カナ姫の祖父の遺品で、この国に来る前からの物は、たった二つ。
剣と印だけである。
剣は、拵えこそこの国の物だが、その刀身は反りの有る両手剣。
印は、金色の鳥に剣と楯と矛があしらわれた物。
…何れも、祖父王が生前その身から離さなかった物である。
故に祖父王の崩御後、『剣は王が、印は次期王が持つ物』とされ、王家の家宝に加えられた。
それが『当然』と皆が思う程、祖父王は評価されていたのだ。
剣の刀身は日本刀、印は功四級金鵄勲章である。
祖父王が転移前の世界から持ち込み現存しているものは上記二品だけであるが。彼がこの世界で作成した遺品も存在する。
それが『祖父王の日記』と呼ばれる書物である。
シュヴェリン王国人 いや、この世界の誰一人として読めない文字で記されたこの書物は日記ではなく、帝國語で書かれた報告書だった。
報告書には、およそ彼が知りえる限りの、この世界に関する様々な情報や注意事項が書き連ねられていた。
それらの情報はまず事実関係のみが客観的に、
次いでこの世界における一般的な解釈、
最後に自分の分析が記載されており、この世界の人間の考え方や
帝國人との差異すらわかる貴重な資料だ。
……そしてなにより重要なことは、これ等の資料が『帝國人によって記されている』ことだった。
転移して数ヶ月、帝國は
ダークエルフの情報を丸呑みする以外方法が無く、それが何処まで正しいのか知る術さえ無かった。
ここで初めて、帝國は『真に信用すべき情報』を手に入れたのである。
確かに、ダークエルフの膨大な情報に比べれば、情報量自体は些細なものでしかないだろう。
が、『帝國人の目から見たこの世界』という情報は、正に万金に値する価値があった。
転移後数十年、彼はその死に至るまで、帝國軍人としてこの報告書を書き連ねていたのである。
――あと数年生きていれば、帝國に帰れたものを……
彼の無念を思い、この報告書を初めて読み、その意味を理解できた
帝國陸軍第一六軍司令官
今村均中将は号泣した。
しかし、生きていたとしても本土にその身を置く事はしなかっただろうな、とも考えていた。
『この報告書を作成するに当たり、シュベリンの民の助力非常に大なり。
シュベリンの民に対し、後世特別のご高配を賜らん事を』
わざわざ、こんな一節を挟む程であるのだから。
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最終更新:2007年01月18日 15:26