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罪人のペル・エム・フル(前編)

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罪人のペル・エム・フル(前編) ◆ug.D6sVz5w




 キョン、メリッサ・マオ、そして陸。
 この二人と一匹の集団が彼らにとっては最悪の出会いとなる、陸の主人シズとその同行者だったアリソンの二人と再会する少し前のこと。

「マオさん、キョンさん、少々お待ちを」
 そんな言葉から始まった、彼らがホテルの前で「ここには言っていった何者か」について多少のやり取りをしていたそのときからさらにかなり前。
 彼らが話していた「ホテルに入っていった何者か」ことインデックスとヴィルヘルミナの二人はホテルの正面玄関からではなくホテルの裏口、搬入口から脱出していた。
 といっても、別に彼女達に陸やメリッサ・マオが考えていたようなトラップを仕掛けたりだとか、追っ手の追跡を欺くためだとか言った考えがあったわけではない。

 ではどうして入っていった場所から出なかったのかと言うと――

「さて、ではそろそろ参りましょうか」
「行動開始」
「うん! あー……でもその前にもう少し何か食べたいかも」
「……もう、でありますか?」
「急速消化」

 ……このようなやり取りがあった後、食料の補充の為に彼女達はホテルの食堂――正確に言うとその近くにあるはずの厨房を探してホテル内を移動した。
 その結果、再びもう一度ロビーにまで移動するよりは、厨房のすぐ近くにあった搬入口から出るほうが早かったというだけに過ぎない。

 ――まあ、補足をしておくならば、厨房内を漁った結果がどうであったかと言うと

「こ、これはお肉がたくさん! ああ! こっちにはミカンまであるんだよ! そして、パーイーナッープールー!」
「……はあ、とりあえずは缶切りが必要でしょうか」
「道具調達」

 いわゆる生鮮食品群。つまりは新鮮なお肉やお魚、野菜と言った種類の食料は見当たらなかったものの、その代わりと言わんばかりに大量にあったフルーツやコンビーフなどの缶詰類と冷凍食品を彼女達は発見した。

「しかし……やや以外ではあります」
「……ん?」
 それら発見した食料を前にぽつりとヴィルヘルミナが漏らした疑問の言葉。それが聞こえたのかインデックスは不思議そうな表情で彼女のほうを見る。

「どうしたの? 何かおかしいところでもあったの?」
「いえ、ただ少し疑問に思うことが」
 今のところ彼女達を集めた《人類最悪》とやらの目的は、彼女達が最後の一人になるまで殺し合いをさせることだろうと予想される。
 ただ、そう考えるならば会場内で容易く食料や水が手に入るのはおかしくはないだろうか?

 3日で消える会場に3日分の食料。
 一見何の不足はないように思えるが、例えば食事の最中に偶然に襲撃されることで食料を失うことになったりすることもあるだろうし、あるいは襲撃に遭ったことでデイパック本体を失うことだって考えられる。
 そのときにもしも会場内のどこにも食料品がなければ誰かを襲って食べ物を奪おう、そう考える参加者が出てきても不思議ではないはずだ。
 これも立派な争いの種となる。

 しかし現実には、わかりやすく簡単に食料は現地調達できた。
 これが意味するものはなんなのだろう。

(今のところは情報が少なすぎるのであります)
 少しだけそのことについて考えてはみたものの、ヴィルヘルミナは今のところはさっさと諦めることにした。
 もちろん可能性だけならば幾つも考えることはできる。
 例えば殺し合いが目的なのに食べ物が入手できたかできなかったかという不確定要素で争いの結果に差が生じることを嫌ったとか、単にそこまで細かいことは考えていないだけだとか。

 ただ、どの考えが正しいのかなんてことを考えるためには、あの《人類最悪》についてわからないことが多すぎる。
 そしてこの状況下、不確かな決め付けで動くには危険すぎる。
 ならば何も考えておかないほうが、いざというときにとっさに動きやすい。


 そうして頭を切り替えて、ヴィルヘルミナはインデックスに声をかける。

「そしてあなたは何をしているのでありますか」
「たーベーもーの!」
「理性消失」
 はあ、と小さく溜息ひとつ。
 厨房で見つけた食料、大量の缶詰や冷凍食品を片っ端から自らのデイパックに詰め込むインデックスの首根っこを彼女はつまむ。

「この際缶詰類に関しては目はつぶりますが、レトルト類は諦めて欲しいのであります」
「ピーザー! しゅうーまい!」
 食べ物の名前を叫ぶ少女を無視して、ヴィルヘルミナはデイパックの中から冷凍食品群を次々と取り出し、元あった冷凍庫の中へともどす。
 たかがお湯を沸かすだけで済むインスタントラーメンでさえ、小一時間かかるほどの手間がかかったことを彼女は忘れてはいない。いくら冷凍食品がレンジ一つで解凍出来るとはいえ、
食事のその都度辺りを探索し、周囲の様子をうかがわざるを得ないというのは、時間の浪費などのデメリットのほうが大きすぎる。

 かくして――。  
「うう、ヴィルヘルミナがひどいんだよ……」
「さて、いろいろ時間も浪費してしまったようでありますし、今度こそ出発なのであります」
「行動再開」
 いまだ不満顔のインデックスとともにホテルを出たヴィルヘルミナはひょい、とインデックスを彼女のデイパックごと抱きかかえた。
(む……)
 その際、想定外の重量。あれほど大量に詰め込んでいたはずの缶詰の重さをまるで感じなかったことに一瞬驚いたが、容量無限ということは重量に関しても何らかの仕掛けがあるのだろうと納得する。

「そのような宝具か質量変化の自在法……いえ」
 その何らかの要因をついつい自らの「常識」で判断しようとしたが、今は彼女の知る「常識」が通用するとは限らない場所だ。
「ん? 何、ヴィルヘルミナ」
 だから抱きかかえた少女の方へと彼女は視線を向けた。
「あなたの世界の魔術でこのような重量容量を変化させることは可能でありますか?」
「うーん、そういうものがないわけじゃないよ。例えば太上老君の紫金紅葫蘆みたいなどんなものでも中に吸い込むことができる道具とかもあることだし、そういった道具の持つ効果を魔術で再現することは不可能じゃないんだよ」
「では」
「ただ、少なくともこのカバンに使われているのは私の知る魔術じゃないと思う。だって物を入れるときでさえ何の魔力も感じ取れなかったから」
 インデックス自身は魔力を一切持たないために魔術を扱うことはできない。
 しかし逆に皆無であるため、魔力や魔術に対し非常に鋭敏な感覚を持ち、彼女の持つ膨大なその知識と併せて高い魔術発見能力を有するのだ。
彼女の前で魔力の発動をごまかすことは難しい。 

「そうでありますか……」
「残念無念」
 容量や重量が無視できる道具など少なくとも複数の「世界」で共通する技術であるとは思われない。
 あるいはそれが主催者たちへとつながる手がかかりになるのではないかと考えたのだが、さすがにムシがよすぎたか。

 気を取り直すと今度こそ彼女は走り出した。

 彼女達が今いるホテルがあるエリアはC-4。
 そしてインデックスの目指す目的地である天文台があるのはエリアB-1。
 移動するのはエリアにして4エリア分、仮に直線で進むとしたら4キロ少々ある。
 もちろん、実際には途中は山で木々などもある以上文字通り真っ直ぐに進むことは難しいし、開始直後に出会ったフリアグネのように、この殺し合いに乗ってしまった参加者もいるであろうことを考えれば行軍途中に気を配る必要もある。

 だがそうした要因を考慮したとしても、とりあえずの目的となる時間である夜が明ける前――つまり放送開始の予定時間まではまだ二時間近くある。
 彼女にとってそれだけの時間の余裕があれば、目的地までたどり着くことは簡単だ。
 フレイムヘイズの身体能力はただの人間とは比較になるものではない。

 周囲の警戒、いざという時に備えて体力をある程度温存、そして抱きかかえて運んでいる少女に振動が負担にならないようにする気配り。
 こうした3つの行為を同時にこなしながら、平均的な成人女性の全力疾走と同等、あるいはそれ以上の速度で彼女はエリアを駆け抜けていく。
 そうしてさしたる時間もかけずに堀と川の境目を抜け、進行方向から見て左のすこし後方に天守閣が見える地点。C-3エリアの半ば過ぎまできたところでヴィルヘルミナは一度立ち止まった。

「さて、ここから先はどう進みましょうか」
「進路確認」

 大きく分けてここから天文台に向かうルートは三種類ある。
 一つはこのまま川沿いにそって進む最も直線に近いルート。
 二つ目はこのまま西に進み、草原や森林地帯を横切って本格的に山に入る前に山道に入るルート。
 三つ目は少し遠回りにはなるものの、堀を抜けた辺りから進路を南西へと変更し、森林地帯に入る前から整備された道を行くルート。
 上に行くほど所要時間は短くなり、下に行くほど道のりは楽になる。
 もちろん、どのルートを通ろうが放送までに天文台につくことは可能ではあるが……。

「やはりこのまま天文台まで進むべきでありましょうか」
「視界不鮮明」 
 一つ目のルートを進む場合、問題となるのはそこだった。
 川のすぐそばを通ろうが、川からつかず離れずに森林地帯を行こうが今よりもずっと視界は悪くなる。
 また万に一つの可能性だと彼女も思うのだが、森林地帯においてトラップを仕掛けられていた場合、街中のそれよりも発見は難しい。
 つまりより周囲に対して気を配らなくてはならないのだ。
 そうした状況下においてフリアグネのような強敵と対面する羽目になった場合、彼女一人だけというのであればまだしも、インデックスを守り通しながら戦うのはできれば避けたいところである。
 ならば選ぶべきは二つ目か、三つ目か。

「ヴィルヘルミナ、ちょっといい?」
 そうして悩む彼女にインデックスが声をかける。
「なんでありますか?」
「えーっと、別に疲れているわけじゃないんだよね」
「ええ」
「疲労皆無」
 ほんの一キロ程度の移動など、例えインデックスを抱きかかえながらであろうとも彼女にとっては負担にもならない。
 それこそ中世の「大戦」の際などは成りたてのフレイムヘイズ達でさえ、特に力を使わずに個人で大砲を運用して戦っていたぐらいである。それに比べればこの少女の一人や二人はどうと言うこともない。
「だったら悪いんだけど、一番遠回りの早めに道路に合流するルートを進んで欲しいかも」
「……それは構いませんが、よろしいので?」
「要説明」
 インデックスの申し出はヴィルヘルミナにとってはありがたい話ではあったが、同時に少し疑問でもあった。
 確かにインデックスは天文台へは放送までにつけなくとも構わないと言ってはいたが、星空の様子から状況を判断するのが彼女の主目的である以上、早く辿りつけるにこしたことはないはずだ。

「えーと、この速さで移動できるんなら天文台にはそれほど時間をかけずにたどり着けそうだし、だったら安全な道、少しでも視界がとおっている道を進んだほうがいいかも、って言うのが一つ目の理由なんだよ」
「一つ、ということは他にも理由があるので?」
「うん。二つ目の理由は道路を進む方が他の誰かに遭う確率が大きいかなって思って」
「確かに天文台を目指す者や逆に山頂付近から行動開始したものが道路を来る可能性は高いのでありましょうが……少々危険では?」
「遭遇戦」
「それは確かにそうだけど、結局他の誰かから情報は入手しなくちゃいけないんだよ」
 それに、とインデックスは言葉を続ける。
「それに一番落ち着いて見知らぬ誰かと会話できるのは今だけだと思うし」
 彼女が言外に匂わせた言葉の意味。それをヴィルヘルミナも悟る。

「……やはりある程度『呼ばれる』ものとお考えで?」
「少なくともあの12回という区切りに意味があるとするなら…………5人ぐらいは」
 インデックスの返答までの沈黙の長さが、事態がより悪くなるであろうことを想定してのものだと彼女もわかっている。

 この「殺し合い」で第1階放送で名前が呼ばれるものがいない、若しくは極めて少数しか呼ばれないと言うことになればこの緊迫状況から真剣さが一気に落ちる。
 そしてあの《人類最悪》としてもそういう状況は望むまい。
 ならばそれを防ぐためにフリアグネのような積極的に「動く」参加者も一定数いるはずだ。
 運良くその「誰か」に出会う参加者が少なかったとしても……最悪インデックスのいった数の倍は犠牲者がいると予想しておいた方がいいかもしれない。
 そして放送で「呼ばれた」参加者の知り合いとは開始前と開始後で交渉のやりにくさはけた違いだろう。

 確かに朝までに天文台に着かなければ、次に夜空を見ることができるようになるまで1日近くかかる。それはかなりの時間の無駄となる。
 だが、他の参加者と落ち着いて会話ができるこの最後のチャンスも逃すべきではないだろう。
 そう考えればインデックスの勧める遠回りルートが一番いいのだろう。

「では出会う誰かが善良であることを期待するのであります」
「行動再開」
「じゃあ、またおねがいするんだよ」
 ヴィルヘルミナは再びインデックスを抱き上げると南西へと走り出した。


 ◇ ◇ ◇


 ――選択肢は二択から三択へと変化し、難易度は上昇した。
 賭かっているものが自分自身の命だけであると言うのならまだしも、今は下手な手を打てば自分以外の命も危機にさらされてしまう。だからこの状況下で水前寺が取ったのはもっとも慎重な安全策だった。

「ふむ、この辺ぐらいにしておくべきだろう」
 水前寺はゆっくりとブレーキを踏み込んだ。
 少しずつ速度を落として、程なくジープは完全に、そして静かに停止する。

「え、ここって……?」
「ん? どうしたのかね島田特派員。そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
 笑いに笑って、自らの腹筋に多大なダメージを受けた状態から少し前にようやく回復し、息を整えた島田美波は水前寺の方を驚いたように見てくる。
 まあ、それも無理はない。
 "第一回SOS団会議"によって決定した彼らの当面の目的地はC-2にある神社である。
 地図の上で確認できる限りでも、山頂の天文台から、あるいは天文台へと続く水前寺達が走ってきたこの道路はその神社のすぐ近くまで通っている。
 だがたった今水前寺がジープを停めたその位置は神社のすぐ側ではなくかなり手前。
 神社がある山の登山口が視認できるかどうかという位置であった。

「何でこんなに遠くに停めるのよ?」
「なあに、誰かがいる場合を考えたらこの位置がベストだと考えただけに過ぎん」
「だからそれはどういう意味なのよ……」
 基本的に水前寺の行動は本人にしてみれば当たり前の理屈に従った結果に過ぎないのだろうが、それに付き合わされる人間にしてみればその理屈に追いつくことが難しい。
 呆れ顔で説明を求める美波をよそに水前寺はエンジンを切ると、手早く自分と美波のデイパックを持ちバギーから降りる。

 さすがにここで美波だけがバギーに残るわけにもいくまい。
 未だに納得しきれていないながらも彼女はバギーを降りて、水前寺から自分のデイパックを受け取った。 

「もう少し詳しくせ……」
「まあ待ちたまえ島田特派員。言いたいことはこの光景を見てからでも遅くはあるまい」
 そう言いながら水前寺は満面の笑みを、ほんのわずかでも彼の人となりを知るものが見れば嫌な予感を感じさせるような笑いを浮かべる。
 当然美波も不安を感じ――

「ええ!?」
 不安を感じた次の瞬間、目の前で起きた光景に驚愕した。

「な……なんなのよ、えっと゛Magisch"……は日本語で、えっと」
「"手品"?」
「そうそれ! 手品なの?」
 驚く美波にいっそう得意げな笑みを水前寺は浮かべる。

「いいや、違う。そして驚きすぎだぞ島田特派員。ジャーナリストたるもの不測の事態にこそ、よりいっそうの落ち着きを持って行動せねばならんのだ」
「え、だってそれ……」
「……とはいえまあ、驚くのも無理はないだろうな。かくいうおれ自身も自分でしたことながら信じられんと『これ』は何度も試してみたものだ」

 美波の目の前で起きた光景。
 それはつい今しがたまで彼らが乗っていたバギーに水前寺が彼のデイパックを近づけた次の瞬間、その車が一瞬でデイパックの中に消えていったというものだった。
 目の錯覚、とも疑いたくなるが残念なことに消えたバギーは現れず、見回してもそれらしい影はどこにもない。
 さらに信じられないことに、そのバギーが中に消えたデイパックを水前寺は軽々と持っている。

「少なくともこのデイパックに関してはあの男の説明に嘘はなかったと言うことだろうな」
 水前寺は彼女に説明をはじめた。
「おれが試してみた結果、このデイパックの大きさにもかかわらずバギーや他のものはかなりの量仕舞い込めるし、また中に入れたものの重量も感じない。
――そうだな、島田特派員も一度持ってみたまえ、おれのデイパックと君のデイパック。重さに差はないはずだ」
 そう言いながら差し出された水前寺のデイパックを美波はこわごわと受け取ってみた。
 手にとった瞬間、ずしり、と圧倒的な重さが彼女の腕にかかる――ということもなく、水前寺の言葉通り肩にかけている彼女のデイパックとその重さはほとんど違わない。

「どうなっているのよ……これ」
「それはおれにもわからん。そうだ、後このデイパックに対してはいくつか試してみたこともある。これは特派員も覚えておきたまえ」
「……アンタいつの間にそんなことをやってたのよ」
「無論、目覚めてすぐだが?」
 いい加減慣れてきたつもりでいた水前寺の行動力。それが自分の思っていたものよりもなお、大きいものだと知って驚き半分呆れ半分の美波に当然のように水前寺は言葉を続ける。

「いいかね? まずこのデイパックの中におれたちは入ることはできない。
あるいはおれたち以外に動物全てが入ることができないのかも知れんが、これは残念なことに実験用に虫さえも入手できなかったからな。とりあえずは確定したこの事実だけを覚えておけばいいだろう」

 まあ、これは当然だが。と水前寺は言う。もしもそんなことが可能なら、全ての参加者にコンパクトな隠れ家が簡単に手に入ってしまうことになる。
 あるいはどこかのビルの一室に。
 あるいは目印一つない草原の片隅に。
 ぽつんと隠すように置かれた一つのデイパック。その中に隠れた参加者などとてもではないが探し出せるものではない。
 ならばその程度の処置は当然のことといえるだろう。

「他に入らなかったものとしては、生えていた木や植物。だがこれに関しては例外があって、入らなかった草も一度引き抜けば中に入れることができた。だからおそらくではあるが、参加者以外に関しては「抵抗」が入れられるか入れられないかの基準になっているとおれは考える」
 水前寺の言葉に疑問の表情を美波は浮かべる。

「それってどういうこと?」
「つまり、だ。生えている草木は重量以外にも根で自らを固定している。だからこのデイパックの中に入れることはできん。だがジープが動かないのは単に本体の重量があるからだ。そういったものならば大きさや重さを無視してこの中に入れることができるのだろう」
「え……じゃあ、じゃあ例えばよ。周りの地面ごと中に入れたいと思ったら木とかも中にしまえないの?」
「うむ! その発想は素晴らしいぞ島田特派員」
 何気なく口にした美波の疑問。
 それを聞いた水前寺は実に嬉しそうな表情を浮かべた。
 何か早まったことを言ったのか、と引く美波に彼は嬉しそうに言う。

「ようやくジャーナリストとして一歩を踏み出してくれておれは嬉しいぞ! しかし残念ながらそれはできないらしい。つまりそれが3つ目の発見だ。連続して放り込むことはできても複数の物を同時に入れることはできんらしい。
まあ、それが可能ならバリケードの類はまるで意味をなさんからな。とはいえ、これに関しては抜け道もある。例えば複数の物を一まとめにした袋などは一つの物としてみなされる。
とまあこんなところか。とりあえずの発見は以上だな」
 ではそろそろ行動開始だ、と水前寺はそうして話を打ち切るとさっさと歩き出した。
 美波はその水前寺の襟を引っつかみ、彼の歩みを無理矢理停止させる。

「げほっ、けっ、けほっ。な、何をするのかね島田特派員!」
「何をじゃないわよ! だからなんでここで車を降りるのよ?」
「…………おお!」
 美波の問いかけにややあって水前寺はぽん、と手を打った。

「そういえば詳しい説明がどうとかいっていたな。いや済まん、おれの中ではすっかり終わっていたことだったのでうっかり忘れていた」

「で、何でこの距離で車を降りるわけ?」
「つまり、だ。誰かがいる場合を考えたらこの位置がベストだと考えただけに過ぎん」
「……それはさっきも聞いたわよ」
「おお、そうか。ならばこう言い換えよう。神社に誰かがいる場合、車で近付くのと歩いて近付くのはどちらが相手に気が付かれにくいと思うかね?」
「それは……もちろん歩いての方ね」
「残念ながら今のおれたちはさっきまでとは違って、伏兵、奇襲の類は確実に察知できるというわけではない。ならば相手に先手をうたせないようにできるだけの手はうっておくべきだろう」
 水前寺の言葉はただ単に事実を指摘するだけのもので、そこに美波に対しての文句などは一切含まれていない。それが余計に辛い。

「ごめん……ウチがレーダーを落としてなかったら……」
 一度ならず二度したはずの決意。
 失敗したなら、次に頑張れば良い。失敗を繰り返さないように、対策を練れば良い。
 何もかもが上手くやれない不条理な世界の中でも、決して折れず決して負けない心を持とうという思いを押しのけ弱気の虫が顔を出す。

「自分の言葉には責任を持ちたまえ」
「……え?」
 そんな美波に水前寺は静かに言葉をかける。

「先ほど自分で言っただろう。この話はもう終わり、とな」
「……あ」
「今の君にできるのは失敗を繰り返さないこと。そして失敗した経験を生かして、新たな失敗を未然に防ぐことではないかね?」
「…………うん」
 返答の言葉は小さかったが、確かに彼には届いたはずだ。
 ごめん、という思いと、ありがとう、というさらに小さく呟いた言葉はできれば届いていない方がいいけれど。

 ――ただ、これで話が終わらないのが水前寺というTPOが読めても、ある意味空気が読めないこの男ならではであった。

「例えば、だ。これから先、遠くから相手の様子をうかがうことがあるかもしれん」
「……う、うん」
 何か急に場の空気が変わったような気配を感じ、嫌な予感を美波は感じた。
 そんな彼女をよそに水前寺は言葉を続ける。

「今手持ちの道具の中で、その際にもっとも役に立つのがこれだ」
 そう言いながら彼が取り出したのは……美波にも見覚えがあるデジタルカメラだ。

「それほど精度がよくないとはいえ、こいつにも望遠機能はついている。こいつを使えば肉眼より鮮明に遠くの様子がわかるわけだが……こいつを見るたびに先ほどまでのように島田特派員に大爆笑されたのでは様子をうかがうも何もない。気をつけてくれたまえ」
 ズーム機能ON。
 レンズを覗き込みながら水前寺はそう言った。

 ……

 …………

 ………………。

 水前寺の言葉に美波の脳裏に先ほどまで見ていた画像がフラッシュバックした。

 バスガイドするマイケルジャクソン。
 時速二百キロでコーナーを攻めるモナリザ。

 八頭身のバランスのよい、見るからにモデルや業界人といった雰囲気の美少女がどこか必死な様子でくりひろげるそうした物まねの数々。

「…………ぷっ」

 ――――島田美波、決壊。

「やれやれ言わんことではないな」
 ニヤニヤと笑みを浮かべる水前寺に文句を言い返す余裕もない。
 しゃがみこみ、両手で口を押さえて美波は笑いをこらえる。

 水前寺はそれをニヤニヤしながら眺めていたが、不意にその表情が真剣なものに切り替わった。

「――――きゃ」  
 そのまま彼はいきなりしゃがみこんでいた美波をそのまま地面に押し付けた。そしてそのまま彼自身も姿勢を低くする。
 いきなりの手荒い扱いに文句をつけようとした美波の口を片手で覆い、もう片方の手は指一本を立てて、口の前へと持ってくる。

 そのジェスチャーに、というよりは彼の真剣な雰囲気に気圧されて、美波も押し黙る。


 ……一秒。

 ……十秒。

 ……一分。

 しばらくたってようやく、水前寺は美波の口から手を離す。

「……ふう」
「もう、いきなりなんなのよ」
 息をついた水前寺に美波は早速今のことを問いただす。 

「ふむ……」
 だが美波の問いかけに水前寺は珍しく言葉を濁した。
「どうしたのよ」
「自分でも少々、今見た物が信じられなかったのだが。
……そうだな、おれが今見たものをそのまま言うとだ、北東の方から草原を抜けてきたらしい、メイド服を着た女性がシスター服を着た少女を抱きかかえたまま陸上選手もかくや、という速度で走って、山道へと消えていった」
「…………は?」
「聞こえなかったか? だから北東の方から……」
「じゃなくって、水前寺……アンタ正気?」
「今ならば俺も少々自信はないな……」
 普通の状況ならば即座に色違いの救急車を呼ばれそうな水前寺の言葉。
 しかしこれまでの経験があるいはそれが真実かもしれないと思わせる。

 ……ちなみにこれは水前寺達が知る由もない事実だが、本来いかにズーム機能の助けがあろうとも周囲に気を配りながら移動していたヴィルヘルミナとインデックスの両者が気がつくよりも先に、
水前寺が二人を見つけるということは、お互いの能力や経験から言ってもありえない話だった。
 しかし両者のいた場所、片や他に目印となるようなものがない草原を移動していたヴィルヘルミナ達、片や郊外とはいえ周囲には建物があり、偶然その影にいた水前寺達。
 その上白み始めたとはいえまだまだ薄暗いこの時間帯。
 おまけに風向きも水前寺達はヴィルヘルミナ達の風下に位置していたのだった。

 ……これらのある意味幸運の無駄使いの結果、水前寺達は彼女達に気付かれないで、彼女達は水前寺達に気がつかないで山道へと入っていった。

「……それでどうするの?」
「無論、追う」
 水前寺は力強く断言する。

「はあ……やっぱり、ってきゃあ!」
「ははは! なにを驚いているのかね島田特派員! いいからとっとと乗りたまえ」
 水前寺が自分のデイパックから再び取り出したジープ。中に入れるところは見ていたが、中から出すのはさっきとはまた違ったショックがあって美波は驚きの声をあげる。
「乗りたまえ、じゃないわよ。あんたさっき自分で言った説明はどうしたのよ?」
「やれやれ、まったく臨機応変に行こうという言葉をキミはもう忘れたのかね」
 呆れたように首を振る水前寺を見て、ぐっ、と美波は己の拳を握り締めた。

「はっはっは、とりあえずその握りこぶしは開きたまえ島田特派員。まあみもふたもない話をすると、だ。
もしも彼女達と敵対するようなことになった場合、最初から車にでも乗っていないと逃げることさえままならん」
「まったく、それならそうと最初から言いなさいってば」
 言って美波もジープに乗り込む。

「ではいくぞ! ああ、島田特派員。言うまでもないことだが、いざというときの心構えは忘れんようにな」
「わかってるわよ。もう、あんな失敗は、しない。してたまるもんですか」
「ふっ、後は思い出し笑いにも気をつけぶっ!」
「さっさと出発しなさい! 無駄口叩くようなら殴るわよ!」
「それは殴る前に言うセリフではないのかね……」
 すったもんだがありながら、彼らは車を走らせる。

 ――追跡スタートだ。


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