ラノロワ・オルタレイション @ ウィキ

一文字違いの獅子

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一文字違いの獅子 ◆b8v2QbKrCM



「くく、く……」

路地裏に微かな音が響いている。
林立する中小規模のビルによって構成される、蜘蛛の巣のような細い路地。
街の住人――そんなものがいたとすればだが――でも存在すら知らないであろう、異界じみた空間。
奇怪な物音の発生源は、異界の最奥、三方を壁に囲まれた行き止まりだった。
表通りからは完全に死角となっていて、月明かりすらろくに差し込んでこない。
切り立ったビルの外壁は、密林に立ち並ぶ巨木のよう。
視界を遮り、光を遮り、風を遮る。
正常な循環を停止した空気は黴と埃の臭いに汚染され、呼吸すらも苦痛にさせる。

「あはは……」

だが、そんな吹き溜まりの中で、ソレは一人笑い続けていた。
まず目に付くのは、黒と赤。そして金色。
細い身体の輪郭を踝まで包んでいる、皮製の黒いスカート。
同様に厚い皮で繕われた、上半身を覆う鮮血色のジャンパー。
デタラメに切り揃えられた、肩口まで伸びた金髪。
極めて女性的なシルエットであったが、しかしソレは女性ではなかった。

「なんだ、良かった。両儀も幹也もいるじゃないか」

白純里緒という名の青年は笑うのを止めて呟いた。
大勢の名前が書かれた名簿を片手に、赤い瞳でただ二つの名前だけを凝視しながら。

    両儀式

    黒桐幹也

獰猛な笑みを湛えたまま、白純里緒は手にしていた名簿を握り潰した。
あの二人の存在さえ確認できたのなら、もう充分だった。
彼にとってはそれ以外の情報など意味がない。
他の名前など初めから見るつもりもなかったし、見たところで知らない名ばかりだろう。

「俺だけが飛ばされたんじゃないか、なんて杞憂だったな。
 それにここなら、流石の両儀も一線を越えてくれるだろ」

白純里緒は足元に放置していたデイパックを無造作に拾い、空を仰いだ。
ビルディングという密林によって、空は狭く区切られている。
だがここが密林だというのなら、そこに猛獣が潜むのもまた道理。
にやりとケモノの口元が歪む。
次の瞬間、路地裏から白純里緒の姿が掻き消えた。
路上に堆積した塵芥が舞い上がり、灰色の煙が真上へと棚引いていく。
白純里緒の取った行為は極めて単純明快だった。
路地裏を囲む壁に向けて跳躍し、デイパックを持つ片腕を除いた四肢を用いて、更に跳躍を繰り返す。
豹のように跳び上がり、蜘蛛のように壁を掴む。
完全に人間を逸脱した身体能力を以って、白純里緒はビルの屋上へと容易く上り詰めていった。

「まずは両儀と幹也を探さないとな。後は……いつもどおりだ」

がしゃん、と屋上の鉄柵を蹴り、白純里緒は登攀を停止した。
いつもどおり――殺したくなれば殺し、食らいたくなれば食らう。
普通の人間にしてみれば、殺人を強要されるこの状況は異常でしかないだろう。
しかし彼にとっては日常的に行ってきたことでしかない。
異常者が異常を行うのは当たり前のこと。
常人が日常を過ごすように、彼は異常を過ごしてきたのだ。
"食べる"という起源に目覚めた彼が、他者を殺し食らうことに何の疑問があるというのか。

起源――
それは、輪廻転生を逆巻きに辿り続けた先にある、始まりの『方向性』である。
世界の始まり、万物が生じる瞬間に、稲光のように発生する方向性。
"虚無" "禁忌" "無価値" "静止" "切断" "結合"――そして"食べる"
起源という無数の意味付けに従って物質は象られ、時間の流れと共に流転していく。
あるときは人間に、あるときは植物に、あるときは鉱物に。
例えどんな形になろうとも、予め定められた方向性からは逃れられない。
仮に禁忌を起源に持つモノであれば、如何なる存在に生まれようとも、群れの常識から外れてしまうのだ。
とはいえ、人格の全てを起源が定義するというわけではない。
通常は性格の枝葉末節に影響する程度だ。
例えば"禁忌"を起源に持つある少女は血の繋がった兄に恋をする。
例えば"切断"と"結合"の二つを起源に持つ魔術師は、僅かな狂いも許されない精密機械を修理できない。
しかし己の起源を自覚し、覚醒したモノは違う。
魔術の世界には、前世の人格を憑依させることで前世の能力を行使する術が存在するという。
それと同じように、起源覚醒者は存在の始まりから現在に至るまでに重ねてきた前世を手に入れる。
"食べる"という起源であれば、その前世は悉く捕食者の立場であっただろう。
即ち白純里緒は一人の人間ではなく、複数の獣ともいうべき能力を持つ殺人鬼なのだ。

「そうだな……両儀のために死体は少しくらい残しておこうか。
 刺激を受けて早めに誰か殺してくれるかもしれない」

白純里緒の意識は、既にこの地のどこかにいる同類へと向いていた。
殺人を嗜好しながらも、誰を殺すこともしていない両儀式へと。
彼は殺人鬼の仲間が欲しいのだ。
両儀式にも早く人を殺して貰わなければ困る。
金色の鬣を靡かせて、白純里緒というケモノは隣のビルへと飛び移る。
猛獣が木々に身を隠し獲物を探し当てるように、彼は目当ての相手を求めて街を駆けていく。

今、消失していく世界に一匹の殺人鬼が解き放たれた。






【E-4/雑居ビルの屋上/一日目・深夜】

【白純里緒@空の境界】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品(未確認支給品1~3個所持。名簿は破棄)
[思考・状況]
1:両儀式と黒桐幹也を探す
2:それ以外は殺したくなったら殺し、多少残して食べる
[備考]
※殺人考察(後)時点、左腕を失う前からの参戦
※名簿の内容は両儀式と黒桐幹也の名前以外見ていません





白純里緒 次:勝者なき舞台
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