第9章 帰省1日目 忠告
まだシトシトと雨の降る中、頭に同じお面を3枚も重ねて被った少女、御坂美琴は長い階段を降りきった。ち
なみに、お面が1枚増えているのは先程上条に渡されたからである。上条に預けておいたら、例え大きな事件に
巻き込まれなくてもズタズタにされてしまう気がして心配になり、言われるがままに受け取ったのだった。
なみに、お面が1枚増えているのは先程上条に渡されたからである。上条に預けておいたら、例え大きな事件に
巻き込まれなくてもズタズタにされてしまう気がして心配になり、言われるがままに受け取ったのだった。
美琴「はぁぁ~~~~」
そのお面を揺らすように美琴は大きなため息をつく。階段を降り始めてからもうかれこれ10度目くらいだ。
暗闇の中でも映える朱色の傘の下、鮮やかな振袖に身を包み込み、素の魅力を引き立てる程度の薄化粧をして、
簪《かんざし》を挿し、さらに可愛らしい(?)カエルのお面を被る。そんな、普段とは一味違う美少女然とした
美琴なのだが、その表情は全てをぶち壊しにするほどに暗い。美琴は周囲を行き交う人々の楽しげな様子を見て、
余計に憂鬱になり、思わず「……不幸だ」なんて誰かの口癖まで吐いてしまう。その少年がいつも抱いている切
なさを少しだけ理解できた気がしたが、だからといって気が晴れるわけもない。
暗闇の中でも映える朱色の傘の下、鮮やかな振袖に身を包み込み、素の魅力を引き立てる程度の薄化粧をして、
簪《かんざし》を挿し、さらに可愛らしい(?)カエルのお面を被る。そんな、普段とは一味違う美少女然とした
美琴なのだが、その表情は全てをぶち壊しにするほどに暗い。美琴は周囲を行き交う人々の楽しげな様子を見て、
余計に憂鬱になり、思わず「……不幸だ」なんて誰かの口癖まで吐いてしまう。その少年がいつも抱いている切
なさを少しだけ理解できた気がしたが、だからといって気が晴れるわけもない。
美琴(……ん、あれ? でも、そういえばアイツ、最近この口癖使ってない気がする)
以前までの上条ならば、美琴と顔を合わせただけで不幸だと呟き、逃げるのに失敗して不幸だと言い、美琴が
怒って電撃攻撃する度に不幸だ叫んでいた。今から考えてみてもかなり癪な態度であるのだが、そういうのがこ
の所全く無い。逃げる必要が無くなっただとか、電撃攻撃が減ったという理由もあるだろうが、以前に比べて上
条を襲う不幸が減ったというわけではないのだ。言わない方がむしろ不自然だろう。
しかし、美琴はそこでハタとその理由に気付いた。
怒って電撃攻撃する度に不幸だ叫んでいた。今から考えてみてもかなり癪な態度であるのだが、そういうのがこ
の所全く無い。逃げる必要が無くなっただとか、電撃攻撃が減ったという理由もあるだろうが、以前に比べて上
条を襲う不幸が減ったというわけではないのだ。言わない方がむしろ不自然だろう。
しかし、美琴はそこでハタとその理由に気付いた。
美琴(あー、そっか。私がサンタになって幸せにするとか恥ずかしい事言ったから、気でも使ってんのかしら?
ひょっとしたら自分が『不幸だ』って言う事で私が落ち込むんじゃないか、とか思ってんのかも…………
うん、有り得るわね。アイツったら変な所で無駄に優しいし…………ったく、素直になれっつってんのに
余計私に気を使ってどうすんのよ)
ひょっとしたら自分が『不幸だ』って言う事で私が落ち込むんじゃないか、とか思ってんのかも…………
うん、有り得るわね。アイツったら変な所で無駄に優しいし…………ったく、素直になれっつってんのに
余計私に気を使ってどうすんのよ)
せっかく人が心配してやってんのに。などと心の中で愚痴るが、そんな事とは裏腹に気持ちは踊る。自分が上
条に大切に想われているという事実がそうさせるのだ。
だが、一時的に晴れやかになった気持ちも、別の事実により少しずつ滅入っていく。10秒後にはさっきより
重いため息を付いてズーンと落ち込んでしまった。
美琴は先程から何度も何度も考えている今後の予定について、呟くように再確認する。
条に大切に想われているという事実がそうさせるのだ。
だが、一時的に晴れやかになった気持ちも、別の事実により少しずつ滅入っていく。10秒後にはさっきより
重いため息を付いてズーンと落ち込んでしまった。
美琴は先程から何度も何度も考えている今後の予定について、呟くように再確認する。
美琴「えーっと、とりあえず変な事件は起こらないと仮定して……まず今から皆と合流する。んでアイツんちに
帰る。そしたら明日まで親アンド乙姫ちゃんの皆と一緒……明日の予定はまだちゃんとは聞いてないけど、
どっかに出掛けるような話してたから、たぶんやっぱり皆一緒……んで明後日はアイツが先に帰る……私
が帰るのはその次の日、帰ったら早々に学校が始まる。か」
帰る。そしたら明日まで親アンド乙姫ちゃんの皆と一緒……明日の予定はまだちゃんとは聞いてないけど、
どっかに出掛けるような話してたから、たぶんやっぱり皆一緒……んで明後日はアイツが先に帰る……私
が帰るのはその次の日、帰ったら早々に学校が始まる。か」
当然だが、いくら考えてみても結果は同じであった。改めて無駄な事をしてしまったと徒労感から息を吐く。
美琴(あーもう!! アイツと二人っきりになれる時間がこれっぽっちも無いじゃない!!)
うぎゃぁああ! と心の中で叫びながら頭を抱え、グニャグニャ身をよじる。
そう、常盤台のお嬢様、超電磁砲こと御坂美琴の明晰な頭脳は、現在『アイツ』でいっぱいなのであった。
下手に会わなければ一週間でも我慢出来ただろう。が、もう遅い。たがが外れてしまった。それなのに、家族
と一緒にいると素で話すことが出来ない。それどころかボロを出すまいと気を使う。この状況は生殺しに近く、
美琴の精神を徐々に蝕んでいく。
そう、常盤台のお嬢様、超電磁砲こと御坂美琴の明晰な頭脳は、現在『アイツ』でいっぱいなのであった。
下手に会わなければ一週間でも我慢出来ただろう。が、もう遅い。たがが外れてしまった。それなのに、家族
と一緒にいると素で話すことが出来ない。それどころかボロを出すまいと気を使う。この状況は生殺しに近く、
美琴の精神を徐々に蝕んでいく。
美琴「うぅ、全然話し足りない……」
元々、口を開けば20分はノンストップでマシンガントークできるほどお喋りが大好きな美琴である。特に上
条と喋っているのはそれだけで楽しい。可笑しいくらいテンションが飛んでいく。昔はその刺激が強すぎて、会
うのを躊躇っていた事もあったが、今では驚くほどに心地良い。それは他のクラスメイトや後輩、親族との会話
では決して得られない独特なものだ。過激なツッコミや、自分が慌てふためくような上条の言動など、端から見
ればマイナス要因に思えることでさえ、内心ウキウキが止まらない。どんなエンターテインメントよりも興奮す
る行為だ。
とは言っても、彼女自身はそこまで自覚していないのだが。
条と喋っているのはそれだけで楽しい。可笑しいくらいテンションが飛んでいく。昔はその刺激が強すぎて、会
うのを躊躇っていた事もあったが、今では驚くほどに心地良い。それは他のクラスメイトや後輩、親族との会話
では決して得られない独特なものだ。過激なツッコミや、自分が慌てふためくような上条の言動など、端から見
ればマイナス要因に思えることでさえ、内心ウキウキが止まらない。どんなエンターテインメントよりも興奮す
る行為だ。
とは言っても、彼女自身はそこまで自覚していないのだが。
美琴「それに、会話以外だって……」
美琴は先程までの出来事を回想する。上条の手の感触。真剣な眼差し。触れられなかった唇――――
小指の腹で唇をなぞりながら、はふぅー、と、さっきとは少し違う熱っぽい吐息を付いてしまう。
小指の腹で唇をなぞりながら、はふぅー、と、さっきとは少し違う熱っぽい吐息を付いてしまう。
美琴(せめて、後もう30分…………ううん、1、…………えっと、3時間……、とちょっと。一緒に居られた
ら帰りまで我慢出来ると思うんだけどなー……、たぶん)
ら帰りまで我慢出来ると思うんだけどなー……、たぶん)
医者に掛かったら『上条当麻症候群の禁断症状です』などと診断されそうな重症っぷりであった。
しかし、そう言う意味で考えると、やはり先程までの流れは千載一遇のチャンスだったのかもしれない。でも
その本人にチャンスを断ち切られてしまった。相手にも似た気持ちである事を期待していたので、あれは予想以
上にショックが大きい。
しかし、そう言う意味で考えると、やはり先程までの流れは千載一遇のチャンスだったのかもしれない。でも
その本人にチャンスを断ち切られてしまった。相手にも似た気持ちである事を期待していたので、あれは予想以
上にショックが大きい。
美琴「はぁ、アイツは私と一緒に居ても楽しいわけじゃないのかしら?」
そんなはず無い! と完全に否定できないのが辛い。昔の知人との話が自分と一緒に居る事より大事なのだろ
うか。なんて馬鹿げた事まで考えてしまう。美琴が風邪を引きそうだから早く帰すと言うのは解るが、一緒に帰
るという選択肢もあったはずだ。
うか。なんて馬鹿げた事まで考えてしまう。美琴が風邪を引きそうだから早く帰すと言うのは解るが、一緒に帰
るという選択肢もあったはずだ。
美琴(いやまあ、普通に考えれば、外の知り合いには帰省中とか短い期間しか会えないわけで、アイツはアイツ
で大人な対応をしたってだけなんだろうけど。間違ってるのは私の方だって分ってるんだけど……)
で大人な対応をしたってだけなんだろうけど。間違ってるのは私の方だって分ってるんだけど……)
あの場で子供だったのが美琴だけであるのは明らかに思えた。上条と一緒に居たいからという自分の都合だけ
で、父から頼まれたという知誠の言葉に微塵も耳を貸さなかった。あんなのは普段の自分からは想像しがたい。
で、父から頼まれたという知誠の言葉に微塵も耳を貸さなかった。あんなのは普段の自分からは想像しがたい。
美琴(それでも、納得できないものはできないのよ……)
落ち込む要因が多すぎる。美琴はもう一度盛大なため息をついた。
美琴「子供……ねぇ」
??「うん」
美琴「……ん?」
??「うん」
美琴「……ん?」
独り言に返事をされた。辺りを見回すが誰も居ない。
しかし改めて「こども、よんさい」と言う声が下の方から聞こえてきて、美琴はようやく足元の存在に気がつ
いた。可愛らしい朱色の振袖を着て、その上から黄色のカッパを纏った幼女である。
うわっ、と話し掛けられた美琴は思わず仰け反る。再度辺りを見回すが、親らしき人影はない。
しかし改めて「こども、よんさい」と言う声が下の方から聞こえてきて、美琴はようやく足元の存在に気がつ
いた。可愛らしい朱色の振袖を着て、その上から黄色のカッパを纏った幼女である。
うわっ、と話し掛けられた美琴は思わず仰け反る。再度辺りを見回すが、親らしき人影はない。
美琴「えっと、どうしたの? ママはどこに居るか分かる?」
しゃがみながら傘に幼女を入れ、優しく尋ねる。
すると幼女はおもむろに手を上げ指差した。
すると幼女はおもむろに手を上げ指差した。
美琴「へ?」
しかし指差した方向にあるのは美琴の顔である。
美琴(え、ちょ、何? ウソ、私? 私がママ?? ってことはまさか!? いやいやいやいや、いくら何でも
それは…………でも、もしかしたら、ひょっとして、ありえないとは思うけど。この子、学園都市が密か
に開発してると噂の時間移動能力者によって連れてこられた、未来の私の子供………とかそういう展開?
よく見ると口元や髪の色が私に似て……ってちょっと待ちなさい! じゃあ父親は? 父親は誰よ!?
…………アイツ、なのかな? だ、だって目元がアイツにそっくり、ってわー馬鹿ダメよ! まだ早いわ
よだって私まだ中学生だしそういう心の準備とか全然出来てないし法律とか世間体とかあるし……………
でも、万が一アイツが、『どうしても今すぐ娘が欲しい! だから……ゴニョゴニョ……』って言うなら
……えっと、その。や!! だからダメだってば!! うー、あー、えーっと、ほ、ほら。そういう行為
に及ぶ前にきちんとやることがあるでしょ!? その、どっかロマンチックな場所で…………け、けけけ、
結こ、ん)
幼女「カエルー!! ぴょんこー!!」
それは…………でも、もしかしたら、ひょっとして、ありえないとは思うけど。この子、学園都市が密か
に開発してると噂の時間移動能力者によって連れてこられた、未来の私の子供………とかそういう展開?
よく見ると口元や髪の色が私に似て……ってちょっと待ちなさい! じゃあ父親は? 父親は誰よ!?
…………アイツ、なのかな? だ、だって目元がアイツにそっくり、ってわー馬鹿ダメよ! まだ早いわ
よだって私まだ中学生だしそういう心の準備とか全然出来てないし法律とか世間体とかあるし……………
でも、万が一アイツが、『どうしても今すぐ娘が欲しい! だから……ゴニョゴニョ……』って言うなら
……えっと、その。や!! だからダメだってば!! うー、あー、えーっと、ほ、ほら。そういう行為
に及ぶ前にきちんとやることがあるでしょ!? その、どっかロマンチックな場所で…………け、けけけ、
結こ、ん)
幼女「カエルー!! ぴょんこー!!」
美琴の口からゴハッ!! っと肺の空気が漏れる。幼女の言葉にそれほどの衝撃を受けた。
一人でテンパってモジモジしていた体は、危うく地面に崩れ落ちそうになる。
一人でテンパってモジモジしていた体は、危うく地面に崩れ落ちそうになる。
美琴「……………………………………………………………………………………………………………………………
そ、そそそ、そうね。偉いねー。ちゃんとピョン子の名前が言えて…………、あはは」
そ、そそそ、そうね。偉いねー。ちゃんとピョン子の名前が言えて…………、あはは」
キラキラとした純粋な子供の瞳を見るのが何故か辛かった。
幼女「……いいなー」
美琴「うっ」
美琴「うっ」
今美琴が被っているお面は3枚。それを欲しがる幼女が1人。大人ならばここで『いっぱいあるから1枚あげ
よう』となるのではないか、と美琴は考えた。
口を『い』の形にして、笑顔のようで笑っていない、不自然な表情に顔を固めたまま、手がギリギリとお面へ
伸びる。しかしそこから動かない。この3枚はあくまで『観賞用、保存用、上条に被せて楽しむ用』である。学
園都市内でも売っているか分からない。欠けるのはマズイ。美琴の中で『お面を被った上条』と『大人な美琴』
が天秤の両サイドに乗り、まるでジェットコースターのように激しく揺さぶられる。
よう』となるのではないか、と美琴は考えた。
口を『い』の形にして、笑顔のようで笑っていない、不自然な表情に顔を固めたまま、手がギリギリとお面へ
伸びる。しかしそこから動かない。この3枚はあくまで『観賞用、保存用、上条に被せて楽しむ用』である。学
園都市内でも売っているか分からない。欠けるのはマズイ。美琴の中で『お面を被った上条』と『大人な美琴』
が天秤の両サイドに乗り、まるでジェットコースターのように激しく揺さぶられる。
幼女「…………………」
美琴「~~~~ッ!!」
美琴「~~~~ッ!!」
無垢な視線が突き刺さる。
普通の人ならそれでも無視できたかもしれないが、美琴には耐えることが出来ない。学園都市の五指に入ると
言われるエリートの巣窟、常盤台中学。そこの生徒にすら『お姉様』と呼ばれ、慕われるだけの器量と資質と世
話焼きスキルを兼ね備えた美琴にとって、この子を軽くあしらうなんて事は不可能に思われた。
普通の人ならそれでも無視できたかもしれないが、美琴には耐えることが出来ない。学園都市の五指に入ると
言われるエリートの巣窟、常盤台中学。そこの生徒にすら『お姉様』と呼ばれ、慕われるだけの器量と資質と世
話焼きスキルを兼ね備えた美琴にとって、この子を軽くあしらうなんて事は不可能に思われた。
美琴「…………い、良いわよ分かったわよ。何て言うか、その、うん。ピョン子好きって事に免じてあげる」
美琴は細く息を吐いてから、先程上条から渡された一番上の物ではなく、二番目のピョン子お面(保存用)を
外す。傘を顔と肩の間に挟め、幼女のカッパのフードを取ると、美琴に似た茶髪でボブカットの頭に掛けてやる。
幼女の顔がどんどんと明るくなっていく。
外す。傘を顔と肩の間に挟め、幼女のカッパのフードを取ると、美琴に似た茶髪でボブカットの頭に掛けてやる。
幼女の顔がどんどんと明るくなっていく。
美琴「いい? 特別なんだから、大事にしなさいよ?」
幼女「わぁー!! ぴょんこぴょんこー!!」
美琴「ちょっと、嬉しいのは分かるけどあんまりはしゃがないの! わっ、跳ねんなって! 濡れちゃうでしょ。
とりあえずフード被ってからにしなさいよ」
幼女「わぁー!! ぴょんこぴょんこー!!」
美琴「ちょっと、嬉しいのは分かるけどあんまりはしゃがないの! わっ、跳ねんなって! 濡れちゃうでしょ。
とりあえずフード被ってからにしなさいよ」
美琴は幼女の腕を押さえるが、余程嬉しいのかぎこちなくもピョンピョンと跳びはねる。
しょうがないわねえ、と呆れながらも、美琴は満更でもないような顔でそれを見つめた。
しょうがないわねえ、と呆れながらも、美琴は満更でもないような顔でそれを見つめた。
美琴「それで? アンタ名前は?」
幼女「んー? まことー」
美琴「へ!? ま……、まままままままままままままままま、麻琴ぉーッ!!??」
麻琴「うん!」
幼女「んー? まことー」
美琴「へ!? ま……、まままままままままままままままま、麻琴ぉーッ!!??」
麻琴「うん!」
素っ頓狂な美琴の言葉に、まことは笑顔で頷いた。
もちろん字面は伝わっていないが、美琴は何だか『麻琴』だと思ってしまった。その名前は過去何回か脳内シ
ミュレーションした『将来子供を産んだ時に付ける名前候補ランキング』で、毎回トップ5には入るような常連
である。ちなみに、秋より以前の美琴はその名前について、『べ、別にアイツは関係無い。関係無いのよ。ただ
単に麻琴って響きと画数が、良いってだけで……』などと、脳内で自分に言い訳していたのだが、最近はもはや
『当麻と美琴から一字ずつとったら麻琴か麻美よね……えへへ』とか考え、ぬいぐるみを抱きながらベッドの上
を左右に転がり、同居人から訝しげな眼差しを向けられている。
もちろん字面は伝わっていないが、美琴は何だか『麻琴』だと思ってしまった。その名前は過去何回か脳内シ
ミュレーションした『将来子供を産んだ時に付ける名前候補ランキング』で、毎回トップ5には入るような常連
である。ちなみに、秋より以前の美琴はその名前について、『べ、別にアイツは関係無い。関係無いのよ。ただ
単に麻琴って響きと画数が、良いってだけで……』などと、脳内で自分に言い訳していたのだが、最近はもはや
『当麻と美琴から一字ずつとったら麻琴か麻美よね……えへへ』とか考え、ぬいぐるみを抱きながらベッドの上
を左右に転がり、同居人から訝しげな眼差しを向けられている。
美琴(ほ、ホントに私の子供…………だったりして!?)
未来の旦那が分かるという期待と、面倒事になりそうだという不安で心臓がバクバク言う。
いずれにせよ確認しなければならないだろう。
いずれにせよ確認しなければならないだろう。
美琴「ね、ねえ麻琴ちゃん?(うひゃぁ、へ、変な気分)……えーっと、ママはどこに居るの? も、もしかし
たら…………私、とか?」
麻琴「ママ?」
たら…………私、とか?」
麻琴「ママ?」
麻琴は美琴の顔をジーッと見つめる。
や、やっぱり私なの? と、美琴は僅かに汗を垂らしながら見守る。しかし、
や、やっぱり私なの? と、美琴は僅かに汗を垂らしながら見守る。しかし、
麻琴「ママは? ママとパパどこ?」
美琴「……………………は、はは」
美琴「……………………は、はは」
たった今思いついたようにキョロキョロと辺りを見回す麻琴を見て、美琴はほっと胸をなで下ろす。良かった
ような悪かったような複雑な気分であったが、別の問題の発生により考えている暇はあまり無さそうだった。
ような悪かったような複雑な気分であったが、別の問題の発生により考えている暇はあまり無さそうだった。
麻琴「ふぇ……、ま、ママぁ? パパぁー? どこー?? ぐすっ、まこちゃん置いてっちゃやだぁー」
行き交う人々の中に立ち止まり駆け寄る者は居ない。ほとんどは一瞥し、心配そうな顔をするだけで、そのま
ま立ち去ってしまう。
どうやら本格的にはぐれたらしい。麻琴は右へ左へ、後ろへ前へ、どちらに行けばいいのかも分からなくて、
美琴の居る場所を中心にウロウロする。
その場所はちょっとした広場のようになっている。更に人も相変わらず多く、半分以上が傘を差しているので
探すのは容易でないだろう。
ま立ち去ってしまう。
どうやら本格的にはぐれたらしい。麻琴は右へ左へ、後ろへ前へ、どちらに行けばいいのかも分からなくて、
美琴の居る場所を中心にウロウロする。
その場所はちょっとした広場のようになっている。更に人も相変わらず多く、半分以上が傘を差しているので
探すのは容易でないだろう。
麻琴「パパママぁ?? ヒック……どこぉ? ヒック……、ぐすっ。ふぇぇぇぇえええええええん」
ついに麻琴は足を止め、美琴の前方辺りで泣き出してしまった。大きな瞳から大粒の涙がポロポロと止め処な
く溢れる。
美琴の方はというと、別にこの程度で慌てることはない。こんなのは学園都市の至る所で見ることができる日
常的な光景だ。ただ、自分に少し似ているせいか、麻琴という名前のせいか、昔の自分を投影して少しボーッと
していた。こんなに大っぴらに泣きわめくことはなかったが、美琴だって似た経験くらいはある。例えば夜中に
目を覚まし、寝ぼけて夢に出てきた母親の事を捜して寮内を彷徨い歩いたり。結局見つからず、仕方なくベッド
に戻り、お気に入りのぬいぐるみを涙で濡らしたり。
そういえばいつからだろうか、両親と再会する際に冷静なままでいられるようになったのは。
く溢れる。
美琴の方はというと、別にこの程度で慌てることはない。こんなのは学園都市の至る所で見ることができる日
常的な光景だ。ただ、自分に少し似ているせいか、麻琴という名前のせいか、昔の自分を投影して少しボーッと
していた。こんなに大っぴらに泣きわめくことはなかったが、美琴だって似た経験くらいはある。例えば夜中に
目を覚まし、寝ぼけて夢に出てきた母親の事を捜して寮内を彷徨い歩いたり。結局見つからず、仕方なくベッド
に戻り、お気に入りのぬいぐるみを涙で濡らしたり。
そういえばいつからだろうか、両親と再会する際に冷静なままでいられるようになったのは。
麻琴「うぇぇぇえええ……ヒック、ぇぇええええああああん。ふぁぁぁぁぁぁあああああああああん」
美琴は麻琴の大きな泣き声で我に返ると、しょうがないわね、と息を吐きつつ頭を掻いた。麻琴への距離を今
一度詰め、傘の中に入れ直す。そして再びしゃがみ込み、柔らかく微笑んだ。
一度詰め、傘の中に入れ直す。そして再びしゃがみ込み、柔らかく微笑んだ。
美琴「まーこちゃん。ほらほら、そんなに泣いてるとピョン子に笑われちゃうわよ?」
美琴は残るお面の内『観賞用』をきちんと前に被り、麻琴の頭に手を置きながら語りかける。それを聞いて麻
琴は振り向くが、その表情は悲しげなまま変わらない。
琴は振り向くが、その表情は悲しげなまま変わらない。
麻琴「ま゛ぁーま゛ぁー。ぱぁーばぁー。ヒック……ヒックぐずっ」
美琴「パパもママもこのピョン子お姉ちゃんが探してあげるわよ。だから泣かない」
美琴「パパもママもこのピョン子お姉ちゃんが探してあげるわよ。だから泣かない」
麻琴は美琴の方をじっと見て、コクッコクッと何度も頷くが、涙は一向に止まる気配が無い。
本人だって泣きたくて泣いている訳じゃないのだろう。ただ不安でどうしようもないだけだ。
本人だって泣きたくて泣いている訳じゃないのだろう。ただ不安でどうしようもないだけだ。
美琴「ほら、まこちゃんもピョン子お面付けてるんだから。鳴くならえーんじゃないでしょ? ピョン子は何て
鳴くんだっけ?」
麻琴「う゛ぅぅぇぇ……ヒック……ヒック………………、ケロケロぉぉおおー」
美琴「うん。良く出来ました」
鳴くんだっけ?」
麻琴「う゛ぅぅぇぇ……ヒック……ヒック………………、ケロケロぉぉおおー」
美琴「うん。良く出来ました」
美琴はお面を元の位置に戻すと、濡れたカッパのまま、麻琴の体を少し強めに抱きしめてやる。温もりを感じ
て落ち着いたのか、1分も掛からないうちに泣き声は小さくなった。
て落ち着いたのか、1分も掛からないうちに泣き声は小さくなった。
美琴「良い子。良い子ね」
囁きながら麻琴の頭を丁寧に撫でた後、身体を離す。
美琴「あーあー、ったくもう顔グチャグチャじゃないのよ。ちょっとこっち向いて」
麻琴の顔は涙と鼻水で大変なことになっていた。美琴は猫柄のポケットティッシュケースをバッグから取り出
し、猫柄の匂い付きティッシュで麻琴の顔を拭う。
し、猫柄の匂い付きティッシュで麻琴の顔を拭う。
麻琴「ウッ、ウッ……ミーにゃちゃん……」
美琴「ッ!? 分かるの!?」
美琴「ッ!? 分かるの!?」
コクッと頷く。
ケースとティッシュに描かれた猫はラブリーミトンのマイナーキャラであった。美琴はそのキャラを知ってい
る人間に会ったのはほとんど初めてで、感動のあまり目頭が熱くなる。いっそ本当に娘だったとしても良い、と
いうか是非娘に欲しいとさえ思えて、再び抱きしめてしまう。
その後も二人の趣味が非常に合っている事もあり、会話していると直ぐに麻琴の表情は晴れていった。
ケースとティッシュに描かれた猫はラブリーミトンのマイナーキャラであった。美琴はそのキャラを知ってい
る人間に会ったのはほとんど初めてで、感動のあまり目頭が熱くなる。いっそ本当に娘だったとしても良い、と
いうか是非娘に欲しいとさえ思えて、再び抱きしめてしまう。
その後も二人の趣味が非常に合っている事もあり、会話していると直ぐに麻琴の表情は晴れていった。
美琴「さて、落ち着いたことだし、じゃぁパパとママを探そっか!」
麻琴「うん! ……どーするの?」
美琴「まあピョン子お姉ちゃんに任せなさい」
麻琴「うん! ……どーするの?」
美琴「まあピョン子お姉ちゃんに任せなさい」
二人は手を繋ぎながら麻琴が来た(と思しき)方向へ進もうとする。
美琴「……ん?」
いざ行かん。と張り切ったその瞬間、美琴の頭からお面が一つフワリと落ちた。一番上に被っていた『上条に
被せて楽しむ用』である。どうやら紐が切れたらしい。
美琴はそれを拾い上げる。
被せて楽しむ用』である。どうやら紐が切れたらしい。
美琴はそれを拾い上げる。
美琴「………………」
麻琴「おねえちゃん?」
美琴「ん? ううん。何でもない」
麻琴「おねえちゃん?」
美琴「ん? ううん。何でもない」
紐を適当に結び直して頭に被ると、今度こそ麻琴の両親を捜すために二人は歩き出した。
◆
ガチン!! と、上条が予想していなかった音が頭に響く。弾は出ない。
当麻(……ッ!?)
わけが分からず1秒以上も停止してしまったが、上条の身体は朦朧とした意識を無視して反射的に動く。銃口
を避け、知誠の懐へ飛び込む。
が、タイムロスのためか、先に動いていたのは知誠の方であった。
空手のお手本のような綺麗な中段回し蹴りが上条の腹に迫る。かと思ったら、寸前で脚がピタリと止まり、唐
突に角度を変えて頭を打ち抜く。
ガードは間に合わない。
頭の中で響く鈍い音と共に視界が揺れる。
を避け、知誠の懐へ飛び込む。
が、タイムロスのためか、先に動いていたのは知誠の方であった。
空手のお手本のような綺麗な中段回し蹴りが上条の腹に迫る。かと思ったら、寸前で脚がピタリと止まり、唐
突に角度を変えて頭を打ち抜く。
ガードは間に合わない。
頭の中で響く鈍い音と共に視界が揺れる。
知誠「……」
しかし上条は倒れない。
常人ならば明らかに倒れるべき状況で、足を踏ん張る。
若干安定しないままで右腕を前へ突き刺す。
常人ならば明らかに倒れるべき状況で、足を踏ん張る。
若干安定しないままで右腕を前へ突き刺す。
当麻「……」
だが、それは知誠の寸前で止まる。
止められたのではない。上条が止めたのだ。
上条はこの状況で考えてしまった。
今のこの構図を俯瞰してしまった。
相手は恐らく復讐者。自分が憎くて襲ってくる。
では自分はどうだろうか。自分は目の前の男を殴る必要があるのだろうか。
これがもし路地裏の喧嘩なら。もし『相手が気に入らない』程度の簡単な理由で良いなら、上条は止まらなか
ったはずだ。
しかし今は違う。闘う理由が重い。
上条には、相手を殴って良いのか全く分からない。凶戦士のようにただ目の前の敵を駆逐していいのかが分か
らない。その行為に自信が持てない。
だから止まった。
その迷いは刹那であったが、知誠はその隙に上条の懐へ入り、素速く背負い投げをする。スポーツ的なもので
はない。上条に確実にダメージを与えようと、体を出来るだけ高く上げ、肩の上から勢いよく振り落とす。
上条の視界が回る。濡れた砂利の上に背中から落ちる。受け身は取ったがあまり意味を成していない。固い地
面に背中と頭を打ち付けられ、全身に激痛が走る。
直後、ゴフッ! という音と共に肺から強制的に息が吐き出された。知誠が勢いを付けて上条の体に覆い被さ
り、100キロ近い体重を掛けてきたのだ。
止められたのではない。上条が止めたのだ。
上条はこの状況で考えてしまった。
今のこの構図を俯瞰してしまった。
相手は恐らく復讐者。自分が憎くて襲ってくる。
では自分はどうだろうか。自分は目の前の男を殴る必要があるのだろうか。
これがもし路地裏の喧嘩なら。もし『相手が気に入らない』程度の簡単な理由で良いなら、上条は止まらなか
ったはずだ。
しかし今は違う。闘う理由が重い。
上条には、相手を殴って良いのか全く分からない。凶戦士のようにただ目の前の敵を駆逐していいのかが分か
らない。その行為に自信が持てない。
だから止まった。
その迷いは刹那であったが、知誠はその隙に上条の懐へ入り、素速く背負い投げをする。スポーツ的なもので
はない。上条に確実にダメージを与えようと、体を出来るだけ高く上げ、肩の上から勢いよく振り落とす。
上条の視界が回る。濡れた砂利の上に背中から落ちる。受け身は取ったがあまり意味を成していない。固い地
面に背中と頭を打ち付けられ、全身に激痛が走る。
直後、ゴフッ! という音と共に肺から強制的に息が吐き出された。知誠が勢いを付けて上条の体に覆い被さ
り、100キロ近い体重を掛けてきたのだ。
その体勢のまま知誠は銃の弾倉を2秒程で交換し、上条の心臓へと押し当てる。
彼は驚くほど無表情だった。
彼は驚くほど無表情だった。
当麻「ぐッ!! あがッ!!」
上条は全身に力を入れて抵抗する。しかし知誠の体は剥がれない。
知誠はゆっくり引き金に手を当てる――――
知誠はゆっくり引き金に手を当てる――――
当麻「クッソォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
――――そして、無言のままそれを引く。
ガチン!!と、咆哮する上条の耳に再び不可解な音が響く。
思わずビクッ!! っと体を震わせ、瞳を閉じかけるが、不思議なことに体の中央に風穴は空いていない。
思わずビクッ!! っと体を震わせ、瞳を閉じかけるが、不思議なことに体の中央に風穴は空いていない。
当麻「………………………………はい??」
上条は今度こそ意味が分らない。
一度なら弾を込めるのを忘れた、程度で済むが、二度はいくら何でも有り得ない。
知誠の指が、再び動く。
一度なら弾を込めるのを忘れた、程度で済むが、二度はいくら何でも有り得ない。
知誠の指が、再び動く。
ガチン!!……ガチン!!ガチン!!ガチン!!ガチン!!ガチン!!ガチン!!ガチン!!ガチン!!
しかし弾は出ない。
上条は自分の体の上からゆらりと立ち上がる男を見上げる。
男の表情は焦燥ではない。どころか、
上条は自分の体の上からゆらりと立ち上がる男を見上げる。
男の表情は焦燥ではない。どころか、
知誠「ブッ……クククク……、フハハ……、アァッーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
ギァッーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」
ギァッーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」
顔をグニャリを歪ませて、額を手で押さえて壊れたように笑い出す。肩を上下させるほどに。
当麻(……からかわれ、た?)
そう思って、少しだけ体から力を抜き、起き上がろうとした。瞬間、頭を革靴で思いっきり蹴られる。
当麻「ッガァァアアア!!」
咄嗟に手でガードしたが、その上から鋭い衝撃に襲われる。
耐え難い激痛に砂利の上をのたうち回る。
耐え難い激痛に砂利の上をのたうち回る。
知誠「ッンだよ。死んどけよ。テメェは2回以上殺されてんだろうが」
上条は頭を押さえながら、何が何だか分からないといった表情で知誠を見る。
そして余計にわけが分らなくなった。
男は泣いていた。いや、顔に掛かる水は雨かもしれない。ただ、上条には泣いているように見えた。
そして余計にわけが分らなくなった。
男は泣いていた。いや、顔に掛かる水は雨かもしれない。ただ、上条には泣いているように見えた。
知誠「チクショー。つまんねー。こんな……こんなもんか…………」
何かを呟きながら壁に背中を付いて座り、おもむろに胸ポケットからタバコを取り出す。
しかし、完全に濡れている事が分るとそれを横へ投げ捨てた。代わりに再び別の弾倉を取り出し、銃に入って
いる物と交換する。
上条を睨む。蔑んだような目で。
しかし、完全に濡れている事が分るとそれを横へ投げ捨てた。代わりに再び別の弾倉を取り出し、銃に入って
いる物と交換する。
上条を睨む。蔑んだような目で。
知誠「フッ……ハハハ。何だその顔? 俺がテメェを殺すと思ったか? 絶望して、恋人の顔でも思い浮かべち
まったか? 馬鹿が!! 殺すわけねー。殺せるわけねーだろガキが!! テメェを殺すともれなく俺の
娘と部下達とその子供は死ぬんだよ!! 良かったな。統括理事会のゴミ共にでも感謝しろよ疫病神」
まったか? 馬鹿が!! 殺すわけねー。殺せるわけねーだろガキが!! テメェを殺すともれなく俺の
娘と部下達とその子供は死ぬんだよ!! 良かったな。統括理事会のゴミ共にでも感謝しろよ疫病神」
知誠はまるでテレビのリモコンを操作するくらいの軽い動作で銃を上条へ向けると、適当に引き金を引く。
パンッ!! と乾いた音が鳴った。
上条は動かなかった事を後悔する。が、動かなくて正解だったらしい。
どこに飛んでいったかは定かではないが、上条の身体に傷はない。
パンッ!! と乾いた音が鳴った。
上条は動かなかった事を後悔する。が、動かなくて正解だったらしい。
どこに飛んでいったかは定かではないが、上条の身体に傷はない。
知誠「動いたら撃つ。無駄口を叩いても撃つ。死なない程度になら当てるかもしれん」
当麻「…………」
知誠「今までのはちょっとしたアトラクション。用事ってのはここからだ」
当麻「…………」
知誠「今までのはちょっとしたアトラクション。用事ってのはここからだ」
上条は雨ざらしのまま、砂利の上に横たわり、それを受け入れる。というか、どう反応して良いかいまいち分
らなかった。相手の真意が読めない。
らなかった。相手の真意が読めない。
知誠「これからするのは、忠告だ」
当麻「…………」
知誠「結論から言う。御坂美琴の前から消え失せろ。彼女はもう二度と学園都市には戻らねえ」
当麻「……ッ!?」
当麻「…………」
知誠「結論から言う。御坂美琴の前から消え失せろ。彼女はもう二度と学園都市には戻らねえ」
当麻「……ッ!?」
◆
御坂美琴は、顎に手を置きながら足を止めた。
美琴「うん……、やっぱあの方法を試してみるしかないか」
麻琴から聞いた感じだと、両親とはぐれたのは恐らく10分以上前である。この広場のような場所に居るかも
怪しいし、夜の暗さでは親の方もこちらを捜すのが困難だろう。
この状況で親を捜すとなると、普通ならそれ専用の迷子センターのような施設を探し、放送してもらうべきだ。
しかしパンフレットを見たところそういう施設はかなり遠く、そもそも神社なんかに放送のための設備が張り巡
らされているかも疑問であった。というか、あるなら親の方が先にそちらへ行っていそうだ。
そんな事もあって、美琴にはそこへ向かう前に試しておきたいことがあった。
二人はどこかの神社へと向かう手近の階段を中腹まで登ると、途中で横へ逸れ、辺り一帯を見渡せる場所へと
出た。細い丸太で作られた柵の前で、眼下の広場を見る。
怪しいし、夜の暗さでは親の方もこちらを捜すのが困難だろう。
この状況で親を捜すとなると、普通ならそれ専用の迷子センターのような施設を探し、放送してもらうべきだ。
しかしパンフレットを見たところそういう施設はかなり遠く、そもそも神社なんかに放送のための設備が張り巡
らされているかも疑問であった。というか、あるなら親の方が先にそちらへ行っていそうだ。
そんな事もあって、美琴にはそこへ向かう前に試しておきたいことがあった。
二人はどこかの神社へと向かう手近の階段を中腹まで登ると、途中で横へ逸れ、辺り一帯を見渡せる場所へと
出た。細い丸太で作られた柵の前で、眼下の広場を見る。
麻琴「ひといっぱい」
美琴「そうね。いっぱいだね」
美琴「そうね。いっぱいだね」
実際見渡す限り遠くまで、数え切れないほどの参拝客が往来していた。一部では規則的な流れを作り、一部で
は流れなど無視して混沌としている。もし昼間であっても視界によって捜すのは困難だろう。絵本の『○○をさ
がせ』の方がずっと楽に違いない。さらに今の時刻はもう夜7時を回っている。所々ライトがあるものの、全体
的に薄暗いせいで、分かるのは『人が蠢いている』というくらいである。
は流れなど無視して混沌としている。もし昼間であっても視界によって捜すのは困難だろう。絵本の『○○をさ
がせ』の方がずっと楽に違いない。さらに今の時刻はもう夜7時を回っている。所々ライトがあるものの、全体
的に薄暗いせいで、分かるのは『人が蠢いている』というくらいである。
美琴「うーん、傘が結構邪魔だけど、どうにかやってみますか。まこちゃんもパパとママが居ないか見ててね。
お姉ちゃんも頑張って捜すから」
麻琴「うん」
お姉ちゃんも頑張って捜すから」
麻琴「うん」
美琴は今一度麻琴から聞いた両親の外見を頭の中で整理する。
その後、一呼吸だけ深く息を吸って精神を集中すると、普段は微弱にしか出していない電磁波を強めにして、
広場へ向け放出し始めた。一般の人には認知できないが、これがもし可視光線なら、辺り一帯を昼間のように照
らす凄まじい光源に見えたかもしれない。
僅かなタイムラグの後、その電磁波の一部が返ってくる。しかし、ノイズがかなり乗っていて、何が何だか分
からない。まるで磨りガラスを通して景色を視ているかのようだった。
その後、一呼吸だけ深く息を吸って精神を集中すると、普段は微弱にしか出していない電磁波を強めにして、
広場へ向け放出し始めた。一般の人には認知できないが、これがもし可視光線なら、辺り一帯を昼間のように照
らす凄まじい光源に見えたかもしれない。
僅かなタイムラグの後、その電磁波の一部が返ってくる。しかし、ノイズがかなり乗っていて、何が何だか分
からない。まるで磨りガラスを通して景色を視ているかのようだった。
美琴(ここまでは予想通り。でも、レベルアッパーやミサカネットワークの件があるんだから、このくらいは出
来るはずなのよね)
来るはずなのよね)
シスターズのように意思疎通が出来るまでは厳しいかもしれないが、形を捉えるくらいはできるのではないか、
と考えた。普段はこんな使い方をする機会は滅多に無い。だからこそ、勝手に出ている電磁波を流用し、狭い範
囲を視ていただけだった。死角さえ防げれば良かったのだ。
今はそれを自ら明確な意志を持って応用する。
と考えた。普段はこんな使い方をする機会は滅多に無い。だからこそ、勝手に出ている電磁波を流用し、狭い範
囲を視ていただけだった。死角さえ防げれば良かったのだ。
今はそれを自ら明確な意志を持って応用する。
美琴(指向性を高めるため周波数を限界まで上げる……減衰するのを防ぐため放出レベルを増強……受信した反
射波を解析する演算を書き替える……視界から得た可視光線の情報を統合……)
射波を解析する演算を書き替える……視界から得た可視光線の情報を統合……)
一つ一つ、丁寧に方法を見直していく。
像はカメラが自動でピントを調節するように、ぼやけたり鮮明になったりを繰り返した。
像はカメラが自動でピントを調節するように、ぼやけたり鮮明になったりを繰り返した。
美琴「来たッ!!」
美琴の脳内で、これまでに無いほど鮮明な像が結ばれる。それは近くにある物だけではない。遠く数百メート
ルは離れた物まで鮮明に視ることが出来た。
もし常人がそれを一気に頭の中に入れられたら、情報量の多さに苦しむか、或いは目で視た時のように簡単化
されて理解までは出来ない事だろう。しかし御坂美琴の演算能力は、特殊能力の開発が盛んに行われている学園
都市の中においてさえ第三位を誇る程にずば抜けている。サヴァン症候群患者の映像記憶能力を何倍にも増した
かのような演算速度で、電磁波と可視光の情報を統合し、ふるいに掛けていく。
やがて彼女の脳は二人の人間に注目した。
ルは離れた物まで鮮明に視ることが出来た。
もし常人がそれを一気に頭の中に入れられたら、情報量の多さに苦しむか、或いは目で視た時のように簡単化
されて理解までは出来ない事だろう。しかし御坂美琴の演算能力は、特殊能力の開発が盛んに行われている学園
都市の中においてさえ第三位を誇る程にずば抜けている。サヴァン症候群患者の映像記憶能力を何倍にも増した
かのような演算速度で、電磁波と可視光の情報を統合し、ふるいに掛けていく。
やがて彼女の脳は二人の人間に注目した。
美琴「ん、アレ……かな?」
広場の隅にそれらしき人物が視える。二人は傘も差さず、必死の形相で何かを捜しているようだった。
美琴「ねえまこちゃん。アンタのママって茶色い髪のロングで、今は結ってるんだったわよね?」
麻琴「うん」
美琴「着物の色は?」
麻琴「……むらさきいろ?」
美琴「じゃあ、綿あめ買った? ……ゲコ太柄のヤツ」
麻琴「買った! どこ? パパとママどこ??」
美琴「はいはい慌てない慌てない。まこちゃんにはちょっと見えないかな。遠いもの」
麻琴「ぅぅうう!!」
美琴「泣くんじゃないの。パパとママが逃げちゃうわよ? ほら、急いで行こう。あ、でも階段は走っちゃダメ
だからね?」
麻琴「うん!!」
麻琴「うん」
美琴「着物の色は?」
麻琴「……むらさきいろ?」
美琴「じゃあ、綿あめ買った? ……ゲコ太柄のヤツ」
麻琴「買った! どこ? パパとママどこ??」
美琴「はいはい慌てない慌てない。まこちゃんにはちょっと見えないかな。遠いもの」
麻琴「ぅぅうう!!」
美琴「泣くんじゃないの。パパとママが逃げちゃうわよ? ほら、急いで行こう。あ、でも階段は走っちゃダメ
だからね?」
麻琴「うん!!」
二人は再び手を繋ぎ急ぎ足でその場を後にした。
◆
当麻(美琴が学園都市に帰らない?)
上条は混乱した。
いきなり人殺しだなんて言われて、今度は美琴の話である。流れに一貫性があるように思えない。それに、美
琴自身は上条にそんな事を言っていなかったし、そういう素振りも見せなかった。第一、恋人である上条を差し
置いてどうしてこんな男がそんな話を知っているのだろうか。
いきなり人殺しだなんて言われて、今度は美琴の話である。流れに一貫性があるように思えない。それに、美
琴自身は上条にそんな事を言っていなかったし、そういう素振りも見せなかった。第一、恋人である上条を差し
置いてどうしてこんな男がそんな話を知っているのだろうか。
当麻「……、まさか!?」
だが、上条はそこで気付いてしまった。
知誠が話していた美琴への要件。あれは誰からのものだったか。
知誠が話していた美琴への要件。あれは誰からのものだったか。
知誠「これは美琴さんのお父上、御坂旅掛氏からの依頼だ。『娘を学園都市から逃がす手伝いをして欲しい』と」
上条は体中からどっと汗が噴き出すような感覚に襲われる。
一般的に、能力開発を受けた学生が学園都市を勝手に去ることはできない。能力者はそれだけで軍事機密であ
り、脱出はそれを外部に漏らす反逆罪と見なされる。表沙汰には成ってないが、何らかの理由で学園都市脱出を
謀る『脱学』を試みて捕まった生徒の噂も、まことしやかに囁かれていた。だからこそ、御坂美鈴はあのような
危険な目に合ったのだろうし、搦手を使って美琴を外に出そうとしたのだと上条は考えている。
しかし、重要なのはそこではない。実際問題、美琴だけが学園都市を抜けるのはロシアの時の件を見ても簡単
なのだ。その後の逃げ方は問題になるかもしれないが。
それよりもむしろ一番問題なのは――――
一般的に、能力開発を受けた学生が学園都市を勝手に去ることはできない。能力者はそれだけで軍事機密であ
り、脱出はそれを外部に漏らす反逆罪と見なされる。表沙汰には成ってないが、何らかの理由で学園都市脱出を
謀る『脱学』を試みて捕まった生徒の噂も、まことしやかに囁かれていた。だからこそ、御坂美鈴はあのような
危険な目に合ったのだろうし、搦手を使って美琴を外に出そうとしたのだと上条は考えている。
しかし、重要なのはそこではない。実際問題、美琴だけが学園都市を抜けるのはロシアの時の件を見ても簡単
なのだ。その後の逃げ方は問題になるかもしれないが。
それよりもむしろ一番問題なのは――――
知誠「詳細をベラベラ喋るつもりは無い。テメエにはこう言えば解るだろう。『旅掛氏はこれまで彼女を襲った
不幸を既にほぼ全てご存知でいらっしゃる』。一例を挙げると、シスターズの一件とかな」
不幸を既にほぼ全てご存知でいらっしゃる』。一例を挙げると、シスターズの一件とかな」
上条の頬が引きつる。声を絞り出す。
当麻「そう……か。はは、良いことじゃねえか。あの狂った奴らが大勢居る場所から逃げられるんなら。と言っ
ても、AIM拡散力場を隠すことが出来るならだけどな。能力者は大抵それで見つかっちまう。それを解
決できなきゃ」
知誠「それならもう目処が付いている。テメェが気にすることじゃない。あともう一つ伝えておこう。旅掛氏は
テメェに感謝していらっしゃる。が、同時に疎ましく思ってもいらっしゃる。何回かはテメェが発端で娘
を危険にさらされたわけだから至極当然だ。付いていこうだなんて馬鹿な事は考えるなよ?」
当麻「…………」
ても、AIM拡散力場を隠すことが出来るならだけどな。能力者は大抵それで見つかっちまう。それを解
決できなきゃ」
知誠「それならもう目処が付いている。テメェが気にすることじゃない。あともう一つ伝えておこう。旅掛氏は
テメェに感謝していらっしゃる。が、同時に疎ましく思ってもいらっしゃる。何回かはテメェが発端で娘
を危険にさらされたわけだから至極当然だ。付いていこうだなんて馬鹿な事は考えるなよ?」
当麻「…………」
そうなのだ。美琴にとって一番安全なのは、彼女が一人で、家族と共に学園都市を離れることである。その隣
に上条当麻は邪魔なだけだ。
に上条当麻は邪魔なだけだ。
当麻(でも、それでも。それがアイツにとって一番幸せとは限らない……よな。美鈴さんだって、俺にアイツを
頼むって……)
頼むって……)
しかしその胸中を知って知らずか、知誠は眉をしかめる。
知誠「その被害者面、気に入らねえな。幼少期の記憶をトラウマとして処理したところで、最近の事件は覚えて
いるはずだが。どこまで鈍感な馬鹿なんだ? テメェは自分が疫病神である自覚が無いのか? 周りの者
を傷つけるってのに、どうして人と付き合おうだなんて思えるんだ。理解できねえな。親に捨てられただ
けじゃ気づけないのか」
当麻「ッざけんな!!」
いるはずだが。どこまで鈍感な馬鹿なんだ? テメェは自分が疫病神である自覚が無いのか? 周りの者
を傷つけるってのに、どうして人と付き合おうだなんて思えるんだ。理解できねえな。親に捨てられただ
けじゃ気づけないのか」
当麻「ッざけんな!!」
パン! と再び銃声が鳴り、起き上がりかけた上条の頭の直ぐ近くを弾丸が抜けていく。
上条は動きを止めたまま、目の前の男を睨み付ける。
上条は動きを止めたまま、目の前の男を睨み付ける。
当麻「俺の両親は、そんな自分の都合で息子を手放すようなくだらない人間じゃねえ!! 心配だったに決まっ
てんだろ。悩み抜いた上での判断に決まってんだろうが。何様のつもりか知らないが、勝手に他人がした
必死の決断を見下してんじゃねぇよ!!」
てんだろ。悩み抜いた上での判断に決まってんだろうが。何様のつもりか知らないが、勝手に他人がした
必死の決断を見下してんじゃねぇよ!!」
上条当麻は記憶喪失だ。それでも、夏に見た父親の表情や言葉を思い返せば分かる。そのくらいの事が判らな
いほど自分の脳は腐ってないはずだ。そう思った。
いほど自分の脳は腐ってないはずだ。そう思った。
知誠「フン。結果だけ見れば同じ事だ。たまたま学園都市に招くヤツがいて、それにすがり、両親は解放された。
疫病神からな。……いや、そもそもテメェはそこが理解できていないのか。テメェは最近、その能力《ちから》
を使ってヒーローごっこをしているらしいからな。やはり幼少期の事を話してやらないと駄目なのか」
疫病神からな。……いや、そもそもテメェはそこが理解できていないのか。テメェは最近、その能力《ちから》
を使ってヒーローごっこをしているらしいからな。やはり幼少期の事を話してやらないと駄目なのか」
途中からブツブツ独り言を呟きだした知誠を、上条は訝しげな目で見つめる。
知誠「考えたことがあるか? 今のように右手が振るえない、何の力もない子供の頃。今と同じように周りで凄
惨な事件が起きた時、被害者達がどうなったか」
当麻「……」
知誠「フン。まあいい、一つクソくだらねえ昔話をしてやろう」
惨な事件が起きた時、被害者達がどうなったか」
当麻「……」
知誠「フン。まあいい、一つクソくだらねえ昔話をしてやろう」
上条は冷たい雨に体力が奪われていくのを感じながら、無言のままその声を聞いていた。
知誠「むかーしむかし。外にある学園都市運営の銀行に、クソ真面目な係長とその部下の夫婦が居た」
知誠は、ぽつぽつと、中空を見つめながらいかにもつまらなさそうに語り出した。