこんだけの料理を作って待ってたってとこだけは褒めてあげてもいいけど…?」
「あぁはいはい、わかったからもう食おうぜ。せっかく温めなおしたのにまた冷めちまう。……あと、さっきも思ったけど伝えたいことあるならちゃんと口で言った方がいいぞ?毎回毎回あれでもわからなくはないけど、いくら上条さんでも限界があるからな」
「よ、余計なお世話よ!大体、アンタは…」
「いただきまーす」
「……って彼女無視して先に食べてんじゃないわよ!!ったく、いただきます……ん、意外と美味しい」

 別に美琴は上条が料理をできないとは思っていなかった。
 一人暮らしで自炊しているのだから、ある程度はできるのだろうとは思っていた。
 だが実際食べてみたらその予想を上回る味。
 常盤台女子寮の食堂の味と大差ないと思える程に。

「そうなのか?お嬢様の美琴さんに美味しいと言ってもらえるとは、上条さんの料理スキルもすてたもんじゃないな」

 上条とて、伊達に以前自分の部屋に居候していた大食漢の銀髪シスターを賄ってはいない。
 食べる量には腹立たしい面もあったが、それでも美味しいと言ってくれたことが思いの外嬉しく、それ以来もっと美味しいと言われたくてこっそり腕を磨いてきた。
 そして、隣に住む土御門の義妹の舞夏の教えもあり、それなりの腕はあると自負している。
 それでもレベルの高い料理を食べ慣れているであろうお嬢様の美琴を満足させるレベルかどうかなのかは心配はしていたのだが…

「いやあ、不味いって言われるの覚悟での決行だったが、よかったよかった」
「べ、別に、当麻が作ってくれた料理なんだから例え不味くても私は食べるわよ……これも私が喜ぶと考えてやってくれたことなんでしょう?」
「ん?まあそうだけど…」
「だったら私は満足よ…ありがとね」

 そう言って美琴は少し照れながらも、しっかり上条の目を見て微笑んだ。
 その笑顔はこの時の上条曰わく、どこかの物語にでてくる天使を思わせるような笑顔、だったらしい。
 そしてその天使のような笑顔を目の当たりにした上条は、いつもの平常心でいられるわけもなく、少したじろぐ。
 この二人はまだ付き合い始めてから一ヶ月経っている。
 こういう経験が初めての彼らには一ヶ月"も"かもしれないが、世間的にはやはり"まだ"一ヶ月。
 付き合い始め特有の初々しさは抜けきらない。




 長い沈黙が続いて、そのままの状態で昼ご飯を済ませた二人は上条は後片付けをして、美琴は上の空の状態でテレビを見ていた。
 はじめは美琴も片付けをすると自ら言っていたが、『お前は客なんだからテレビでも見てろ』と断られた次第だ。

(うぅ…なんかさっきから会話がないから気まずい…。それにテレビって普段こんな時間になんて見ないから、面白いのなんて知らないし…)

 美琴は初めての上条の部屋ということで軽い緊張状態にあったが、その他に先ほどから会話が続いていないことを気にしていた。
 その原因は上条が美琴の笑顔を見てから部屋に二人きりということを急に意識にし始めて、彼女の顔をまともに見れなくなったのが原因なのだが、それを美琴が知る由もない。
 今はとにかく水が流れる音や食器を洗っているためか、食器同士がぶつかり合うカチャカチャという音がやたら耳につく。

「ね、ねぇ……この後って何か予定あるの?」

 そしてこの状況を打破すべく、美琴が上条に問いかける。

「んー、そういや飯とか菓子とかのことばっかり気にしててこの後のことは特に考えてなかったなぁ…」
「あっそうだ、お菓子ってどうなったの?」
「おっと、そうだったな、自分で言っといてすっかり忘れてた。ちょっと待ってろ、もう直ぐ片付け終わるから」

 上条が言ったとおり、それから間もなくして片付けが終わったらしく、水の音や食器同士がぶつかり合うカチャカチャという音はなくなった。
 そして、小さめのケーキを入れるような正方形に近い箱を持って上条が台所からガラステーブルの前にちょこんと座っている美琴の元へ駆け寄る。

「ほい。味は……まぁ美琴が作ったケーキには劣るかもしれないけど、俺なりに頑張って作ったからそれで許してくれ」
「……さっきも言ったでしょ。私は当麻が私のために作ったものなら何だって食べるって。私はこれを作ってくれただけで十分嬉しいから」
「そっか」
「んと……開けて、いいのかな?」
「そりゃお前にあげたものなんだからいいに決まってるだろ?」

 それを聞いて美琴は恐る恐る上条が渡した箱を開けた。
 中身は香ばしい香りが際立っているアップルパイだ。

「一応言っておくけど、何でアップルパイなのかってのは聞かないでくれ。材料があったのと、俺のあまりないお菓子スキルで美琴のリクエストに応えられそうなものがそれぐらいしかなくてな」
「うん……ここで少し食べるからフォーク貸して」
「へ?飯食ったばっかだろ?もう少し後の方が…」
「デザートは別腹ってよく言うでしょ?それと同じよ。私は今食べたいの」
「ふーん。相変わらず女の子ってよくわかんねーな」

 それだけ言って上条はまた台所へ戻り、美琴が頼んだものを取りに行った。
 その間美琴はもらったパイの香りを堪能していた。
 形は少し歪なところもあるが、それは手作りということで十分許せる範囲内だ。
そして何より上条が言うよりもずっと美味しそうではある。

「ほらよ」
「あ、ありがと」
「自分で作ったものだし、どうせだから俺が切り分けてやるよ。それに一応美琴もお嬢様だもんな?」
「一応は余計よ!」
「へいへい」

 美琴の文句を軽く流しつつも、上条は隣でパイを切り分けてゆく。
 切り分けてゆく際の音や漂ってくるリンゴの香りが、美琴曰わく何とも言えなかった。
 そして四等分されたパイを上条があらかじめ用意していた皿にのせ、美琴の前のテーブルに置き、

「……では美琴お嬢様、どうぞお召し上がりください」
「アンタが言うと激しく馬鹿にされてるようにしか聞こえないんだけど、それは気のせいかしら?」
「うん、間違いなく気のせいだな。ほれ、さっさと食え?」
「…言われなくても食べるわよ」

 美琴は皿に添えられていた、上品さのかけらもないフォークに手を伸ばし、パイを口に含んだ。
 数回の咀嚼の後、美琴はそれを飲み込み、少しキョトンとした表情で隣に座っている上条を見る。

「普通に美味しいわよ?」
「そうなのか?いや、菓子はほとんど初めてだったから自信なくてな」
「当麻も食べる?」
「いや、俺はいいよ」
「当麻も食・べ・る?」
「………はい」

 半ば強引に上条の返事をもらう。
 上条は昨日に小さめの試作品を作って、それを食べたので味は知っていた。
しかし、彼女にこう言われたら断れない。

「じゃ、じゃあ……はい、あーん」
「は…?ってええぇ!?」

 美琴がやろうとしているのは、恋人同士なら最早定番とも言える"アレ"である。
少女趣味な美琴としては、恋人と一度はやってみたいことランキングの上位に入る。
 実際、今まででやろうと試みたことは何度かあったが、それは上条に『人目が気になるし、恥ずかしい』と手厚く拒否されてきた。
 恥ずかしいのは彼女も同じであるが、そこはやはり乙女。
 やりたいのだから、そんなことはなんとか気にしない方向でいた。

「な、何してんのよ。ほら、あーん」
「ちょ、ちょっと待て美琴。いや、自分で食べるよ」

 この流れはいつも通り。
 だが今までと今日では状況が全く違い、部屋に二人きりなので人目を気にする必要性は皆無。
 そして何より、今日の美琴には上条に対して絶対的な権利がある。

「今日は私の言うこと、やることに当麻の拒否権はない!!……何か異議があれば受け付けるわよ?」
「………申し訳ございません」
「わかればいいのよ。じゃあ、あーん」
「………あーん」

 上条は躊躇いながらもゆっくりと美琴のスプーンの先に刺されているパイを口に含む。

「ムグムグ……まあ私的には美味しいと思いますがね」
「ちゃんと美味しいから心配しないの……ね、ねぇ、あのさ…」
「ん?なんだ?」
「こ、今度は当麻が私にた、食べさせてよ…」

 沈黙。
 別に上条は美琴が言ったことが聞こえなかったわけではない。
 声は小さいながらも、しっかり上条の耳に届いていた。
 だが、上条としては食べさせられるのも恥ずかしいが、食べさせるのもそれ同等に恥ずかしい。
 だから聞いていないことにしたかった。

「さ、さーてコーヒーでも淹れてくるがはぁ!!」

 美琴は立ち上がり、台所に向かおうとする上条のシャツの後ろの襟を思いっ切り引っ張る。
 それにより上条は後頭部が美琴の足元の床にたたきつけられるが、美琴にはそのあたりの配慮は一切みられない。

「ごっ、がぁ!!」
「何回も言わせないの。今日、アンタは、私の言うことには絶対服従なの。というか、これはアンタが言い始めたことでしょう?」
「ぐ…ぐるじい……」
「だから、アンタには私の願いを聞く義務があるの。わかった?」

 コクコクと上条は自分のシャツで首を絞められつつも、精一杯の力で頷く。
 それを見た美琴はようやく上条のシャツから手を離し、彼を解放する。

「ぶはぁ!はぁはぁ…し、死ぬかと思った」
「こ、殺すわけないでしょう?……私にはと、当麻が必要不可欠なんだから」

 いやあんな状況だったのに今デレられても困ります、とほんのり頬を赤に染めた美琴を横目に上条は心の中でそう思ったが、口には出さなかった。
 もし口に出したら、その結果は目に見えている。

「はぁはぁ……んで、食べさせりゃいいんだよな?」
「う、うん…」
「んじゃやってやるよ。………ほら、あーん」

 そう言って上条は一口サイズにされたパイをフォークに刺して美琴に差し出す。
 美琴にとって心の底から待ちに焦がれていたシーンの一つがようやく現実で訪れたのだ。
 つまり大好きな彼、上条からあーんをされることである。
 今まで夢や想像(妄想)などでは嫌という程繰り返し、直前でも頭の中でデモンストレーションとしてやっており、準備に抜かりはない。
 だがいざされるとなると、極度の緊張と羞恥で頭が動かず、差し出されたパイにかぶりつくことができなかった。

「……?どした?ほれ、あーん」

 もしかしたら位置が遠かったかと勘違いした上条がフォークをさらに美琴に近づける。
 パイと美琴の口の距離は数センチ。
 美琴がほんの少し頭を動かせばかぶりつくことができる位置にパイはある。
 それでも今までの妄想やデモンストレーションの甲斐なく、最早美琴の頭の中は真っ白で、動ける気がしなかった。

(ど、どどど、どうしよう!!は、早く食べないと当麻のことだからフォーク下げられちゃう!!で、でもか、体が動かないぃぃ…!!!)

 美琴は全く口を開こうとせず、視線こそパイに向けられているが、端から見ると彼女はそんな状態の人形なのかと思える程固まっている。

(こいつ、自分から食べさせろって言ったくせに……ってあれ?食べさせるってんだからこれでいいんだよな…?でもこいつ全く動かねーし…あれぇ?)

 上条は固まっている美琴を見て、少し疑問を抱く。
 果たして彼女が求める"食べさせる"形はこれでよいものかと。
 美琴はこの方法で自分に食べさせてきたから恐らく間違いない。
 とは思っているが、彼女の不動の様子を見れば見るほど、固まっている時間が長ければ長いほど違う様に思えてくる。

(あれぇ?…でもこれ以外の方法つったら…)

 無論、実際はこれで合っている。
 美琴はやり方が違うから動かないのではなく、極度の緊張と羞恥で動かないだけなのだから。

(まさか……アレを…?いやいやいくらなんでもそれは酷すぎる妄想だぜ上条さんよぉ…。…でもじゃあなんでこいつは動かないんだ?……まさか、本当に…?うぅ…)

 しかし上条は全く動かない理由を勘違いをして、別の方法を模索し始める。
 そして上条の中でこれ以外の"食べさせる"方法の検索結果は一件のみ。
 普段なら馬鹿馬鹿しいと一蹴して終わりだ。
 でも今日の彼は美琴に絶対服従、拒否権はない。

(あぁもう仕方ねーなぁ)

 上条は恥ずかしながらも、脳内の検索で得られた結果を実行することにした。

(あっ!やっぱり下げられちゃった……ってあれ?なんで当麻がそれを食べてるの?)

 上条に動きがあって、ようやく美琴が正気に戻った。
 しかし彼女の目から見れば彼の動きがどうもおかしい。
 パイを下げたまではわかるが、それを皿におかずに自分で食べた。
 しかも妙なことに、一気に食べるのではなく、半分かじり、くわえるような形で食べている。
 それに疑問を抱くがさらに上条に動きがあった。
 少し顔を赤くした彼は美琴目を見て、急に腕を彼女の首に巻きつけ美琴を自分自身に引き寄せる。

(へ…?ちょ、何…ッ!!)

 そして突然、美琴の口を何かが覆う。
 そしてさらにその後、美琴の口の中に先ほどの上条手製のアップルパイの味が口いっぱいに広がった。
 その何をされたかを一部始終見ていた彼女は、もちろん何をされたかはわかっている。
 だが少し理解し難いものでもあった。
 それはパイの味が口の中に広がると同時に、上条からの熱も同時に伝わってくる。
 美琴は一瞬その熱と味に戸惑いつつも、熱の方はすぐに離れていき、口の中に残された味の原因となるものを咀嚼して、飲み込むと、

「これで満足か?」
「な、ななな、なんてことしてんのよ!!アンタは!!」
「はぁ?食べさせろって言うからお前と同じ方法でやったら、お前全く動かねーし、やり方が違うのかって思ったからしたんだけど……違うのか?」
「違うわよ!最初ので合ってたわよ!!」
「……じゃあなんで動かなかったんだ?」
「ぅ……そ、それは…」
「はぁ……まぁ、ちゃんと"食べさせた"んだからもうこれでいいだろ?」

 上条はそう言って、今度こそコーヒーを淹れてくる、と立ち上がろうとした。

「待って」

 が、それをまた美琴が制止する。

「なんだ?まだ何かあるのか?」
「………………かい」
「はい?」
「………さっきのは不意打ちすぎたから、もう一回」
「………えーっと、それはさっきのですか?」

 こくっと美琴は可愛らしく頷く。

「………さっきのは場の雰囲気と勢いでやったからこそですので、もう一回ってのは流石に…」
「………ダメなの?」

 少し熱に浮かされたような潤んだ目で上目遣いをして上条を見る。
 それはいつにも増して可愛らしさが倍増しており、いつもなら考えられないような色っぽさもだしていた。
 いつもの上目遣いでもすでにアウトなのに、これに耐えられる上条だろうか。
 無論、上条がこれをされた瞬間、彼の脳内会議ではある答えが即決ではじき出された。

「………そんな目で頼まれたら断れませんよ」

 そう言って上条は仕方ないと言うような感じで、皿に置かれたフォークを手にとり、取り分けられたパイを一口サイズより少し小さめに切る。
 そして先ほどと同様に、パイを半分かじるような形でくわえ、
 再度、口移しをした。
 先ほどの口移しでは上条は美琴からすぐに離れていった。
 上条もパイを美琴に移すと、今回も同様にすぐに離れようとした。
 しかし、美琴が今回はそれを許さない。
 美琴は上条の体に手をまわし、強く抱きしめ、離れようとするのを阻止する。
 そして移された一つの"味"は小さめにカットされていたため、数回の咀嚼ですぐに飲み込む。
 そこで次に、今度はまた違う"味"を堪能する。
 美琴はただひたすらに"味"を求める。
 ただ、その"味"が欲しくて。
 ただ、彼を感じていたくて。

「……とう、まぁ……すき…」
「………美琴」

 今彼らは上条の部屋で二人きり。
 普段彼らが気にする人目や邪魔をする者は一切ない。
 だから、美琴は普段できない程、彼に近づきたかった
 普段できない程、彼に甘えたかった。
 その後、彼らは長い間時を過ごした。
 今の彼らの距離は零。
 二人の仲を邪魔するものは何もない。


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