許されざる者 ◆iCxYxhra9U
工場の外壁に背中を預け、アリサ・バニングスは草むらの蔭で膝を抱えていた。
露出の高いチャイナドレス姿のため、腕や太股に葉の先端がチクチク刺さる。
やぶ蚊がいないのが、せめてもの救いだった。そういえば、ここに来てから虫や鳥の類を一匹も見かけていない。
もしかして、参加者以外の生き物は、植物しかいないのかも知れない。
露出の高いチャイナドレス姿のため、腕や太股に葉の先端がチクチク刺さる。
やぶ蚊がいないのが、せめてもの救いだった。そういえば、ここに来てから虫や鳥の類を一匹も見かけていない。
もしかして、参加者以外の生き物は、植物しかいないのかも知れない。
逃避しがちな思考をぐるぐると弄びながら、アリサは先ほどの、親友との決別を振り返っていた。
胸に苦いものが込みあがってくる。
腹立たしく、恨めしく、堪らなくやるせなかった。
友情を拒絶されたことよりも、言い放ったばかりの自分の言葉に、彼女は深く傷付いていた。
胸に苦いものが込みあがってくる。
腹立たしく、恨めしく、堪らなくやるせなかった。
友情を拒絶されたことよりも、言い放ったばかりの自分の言葉に、彼女は深く傷付いていた。
――友達になんかならなきゃよかった!
失言じゃない。本音だったからこそ、心が痛い。
友達じゃなければ、こんなに哀しくなかった。
こんなに失望しなかった。
こんなに怒ったりしなかった。
多分、とっとと見捨ててしまえてた。
友達じゃなければ、こんなに哀しくなかった。
こんなに失望しなかった。
こんなに怒ったりしなかった。
多分、とっとと見捨ててしまえてた。
ああ、本当に友達でなきゃよかったのに。
でも、残念ながら友達だ。
絶対に離れたくない親友だ。
それがよくわかっているからこそ――アリサは傷付かずにいられない。
でも、残念ながら友達だ。
絶対に離れたくない親友だ。
それがよくわかっているからこそ――アリサは傷付かずにいられない。
思えば今までどれほど、なのはの重荷になってきたのだろう。
ずっと、互いに支えあってこれたと思っていたのに。
魔法は使えないけど、魔導師のなのはたちを日常からサポートしてきたつもりだったのに。
いつの間にか、こんなになのはを理想化して見てたなんて、バカみたい。
こんなの友達じゃない。友達って、もっと対等なもののはずだ。
ずっと、互いに支えあってこれたと思っていたのに。
魔法は使えないけど、魔導師のなのはたちを日常からサポートしてきたつもりだったのに。
いつの間にか、こんなになのはを理想化して見てたなんて、バカみたい。
こんなの友達じゃない。友達って、もっと対等なもののはずだ。
もう、なのはには頼らない。
なのはだって、自分と同じただの人間。失敗することも、間違えることもある。
魔法少女は、完璧超人じゃない。
だからもう、なのはに過度な期待は寄せない。
なのはだって、自分と同じただの人間。失敗することも、間違えることもある。
魔法少女は、完璧超人じゃない。
だからもう、なのはに過度な期待は寄せない。
今までずっと、なのはを頼りにしていた。あたしはもちろん、きっとはやても同じ。
なのはと合流できればなんとかなると思っていたのは、つまり、なのはに頼りきりだったってこと。
でも、もうなのはには頼らない。
なのはと合流できればなんとかなると思っていたのは、つまり、なのはに頼りきりだったってこと。
でも、もうなのはには頼らない。
守ってもらうんじゃなくて、あたしが守る。
戦ってもらうんじゃなくて、あたしが戦う。
戦ってもらうんじゃなくて、あたしが戦う。
だって、友達だから。
やめたくってもやめられない親友だから。
そもそもあたしたちが親友になったのは、なのはがきっかけなんだから。
絶対に、そのことを後悔させた責任取らせてやる!
やめたくってもやめられない親友だから。
そもそもあたしたちが親友になったのは、なのはがきっかけなんだから。
絶対に、そのことを後悔させた責任取らせてやる!
そこまで考えて、アリサはようやく俯いたままだった顔を上げた。
真っ赤になった目をごしごし擦り、気合一発、ぺしりと頬を叩く。
一息大きく深呼吸すると、胸の中に溜まっていた重いものが、少し薄らいだ気がした。
真っ赤になった目をごしごし擦り、気合一発、ぺしりと頬を叩く。
一息大きく深呼吸すると、胸の中に溜まっていた重いものが、少し薄らいだ気がした。
『アリサさん、これからどうするんですか』
今まで黙っていたルビーが、おずおずと声を掛ける。
コイツに気を遣われちゃおしまいね、とアリサは苦笑しながら言った。
コイツに気を遣われちゃおしまいね、とアリサは苦笑しながら言った。
「なのはを見張るわ」
『見張るって、こっそりですか?』
『見張るって、こっそりですか?』
アリサは立ち上がりながら頷いた。
「そ。なのはをこっそり見張って、これ以上誰かを殺しそうになったら邪魔をする。
もしも危なくなったら助ける。ルビー、忍者モードってある?」
『忍者? 忍者ですか……。うーん、つまり気配遮断のスキルがあって、尾行が得意ならいいんですね?』
「うん、そんな感じの」
もしも危なくなったら助ける。ルビー、忍者モードってある?」
『忍者? 忍者ですか……。うーん、つまり気配遮断のスキルがあって、尾行が得意ならいいんですね?』
「うん、そんな感じの」
了解です~と言いながら、ルビーは多元転身のシークエンスを起動する。
七色の光に包まれて現れたのは、いつもの和風メイドのコスチュームだった。
七色の光に包まれて現れたのは、いつもの和風メイドのコスチュームだった。
「? なんでまた割烹着なのよ」
『それはもう、ご主人に気付かれないように日常生活を余すところなく観察するのもメイドの趣……仕事ですから』
「やなメイドね、それ……」
『でも能力は折り紙付きですよ~。凄腕の暗殺者にだって気付かれたりしません』
「いや、そんなメイド絶対いないから」
『それはもう、ご主人に気付かれないように日常生活を余すところなく観察するのもメイドの趣……仕事ですから』
「やなメイドね、それ……」
『でも能力は折り紙付きですよ~。凄腕の暗殺者にだって気付かれたりしません』
「いや、そんなメイド絶対いないから」
だいたい、自宅にメイドのいる立場としては、年がら年中見張られてるなんて堪らない。
まさか、すずかのところのノエルやファリンはそんなことしてないだろう、と思う。
……思う。思いたい。
まさかウチの鮫島も? とか考えると、ひたすら気が重くなる。
というか、具体的に瞼が重くなってきていた。
まさか、すずかのところのノエルやファリンはそんなことしてないだろう、と思う。
……思う。思いたい。
まさかウチの鮫島も? とか考えると、ひたすら気が重くなる。
というか、具体的に瞼が重くなってきていた。
「あと、かなり眠くなってきたんだけど、コレ、なんとかなんない?」
『ああ、ハードな一日でしたから無理もないですね~。もう夜も遅いですし。
材料さえあればなんとかなりますよ。コカの木かマリファナを探してみましょうか』
「いや、あんたの暴言にはそろそろ慣れてきたけどね? それって麻薬の原料じゃなかった?」
『目が覚める薬というと、つまり覚醒剤ですからね。薬剤師モードになれば作れますよ』
「いや、それなんか違う。てか、なんで作れんのよ。全国の薬剤師さんが怒るわよ?
普通にカフェインとかいう発想は出てこないわけ?」
『だって、それじゃ面白くないじゃないですか』
「面白けりゃいいってもんでもないわよ」
『ああ、ハードな一日でしたから無理もないですね~。もう夜も遅いですし。
材料さえあればなんとかなりますよ。コカの木かマリファナを探してみましょうか』
「いや、あんたの暴言にはそろそろ慣れてきたけどね? それって麻薬の原料じゃなかった?」
『目が覚める薬というと、つまり覚醒剤ですからね。薬剤師モードになれば作れますよ』
「いや、それなんか違う。てか、なんで作れんのよ。全国の薬剤師さんが怒るわよ?
普通にカフェインとかいう発想は出てこないわけ?」
『だって、それじゃ面白くないじゃないですか』
「面白けりゃいいってもんでもないわよ」
軽口を叩き合いながら気合を入れ直したその時、割烹着メイドの保有スキル『聞き耳:A+』が、
目の前の森の奥から急速に近付いてくる木の葉のざわめきを捉えた。
アリサは一瞬で、警戒態勢に切り替える。
目の前の森の奥から急速に近付いてくる木の葉のざわめきを捉えた。
アリサは一瞬で、警戒態勢に切り替える。
「誰か……来る!」
※ ※ ※ ※ ※
背中で目覚めた少女との対話は、平行線を辿っていた。
自分に非はない、とパタリロは思う。
なにせ、彼女の言うことときたら、「おろせ」「うるさい」「いいからおろせ」「黙れ」「殺すぞ」ばっかりなのだ。
会話が成立するはずもない。
自分に非はない、とパタリロは思う。
なにせ、彼女の言うことときたら、「おろせ」「うるさい」「いいからおろせ」「黙れ」「殺すぞ」ばっかりなのだ。
会話が成立するはずもない。
仕方なく、ある意味予定通り、騒ぐ少女を背負ったまま適当に宥めつつ、一路工場を目指すことにした。
どうやら少女は最近流行りのツンデレらしい。なだめるには少々手間がかかりそうだ。
なに、どうということはない。いつものように自分のペースに巻き込んでしまえばいい。
仮にも命の恩人である自分に、それほど酷い噛みつき方はしないだろう。
ただそのためには、こんな座る場所もない藪の中ではなく、落ち着いた場所が必要だ。
どうやら少女は最近流行りのツンデレらしい。なだめるには少々手間がかかりそうだ。
なに、どうということはない。いつものように自分のペースに巻き込んでしまえばいい。
仮にも命の恩人である自分に、それほど酷い噛みつき方はしないだろう。
ただそのためには、こんな座る場所もない藪の中ではなく、落ち着いた場所が必要だ。
木々を掻き分け、時には枝を体当たりで圧し折り、花も嵐も乗り越えて、パタリロは森を突き進む。
ぺちぺちと顔に当たる枝や葉っぱがうざったいが、話し相手が出来たので、多少は気が紛れていた。
ぺちぺちと顔に当たる枝や葉っぱがうざったいが、話し相手が出来たので、多少は気が紛れていた。
「おろせ」
「せ、せ……セイヨウアジサイ」
「いいからおろせ」
「せ、せ……セイタカアワダチ草」
「うるさい! いい加減、本気で殺すぞ!」
「ぞ、ぞ……ゾーリンゲン。しまった、負けた!」
「黙れ! 誰がしりとりをしろと言った!」
「せ、せ……セイヨウアジサイ」
「いいからおろせ」
「せ、せ……セイタカアワダチ草」
「うるさい! いい加減、本気で殺すぞ!」
「ぞ、ぞ……ゾーリンゲン。しまった、負けた!」
「黙れ! 誰がしりとりをしろと言った!」
人をおちょくることにかけては時と場所を選ばないパタリロ。
常に自分のペースで物事が進まないと気がすまないエヴァ。
常に自分のペースで物事が進まないと気がすまないエヴァ。
二人の相性は、どうやら最悪なようだった。
※ ※ ※ ※ ※
「もしかして、工場に向かってるのかな」
「わかんないけど、とにかく追いかけるんだよ」
「わかんないけど、とにかく追いかけるんだよ」
リンクとインデックスは、気付かれないように、エヴァを背負う少年の後を静かに追っていた。
接触して具体的にどうしよう、という考えは、二人にはまだない。
正直、どうすればいいのかわからない。
リンクも、インデックスも、さんざんエヴァに脅された経験があるため、安易に声を掛けられない。
しかもエヴァを背負っているのは、殺し合いに乗った宣言をした、あの最大警戒対象の少年である。
あれだけ特徴的な外見を、見間違えるはずもない。
ほぼ、敵対確定。
普通なら、さっさと逃走するのが正解だろう。
接触して具体的にどうしよう、という考えは、二人にはまだない。
正直、どうすればいいのかわからない。
リンクも、インデックスも、さんざんエヴァに脅された経験があるため、安易に声を掛けられない。
しかもエヴァを背負っているのは、殺し合いに乗った宣言をした、あの最大警戒対象の少年である。
あれだけ特徴的な外見を、見間違えるはずもない。
ほぼ、敵対確定。
普通なら、さっさと逃走するのが正解だろう。
しかし、このまま立ち去ろうという考えも、二人にはなかった。
見過ごせない。
エヴァが敵なのか仲間なのか、それすら定かではなかったが、二人の意見は一致していた。
もともと、工場にいるであろうヴィータの説得が目的だったのだ。
仲間だった者を見捨てる選択なんて、はじめから持ち合わせていない。
味方なら助け、敵対するなら説得する。そのつもりだった。
見過ごせない。
エヴァが敵なのか仲間なのか、それすら定かではなかったが、二人の意見は一致していた。
もともと、工場にいるであろうヴィータの説得が目的だったのだ。
仲間だった者を見捨てる選択なんて、はじめから持ち合わせていない。
味方なら助け、敵対するなら説得する。そのつもりだった。
見たところ、エヴァと少年はなにやら言葉を交わしているようだ。
遠目なのでよくわからないが、少なくとも和やかには見えない。
かといって、致命的に険悪な雰囲気でもない。
どうにも判断に困る状況だ。
遠目なのでよくわからないが、少なくとも和やかには見えない。
かといって、致命的に険悪な雰囲気でもない。
どうにも判断に困る状況だ。
道なき道を突っ切っているため、容易に追いつけないが、見失う心配もない。
なぎ倒された枝や踏まれた草木を辿っていけばいいのだから。
リンクが先頭となって、コキリの剣で邪魔な枝葉を切り払い、インデックスがその後に続く。
しかし、踏み締められてはいても、尖った枝や落ち葉で隠された地面は歩きにくい。
特に、ただでさえ怪我がある上に裸足のインデックスは辛そうだった。
月影を頼りにリンクの足跡の上や柔らかそうな場所を選んで歩いているが、少し足から血が滲んでいる。
なぎ倒された枝や踏まれた草木を辿っていけばいいのだから。
リンクが先頭となって、コキリの剣で邪魔な枝葉を切り払い、インデックスがその後に続く。
しかし、踏み締められてはいても、尖った枝や落ち葉で隠された地面は歩きにくい。
特に、ただでさえ怪我がある上に裸足のインデックスは辛そうだった。
月影を頼りにリンクの足跡の上や柔らかそうな場所を選んで歩いているが、少し足から血が滲んでいる。
「インデックス、おんぶする?」
「ううん、だいじょうぶ」
「ううん、だいじょうぶ」
何度もそう訊ねるリンクだったが、インデックスの答えはいつも同じだ。
遠慮してるのかな、と思うリンクだったが、あまり強くは言えない。
インデックスの格好がアレだからだ。
あまり意識しすぎるのもなんだが、それが理由で遠慮されてるかもと思ったら、やはり意識してしまう。
確かにちょっと、密着しすぎるのは恥ずかしいかも知れない。
遠慮してるのかな、と思うリンクだったが、あまり強くは言えない。
インデックスの格好がアレだからだ。
あまり意識しすぎるのもなんだが、それが理由で遠慮されてるかもと思ったら、やはり意識してしまう。
確かにちょっと、密着しすぎるのは恥ずかしいかも知れない。
そんな考えを振り払いながら進むと、樹々の隙間から、正面に工場の威容が見えた。
遠く、エヴァたちがその中に駆け込んでいく姿が見える。二人はもう森を抜けてしまっていたらしい。
遠く、エヴァたちがその中に駆け込んでいく姿が見える。二人はもう森を抜けてしまっていたらしい。
「インデックス、やっぱり工場だ。もう少しだから頑張って」
「うん、平気なんだよ」
「うん、平気なんだよ」
どう見ても平気には見えないが、リンクは黙って頷く。
言い出したらきかないインデックスの頑固さは、すでによくわかっていた。
言い出したらきかないインデックスの頑固さは、すでによくわかっていた。
※ ※ ※ ※ ※
アリサから見て右、背中を壁に寄せて首をいっぱいに曲げた視界の端を、丸々とした影が過ぎる。
彼女が隠れているのは、工場の東側の壁の陰。
森から飛び出してきた人影は、そのまま真っ直ぐ工場入り口を目指していた。
彼女が隠れているのは、工場の東側の壁の陰。
森から飛び出してきた人影は、そのまま真っ直ぐ工場入り口を目指していた。
アリサの顔に緊張が走る。見覚えのある少年だ。
一番初めに、ジェダに人殺しの見返りを要求したヤツ。
要望が聞き入れられ、嬉々として殺し合いに乗ったヤツに間違いない。
一番初めに、ジェダに人殺しの見返りを要求したヤツ。
要望が聞き入れられ、嬉々として殺し合いに乗ったヤツに間違いない。
その背中には、小柄な少女が背負われている。
言い争いをしているようだ。背中からおろせと少女が叫び、丸い少年はその要求をのらりくらりと躱している。
一瞬、さっき出会った金髪の少女かと思ったが、どうやら別人のようだ。
背丈も服も、雰囲気もまるで違う。
言い争いをしているようだ。背中からおろせと少女が叫び、丸い少年はその要求をのらりくらりと躱している。
一瞬、さっき出会った金髪の少女かと思ったが、どうやら別人のようだ。
背丈も服も、雰囲気もまるで違う。
あの時の金髪の少女は無表情で、無機質な人形みたいだった。
ついついアリサは回想し、ムカムカとした感情を覚える。
ついついアリサは回想し、ムカムカとした感情を覚える。
そういえばあいつ、ずいぶんと偉そうな口利いてくれたわよね。
きっと後悔する――とかなんとか。ええ、後悔しましたとも。
そして、後悔したことを後悔したわ。ほっときなさい。
あたしだって人間ですから。間違えることだってあるんだから。
きっと後悔する――とかなんとか。ええ、後悔しましたとも。
そして、後悔したことを後悔したわ。ほっときなさい。
あたしだって人間ですから。間違えることだってあるんだから。
とか余計なことを思っているうちに、二人はアリサのすぐ近くを通り過ぎ、工場の中へ入っていく。
いけない、と後を追うために一歩を踏み出しかけて、アリサは更なる葉擦れの音を聞いた。
いけない、と後を追うために一歩を踏み出しかけて、アリサは更なる葉擦れの音を聞いた。
まだ、誰か来る。
アリサは固まった。どうしよう。
ここから工場の入り口までは、身を隠す物がなにもない。
このまま二人を追えば、さすがに後から来た誰かに見つかる可能性が高い。
かといって、後から来る誰かをこのままやり過ごせば、あの二人を見失ってしまうかも知れない。
アリサは固まった。どうしよう。
ここから工場の入り口までは、身を隠す物がなにもない。
このまま二人を追えば、さすがに後から来た誰かに見つかる可能性が高い。
かといって、後から来る誰かをこのままやり過ごせば、あの二人を見失ってしまうかも知れない。
なのははあの二人を殺すだろうか。
後ろから来る誰かは、殺し合いに乗っているのだろうか。
前者の可能性は極めて高く、後者はすべてが未知数だ。
こうして迷っている間にも、足音はどんどん近付いてくる。
後ろから来る誰かは、殺し合いに乗っているのだろうか。
前者の可能性は極めて高く、後者はすべてが未知数だ。
こうして迷っている間にも、足音はどんどん近付いてくる。
考えるよりも、まず行動だ。とにかく優先すべきは、なのはのこと。
そう思い、ええいままよとばかりにアリサは暗がりから飛び出した。
それはちょうど、緑色の少年が繁みから顔を出したのと同時だった。
そう思い、ええいままよとばかりにアリサは暗がりから飛び出した。
それはちょうど、緑色の少年が繁みから顔を出したのと同時だった。
※ ※ ※ ※ ※
ホールか、それとも倉庫として使われていたのか。
それなりの広さの閑散とした部屋にエヴァをおろし、パタリロはやっと耳元で繰り返された呪詛から解放された。
もっとも、自分で背負ったものなので、誰にも文句は言えないのだが。
エヴァはといえば、先ほどまでとは打って変わって黙り込み、腕を挙げたり肩を反らしたりしている。
各部位の、怪我の具合を確かめているらしい。
それなりの広さの閑散とした部屋にエヴァをおろし、パタリロはやっと耳元で繰り返された呪詛から解放された。
もっとも、自分で背負ったものなので、誰にも文句は言えないのだが。
エヴァはといえば、先ほどまでとは打って変わって黙り込み、腕を挙げたり肩を反らしたりしている。
各部位の、怪我の具合を確かめているらしい。
やがて満足したのか、ようやく視線をこちらに向けて、彼女は凄惨な笑みを浮かべた。
「さて……。よくも私をさんざん辱めてくれたな」
「なんでそーなる。危ないところを助けてやったんだぞ、少しは感謝の意を表せ」
「なんでそーなる。危ないところを助けてやったんだぞ、少しは感謝の意を表せ」
憤懣やるかたなく肩をすくめるパタリロに、エヴァは白い視線を送る。
「貴様が勝手にやったことだろう、知ったことか」
なんだかすごく偉そうなヤツだ、とパタリロは思った。
ようし、ならばそのプライドを刺激してやろう。パタリロはふんぞり返りながら言い放つ。
ようし、ならばそのプライドを刺激してやろう。パタリロはふんぞり返りながら言い放つ。
「それでも命の恩人には違いないだろう。それともお前は、鶴や亀以下の恩知らずなのか?
最近は猫やペットボトルすら恩返しをする時代だというのに、それ以下とは情けない奴だ。
わかったら、とっととなにか寄越せ」
最近は猫やペットボトルすら恩返しをする時代だというのに、それ以下とは情けない奴だ。
わかったら、とっととなにか寄越せ」
その言葉にエヴァは思案する素振りを見せ、やがて冷笑と共に感謝の意を示した。
「なるほど、そこまで言われては仕方ない。ならば、血を貰おうか」
「なんだ、それくらいなら御安い御用だ……。
っておい、逆だ! なんでぼくが提供する側にならにゃならんのだ!
しかも血が欲しいだなんて、お前は吸血鬼かっ!」
「なんだ、それくらいなら御安い御用だ……。
っておい、逆だ! なんでぼくが提供する側にならにゃならんのだ!
しかも血が欲しいだなんて、お前は吸血鬼かっ!」
示してなかった。
エヴァは無造作に歩を進めると、殺気もなにもなく、何気ない素振りでパタリロの肩に手を置く。
エヴァは無造作に歩を進めると、殺気もなにもなく、何気ない素振りでパタリロの肩に手を置く。
「吸血鬼だが、なにか問題でも?
私に血と魔力の素を捧げる栄誉をくれてやろうというんだ、ありがたく思え」
私に血と魔力の素を捧げる栄誉をくれてやろうというんだ、ありがたく思え」
がっしりと万力のような力で肩を掴まれていることに気付き、パタリロの顔が引き攣った。
「それに先ほど、私のことを、重いとかなんとか言ったな」
「いつから起きてたんだ!」
「いつから起きてたんだ!」
こりゃいかん、とパタリロは焦る。
完全に向こうのペースだ。
完全に向こうのペースだ。
「心配するな。同じ失敗を繰り返すようなヘマはしない。
それに、貴様なら、万一のことがあったとしても、良心を痛めずにすみそうだ」
「万が一ってなんだ!
というか、ぼくとしたことが、さっきからツッコミばっかりじゃないかっ!
納得いかんぞ、原作者を出せっ!」
「心配せんでも、貴様のようなへちゃむくれを同族に迎える趣味はない。
血を吸わせてもらうだけだ。安心しろ」
「これっぽっちも安心できるかっ! はーなーせー !!」
それに、貴様なら、万一のことがあったとしても、良心を痛めずにすみそうだ」
「万が一ってなんだ!
というか、ぼくとしたことが、さっきからツッコミばっかりじゃないかっ!
納得いかんぞ、原作者を出せっ!」
「心配せんでも、貴様のようなへちゃむくれを同族に迎える趣味はない。
血を吸わせてもらうだけだ。安心しろ」
「これっぽっちも安心できるかっ! はーなーせー !!」
暴れるが、すでに拘束されているせいか、力が出ない。
瞬く間に床に押さえ付けられ、圧し掛かられてしまった。
瞬く間に床に押さえ付けられ、圧し掛かられてしまった。
「これはまさか、日本に伝わる武道バリツ !?
な、なにをする! いくらぼくが美少年だからって、いやんっ!」
「ただの合気術だ。変な声を出すな気持ち悪い」
「こんなムードもなにもないところで強引な……って本気で首を絞めるな!
引っ掻くな! あ痛たたたたた、せ、せめてシャワーを浴びてから……アッ――――!」
な、なにをする! いくらぼくが美少年だからって、いやんっ!」
「ただの合気術だ。変な声を出すな気持ち悪い」
「こんなムードもなにもないところで強引な……って本気で首を絞めるな!
引っ掻くな! あ痛たたたたた、せ、せめてシャワーを浴びてから……アッ――――!」
※ ※ ※ ※ ※
反響する甲高い悲鳴に、なのはは足を止める。
ここは、工場の北側の廊下。なのはは荷物をまとめ、工場を立ち去ろうとしていた。
アリサに気付かれないように姿を消すために、彼女の出て行った方向とは逆の出口を探していたのだ。
ここは、工場の北側の廊下。なのはは荷物をまとめ、工場を立ち去ろうとしていた。
アリサに気付かれないように姿を消すために、彼女の出て行った方向とは逆の出口を探していたのだ。
耳鳴りと頭痛はいつの間にか治まっていたが、アリサに殴られた頬と胸がやけに痛い。
でも、心はもう痛まなかった。
当然だよね、となのはは思う。
でも、心はもう痛まなかった。
当然だよね、となのはは思う。
そんなもの、もう錆び付いて壊れちゃった。
この身体の痛みだって、本当は感じる資格なんてない。
私はなにも感じない、ただの殺人機械。
冷酷に冷徹に、ただ目的のために、淡々と人を殺す道具。
この身体の痛みだって、本当は感じる資格なんてない。
私はなにも感じない、ただの殺人機械。
冷酷に冷徹に、ただ目的のために、淡々と人を殺す道具。
悲鳴を聞いたのは、そんな自己暗示に意識を侵食させていた折だった。
どうやらここは、静かに休めるような所ではなかったらしい。
睡眠はそれなりに取れたけど、白レンに始まって“ひめ”にアリサと、ひっきりなしに来客が絶えない。
さすがに心身の限界が近かった。豊富な実戦経験の賜物か、危険な状態だと自分でもわかる。
どんなに自己暗示で心を騙しても、いずれ限界が来るのは明白だ。
今はなるべく人を避け、じっと休んで少しでも体調を整えるのが正しい選択だろう。
睡眠はそれなりに取れたけど、白レンに始まって“ひめ”にアリサと、ひっきりなしに来客が絶えない。
さすがに心身の限界が近かった。豊富な実戦経験の賜物か、危険な状態だと自分でもわかる。
どんなに自己暗示で心を騙しても、いずれ限界が来るのは明白だ。
今はなるべく人を避け、じっと休んで少しでも体調を整えるのが正しい選択だろう。
だが、それが悲鳴とあれば、無視するわけにはいかない。
立ち去ったはずの“ひめ”が誰かを襲っているのか、あるいは別の誰かか。
もしかして、アリサの悲鳴だったのかも知れない。
立ち去ったはずの“ひめ”が誰かを襲っているのか、あるいは別の誰かか。
もしかして、アリサの悲鳴だったのかも知れない。
ともかく、危機にさらされている人がいるのなら、それは誰かに襲われている可能性が高い。
ならば、行かなくては。殺し合いに乗っている人は、この手で殺さなくては。
それが、なのはが自らに課した使命なのだから。
ならば、行かなくては。殺し合いに乗っている人は、この手で殺さなくては。
それが、なのはが自らに課した使命なのだから。
悲鳴は遠かったが、だいたいの方向はわかる。少なくともこの工場の中なのは間違いない。
なのはは痛む身体に鞭打って、廊下を南に向かって駆けだした。
なのはは痛む身体に鞭打って、廊下を南に向かって駆けだした。
※ ※ ※ ※ ※
一方その頃。
工場入り口付近では、
工場入り口付近では、
「ありさ? ありさなの !? 捜してたんだよ!
シャナとふたばから、よろしくって頼まれてたんだよ!」
「ちょっと待って、シャナとフタバって誰よ。あたし、知らないんだけど。
てかあんた、それ服? 服なの?」
「シャナとふたばは、なのはから頼まれてたんだよ!」
「なのはから !? それ、いつの話?」
シャナとふたばから、よろしくって頼まれてたんだよ!」
「ちょっと待って、シャナとフタバって誰よ。あたし、知らないんだけど。
てかあんた、それ服? 服なの?」
「シャナとふたばは、なのはから頼まれてたんだよ!」
「なのはから !? それ、いつの話?」
予期せぬ出逢いによる混乱の嵐が巻き起こっていた。
敵ではないとわかった以上、本当ならすぐにでもなのはの元へ駆けつけたいアリサだったが、
インデックスの怪我を見た途端に腹をくくった。
なのはのことは心配だが、それはそれとして、目の前の怪我人を放っておけるほど薄情ではない。
なにしろ、応急処置すらされていないのだ。足の擦り傷はともかく、背中のそれはかなり酷い。
インデックスの怪我を見た途端に腹をくくった。
なのはのことは心配だが、それはそれとして、目の前の怪我人を放っておけるほど薄情ではない。
なにしろ、応急処置すらされていないのだ。足の擦り傷はともかく、背中のそれはかなり酷い。
ゆっくりと情報交換したいのも確かだが、アリサはひとまずインデックスの治療に専念することにした。
話はその合間に交わせばいい。大まかな状況確認だけなら、それで充分だ。
話はその合間に交わせばいい。大まかな状況確認だけなら、それで充分だ。
「ルビー、ナースモードお願い」
『了解で~す』
『了解で~す』
七色の光に包まれて、アリサの衣装がナース服に変わる。
インデックスとリンクは目をまん丸にして、その様子を凝視していた。
気恥ずかしさを覚えつつ、装備を探ろうとして、アリサはランドセル自体持っていないことに気付く。
インデックスとリンクは目をまん丸にして、その様子を凝視していた。
気恥ずかしさを覚えつつ、装備を探ろうとして、アリサはランドセル自体持っていないことに気付く。
「あ……。そうか、救急箱は荷物ごとヴィータのところでなくしちゃったんだ……」
「ヴィータ !? ヴィータを知ってるの?
捜してるんだよ、説得して殺し合いをやめさせないと! ここにいるんだね !?」
「ちょ、待って、ここにはいない! 暴れないで!」
「ヴィータ !? ヴィータを知ってるの?
捜してるんだよ、説得して殺し合いをやめさせないと! ここにいるんだね !?」
「ちょ、待って、ここにはいない! 暴れないで!」
興奮気味のインデックスを宥めながら、アリサは思案する。
とにかく必要なのは包帯の類。それと……服だ。
アリサはぎろりとリンクを睨む。
とにかく必要なのは包帯の類。それと……服だ。
アリサはぎろりとリンクを睨む。
「リンクっていったわね。二人とも、救急道具はもってないわけ?」
「う、うん。残念だけど」
「なら仕方ないわね。脱いで」
「う、うん。残念だけど」
「なら仕方ないわね。脱いで」
いっ !? とリンクは驚愕するが、アリサはまなじりを吊り上げて言い放った。
「女の子が裸同然なのに、男のあんたが服着てるってどういうことよ!
いいからさっさと脱ぐ! 早く!」
いいからさっさと脱ぐ! 早く!」
剣幕に追われるように、リンクは後ろを向いてベルトをはずし始める。
一方、インデックスはといえば、
一方、インデックスはといえば、
「すごいよこの杖! アラストールみたいにしゃべるんだよ!
これもカナミンの虹色の杖みたいに、蓮の杖の再現なのかな?」
『あはは、なんだかわかりませんけど違いますよ~』
これもカナミンの虹色の杖みたいに、蓮の杖の再現なのかな?」
『あはは、なんだかわかりませんけど違いますよ~』
カレイドステッキを相手に大はしゃぎしていた。
見た目は自分よりも年上っぽいのだが、こんな様子を見ていると、どうしても子供扱いしてしまう。
見た目は自分よりも年上っぽいのだが、こんな様子を見ていると、どうしても子供扱いしてしまう。
「ちょっと背中向けて、インデックス。まず水で洗うから」
そう言いながら、リンクの荷物から飲料水を取り出す。
インデックスは素直に指示に従ってくれた。キャップをはずし、少し迷った後、そのまま背中に水を垂らす。
なるべく痛みを与えないように、慎重に手で傷を洗う。タオルもガーゼもないので、仕方なく手洗いだ。
リンクのランドセルから出てきた熊のぬいぐるみを使うことも考えたが、衛生面が気になったのでやめにした。
脱衣中のリンクが見えない位置で手当てをしながら、アリサは思案を続ける。
インデックスは素直に指示に従ってくれた。キャップをはずし、少し迷った後、そのまま背中に水を垂らす。
なるべく痛みを与えないように、慎重に手で傷を洗う。タオルもガーゼもないので、仕方なく手洗いだ。
リンクのランドセルから出てきた熊のぬいぐるみを使うことも考えたが、衛生面が気になったのでやめにした。
脱衣中のリンクが見えない位置で手当てをしながら、アリサは思案を続ける。
リンクの服をインデックスに着せて、布の一部を贄殿遮那で割いて即席の包帯を作ろう。
裾の長さがちょっと不安だけど、少なくとも今よりはマシなはず。
あんまり時間を取るわけにもいかないから、手早くやらなきゃ。
裾の長さがちょっと不安だけど、少なくとも今よりはマシなはず。
あんまり時間を取るわけにもいかないから、手早くやらなきゃ。
「ぬ、脱いだよ」
なぜか心細そうなリンクの声に、アリサは振り返る。
そこには、すっぽんぽんのリンクがいた。
そこには、すっぽんぽんのリンクがいた。
「ぎゃ―― !! ななな、なんで全部脱いでんのよ、上だけでいいの!」
「上だけって、上も下もないよ」
「上だけって、上も下もないよ」
差し出された緑の服は、確かに一枚の布でできていた。
くらりとよろめきつつ、アリサはリンクに服を返す。
くらりとよろめきつつ、アリサはリンクに服を返す。
「……ごめん、悪かったわ。着ていいから。上下一体だったのね……。
しかもパンツも穿いてないなんて、これだからファンタジーの世界は……!」
しかもパンツも穿いてないなんて、これだからファンタジーの世界は……!」
見ちゃった。もう、ばっちり見ちゃったわよ。
両手で顔を覆いつつ、指の隙間から、いそいそと服を着直すリンクを確認する。
ってか、少しは隠しなさいよね!
でも、初めて見たけど、男の子ってああなってたんだ……。
両手で顔を覆いつつ、指の隙間から、いそいそと服を着直すリンクを確認する。
ってか、少しは隠しなさいよね!
でも、初めて見たけど、男の子ってああなってたんだ……。
「ありさ、耳が真っ赤だよ」
『アリサさんは今、ほんのちょっぴり大人の階段を昇ったんですよ』
「黙れルビー」
『アリサさんは今、ほんのちょっぴり大人の階段を昇ったんですよ』
「黙れルビー」
慌てて体ごと目を逸らし、脳裏から衝撃の映像を締め出す。
ああもう、こんなことしてる場合じゃないってのに。
とにかく服と包帯だ。リンクが駄目なら、あとは自分でなんとかするしかない。
ああもう、こんなことしてる場合じゃないってのに。
とにかく服と包帯だ。リンクが駄目なら、あとは自分でなんとかするしかない。
「ルビー、あんたの力でこの子に服を着せれる?」
『残念ながら、私が服を着せ替えて遊べるのは、契約したアリサさんだけですよ』
『残念ながら、私が服を着せ替えて遊べるのは、契約したアリサさんだけですよ』
予想通りの答えだった。遊べる、という辺りがちょっと引っかかったけど。
「なら、この子と契約したらできるってこと?」
『複数人との同時契約は無理みたいですね~。
それに、一度契約したら死ぬまで解除できないのが私のセールスポイントですから』
『複数人との同時契約は無理みたいですね~。
それに、一度契約したら死ぬまで解除できないのが私のセールスポイントですから』
なんだか聞き捨てならないことをさらっと言われた気がするけど、これもまあ、予想通り。
なら、手は一つしかない。
なら、手は一つしかない。
気配がして振り返ると、着替え終わったリンクが消沈した様子で立っていた。
恨めしそうな拗ねた目で、アリサを見つめている。
恨めしそうな拗ねた目で、アリサを見つめている。
「ひどいよ……」
「ほ、ホントに悪かったってば」
「ほ、ホントに悪かったってば」
もう一度謝って、再び顔が赤くなるのを抑えながら、アリサはルビーに指示をした。
「ルビー、一旦変身を解除して」
『え? 何故ですか?』
「あたしだって元々服着てたでしょ。変身を解除したら元の制服姿に戻るから、
それをこの子に着せる。あたしの服はあんたが出す。わかった?」
『ああ、なるほど、アリサさん頭いいですね~』
『え? 何故ですか?』
「あたしだって元々服着てたでしょ。変身を解除したら元の制服姿に戻るから、
それをこの子に着せる。あたしの服はあんたが出す。わかった?」
『ああ、なるほど、アリサさん頭いいですね~』
みたび七色の光が満ちて、アリサは久し振りに、聖祥小学校の制服姿に戻る。
これを着ていた平穏だった日々を思い出して、アリサは少し胸を痛くした。
ずいぶん遠くに来てしまった気がする。
でも、絶対に帰る。もう一度、あの日常に。
これを着ていた平穏だった日々を思い出して、アリサは少し胸を痛くした。
ずいぶん遠くに来てしまった気がする。
でも、絶対に帰る。もう一度、あの日常に。
望郷の念に駆られていたのも僅かのこと。
アリサは胸のリボンを解きながら、リンクに叫んだ。
アリサは胸のリボンを解きながら、リンクに叫んだ。
「脱ぐからリンクはあっち向いて!」
※ ※ ※ ※ ※
口元を拭い、全身に染み渡る魔力を意識する。
吸血により、魔力は九割方回復した。
全身を打った痛みも、もうない。
だが、そんなことも霞むほどの衝撃をエヴァは受けていた。
吸血により、魔力は九割方回復した。
全身を打った痛みも、もうない。
だが、そんなことも霞むほどの衝撃をエヴァは受けていた。
「……貴様、何者だ?」
美味かったのだ。
つぶれた肉まんのような造作に反し、彼の血は驚くばかりに美味かった。
濃厚な味わいというか、熟成したワインのような深みというか、もうなんだか人間離れした美味さだった。
魔力濃度はともかく、ネギの血よりも美味かったかも知れない。
いや、悔しいが認めよう。美味かった。
それこそ、この世のものとは思えないほどに。
つぶれた肉まんのような造作に反し、彼の血は驚くばかりに美味かった。
濃厚な味わいというか、熟成したワインのような深みというか、もうなんだか人間離れした美味さだった。
魔力濃度はともかく、ネギの血よりも美味かったかも知れない。
いや、悔しいが認めよう。美味かった。
それこそ、この世のものとは思えないほどに。
「あと、なんでそんなに元気なんだ?
死ぬほどではないが、死にそうになるくらいは吸ったつもりだが……」
「ふふん、ジェダに制限されてるとはいえ、ぼくの生命力をなめるな。
たとえ10リットル抜かれたって平気だ」
死ぬほどではないが、死にそうになるくらいは吸ったつもりだが……」
「ふふん、ジェダに制限されてるとはいえ、ぼくの生命力をなめるな。
たとえ10リットル抜かれたって平気だ」
そう言って意味もなく踊り狂うパタリロの様子に、エヴァは合点がいったように膝を叩いた。
「そうか、貴様は魔族だな」
「違わいっ!」
「違わいっ!」
あまり説得力のない否定の言葉を右の耳から左の耳へとスルーし、エヴァはしばし考える。
エヴァの直感に、閃くものがあった。
エヴァの直感に、閃くものがあった。
甘露の如き美味なる血。
吸っても吸っても尽きない生命力。
あまりにも、吸血鬼にとって都合良すぎる存在だ。
ジェダが参加者をどんな基準で集めたのかは知らないが、もし、すべてに意味があると仮定したら……。
気付くか気付かないか、巡り会うか会わないかは運任せだし、ジェダの意図は正確にはわからないが、
吸血鬼が潤沢な魔力を効率よく得るための手段を、こっそり潜ませていた可能性は大いにある。
吸っても吸っても尽きない生命力。
あまりにも、吸血鬼にとって都合良すぎる存在だ。
ジェダが参加者をどんな基準で集めたのかは知らないが、もし、すべてに意味があると仮定したら……。
気付くか気付かないか、巡り会うか会わないかは運任せだし、ジェダの意図は正確にはわからないが、
吸血鬼が潤沢な魔力を効率よく得るための手段を、こっそり潜ませていた可能性は大いにある。
「仮にそうだとして、ジェダの思惑に乗るのも癪だが……それも一興か。いいだろう」
「なにがだ」
「貴様を非常食に採用する」
「コラ待てい!」
「なにがだ」
「貴様を非常食に採用する」
「コラ待てい!」
奇妙なヨガのポーズ(?)を取りながら、パタリロが渾身のツッコミを入れた。
「待たん。貴様はこれから先、私に血を提供し続けろ。
回復力も高そうだし、何度吸っても減らんだろう。好都合だ」
「ええい、可愛らしい女の子かと思ったらとんでもない、バンコラン以上に横暴なヤツめ!
さっきはノリで付き合ってやったが、さすがにもう付き合いきれんわ!」
回復力も高そうだし、何度吸っても減らんだろう。好都合だ」
「ええい、可愛らしい女の子かと思ったらとんでもない、バンコラン以上に横暴なヤツめ!
さっきはノリで付き合ってやったが、さすがにもう付き合いきれんわ!」
パタリロの短い足が無数に増え、カサカサと音を立てて部屋の入り口を目指して突進する。
「ちっ、やはり魔族だったか!」
ただのゴキブリ走法だが、人間離れしていることに違いはない。
速さを優先し、エヴァは魔法の射手を11矢、無詠唱で放った。
が、ゴキブリ並みの強靭さとネコ並みの俊敏さを併せ持つパタリロは、縦横無尽に部屋中を駆け、それらを悉く躱す。
速さを優先し、エヴァは魔法の射手を11矢、無詠唱で放った。
が、ゴキブリ並みの強靭さとネコ並みの俊敏さを併せ持つパタリロは、縦横無尽に部屋中を駆け、それらを悉く躱す。
「わははは、どーだ、捕まえられるものなら捕まえてみろ!」
「瞬動――いや、分身……でもないな、妙な動きを!」
「瞬動――いや、分身……でもないな、妙な動きを!」
舌打ちしつつ、エヴァは部屋の入り口を背中にして逃走を阻む。
なるべく無傷で無力化したいところだが、かといってこれから先、いちいち連れ歩くのも面倒だ。
支給品ではないので、ランドセルの中に入れるのも無理だろう。
なるべく無傷で無力化したいところだが、かといってこれから先、いちいち連れ歩くのも面倒だ。
支給品ではないので、ランドセルの中に入れるのも無理だろう。
「仕方ない、部屋ごと冷凍保存するか。――来れ氷精、大気に満ちよ。
(ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス・エクステンダントゥル・アーエーリ)」
(ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス・エクステンダントゥル・アーエーリ)」
パキパキと、空気が音をたてて凍り始める。
エヴァを中心にして冷気が床を伝い、たちまちのうちに部屋中を霜が覆った。
エヴァを中心にして冷気が床を伝い、たちまちのうちに部屋中を霜が覆った。
「のわっ!」
勢い余って足を滑らせ、パタリロは床を滑走する。
その勢いのまま器用に壁を滑りあがり、天井の辺りで成長した氷の塊に絡め取られた。
その勢いのまま器用に壁を滑りあがり、天井の辺りで成長した氷の塊に絡め取られた。
「くっ、不覚!」
「手間取らせおって」
「ふかく反省」
「……」
「手間取らせおって」
「ふかく反省」
「……」
軽い頭痛を覚えつつ、エヴァはパタリロの真下まで歩み寄った。
見上げると、半身を氷の中に封じられ、ほとんど逆さ吊り状態でバタバタ暴れている。
見上げると、半身を氷の中に封じられ、ほとんど逆さ吊り状態でバタバタ暴れている。
「しかし、本当に非常識な生命力というか、物理法則を無視してるというか……。
おい、へちゃむくれ。一応訊いておこう、貴様ジェダの居場所を知っているか?」
「うむ、知ってる」
「何処だ。言え」
「タバコ屋の角を曲がって三軒目」
「さよならだ」
おい、へちゃむくれ。一応訊いておこう、貴様ジェダの居場所を知っているか?」
「うむ、知ってる」
「何処だ。言え」
「タバコ屋の角を曲がって三軒目」
「さよならだ」
エヴァはパチンと指を鳴らす。たちまち氷が伸びて、パタリロを完全に封じ込めた。
疲れ果てたように、エヴァは大きくため息を吐く。
疲れ果てたように、エヴァは大きくため息を吐く。
「やれやれだ……。
――氷楯(レフレクシオー)!!」
――氷楯(レフレクシオー)!!」
唐突に。
エヴァは素早く振り返り、手をかざして魔法防御を唱えた。
次の瞬間、桜色の魔力光が弾け、氷の楯と相殺されて蒸気となる。
白く染まった視界、薄れゆく水蒸気の煙幕の先に、見知った少女が立っていた。
エヴァは素早く振り返り、手をかざして魔法防御を唱えた。
次の瞬間、桜色の魔力光が弾け、氷の楯と相殺されて蒸気となる。
白く染まった視界、薄れゆく水蒸気の煙幕の先に、見知った少女が立っていた。
エヴァは歓喜の表情で、にやりと笑う。
「いきなり不意打ちとはご挨拶だな……高町なのは」
「……久し振りだね、エヴァちゃん」
「……久し振りだね、エヴァちゃん」