とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part11

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小さな恋が終わるとき


 翌日の昼休み。
 チャイムと同時に教室から飛び出した上条は、ニコニコと笑みを浮かべながら教室に戻ってきた。

「まさか購買で一番人気のスパゲッティロールとカツサンドを入手できるとは。いやいや、俺にもたまにはいいことがあるんだな」
 笑みを浮かべたまま自分の席に座った上条は、嬉々としてカツサンドにかぶりついた。
「…………?」
 口の中のカツサンドを呑み込んだ上条は首を傾げた。そのままもう一口カツサンドをかじる。
「…………」
 上条は口をへの字に曲げると、土御門を手招きした。
 義理の妹である土御門舞夏謹製の弁当を食べようとしていた土御門は、何の疑問も持たずに上条の側にやってきた。

「何の用かにゃー、カミやん? ……お、それは購買でも一番人気のカツサンド! どうして不幸のカミやんがそんなのを持ってるんだにゃー!」
 土御門はあまりにも珍しい上条の幸運っぷりに、驚愕の表情を隠しきれていなかった。
「いやまあ、俺にだって年に一度くらいはこういうこともあるって、そんなことはどうでもいいんだ。土御門、これ、ちょっと食ってみてくれ」
 上条はずいと土御門に自分のカツサンドを差し出す。
「? いいのか、カミやん?」
 上条は黙ってうなずいた。
「それじゃあ、まあ遠慮なく」
 土御門は上条からカツサンドを受け取ると少し囓った。そのまま何度か咀嚼すると、ごくりとカツサンドを呑み込んだ。
「うん、さすがの美味さだぜい。で、これがいったいどうしたんだにゃー?」
「……美味いか?」
「ああ、ものすごく美味いぜい。もちろん、舞夏の弁当には遥かに劣るけどにゃー」
「そうか? ……本当にそうか?」
 首をひねった上条はカツサンドを放置したままスパゲッティロールの袋を開いて、そちらも一口食べてみた。
 しかしやはり上条の表情はすぐれないままだった。

 土御門は上条に断ることなく彼の手の中のスパゲティロールを取ると、これも少し囓ってみた。
「これも十分美味いぜい。いったいどうしたっていうんだにゃー? もしかして、これも不味いって言うのかにゃー?」
 上条は土御門からスパゲティロールを受け取ると、不味そうにそれをもう一口囓った。
「いや、不味いってわけじゃないんだ。ただ、思ったほど美味くないっていうかなんというか……」
「……なんかよくわからんが、あんまり気にするなカミやん。そのうち美味いと思えるかもしれないんだからにゃー」
 土御門はぽんと上条の肩を叩くと、自分の席に戻っていった。
 上条は、はあ、とため息をつくと、つまらなそうにカツサンドを手に取るのだった。



「ね、ねえ上条」
「?」
 つまらなそうに食事を続ける上条は遠慮がちにかけられた声に反応して、声のしたを向いた。
 そこにいたのは吹寄だった。

「どうした、吹寄?」
 吹寄は何か含んだような表情でこちらを見ていた。
「あ、あのね上条。その、ね……」
 そんな吹寄の顔を見ていた上条は、はっと目を丸くした。
「? ……あ、そうだ。なあ、お前が昨日言ってたこと」
「え」
「だから、お前の用事に付き合……ムグッ」
 吹寄は突然上条の口を抑えると、上条をじっとにらみつけた。
 そのままドスのきいた声で上条にささやく。
「……それ以上喋らない。屋上、行くわよ」
 上条は口を抑えられたまま、こくこくとうなずく。
 そのまま上条は連行されるように吹寄についていった。

「はー、青春だにゃー」
 土御門は二人が消えていったドアを眺めながら、舞夏お手製の焼き魚を口に入れた。



「まったく、少しは状況を考えなさいよね。みんなに聞かれたらどうするのよ」
 上条を伴って屋上に来た吹寄は、両手を胸の前で組んで上条をにらみつけた。
 一方の上条はよくわからないといった顔をしながら、頭をぽりぽりとかいていた。

「聞かれたって別にどうってことないだろう。吹寄、なんでそんなに怒ってるんだ?」
「怒ってないわよ」
「いや、怒ってるだろ」
「怒ってないって言ってるでしょ!」
「腹減ってるから機嫌悪いのか? 俺のでよかったら、カツサンド食うか?」
「減ってないし怒ってもないって言ってるでしょ! いい加減にして!」
 吹寄はカツサンドを差し出す上条を怒鳴りつけた。
「ほんとに貴様という男は……」
「んで、どうしてこんな所に来たんだ?」
 未だ怒っている吹寄を見ながら上条はカツサンドにかじりついた。
「物を食べながら人の話を聞かない」
「はいはい」

 上条が口の中のカツサンドを呑み込んだのを見計らった吹寄は、こほんと一度咳払いをした。
「上条当麻」
「なんだ?」
「その、今日は、あの、あたしの用事に付き合える、の……?」
 若干上目遣いに自分を見つめる吹寄に対し、上条は申し訳なさそうに頭をかいた。
「いや、それがその、悪い」
 その答えを聞いた吹寄の顔にさっと影が差す。
「え、今日もダメなの? だって貴様、今日はお弁当作ってもらってないんでしょ?」
「ああ、弁当は作ってもらってないけど、それとこれとは関係ないぞ」
「そう、なの?」
 上条はこくりとうなずくことで肯定の意味を示した。
「悪いな。今日も用事があるんだ」
「そう……」
 吹寄は目に見えて落胆した。
「だから吹寄、今度の日曜じゃダメか?」
「日曜?」
 吹寄は小さく首を傾げた。
「うん、日曜なら朝からお前に付き合えると思うんだ」
「日曜、朝から……」
「まあ、用事の内容そのものがよくわからないし、放課後じゃないとダメだって言うんならしょうがないんだけど」
「そ、そんなこと、ないわ。大丈夫よ、うん」
「そうか、じゃあ今度の日曜ってことで。で、時間とか場所とかは? そもそも、何の用事なんだ?」
「え? あ、あの、えっと……」
 吹寄はうつむいて言葉を濁した。
「?」
「だから、その……」

 しばらくうつむいていた吹寄は突然顔を上げると、上条の鼻先に指を突きつけた。
「上条当麻!」
 吹寄の勢いに上条はピッと背筋を伸ばした。
「は、はい!」
「今度の日曜日、午前十一時! 場所はセブンスミストの前! いいわね!」
「わかりました、吹寄隊長!」
 上条は最敬礼せんばかりの勢いで吹寄に返事をした。
「以上、解散!」
 言いたいことだけを言ってしまうと、吹寄はあっという間に屋上を後にしてしまった。
 後には呆然と立ちつくす上条だけが残された。

「……結局用事ってなんなんだ? セブンスミストで何するつもりなんだ、吹寄の奴?」
 吹寄の勢いにやや呆気にとられていた上条は、きょとんとした表情のまま持っていたカツサンドを囓った。
「…………」
 その途端、上条の表情をつまらそうなそれに変わる。
「……やっぱ、御坂の弁当の方がずっと美味いや」
 そう呟きながら、上条は手の中に残っていたカツサンドを半ば無理矢理口に放り込んだ。



 土曜日の夜、吹寄が暮らす学生寮。
 お風呂から上がりパジャマ姿になった吹寄は、先日通販で購入した肩もみ器を肩に当てながらベッドに腰掛けた。
「なんでこんなことになってるのかしら……」
 肩もみ器を側に置くと、吹寄は気だるそうにベッドに倒れ込んだ。
 そのままじっと天井を見つめる。
 するとだんだん、そこに上条の顔がぼんやりと浮かんできた。
「出てくるな!」
 吹寄は肩もみ器を掴むと、天井に向かって投げつけた。
 天井にぶつかった肩もみ器は派手な音を立てて跳ね返り、部屋の隅に飛んでいった。
「…………」
 吹寄は右手で目を覆い、今回のちょっとした騒動の始まりを思い出した。



 きっかけは二週間ほど前の放課後。
 吹寄が隣のクラスの女子に声をかけられたことから始まる。

「吹寄さん、ちょっといいかしら」
「? 何か用?」
 その女子生徒に対して吹寄は何の面識もなかった。
 廊下を歩いていたときに突然呼び止められ、話しかけられたのだ。
「うん、あなたにちょっと相談したいことがあって」
「相談って、あたし、あなたに初めて会ったのよ。初対面の人に相談って言われても……」
 何の面識もない人間にいきなり相談があると言われ吹寄はとまどい、言葉を濁す。

 そんな吹寄の様子から彼女の心境を察したのであろう女子生徒は、手をパンと合わせて頭を下げた。
「無茶なことは承知でお願いしてるの。けど、あなたにしか頼めないことなの、お願い!」
「え?」
 女子生徒の突然の行動に吹寄は目を丸くした。
 周りを見ると、廊下を歩く生徒たちが何事か、といった様子で自分達を見ている。
 吹寄は困ったような表情になると女子生徒に話しかけた。
「ねえ、とりあえず話だけは聞くから場所変えましょう?」
 こくりとうなずいた女子生徒と共に、吹寄は中庭に移動した。



「それで、相談って何なの?」
「うん。それがね、上条くんのことなの……」
 中庭に着くと、女子生徒は吹寄に向かって口を開き始めた。

 女子生徒の相談とは彼女と上条の関係についてのもの、端的に言うなら上条に好意を持つ彼女と上条の仲を吹寄に取り持ってもらいたいというものだった。
 なんでもこの間、スキルアウトに絡まれた彼女を上条が助けてくれたらしいのだ。
 それがきっかけで上条に好意を持った彼女だったが、彼女にはどうにも上条との接点がない。
 そこで上条に自分を紹介してもらいたい、と吹寄に相談をしに来たということだった。

 吹寄は女子生徒の話を聞きながらこっそりとため息をついていた。
 なぜ上条のせいで自分がわざわざこんなことに巻き込まれているのだろう、そう思っていたからだ。
 だが生来お節介気質を持つ吹寄制理。彼女は結局女子生徒の話を最後まで聞くことにしたのだった。

 女子生徒の話が一段落つくのを待って吹寄は口を開いた。
「まあ、色々言いたいことはあるんだけど、どうしてあたしにそんな相談を?」
 吹寄の言葉に女子生徒はきょとんとした。
「え、だって吹寄さんって、この学校で一番上条くんと仲がいい女子でしょ」
「えっと、別に仲なんてよくないけど」
「嘘! うちのクラスのみんなもそう言ってたわよ。それに私が端から見てても吹寄さんと上条くんの関係って、なんか自然でお似合いな感じがするし」
 そこまで言って女子生徒は、はっと目を見開いて吹寄に近づいた。
「も、もしかして! 吹寄さんと上条くんって付き合ってるの? だからそんなこと言うの?」
「はあ? ち、ちょっと待って。それはいくらなんでもあり得ないわ。あたしと上条に限ってそんな馬鹿なことあるわけないでしょ」
 吹寄はきっぱりと女子生徒の言葉を否定する。
「え、でも……」
 しかし女子生徒はどうにも納得しきれていないようだった。

 吹寄はそんな女子生徒を見ながらこめかみに指を当ててうーん、と唸る。やがて考えるのを放棄した吹寄は女子生徒の肩にぽんと手を置いた。
「とにかく、あなたやクラスメートがどう思っても、あたしは上条当麻に対してそういう色恋に類する感情は一切持ち合わせていないわ。それは絶対よ」
「……本当?」
 吹寄はこくりとうなずいた。
「絶対に本当よ。ただ申し訳ないんだけど、あたしはあなたを上条当麻に紹介してあげられるほどあの男と親しくないのも事実なのよ。だからごめんなさい、こればっかりは自分で頑張ってくれないかしら?」
「そう……」
 女子生徒は落胆半分、安堵半分といった感じでため息をついた。
「ごめんなさい」
「ううん、変な事を頼んだのはこっちなんだし、気にしないで。でも本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「上条くんの事。本当に吹寄さんと上条くんは付き合ってないの?」
 吹寄は再びうなずいた。
「大丈夫よ、あたしと上条当麻が付き合っていないのは紛れもない事実。だから安心してあの男を口説き落としてちょうだい」
 吹寄の言葉に女子生徒はようやく笑みを浮かべた。
「ありがとう、それを聞いてちょっと勇気が出てきた。正直、吹寄さんみたいな美人で上条くんと仲がいい人が相手だったら勝負にならないと思ってたから本当、安心した。ありがとう、吹寄さん」
「どういたしまして」
 笑顔で頭を下げる女子生徒に向かって吹寄は軽く手を振り、二人は別れた。



「あの話はあれで終わったはずなのにな、なんでだろう……」
 手をどけて天井を見た吹寄はぽつりと呟いた。

 吹寄と女子生徒との会話は確かにそこで終わった。
 だがなぜかその会話以降、吹寄はどうにも上条のことが気になりだしてしまったのだ。
 しかもそれと前後して上条から聞いた、彼が気になっている女性がいるという話。
 そのことがますます吹寄の心に上条の存在を意識させることになってしまっていた。

「やってられないわ。あたしはカミジョー属性完全ガードの女なのよ。なんでこんなことになるのよ……」
 吹寄は今日何度目かもわからないほどついたため息を再びついていた。



 明日上条と会うのは吹寄自身が望んだことである。
 自分の中に形なくよどんだ状態で存在する、上条に対する感情を整理するために、どうしても必要だと思ったからだ。
 だがそれを整理してどうなるのだろうか。
 整理した先にある感情はなんとなく予想がついている。
 それが、カミジョー属性完全ガードのスキルを持つ自分にとっては、はなはだ不名誉なものであろうこともわかる。
 だからこそ、本当は感情を整理などしたくない。
 認めたくない。
 あんな馬鹿で、ずぼらで、トラブルメーカーで、自分の不幸を言い訳に何の努力もしようとしないような男に対しての自分の認識を、変えたくない。
 あろうはずがない感情は、存在してはならない。

 上条当麻に対して自分が好意を持っているなど、そんなことあってはならないのだ。



「じゃあ、なんで確かめようとするんだろう、あたし……」
 認識してはいけない感情なのであれば心の奥底にしっかりと閉じこめ、封印して決して出てこないようにすればいいだけ。
 なのにその感情を認識したいと思う自分がいることも吹寄にはわかっていた。

 だからこそ明日上条に会うのだ。
 否定するだけではダメ。
 上条に会い、自分の感情を整理し、前へ進むために。
 その先に、何があるのかはわからないけれど。

 けれど吹寄の中で、誰かが彼女に告げる。
 その先にある未来は、決して幸せな結末だけではないことを。



「わかってるわよ、そんなこと」
 吹寄は上条がファミレスでいっしょにいた女の子の姿を思い浮かべた。
「わかってるわよ……」
 もう一度目を覆うと、吹寄は小さく唇を噛みしめるのだった。

 時刻は午後十時。
 上条との約束のとき、全てが明らかになるときまで、あと、十三時間。



 翌日のセブンスミストの前。時刻は十二時を十分ほど過ぎた頃。
 高校の制服を着た吹寄は、こめかみを引きつらせながらその場に立っていた。
「百歩譲って、十分ほどの遅刻なら上条らしいと思って我慢するけど、一時間と十分の遅刻なんて聞いてないわよ」
 さすがに我慢の限界を超えもう帰ろうかと思ったとき、汗だくになって荒い呼吸をつきながらようやく上条がやってきた。
「ふ、ふきよ、せ……悪い。ま、まま待った……よな……」

 吹寄はキッと上条をにらみつけると、不機嫌な様子を隠すことなく自分の腕時計を上条の顔に突きつけた。
「上条当麻。約束の時間は何時だったかしら?」
「え、えっと、その、悪かった……」
 上条は先程までとは別の種類の汗をかきながら弱々しく謝罪した。
「質問に答えなさい」
「は、はい。その、十一時だったはず、です」
「そう、約束は覚えていたのね。で、今の時刻は?」
「十二時……十五分」
「ずいぶん、ぶっ飛んだ遅刻よね、何か言い訳はある?」
「あ、あの、その……」
 上条は冷や汗をかきながら言葉を詰まらせる。
「えっと……」
「…………」
 吹寄は冷たい目で上条をにらみ続ける。

 吹寄の視線に耐えかねた上条は、おずおずと口を開いた。
「あまりにも馬鹿馬鹿しい理由だけど、聞くか?」
「…………?」
 吹寄の眉がわずかに動いたのを肯定と捉えた上条は、ばっと頭を下げると早口で言い訳を始めた。
「すいませんでした吹寄さん! まず最初の理由は寝坊です! その後慌てて家を飛び出したら野良犬のしっぽを踏んづけてしまい追い回され、逃げ切ったと思ったらひったくり犯とそれを追いかける風紀委員の捕り物に巻き込まれて、気がついたらこんな時間でした!」
 こめかみを指で押さえながら上条の話を聞いていた吹寄は、やがて大きくため息をついた。
「あーもう、わかったわよ。怒る気も失せてきたわ」
「ほんとか? 助かったー」
 吹寄の纏う空気が変化したのを感じ取って安心した上条はほっと胸をなで下ろした。

「…………」
 安堵する上条を見ながら吹寄はくるっと上条に背を向けた。
「ほら行くわよ、時間がもったいないわ」
「行くって、どこへ?」
「ここで待ち合わせたんだから、セブンスミストに決まってるでしょ」
 吹寄は上条をやや小馬鹿にするように見た。
「行って何するんだ?」
「? ああ、言ってなかったかしら。買い物にね、付き合ってもらいたいのよ」
「買い物? 何を買うんだ?」
「あたしの父親の誕生日プレゼント。ほら、着いてきてよ」
「あ、ああ」
 すたすたとセブンスミストの中に入っていく吹寄を慌てて上条は追いかけだした。



「うーん、これがいいかしら。でもこういうのもいいかもしれないわよね」
「あの、吹寄さん……?」
「やっぱり身につける物より、日用品の方がいいのかしら」
「あなたの用事はわかったんですが、どうして上条さんがあなたのお父上への誕生日プレゼントの買い物に付き合わなければいけないんでしょうか?」
「昔の高級な日用品なんかだと万年筆、なんていうんだろうけど、さすがに二十一世紀になってそれもないでしょうしね。ねえ上条当麻、貴様はどう思う?」
「……えっと、俺はあんまり親にプレゼントとかした記憶がないからよくわからないんだが、家族にもらった物ならなんでも嬉しいんじゃないのか? 月並みなことしか言えなくて申し訳ないんだが」
「それはそうかもしれないけど、それでもやっぱりできるだけ喜んでもらえる物を贈りたいじゃない、娘としては」
「まあ、そりゃそうだろうけど……」
 セブンスミストに入った吹寄は、父親へ贈るプレゼントを色々と物色し、何か候補を見つける度に上条の意見を求めていた。
 また上条も口では疑問を言いながらも意見を求められればその度に真剣に考えて返事をするものだから、事態は一向に収束に向かいそうもなかった。

 やがて、なんの特徴もないオーソドックスなネクタイと学園都市特性のやたらごてごてした万年筆を手に持った吹寄は、それらを上条の眼前に突きつけた。
「上条当麻、貴様ならどっちをもらった方が嬉しい?」
「……なんか俺の意見って、今までほとんど無視されてたような気がするんだが。それでも聞くのか?」
「いいから早く答えなさい」
「うーん」
 上条は顎に指を当ててネクタイと万年筆をねめつけた。

「うん」
 上条は静かにうなずいてネクタイを指差した。
「やっぱりネクタイだな」
「どうして?」
「確かにどっちも身につけることができる物だけど、さすがにこの万年筆は装飾が多すぎる」
 そう言いつつ上条は吹寄の持つ万年筆を手に取ると、それに付いている様々な機能を起動させていった。
 四色ボールペンのように複数の色が出たりするのは当たり前で、時計機能やラジオ機能、発信機やら挙げ句の果てにはスタンガンにまでなるそれらを起動させた上条は、さながらびっくり箱のようになってしまった万年筆を吹寄に返した。
「な、いくらなんでも酷すぎるだろう。お前の親父さん、これもらってもなんか持てあますような気がするんだ」
「なるほど……」
 今度は吹寄が顎に指を当てる番だった。

 やがて吹寄は得心したように何度もうなずいた。
「うん、確かに貴様の言う通りね、プレゼントはこっちのネクタイにするわ」
「そっか」
「やっぱり貴様に付いてきてもらって正解だったみたいね。それじゃあ悪いけど、ちょっと時間潰しててくれる? このネクタイ精算して、実家に送る手続きしてくるから」
「ああ、わかった」
 こくりとうなずく上条。

 吹寄は上条に背を向けると、レジに向かって歩いていった。
「なんかよくわからんが、上条さんは役に立てたみたいだな、よかったよかった。……あれ? 結局、どうして上条さんはこんなことをしてるんだ?」
 上条は腕を組んで頭をひねった。
「わからん。吹寄の奴、いったい何考えてるんだろう。……ん? あれは」
 そのとき上条は、レジの反対側にファンシーグッズのショップがあるのに気づいた。
「…………」
 しばらくそのショップを見つめていた上条は、やがて小さくうなずくとショップに入っていった。



「カエル、カエル……確かこんな奴だったよな……うーん……」
 グッズショップに入った上条は、ケロヨンやゲコ太といったカエル系キャラクターのグッズを扱っているコーナーを見回していた。
「御坂の鞄に付いてたのって、確かこういう奴だったよな。何がいいのかよくわからんが、アイツ好きなんだろうな、こういうのが」
 ケロヨンのキーホルダーやピョン子のメモ帳を手に取りながら上条は首をひねる。
 難しい顔をしてブツブツと呟きながら男一人でファンシーグッズを見比べるその様は、あまり見栄えのいいものではない。
 当然のように店内にいる他の客から上条へは奇異の視線が向けられている。
 しかし上条はそんな視線を気にする風もなく、コーナーのグッズを見比べ続けた。

 そうするうちにゲコ太をあしらった小さなペンダントを見つけた上条は、それを手に取ってじっと見つめだした。
 パッと見はエメラルドグリーンのガラスがはめ込まれた菱形のペンダント。
 しかし裏返せばゲコ太の彫刻が施されているという、ファンシーグッズが好きだけどちょっとおしゃれもしてみたい、そんな小学校高学年くらいをターゲットにしたような商品だ。
「上条、貴様そんなのに興味があったの?」
 そんな上条に、レジでの用事を済ませた吹寄が近づいてきた。
「え? ああ、興味というか、な……」
 上条は吹寄に生返事を返す。相変わらずその視線はペンダントを見つめたままだ。
「喜ぶかな、アイツ……」
 ぽつりと呟く上条。
「悪い吹寄、これ買ってくるからちょっと待っててくれ」
 上条はそう言うとペンダントを持ってレジに向かった。

「…………」
 吹寄は上条の背中を黙ったままじっと見つめていた。
 彼女の脳裏に浮かぶのは先程ペンダントを見ていたときの上条の目。
 さっきの上条の目に浮かぶ感情、それはいつぞや彼が弁当を見ていたときと同じ物だった。
「…………」
 その瞬間胸の奥に訪れる、きゅっと締まるような感覚。それを堪えるかのように、吹寄は半ば無意識に胸に手を当てていた。



 やがてレジで精算を済ませた上条が吹寄の側にやってきた。
「悪いな」
 吹寄は黙って首を横に振った。
「そうか。で、お前の用事ってのはさっきので終わりなのか?」
「それは……。ねえ上条、貴様、他に何か用事があったりするの? 今すぐ行きたい所とか、その、今すぐ会いたい、人、とか……」
「別に、そういうわけじゃ、ないんだけどな」
 淡々と答える上条。
 しかしその目がチラと手に持った紙袋、先程買ったペンダントが入ったそれに一瞬向けられたのを吹寄は見逃していなかった。
 吹寄は小さく唇を噛む。
 しかし二、三度瞬きをするとすぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「なら、もう少し付き合ってくれるかしら? 確かに用事自体はさっきの買い物で終わりだけど、構わないでしょう?」
「まあ、それは別にいいけど、何があるんだ?」
「ちょっとお礼するだけよ。さ、付いてきて」
 吹寄は上条に背を向けるとすたすたと歩き始めた。
「お礼なんて、そんなの別にいいのに」
「いいから、いいから。ほら」
「ま、いいか……」
 上条は軽くため息をつくと、吹寄の後を追い始めた。



「さ、まずは何か注文しましょう」
「えっと、どうしてファミレス?」
 上条は周りを見渡しながら疑問を口にした。
 彼らが今いるのはファミレス。上条が美琴に手伝ってもらいながら課題に取り組む際、よく使っている店だった。
 しかも今上条たちが座っているのは窓側の席。奇しくも上条たちが携帯の番号を交換しあった場所でもあった。
「それにこの席……」
 上条はばつが悪そうに頭をかく。
 別にやましいことなど何もないのだが、美琴と携帯番号のやりとりをしたときのことを思い出して、なんとなく胸の中がもやもやとしていた。

 そんな上条の心境を知ってか知らずかさっさと注文を済ませた吹寄は、上条を催促するかのようにメニューをトントンと指で叩いている。
 せっかちな上に世話焼きの彼女のことだ、もたもたしていると勝手に注文をされてしまうかもしれない。
 さすがにそれは困ると考えた上条は、胸の中のもやもやを押し流すために目の前に置いてあったコップの中の水を一気に飲み干し、吹寄に続いて自分の注文を通した。



 注文を済ませた上条はほっと一息ついた。
「念のために聞くんだが、これがお礼か?」
「そうよ、どうせお昼食べてないんでしょ。何か、文句ある?」
「いや、別に。ただ吹寄にお礼をされる日なんかが来るとは、と思っただけ」
「……失礼ね、あたしだって世話になったことに対してはお礼くらいするわよ。貴様はあたしを仁義もわきまえない恩知らずな人間だとでも思っていたの?」
 ジロリと自分をにらみながら悪態をつく吹寄に上条は苦笑いを浮かべた。
「そんなこと言ってないだろう。まあ、意外だったってのは事実だけどな。お前が俺に礼を言うこと自体、昨日までは思いも寄らなかったんだから、うん」
 上条は目の前で腕を組んでうんうんとうなずいた。
「……本当に失礼な男ね。それが素直に感謝の意を表している人間に対して言う言葉なの?」
「悪い、言い過ぎた。吹寄の意外な一面が見られたもんで、ついからかいたくなって、な」
 上条はパンと両手を合わせて、なおも不機嫌そうな吹寄に向かって頭を下げた。
「…………」
 しかし吹寄は黙ったまま何も答えない。
 疑問に思った上条が顔を上げると、目の前にあったのは唇を尖らせてそっぽを向いた吹寄の顔だった。
「どうした、吹寄?」
「……なんでもないわ」
 しかしその後料理が運ばれてくるまで、吹寄が上条の方を向くことはなかった。



 二十分後、二人が注文した料理が運ばれてきた。上条はカレーライス、吹寄はカルボナーラだ。
「じゃ、食べましょうか」
 テーブルの上に料理が置かれたのを見た吹寄は言う。
 上条はうなずくと黙って手を合わせた。

「なあ吹寄、もしかして、なんか改まった話でもあるのか?」
 カレーを二口ほど食べた上条は、スプーンを手に持ったまま吹寄を見た。
「どうして?」
「ああ、物を食べながらの会話っていうのは、気分をリラックスさせたり普段言わない本音を聞き出したりって目的がある場合もあるだろう? わざわざそんなことして聞かなきゃいけない話でもあるのかと思ってな。まあお前の言う通り、昼時のお礼だから昼飯でなんの問題もないって言えばそうなんだけど」
「…………」
 吹寄は上条の疑問には答えず、ジロリと上条をにらみつけた。
 しかしそこにあるのは実は怒りではなく、驚愕の感情だった。
 普段は鈍感なくせに変な所だけ妙に鋭い上条の読みに、内心舌を巻いていたのだ。

 確かに吹寄は上条に対する自身の中にある感情を整理するために、今日の買い物を利用して上条に色々質問ができれば、と考えていた。
 しかしこうもあっさり自分の考えを見抜かれるとは、それが今の吹寄の素直な感想だったのだ。

 一方、吹寄ににらまれた上条は若干顔を引きつらせていた。何かある度に彼女に怒られている上条としては極当然の反応だろう。
「あの、吹寄さん? 何か怒ってらっしゃるんでしょうか?」
「え、いえ、なんでもないわ」
「そうか」
 上条の反応に自分が警戒されていることを感じ取った吹寄は、フォークを置くと軽く咳払いをした。

「改めて言うわね。上条。今日はその、ありがとう。付き合ってくれて」
 そう言いながら吹寄は軽く頭を下げた。
 上条はスプーンをくわえながら首を傾げた。
「うーん、そんな別に礼を言われるようなことはしてないと思うが。お昼自体はごちそうになってるけど」
「そんなことないわ、正直助かったと思ってるのよ」
「そうか?」
「ええ」
 吹寄はうなずく。
「自分で言うのもなんだけど、あたしって無駄な物を買ったりすることが多いから。自分のセンスにいまいち自信が持てなかったりするのよね」
「そうなのか」
「そう。今日だって貴様の意見がなかったらあのびっくり万年筆を選んでいたかもしれないわ」
「それはそれで面白かったかもしれないけどな」
「……そうかもね」
 そう答えた吹寄の顔に柔らかな笑みが小さく浮かぶ。
 上条はその様子に若干の違和感を覚えた。
「?」
「とまあ、そんなわけで今日は貴様を誘って、本当に良かったと思ってるのよ」
「まあ、お前がそう思うんなら俺はそれでいいけど。うん、そうだな、吹寄制理さんのお役に立てた上にお昼までごちそうになって、上条さんも非常に満足ですよ」
 そう言うと上条はニカッと笑った。邪心など何もない、本心からの笑みだった。
「上条……」
「? どうした?」
「……なんでもないわ、食べましょう。冷めてしまうわ」
 二、三度瞬きをした後、吹寄はカルボナーラを黙々と食べ始めた。
 ほんの少し首を傾げたものの、上条もそれに続いた。

――上条とこうして普通の友達のように会話できただけで、今はいいのかもしれないわね。



 今まで一方的に怒鳴りつけることしかなかった上条との関係が今日ほんの少しだが、いい方向に変われた。そう感じた吹寄は今はこれ以上何もしない方がいい、しばらくはこのままでいいのかもしれないと考え始めていた。
 自身の感情を整理するという当初の目的からは逸れることになるが、慌てても何もいいことはない、そんな考えが頭をよぎったのだ。

――あれ、でもこれって。

 しかしここで吹寄は気づいてしまった。
 上条と普通に会話できるようになった今のままがいいということは、彼と過ごすこの空間を心地よいと認めたことと同義。
 それはつまり、以前は否定したが、やはり自分は上条に――。

――まさか、本当にそうなの? けど。

 ごくりとつばを飲み込んだ吹寄は目を閉じ、ブンブンと頭を振った。
 認めたくはないが、確かに予想はしていた。
 自分が上条当麻に対して抱いている感情は「あの感情」だと。
 今日だって一番の目的はそれを確認することなのだから。
 けれどまだ実感が湧かない。
 目の前の男に自分がそのような感情を抱いているという実感が。
 それではどうすればいいのだろう。
 上条当麻に対する自分の感情を理解するために、自分は何をすべきなのだろう。



 そう考えているうちに吹寄の様子は目に見えておかしくなっていた。
 呼吸も荒く、顔色まで若干悪くなっているようだった。
 吹寄はやや熱を持った脳を冷やすために水を飲み、もう一度頭を振った。

「……え?」
 吹寄が目を開いたとき、目の前には自分を心配そうに見つめる上条の顔があった。
「大丈夫か、吹寄?」
「あ、あ、うん……」
 吹寄は壊れた人形のように何度も首を縦に振った。
 上条は納得しきれていないような表情で頭をかいた。
「そうか? 本当に大丈夫か?」
 吹寄は再び首を縦に振った。
 上条は仕方ない、と言った風にため息をついた。
「……じゃあもう帰るか。なんかお前、具合悪そうだし」
「…………」
 吹寄はさらに首を縦に振った。



 ファミレスを出た上条は心配そうに吹寄に話しかけた。
「吹寄、本当に身体大丈夫か? もしきついんなら寮まで送っていくけど」
 上条の申し出に吹寄は首を横に振ることで返事をした。
「……わかった、でも無理はするなよ」
「うん。今日は、本当にありがとう。じゃあ、またね上条」
 吹寄は上条に背を向けると、ぎこちない様子で歩き始めた。

「なんだったんだ、吹寄の奴? なんか調子狂うな」
 今日一日、普段と明らかに違っていた吹寄の様子を思い出しながら、上条は大きく息を吐いた。
「まあ、いいか」
 そう呟いて上条も家に帰るべく自宅の方を向いた。

 その時、自分から逃げるように物陰に隠れた、よく見知った姿を上条は見つけた。
 その姿に思わず上条は大声を出していた。
「おーい、御坂!」


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