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リアルかくれんぼ(前編)

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リアルかくれんぼ(前編) ◆ug.D6sVz5w




 もういいかい?

  ――まーだだよ。



 ◇ ◇ ◇



 ――結論から先に言ってしまえば、上条当麻の見通しは甘かった。


「…………壁、だな」
「…………壁、ね」
 上条当麻と千鳥かなめは二人して、目の前いっぱいに広がる『壁』を見つめる。

 つい先ほど三人の少女達と別れて、壁の近くまで来た彼ら。
 もちろん彼女達と別れる際に、そのうちの一人、シャナという少女から会場の端にあるものはただの『黒い壁』でしかないことは話として聞いていたのだが、見ると聞くとでは大違い。
 もう大分空も明るくなり始めたこの時間帯、はるかに遠く北のほうまで続く黒にはそれを見たものにしかわからない威圧感のようなものが感じ取れる。

「ねえ、当麻」
 ややあって、我に返ったかなめは隣で突っ立っている上条に声をかけた。

「あ、ああ。なんだ千鳥」
「……アレの調査って言うけど、どうするの? あんたさっきは何か考えがあります、見たいな顔してたけど」
「調査って言うか……やることは単純なんだけどな」
 そう言いながら、上条は小さい石を一個拾い上げると、『壁』に向かって投げつけた。
 『壁』にぶつかった石は弾かれることも無く、音も無くまるで呑み込まれるように壁の向こうへと消えていった。

「っと、音も光も無いか。これなら……」
「? アンタ一体何やってんのよ」
 ぶつぶつと呟く上条に疑問の表情を浮かべて、かなめは話し掛ける。
「ああ、まあ見てろって」
 そう言うと上条は『壁』に向かって歩を進める。

 上条当麻の右手には『幻想殺し』という超能力、魔術を問わずにありとあらゆる異能の力を打ち消す力が備わっている。
 シャナ達が調査を済ませた『壁』にわざわざ当麻が足を運んだのも、そんな奇妙なモノならば、あるいは自分の右手で打ち消せるのではないか、そう考えたからに他ならない。

 ただし、彼の右手で打ち消すことが可能なのはあくまでも異能の力に限られる。
 学園都市第3位超電磁砲(レールガン)の一撃さえ打ち消す彼の右手は、それよりもはるかに威力が落ちるただの銃弾にはまるで無力なのだ。
 まあ少し話が逸れたが、先ほど上条が石を投げつけたのは、あの『壁』があくまでも科学的な防御方法を採っていないかのテストであった。
 音も光も熱も無い。
 少なくともあの壁による「消滅」は銃やレーザーといった兵器の類とは関係ない、と考えていいだろう。

 そうとわかれば『幻想殺し』の出番だ。
「ちょ、ちょっと危ないわよ!」
「大丈夫だって」
 慌てるかなめの声を聞きながら、上条は右手を『壁』へと差し込み、

 次の瞬間、猛烈な圧力を右手に感じて、彼はバランスを崩した。

(や、やべえ!)
「きゃっ!」
 猛烈な圧力によって極端に右手が下へと引かれて、上条の体はあたかも倒立をするかのように回転し、そして倒れこむ。
 その方向は当然のように前方、すなわち『壁』の方向だ。
 上条は咄嗟に体をひねった、だが間に合わない。
 捻ったことによって全身が呑まれることまでは免れたが、それでも足は闇の中へと吸い込まれ――。

 ……何も起こらない。

「……は?」
 上条はあっけに取られる。
 消滅すると言う話はなんだったのか、『壁』の中に消えた足にはちゃんと感覚が残っている。
「でたらめ、なのか?」
 上条が呆けた表情でそう呟いた次の瞬間、『壁』の中に呑み込まれている部分に妙な寒気を感じた。

「うわわわっ!」
 慌てて足を引き抜いても、特に異常はない。
 だが、とてもではないがあの違和感は忘れられそうに無い。あたかも自分の足が水に入れた砂糖のように、この闇の中に溶け出していくかのような感覚。
 存在自体が稀薄になったかのようなあの感覚が告げている。

 あの《人類最悪》の話に嘘は無かった。
 時間にしてわずかに数秒、この『黒』に完全に呑まれてしまえばそいつは跡形も無く『消滅』してしまうと。

「収穫といえば、収穫になるのか……?」
「…………ふうん」
 額に浮かんだ冷や汗を拭いながら立ち上がった上条に、何故か千鳥かなめの冷たい視線と言葉が向けられる。  

「あの~、千鳥さん?」
「なあに、上条当麻くん」
「何ゆえに貴女はこの身を張ってあの『壁』を調べた、ワタクシ上条当麻にそのような冷たい視線を向けられるのでしょうか?」
「あらあら、わからないの? 上条当麻くん」
「ひょっとしてなのですが……先ほどからあなたが押さえていらっしゃる、そのスカートの裾と何か関係があるのでしょうか?」
「……やっぱりわかってんじゃないの! この変態!」

 そう、先ほど上条が大きく前に倒れこんだ際、彼の足は『偶然』近くにいた千鳥かなめのスカートを捲り上げていたのである。
 言われてみれば視界が回るその一瞬、視界の端にちら、と何か白いものが映ったような気がしないことも無かった。

「ち、違う! これはただの偶然だ! 事故だ!」
「黙りなさい! この変態! 変態! やっぱり最初の『あれ』もわざとだったんでしょう!」
 言葉と同時に飛んでくるかなめの攻撃をかわしながら上条は必死で弁解する。
 しかしかなめの攻撃は止まらない。

「天誅ぅぅ!」
「うべ! ぐはっ! くそっ! やっぱり不幸だぁぁぁっ!」
 正義の一撃(おとめのいかり)が振り下ろされる。
 上条当麻の断末魔があたりに響いた。


 ――数分後。

「ふ、不幸だ……」
「それで、結局何がやりたかったのよ? まさかほんとにあたしのスカートを捲るためだけに……」
「違う! というかお前の頭の中じゃあ、俺はどんだけ無謀なチャレンジャーなんだ?」
 ぼろぼろになってうめく上条にお構いなく浴びせ掛けられるかなめの質問に、力なく上条は答えを返す。
「えーっと、まあ簡単に言うとだ、俺の右手には『幻想殺し』っていうそれが異能の類ならば魔術や超能力、神様の奇跡だって打ち消してしまえる力があるんだけどな」
「神様の奇跡? 何それ? 話だけだと凄く胡散臭いだけど」
「まぜっかえすなって。で、だ。あのおかしな壁だって、俺の力なら何とかできるんじゃないかって思ったんだけどな……」
「消せなかった、と」
「あー、ちょっと違う」
 上条の言葉を先回りして、結論を口にしたかなめの言葉に上条は異を唱える。

「違うって……何が違うのよ? 普通にあの壁残っているじゃない?」
「あの壁は『消せなかった』じゃない。『消しきれなかった』だ」 
 かなめの問いに上条は結果としては変わらないが、しかし大きな違いを指摘する。

「……? えーっとごめん。何が違うの?」
「つまりだな……悪い。説明するよりも見せる方が早いわ」
 どう説明すればいいのか上条は少しの間悩んだが、上手い言葉が見つからず、ならば実際にかなめにその違いを見せた方が早いと判断して、再び壁へと近付いた。

「いいか? よく見とけよ」
「うん」
「……お前、それ……いやいいけどよ」
 上条の言葉にスカートをしっかり両手でカバーしながら頷いたかなめに、疲れたように息をついてから上条は「左手」を壁の中へと差し込んだ。
 上条の左手は徐々に闇の中に消えるといったレベルではなく、はっきりと壁を境界線として闇の中に溶け消えて見えなくなる。

「って、やっぱりこの感覚慣れるもんじゃないな」
 先ほどと同様に壁の中に入って数秒、妙な寒気を感じるのと同時に上条は左手を引き抜くと、感覚を確かめるかのように手をぶらぶらとさせつつかなめに視線を向ける。

「まあ見てのとおり、普通はああなる。多分5、6秒も突っ込んでいたらそこは消えるんじゃねえか? で今度は『幻想殺し』の場合だと――こうなる」
 今度はしっかりと腰を入れ、上条は右手を、『幻想殺し』を差し込んだ。

「え、ああ!」
「まあ、こういうこと」
 文字通り、見てわかる『違い』に納得したようにかなめは頷いた。

 右手にかかる重圧は先ほど同様強烈ではあるが、来るとわかって構えていれば決して耐え切れないほどのものではない。圧力に耐えながら、上条はかなめに違いがよりよく見えるように、さらに右手を突き上げる。

 ……上条が言った消しきれないという意味がどういうことなのか、それは一目でよくわかる。

 壁の中に差し込まれた上条の右手は左手の時とは違って、その形が見えなくなっているということは無い。右手の周りのわずかな空間だけぽっかりと穴でも開いたかのように壁がへこんでいるためだ。
 しかしそのへこんでいる空間はほんのわずか。
 おまけに圧力に耐えている上条の手が動くたびにそのへこみも右手に合わせて動いており、結果として穴の総量は変わりない。

 ――イメージとして言うならば滝に手を差し込んでいるというのが近いだろうか。 
 手の真下にほんの少しだけ水が無いスペースができていても、圧倒的な量の水がすぐのそのスペースを埋めにかかる。
 上条と壁の力関係はまさにそんな感じであった。

「ふう……」
 十秒以上、右手だけならばどれだけ壁の中に差し込んでいても寒気がやってこないことを確認した上で上条は右手を引き抜き、息をついた。

「消しきれないって言う意味がわかっただろ?」
「って、結局この壁が消せない以上は意味がないんじゃないの?」
 上条はその言葉にいや、と首を横に振った。
「少なくともこの壁は絶対に壊せないものじゃないっていうのはわかったんだ。インデックスとかの魔術に詳しい奴らから話を聞けば、もっと大きい穴を空けられる可能性だって出てきたってことだろ」
 上条当麻のこれまでの経験の中では『幻想殺し』が殺しきれない異能というものは無かった。
 しかし知識としてならば竜王の吐息(ドラゴンブレス)や魔女狩りの王(イノケンティウス)などの殺しきれない魔術が存在することは知っている。
 そして魔術に関してならばインデックス以上に知っている人間の心当たりなんてものはない。


「じゃあどうする? このまま他の人たちを探しにいく?」
 上条の言葉は逆にいうと今ここでできることは全て終わった、ということにもなる。ならばこれ以上ここにいることもないだろう。かなめの問いに上条は少しの間悩んでから結論を出す。
「一旦温泉に戻ろうぜ。北村があのエルメスってバイク……じゃなかったモトラドだっけか? あれに乗れるって言うんなら行動半径は大分広がることになるしな」
「あ、そうか」
 上条の意見に賛成してかなめは早速元来た道を戻ろうとした。
「あ、千鳥ちょっと待て」 
「何よ?」
 そんなかなめを上条は制止する。胡乱げに振り返ったかなめに上条は北東の方に建っている建築物、教会を指差す。 

「悪いけど、戻る前にちょっとあそこに寄っていっても構わないか?」
「え。別にいいけど……何? あそこに何かあるわけ?」
「まあ、インデックスとかステイルとか……魔術サイドの知り合いに関してちょっとな」
 インデックスやステイル、ひょっとしたら名前の載っていない十人の中にいるかもしれない神裂など上条の魔術サイドの知り合いほとんどが所属している組織、それが『必要悪の教会』だ。
 半分以上はこじつけに近いが、彼らがあの場所に立ち寄った可能性は十分にあるし、そこで知り合いに向けてメッセージを残している可能性だってある。
 幸いなことに位置的にも遠くない。よってみる価値は十分にあるだろう。

 そういうことなら別にかなめにも異論は無い。

 そして二人は教会へと足を運んだ。



 ◇ ◇ ◇



 ――それをそっと物陰から見つめる影が二つあった。
 甲賀の忍び如月左衛門と傭兵ガウルンの二人である。

 如月左衛門の忍術を活かすために、とりあえず草原へと移動、北へと動き出してからしばらく、彼ら二人は南のほうから声が聞こえるや否や、慎重にそれでも最大限急ぎ元来た道を駆け戻った。
 人の気配に足を止め、辺りを覗うとまだ若い男女の二人組みが今まさに教会の中へと踏み込もうとしているところへと行き当たったのであった。

「ふむ……。お主の読みどおり端を目指す愚か者がいたらしいな。まったくおぬしの読みは見事なもの……よ……な?」
 わずかにでもこの相手の気を緩めることができるならば儲けもの。ガウルンへと賛美の言葉を浴びせようとした如月左衛門の動きが驚きで止まる。
 振り返った彼の目に入ってきたのは、両腕で自らの体をかき抱き、それでも抑えきれずに全身を振るわせるガウルンの姿であった。

「いかがした?」
 ガウルンに声をかけつつ、左衛門は思い出す。
 あの忌々しいガウルンとの『交渉』の折、彼が口にしていたあの言葉『自分は病気で先が長くない』半ば以上はでたらめと思っていたあの言葉、あれは真実だったのか。
 そんなことを思いながら様子を詳しくうかがうために、ガウルンの側へと近付こうとした左衛門ではあったが、それは彼を止めるように突き出したガウルンの手によって、止めざるをえなかった。

 そもそもこのガウルンという男、例え死病に犯されていようとも、それゆえの弱みを人に見せるような男ではない。それはガンに犯されてすでに全身ぼろぼろの、今このときも変わらない。
 そんな彼が見せた震えはただ単に――

 心から楽しげに嗤って、それを堪えていただけに過ぎない。

「くっくっく、こりゃあすげえ。俺かニンジャ、お前によほどの幸運がついているのか。それともあいつらによほどの厄病神でも憑いているのか、どちらだと思う? なあ、おい。お前は一体どっちだと思う? くっくっく。ははっ、はははははっ!」 
 そうして再びこらえ切れないと言わんばかりに、ガウルンは声を押さえつつ大笑いする。
 その一方で如月左衛門はどうしてガウルンがそこまで上機嫌になっているのか、まるで理解が追いつかない。
「一体どうしたのだ?」
 故に尋ねることにしたのだが、彼の言葉にガウルンはテンションが落ち着いたらしく、ようやく笑うのを止めるとはあ、と大きく息を吐く。
「察しがわるいぜニンジャ。お前ももう少し喜ぶべきなんだぜ。せっかく大事な弦之介サマが戻ってくる第一歩だっていうのによ」
「……まさか!」
 ガウルンの言葉に気付いた左衛門は驚きの声を漏らす。
「へッ、ようやく気付いたか。そう、あれがかなめちゃんだ」
「おお!」
 ようやく左衛門も喜びの声をあげた。

 ――とはいえ、実際彼にそれほどの非は無い。
 それというのもガウルンはカシムこと、宗介の事は特徴的な傷跡のことなどいろいろ詳しく話していたのだが、かなめに関しては髪の長さや背の高さなどに関してのことがほとんど。
 むしろそれだけの情報しか与えられずに、見分けられる方がどうかしている。

 しかしそうした己に非がない糾弾に対しても、今の彼には気にならない。
 これで一歩、弦之介様を取り戻す道が近付いた。

「――待て、ニンジャ」
 早速女を半殺しにし、その顔を奪いにいくべし、と駆け出した左衛門に対してガウルンが声をかける。

「なんじゃ? 言われんでもかなめとやらを殺さぬことぐらいは……」
「――心底バカか? お前は」
 振り返った左衛門に対して、さも呆れたといわんばかりに、ガウルンは嘲笑と罵倒の言葉を浴びせ掛ける。
「何だと?」
「あのなあ、お前は散々お預けを喰らった犬ッころなみのおつむしか持っていないのか? もうちょい頭は使えよこの阿呆。
いいか? 考えても見ろよ。せっかく今かなめちゃんは『お友達』といっしょに行動しているんだ。
かなめちゃんの『お友達』に対する話し方やらちょっとしたしぐさなんかをお前のものにするこれ以上のチャンスがあるのか?」
「……ぐっ!」 
 左衛門は言葉に詰まった。

 ……その口調こそ乱暴で聞いているだけで頭に来るものではあるが、ガウルンの言うことの大筋はまったく理に適っている。
 如月左衛門の忍術『泥の死仮面』はあくまでも相手の姿かたちを真似るだけのもの。己の姿を欺くことが目的というのであらばともかく、その容姿を真似た相手の知人を騙すとなれば、相手のことをよく知らねば術としては不完全。

「わかったらとっと様子を覗ってこい。
俺はここで待っているから適当に戻ってきな。どの程度の出来栄えかちゃんと確かめてやるからよ」

「……うむ」
 口惜しげに頷くと左衛門は教会の方へと音も無く、走っていった。
 どのみち今、彼にガウルンの言葉に逆らうことなどできはしない。

(今に見ておれ……!)
 胸中の怒りを面には出さず、彼は静かに教会の中の様子をうかがい始めた。 


 ◇ ◇ ◇

 もういいかい?

  ――もういいよ。

 ◇ ◇ ◇


 ――教会にここしばらくの間人がいた気配はまったく無かった。

「…………」

「…………」

 教会の重々しい扉を開いた瞬間に感じた、そこに長い間人のいた気配が無かった空間特有のどこか冷たい空気を感じ取って、上条とかなめの間にどこか気まずい空気が流れた。

「いやあ、あの、えーっとですね……」

「何が言いたいのかしら? 『上条当麻君』」

「ひいいぃ! いや、あのですね。ワタクシ上条当麻の勘もたまには外れてしまうこともあると申しましょうか、元々何かあったらむしろラッキーぐらいのつもりで、ここへは来ただけと言いましょうか……」
 気まずい雰囲気をごまかそうと、しどろもどろに弁解をする上条に、にっこりとかなめは微笑みかけた。

「へえぇ、ということは結局無駄足を踏ませるのが目的でここまで足を運んだんだ……上条君は」
 なぜかしら、上条はひいぃぃ! と悲鳴をあげるとばたばたと大慌てで何かないかと教会内を調べ始めた。

「って当麻冗談だってば。って言うか私そこまで無茶な人間だって思われているの?」
 上条に苦笑しながら声をかけたあと、かなめも日頃の他人から見える自分のイメージというものについて少々疑問を感じながら教会内の調査へと乗り出した。

 ――とはいえ場所が場所。
 ここしばらく人がいた痕跡がない礼拝堂は整然と机が並べられており、ざっと見るだけでも使えそうな道具がないことがわかる。
 もしもここが博物館や、美術館であるならば美術品としての武器の類が見つかったのかもしれないが、教会内にそんなモノがあるはずもない。

「……こんなのを使うんなら、おとなしくさっき貰った鎌とか、スタンガンとかを使った方がいいしね」
 苦笑を浮かべつつ、かなめは多少は武器になりそうなキャンドル立てを元に戻す。

「無駄足か、ま、しょうがないわよね」

 実際少し考えればわかることだ。
 いくら六十人もの人間がいるとはいっても、この会場自体の広さもなかなかのものがある。
 こんな会場の隅で、そうそう都合よく知り合いに出会えるなんて、よっぽどの運でもなければ土台無理な話というものだろう。

「当麻ー! そろそろ温泉に戻らない?」
 礼拝堂のさらに奥、司祭室の方を調べに行った上条にかなめは声をかけた。

「……おわっ!」
 しかし戻ってきた返事は上条の叫び声と、ベキバキという轟音。

「どうしたの!」
 かなめも慌てて司祭室へと飛び込んだ。

 ――大して広くない室内に上条の姿はどこにもない。

「当麻、どこ!」
「こ、ここだ……」
 かなめに問いかけにややあって、上条の答えが聞こえてくる。声は司祭室の片隅、本棚の脇に目立たずにあった黒い穴から聞こえてきた。

「大丈夫?」
「ふ、不幸だ……」
 声は穴から、それも下のほうから聞こえてくる。
 かなめは穴のふちに手をかけるとその中を覗き込んだ。

 中は暗く、様子はうかがえない。
 かなめは懐中電灯を取り出すと、中を照らしつつ、もう一度覗き込んだ。

 穴の深さは目算で六、七メートルほどだろうか。
 いくつかの木片らしきものを下敷きにして、上条当麻は穴のそこでよろよろと身を起こしていた。

「大丈夫? 怪我はない?」
「なんとかな……なんでこんな不幸な目に……」
 ……実際にはこれだけの距離を落下しておいて、首をはじめ、骨折の一つもない今の上条の状態は幸運以外の何ものでもないのだが、それでも上条にとっては今は不幸以外の何ものでもなかった。

「ま、平気そうね」
 ぱっと見にはたいした怪我は負ってないように見えることに安心しつつ、念のために間近で上条の様態を見ようと、かなめは降りれる場所を探して、懐中電灯で穴のあちこちを照らした。
 だが、足場らしきものは見つからない。
 いや、正確には足場だったと思しき残骸が壁のとある一面にあるにはあったが、今現在足場になりそうなものは見つからなかったというべきか。

「……」
 かなめはもう一度穴の底を照らした。
 どうしてそんな物が穴の底にあるのか用途不明な木片が、幾つも上条の足元に転がっている。

「…………」

「…………」

「どうするのよ当麻!?」
「ふ、不幸だああぁぁぁぁっ!」
 二人の絶叫が響いた。

「そもそもどうして落とし穴でもあるまいし、こんなトコに落ちているのよ?」
「どうしてって言われてもなあ、手をついた壁の一部が急に崩れたとしかいえねえぞ」

 かなめと上条、二人の調査でもこの教会内にロープや梯子などは見つけられなかった。
 そうすると助けを他から呼んでくる他にない。

「じゃあ、北村君とかを呼んで……」
 かなめの言葉が途中で止まる。
 とりあえずかなめが温泉に先に向かおうとした、そのタイミングでこの会場内の全てに「放送」が流れた。



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