さて。
そもそも、中間テストとは何か。
簡単に言えば頭の横に物差しをおいて、頭の良さを数字にしてくれる、有難い行事の事だ。
もちろん、普段から勉強している、という極わずかな生徒にとっては大した問題ではない。
また、普段から勉強しなくてもできる、という極々僅かな生徒にとっても、さほど問題ではない。
つまり、毎日をSOS団なるお祭り集団に身を置いているキョンにとって、これは一大事である。
幸いにしてSOS団の活動は試験期間中はお休みである。この機会に勉学に励もうと考えるのは至極当然の結果と言える。
しかし、と彼は一考を案じた。
一人でやっても限界は生じる。モチベーションの維持もかねて、誰かと一緒にやる方が効率がいいに決まっている。
では、誰に頼ろうか。
SOS団? 却下。ドンチャン騒ぎになるのは目に見えている。
佐々木? 却下。進学校に行ったのだ。自分以上に辛い立場であることは、聞かなくても分かる。
さて、と物思いに耽りながら歩いていると、いつもの顔が目に入った。毎度毎度飽きないと考えて、ふと
「キョンさん、今日こそは佐々木さんの、」
閃いた。
そもそも、中間テストとは何か。
簡単に言えば頭の横に物差しをおいて、頭の良さを数字にしてくれる、有難い行事の事だ。
もちろん、普段から勉強している、という極わずかな生徒にとっては大した問題ではない。
また、普段から勉強しなくてもできる、という極々僅かな生徒にとっても、さほど問題ではない。
つまり、毎日をSOS団なるお祭り集団に身を置いているキョンにとって、これは一大事である。
幸いにしてSOS団の活動は試験期間中はお休みである。この機会に勉学に励もうと考えるのは至極当然の結果と言える。
しかし、と彼は一考を案じた。
一人でやっても限界は生じる。モチベーションの維持もかねて、誰かと一緒にやる方が効率がいいに決まっている。
では、誰に頼ろうか。
SOS団? 却下。ドンチャン騒ぎになるのは目に見えている。
佐々木? 却下。進学校に行ったのだ。自分以上に辛い立場であることは、聞かなくても分かる。
さて、と物思いに耽りながら歩いていると、いつもの顔が目に入った。毎度毎度飽きないと考えて、ふと
「キョンさん、今日こそは佐々木さんの、」
閃いた。
「で? なんでこうなるのですか?」
ま、詳しい話は家で、という言葉に惑わされたのがいけなかった。
彼の家の彼の部屋。
小さな折り畳み式のテーブルに座り、キョンと橘京子は対面に向き合っている。
その視線の中心。テーブルの上には、教科書とノートと筆箱が乱雑に置かれていた。
「見ての通り、テストで勉強だ。ほら、勉強中ならいくらでも佐々木教の勧誘をしていいから」
名案だろ、とでも言いたげな顔を見て、橘は深く深く溜息をついた。
やったな、この野郎。
「いや、でもな。ほいほいついてくるお前もどうかと思うが」
「私の誠意がちょっとでも通じたかな、と期待したんです!」
「ほら、お前だって勉強しないとまずいだろ。高校は違っても内容は似たようなもんだしさ。協力すれば楽になる」
ぐっと言葉に詰まる。正しい。
もう一度だけ溜息をついて、んん……もう、と呟いて、橘は対面に座るキョンを見据えた。
セールスマンの秘訣その一。誠意を見せるべし。
「わかりました。毒食らば皿までです。一週間、付き合います。その間、勧誘もしません。勉強に集中します」
初めてキリンを見た子供のような眼を、キョンはした。
目の前の動物は本当に自分の知ってる存在かどうか疑っているような眼だった。
「なんですか、その疑わしそうな目は」
不貞腐れたような声に、キョンは苦笑いを返した。一本取られたと、そう思っていた。
「いや、そのなんだ」
少しだけ目を逸らして、彼は言った。
「助かる。サンキュー、橘」
捻くれた子供が好きな子に告白するような声だった。その声に橘は笑みを返した。
初めて、彼の事が可愛いと思った。ほんの少しだけ。
「さ、始めましょう。時間は少ないですから」
「あ、ああ。そうだな」
ま、詳しい話は家で、という言葉に惑わされたのがいけなかった。
彼の家の彼の部屋。
小さな折り畳み式のテーブルに座り、キョンと橘京子は対面に向き合っている。
その視線の中心。テーブルの上には、教科書とノートと筆箱が乱雑に置かれていた。
「見ての通り、テストで勉強だ。ほら、勉強中ならいくらでも佐々木教の勧誘をしていいから」
名案だろ、とでも言いたげな顔を見て、橘は深く深く溜息をついた。
やったな、この野郎。
「いや、でもな。ほいほいついてくるお前もどうかと思うが」
「私の誠意がちょっとでも通じたかな、と期待したんです!」
「ほら、お前だって勉強しないとまずいだろ。高校は違っても内容は似たようなもんだしさ。協力すれば楽になる」
ぐっと言葉に詰まる。正しい。
もう一度だけ溜息をついて、んん……もう、と呟いて、橘は対面に座るキョンを見据えた。
セールスマンの秘訣その一。誠意を見せるべし。
「わかりました。毒食らば皿までです。一週間、付き合います。その間、勧誘もしません。勉強に集中します」
初めてキリンを見た子供のような眼を、キョンはした。
目の前の動物は本当に自分の知ってる存在かどうか疑っているような眼だった。
「なんですか、その疑わしそうな目は」
不貞腐れたような声に、キョンは苦笑いを返した。一本取られたと、そう思っていた。
「いや、そのなんだ」
少しだけ目を逸らして、彼は言った。
「助かる。サンキュー、橘」
捻くれた子供が好きな子に告白するような声だった。その声に橘は笑みを返した。
初めて、彼の事が可愛いと思った。ほんの少しだけ。
「さ、始めましょう。時間は少ないですから」
「あ、ああ。そうだな」
「で……これは……だから……」
「ですから、これはこうで……こう……」
「だからさ、コレがこう動いて……」
「ですから、これはこうで……こう……」
「だからさ、コレがこう動いて……」
まず三日で、対面が、横になった。
毎度毎度ノートと教科書をひっくり返すのがメンドクサイというのが、その理由である。
毎度毎度ノートと教科書をひっくり返すのがメンドクサイというのが、その理由である。
「だから、これがこれで、こうなりますよね?」
「待て待て。その前の点が、こうなるだろ? だから……」
「待て待て。その前の点が、こうなるだろ? だから……」
次の二日で、橘京子は妹の友人になる事に成功した。
「あ、どーしたのこのケーキ?」
「ウチで焼いてきました。妹さんへのお土産なのです。今紅茶を入れますからちょっと待ってて下さいね。あ、台所借りますね」
勉強中、毎度毎度邪魔しに来る妹に対して橘が取った懐柔策であった。これがてきめんに効いた。
また遊びに来てねー、と玄関まで送り迎えするほどであった。
精神年齢が近いからだろうと、キョンは分析している。
「あ、どーしたのこのケーキ?」
「ウチで焼いてきました。妹さんへのお土産なのです。今紅茶を入れますからちょっと待ってて下さいね。あ、台所借りますね」
勉強中、毎度毎度邪魔しに来る妹に対して橘が取った懐柔策であった。これがてきめんに効いた。
また遊びに来てねー、と玄関まで送り迎えするほどであった。
精神年齢が近いからだろうと、キョンは分析している。
最後の夜。すなわち、日曜日の夜。
この七日間で、橘は彼の家に馴染んだと言っていい。
妹と共にケーキを食べ、シャミセンと共に遊び、キョンの母と一緒にお菓子を作ったせいだろう。
朝から連続してし続けた勉強もすでに終盤。
幾度となく繰り返された模擬テストの正答率は満足のいくものだった。これなら、十二分な結果を残せるだろう。
冷えたオレンジジュースをストローで掻きまわしながら、橘はキョンの部屋を見つめている。
そんな橘を、キョンはベットに座りながら見ている。
「……今日で、終わりですね」
「そうだな」
すでに夜。時計の針は七時を回っており、帰宅時間であることを告げていた。
「勉強、はかどってよかったですね。お互い、いい結果を残せそうです」
明るく言う言葉の端に、少しだけ悲しみの色が見えるのは気のせいか。
開けっぱなしの窓から、夜風が部屋の中を撫でる。暑苦しい日が続いたせいか、それが妙に心地良かった。
意を決して、口を開いた。
「なあ、橘。お前は、いいのか?」
彼の言葉に、橘は首をかしげた。数秒考えて、聞き返した。
「……? 何がですか?」
「勧誘しなくて。協力してほしいんだろ?」
沈黙は、数秒だけだったと思う。
いつものような口調で、橘は言った。
「いいんです。そういう約束ですし、それに―――」
言葉を選ぶのに、数秒を要した。
「説得したくらいじゃ、協力してくれない人だって判っちゃいましたから」
恋人を自慢気に語る、女の子のような声だった。
自信と確信と、ほんの少しの惚けが混じった、そんな声。
「だから、説得なんてしません。キョンさんが、佐々木さんでないとダメだ、という体験をしないとダメなんです」
だから、いいんです、と橘は笑った。
「―――そっか。まあ、だいたい合ってる」
嘘つきめ、と橘は思った。全部合ってるくせに。
「そういうキョンさんは、私の事、何か分かりましたか」
「……そうだな。例えば――」
口から言葉が沸き出てきた。
「料理が上手いとか、英語が苦手とか、ウサギの消しゴムが気に言ってるとか、
好きなマンガは少女物とか、折り畳み傘が嫌いとか、好きな飲み物はオレンジジュースとか、
まあいろいろだけど、」
思わず、言葉が飛び出た。
「けっこう可愛い奴だって分かったよ」
えっ、という顔を橘はした。
しまったという顔をキョンはしていた。
「あ、あの。それってどういう、」
意味ですか、と続けようとしたのだろう。たぶん。
「京子ちゃーん! 時間だよー!」
もしも、この小さな乱入者がいなければ、答えは貰えたのかもしれない。
この七日間で、橘は彼の家に馴染んだと言っていい。
妹と共にケーキを食べ、シャミセンと共に遊び、キョンの母と一緒にお菓子を作ったせいだろう。
朝から連続してし続けた勉強もすでに終盤。
幾度となく繰り返された模擬テストの正答率は満足のいくものだった。これなら、十二分な結果を残せるだろう。
冷えたオレンジジュースをストローで掻きまわしながら、橘はキョンの部屋を見つめている。
そんな橘を、キョンはベットに座りながら見ている。
「……今日で、終わりですね」
「そうだな」
すでに夜。時計の針は七時を回っており、帰宅時間であることを告げていた。
「勉強、はかどってよかったですね。お互い、いい結果を残せそうです」
明るく言う言葉の端に、少しだけ悲しみの色が見えるのは気のせいか。
開けっぱなしの窓から、夜風が部屋の中を撫でる。暑苦しい日が続いたせいか、それが妙に心地良かった。
意を決して、口を開いた。
「なあ、橘。お前は、いいのか?」
彼の言葉に、橘は首をかしげた。数秒考えて、聞き返した。
「……? 何がですか?」
「勧誘しなくて。協力してほしいんだろ?」
沈黙は、数秒だけだったと思う。
いつものような口調で、橘は言った。
「いいんです。そういう約束ですし、それに―――」
言葉を選ぶのに、数秒を要した。
「説得したくらいじゃ、協力してくれない人だって判っちゃいましたから」
恋人を自慢気に語る、女の子のような声だった。
自信と確信と、ほんの少しの惚けが混じった、そんな声。
「だから、説得なんてしません。キョンさんが、佐々木さんでないとダメだ、という体験をしないとダメなんです」
だから、いいんです、と橘は笑った。
「―――そっか。まあ、だいたい合ってる」
嘘つきめ、と橘は思った。全部合ってるくせに。
「そういうキョンさんは、私の事、何か分かりましたか」
「……そうだな。例えば――」
口から言葉が沸き出てきた。
「料理が上手いとか、英語が苦手とか、ウサギの消しゴムが気に言ってるとか、
好きなマンガは少女物とか、折り畳み傘が嫌いとか、好きな飲み物はオレンジジュースとか、
まあいろいろだけど、」
思わず、言葉が飛び出た。
「けっこう可愛い奴だって分かったよ」
えっ、という顔を橘はした。
しまったという顔をキョンはしていた。
「あ、あの。それってどういう、」
意味ですか、と続けようとしたのだろう。たぶん。
「京子ちゃーん! 時間だよー!」
もしも、この小さな乱入者がいなければ、答えは貰えたのかもしれない。
「それでは。いろいろお世話になりました」
「こっちこそ、助かった。おかげでなんとかなりそうだ」
別れは、いつも通りに。
ただ、今日は言葉が違うだけ。
また、明日ではなく。さよならに変わるだけ。
「それじゃあ、キョンさん。―――さようなら」
ドアノブに手をかけた橘の背中に向かって、キョンが言った。
「―――またな、橘」
小さく頷くだけで精いっぱいだった。
見なくても分かる。
自分も彼も、赤面しているに違いない。
それが、きっと。
あの質問の、彼の答えなのだろうから。
「こっちこそ、助かった。おかげでなんとかなりそうだ」
別れは、いつも通りに。
ただ、今日は言葉が違うだけ。
また、明日ではなく。さよならに変わるだけ。
「それじゃあ、キョンさん。―――さようなら」
ドアノブに手をかけた橘の背中に向かって、キョンが言った。
「―――またな、橘」
小さく頷くだけで精いっぱいだった。
見なくても分かる。
自分も彼も、赤面しているに違いない。
それが、きっと。
あの質問の、彼の答えなのだろうから。