ギャグとシリアスの狭間で ◆3k3x1UI5IA
ビュティは悩んでいた。
より正確に言えば――悩んでいたというより、苦しんでいた。
より正確に言えば――悩んでいたというより、苦しんでいた。
理不尽な事件が次々と発生することには、慣れてしまっている。
不可解な人物が次々と出現することにも、慣れてしまっている。
むしろ普段ボーボボや首領パッチが彼女の前で繰り広げていた世界に比べれば、大人しいくらいだ。
ハジケまくった彼らに振り回される日々の中、もう少し常識を知って欲しいものだと何度溜息をついたことか。
不可解な人物が次々と出現することにも、慣れてしまっている。
むしろ普段ボーボボや首領パッチが彼女の前で繰り広げていた世界に比べれば、大人しいくらいだ。
ハジケまくった彼らに振り回される日々の中、もう少し常識を知って欲しいものだと何度溜息をついたことか。
だが……その「大人しさ」、「常識の通じる空気」こそが、今、ビュティを苦しめているモノの正体だった。
真面目なシーンなど3コマも続くことがない世界から来たビュティ。
それでも、眼球を突出させ大声でツッコむ対象があるうちは、まだ良かったが……
幼い少女・ブルーと出くわしてからの1時間というもの、彼女はシリアス過ぎる空気に溺れそうになっていた。
一種の、禁断症状のようなモノである。
それでも、眼球を突出させ大声でツッコむ対象があるうちは、まだ良かったが……
幼い少女・ブルーと出くわしてからの1時間というもの、彼女はシリアス過ぎる空気に溺れそうになっていた。
一種の、禁断症状のようなモノである。
廃病院でブルーと名乗る幼い少女と遭遇し、事情を聞き、持ち物を一部交換して――
そして彼女が浴室から出てきてからも、3人の間にはギクシャクした空気が残ってしまって。
ブルーのための服を探している今も、互いに微妙に距離を置き、会話も途切れがちだった。
そして彼女が浴室から出てきてからも、3人の間にはギクシャクした空気が残ってしまって。
ブルーのための服を探している今も、互いに微妙に距離を置き、会話も途切れがちだった。
口数少なく、何やら1人で深く思い悩んでいるらしいイヴ。
「信じてるからね?」と何度も何度も念を押しながらも、不安げな表情の消えないブルー。
その2人の間に立って、頑張って場を明るくしようと努めているビュティ。
けれど、ビュティの努力はどこまでも空回りしてしまって――そりゃ、弱音の1つも出てくるというものである。
「信じてるからね?」と何度も何度も念を押しながらも、不安げな表情の消えないブルー。
その2人の間に立って、頑張って場を明るくしようと努めているビュティ。
けれど、ビュティの努力はどこまでも空回りしてしまって――そりゃ、弱音の1つも出てくるというものである。
「……ビュティさん?」
「あ、イヴちゃん。何か見つかった?」
「ええと……どこも破けてない白衣が一着。ちょっと埃っぽいけど、着れると思う……」
「あ、イヴちゃん。何か見つかった?」
「ええと……どこも破けてない白衣が一着。ちょっと埃っぽいけど、着れると思う……」
一通り病院内を回ってみた彼女たちだったが、この廃病院、中に残されたモノもかなりボロボロだった。
小児患者用のパジャマでも残っていれば良かったのだが、見つかるものはどれも虫食いや腐食が激しく。
今は、巡り巡って1階の片隅の職員用更衣室を漁っていた所だった。
イヴがロッカーの1つをこじ開けて見つけたのは、まだビニール袋から出されていなかった新品の白衣。
確かに埃に埋もれていたし、下着も無しにコレだけ、というのはちょっと絵的にマズいかもしれない。
それでも、あちこち破けたボロ布を辛うじて纏っている今の姿に比べれば、遥かにマシだろう。
小児患者用のパジャマでも残っていれば良かったのだが、見つかるものはどれも虫食いや腐食が激しく。
今は、巡り巡って1階の片隅の職員用更衣室を漁っていた所だった。
イヴがロッカーの1つをこじ開けて見つけたのは、まだビニール袋から出されていなかった新品の白衣。
確かに埃に埋もれていたし、下着も無しにコレだけ、というのはちょっと絵的にマズいかもしれない。
それでも、あちこち破けたボロ布を辛うじて纏っている今の姿に比べれば、遥かにマシだろう。
「ブルーちゃん? これ、どう?」
「ありがとう……。それで、その、ちょっと着替えたいから、その……」
「分かった。外に出てるから、何かあったら呼んでね。イヴちゃん、行こう」
「あ、うん……」
「ありがとう……。それで、その、ちょっと着替えたいから、その……」
「分かった。外に出てるから、何かあったら呼んでね。イヴちゃん、行こう」
「あ、うん……」
先のシャワーの時もそうだったが、歳のわりに周囲の視線を気にするブルーだ。
いや、それともそれは、羞恥ではなく警戒心だろうか? その身に受けた苦痛を考えれば無理もないか。
ともあれビュティは、イヴの見つけた白衣をブルーに渡すと、イヴの背を押して更衣室から出る。
警戒されてしまうのは仕方ないのかもしれないが、せめて、彼女のやりたいようにやらせてあげよう――
自分自身の不安定な精神を必死に抑えつつ、ビュティはそう考えたのだった。
いや、それともそれは、羞恥ではなく警戒心だろうか? その身に受けた苦痛を考えれば無理もないか。
ともあれビュティは、イヴの見つけた白衣をブルーに渡すと、イヴの背を押して更衣室から出る。
警戒されてしまうのは仕方ないのかもしれないが、せめて、彼女のやりたいようにやらせてあげよう――
自分自身の不安定な精神を必死に抑えつつ、ビュティはそう考えたのだった。
* * *
――だからイヴもビュティも、気付くことができなかった。
少女が職員用更衣室の中で、もう1着、明らかにサイズの合わない別の服を見つけていたことにも。
その服を彼女が、こっそりランドセルの中に滑り込ませていたことにも。
その服と今の持ち物から、彼女がいざという時の「とある作戦」を練り始めていたことにも――。
少女が職員用更衣室の中で、もう1着、明らかにサイズの合わない別の服を見つけていたことにも。
その服を彼女が、こっそりランドセルの中に滑り込ませていたことにも。
その服と今の持ち物から、彼女がいざという時の「とある作戦」を練り始めていたことにも――。
「なんだか、2人ともそれぞれ余裕無いみたいねぇ。
ま、向こうの事情は分かんないけど……コッチにとっては扱い易くていいわね。ホホホ」
ま、向こうの事情は分かんないけど……コッチにとっては扱い易くていいわね。ホホホ」
* * *
(う~、苦手だ。やっぱりここまでシリアスな雰囲気が続くと苦しいなぁ)
更衣室の外の廊下に並び、ブルーの着替えを待ちながら、ビュティはなおも苦しんでいた。
ああ、ツッコミたい。この重たい空気にツッコミたい。
セリフの半分以上がツッコミだった彼女、こうもツッコむ対象がないと、思わずグレたくなってくる。
誰かボケてくれる人は居ないのか。不条理でも理不尽でもいい、何か奇想天外なことをしてくれないものか。
けれど、隣で悩んでいるイヴはどう見てもボケとは無縁な存在だし、ブルーも真面目でしっかりした子だし……
ああ、ツッコミたい。この重たい空気にツッコミたい。
セリフの半分以上がツッコミだった彼女、こうもツッコむ対象がないと、思わずグレたくなってくる。
誰かボケてくれる人は居ないのか。不条理でも理不尽でもいい、何か奇想天外なことをしてくれないものか。
けれど、隣で悩んでいるイヴはどう見てもボケとは無縁な存在だし、ブルーも真面目でしっかりした子だし……
「そうだ、グラサンマン! グラサンマンがいた!」
「??」
「??」
唐突に奇声を上げたビュティに、イヴが不審げな視線を向けるが、それに応える余裕もなく。
ビュティは急いで自分のランドセルの中を漁る。
ボーボボの力を宿したあの喋るサングラスなら、そこに存在するだけでツッコむには事欠かないはず!
禁断症状と期待に震えるビュティの手が、しかし、メガネではなく覚えのない紙を掴む。
?? と首を傾げながら、引っ張り出して見るビュティ。広げてみれば、それは簡潔な置手紙。
ビュティは急いで自分のランドセルの中を漁る。
ボーボボの力を宿したあの喋るサングラスなら、そこに存在するだけでツッコむには事欠かないはず!
禁断症状と期待に震えるビュティの手が、しかし、メガネではなく覚えのない紙を掴む。
?? と首を傾げながら、引っ張り出して見るビュティ。広げてみれば、それは簡潔な置手紙。
『 ランドセルの奥底に自分を見つめる旅に出ます。探さないで下さい。
あと今日はスーパーが特売でところてんが安いはずなので買っておいてね♪ ; 』
あと今日はスーパーが特売でところてんが安いはずなので買っておいてね♪ ; 』
「――って、旅に出ちゃったー!?」
ランドセルの中って旅できるほど広かったの!? とか、特売のスーパーってどこにあるのよ?! とか、
この手紙どうやって書いたの?! いや不条理ギャグ相手に野暮言っても仕方ないけどさ! とか、
その署名だと「コンマ」じゃなくて「セミコロン」だよ?! って、ひょっとしてツッコミ待ち!? とか、
まさか前の1話で存在自体すっかり忘れられてたのがそんなにショックだったの?! とか、
あーやっぱり意志持ち支給品無駄に多杉だもんねーってなんで私がそんな心配を、とか、
この手紙どうやって書いたの?! いや不条理ギャグ相手に野暮言っても仕方ないけどさ! とか、
その署名だと「コンマ」じゃなくて「セミコロン」だよ?! って、ひょっとしてツッコミ待ち!? とか、
まさか前の1話で存在自体すっかり忘れられてたのがそんなにショックだったの?! とか、
あーやっぱり意志持ち支給品無駄に多杉だもんねーってなんで私がそんな心配を、とか、
とにかくまぁツッコミ所は色々あったが、とりあえずビュティは顔面を大きく変形させながら絶叫して。
隣に佇むイヴが目を点にして見守る中、しばしの硬直の後、ようやく相好を崩してへたり込んだ。
隣に佇むイヴが目を点にして見守る中、しばしの硬直の後、ようやく相好を崩してへたり込んだ。
「へ、へへへ……よ、ようやくできた~~。あーしんど……」
「??」
「? 何かあったの? 凄い声出してたみたいだけど……」
「あー、こっちの話だから。気にしないで、ブルーちゃん」
「??」
「? 何かあったの? 凄い声出してたみたいだけど……」
「あー、こっちの話だから。気にしないで、ブルーちゃん」
ようやく更衣室から出てきたブルーが、心配そうに声をかける。
裸の上に、大きすぎる白衣。腕は何重にもまくって調整しているが、裾はかなり地面を引き摺っている。
そんな彼女に、疲れ果てた様子のビュティは軽く手を振って、大きく溜息をつく。
ツッコミ分、僅かではあるが、補充完了。これで暫くは、戦える……?
裸の上に、大きすぎる白衣。腕は何重にもまくって調整しているが、裾はかなり地面を引き摺っている。
そんな彼女に、疲れ果てた様子のビュティは軽く手を振って、大きく溜息をつく。
ツッコミ分、僅かではあるが、補充完了。これで暫くは、戦える……?
* * *
「――で、これからのことだけど」
何をするにも、体力は必要だ。ドタバタ続きで、朝ごはんも抜きだったわけだし。
時刻はもう正午に近く、3人は2階のロビーに戻って、簡単な食事を始めながら今後の相談を始めていた。
とりあえず今は、共通支給品の食料と水での質素な食事。
もっと病院内をよく探せば、非常食なども見つかったかもしれないが……
時刻はもう正午に近く、3人は2階のロビーに戻って、簡単な食事を始めながら今後の相談を始めていた。
とりあえず今は、共通支給品の食料と水での質素な食事。
もっと病院内をよく探せば、非常食なども見つかったかもしれないが……
「イヴちゃん、体調の方はどう?」
「『変身』の力なら、だいぶ回復したみたい。でも自分でも限界が分からないのがちょっと怖いかな。
時間と状況に余裕があれば、『天使の翼』以外も色々試しておきたいんだけど……
この場所では、できるだけナノマシンの力を頼らない方がいいのかもしれない」
「『変身』の力なら、だいぶ回復したみたい。でも自分でも限界が分からないのがちょっと怖いかな。
時間と状況に余裕があれば、『天使の翼』以外も色々試しておきたいんだけど……
この場所では、できるだけナノマシンの力を頼らない方がいいのかもしれない」
ビュティの問いに、イヴは明らかに作り笑いと分かる強張った笑顔で答える。
そしてチラリと視線を向けたのは、食事の最中も身近に置いたままのアタッシュケース。
イヴもビュティも、同席していたブルーがしっかりとその様子を観察していたことに、気付かない。
そしてチラリと視線を向けたのは、食事の最中も身近に置いたままのアタッシュケース。
イヴもビュティも、同席していたブルーがしっかりとその様子を観察していたことに、気付かない。
「それより――北の方の事が気になって。この病院にもう用が無いなら、そっちに行こうと思って」
「北? 北って……ああ、空から落ちる前に見てたアレね」
「ブルーさんのこともあって、詳しく説明する暇がなかったんだけど……」
「北? 北って……ああ、空から落ちる前に見てたアレね」
「ブルーさんのこともあって、詳しく説明する暇がなかったんだけど……」
病院の北、森を抜けた先に立っていたモニュメントが倒壊した様子。
その直後、舞い上がる粉塵の中から、人影が1つ、森の方に走る様子を見たような気がするけれど。
銃声のような音が、風に乗って聞こえたような気もしたけれど。
けれどそこでイヴの意識は途絶え、墜落してしまったのだ。
確かに見た・聞いたと言い切れるほどには、はっきりとは見えてない、聞こえていない。
その直後、舞い上がる粉塵の中から、人影が1つ、森の方に走る様子を見たような気がするけれど。
銃声のような音が、風に乗って聞こえたような気もしたけれど。
けれどそこでイヴの意識は途絶え、墜落してしまったのだ。
確かに見た・聞いたと言い切れるほどには、はっきりとは見えてない、聞こえていない。
「――ころしあい、していたの?」
「分からない。本当に、分からないの。私が確認できた人影は、モニュメントの前にいた1人だけだから。
何らかのトラブルが起きたのは、間違いないと思うんだけど」
「分からない。本当に、分からないの。私が確認できた人影は、モニュメントの前にいた1人だけだから。
何らかのトラブルが起きたのは、間違いないと思うんだけど」
ちょっと大きめの白衣の胸元を掻き合わせ、不安そうに尋ねるブルー。
それに答えるイヴの表情は浮かないものだ。だって、いくら言い繕ってみたところで、
それに答えるイヴの表情は浮かないものだ。だって、いくら言い繕ってみたところで、
「つまり――みごろしに、したの?」
「!!」
「ちょっと、ブルーちゃん!? それは言い過ぎだよ!?
イヴちゃんだって気絶するほど疲れちゃってたんだし、助けに行く方法も無かったんだし……!」
「……いいよ、ビュティさん。自分でも、そう言われても仕方ないと思うから」
「……ごめんなさい。アタシ、そんなつもりじゃ……ごめんなさい」
「!!」
「ちょっと、ブルーちゃん!? それは言い過ぎだよ!?
イヴちゃんだって気絶するほど疲れちゃってたんだし、助けに行く方法も無かったんだし……!」
「……いいよ、ビュティさん。自分でも、そう言われても仕方ないと思うから」
「……ごめんなさい。アタシ、そんなつもりじゃ……ごめんなさい」
ブルーの無邪気な、端的な、しかし言ってはならない問いかけに、ビュティは怒る。
けれど、当のイヴは弱々しい微笑みを浮かべただけで。
当のブルーも、すぐに自分の過ちに気づいて、深々と丁寧に頭を下げて。
その文句のつけようもない態度に、またしてもビュティ1人、取り残されたような感じになってしまう。
重たい沈黙が、ロビーを包む。
けれど、当のイヴは弱々しい微笑みを浮かべただけで。
当のブルーも、すぐに自分の過ちに気づいて、深々と丁寧に頭を下げて。
その文句のつけようもない態度に、またしてもビュティ1人、取り残されたような感じになってしまう。
重たい沈黙が、ロビーを包む。
* * *
(ああもう、こういう時、ボーボボや首領パッチ君なら、どうするんだろう?)
重苦しい沈黙に耐え切れず、ビュティは考える。
一緒に旅し戦ってきたあの仲間たちなら、どういう行動を取っただろうか?
この気まずい沈黙を前にして、彼らなら……
一緒に旅し戦ってきたあの仲間たちなら、どういう行動を取っただろうか?
この気まずい沈黙を前にして、彼らなら……
(……ダメだ! 文脈無視して意味不明な寸劇始める様子しか思い浮かばないぃぃぃッ!)
ビュティの脳内でボーボボや首領パッチがワケの分からないノリで踊り始め、彼女は頭を抱える。
なんで手に手にもずくを持っているんだろう。なんで血と絆と妄執の便座カバーを振り回しているんだろう。
どう考えても君たちの乗ってるその戦車、ハズレセット組み合わせて作り出せる代物じゃないから。うん。
……って、ハズレセットって何? 相変わらず意味不明な光景だ。いやビュティの妄想なんだけど。
なんで手に手にもずくを持っているんだろう。なんで血と絆と妄執の便座カバーを振り回しているんだろう。
どう考えても君たちの乗ってるその戦車、ハズレセット組み合わせて作り出せる代物じゃないから。うん。
……って、ハズレセットって何? 相変わらず意味不明な光景だ。いやビュティの妄想なんだけど。
(ああ……そうね。あの人たちはいつもマイペースだもんね。
私と違って、周囲の心配なんてほとんどしないもんね。うふふ、うふふ……)
私と違って、周囲の心配なんてほとんどしないもんね。うふふ、うふふ……)
ビュティは次第に壊れはじめる。やっぱりコンマの置手紙1つでは、補充できる気力にも程度がある。
ブルーとイヴが暗い表情で黙り込む中、ビュティ1人、妄想の世界にトリップしていく。
ブルーとイヴが暗い表情で黙り込む中、ビュティ1人、妄想の世界にトリップしていく。
(この調子だと、この辺で唐突な新キャラの登場かな~。でも驚くのはいつも私1人なんだよね~。
みんな、「そういやお前誰?」って感じでさ~~)
みんな、「そういやお前誰?」って感じでさ~~)
だから、ビュティは気付くのが遅れた。ビュティ1人、気付くのが遅れた。
イヴとブルーがハッと顔を上げる。身を強張らせ、耳を澄ませ、互いの顔を見合わせる。間違いない。
イヴとブルーがハッと顔を上げる。身を強張らせ、耳を澄ませ、互いの顔を見合わせる。間違いない。
「……ッ!!」
「今……足音、聞こえなかった?」
「え? ……ホントだ、また誰か来たのかな?
――って、本当に新キャラ来ちゃった~~ッ!?」
「今……足音、聞こえなかった?」
「え? ……ホントだ、また誰か来たのかな?
――って、本当に新キャラ来ちゃった~~ッ!?」
――ギャグとシリアスの狭間にハマると、ロクなことにはならない。
喜劇は容易に悲劇に転じるものだし、笑える状況は常に笑えない状況と背中合わせ。
ほんの少しの運命の悪戯で、天国から地獄にまっ逆さま――
喜劇は容易に悲劇に転じるものだし、笑える状況は常に笑えない状況と背中合わせ。
ほんの少しの運命の悪戯で、天国から地獄にまっ逆さま――
* * *
「――って、本当に新キャラ来ちゃった~~ッ!?」
吉永双葉は、いきなり上がった奇声にビクッと身を竦ませる。
不気味な廃病院には相応しからぬ素っ頓狂な声が、無人の廊下に響き渡る。
埃だらけの廊下の上に大小無数の足跡が残っていたから、誰かが既に探索していることは分かっていた。
他の誰かに出くわす危険も承知の上で、双葉は中に足を踏み入れたのだ。
けれどまさか、向こうから大声で居場所を知らせてくれるとは。
不気味な廃病院には相応しからぬ素っ頓狂な声が、無人の廊下に響き渡る。
埃だらけの廊下の上に大小無数の足跡が残っていたから、誰かが既に探索していることは分かっていた。
他の誰かに出くわす危険も承知の上で、双葉は中に足を踏み入れたのだ。
けれどまさか、向こうから大声で居場所を知らせてくれるとは。
「どんな奴がいるんだよ……! ま、まあ、『アイツ』みたいなのは居ないと思うけどよ……」
よくよく耳を澄ませば、最初の叫び声だけでなく、それを咎めるような別の声も聞こえてくる。
複数でつるんでいるということは、殺し合いに乗っている可能性は低いと見ていいか?
双葉は覚悟を決めると、声のした方向、2階に続く階段を昇り始めた。
複数でつるんでいるということは、殺し合いに乗っている可能性は低いと見ていいか?
双葉は覚悟を決めると、声のした方向、2階に続く階段を昇り始めた。
* * *
――やがて現れた少女は、「吉永双葉」と名乗った。
ビュティが傘を、イヴがアタッシュケースを手に身構える中、両手を上げて抵抗の意志の無いことを示す。
ビュティが傘を、イヴがアタッシュケースを手に身構える中、両手を上げて抵抗の意志の無いことを示す。
武器を持っていないことが分かると、どうしても視線が向くのは彼女のお腹あたり。
一応の応急処置はしているようだが、オーバーオールの腹部には血の滲む穴がいくつも空いている。
散弾銃の攻撃を受けたのだ。厚手のデニム生地でなければ、もっと酷いことになっていただろう。
一応の応急処置はしているようだが、オーバーオールの腹部には血の滲む穴がいくつも空いている。
散弾銃の攻撃を受けたのだ。厚手のデニム生地でなければ、もっと酷いことになっていただろう。
「アタシは、殺し合いをする気はない。そっちの3人もそうなんだろ?
この病院には、傷の手当てに来たんだ。見ての通り、結構キツくてさ」
「うん、分かった! 傷を見せて、すぐに治療を……そこの部屋に、薬とかもあったはずだから……」
「ま、待って。その前に――」
この病院には、傷の手当てに来たんだ。見ての通り、結構キツくてさ」
「うん、分かった! 傷を見せて、すぐに治療を……そこの部屋に、薬とかもあったはずだから……」
「ま、待って。その前に――」
すぐにでも双葉の手当てを始めようとしたビュティ、それを押し留めたのは、この場で最も小柄な少女。
彼女は怯えた表情のまま、双葉を見上げて問い掛ける。
彼女は怯えた表情のまま、双葉を見上げて問い掛ける。
「その前に――おはなし、聞かせてもらえる?
北の方で、何があったのか。どうしてあなたが、撃たれちゃったのか」
北の方で、何があったのか。どうしてあなたが、撃たれちゃったのか」
* * *
ブルーの時から2回目で、余裕が出てきたということもあったのだろう。
武器も持たず、最初っから戦う意志のないことを表明していたせいもあったのだろう。
見るからに深い怪我を負っており、脅威の度合いが低かったこともあったのだろう。
けれど。
武器も持たず、最初っから戦う意志のないことを表明していたせいもあったのだろう。
見るからに深い怪我を負っており、脅威の度合いが低かったこともあったのだろう。
けれど。
(アタシの時に比べると、随分と甘い対応じゃないの。ロクに武装解除もしないで、さ)
4人の中で最も幼い外見をした少女は、心の中で鼻を鳴らす。
不満の言葉を飲み込んで、ブルーは双葉を観察する。
不満の言葉を飲み込んで、ブルーは双葉を観察する。
一般的にポケモントレーナー自身は戦闘能力を持たないが、それでも彼らには共通した特技がある。
それは、「他人の戦闘力の目利き」だ。
相手の立ち振舞いや雰囲気を鋭く観察し、相手の大まかな力量を推し量る眼力。
呼吸や怪我を見れば、「戦闘不能」に至るまでの限度、すなわち現時点のダメージを推測することもできる。
本来はポケモン相手に使う技術だから、人間に無理やり当てはめれば多少の誤差も出るだろうが……
それでも、全くの素人よりは深いところまで分かる。
ブルーの見たところ、この双葉、運動神経や体力はかなり優れているが、マトモな戦闘訓練は受けてない。
そして、大人顔負けの強靭な気力だけで耐えているが、その身に受けた傷は相当に深い。
あとほんの一押しで「戦闘不能」――すなわち、死に至るダメージと見た。
ブルーは考える。
それは、「他人の戦闘力の目利き」だ。
相手の立ち振舞いや雰囲気を鋭く観察し、相手の大まかな力量を推し量る眼力。
呼吸や怪我を見れば、「戦闘不能」に至るまでの限度、すなわち現時点のダメージを推測することもできる。
本来はポケモン相手に使う技術だから、人間に無理やり当てはめれば多少の誤差も出るだろうが……
それでも、全くの素人よりは深いところまで分かる。
ブルーの見たところ、この双葉、運動神経や体力はかなり優れているが、マトモな戦闘訓練は受けてない。
そして、大人顔負けの強靭な気力だけで耐えているが、その身に受けた傷は相当に深い。
あとほんの一押しで「戦闘不能」――すなわち、死に至るダメージと見た。
ブルーは考える。
(この2人は、アタシが生き残るための「道具」なの。
新しい「道具」が増えるならともかく、余計な「足手まとい」なんて増やしてたまるものですか。
このガキから必要な情報だけ聞き出したら、後は……!)
新しい「道具」が増えるならともかく、余計な「足手まとい」なんて増やしてたまるものですか。
このガキから必要な情報だけ聞き出したら、後は……!)
* * *
「……んで、神楽に後を任せて、アタシは逃げてきたんだ。
悔しいけど、この傷じゃマトモに戦えねーしな。神楽も、そうしろって言ったから」
「うーん、でも双葉ちゃん、仕方ないよそれはー」
「うん……私たちも、何かできたかもしれないのに……」
悔しいけど、この傷じゃマトモに戦えねーしな。神楽も、そうしろって言ったから」
「うーん、でも双葉ちゃん、仕方ないよそれはー」
「うん……私たちも、何かできたかもしれないのに……」
廃病院の2階のロビー。
暗い表情で淡々と経緯を語る双葉を、ビュティが慰め、イヴは拳を握って自分を責める。
そう、双葉の話は、イヴたちに大いなる後悔をもたらしていた。
暗い表情で淡々と経緯を語る双葉を、ビュティが慰め、イヴは拳を握って自分を責める。
そう、双葉の話は、イヴたちに大いなる後悔をもたらしていた。
北のモニュメントの所で、チャイナ服の少女が、黒い喪服のような服を着た少女に襲われていたこと。
双葉が加勢したが、逆に「神楽」と名乗ったチャイナ服の女に助けられたこと。
持ち物を交換して、後を任せて逃げてきたこと。
逃げながらも、切れ切れに黒い服の女の哄笑が聞こえてきてたこと――
双葉が加勢したが、逆に「神楽」と名乗ったチャイナ服の女に助けられたこと。
持ち物を交換して、後を任せて逃げてきたこと。
逃げながらも、切れ切れに黒い服の女の哄笑が聞こえてきてたこと――
その神楽という少女が、襲撃者を撃退して病院に向かって来ている可能性は、無いとは言い切れないが。
双葉の話を聞く限りでは、ちょっとそれは楽天的過ぎる予想としか思えない。
良くて相討ち。勝っていても神楽の重傷は避けられまい。
悪くすれば、神楽ではなくその「黒い服の少女」がこちらに向かっている可能性さえある。
双葉の話を聞く限りでは、ちょっとそれは楽天的過ぎる予想としか思えない。
良くて相討ち。勝っていても神楽の重傷は避けられまい。
悪くすれば、神楽ではなくその「黒い服の少女」がこちらに向かっている可能性さえある。
物事に「もしも」は無いのだけれど――
もしもイヴたちが病院で休もうとせず、疲労を押してでも北に進んでいたら?
ひょっとしたら、双葉と神楽を救えていたかもしれない。間に合っていたのかもしれない。
もちろん、イヴとビュティの2人も、その「黒い服の少女」にまとめて倒されていた可能性もあるのだが……。
もしもイヴたちが病院で休もうとせず、疲労を押してでも北に進んでいたら?
ひょっとしたら、双葉と神楽を救えていたかもしれない。間に合っていたのかもしれない。
もちろん、イヴとビュティの2人も、その「黒い服の少女」にまとめて倒されていた可能性もあるのだが……。
再び廃病院のロビーを包む、重苦しい沈黙。
ビュティはまたも1人で苦しみ始め、イヴは思い悩み、そしてブルーは――
ビュティはまたも1人で苦しみ始め、イヴは思い悩み、そしてブルーは――
「――いくつか、聞いていい?」
「? なんだよ?」
「えっと、その、双葉は、その黒い服の女の子に、槍を持って突っ込んだんだよね?
つまり、双葉は――ころしあい、するつもりだったの?」
「!!」
「? なんだよ?」
「えっと、その、双葉は、その黒い服の女の子に、槍を持って突っ込んだんだよね?
つまり、双葉は――ころしあい、するつもりだったの?」
「!!」
ブルーは、怯えていた。双葉に対して恐れの視線を向けながら、身を硬くして小さく震えていた。
双葉の表情が、一瞬唖然としたかと思うと、すぐに怒りに染まる。
双葉の表情が、一瞬唖然としたかと思うと、すぐに怒りに染まる。
「な……なんでそうなるんだよ! アタシはただ、神楽を助けようと……!」
「でも、槍で刺されたりしたら、死んじゃうよ?
相手が避けてくれたから良かったけど、普通は、死んじゃうんだよ?
双葉、その黒い服の女の子のこと、ころすつもりだったの?」
「それはっ……!」
「でも、槍で刺されたりしたら、死んじゃうよ?
相手が避けてくれたから良かったけど、普通は、死んじゃうんだよ?
双葉、その黒い服の女の子のこと、ころすつもりだったの?」
「それはっ……!」
被害妄想じみた、けれども簡単には笑い飛ばせない、ブルーの言葉。
イヴとビュティの表情も、どこか強張ったものになる。双葉を見る視線に、疑いの色が混じる。
イヴとビュティの表情も、どこか強張ったものになる。双葉を見る視線に、疑いの色が混じる。
突撃槍の武装練金、サンライトハート。
確かにそれは、全力全開の突進攻撃のみに特化した武器。「手加減」という言葉からは最も程遠い存在。
命中か、空振りか。一撃必殺か、無傷か。
結果は2つに1つ。中間は無い。
それの本来の持ち主ならばともかく、槍に振り回されるような双葉に、器用な真似ができるはずもなく。
確かにそれは、全力全開の突進攻撃のみに特化した武器。「手加減」という言葉からは最も程遠い存在。
命中か、空振りか。一撃必殺か、無傷か。
結果は2つに1つ。中間は無い。
それの本来の持ち主ならばともかく、槍に振り回されるような双葉に、器用な真似ができるはずもなく。
そして双葉自身、そんな武器の特性を十分に理解できていたわけで。
それはつまり、黒い服の少女に対する、紛れも無い殺意があったということになってしまうわけで……。
それはつまり、黒い服の少女に対する、紛れも無い殺意があったということになってしまうわけで……。
「双葉、病院に来た時に『殺し合いする気はない』って言ってたけど……
怪我したから、『殺し合いする気が無くなった』だけじゃないの?
元気になったら、チャンスがあったら、また、ころしあい、するんじゃないの? ねぇ?」
怪我したから、『殺し合いする気が無くなった』だけじゃないの?
元気になったら、チャンスがあったら、また、ころしあい、するんじゃないの? ねぇ?」
ブチン。あまりに執拗な、そして勘繰り過ぎなブルーの言葉に、ついに双葉がキレる。
元々口より先に手が、いや足が出る乱暴者である。これだけの侮辱を受けて、黙っていられるはずもなく。
元々口より先に手が、いや足が出る乱暴者である。これだけの侮辱を受けて、黙っていられるはずもなく。
「んなわけあるかーーッ!!」
ドゲシッ!
絶叫と共に放たれたのは、綺麗に両足の揃ったドロップキック。
おはようの挨拶代わりにガーゴイルにブチかまし、ツッコミのハリセン代わりにブチかます双葉の得意技だ。
イヴもビュティも、止める間も無い。ブルーの小柄な身体が、軽々と吹っ飛んで……。
絶叫と共に放たれたのは、綺麗に両足の揃ったドロップキック。
おはようの挨拶代わりにガーゴイルにブチかまし、ツッコミのハリセン代わりにブチかます双葉の得意技だ。
イヴもビュティも、止める間も無い。ブルーの小柄な身体が、軽々と吹っ飛んで……。
ロビーの床をゴロゴロと転がっていって、壁にぶつかって止まって、そして、ピクリとも動かなくなった。
「アタシのことを何だと思ってやがる! 黙って聞いてりゃベラベラベラベラと勝手なことを……
…………って、あれ?」
…………って、あれ?」
――ギャグとシリアスの狭間にハマると、ロクなことにはならない。
喜劇は容易に悲劇に転じるものだし、お約束のツッコミも暴力行為と背中合わせ。
ほんの少しの悪意の介入で、天国から地獄にまっ逆さま――
喜劇は容易に悲劇に転じるものだし、お約束のツッコミも暴力行為と背中合わせ。
ほんの少しの悪意の介入で、天国から地獄にまっ逆さま――