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トリックロジック――(TRICK×LOGIC)1
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トリックロジック――(TRICK×LOGIC) 1 ◆EchanS1zhg
とある海沿いの街。浜辺よりやや離れた場所にある宿を兼ねた温泉施設。
本来ならば安息の場所となるそこで、三つの現場から四つの死体が発見された。
本来ならば安息の場所となるそこで、三つの現場から四つの死体が発見された。
滅多打ちにされた憂鬱な骸。
我利我利亡者の通りすぎた惨殺現場。
過ぎ去りし過去を思い出させる新しい首切り死体。
我利我利亡者の通りすぎた惨殺現場。
過ぎ去りし過去を思い出させる新しい首切り死体。
そこに居合わせる六人の男女。
彼らはそれぞれに知る情報を持ち寄り、事件の暗がりに潜む真相を想像してゆく。
果たして全ては明らかになるのか。
そして、そこから浮かび上がった真相という名のシルエットは彼らに安息を齎すのだろうか。
彼らはそれぞれに知る情報を持ち寄り、事件の暗がりに潜む真相を想像してゆく。
果たして全ては明らかになるのか。
そして、そこから浮かび上がった真相という名のシルエットは彼らに安息を齎すのだろうか。
それとも……、それは誰かに牙を剥くのか――?
【プロローグ 《melancholy girl x1》】
フレンチクルーラーにダブルチョコレート。
これらがなんなのかと言えば、それはぼくこと戯言遣い(いーちゃん)と、他称・《神》ことハルヒちゃんの昼食である。
一応、映画館でポップコーンやアイスなどを軽食と呼べるほどにはつまんだぼくたちではあるのだけど、
成人男子に片足を踏み込んでいるぼくとしても、またカロリー消費量が人一倍激しそうなハルヒちゃんにしても
それで満たされたかというと必ずしもそうではなく、温泉へと向かう道すがら通りにミスタードーナツを見つけるにあたり、
ぼくの進言とハルヒちゃんの許可を経て、ならばここで昼食をとろうということになった――ということの次第。
一応、映画館でポップコーンやアイスなどを軽食と呼べるほどにはつまんだぼくたちではあるのだけど、
成人男子に片足を踏み込んでいるぼくとしても、またカロリー消費量が人一倍激しそうなハルヒちゃんにしても
それで満たされたかというと必ずしもそうではなく、温泉へと向かう道すがら通りにミスタードーナツを見つけるにあたり、
ぼくの進言とハルヒちゃんの許可を経て、ならばここで昼食をとろうということになった――ということの次第。
ならば、なぜミスタードーナツなのか? ――と問われれば、それに対しぼくは愚問だと言葉を返すしかない。
砂糖や油をふんだんに含んだものは痛みにくいので例え放置されてあったものでも食べられるだろうとか、
糖分は即効性のエネルギーとなり脳の働きも活発にしてくれるのだとか、たまたま目についたのがミスタードーナツだったとか、
理由に理屈をつけるのならばいくらでもそれは可能だろうとぼくも思う。
だがしかし、そんな理由も理屈もミスタードーナツには必要ない。
ミスタードーナツがミスタードーナツである。ただそれだけが、戯言抜きにたったひとつのこの世界の真実なのだから。
砂糖や油をふんだんに含んだものは痛みにくいので例え放置されてあったものでも食べられるだろうとか、
糖分は即効性のエネルギーとなり脳の働きも活発にしてくれるのだとか、たまたま目についたのがミスタードーナツだったとか、
理由に理屈をつけるのならばいくらでもそれは可能だろうとぼくも思う。
だがしかし、そんな理由も理屈もミスタードーナツには必要ない。
ミスタードーナツがミスタードーナツである。ただそれだけが、戯言抜きにたったひとつのこの世界の真実なのだから。
という訳で、ぼくとハルヒちゃんはミスタードーナツの店内に入り、それぞれにドーナツを物色し、食していた。
ぼくはフレンチクルーラーばかりを。ハルヒちゃんはダブルチョコレートを含むいくつかのドーナツを。
この選択にどのような意味があるのか、やはりそこにも戯言の挟まる余地はない。特にフレンチクルーラーにおいては。
ぼくはフレンチクルーラーばかりを。ハルヒちゃんはダブルチョコレートを含むいくつかのドーナツを。
この選択にどのような意味があるのか、やはりそこにも戯言の挟まる余地はない。特にフレンチクルーラーにおいては。
しかし、あえて語るとするならば、
物のありがたみというものに対してしばしば呆れられるほどに希薄なぼくにも理解できる価値のひとつがコレなのである。
この《フレンチクルーラー》というもの。
一見、ギザギザとした外見はまるで気を許さない針鼠のようだが、実際にその食感はというと――”もふもふ”。
戯言遣いがミスタードーナツでドーナツを10個買うと、持ち帰り用の箱の中にはフレンチクルーラーが10個入っている。
何故? どうして色々なものを買わないの? と、ぼくに問う人はいる。
ならばぼくは逆に問い返したい。フレンチクルーラー以外を選ぶ必要があるのかと。
最上の価値はぼくの中で疑いようもなく確定しているのだ。ならばぼくにそれ以外を試すなんて行為は必要ない。
物のありがたみというものに対してしばしば呆れられるほどに希薄なぼくにも理解できる価値のひとつがコレなのである。
この《フレンチクルーラー》というもの。
一見、ギザギザとした外見はまるで気を許さない針鼠のようだが、実際にその食感はというと――”もふもふ”。
戯言遣いがミスタードーナツでドーナツを10個買うと、持ち帰り用の箱の中にはフレンチクルーラーが10個入っている。
何故? どうして色々なものを買わないの? と、ぼくに問う人はいる。
ならばぼくは逆に問い返したい。フレンチクルーラー以外を選ぶ必要があるのかと。
最上の価値はぼくの中で疑いようもなく確定しているのだ。ならばぼくにそれ以外を試すなんて行為は必要ない。
それこそ、いちなる神を信じる者のように――。
と、ここまで言うといささか大げさすぎるきらいもあるが、それでもぼくはいつだってフレンチクルーラーを選ぶだろう。
フレンチクルーラーがフレンチクルーラーであり、ミスタードーナツがこの世に存在するかぎり。
フレンチクルーラーがフレンチクルーラーであり、ミスタードーナツがこの世に存在するかぎり。
「……ミスタードーナツには人を馬鹿にする成分が含まれているのかもしれない」
ひとりごち、自分で淹れたコーヒーを喉に流し込む。
砂糖の入ってないブラックの苦味ある液体はフレンチクルーラー3つを食した後の口の中には心地よかった。
砂糖の入ってないブラックの苦味ある液体はフレンチクルーラー3つを食した後の口の中には心地よかった。
「またわけわかんないひとり言? あんまり気分よくないからやめなさいよね」
テーブルの対面。ぼくに淹れさせたコーヒーを飲むハルヒちゃんは相変わらずの仏頂面だ。
いや、相変わらずというのは正確ではない。不機嫌な仏頂面であることは変わりないが、そこには明確な変化があった。
いや、相変わらずというのは正確ではない。不機嫌な仏頂面であることは変わりないが、そこには明確な変化があった。
「人と一緒にいることに慣れてない性質でね。考え事とひとり言の区別が曖昧なんだよ」
「別にいいけど、それにしてもなんであんたは同じのばっか食べるのよ。もっと未知の可能性というものに興味はないの?」
「なにもわざわざこんなところで、はずれを引くリスクを負うことはないじゃないか」
「それは臆病とか面倒くさがりって言うのよ。まずいドーナツを引くリスクなんてひとつおいしいのを引けば一発で帳消しじゃない」
「なるほど。ハルヒちゃんの言うことはいつも正しい」
「納得した上でそれでも言うことを聞かないんだからあんたもたいした頑固者よね」
「別にいいけど、それにしてもなんであんたは同じのばっか食べるのよ。もっと未知の可能性というものに興味はないの?」
「なにもわざわざこんなところで、はずれを引くリスクを負うことはないじゃないか」
「それは臆病とか面倒くさがりって言うのよ。まずいドーナツを引くリスクなんてひとつおいしいのを引けば一発で帳消しじゃない」
「なるほど。ハルヒちゃんの言うことはいつも正しい」
「納得した上でそれでも言うことを聞かないんだからあんたもたいした頑固者よね」
言って、ぼくから目をそらすと彼女は通りの方を向き、そして小さなあくびを噛み潰した。
疲労。睡眠不足。それらもあるかもしれない。しかし決定的に断言できるのは緊張感。それが不足していた。
疲労。睡眠不足。それらもあるかもしれない。しかし決定的に断言できるのは緊張感。それが不足していた。
なにも責めることはなくそれは当たり前のことだ。
俯瞰的に見ればぼくたちは常に危険と隣り合わせなのかもしれないが、主観から見れば今はそうでもない。
状況の開始よりぼくもハルヒちゃんも、それこそ一度たりとも危機一髪なんて目にはあっていない。
朧ちゃんの自殺という事件もあったが、あれもその後の結果が示すとおり、逆に現実味の薄い幻想的なものでしかなかった。
そしてあれから数時間。始まりからは半日強。緊張感を保てというほうが無理な話なのである。
俯瞰的に見ればぼくたちは常に危険と隣り合わせなのかもしれないが、主観から見れば今はそうでもない。
状況の開始よりぼくもハルヒちゃんも、それこそ一度たりとも危機一髪なんて目にはあっていない。
朧ちゃんの自殺という事件もあったが、あれもその後の結果が示すとおり、逆に現実味の薄い幻想的なものでしかなかった。
そしてあれから数時間。始まりからは半日強。緊張感を保てというほうが無理な話なのである。
ハルヒちゃんはあくびを噛み潰すように、自身が現状をどうとも思えないことを否定し続けているように見える。
長門有希の名前が呼ばれたとき彼女はひどく塞ぎこんだ。朝比奈みくるの名前が呼ばれた時はぼくの前から離れた。
友人の死を悲しむ気持ちは本心半分。しかし残り半分は彼女自身のポーズなんじゃないかとぼくは推察する。
ただ放送で名前が呼ばれただけで、それは否定するという判断もあるのだけど、彼女はその”逃げ”をよしとしなかった。
自身の弱さや曖昧さを否定する為にこの状況を精一杯受け止めようとする。
友人たちは無慈悲に殺害され、悪逆非道の輩が跋扈し、皆は必死にあらがい、脱出の鍵はどこかにある。
そう思い込むことで、自らが作り上げた正しさの中にいることを維持しようとしている。
長門有希の名前が呼ばれたとき彼女はひどく塞ぎこんだ。朝比奈みくるの名前が呼ばれた時はぼくの前から離れた。
友人の死を悲しむ気持ちは本心半分。しかし残り半分は彼女自身のポーズなんじゃないかとぼくは推察する。
ただ放送で名前が呼ばれただけで、それは否定するという判断もあるのだけど、彼女はその”逃げ”をよしとしなかった。
自身の弱さや曖昧さを否定する為にこの状況を精一杯受け止めようとする。
友人たちは無慈悲に殺害され、悪逆非道の輩が跋扈し、皆は必死にあらがい、脱出の鍵はどこかにある。
そう思い込むことで、自らが作り上げた正しさの中にいることを維持しようとしている。
ハルヒちゃんは自分から逃げない。だがそれ故に自分が作り上げた世界の中に逃げ込んでいる。
そうすることで自分を保っている。
悪に憤り、友人の死に悲しむ真っ当な人間だと。自身は薄情ではなく、常識的な人間であると。
しかしハルヒちゃん。実はそれが本当は非常識なんだ。
人間、わけもわからない状況に置かれて、そんな言葉だけの死に対して真には迫れないものなんだよ。
この場合、無感動なくらいで丁度いい。人間の心はそんな簡単には揺れない。揺れたりしないんだ。
悪に憤り、友人の死に悲しむ真っ当な人間だと。自身は薄情ではなく、常識的な人間であると。
しかしハルヒちゃん。実はそれが本当は非常識なんだ。
人間、わけもわからない状況に置かれて、そんな言葉だけの死に対して真には迫れないものなんだよ。
この場合、無感動なくらいで丁度いい。人間の心はそんな簡単には揺れない。揺れたりしないんだ。
そんなことを心の中で思いながらぼくもハルヒちゃんと同じく通りの方へと視線を移した。
天辺にまで昇った陽の光は街並みを照らし、風景は強い光に白けきっている。
その白けぐあいはまるでぼくたちの心を写し取っているかのようで。
もしかしたら、ぼくたちはこの美しい夢のような光景の中に囚われ続けるんじゃないかと錯覚するぐらいだった。
天辺にまで昇った陽の光は街並みを照らし、風景は強い光に白けきっている。
その白けぐあいはまるでぼくたちの心を写し取っているかのようで。
もしかしたら、ぼくたちはこの美しい夢のような光景の中に囚われ続けるんじゃないかと錯覚するぐらいだった。
勿論。錯覚は錯覚で。錯覚は錯覚でしかなかったのだけれども。
30分ほどミスタードーナツで時間を過ごし、ぼくたちはいくらかのドーナツを箱に詰めてその場所を後にした。
そして、次にぼくたちを出迎えたのは、待ちわびていた(?)凄惨で凄惨さだけが鮮やかな真紅の殺人現場だった。
そして、次にぼくたちを出迎えたのは、待ちわびていた(?)凄惨で凄惨さだけが鮮やかな真紅の殺人現場だった。
いやおうなしに目の冴える。無視することは不可能で、停止を余儀なくされる危険信号《レッドシグナル》がそこにあった。
【第一殺害現場 《メッタウチメランコリー》 -実地検分】
それはあまりにもわかりやすく、あまりにもあからさまな殺人現場だった。
アスファルトに投げ出された四肢。飛散した血飛沫。じくじくと滲む赤色は何よりも雄弁な死の証だった。
なんらかの凶器で胸部から顔面を滅多打ちにされた死体は自殺や事故という可能性を頑なに否定しているようで、
死体は誰かに、他の人間に殺されたのだということを訴えているようにも思える。
そして、往来の真ん中に打ち捨てられた死体とはつまり生を終えたモノであり、生きていた人間の跡ともとれるそれは
まるでぽっかりと空いた穴のようにぼくたちを足止めし、回避できない現実というものをぼくたちに突きつけるのであった。
なんらかの凶器で胸部から顔面を滅多打ちにされた死体は自殺や事故という可能性を頑なに否定しているようで、
死体は誰かに、他の人間に殺されたのだということを訴えているようにも思える。
そして、往来の真ん中に打ち捨てられた死体とはつまり生を終えたモノであり、生きていた人間の跡ともとれるそれは
まるでぽっかりと空いた穴のようにぼくたちを足止めし、回避できない現実というものをぼくたちに突きつけるのであった。
「…………ねぇ、いー」
「うん」
「うん」
ハルヒちゃんがサイドカーの中から弱々しい声をかけてくる。
それを実に女の子らしい反応だと思いながらぼくはバイクのエンジンを切り、少し様子を窺った後、座席から降りた。
それを実に女の子らしい反応だと思いながらぼくはバイクのエンジンを切り、少し様子を窺った後、座席から降りた。
「大丈夫なの?」
「死体は襲い掛かってはこないよ。死んでない人間は襲い掛かってくるかもしれないけど」
「死体は襲い掛かってはこないよ。死んでない人間は襲い掛かってくるかもしれないけど」
やはり死体というものに目は取られるけど、アプローチをする際に気をつけないといけないのは死体(それ)以外だ。
これがここだけで完結《クローズド》しているのならば死体だけに注視していればいいのかもだけど、しかしそうじゃない。
あくまで、生き残りを賭けたステージ上の一場面に存在するひとつの死体。そうであるという認識をしなくてはならない。
つまり、死体を囮としてのトラップ。そういうものを警戒しながらぼくは一歩ずつゆっくりと死体に近寄ってゆく。
無論、死体そのものに罠が仕掛けられていることも考慮して、死体を含むこの一場面全体を警戒の対象としながら。
これがここだけで完結《クローズド》しているのならば死体だけに注視していればいいのかもだけど、しかしそうじゃない。
あくまで、生き残りを賭けたステージ上の一場面に存在するひとつの死体。そうであるという認識をしなくてはならない。
つまり、死体を囮としてのトラップ。そういうものを警戒しながらぼくは一歩ずつゆっくりと死体に近寄ってゆく。
無論、死体そのものに罠が仕掛けられていることも考慮して、死体を含むこの一場面全体を警戒の対象としながら。
「こういうのはあまりぼく向けのシチュじゃないと思うんだけどな」
死体がある? オーケイ。確かに、自慢できることではないけどぼくは死体を見慣れている。それこそ飽きるぐらいに。
バリエーションだって記憶の中には様々にある。だから今更死体程度で緊張なんかはしないのだけれど、しかし
潜んで殺しあう――そんなシチュはやっぱり専門外だ。これはどちらかというとあの零崎人識の領分である。
バリエーションだって記憶の中には様々にある。だから今更死体程度で緊張なんかはしないのだけれど、しかし
潜んで殺しあう――そんなシチュはやっぱり専門外だ。これはどちらかというとあの零崎人識の領分である。
いつでも走り出せるよう意識的に呼吸を整えながら、さも無警戒という風を装い死体へと一歩ずつ歩み寄る。
慣れない緊張を押さえ込みながら、あたりの気配を窺い物陰とそうでない場所へと等しく視線を走らせる。
もっともぼく程度がどれほど警戒したところで相手のスキルがそれを上回っていれば意味はないのだけれど。
慣れない緊張を押さえ込みながら、あたりの気配を窺い物陰とそうでない場所へと等しく視線を走らせる。
もっともぼく程度がどれほど警戒したところで相手のスキルがそれを上回っていれば意味はないのだけれど。
「…………ふむ」
そしてどうやら、あくまで今のところはどうやらなのだけど、特に罠や仕掛けというものはなかったようだ。
とはいえ状況は常に進行中であるので、ここでゆっくりと時間をおくわけにもいかないのも事実。
ぼくは脳のチャンネルを切り替えると、改めて死体を注視することにした。
とはいえ状況は常に進行中であるので、ここでゆっくりと時間をおくわけにもいかないのも事実。
ぼくは脳のチャンネルを切り替えると、改めて死体を注視することにした。
惨殺。乱暴な手段でもって惨たらしく殺された――というのが死体を見た第一印象で、それは遠目から見た時と変わりない。
死体には何度も刃物を叩きつけられた痕跡があり、その過剰な攻撃性は人体を損壊し尊厳を壊滅させグロテスクへと貶めている。
力なく伸びた手足と散り散りに飛び散った血飛沫が、おそらくは彼というべきすでに死亡した人物の無力さを物語っていた。
ろくな抵抗をすることもできず殺されたのだろう。ならばやはりそれは印象の通りの無惨な死体であった。
死体には何度も刃物を叩きつけられた痕跡があり、その過剰な攻撃性は人体を損壊し尊厳を壊滅させグロテスクへと貶めている。
力なく伸びた手足と散り散りに飛び散った血飛沫が、おそらくは彼というべきすでに死亡した人物の無力さを物語っていた。
ろくな抵抗をすることもできず殺されたのだろう。ならばやはりそれは印象の通りの無惨な死体であった。
「ねぇ、いー」
声に振り返るとハルヒちゃんもバイクから降りて近くまでやってきていた。
しかし近くとは言っても、この死体とバイクとを結んだ線上のおおよそ半分というところらへんだ。
さすがに死体をまじまじと見たいとは思わないのだろう。いや、それが当たり前の感覚ではあるのだが。
しかし近くとは言っても、この死体とバイクとを結んだ線上のおおよそ半分というところらへんだ。
さすがに死体をまじまじと見たいとは思わないのだろう。いや、それが当たり前の感覚ではあるのだが。
「その人は…………その、どうなの?」
「死んでる――というのは間違いないね。死因なんかはもう少し詳しく見てみないとわからないけど」
「本当に死んでるの?」
「うん。とりあえず君の友人たちの誰かではないようだけど……確認してみる?」
「死んでる――というのは間違いないね。死因なんかはもう少し詳しく見てみないとわからないけど」
「本当に死んでるの?」
「うん。とりあえず君の友人たちの誰かではないようだけど……確認してみる?」
ハルヒちゃんはぼくのその問いに対し、驚くように一歩後ずさりするとふるふると首を振った。
うん。けっこう新鮮なリアクションだ。ぼくの人生の中においても、ハルヒちゃん個人に対しても両方の意味で。
やっぱり死体を見た人間というのはこれぐらいおっかながるのが当然で、ぼくも含めて平気そうなのは皆異常なんだろう。
そういう意味で、ここ最近ぼくの周りには異常者しかいなくて、ハルヒちゃんは久々に接する普通の女の子ということだと言える。
はたして、これまでの人生の中でどれほど普通の女の子と接した機会があったかなんて、よくは覚えてはいないけれど。
うん。けっこう新鮮なリアクションだ。ぼくの人生の中においても、ハルヒちゃん個人に対しても両方の意味で。
やっぱり死体を見た人間というのはこれぐらいおっかながるのが当然で、ぼくも含めて平気そうなのは皆異常なんだろう。
そういう意味で、ここ最近ぼくの周りには異常者しかいなくて、ハルヒちゃんは久々に接する普通の女の子ということだと言える。
はたして、これまでの人生の中でどれほど普通の女の子と接した機会があったかなんて、よくは覚えてはいないけれど。
「ねぇ、ハルヒちゃん。よかったらでいいんだけど、ちょっとそこらを軽く捜索してくれないかな?」
「捜索ってなにか探すの? 証拠品とか」
「いや、この人”持ってない”んだよ……”鞄”」
「捜索ってなにか探すの? 証拠品とか」
「いや、この人”持ってない”んだよ……”鞄”」
まぁ、殺されている以上、持ち去られたというのが正しいのだろうしハルヒちゃんも同じことを言ったけど、
ぼくとしてはあまり遠くから窺うように見続けられているというのも気持ちのいいものじゃないので、
もしどこか近くに転がっていれば儲けものだなってぐらいの気持ちでハルヒちゃんに近辺の捜索を頼んだ。
ハルヒちゃんの言った”証拠品”なんてのもひょっとしたら程度の可能性はあるし、多少の労力程度なら試してみる価値もある。
実際に探すのはハルヒちゃんなわけだしね。ちょうど昼食の後だし、少し運動するのも悪くない。
ぼくとしてはあまり遠くから窺うように見続けられているというのも気持ちのいいものじゃないので、
もしどこか近くに転がっていれば儲けものだなってぐらいの気持ちでハルヒちゃんに近辺の捜索を頼んだ。
ハルヒちゃんの言った”証拠品”なんてのもひょっとしたら程度の可能性はあるし、多少の労力程度なら試してみる価値もある。
実際に探すのはハルヒちゃんなわけだしね。ちょうど昼食の後だし、少し運動するのも悪くない。
「さてと……」
改めて死体とこれが放置された現場とを検分することにする。
放っておけないのは性分もあるけど、殺害された方法と理由を知るのはぼく自身の安全の為でもある。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。だったらまず自分探しに行けというのがぼくのよく言われるところではあるんだけど。
放っておけないのは性分もあるけど、殺害された方法と理由を知るのはぼく自身の安全の為でもある。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。だったらまず自分探しに行けというのがぼくのよく言われるところではあるんだけど。
まず殺害現場だけど、ぼくたちが向かっていた温泉。正確には宿を兼ねた温泉施設か――の目の前だった。
人が出入りする正面玄関の目の前。
であれば、なんらかの遭遇がここであり、この結果を生み出したと考えるのが自然な流れだろう。
人が出入りする正面玄関の目の前。
であれば、なんらかの遭遇がここであり、この結果を生み出したと考えるのが自然な流れだろう。
死体になっている人物は上下ともに特徴のない地味な服装をした男性だ。
顔が潰されているので人相はわからないが、おそらくは年も背もぼくとそう大差ないんじゃないかと思う。
大きな違いがあるとすれば眼鏡の有無だろうか。リムが折れてレンズが粉々になった眼鏡がすぐ傍に落ちていた。
顔が潰されているので人相はわからないが、おそらくは年も背もぼくとそう大差ないんじゃないかと思う。
大きな違いがあるとすれば眼鏡の有無だろうか。リムが折れてレンズが粉々になった眼鏡がすぐ傍に落ちていた。
「致命傷となったのは……この傷かな」
死体には胸部から顔面にかけていくつもの裂傷があり、しかも顔面に関しては完全に崩れるほどに傷が重なり合っているが、
致命傷となったのはどうやら胸部の中心に叩き込まれた一際大きな傷ではないかと、そう見て取れた。
案外、顔面などはいくら傷つけようとも致命傷にはならないものだ。ならばこの推測はいい線いってると思う。
致命傷となったのはどうやら胸部の中心に叩き込まれた一際大きな傷ではないかと、そう見て取れた。
案外、顔面などはいくら傷つけようとも致命傷にはならないものだ。ならばこの推測はいい線いってると思う。
そして、おそらく。この致命傷が最初の一撃だとも思われた。
彼の両腕には専門用語言うところの”防御創”――生命の危機に瀕して防御しようとしてできた傷というものが見当たらない。
つまりまずは胸部への一撃を最初に受けて、直後に絶命したか、または抵抗もできないような状態に陥り、
その後、凶器を顔面へと繰り返し叩きつけられたのだろうと推察できる。
彼の両腕には専門用語言うところの”防御創”――生命の危機に瀕して防御しようとしてできた傷というものが見当たらない。
つまりまずは胸部への一撃を最初に受けて、直後に絶命したか、または抵抗もできないような状態に陥り、
その後、凶器を顔面へと繰り返し叩きつけられたのだろうと推察できる。
「わかりやすいな」
ここ半年ほどは随分と手の込んだ死体ばかり見てきた為か、不謹慎ではあるけどこういったわかりやすい死体は新鮮だった。
こういった状況に陥った経緯はまだ不明だけれども、被害者の傷を見ただけでも大体の犯人像というのが思い浮かぶ。
プロファイリングの初歩だが、このように被害者に致命傷を与えてもなお加害を加えるというのは女性に多い傾向だ。
こういった状況に陥った経緯はまだ不明だけれども、被害者の傷を見ただけでも大体の犯人像というのが思い浮かぶ。
プロファイリングの初歩だが、このように被害者に致命傷を与えてもなお加害を加えるというのは女性に多い傾向だ。
どの程度負傷させれば死ぬのか、どこを狙えば致命傷になるのかがわからない。
なので生命維持に重要な役割を果たす器官や血管ではなく、イメージとしてわかりやすい顔面を狙い続けた。
そして、相手が致命傷を負ったことを冷静に観察できない故に、また反撃の恐怖から過剰に攻撃を続けてしまった。
また死体の足元にあるおそらくは犯人が吐き出したのであろうと推測される吐瀉物。
自らが作り上げた死体としでかしたことに対するおぞましさからだとすれば、これも推論を補強する材料になる。
と、常識の範囲内で考えれば難しい問題じゃない。もっともその常識がここでどこまで通じるのかは怪しいものであるけど。
なので生命維持に重要な役割を果たす器官や血管ではなく、イメージとしてわかりやすい顔面を狙い続けた。
そして、相手が致命傷を負ったことを冷静に観察できない故に、また反撃の恐怖から過剰に攻撃を続けてしまった。
また死体の足元にあるおそらくは犯人が吐き出したのであろうと推測される吐瀉物。
自らが作り上げた死体としでかしたことに対するおぞましさからだとすれば、これも推論を補強する材料になる。
と、常識の範囲内で考えれば難しい問題じゃない。もっともその常識がここでどこまで通じるのかは怪しいものであるけど。
凶器に関しては簡単に判明した。飛び散っている血飛沫の先を目で追ってみれば、すぐ傍に無造作に放り捨てられていたのだ。
手に取ってみるまでは鉈か手斧かと思ったが、それにしてはやや刃の厚みが薄いようにも思える。
使ったことはないけど、所謂肉斬り包丁の一種なのかもしれない。
刃にはべったりと血がこびりついているし、これが死体となった彼を絶命させるに至った凶器なのは間違いないだろう。
手に取ってみるまでは鉈か手斧かと思ったが、それにしてはやや刃の厚みが薄いようにも思える。
使ったことはないけど、所謂肉斬り包丁の一種なのかもしれない。
刃にはべったりと血がこびりついているし、これが死体となった彼を絶命させるに至った凶器なのは間違いないだろう。
「血痕は死体を中心に広がってるし、死体を動かした形跡もない……とすれば殺害現場もここで間違いないか」
そして、ひとつ重要な手がかりが現場には残されていた。
「……いや、別にそうでもないか」
自身の思考を次の瞬間に否定しつつぼくは”それ”の前にしゃがみこんだ。そこにあったのは”足跡”である。
死亡した彼を殺害した人物のものだと思われるが、血で記された足跡がそこに残されていた。
おそらくは立ち去ろうとした時に流れ出た血を踏みつけ残ってしまったのだろう。
たった3歩程度で、しかもかすれてはいるが一応それなりに重要そうに見える証拠だ。
死亡した彼を殺害した人物のものだと思われるが、血で記された足跡がそこに残されていた。
おそらくは立ち去ろうとした時に流れ出た血を踏みつけ残ってしまったのだろう。
たった3歩程度で、しかもかすれてはいるが一応それなりに重要そうに見える証拠だ。
「あくまで重要そう程度だよな。靴の裏ならともかく裸足の跡っていうんじゃこんなかすれたものでは個人を判別できない」
残っていたのは”裸足の足跡”だった。
よく指紋というのは堅い証拠として扱われることがあるし、実際そうではあるのだと思うけれども
アスファルトの上に残されていた血の足跡は、残念ながら指紋が読み取れるほど鮮明なものではない。
それに読み取れたとしてもどうやって照合するのか。それならば靴の跡のほうがわかりやすい分、この場合は有益だ。
よく指紋というのは堅い証拠として扱われることがあるし、実際そうではあるのだと思うけれども
アスファルトの上に残されていた血の足跡は、残念ながら指紋が読み取れるほど鮮明なものではない。
それに読み取れたとしてもどうやって照合するのか。それならば靴の跡のほうがわかりやすい分、この場合は有益だ。
「でも、この殺人の犯人が裸足だったというのはひとつの収穫かな」
着るものも着ずにならず、履くものも履かずにというのは先のプロファイリングに沿っておりこれも補強する材料ではある。
これで足跡がずっと続いていれば向かった先もわかろうというものだが、そこはたった3歩では不明のままだった。
これで足跡がずっと続いていれば向かった先もわかろうというものだが、そこはたった3歩では不明のままだった。
一応、これで一通りの現場検証は終りかとぼくは立ち上がり、掌を太陽に向けてぐっと伸びをする。
結局なにがわかったかというとなにもわかってないに等しく、この先情報が活かされるかというとそれも怪しかった。
広く見渡せばこの世界はクローズド・サークルではあるけれど、あまりに広すぎて実質的にはその意味合いはかなり薄い。
これはたまたま見つけた殺人現場でしかなく、そしてまたたまたまその犯人にこれから行き会う確率。
さらには今得た情報が活かされるとまでいくとそれはいかほどのものだろうというのか。
結局なにがわかったかというとなにもわかってないに等しく、この先情報が活かされるかというとそれも怪しかった。
広く見渡せばこの世界はクローズド・サークルではあるけれど、あまりに広すぎて実質的にはその意味合いはかなり薄い。
これはたまたま見つけた殺人現場でしかなく、そしてまたたまたまその犯人にこれから行き会う確率。
さらには今得た情報が活かされるとまでいくとそれはいかほどのものだろうというのか。
「まぁ、そんなこと言ってると足元すくわれるからいちいち立ち止まって情報を拾ったわけだけれども……」
転ばぬ先に杖というよりも、経験からくる生活の知恵みたいな。
それぐらいにはぼくはぼく自身の《事故頻発性体質並びに優秀変質者誘引体質》を信じているのだった。
あの人類最悪の言葉じゃないけれど、縁があった以上、この足跡の主とぼくとは絶対に”遭う”。
それぐらいにはぼくはぼく自身の《事故頻発性体質並びに優秀変質者誘引体質》を信じているのだった。
あの人類最悪の言葉じゃないけれど、縁があった以上、この足跡の主とぼくとは絶対に”遭う”。
それは不可避の呪いか、神の采配を感じずにはいられないご都合主義のように。ぼくの意思とは関係なくそうなる。
【第一殺害現場 《メッタウチメランコリー》 -検証】
「ねぇ、いーいー! こんなものが見つかったわよ」
ぼくが死体の傍からバイクの元に帰ってくるのと同じくして、ハルヒちゃんが”証拠品”を胸に抱えて戻ってきた。
まさか本当になにかが見つかるとは思ってなかったのだけど、たまには小さなリスクも負ってみるものなのかもしれない。
さておき、ハルヒちゃんが抱えてきたものだけども、それはかなり意外なものであると同時に納得できるものでもあった。
まさか本当になにかが見つかるとは思ってなかったのだけど、たまには小さなリスクも負ってみるものなのかもしれない。
さておき、ハルヒちゃんが抱えてきたものだけども、それはかなり意外なものであると同時に納得できるものでもあった。
「そんなものどこにあったの?」
「温泉の入り口にある車止めにかかってたんだけど、これ制服だけじゃなくて下着もあるのよ。ほら」
「温泉の入り口にある車止めにかかってたんだけど、これ制服だけじゃなくて下着もあるのよ。ほら」
ハルヒちゃんが抱えた中から持ち上げて見せたのは所謂女性用の下着であり胸部に装着するもの――ブラジャーだった。
それも一見してわかるぐらいに”大きい”。
ピンク色の布地に細かい刺繍の模様が浮かんでおり、もしこのブラジャーの持ち主の肉体を想像するならばと、いやそうではなく。
つまり、ハルヒちゃんが見つけたのはどこかの学校の制服であり、下着を含む衣装一式であった。
しかも女装用でないとしたならそれは間違いなく女の子のものだ。
それも一見してわかるぐらいに”大きい”。
ピンク色の布地に細かい刺繍の模様が浮かんでおり、もしこのブラジャーの持ち主の肉体を想像するならばと、いやそうではなく。
つまり、ハルヒちゃんが見つけたのはどこかの学校の制服であり、下着を含む衣装一式であった。
しかも女装用でないとしたならそれは間違いなく女の子のものだ。
「つまり裸の女の子がどこかにいるってことだね」
「ちょっといやらしい言い方しないでよ」
「ちょっといやらしい言い方しないでよ」
ただの事実にいやらしいもなにもないと思うが、ようするにそういうことに他ならない。
温泉。脱ぎ捨てられた衣装。裸足で逃げた犯人。おぼろげながら点と点との間に線が見えてきた気がする。
温泉。脱ぎ捨てられた衣装。裸足で逃げた犯人。おぼろげながら点と点との間に線が見えてきた気がする。
「あの死んでいた人を殺した”犯人”なんだけれども、女性で……どうやら裸足だったみたいなんだよね」
ぼくは死体とその周辺から得られた情報とそこから導き出された推論とをハルヒちゃんに説明した。
ハルヒちゃんは時折質問を挟みつつも素直にそれを聞いてくれる。
そして概ね納得してくれたらしく、説明を終える頃にはぼくが用意した答えへと彼女はたどり着いていた。
ハルヒちゃんは時折質問を挟みつつも素直にそれを聞いてくれる。
そして概ね納得してくれたらしく、説明を終える頃にはぼくが用意した答えへと彼女はたどり着いていた。
「つまり、この制服を脱いでいった子が犯人かもしれないって言いたいわけね?」
「うん。かなり乱暴な論だけどね」
「うん。かなり乱暴な論だけどね」
ここから先は少ない情報を元に想像を重ねるしかないのだけど、今のところ浮かび上がるのはその可能性だけだった。
「でも、その子はどうしてここで裸になんかなったのかしら?」
「ここでとは限らないよ」
「ここでとは限らないよ」
ここはただの往来だから、もしここで脱いだのだとしたらストリーキングそのもので、犯人が露出狂でないと辻褄があわないけど、
しかしここは女性が服を脱ぐにあたってなんら問題のない施設の目の前でもあるのだ。
しかしここは女性が服を脱ぐにあたってなんら問題のない施設の目の前でもあるのだ。
「温泉でならそりゃ服は脱ぐんでしょうけど、でもだからってここに服があるからそうだとはいえないじゃない」
まぁもっともだ。いくら温泉施設だからってなにも玄関をくぐる前から裸になる必要はない。
普通ならば脱衣場で、そして犯人と思われる制服を置いていった子だって実際にはそうしたのは間違いないだろう。
普通ならば脱衣場で、そして犯人と思われる制服を置いていった子だって実際にはそうしたのは間違いないだろう。
「その発想は逆さ。この場合、犯人である彼女は裸のまま外に出てきたって考えたほうが辻褄があう」
「ふぅん……?」
「ここに衣装があったというのはひとまず置いておくとして、男性の死体と裸で逃げた女性というところから考えてみてよ」
「ええと……ちょっと待ちなさいよ。つまり……あぁ、そうか。それだったらありえるのかしら」
「ふぅん……?」
「ここに衣装があったというのはひとまず置いておくとして、男性の死体と裸で逃げた女性というところから考えてみてよ」
「ええと……ちょっと待ちなさいよ。つまり……あぁ、そうか。それだったらありえるのかしら」
さすがに頭の回転が早い。どうやらハルヒちゃんもどういった条件ならばこういう状況ができるのか想像がついたようだ。
「うん。例えばこういうケースが想像できる。
まずその女性は最初からいたのか、はたまたどこからかたどり着いたかでこの温泉施設の中にいた。
そしてどうせならばと中の温泉に入ったんだろう。勿論、服を脱いだ状態でだ」
「けど、そこで温泉から急いで逃げ出さないといけない理由ができたのね? 例えば、あの男が痴漢だったとか」
「死んだ人の名誉を貶めるようなことはしたくないけど、結果的にそうなった可能性はあるね。
女性の後にこの温泉にやってきた彼は温泉の中の彼女に声をかけようとした。
けど、色んな意味で状況が状況だ。彼女が着るものも着ずに温泉を飛び出していってもしかたない」
「それで男も追いかけた。……そうか、あの衣装を持って出たのはその男かもしれないわね。
……だとしたら別に痴漢なんかじゃなくて、ただ誰かと一緒にいたかっただけなのかもしれないわ」
「うん。それで彼は半狂乱で逃げる彼女に追いついた」
「けど、そこで不幸な事故が起きた……というのが真相なのかしら?」
まずその女性は最初からいたのか、はたまたどこからかたどり着いたかでこの温泉施設の中にいた。
そしてどうせならばと中の温泉に入ったんだろう。勿論、服を脱いだ状態でだ」
「けど、そこで温泉から急いで逃げ出さないといけない理由ができたのね? 例えば、あの男が痴漢だったとか」
「死んだ人の名誉を貶めるようなことはしたくないけど、結果的にそうなった可能性はあるね。
女性の後にこの温泉にやってきた彼は温泉の中の彼女に声をかけようとした。
けど、色んな意味で状況が状況だ。彼女が着るものも着ずに温泉を飛び出していってもしかたない」
「それで男も追いかけた。……そうか、あの衣装を持って出たのはその男かもしれないわね。
……だとしたら別に痴漢なんかじゃなくて、ただ誰かと一緒にいたかっただけなのかもしれないわ」
「うん。それで彼は半狂乱で逃げる彼女に追いついた」
「けど、そこで不幸な事故が起きた……というのが真相なのかしら?」
即興で組み上げたにしてはそれなりの推理だった。ここで納得して終わるだけならそれでいいって程度には筋は通っている。
「推理のベースとするにはいいけど、まだ色々と気になる部分はあるね。それにこれはほとんどが憶測でしかない」
「気になる部分って?」
「まずは殺害に使用された凶器だよ。かなり大振りの刃物だけど裸の女性が持っていたというのは不自然だ」
「じゃあ男のほうが持っていたのよ! 多分、護身のためにずっと握ってたのね。それで持ったまま彼女と遭遇した。
だったら、彼女が裸のままで逃げ出したってのにも説得力がでるわよ」
「なるほど。確かに風呂に入っているところに刃物を持った男が現れたら服を着ている余裕なんかない」
「気になる部分って?」
「まずは殺害に使用された凶器だよ。かなり大振りの刃物だけど裸の女性が持っていたというのは不自然だ」
「じゃあ男のほうが持っていたのよ! 多分、護身のためにずっと握ってたのね。それで持ったまま彼女と遭遇した。
だったら、彼女が裸のままで逃げ出したってのにも説得力がでるわよ」
「なるほど。確かに風呂に入っているところに刃物を持った男が現れたら服を着ている余裕なんかない」
あくまで与えられた情報を元にという条件であれば、この推理を支持するのは間違いではなさそうだった。
とはいえ、あくまではあくまでだ。現実には条件は限定されてないし、可能性はいくらでも存在する。
とはいえ、あくまではあくまでだ。現実には条件は限定されてないし、可能性はいくらでも存在する。
「だったらその女の子を捜してあげないと。すごく苦しんでいるはずだわ」
「いや、たったひとつの真実と言うにはこの推理はまだ杜撰だよ。行動の指針にするほど確かなものじゃない。
登場人物は他にもいたのかもしれないし、足跡や衣装が犯人のものだってのも確証はないんだ」
「それも、そうよね……うん」
「いや、たったひとつの真実と言うにはこの推理はまだ杜撰だよ。行動の指針にするほど確かなものじゃない。
登場人物は他にもいたのかもしれないし、足跡や衣装が犯人のものだってのも確証はないんだ」
「それも、そうよね……うん」
とりあえず、ぼくとハルヒちゃんとでの推理ごっこはこんなところだった。
グロテスクな死体を見たことで少し情緒不安定気味だったハルヒちゃんも推理に集中したことで回復できたようだし、
凶器を回収できたことと犯人と被害者両方の鞄が現場にないってのはぼくにとっても意味のある情報だ。
グロテスクな死体を見たことで少し情緒不安定気味だったハルヒちゃんも推理に集中したことで回復できたようだし、
凶器を回収できたことと犯人と被害者両方の鞄が現場にないってのはぼくにとっても意味のある情報だ。
「とりあえず建物の中へと入ろうか。
元々そのつもりで来たわけだし、殺された人のはともかくとして裸で逃げた彼女の鞄はそこに残ってるかもしれない」
「ええ、そうね。もっと決定的な証拠も残ってるかもしれないし」
元々そのつもりで来たわけだし、殺された人のはともかくとして裸で逃げた彼女の鞄はそこに残ってるかもしれない」
「ええ、そうね。もっと決定的な証拠も残ってるかもしれないし」
今更また放置しておくのもなんだということでハルヒちゃんは見つけた制服を鞄に仕舞おうとする。
と、そこでぽとりと何かが服の中から滑り落ちた。
と、そこでぽとりと何かが服の中から滑り落ちた。
「これは……生徒手帳?」
腰をかがめて拾ってみるとそれは所謂生徒手帳というものだった。
そういえば学生はこれを身分証明として携帯してなくてはいけないんだっけ?
ぼくが中学生の頃はどうしていたか、それはもう記憶にはないけどどうやらこの制服の持ち主はちゃんと携帯してたらしい。
プライバシーという言葉はあるけれど、ここは緊急事態なので遠慮なく開いて中を見させてもらうことにした。
そういえば学生はこれを身分証明として携帯してなくてはいけないんだっけ?
ぼくが中学生の頃はどうしていたか、それはもう記憶にはないけどどうやらこの制服の持ち主はちゃんと携帯してたらしい。
プライバシーという言葉はあるけれど、ここは緊急事態なので遠慮なく開いて中を見させてもらうことにした。
「いー、誰のかってわかる?」
「ああ、この名前は名簿の中にあったね」
「ああ、この名前は名簿の中にあったね」
生徒手帳を後ろから開いて1ページ目。
名前と連絡先などを書き記すための箇所はまるくかわいい文字で几帳面にも丁寧に全ての欄が埋められている。
もらったまま白紙にしている生徒も多いだろうに、なかなか真面目な子だ。
名前と連絡先などを書き記すための箇所はまるくかわいい文字で几帳面にも丁寧に全ての欄が埋められている。
もらったまま白紙にしている生徒も多いだろうに、なかなか真面目な子だ。
「彼女が”犯人”か」
そして、そこには――姫路瑞希――という名前が記されていた。