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冷たい校舎

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冷たい校舎 ◆olM0sKt.GA



生きるものの絶えた校舎に放送が届く。
古泉一樹木は北に、紫木一姫は南に。それぞれの登場人物は各々の場所に舞台を移した。一時の邂逅を演出した学び舎は静寂を取り戻し、温もりさえ感じる穏やかさの中で日の出を迎えていた。
放送は誰にも聞かれることなく、しめやかに幕を閉じた。朝日の照り返しに光る真新しい校舎もまた、眠りにつくように動きを止めた。
無音の世界となってしばらく。声を無くした姫路瑞希が学校を訪れたのは、そんな曖昧で頼りない時間の中だった。

おぼつかない足取りで正門をくぐり、校庭を越え校舎に至る。その表情は亡霊のように不確かだ。弛緩しきった顔に涙の跡だけが目立つ。普段の爛漫とした美しさを反転したかのような絶望が、彼女の全身を包んでいた。
あてのない行軍を続ける姫路の心身は、救いを求める罪人のそれであった。犯した罪が、彼女を背後から追い立てる。
階段を上る足が鉛のように重かった。罪業を数えるように一歩一歩を段差を踏みしめる姿は、絞首台に向かう囚人のようでもあった。
彼女が真実死を欲していたのだとしたら、それもまた救いとなり得たのかも知れない。
だがそうではなかった。死によらぬ救済をもたらされず、彼女は決して許されない。冷たく乾いた校舎は何も語ってくれない。
愛する人は、影も形も見えなかった。

ろくに力も入っていないはずなのに、潔癖なまでに白く塗りあげられた廊下はよく音を返した。一定の間をおいて続けられるトントンという拍子だけが、僅かに彼女を刺激する。
学校は彼女を拒絶することも受け入れることもしなかったが、姫路にとって安らぎを得られる場所でもなかった。
身近だからこそ些細な違いが気にかかる。下駄箱の仕様が違う。職員室の間取りが違う。教室で使われている机が違う。
ここは、彼女がよく知る「学園」ではなかった。

立っていられなくなった。磨耗した精神は逆に崩れ落ちることを許さず、白壁にもたれながらずるずると腰を下ろす。
外気にさらされた足から何かいやなものがまとわりついてくる気がして、姫路は体を縮めた。無我夢中で働かされた体が、休息を要求していた。
体育座りのまま、ぼうとした時間を過ごす。光沢を無くした瞳は虚無を見ていた。
考えていることは特になかった。頭の中では黒桐幹也吉井明久が交互に現れ、ときおり朝倉涼子など他の人物もそれに加わってきた。
ひっきりなしに現れるそれらは像と呼べる程明確な形にはならず、ただ彼女の中の暗い影に吸い込まれるように消えていった。
吉井明久。最後に残ったのはその名前だった。

姫路瑞希がいつの時点で吉井明久のことを好きになったかと言えば、これは正確には答えることができない。
進級時のクラス分け試験のときかも知れないし、Aクラスを目指した試召戦争の最中だったかも知れない。それ以降ということは流石にないだろうが、確たる一瞬を断ずることも難しかった。
いつの間にか、だ。気づいたときには、明るさと活力では群を抜く文月学園Fクラスの中にあって、明久は特別な輝きを持って姫路の中に存在していた。
同じ輝きを秘める親友と火花を散らしたことさえ、思えばかわいらしい思い出だったのだ。
帰りたかった。自分の背負った罪をどうしていいのか分からなかった。昭久と一緒に、何もかも忘れて元の場所に戻りたいという儚い望みだけが彼女を絶望の淵から繋ぎ止めていた。
あのとき助けてくれた「明久君」は、まだ現れない。

座ってばかりいられないということは分かっていたが、どうしても体が動かなかった。
彼女の精神を支える芯がもう少し細かったならば、過去の思い出に耽溺し今を忘れられたかも知れない。あるいは太かったならば、己の所業と向き合い前に進むことができたかも知れない。
どちらでもなかった彼女は、ただ停滞することを選んだ。
絶望はやがて死に至るという。彼女がそのまま存在を止めてしまう未来も、可能性としてはあり得たのかも知れなかった。

姫路を動かしたのは臭いだ。階下か、階上か。いつの間にか一階に降りてきていたので階下ということはないだろうが、廊下の遙かから線香の煙のように細い臭いが漂ってきていた。
鼻腔への刺激は気付いことが不思議なくらい僅かだったが、姫路にとっては十分過ぎる程に不快だった。
押さえつけていた悪寒が復活して肌の表面に寒気を走らせる。気持ちが悪い。眼尻に枯れたはずの涙が溜まった。
全身が拒否感を訴えている。この臭いは厭だ。記憶にあるどれとも違っていたが、聡明な彼女は直感的に察していた。これは人が死んだ臭いだ。どこかに死体がある。
臭いがする程の死体の状態というのがどういうものか知っていたわけではないが、同じ空間にいるというだけで逃げ出したくなった。
顔を向けるとすぐそこに死体があるような気がして、姫路は臭いの元を見ることさえせずその場からよろよろと立ち去った。
その死体はさっきまで存在せず、姫路が臭いに気づいた瞬間廊下の真ん中にその身を転がしたんじゃないかという嫌な妄想が広がる。
途端、恐怖が走った。その死体が自分の後を追いかけてきているような強烈なプレッシャーを背後に感じたのだ。振り向けば目が合ってしまうような気がして、姫路は前を向くことしかできなかった。

臭いが完全に消える場所まで必死に逃げた。次に気が付いたとき、姫路は学校の廊下にうずくまるようにして倒れていた。どうやらどこかで気を失ったらしい。
それに気付くのにさえ、時間がかかった。

ブレーカーが落ちたことで少しだけ冷静さを取り戻せていた。怪談じみた恐怖はもうない。
そのまま、さっきまでの全てを妄想にしてしまいたかったが、あの臭いが嘘じゃないことは何となく分かっていた。
多分、自分も死ねば同じ臭いがするのだろう。
温泉も今頃は同じ臭いに満ちているに違いない。その責任の一端が姫路にあるのだとしても、じゃあどうすればいいかまでは分からなかった。
すん、すん、と。鼻音を立てて彼女は泣いた。寝ころんだ床とやたら遠い天井の間で、彼女は一人ぼっちだった。
安らげる場所などなかったのだと、ようやく実感として思い知った。この学校は彼女の通う学校ではなく、この世界はどこまで行っても彼女の知るそれには通じていないということを、まざまざと感じた。
動くこともできず、すすり泣く音だけが吸い込まれては消えていく。
やがてそれさえ聞こえなくなり、校舎は再び時間を止めたかのように思えた。
無音が続く。生者を抱えたはずの世界はガラス細工のような張りつめた静けさを湛えて存在していた。
やがて、床に打ち捨てられた彼女の指に、とん、と言う
柔らかい音が鳴る。視線をやったのは単なる反射だった。

廊下の直線に隠れるように、なだらかなスロープがある。そこから転がってきたのだろう。姫路の指に触れたのは、プルタブの開け放たれた、飲みさしのミルクティの缶だった。
冷えきった手に缶からこぼれた液体がかかる。薄茶色のそれも、冷たかった。
何が刺激になったわけではない。相変わらず、彼女は罪に怯えている。危険から逃げている。助けを求めて、しかし誰にも会えずにいる。
この世界は絶望しているのだ。死に向かってひた走っている場所なら、子供のように膝を抱えて小さくなっていれば一緒に消え去ることもできたはずだ。
なのに、姫路は立ち上がることを選んだ。缶が転がってきた方へ歩く。目は虚ろなまま、動作も緩慢だったが、逃げまどっているだけのときよりは生きている気がした。

それができたのは、やはり、彼女が誰かに支えられていたからなのだろう。


【E-2 学校前/一日目・朝】

【姫路瑞希@バカとテストと召喚獣】
[状態]:精神的ショック大、左中指と薬指の爪剥離、失声症
[装備]:黒桐の上着
[道具]:デイパック、血に染まったデイパック、基本支給品×2
     ボイスレコーダー(記録媒体付属)@現実七天七刀@とある魔術の禁書目録、ランダム支給品1~2個
[思考・状況]
基本:死にたくない。死んでほしくない。殺したくないのに。
0:缶の転がってきたほうに向かう。
1:朝倉涼子に恐怖。
2:明久に会いたい


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