1743-1745
パリで法学の学位を得,文芸や音楽に生涯関心を持ち続けた。軍職に就いて訪れたボルドでMartinès de Pasquallyに出会い,Élus Coënsに加わる。リヨン,トゥーレーヌ,パリ,イタリア,ロンドンなど各地を巡りつつDes Erreurs et de la Véritéを書き,特にメイソンの間で好評を博し,Philosophe Inconnu?と呼ばれて知られるようになった。次に訪れたストラスブールではBoehme, Jacob?と知己を得た。革命期には1793年,Garatとの公開会談を行っている。メイソンとしてはトゥールの矯正スコットランド儀礼の会所La Concorde?で入会儀礼を受けたとされ,また後には厳守会とも接触しているが,パリのPhilalèthes会所の招待は断っている。他,MESMER, Franz-AntonのSociété de l'harmonie?にも所属していた。
20040604 Nao T.