Fighting orchestra/戦奏(2) ◆JZARTt62K2
砕けたガラスを夕日が真っ赤に染め上げ、埃だらけの礼拝堂の色を塗り替えている。
死翔の槍によってステンドグラスを破壊された礼拝堂は、訪れる者もいないまま彩色だけを変えてゆく。
そんな礼拝堂とはあんまり関係ない、少し離れた食堂にレミリアはいた。
フランのことを知っているらしい少年を詰問している最中なのだ、が。
死翔の槍によってステンドグラスを破壊された礼拝堂は、訪れる者もいないまま彩色だけを変えてゆく。
そんな礼拝堂とはあんまり関係ない、少し離れた食堂にレミリアはいた。
フランのことを知っているらしい少年を詰問している最中なのだ、が。
「う~ん、全然思い出せないよう」
「やっぱり、人間って使えないわね」
しんべヱ少年は結局、ほとんど何も思い出せなかった。断片的な記憶はあるようだが、それだけだ。
自分がどこにいたのかもわからないらしい。この暢気な少年は驚くべきことに地図すら読んでいなかったのである。
やっと見つけた(偶然転がり込んできたとも言う)フランの手掛かりはひどくちっぽけなものだったが、レミリアは落胆しなかった。
どうせ、直に夜が来る。夜が来たら自分が飛んで探せばいい。
そう、レミリアは考えていた。
「やっぱり、人間って使えないわね」
しんべヱ少年は結局、ほとんど何も思い出せなかった。断片的な記憶はあるようだが、それだけだ。
自分がどこにいたのかもわからないらしい。この暢気な少年は驚くべきことに地図すら読んでいなかったのである。
やっと見つけた(偶然転がり込んできたとも言う)フランの手掛かりはひどくちっぽけなものだったが、レミリアは落胆しなかった。
どうせ、直に夜が来る。夜が来たら自分が飛んで探せばいい。
そう、レミリアは考えていた。
とはいえ、せっかく手に入った情報だ。吟味しない手はない。
しんべヱが覚えていたキーワードは9つ。
紙の束。赤い宝石。フラン。レイジングハート。遊ぶ。喋る杖。貴女自身の魔法。スペルカードを使ってください。仮面の女。
このうち『レイジングハート』と『遊ぶ』はフランの台詞で、『貴女自身の魔法』と『スペルカードを使ってください』は喋る杖の台詞らしい。
喋る杖というのはよくわからないが、おそらくマジックアイテムの一種だろう。
レミリアの屋敷に居候している穀潰しの知識人ならわかるかもしれないが、あいにくレミリア自身はマジックアイテムについて詳しくなかった。
と、そんなことはどうでもいい。問題は喋る杖の台詞だ。
『スペルカードを使ってください』とはどういう意味なのだろうか。
(スペルカードなしで戦ったのかしら? まあ、フランがスペルカードを使うとすぐに終わってしまうしね)
どうせ遊んでいたのだろう、とレミリアは結論づける。遊びが過ぎるのはフランの癖、いや生き様だ。
次にレミリアが気になったのは、『レイジングハートと遊ぶ』というフランの言葉。
『遊ぶ』と言ってることから、『レイジングハート』は参加者だと考えられた。
しかし、そんな名前は名簿にない。
(偽名か、それとも二つ名か。どちらにしろ、フランの犠牲者候補に最も近いのは『レイジングハート』になるな……)
そこまでレミリアが考えたとき、城の中に雑音が流れてきた。
扉を開ける音や叩く音。床を踏みつける足音。そして、怒鳴り声。
やけに必死な雑音は城の中をうろうろ動き回っており、非常に喧しい。
雑音はやがて食堂の前に辿りつき、木製の扉を勢いよく吹っ飛ばした。
「レミリアってやつー! いるかー!」
「次から次へと……何処から入ってくるのかしら。全くもう」
新たに食堂に入ってきたのは白衣を着た金髪の少女。レミリアにとっては知らない顔だ。
「お前が……あなたがレミリアか!」
「あー? 騒々しいわね。一体何の用よ? てか誰よ?」
「……私は、プレセアの使いの者です。彼女から伝言を預かってきました」
「あの子から?」
少女の言葉にレミリアが首を傾げる。なぜ、プレセア本人が来ないのだろうか。
僅かに目を細めるレミリアに構わず、少女は『伝言』の内容を一字一句間違えずにぶちまけた。
「『たくさんの人が居る。妹さんを見た人も居るかもしれない』、以上です」
少女の言葉を聞いたレミリアは、伝言の内容をじっくりと吟味した。
そして尋ねる。
「で、何でそいつらを連れてこないんだ?」
「相手集団の中に悪人が混ざってて戦闘になってるんです。どうか加勢してください!」
「ああ、そういえば殺し合いをしているんだったな……と、その前にまず名を名乗りなさい。礼儀がなってないわよ」
「私はレベッカ……レベッカ宮本です」
「ふうん。まあ、話はわかったわ」
自分で聞いておきながらどうでも良さそうに呟きつつ、レミリアは考える。
そんなにたくさんの人間がいるなら、確かにフランの情報は得られるかもしれない。
なにせ、あの子は抜群に目立つ。性格上、一箇所にじっとしていることもないだろう。
それに、フランの情報が手に入らなかったとしても『喋る杖』や『レイジングハート』なる人物の情報が手に入る可能性がある。
レベッカとやらの話が罠ということも考えられたが、まあその時はその時だ。
とはいえ、プレセアの名前を出していることから虚言の可能性は低い。あまり気にしなくてよさそうではある。
「しかた無いな」
椅子から立ち上がったレミリアは、背後にある大窓を開いた。
吹き抜ける風が翡翠色の髪を揺らし、室内の空気を洗浄する。
外を見ると、落陽の空には薄く星が輝き、夕影が城の外観を一変させているのが窺えた。
もう、夜の時間なのだ。
しんべヱが覚えていたキーワードは9つ。
紙の束。赤い宝石。フラン。レイジングハート。遊ぶ。喋る杖。貴女自身の魔法。スペルカードを使ってください。仮面の女。
このうち『レイジングハート』と『遊ぶ』はフランの台詞で、『貴女自身の魔法』と『スペルカードを使ってください』は喋る杖の台詞らしい。
喋る杖というのはよくわからないが、おそらくマジックアイテムの一種だろう。
レミリアの屋敷に居候している穀潰しの知識人ならわかるかもしれないが、あいにくレミリア自身はマジックアイテムについて詳しくなかった。
と、そんなことはどうでもいい。問題は喋る杖の台詞だ。
『スペルカードを使ってください』とはどういう意味なのだろうか。
(スペルカードなしで戦ったのかしら? まあ、フランがスペルカードを使うとすぐに終わってしまうしね)
どうせ遊んでいたのだろう、とレミリアは結論づける。遊びが過ぎるのはフランの癖、いや生き様だ。
次にレミリアが気になったのは、『レイジングハートと遊ぶ』というフランの言葉。
『遊ぶ』と言ってることから、『レイジングハート』は参加者だと考えられた。
しかし、そんな名前は名簿にない。
(偽名か、それとも二つ名か。どちらにしろ、フランの犠牲者候補に最も近いのは『レイジングハート』になるな……)
そこまでレミリアが考えたとき、城の中に雑音が流れてきた。
扉を開ける音や叩く音。床を踏みつける足音。そして、怒鳴り声。
やけに必死な雑音は城の中をうろうろ動き回っており、非常に喧しい。
雑音はやがて食堂の前に辿りつき、木製の扉を勢いよく吹っ飛ばした。
「レミリアってやつー! いるかー!」
「次から次へと……何処から入ってくるのかしら。全くもう」
新たに食堂に入ってきたのは白衣を着た金髪の少女。レミリアにとっては知らない顔だ。
「お前が……あなたがレミリアか!」
「あー? 騒々しいわね。一体何の用よ? てか誰よ?」
「……私は、プレセアの使いの者です。彼女から伝言を預かってきました」
「あの子から?」
少女の言葉にレミリアが首を傾げる。なぜ、プレセア本人が来ないのだろうか。
僅かに目を細めるレミリアに構わず、少女は『伝言』の内容を一字一句間違えずにぶちまけた。
「『たくさんの人が居る。妹さんを見た人も居るかもしれない』、以上です」
少女の言葉を聞いたレミリアは、伝言の内容をじっくりと吟味した。
そして尋ねる。
「で、何でそいつらを連れてこないんだ?」
「相手集団の中に悪人が混ざってて戦闘になってるんです。どうか加勢してください!」
「ああ、そういえば殺し合いをしているんだったな……と、その前にまず名を名乗りなさい。礼儀がなってないわよ」
「私はレベッカ……レベッカ宮本です」
「ふうん。まあ、話はわかったわ」
自分で聞いておきながらどうでも良さそうに呟きつつ、レミリアは考える。
そんなにたくさんの人間がいるなら、確かにフランの情報は得られるかもしれない。
なにせ、あの子は抜群に目立つ。性格上、一箇所にじっとしていることもないだろう。
それに、フランの情報が手に入らなかったとしても『喋る杖』や『レイジングハート』なる人物の情報が手に入る可能性がある。
レベッカとやらの話が罠ということも考えられたが、まあその時はその時だ。
とはいえ、プレセアの名前を出していることから虚言の可能性は低い。あまり気にしなくてよさそうではある。
「しかた無いな」
椅子から立ち上がったレミリアは、背後にある大窓を開いた。
吹き抜ける風が翡翠色の髪を揺らし、室内の空気を洗浄する。
外を見ると、落陽の空には薄く星が輝き、夕影が城の外観を一変させているのが窺えた。
もう、夜の時間なのだ。
「それで、あの子達はどこにいるの?」
「城の前にある森です! 外なんて見てないで早く……」
「だからここから行くんじゃない。わざわざ廊下を通って行ったら時間がかかるでしょう?」
「は? 何言って」
「時は金属製なり、よ。すぐに帰ってくるから、お茶の準備でもしておきなさい」
そう言い捨てると、レミリアは黒翼を大きく翻した。
窓から吹き込む風と翼が作り出す風がぶつかり合い、小さな気流を発生させる。
風を生み出した吸血鬼はそのまま窓の縁に上り、夕方の空に飛び込んだ。
ベッキーが慌てて窓に駆けつけた時には、レミリアの姿はもう見えなくなっていた。
文字通り一足飛びで戦場に向かったのだろう。
「城の前にある森です! 外なんて見てないで早く……」
「だからここから行くんじゃない。わざわざ廊下を通って行ったら時間がかかるでしょう?」
「は? 何言って」
「時は金属製なり、よ。すぐに帰ってくるから、お茶の準備でもしておきなさい」
そう言い捨てると、レミリアは黒翼を大きく翻した。
窓から吹き込む風と翼が作り出す風がぶつかり合い、小さな気流を発生させる。
風を生み出した吸血鬼はそのまま窓の縁に上り、夕方の空に飛び込んだ。
ベッキーが慌てて窓に駆けつけた時には、レミリアの姿はもう見えなくなっていた。
文字通り一足飛びで戦場に向かったのだろう。
「本当に飛んでった……何でもありだな、この島は」
ベッキーは感心とも諦観とも取れる溜息を吐く。
なお、口調は元に戻っていた。ベッキーだって赤の他人に物を頼むときくらい敬語を使う。
そのまま夕日を眺めながら黄昏ていたベッキーだったが、ふと背後に気配を感じた。
振り返ると、忍者服を着た少年が所在無さげに立っている。
話の最中、完全に無視されていたしんべヱ少年である。
しんべヱに気付いていなかったベッキーは眉根を寄せた。
レミリアに紹介されなかったため、この少年が誰なのかわからないのだ。
もしこの少年が悪人なら、力を持たないベッキーにとって脅威そのものとなる。
「…………」
「…………」
が、少年を観察したベッキーは、なんとなく悪人ではないだろうと当たりをつけた。
危険人物なら流石にレミリアが警告するだろうし、なにより殺気がまるでない。
とはいえ、警戒しないわけではない。いつでも逃げられるように準備しながら少年の出方を待つ。
やがて、しんべヱがおずおずと口を開いた。
「ぼ、僕、しんべヱ」
「……私はレベッカ宮本だ」
まずは自己紹介。基本中の基本。だが、そこから話がつながらない。
お互いに牽制し合っているためである。
微妙な沈黙が流れる中、しんべヱがまた口を開いた。
「あの、これからどうするの?」
「あー、そうだな。レミリアの言ったようにお茶の用意でもしながら帰りを待……」
瞬間、ベッキーの脳裏にジーニアスの姿が映った。
そして、バラバラになった翠星石の姿が続く。
ベッキーは感心とも諦観とも取れる溜息を吐く。
なお、口調は元に戻っていた。ベッキーだって赤の他人に物を頼むときくらい敬語を使う。
そのまま夕日を眺めながら黄昏ていたベッキーだったが、ふと背後に気配を感じた。
振り返ると、忍者服を着た少年が所在無さげに立っている。
話の最中、完全に無視されていたしんべヱ少年である。
しんべヱに気付いていなかったベッキーは眉根を寄せた。
レミリアに紹介されなかったため、この少年が誰なのかわからないのだ。
もしこの少年が悪人なら、力を持たないベッキーにとって脅威そのものとなる。
「…………」
「…………」
が、少年を観察したベッキーは、なんとなく悪人ではないだろうと当たりをつけた。
危険人物なら流石にレミリアが警告するだろうし、なにより殺気がまるでない。
とはいえ、警戒しないわけではない。いつでも逃げられるように準備しながら少年の出方を待つ。
やがて、しんべヱがおずおずと口を開いた。
「ぼ、僕、しんべヱ」
「……私はレベッカ宮本だ」
まずは自己紹介。基本中の基本。だが、そこから話がつながらない。
お互いに牽制し合っているためである。
微妙な沈黙が流れる中、しんべヱがまた口を開いた。
「あの、これからどうするの?」
「あー、そうだな。レミリアの言ったようにお茶の用意でもしながら帰りを待……」
瞬間、ベッキーの脳裏にジーニアスの姿が映った。
そして、バラバラになった翠星石の姿が続く。
「って、できるかー!」
大声で叫んだベッキーは、部屋の隅に転がっていた救急箱を引っつかむと魔導ボードに飛び乗った。
魔導ボードが宙に浮き、高速移動を開始。ベッキーは食堂の中を滑空しながら、何故か浮かんできた涙を拭った。
もう、仲間が死ぬのは嫌だった。
戦闘では役に立てないが応急処置くらいならできるはず、とベッキーは自分自身に言い聞かせる。
出来ることがあるのに行動を起こさないのは、ただの臆病者だ。
なにより、ジーニアス達が戦っているのに一人安穏としてはいられない。
なお、しんべヱのことは一瞬で思考の遥か彼方に吹っ飛んでいた。
ボードは食堂から飛び出すと、城の入り口を目指して驀進する。
ベッキーが去り、食堂に取り残されたのは、唖然とした表情で突っ立っている少年のみ。
またも忘れられたしんべヱは、おろおろと周りを見渡した後、
「ま、待ってよう」
一人でいるのが不安になったのか、ベッキーが飛んでいった方向に向けて駆け出す。
しんべヱが飛び出した後、食堂はようやく静寂を取り戻した。
夕日が差し込み始めた室内では、カーテンだけが揺れている。
魔導ボードが宙に浮き、高速移動を開始。ベッキーは食堂の中を滑空しながら、何故か浮かんできた涙を拭った。
もう、仲間が死ぬのは嫌だった。
戦闘では役に立てないが応急処置くらいならできるはず、とベッキーは自分自身に言い聞かせる。
出来ることがあるのに行動を起こさないのは、ただの臆病者だ。
なにより、ジーニアス達が戦っているのに一人安穏としてはいられない。
なお、しんべヱのことは一瞬で思考の遥か彼方に吹っ飛んでいた。
ボードは食堂から飛び出すと、城の入り口を目指して驀進する。
ベッキーが去り、食堂に取り残されたのは、唖然とした表情で突っ立っている少年のみ。
またも忘れられたしんべヱは、おろおろと周りを見渡した後、
「ま、待ってよう」
一人でいるのが不安になったのか、ベッキーが飛んでいった方向に向けて駆け出す。
しんべヱが飛び出した後、食堂はようやく静寂を取り戻した。
夕日が差し込み始めた室内では、カーテンだけが揺れている。
※ ※ ※ ※
ジーニアス・セイジはスペルチャージを終え、少し面積が小さくなった森を睨みつけていた。
現在、見えている範囲に敵はいない。
八つ当たりで二人の人間を殺したという明石薫はプレセアと共に森の中。
檄音が聞こえてくることから、両者とも生存しているのだろうと判断する。
ワイヴァーンの炎から逃げおおせたイリヤは木々の影に隠れ、未だに姿を現さない。
他の3人の少女など、姿を確認することすらできていなかった。
「アルルゥ、敵がどのあたりにいるかわかる?」
「うー、あのあたりだと思うけど、わかんない」
火と煙が立ちこめ、土砂と倒木で溢れている森は戦場の様相を呈しており、相手の動きを読みづらくしていた。
しかも、生き残った木々もそれなりに多く、障害物だらけ。敵がどこから襲ってくるか見当がつかない。
現在、見えている範囲に敵はいない。
八つ当たりで二人の人間を殺したという明石薫はプレセアと共に森の中。
檄音が聞こえてくることから、両者とも生存しているのだろうと判断する。
ワイヴァーンの炎から逃げおおせたイリヤは木々の影に隠れ、未だに姿を現さない。
他の3人の少女など、姿を確認することすらできていなかった。
「アルルゥ、敵がどのあたりにいるかわかる?」
「うー、あのあたりだと思うけど、わかんない」
火と煙が立ちこめ、土砂と倒木で溢れている森は戦場の様相を呈しており、相手の動きを読みづらくしていた。
しかも、生き残った木々もそれなりに多く、障害物だらけ。敵がどこから襲ってくるか見当がつかない。
そのため、ジーニアス達は木々が少ない広場の真ん中に陣取っていた。
この場所で周囲を警戒していれば、近付く敵はすぐにわかる。
しかし同時に、敵に自分達の居所を教えてしまうというリスクも併せ持っていた。
だからこそ、ジーニアスはこの場所を選ぶ。『確実に見つけてもらうために』。
自分達が目立てば目立つほど、敵の攻撃はジーニアス達に集まる。つまり、プレセアに向く戦力を減らせるのだ。
数の差で圧倒的に不利なジーニアス達にとって、真っ向から戦うことは愚策でしかない。
故に、ジーニアス達は術士をあえて『囮』にした。
イリヤがジーニアスを狙っていることは明らかであり、なにより、真っ先に術士を狙うことは戦いにおける基本だ。
相手がセオリー通りに来るなら、何より優先してジーニアスを狙うはず。
それを、逆に利用する。
ジーニアスとアルルゥの役目は敵を倒すことではない。敵を引きつけ、耐えることだ。
そして、その間にプレセアが一人づつ敵を倒す。
それがジーニアス達の作戦だった。
勿論、すべてがうまく行くとは思っていない。相手の能力は未知数であり、不測の事態が起きる可能性は十二分に有り得る。
例えば、敵の接近を許してしまうかもしれない。
例えば、プレセアが負けてしまうかもしれない。
例えば、敵が思った通りに動かないかもしれない。
だが、戦いとはそういうものだ。予定通りに行く戦いのほうがよっぽど珍しい。
各自が戦況に即して臨機応変に対応する。戦闘の基本であり、真理でもある。
作戦はあくまで土台。そこからの応用が勝敗を分ける。
この場所で周囲を警戒していれば、近付く敵はすぐにわかる。
しかし同時に、敵に自分達の居所を教えてしまうというリスクも併せ持っていた。
だからこそ、ジーニアスはこの場所を選ぶ。『確実に見つけてもらうために』。
自分達が目立てば目立つほど、敵の攻撃はジーニアス達に集まる。つまり、プレセアに向く戦力を減らせるのだ。
数の差で圧倒的に不利なジーニアス達にとって、真っ向から戦うことは愚策でしかない。
故に、ジーニアス達は術士をあえて『囮』にした。
イリヤがジーニアスを狙っていることは明らかであり、なにより、真っ先に術士を狙うことは戦いにおける基本だ。
相手がセオリー通りに来るなら、何より優先してジーニアスを狙うはず。
それを、逆に利用する。
ジーニアスとアルルゥの役目は敵を倒すことではない。敵を引きつけ、耐えることだ。
そして、その間にプレセアが一人づつ敵を倒す。
それがジーニアス達の作戦だった。
勿論、すべてがうまく行くとは思っていない。相手の能力は未知数であり、不測の事態が起きる可能性は十二分に有り得る。
例えば、敵の接近を許してしまうかもしれない。
例えば、プレセアが負けてしまうかもしれない。
例えば、敵が思った通りに動かないかもしれない。
だが、戦いとはそういうものだ。予定通りに行く戦いのほうがよっぽど珍しい。
各自が戦況に即して臨機応変に対応する。戦闘の基本であり、真理でもある。
作戦はあくまで土台。そこからの応用が勝敗を分ける。
「……くる!」
ジーニアスの思考を中断させたのは、耳を逆立てて索敵していたアルルゥが警告。
ジーニアスは杖を構え、敵の接近に備えた。傍らのウツドンも攻撃態勢に入る。
一瞬の静寂。そして、
ジーニアスの思考を中断させたのは、耳を逆立てて索敵していたアルルゥが警告。
ジーニアスは杖を構え、敵の接近に備えた。傍らのウツドンも攻撃態勢に入る。
一瞬の静寂。そして、
『Accel Shooter』
「『はっぱカッター』!」
「『はっぱカッター』!」
光弾と葉刃が激突した。
それが合図だったかのように、木々の残骸から三つの影が飛び出す。
さくらとリインはジーニアス達にとって右斜め前から。
イリヤとベルフラウはジーニアス達にとって左斜め前から。
二方向、同時攻撃。
「オピァマタ!」
アルルゥが召喚術を発動する。呼び出したのは、毒の魔獣タマヒポだ。
アルルゥを守るように出現したタマヒポは、迫ってきていたさくらに向かって毒ガスを噴射した。
猛毒を伴った濃緑のブレスは、しかし、
『させないです! プロテクション!』
リインが出現させたバリアによって防がれる。
毒霧はバリヤにまとわりつくように漂うが、さくらの元には届かない。
タマヒポの攻撃を防いださくらだったが、防御魔法を使ったために動きを止めざるを得ない。
足止めという目的を果たしたタマヒポは、満足したかのように幻獣界へと戻っていった。
しかし、危機はまだ去っていない。
さくらは動けなくなったが、ジーニアス達に接近する敵は二人残っていた。
別々の方向から襲撃してきたため、タマヒポだけでは足止めできなかったのだ。
二人の少女は更に二手に別れ、挟み込むような形でジーニアスに迫った。
手持ちの武器に魔力を込め、今にも魔法を撃とうとしている。
だが、スペルチャージしていたジーニアスのほうが僅かに早い。
「悠久の時を廻る優しき風よ、我が前に集いて裂刃と成せ! サイクロン!」
ジーニアスの呪文と共に、小規模な竜巻が発生する。
吹きすさぶ烈風は土や木屑を巻き上げつつ、二手に分かれた少女達を丸ごと飲み込んだ。
自分が作り出した暴風を見ながら、ジーニアスは即座に次術の詠唱を始める。
ジーニアスは詠唱を続けながら、これから行う手順を心の中で復唱した。
二人はおそらく防御魔法を使うはずだ。自分の身を守るために。
しかし、防御魔法はいずれ解除しなければならない。
そして、防御魔法を解除するときには必ず隙ができる。
その瞬間を、突く。
隙を突かれたイリヤは、魔法を使うことすらできずに倒されるだろう。
ジーニアスにとってこの状況は、本来なら願ってもない好機だ。
それが合図だったかのように、木々の残骸から三つの影が飛び出す。
さくらとリインはジーニアス達にとって右斜め前から。
イリヤとベルフラウはジーニアス達にとって左斜め前から。
二方向、同時攻撃。
「オピァマタ!」
アルルゥが召喚術を発動する。呼び出したのは、毒の魔獣タマヒポだ。
アルルゥを守るように出現したタマヒポは、迫ってきていたさくらに向かって毒ガスを噴射した。
猛毒を伴った濃緑のブレスは、しかし、
『させないです! プロテクション!』
リインが出現させたバリアによって防がれる。
毒霧はバリヤにまとわりつくように漂うが、さくらの元には届かない。
タマヒポの攻撃を防いださくらだったが、防御魔法を使ったために動きを止めざるを得ない。
足止めという目的を果たしたタマヒポは、満足したかのように幻獣界へと戻っていった。
しかし、危機はまだ去っていない。
さくらは動けなくなったが、ジーニアス達に接近する敵は二人残っていた。
別々の方向から襲撃してきたため、タマヒポだけでは足止めできなかったのだ。
二人の少女は更に二手に別れ、挟み込むような形でジーニアスに迫った。
手持ちの武器に魔力を込め、今にも魔法を撃とうとしている。
だが、スペルチャージしていたジーニアスのほうが僅かに早い。
「悠久の時を廻る優しき風よ、我が前に集いて裂刃と成せ! サイクロン!」
ジーニアスの呪文と共に、小規模な竜巻が発生する。
吹きすさぶ烈風は土や木屑を巻き上げつつ、二手に分かれた少女達を丸ごと飲み込んだ。
自分が作り出した暴風を見ながら、ジーニアスは即座に次術の詠唱を始める。
ジーニアスは詠唱を続けながら、これから行う手順を心の中で復唱した。
二人はおそらく防御魔法を使うはずだ。自分の身を守るために。
しかし、防御魔法はいずれ解除しなければならない。
そして、防御魔法を解除するときには必ず隙ができる。
その瞬間を、突く。
隙を突かれたイリヤは、魔法を使うことすらできずに倒されるだろう。
ジーニアスにとってこの状況は、本来なら願ってもない好機だ。
それなのに、ジーニアスは粘つくような感覚に襲われた。
おかしい。順調過ぎる。
得体の知れない不気味さを感じたジーニアスは、反射的に竜巻の中のイリヤを見た。
荒れ狂う風に切り刻まれようとしているはずの少女は、しかし。
笑っていた。
風の檻に閉じ込められたイリヤは、笑っていた。
嘲りと残忍さを煮詰めたような目で、ただ笑っていた。
手に持つ杖をジーニアスに向けたまま、防御魔法などさらさら使う気がないように。
ジーニアスの背中を、無数の氷塊が駆け上がる。
“こいつは、こんな状況下でも攻撃のことしか考えていない”
それは、つまり、
おかしい。順調過ぎる。
得体の知れない不気味さを感じたジーニアスは、反射的に竜巻の中のイリヤを見た。
荒れ狂う風に切り刻まれようとしているはずの少女は、しかし。
笑っていた。
風の檻に閉じ込められたイリヤは、笑っていた。
嘲りと残忍さを煮詰めたような目で、ただ笑っていた。
手に持つ杖をジーニアスに向けたまま、防御魔法などさらさら使う気がないように。
ジーニアスの背中を、無数の氷塊が駆け上がる。
“こいつは、こんな状況下でも攻撃のことしか考えていない”
それは、つまり、
「風よ!」
防御魔法を使っているはずのさくらが透き通った声を発する。
掲げているのは『風』のカード。大気を操る、四大元素のカード。
さくらの魔法は空気を伝い、イリヤとベルフラウを囲む竜巻に干渉する。
そう、イリヤが攻撃のことしか考えていないということは、防御を誰かに任せているということ。
しかも、ただバリアを張るだけではない。さくらが使ったのは、ジーニアスの攻撃を無効化する魔法。
要するに、“イリヤの攻撃は障壁に邪魔されることがない”。
敵を切り裂くはずの暴風が、優しく、穏やかな微風へと変わってゆく。
つむじ風程度にまで弱った竜巻の中で、イリヤが悠然と口を開いた。
それは、冷たい死刑宣告。
掲げているのは『風』のカード。大気を操る、四大元素のカード。
さくらの魔法は空気を伝い、イリヤとベルフラウを囲む竜巻に干渉する。
そう、イリヤが攻撃のことしか考えていないということは、防御を誰かに任せているということ。
しかも、ただバリアを張るだけではない。さくらが使ったのは、ジーニアスの攻撃を無効化する魔法。
要するに、“イリヤの攻撃は障壁に邪魔されることがない”。
敵を切り裂くはずの暴風が、優しく、穏やかな微風へと変わってゆく。
つむじ風程度にまで弱った竜巻の中で、イリヤが悠然と口を開いた。
それは、冷たい死刑宣告。
「やっちゃえ、S2U」
『Stinger Ray』
『Stinger Ray』
S2Uが唸りを上げ、高速の光弾を吐き出した。
全ては一瞬。詠唱中のジーニアスに逃れる術はない。
金色の魔弾は、ジーニアスの胸を突き破るべく空気を抉る。
(ダメだ!)
ジーニアスは死を覚悟し、目を瞑った。
直後、ジーニアスの身体にに衝撃が走る。
ただし、前からではなく、側面から。
突っ立ていただけのジーニアスは、横からの不意討ちに対して抵抗できない。ただ無惨に押し倒される。
真横に大きく吹っ飛ばされたジーニアスは、光弾が傍らを通り過ぎるのを感じた。
確実にジーニアスを貫くはずの魔法が、何かの乱入によって狙いを外したのだ。
ギリギリで命を繋ぎ止めたジーニアスだったが、頭の中は混乱で満ち溢れる。
一体、何が自分を突き飛ばしたのだろうか?
地面に倒れ付したジーニアスが、転がりながらもぶつかってきたものを確認しようと顔を上げた。
ジーニアスの胸に埋もれている“それ”は人の形をしていた。それも、見知った人間の。
「うー……」
「アルルゥ!?」
ジーニアスを吹き飛ばしたのは、アルルゥの体当たりだった。
『駆』のカードを使って突進したアルルゥが、ジーニアスの命を救ったのだ。
しかし、その代償は大きい。
アルルゥの顔が苦しげに歪み、手に持っていた『駆』のカードを取り落とす。
イリヤの魔弾は、ジーニアスの代わりにアルルゥの背中を抉り取っていた。
背中の傷口からどくどくと血が溢れ出ている。
「ッ! ウツドン!」
ジーニアスの判断は適切だった。
敵の追撃を防ぐため、何よりも先にウツドンに指示を出したのだ。
詠唱が中断されたため、ジーニアス自身はすぐに魔法が使えない。
無数のはっぱカッターを浴びせかけられたイリヤは一旦後ろに下がった。
イリヤも魔法を使った直後であり、迎撃が出来なかったからだ。
全ては一瞬。詠唱中のジーニアスに逃れる術はない。
金色の魔弾は、ジーニアスの胸を突き破るべく空気を抉る。
(ダメだ!)
ジーニアスは死を覚悟し、目を瞑った。
直後、ジーニアスの身体にに衝撃が走る。
ただし、前からではなく、側面から。
突っ立ていただけのジーニアスは、横からの不意討ちに対して抵抗できない。ただ無惨に押し倒される。
真横に大きく吹っ飛ばされたジーニアスは、光弾が傍らを通り過ぎるのを感じた。
確実にジーニアスを貫くはずの魔法が、何かの乱入によって狙いを外したのだ。
ギリギリで命を繋ぎ止めたジーニアスだったが、頭の中は混乱で満ち溢れる。
一体、何が自分を突き飛ばしたのだろうか?
地面に倒れ付したジーニアスが、転がりながらもぶつかってきたものを確認しようと顔を上げた。
ジーニアスの胸に埋もれている“それ”は人の形をしていた。それも、見知った人間の。
「うー……」
「アルルゥ!?」
ジーニアスを吹き飛ばしたのは、アルルゥの体当たりだった。
『駆』のカードを使って突進したアルルゥが、ジーニアスの命を救ったのだ。
しかし、その代償は大きい。
アルルゥの顔が苦しげに歪み、手に持っていた『駆』のカードを取り落とす。
イリヤの魔弾は、ジーニアスの代わりにアルルゥの背中を抉り取っていた。
背中の傷口からどくどくと血が溢れ出ている。
「ッ! ウツドン!」
ジーニアスの判断は適切だった。
敵の追撃を防ぐため、何よりも先にウツドンに指示を出したのだ。
詠唱が中断されたため、ジーニアス自身はすぐに魔法が使えない。
無数のはっぱカッターを浴びせかけられたイリヤは一旦後ろに下がった。
イリヤも魔法を使った直後であり、迎撃が出来なかったからだ。
傷付いたアルルゥを抱えて距離を取るジーニアスの耳に、少女達の会話が飛び込んでくる。
「イリヤちゃん! なんで捕獲魔法じゃなくて攻撃魔法を使ったの!?」
「サクラ、相手はこっちを殺そうとしているのよ? 甘いことなんて言ってられないわ」
「それでも、話し合いで解決するってイリヤちゃん自身が言ってたじゃない!」
「できれば、だけどね。大丈夫、ちゃんと手加減したから」
「イリヤちゃん! なんで捕獲魔法じゃなくて攻撃魔法を使ったの!?」
「サクラ、相手はこっちを殺そうとしているのよ? 甘いことなんて言ってられないわ」
「それでも、話し合いで解決するってイリヤちゃん自身が言ってたじゃない!」
「できれば、だけどね。大丈夫、ちゃんと手加減したから」
ジーニアスは歯を食いしばりながら、虚偽に満ち溢れたイリヤの言葉を受け止めた。
手加減などしているはずがない。先程の攻撃は明らかに殺意が篭もっていた。
アルルゥが乱入しなければ、ジーニアスは確実に死んでいただろう。
イリヤの言葉は嘘に塗れており、ジーニアスの苛立ちを増幅させてゆく。
だが、今の会話からジーニアスは一つの確信を得た。
(やっぱり、他の子達はイリヤに騙されてるんだ。少なくとも、さくらって子は殺し合いを止めたがってる)
この事実は、ジーニアスにとって朗報だった。
イリヤが喋れるうちは邪魔されるだろうが、イリヤさえいなくなれば誤解を解けるかもしれないとわかったから。
しかしそれがわかったところで、状況は依然として厳しい。
現在はウツドンが粘っているが、打ち破られるのは時間の問題。
ジーニアスが必死で脱出策を練っていると、傍らに寝かせていたアルルゥが起き上がった。
「アルルゥ!」
「ん……。アルルゥが、やる」
サモナイト石を取り出すアルルゥの顔色は、蒼い。
傷口もまだ塞がっておらず、夥しい血がアルルゥの着物を濡らしていた。
それでも、震える手でサモナイト石を掲げ、
「オ」
召喚獣の名前を呼ぼうとし、そして――
手加減などしているはずがない。先程の攻撃は明らかに殺意が篭もっていた。
アルルゥが乱入しなければ、ジーニアスは確実に死んでいただろう。
イリヤの言葉は嘘に塗れており、ジーニアスの苛立ちを増幅させてゆく。
だが、今の会話からジーニアスは一つの確信を得た。
(やっぱり、他の子達はイリヤに騙されてるんだ。少なくとも、さくらって子は殺し合いを止めたがってる)
この事実は、ジーニアスにとって朗報だった。
イリヤが喋れるうちは邪魔されるだろうが、イリヤさえいなくなれば誤解を解けるかもしれないとわかったから。
しかしそれがわかったところで、状況は依然として厳しい。
現在はウツドンが粘っているが、打ち破られるのは時間の問題。
ジーニアスが必死で脱出策を練っていると、傍らに寝かせていたアルルゥが起き上がった。
「アルルゥ!」
「ん……。アルルゥが、やる」
サモナイト石を取り出すアルルゥの顔色は、蒼い。
傷口もまだ塞がっておらず、夥しい血がアルルゥの着物を濡らしていた。
それでも、震える手でサモナイト石を掲げ、
「オ」
召喚獣の名前を呼ぼうとし、そして――
「怪盗白色、行きますっ!」
突如茂みから現れた白いタキシードの少女にタックルされ、地面に引き摺り倒された。
腐葉土に叩き付けられたアルルゥの声が途切れ、サモナイト石が輝きを失う。
「アルルゥ!?」
「か、はっ」
「さあ、観念しなさいっ!」
緊張した声で叫ぶ白いタキシード少女の名は、梨々。
今までの戦いには全く参加していなかった少女が、遂に牙を剥いたのだ。
梨々は戦いが始まった当初から森の中を隠密に進み、ジーニアス達の背後に回っていた。
相手の隙を突き、奇襲するために。
そうして隠れて続けていた梨々が今、拙いながらも百色直伝の技を披露する。
「たあっ!」
梨々は熟練の腕捌きでアルルゥからサモナイト石を取り上げると、一瞬で腕を捻り上げた。
アルルゥが苦悶の表情を浮かべながらもがくが、梨々はびくともしない。
未だ修行中の身ではあるが、怪盗百色の盗みの技を受け継いだ梨々にとって、アルルゥを無力化することなど造作もなかった。
百色がこの場にいたら、『ブラボー!』とか言いながら両手を叩いて喜んだことだろう。
腐葉土に叩き付けられたアルルゥの声が途切れ、サモナイト石が輝きを失う。
「アルルゥ!?」
「か、はっ」
「さあ、観念しなさいっ!」
緊張した声で叫ぶ白いタキシード少女の名は、梨々。
今までの戦いには全く参加していなかった少女が、遂に牙を剥いたのだ。
梨々は戦いが始まった当初から森の中を隠密に進み、ジーニアス達の背後に回っていた。
相手の隙を突き、奇襲するために。
そうして隠れて続けていた梨々が今、拙いながらも百色直伝の技を披露する。
「たあっ!」
梨々は熟練の腕捌きでアルルゥからサモナイト石を取り上げると、一瞬で腕を捻り上げた。
アルルゥが苦悶の表情を浮かべながらもがくが、梨々はびくともしない。
未だ修行中の身ではあるが、怪盗百色の盗みの技を受け継いだ梨々にとって、アルルゥを無力化することなど造作もなかった。
百色がこの場にいたら、『ブラボー!』とか言いながら両手を叩いて喜んだことだろう。
(伏、兵――)
ジーニアスの全身を絶望が駆け抜けた。
ジーニアス達は、相手が伏兵を使ってくる可能性を考えなかったわけではない。むしろ、最も警戒していた。
事実、今の今までジーニアス達の近くに潜んでいた梨々は、警戒に阻まれて仕掛けることができなかった。
しかし、敵に陣形を崩され、大怪我を負った状態ではどうすることもできない。
起こるべくして起きた奇襲。
しかも、ジーニアスはアルルゥを助けるという選択肢が選べない。
梨々を引き剥がしている間に、他の3人が攻撃してくることが明らかだからだ。
そうなれば一巻の終わり。全滅は免れない。
手を伸ばせば届く場所にいるアルルゥを、見捨てざるを得なかった。
絶望の鎖は更に連なる。
ジーニアスの全身を絶望が駆け抜けた。
ジーニアス達は、相手が伏兵を使ってくる可能性を考えなかったわけではない。むしろ、最も警戒していた。
事実、今の今までジーニアス達の近くに潜んでいた梨々は、警戒に阻まれて仕掛けることができなかった。
しかし、敵に陣形を崩され、大怪我を負った状態ではどうすることもできない。
起こるべくして起きた奇襲。
しかも、ジーニアスはアルルゥを助けるという選択肢が選べない。
梨々を引き剥がしている間に、他の3人が攻撃してくることが明らかだからだ。
そうなれば一巻の終わり。全滅は免れない。
手を伸ばせば届く場所にいるアルルゥを、見捨てざるを得なかった。
絶望の鎖は更に連なる。
「よくやりましたわ! 後は私達に任せなさい!」
ベルフラウが一枚のカードを掲げる。カードの名は、『火』。
ベルフラウが一枚のカードを掲げる。カードの名は、『火』。
「火焔撃!」
唱えられたのは、ベルフラウの護衛獣であるオニビの技名。
勿論、ベルフラウが火焔撃を使えるというわけではない。
いつも間近で見てきたオニビの技を、『火』の力を借りて再現しただけ。
本来の火焔撃と比べると形も小さく、威力も低い炎の陣。
言うなれば『見様見真似火焔撃』といったところだ。
それでも、ウツドンのはっぱカッターを蹴散らすには十分だった。
燃え盛る炎が葉刃を屠り、黒い粉へと変えてゆく。
ベルフラウの炎はウツドンの傍にまで迫り、熱気に焙られた植物ポケモンが身体を捩る。
『くさ』は『ほのお』に弱い。炎は、ウツドンの動きを確実に奪っていった。
目に見えて動きが鈍くなったウツドンに、イリヤがS2Uの切っ先を向ける。
イリヤはウツドンを哀れみの目で見た後、言葉を投げかけた。
別れの言葉を。
唱えられたのは、ベルフラウの護衛獣であるオニビの技名。
勿論、ベルフラウが火焔撃を使えるというわけではない。
いつも間近で見てきたオニビの技を、『火』の力を借りて再現しただけ。
本来の火焔撃と比べると形も小さく、威力も低い炎の陣。
言うなれば『見様見真似火焔撃』といったところだ。
それでも、ウツドンのはっぱカッターを蹴散らすには十分だった。
燃え盛る炎が葉刃を屠り、黒い粉へと変えてゆく。
ベルフラウの炎はウツドンの傍にまで迫り、熱気に焙られた植物ポケモンが身体を捩る。
『くさ』は『ほのお』に弱い。炎は、ウツドンの動きを確実に奪っていった。
目に見えて動きが鈍くなったウツドンに、イリヤがS2Uの切っ先を向ける。
イリヤはウツドンを哀れみの目で見た後、言葉を投げかけた。
別れの言葉を。
「ばいばい。あなたも主人に恵まれなかったわね」
『Blaze Cannon』
『Blaze Cannon』
紅色の光が弾け、焼け爛れた森に凄絶な断末魔が響き渡った。