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人をくった話―Dig me no grave―(前編)

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人をくった話―Dig me no grave―(前編) ◆ug.D6sVz5w





「おい、猛獣」
 移動を開始してからしばらく、おもむろにステイルは同行者へと話し掛ける。

 インデックスの行動は目覚めたときからわかっていた。
 それでもステイルが動きの予想できる彼女の後を追跡しようとはせずに、篭城を行うことを決意したのは彼では彼女の動きには追いつけないからに他ならない。
 それを逆に言うならば、ホールから離れて、インデックスの足取りを探して移動している今は、彼女に追いすがることが可能になったということ。 
 それを可能にした要因にして、不安要素の塊のような同行者。決して気を許すことも、油断することさえできない相手にステイルは再び釘をさしておく。

「ん? 何だ、魔術師?」
 彼の言葉に先行している同行者、白純里緒が振り返る。
「念のために確認しておくが、『殺してもいい』相手の条件を間違えるなよ?」
 それを聞いて、白純は呆れたような失笑を漏らした。
「はっ! 見かけによらず心配性だな。わかってるって、一応、契約は契約だからな。ちゃんと脱出の為に目的をもって行動しているやつは見逃しといてやるって」
「それを見極めるのは僕だということも忘れるな。あくまでお前は先行して、確認するのが第一だ」
 白純の言葉にかぶせるように、ステイルは言い放った。

 彼としてもここは譲れないところだ。

 確かに白純とステイルとの約束では、白純が襲っていいのは殺し合いに乗ったものと、役立たずの流されるだけの参加者達。
 ステイル自身はいまのところは殺し合いに積極的に乗るものを優先的に片付けたいだけが、白純を仲間に引き込むためにそこは譲歩している。
 しかし、ここで問題になってくるのは流されるだけの参加者をどのように決定するのかだ。

 ステイルは白純にインデックスや上条当麻などの彼の知り合いについての情報を一切明かしてはいない。
 この相手にそう簡単にこちらの弱みを見せるわけにもいかないからだ。
 しかし、それゆえの危険というものも出てくる。
 例えば、ステイルからみれば、上条当麻は脱出の為に「何をするべきか」を考えている集団の中にあっては、ただ流されるだけの参加者と変わりない。
 奴はお世辞にも頭がいいとはいえないのだから。
 そんな集団の中にあっては、奴にできるのは集団の決定に従って行動することぐらいだろう。それはある意味、流されているだけの参加者といえる。

 しかし、だからといって上条当麻が役立たずなのかといえばそうではない。
 奴の右手はありとあらゆる異能を叩き潰す。
 もちろん、奴もここに呼ばれている以上は、単純に奴を舞台の端に連れて行けば脱出できるなどという甘い考えは通じないだろうが、それでも右手に秘められている力を考えれば、上条当麻は役立たずとは言いがたい。
 またその逆に、上条当麻が活躍できるような環境、行動に移っている集団とインデックスが合流している場合には、彼女の集団内に占める重要度は大きくおちる事となる。

 そんな例は他にもあるだろう。
 例えば道具が無い技術者。
 仲間がいない、一人きりで行動中の指揮官。
 他ならぬステイルにしても、ルーン文字を刻んだ媒体が無ければその能力は大きく落ちる。
 故に、だ。白純とて、ステイルにそこまで露骨なごまかしが通じるとは思ってはいないだろうから、はっきりと積極的に脱出を目指している参加者を襲う事態には早々陥らないだろう。
 しかし、第一印象のみで有用か、そうでないかを決められるのも少々困る。
 キャスティングボードはこちらに握っておきたい。

 ――当然のことながら、ステイルのこの言葉に白純はあからさまに不満げな様子を見せる。

「はぁ? 冗談も程ほどにしておけよ、魔術師。何で殺人鬼であるこの俺が、殺しをするのにいちいちお前の顔色を伺わなくちゃいけないんだ」
 そんな白純にステイルは無表情に相対する。
「――不満か? ならどうしろと? まさかお前が全ての判断を下すというのかい? ……勘違いするなよ猛獣、まだ始末されたくないだろう」

 ほんの数秒、ステイルと白純は沈黙したまま視線を交錯させる。

 ――先に視線を逸らしたのは白純だった。

「…………ちっ! ああ、わかったよ! とりあえず他の奴を見かけたら、そいつをどうするのかの判断はお前に任せる。それでいいんだろう」
「ああ」
 投げやりに言った白純の言葉にステイルは頷いた。
 ただ、白純の言葉はそれだけでは止まらなかった。
「だけどこれだけは言っておくぜ。先に向こうから手を出してきたりしたら、基本的な考えが脱出を目指す奴だろうがなんだろうが、手加減はできないからな」
「……うーん、ま、そのくらいはいいだろう。ただし、その場合もお前に手を出した奴以外は、例えばそのまま逃げようとした奴は襲うな」
「…………」

 白純はさすがにもう反論する気はないのか、返事の言葉は無く、ただステイルの言葉に不承不承といった感じに頷く。

(……やれやれ)
 内心でステイルは小さく息を吐き出した。
 最初からこんな感じでは先が思いやられるというものだ。
 きっとこれから先もこのケモノは事あるごとにステイルの手から逃れようとするのだろう。そしていつかは、ステイルさえも食い千切ろうとするのだろう。
 決して油断できない関係。それをステイルは改めて意識する。

(ま、ひとまずは多少不満を和らげてやるかな)
 不満げな白純を見ながらステイルは苦笑交じりに非情な決断を下していた。
 そう、だからといって、このケモノとの同盟関係はステイルも望むところではあるのだ。後々どうなるか、まではわからないが、
少なくとも当分は同盟を続ける以上は、いらぬ禍根をいつまでも残しておく必要性はない。

 ケモノの気を落ち着かせる鉄則は、十分なえさを与えてやることだ。
 だから最初に出会う参加者がよほどしっかりした、はっきりと脱出にむけて動いていると判断できるような相手でもない限りは、流されているだけの参加者とみなす。
 あのケモノだってステイルの評定がゆるいと思えば、判断を下すのをステイルに一任することをそれほど不満には思うまい。


「後は……おい、猛獣。少し待て」
「……まだ何かあるのかよ」
 不機嫌極まりない白純の様子にステイルは苦笑し、告げる。
「落ち着けよ――時間だ」

『――聞こえているか? 言ったとおりに放送を開始する。』
 あたかもステイルがそう言うのを待っていたかのようなタイミングで、《人類最悪》による放送は始まった。


……。

…………。

………………。

『では、縁があったまた会おう――』
「成る程、ね」
 そして短い放送は、終わる。
 今回の死者は全部で十人。多いとみるか、少ないとみるかは人それぞれ。
 そしてステイルにしてみれば、それはどうでもいい話であっただけ。
 予想通りといえば、予想通り。ステイルの知り合いである土御門や上条当麻、インデックスの名前は今回の放送で呼ばれることは無かったのだから。

 まあ、妥当な話ではある。
 ステイルと同じ『必要悪の教会』(ネセサリウス)の一員にして、凄腕のエージェントでもある土御門元春
 殺しても死なないような、いかに特別な右腕を持とうとも真正面から魔術師と戦い、それを突破してきたばかげたうたれ強さの持ち主である上条当麻。  
 そして、一切の記憶を無くした状況下にあっても彼や神裂火織といったネセサリウスでも屈指の使い手たちの追撃を数ヶ月にわたって逃れつづけたインデックス。
 そんな面々があっさりと死ぬはずも無い。

 とはいえ、万が一という思いが無かったわけでもないし、それ以外にも今回の放送はステイルには十分に聞くだけの価値があるものだった。
 一つはほとんど全ての参加者が興味を惹かれたであろう、この舞台の特異性について。

「舐められたものだよ、まったく」
 ステイルは半分は自嘲の、半分は自分を過小評価したあの《人類最悪》を嘲笑う、笑みを浮かべた。
 この舞台内においては特に能力の秀でた者達はその力を一部制限されているらしい。だが、ステイルに化せられた制限は、ほとんど無かった。
 彼にとっての基本であるルーンは問題なく力を発揮したし、彼の切り札、イノケンティウスも発現した。
 まあ、確かに言われてみれば使用枚数の割りには、やや威力が抑え目になっており、魔力の消費も多少大きくなってはいたが、逆にいうならばその程度、ルーンの使用数を増やすだけで十全にカバーできる。
 それはつまり、彼に課す制限はその程度で充分だと判断されたということだ。
 魔術師ステイル・マグヌスを馬鹿にするにも程がある。
 その判断が誤りであることを知らしめてやる。そう、怒りとともにステイルは誓う。

 とはいえ今は、その怒りばかりに気を取られるわけにはいかない。

 先の放送には後二つ気になる点があったのだから。

 一つはステイル達も含めて集団を創りあげた参加者が少なからずいるらしいこと。
 特に放送前から、”元の世界”の世界の非同一性に気付くような者達が複数いるということは、ステイルにとっては喜ばしい放送だ。
 ステイル自身は気付きえなかったが、きっとインデックスならば、十万三千冊におよぶ魔道書の知識を持ち合わせる彼女ならば、きっとこの世界の異常性には気付くはずだ。
 しかし、それは複数の世界の話を聞いて、そこから違和感を感じること、そのため他の参加者と、
それもさっきの少女や今彼のそばにいる獣とはちがう、ちゃんと脱出を目指すような話が通じる参加者との出会いが前提となる。
 そもそも最初の放送でわざわざ伝えてきた以上は、異世界という発想を持ち合わせる参加者自体がそれほど多くいるとは考えにくく、なおかつインデックスの名前が呼ばれなかった以上は、
彼女がすでに集団に入り込んでいる可能性が高いことを指し示している。
 ただし、それが完全な安全に結びつくとは限らないのが困ったところだ。 

 何故ならば、それが最後にもう一つ気になった点、すでに二人呼ばれた、名前のない十人に関してである。 
 その十人がどういう意図で集められたのか、ステイルは二つほど予想を立てていた。

 一つはこの殺し合いを積極的に進めるための好戦的な殺人者。
 もう一つはステイルにとってのインデックスのような、他の参加者にとって命に代えても守りたい誰か。

 白純と出会ったことで、前者の可能性が高いとステイルは踏んでいたが、その割にこんなにも早い段階で二人も呼ばれるというのもおかしな話だ。
 だからおそらくは両者の混合。ステイルは今はそう予想する。
 ただ、そうなってくると不安も出てくる。

 当然、呼ばれた二人は後者、誰かにとっての大事な誰かということになる。
 その誰かを失った結果、集団の誰かが暴走し、崩壊するようなことになっては目も当てられない。
 やはり、早めにインデックスを保護下に置くことが望ましい。

 ……とはいえ、いつまでも思考するだけでは始まらない。放送から数分、思考にふけっていたステイルは再び行動を開始しようと同行者へと視線を向ける。

「おい、そろそろ行く……ぞ? …………猛獣?」
 そう、思考に気を取られすぎていたせいで、ステイルは白純の異常に気がつくのが大きく遅れた。

「有りえねえ……」

 放送終了直後から、いや放送途中、ある名前を聞いた直後から白純は震えていた。
 その名前は黒桐幹也
 ホールに向かった直後に出会って、まだ時期尚早であったが故にこの舞台の危険性のみを教えて逃がしてやった一人の青年。

「有りえねえだろ……おい……うそだ、そうに決まっている」
 そう、彼には充分にここの危険は教えてやったはずだ。おまけに彼が自分から危険な目に会いに行くことが無いように、同行者は排除してやったはずなのだ。

 その彼が死んだ。
 せっかく彼を特別な存在にするための道具、ブラッドチップが入手できるめどが立ったというのに。

「お、おい……猛獣? どうした?」
 彼が行動をともにしていた魔術師が彼に何か声をかけてくる。
 ああ、うるさい。
 今はそんなことよりも幹也のことのほうが大事なことだ。
 どうして彼は死んだのか? 誰が彼を殺したのか?

「確かめないと……」
「は? おい、何を言っているんだ!」

 白純が幹也のもとを離れてから、まだ数時間しかたってはいない。きっと今ならまだ彼の痕跡を辿れるはずだ。

「くそっ! おい、待て! 猛獣!」
 何か聞こえている気もするが、今の彼にはどうでもいいことだ。
 ケモノは再び南へと走り出した。



 ◇ ◇ ◇



 ――同時刻。
 同じ人物の死は、彼らにも影響を与えていた。

 ――黒桐幹也。

 その名前が呼ばれた瞬間に、黒桐鮮花は呆然と立ち尽くした。

 彼らのひとまずの目的地であったホールと同じエリア、数エリアをぐるりと囲う堀を渡ってしばらく進んだところで流れた放送は、彼女の心からそれまでの目的全てを失わせるのに、十分な破壊力を持っていた。

 誰が、どうして、どこで、どうやって、なんで、そんな無数の疑問が彼女の頭を駆け巡る。
 そんな中ふと、視線を動かすと、冷たい目でこちらに注意を向けている土御門とぎゅっと唇をかみ締めながらも、やはりこちらに注意を向けているクルツの姿が目に入る。
 そんな彼ら二人を見て、幹也のことだけでいっぱいになった頭を無視して、口が勝手に言葉を紡ぐ。

「――別に心配しなくても、不安がらなくても平気です」
 ああ、と鮮花は自分で口にした言葉に納得した。
 土御門もクルツも鮮花のことを心配しているわけではない。むしろ鮮花が心配の原因なのだ。

 黒桐幹也の為に殺し合いに乗ることを決意した黒桐鮮花。彼女が幹也が死んだそのときにどうするのか、後を追うのか、それとも――錯乱して、暴走するのか。

 彼らにとっては、彼女が自殺するというのなら、別段止めてやら無くてはならない義理は無い。鮮花の好きにさせてやればいいだけの話だ。
 だが、錯乱した場合はそうはいかない。そのときに被害を受けるのは、他ならぬ彼らなのだから。
 故に彼らは鮮花の一挙手一投足に注意を払っていたのだが、そのことを理解した鮮花の言葉と、何よりも彼女の目を見て、彼らは理解する。
 自分自身や他の無関係な何かにぶつけるだけの余裕が無いくらいに、彼女の怒り、彼女の思いの全てはまだ見ぬ仇、黒桐幹也を殺した誰かに向けられている。
 今の彼女にそれ以外のことに思考を向ける余裕は、ない。

「ま、そういうことなら安心だぜい」
 ふう、と緊張の糸を解きほぐすように息を吐き、土御門が話し掛けてくる。
「だな。ま、こうして組んでいるのも何かの縁だ。手伝いくらいはしてやるぜ」
「――結構です」
 続けて言ったクルツの言葉をぴしゃりと鮮花は遮った。

 ……彼女の怒り、黒桐幹也の復讐は彼女一人だけのものだ。それを他の誰にも――そう、式にだって分け与えてやるつもりは無い。

 だが、そんな鮮花の返答にクルツは口元を吊り上げる。
「ま、そう焦るなって。別に俺だって復讐に横槍を入れるほど野暮じゃねえ。俺が言う手伝いって言うのは、その一つ前。アンタの兄貴を殺したのが誰なのか、そいつを見つける手助けのことだ」
「…………」
 今度の返答は沈黙だった。

 もちろん可能ならば、最初から最後まで幹也の仇討ちは彼女一人で成し遂げたかった。
 もしも幹也が殺されたのが放送で言っていた“元の世界”での出来事だったとしたら鮮花は必ず一人で仇を見つけ出して、一人で全てを終わらせていたことだろう。
 ――しかし、この場においては少々事情が異なってくる。
 ここは被害者と加害者が一瞬後には入れ替わる「殺し合い」の舞台。
 ほんのわずかの動きの遅れが鮮花の仇を永久に彼女の手が届かない場所へと連れて行ってしまう可能性は常に付きまとう。
 ……だから。

「――わかったわ。ありがとう」
「別に礼には及ばないさ。――ついでだしな」
 とりあえず、といった風に礼を述べる鮮花にひらひらと手を振って返事を返すクルツ。その言葉に土御門が反応を示した。

「ついで……? って事はクルツ、どっちかが……?」
 先の情報開示の際に出てきた名前は今の放送では呼ばれなかった。嘘をついたというならばここであっさりばらすというのはあまりにもまぬけ。だとするならば、二人呼ばれた名前の無い十人の誰かということとなる。
 そしてクルツは頷いた。
「まあな。メリッサ・マオ。俺やソースケの仲間にしてリーダー。マオの姐さんを殺してくれたヤロウにはきっちりと礼をしてやるさ」
 昏い目つきでクルツはぱん! と拳を平手に叩きつけ、そして土御門の方をじろりとにらんだ。

「もちろん、今から会いに行くステイルや他のお前の知り合いがマオを殺していたっていうんなら……土御門、そん時は覚悟しろよ?」
 脅しとしかとりようが無いクルツの言葉に、鮮花もその可能性に思い至ったのか、厳しい目つきで土御門をにらみつけ――

「好きにしろ。……というかありえないぜい」
 土御門は苦笑を浮かべた。
「どうしてそんなことが断言できるのよ?」
 鮮花の詰問に土御門の苦笑は一層深くなる。
「だってクルツの同僚って事は傭兵で、そっちの方は普通の一般人。今のステイルのスタイルを考えてみろっての。あいつがやっているのは一箇所に留まっての篭城戦だぜい?
 ――わざわざ自分から危険なことに首を突っ込むような馬鹿以外は襲われることは無い」
「ならいいけどな」
「ま、実際あいつとあって話をすりゃ、すぐにわかるだろ。……ああ、とりあえず先に名乗るなよ? そうすりゃあ俺が上手いこと聞き出してやるぜい」
 その言葉にクルツは頷いた。
「ま、確かに後は話してみてのお楽しみ、か。そうだな……いつまでも話をしていても仕方が無いし、とっとと会いに行こうぜ。時間がもったいな―――」

 不意にクルツの言葉も、歩き出そうとした足も止まる。
 同時に土御門も、そして遅れて鮮花も気がついた。

 ――北から何か、いや誰かが近付いてきている。

 三人は顔を見合わせると、小さく頷きあい、それぞれの獲物を取り出すと身構えて、迎撃体勢を整える。
 そうする間にも信じがたい速さで近付いてきた誰かはその姿を見せて――

 そのシルエットは鮮花にとってはひどく見慣れたものだった。

 真っ赤なジャンパー。
 肩まで伸びた、デタラメに切りそろえられた髪。

 それはつい先ほど名前を呼ばれた彼女最愛の兄、黒桐幹也の今のところの恋人。
「――式!?」
 鮮花の驚きの声があたりに響いた。


 ◇ ◇ ◇


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